ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐
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第2章 憎愛のオペレッタ 2024/08
最後の物語:軋む在り方
前書き
まじょははじめに、ボロボロなかっこうの女の子に服を買ってあげようとお店に行きました。
女の子に好きなふくをえらばせると、女の子は自分のぶんのほかに、まじょに似合うと思った服を持ってきたのです。
なぜなら、まじょはかわいいお姉さんで、女の子の本当のお母さんに似ていたのでした。女の子は、そんなまじょにおしゃれをしてほしいと思ったからです。
女の子から服を受け取ったとき、まじょははじめて、本当の笑顔を見せてくれました。
「うぅ………人、いっぱい………」
「あらあら~、やっぱり苦手でしたかぁ?」
五十七層主街区、観光客や拠点を構えるプレイヤーでごった返す街路での一幕。
人混みに怯え、ピニオラのローブに隠れるみことの頭をそっと撫でながら、二人は目的地を目指した。
その道中でさえ、ピニオラはみことを観察する。
着目する点は、しかしこれまでの《主人公》とは別の部分。
仕草や振る舞い、まだ幼い少女の何気ない姿を見定め、理解してはピニオラは少しづつ適応させていく。
歩幅を合わせ、ローブの裾を握る手をそっと握り、休憩を挟んでは些細な話題で会話を設ける。
観察と接触はピニオラの創作活動における重要なファクターだ。あくまで、その延長線上でみことに接しているに過ぎない。それでも、どうしてか感じたことの無いような、何とも言えない感情に戸惑いつつも、結局は棚上げにすることにした。すぐに解けない疑問に難儀してもつまらない。ならば、目下の問題にのみ意識を向けていた方が建設的だとピニオラは判断する。当面は創作活動に興が乗らない以上は、この気分転換を続けるのも悪くはない。気分転換というには、手にした玩具は上等なものであるが故に尚のこと意欲に熱が湧かないのも事実であったが。
「お待たせしましたぁ。ここが、みことさんをお連れしたかった場所ですよ~」
大通りに面していながら、ひっそりとした佇まい。ツタに覆われて影に飲まれがちな外観にありながら、店内は採光に余念が無く昼間の日光を存分に取り入れて明るい。
その内部に売り物として並んでいるのは衣類。一般のプレイヤーからすれば《非金属防具》と呼ばれ、攻略やその日の糧を得る為にフィールドに赴くなどそれなりの稼ぎのあるプレイヤーには然して目を向けられない《中途半端な嗜好品》とされる、いわゆる《安物の衣類》を扱うNPCショップ。それも女性用のみを中心に取り扱うため、男性プレイヤーに比重の傾くSAOでは有って無いようなもの。知名度も低いので客はおらず、人目を厭うピニオラにも優しい条件という訳だ。
ともあれ、最優先事項はみことの装備の更新、もとい着替えの入手にある。
衣類の新調を最優先に据えての行動であったが、どうやら精神的にも好ましい効果はあったらしい。どこか弱々しいみことが、ようやく周囲の環境に恐怖や警戒心ではなく興味を示すように見受けられた様子に、自身の心情に戸惑いながらも安堵する。
安堵。込み上げる愉悦に浸っているだけでも幸せだった自分には見出せなかった感情を、この幼い少女は容易く見せてくれる。知らない感情を教えてくれる。これほどに尽きぬ興味を生きながらにして自分に抱かせる彼女は、やはり特別なのだろうと思えてしまう。
「お洋服、いっぱい………」
「気に入ったものがあったら言って下さいねぇ。買ってあげますからぁ」
「え、でも…………いいの………?」
「お姉さんの財力をナメちゃダメですよぉ? それにぃ、一緒に暮らすんですから遠慮もダメですからね~? 好きなのを選んでいいんですよ~?」
「おぉ………!」
よく解らない声を漏らしたみことに、ピニオラは笑顔のまま首を傾げる。
変わった癖ではあるが、これもまたみことの一面として記憶に書き留めるや否や、幼い同行者は喜び勇んで服屋という広大なダンジョンの最奥へとまっしぐらに駆け出していった。奥にはまだみことの年齢では縁のない下着が並んでいるのだが、飽きれば自分の着るものを選ぶだろう。衣服を新たにするみことの姿を想像しながら、手持無沙汰に店内を散策する。どうせ来客はない寂れた店だし、索敵スキルもあるから行方は追える。迷子になろうと問題はない。多少の冒険気分はささやかな贈り物とすることにした。
「くふふ、やっぱり女の子ですねぇ~」
ようやく落ち着いて年相応にはしゃぐみことを見送り、たまには自分にも何か見繕おうと陳列された衣服に視線を向ける。
基本的に目的が無い限りは夜しか出歩かないためか、それとも自分の趣味なのか、装備は黒系統に偏ってしまっている。普段と異なる心持だからこその思わぬ意欲に戸惑うことが無いと言えば嘘になるかも知れないが、それでも不思議と嫌ではない。それほどにみことは大きな存在であったのだと図らずも自覚させられる。だが、その認識はまるで思考を放棄したみたいで、ピニオラには引っかかるような思いを抱かせる。みことという観察対象を得たピニオラの歓喜は、その知的好奇心によってこれまでにないほどに満たされた。しかし、その上で理解できないものがあるという事実は不完全燃焼に相違ない。その中途半端な燻りに、ピニオラは苦笑せざるを得なかった。
僅かばかりの瑕疵に思考を巡らせるのもそこそこに、ピニオラは店内に響くみことの足音に耳を澄ませた。
ぱたぱたと駆け寄る小さな足音。息を弾ませるくらいに懸命に迫る軽やかな音。
………それと、もう一つ。この場に想定していなかった異音。明確に意思を持つ《第三者》の気配を感じ取るも、ピニオラは然して動じることもなくみことを傍に引き寄せる。
「今度は随分とキュートなターゲットじゃないか………お前にもそういう趣味があったとはな?」
「女の子用のお店に来るセンパイも、意外な趣味をお持ちですねぇ~」
一見すれば和やかな会話に聞こえなくもない。
見ず知らずの他人の来訪に怯えるみことを自らのローブに包んだピニオラは、背後から向けられた声――――艶のある男声の主に向き合おうと振り向く。
次の瞬間、視界に捉えたのは予想に違わぬ男性と視線が合った。
黒のポンチョを纏った長身痩躯。腰に提げた刃の厚い包丁を思わせる武器。日本人離れした顔立ちは例えピニオラでなくともSAOプレイヤーであれば一人の人物を思い浮かべるだろう。
――――殺人ギルド《笑う棺桶》のリーダー、《PoH》と。
「その先輩ってのはよせよ。柄じゃない」
「くふふっ、柄にもなく照れてますねぇ。………じゃあ《王子様》が良いですかぁ?」
「………殺されたいなら好きにしろ」
「あらあらぁ、怒っちゃいましたねぇ~………で、ご用件はなんですかぁ? まさか女装用の装備を探しに来たわけじゃないですよね~? もし図星でしたらぁ、くふふふ………わたし、見繕っちゃいますぅ?」
「……………話がある。時間は取らせない」
「まぁ、聞くだけ聞いてみましょうかねぇ~」
一頻りの雑談を終え、本題へと移行する。
その間隙に、PoHはみことを一瞥するがピニオラがすかさずローブで顔まで覆ってしまったため、邂逅は一瞬で幕を下ろす。それでも彼の口の端に笑みが浮かんだのも事実だが。
「攻略組の連中が、俺達の根城について嗅ぎ回っているらしい。一応、お前等に動向を探ってもらいたい」
「そんなお話をセンパイ直々に聞かせに来たんですかぁ? いつも通り、腰巾着さんが伝言役でも済むような気がしますけどねぇ?」
「たまたま近くだったからな。いちいちメールを送る手間を考えればずっと楽だったのさ………それと、仕事をサボるメンバーへの釘刺しを含めて、な」
「………まぁ、そういうことにしましょっかぁ~」
「話は済んだ。ショッピングの最中に水を差して悪かったな」
「悪いって思うんなら荷物持ちくらいしてくださいよ~。ジェントルマンの嗜みですよぉ?」
「それこそ俺の柄じゃない。ストレージにでも詰めとけ」
言い捨て、用は済んだとばかりにPoHは店内から去る。
それを見送りつつ、ピニオラは懐で震えるみことの頭をそっと撫でつつ、努めて穏やかに声を掛けた。
「今の人、怖かったですかぁ?」
「……………………………」
みことは声を発さない。まるで外敵を察知した小動物のようにひっしりとピニオラの腰にしがみついて、ローブから一歩たりとも踏み出そうとしなかった。返事といえば、密着した頭が縦に振られているのだろうと肌で感じるくらいだが、それもまたピニオラにとっては興味深い《みことの素質》を実感する根拠となった。
第一層とはいえ、誰の手も借りずたった一人でこの世界を生きたのだ。
殺人ギルドの首魁の危険性を即座に感じ取る超然的な感性は、それだけでも生き延びるに足る素養。どこまでも尽きない興味を今は押し殺して、怯えきった少女を落ち着かせるように再度頭を撫で続ける。
「大丈夫ですよぉ。もうどこか行っちゃいましたからねぇ」
「……………………お姉ちゃん、今の男の人、知り合いなの?」
「えぇ、まあ………挨拶程度はするくらいの仲でしたけどぉ、こうして会いに来たのはどうしてでしょうかねぇ?」
しばし首を傾げて悩むも、思い当たる節はこれといって考えられない。
自分が彼や幹部、笑う棺桶の構成メンバーから多大な不興をかっているくらいは判断が付くのだが、それでは向こうから接触を図るにしても手段が不適切に感じる。
直接的な手段で排除しても良いだろうし、かといって素行を是正させる意図があったにしては言葉に棘が無さ過ぎた。更に言えば、昨日まではカルマ浄化クエストさえ受ける素振りさえ見せなかった男が、偶然主街区に入り、近くにいたという見え透いた嘘を吐いてまで接触してきたのだ。全く以て目的が知れないし、みことの感じる恐怖とは異なる意味合いで意味が悪い。
故に腹積もりを勘繰るのも致し方無いというものだが、所詮はピニオラは《レッドプレイヤーの観察》という目的で殺人ギルドの末席に名を連ねるに過ぎない。ギルドの動向などには匙程の興味もないというのが本音であった。優先順位にしてもあくまで暇潰しの域を逸脱しないものに過ぎない。
しかし、ピニオラとしては自身のお気に入りの玩具を奪われるかも知れないという事態に対してのみ警戒していた。PoHから積極的に他者を殺害する光景はあまり見ないが、彼に焚きつけられたレッドプレイヤーであれば、ピニオラの下にいるみことをターゲットにすることは在り得なくもない。大概は美学も矜持もない猿真似集団に過ぎないが、盲目的なまでのPoHへの信仰心という点では目を見張るものがある。
今回のPoHとの接触。考察の果てに、目立つ振る舞いは避けた方が我が身の為だと完結させる。
兎にも角にも、穏便に行動してみことという観察対象を楽しむのみ。このまま笑う棺桶が攻略組に壊滅させられようが、アジトにすら居付かない自分には対岸の火事でしかない。適度に羽を伸ばしつつ、恭順するフリをしていれば、結果はどうあれ煩わしい状況は収束していくだろう。
行動指針は確定された。もう思い起こす必要はない。
次の瞬間には、ひたすら髪の指通りを楽しんでいた手を止めてみことと視線を合わせる。
そもそも、ここに来た目的は衣類の購入であってウインドウショッピングではないのだから。
「………あ、そうでしたぁ。お洋服を買わないとですねぇ~………って、みことさん………それはなんですかぁ?」
「ん、お姉ちゃんに………似合うと思ったの………!」
「あらあら………なんだか良く解らないですけどぉ、すごい意気込みというのは伝わってきますねぇ………」
真剣そのものというみことの表情に苦笑しつつ、ピニオラは差し出された衣服を観察する。
とくに派手さのない黒のタートルネック、白のレギンスにサンダル。
女性らしいというような服装で、普段の自分にあってはまず袖を通さないであろうデザインだった。到底、十歳にも届かないような子供が気軽に選べるものではないとも思えるが、内心で一つの答えに至ったピニオラは笑みを穏やかなものに改める。
自分にどんな幻影を見出したのやら。ともあれ、みことの能動的な行動はピニオラとしても尊重するだけの価値がある。それに対応して、どのような反応を見せてくれるのか。心底楽しみでならない。
「………ありがとうございます。大切に着ますねぇ」
「うん!」
この上ない観察対象に巡り会えた幸運。
その感情の真意に、まだピニオラ自身は気付いていない。
後書き
ピニオラ視点、PoHさん回。
みことを保護して、とりあえずボロボロの服装を改善しようとしたピニオラさんに迫るPoHさん。ピニオラ側のラフコフ討伐戦導入部分でもあり、諜報員として攻略組を探る役回りに立つ形となりました。
そしてラフコフのリーダーである筈のPoHさんですが、ピニオラとは意外と仲が良くありません。棘だらけの間柄だったりします。水面下での何とやらですね。更に言えばラフコフ全体で見てもピニオラは嫌われています。四面楚歌ですね。
積極的にギルドに貢献しないし、興が乗った時しか動かないスタイルが不評というところでしょうか。誰かに積極的に協力するピニオラもあまり考えられないですけれどね。
というわけで、また次回もよろしくです。
ではまたノシ
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