ソードアート・オンライン~隻腕の大剣使い~
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第76話命の重さ
未来side
2025年12月14日、神鳴家
昨日一日目のバイトから帰ってきた竜兄は現在あたしの向かいに座って朝食を食べている。でもなんだか元気がない。サラダのミニトマトをフォークに刺そうとして一瞬フリーズしたり、明らかに様子がおかしい。
「みーちゃん、どうかしたの?」
「あたしは大丈夫だよママ。竜兄が様子変だなーって」
「え?いや、その・・・食欲ねぇんだ」
『え!?りゅーちゃん(竜兄)が!?』
「そんな驚くことか?」
驚くよ。あたしもママも驚くよ。あの食欲から構成されたような食欲のバケモノの竜兄が食欲ないんだよ?今まで一緒に育った妹のあたしは当然驚くし、赤ん坊の頃から愛情込めて育ててきたママだって驚くよ。
「昨日何かあったの?」
「!」
竜兄の反応を見る限り、昨日何かあったのは正解みたいだね。竜兄の右手が震えていて、その右手を左手で抑えてる。
「・・・何でもねぇよ。ただ昨日初めての銃撃戦にちょっとビビったから、本大会で武者震いしてるだけだ」
「そう?ならいいんだけど・・・」
まだ何か隠してるような感じがするけど、嘘は言ってないのは分かった。確かに今まで接近戦ばかりしてたから、ALOで魔法攻撃や弓での攻撃が苦手だったのに、いきなり銃撃戦主体のGGOにコンバートしたんだもんね。
「そういえば、りゅーちゃんの出る大会ってネット中継するのよね?パパや雪乃ちゃんたちと一緒に見て応援してるね!パパに録画してもらうから」
「あたしたちもALOのキリトくんたちの家でみんなで一緒に応援してるよ。せっかくだし木霊ちゃんも呼ぼっか?でもALOやってたかな・・・?」
「別に見なくていいよ。つーか録画すんのはオレの大会じゃなくて母さんのPVだろ?それに木霊はフルダイブ不適合者だから、誘っても意味ねぇぞ」
そういえば木霊ちゃんってフルダイブ不適合者だったっけ。すっかり忘れてた。
フルダイブ不適合者っていうのは、フルダイブしても五感が上手く機能しなかったり、そもそもフルダイブ自体が出来なかったりする人のこと。木霊ちゃんはフルダイブそのものが出来ない。実は木霊ちゃんもSAOに誘ったんだけど、フルダイブ出来なかったから命拾いしたんだね。
まあ確かにパパの録画は期待出来ないよね。というか期待しない。そういえば小学校の時の運動会で、竜兄がめんどくさいから休もうとしたらーーー
『ダメよ!ちゃんと行かなきゃ!』
『そうだ!そのために・・・ほら、ビデオカメラだって買ったんだ!』
という感じにパパやママがうるさかったから仕方なく行ったのにーーー
『ママいいよ~。そうそう目線ちょうだい!そうそう、誘惑するような表情で・・・そう!』
完全に見てなかったし、ママのPVを撮るのに必死だったっけ。挙げ句の果てに竜兄やあたしが出る種目の前に電池切れたし、正直もう帰ってって思ったよ。超恥ずかしかったし、知らない人のふりするの大変だったんだから。まあ流石にそんなことはもうないかな。ネット中継だし、二人とももう30代後半だし、そもそも孫いるし。
GGO最強のプレイヤーを決定する大会、《バレット・オブ・バレッツ》ーーー通称BoBはネット中継で現実世界でも別のバーチャルMMOでも観戦することが出来る。パパとママや雪乃お義姉さんと星乃ちゃんは家から、あたしはこの後みんなと一緒にALOで狩りをしてキリトくんとアスナさんの家で竜兄の大会を観戦する予定になってる。当然知らない人もたくさんいるだろうけど、ユイちゃんならプレイヤーIDで竜兄が分かるだろうから大丈夫かな。そういえばーーー
「竜兄のGGOアバターってどんな姿してるの?」
「ブフォッ!?ゲホッ!ゴホガホッ!!オエッ・・・」
驚きすぎじゃない?アバターの容姿くらい、現実で面識があれば別に聞いてもそこまで悪くないんじゃないかな?
「・・・いくらお前でもそれを知る権利はない」
「あっそ」
何がなんでも教えたくない訳ね。まあ別にいいけどーーー
「心配すんなよ。今日でバイト終わりだし、報酬ガッポリ稼いでっから、みんなでクリパでもやろうぜ。もちろんオレのおごりで」
「やった!」
総務省の菊岡さんから3000万近く要求してるから竜兄がいつになく太っ腹になってる。これは今年のクリスマスが楽しくなるよーーー
竜side
結局、昨夜は全く眠れなかったなーーー
【この、名前・・・あの、剣技・・・お前、本物、なのか?】
オレと同じSAO生還者の、元ラフコフの男。
【ライリュウか?】
あの男との出会いがオレの記憶を、オレの犯した罪を思い出させた。
オレは昨日GGOにログインした都立中央病院の病室のベッドに座りながら、今日のダイブの準備が終わるのを待っている。でもオレは、本当に今日行けるのかなーーー
「どうしたの?少年。怖い顔しちゃって」
「・・・いえ、何でもないです」
安岐さんの声でオレの意識が安岐さんに移った。怖い顔してたってーーー自分ではいつも通りだと思ってたけど、端から見たらそうは見えないんだな。
「せっかくタダで美人ナースにカウンセリングしてもらえるチャンスなんだから~・・・ほれ、全部ぶちまけちゃいなよ」
「・・・それは断ったらバチが当たるってもんですね」
確かに美人だけど自分で言うかって言おうと思ったが、言ったら面倒なことになりそうだからやめといた。
全部ぶちまけろ、か。安岐さんなら受け止めてくれるかなーーー
「あの・・・安岐さんはリハビリ科の前は外科にいたんですよね?」
「そうだよ」
「えっと、不躾っていうか、ものすごく無神経な質問だと思いますけど・・・」
外科にいた安岐さんにこんなことを聞くのは完全に失礼だと思う。けど、どうしても聞きたいーーー
「亡くなった患者さんのことって、どのくらい覚えてるものですか?」
外科にいた安岐さんは知ってるはずだ。手術を完了して救うことが出来た患者さんの命の他に、救うことが出来なくて亡くなってしまった患者さんの命を。そしてその患者さんの記憶がどれだけ残るものなのか。
「そうだね・・・思い出そうとすれば、顔も名前も浮かんでくるね。ほんの一時間、同じ手術室にいた患者さんも・・・うん。覚えてる。亡くなった患者さんはもちろん、あの通り魔事件で左腕を失なったキミの辛そうな顔も覚えてる」
そうか、覚えてるんだ、思い出せるんだ。顔も、名前も全部、全部思い出せるんだーーー
「忘れたい、って思ったことはありませんか?」
「そうだね・・・これは答えになってるかどうか分からないんだけど、人って、それが忘れるべきことなら、ちゃんと忘れてしまうんじゃないかな。忘れたいとも思いすらしないで。だってさ、忘れたいと思う回数が多ければ多いほど、むしろそのほか記憶は強く、確かなものになっていくでしょ?なら心の奥底、無意識の中では、本当は忘れちゃダメだって思ってるんじゃないかな」
忘れるべきことは、時間の経過と共に自然と忘れられる。それとは逆に、忘れたい記憶は、忘れたいと思えば思うほど、自分の心を強く蝕んでしまう。忘れちゃいけないって、無意識にそう思ってるから。その理屈だったらーーー
「だったらオレは、とんでもない人でなしですね」
この数年で兄貴のことを散々人でなしって言ってたけど、オレはそれを遥かに越えた人でなしだ。だってオレはーーー
「オレはSAO中でプレイヤーを・・・人を四人殺してるんです」
人を殺したことを、昨日まで忘れていたクソ野郎なんだから。
「彼らは全員殺人者だったけど・・・殺さずに無力化する選択肢はオレにはちゃんとあった。でもオレは彼らを殺しました。その四人は死んだ友達の仇だと思ってました。でも、みんな生きてた」
オレは殺さずに無力化する選択肢があるのに気付かずーーーいや、気付いていたのにその選択肢を捨てたんだ。翼たちの仇だから、未来まで殺そうとしてたから、オレは《隻腕のドラゴン》ーーー復讐者になった。でもオレがやったのは復讐じゃなくて、ただの殺人だった。本当に復讐だったにしても、どのみちオレはあの四人と変わらない殺人者なんだ。
「そしてこの一年間、彼らのことをきれいさっぱり忘れてました。いや、こうして話してる今もその内三人の顔も名前も思い出せない。つまりオレは・・・」
オレはこの右の拳が貫いたあの四人のことを忘れていた。顔も名前も思い出せるのは、ギリギリでクラディールだけだ。オレはーーー
「オレはこの手で殺してしまった相手を忘れてしまえる人間なんです」
いや、クソッタレかな。どちらにしろ、オレの犯した罪は本当に重いものだ。人を四人殺害したことと、それを忘れていたこと。オレは英雄なんかじゃない。《笑う棺桶》に引けをとらない大罪人だーーーそう考えていたら、安岐さんに横から手をかけられて、オレの頭は肩に倒されていた。
「神鳴君、ごめんね。カウンセリングしてあげるなんて偉そうなこと言ったけど、私にはキミの抱えた重荷を取り除くことも、一緒に背負ってあげることも出来ない」
安岐さんがオレの罪を一緒に背負うなんてダメだ。罪を背負うのはオレだけで十分なんだーーー
「私は《ソードアート・オンライン》をやったことないから・・・キミの使った『殺した』って言葉の重さは分かれない。でも、これだけは分かるよ。キミがそうした、そうしなきゃならなかったのは・・・」
オレがあの四人を殺したのは、殺さなきゃならなかったのはーーー
「誰かを助けるためなんでしょ?」
オレはあの時、未来やキリトを助けるためにあの四人を殺した。
「医療でもね、命を選ばなきゃならない場面があるの。もちろん、正当な理由があれば殺してもいいってことじゃないよ。でも、その結果助かった命のことを考える権利は、関わった人みんなにある。キミにもある。キミは自分が助けた命を思い浮かべることで、自分を助ける権利があるんだよ」
自分を助ける権利。オレが動かなかったら、未来もキリトも死んでた。でもーーー
「でも・・・でもオレは、殺してしまった奴のことを忘れちまったんだ!!オレは復讐だと片付けて、ただ自己満足してただけなんだ!!重荷を、義務を放り捨てたんだ!!だから!!!救われる権利なんか・・・!!!」
救われる権利なんかない。そう言おうとした直前に安岐さんはオレを突然抱きしめた。
「本当に忘れてしまったら、そんなに苦しんだりしないよ」
「ッ!!!」
オレはーーー本当の意味であの四人のことを忘れてなかったのか?この苦しみは痛みはーーー本当の意味で忘れていたのなら、こんな痛みは感じなかったのか?
「キミはちゃんと覚えてる。思い出す時がきたら、全部思い出す。だからね、その時は一緒に思い出さなきゃダメだよ・・・キミが守り、助けた人だっているんだってことを」
オレがあのラフコフ討伐戦で動かなかったら、未来は殺されてた。オレがクラディールのPKに気づかなかったら、キリトは殺されてた。あいつが血の繋がった双子の弟だと知らずに、キリトが死んでたのかもしれない。オレは命を奪ったのと同時にーーー命を救ったのか?
******
あの後、色々考えた。オレが最低限罪を償える方法を。オレはあの元ラフコフーーー死銃を倒して、これ以上殺しをさせないために、奴の心をあの鋼鉄の空に浮かんでいた城から解放する。
「安岐さん。さっきは、その・・・ありがとうございました」
「な~に、いいってことよ」
オレはさっきのことについて安岐さんにお礼を言って、《アミュスフィア》を被った。
「8時過ぎまでは何もないと思いますけど・・・多分、10時までには戻ります」
10時には戻る。10時には全てを終わらせる。オレはそう心に決めて、ベッドに横たわった。
「それじゃあ、行ってきます」
「はいな。行ってらっしゃい、英雄ライリュウ君♪」
まさか安岐さんからそう呼ばれるとは思わなかったな。でも気にするな。オレは英雄じゃない。オレはーーーオレはあの城から始まった悲劇の連鎖を断ち切るドラゴンだ。
オレは目を瞑り、再びあの銃の世界に飛び込む言葉をこれから言い放つ。オレに死銃をーーーあいつを倒すための力をくれ。
「リンクスタート!!!」
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