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SECOND

作者:灰文鳥
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第一部
第一章
  第八話『あなたの願いって何』

 陽子が一人トボトボと学校帰りの道を歩いていると、丁度コンビニの店員が廃棄食品の入ったカゴを店のわきに無造作に置く光景が目に入った。
 (あれって捨てちゃうんだよね、もったいないなあ…)
 辺りに人影は無かった。店員も出て来る気配が無かった。
 いつもの帰り道を陽子は小走りに急いでいた。手にはコンビニの御握りを三つ持っていた。不意に陽子の頭上から声がした。
亮  「それっていけないんじゃないのかな?」
 陽子は驚いて立ち止ると、すぐに横の塀の上を見上げた。そこには前と同じように響亮がいた。彼はすぐに陽子の許に降りて来た。
亮  「確か廃棄商品もちゃんと管理されてて、数が合わないと問題になるんじゃなかったかなぁ。」
 萎縮して固まった陽子の周りを回りながら亮は続けた。
亮  「かわいそうに店員さん、偉い人に怒られちゃうんじゃないのかな。それでただでさえ少ないお給料から弁償とか罰金とか取られちゃうんじゃないのかなぁ。」
 陽子は完全に固まって案山子のようにその場に立ちすくんだ。
亮  「これは僕が返しておくよ。」
 亮はそう言いながら全く無抵抗な陽子から御握りを三つ共取り上げると、代わりに千円札を三枚握らせた。
陽子 「あの…これは…何ですか?」
亮  「そうだな…僕の話を聞いてくれたお礼かな。」
陽子 「私…こういうの…困ります。」
亮  「へー、御握り盗っても平気なのに人のお礼は受け取れないんだぁ。」
 亮は意地悪そうに少し声を上げて言った。すると陽子はすぐに怯んでまた萎縮した。
亮  「この先にお弁当屋さんがあるじゃない。あそこで温かいご飯を買って行くといいよ。今君のご両親は在宅中だから、温かいご飯食べさせてあげたらきっと喜ぶと思うんだけどなぁ。」
 そう言い残すと亮は去って行った。陽子は暫くその場に立ち尽くしたが、結局言われたようにお弁当を買って帰る事にした。
 陽子は家の側まで来ると、お弁当を鞄で隠すようにしてそそくさと自宅の中に入った。家の前に債権者の車が止まっているからだ。玄関には靴が二足あった。亮の言う通り陽子の両親が珍しくこの時間にいるようだった。陽子は入ってすぐにある台所の戸を開けながら言った。
陽子 「ただいま。」
 そこには頭を抱えた父と項垂れた母が椅子に座っていたが、二人は無言のまま陽子に返事を返さなかった。
陽子 「これ…」
 陽子は買って来たばかりの、まだ充分に温かいお弁当を机の上に置いた。
母  「これ、どうしたの?」
陽子 「そこのお弁当屋さんで買って来たの。」
母  「お金はどうしたの?」
父  「お前まさか、変な事して手に入れたんじゃないだろうな?」
陽子 「変な事なんてしてないよ。ちょっとお手伝いしたらお駄賃くれたの、大丈夫だよ。」
父  「そうか…」
 そのやり取りは陽子の両親にとって、親としての最後の矜持ではあった。
陽子 「じゃあ私、二階に行ってるから。」
 そう言って陽子は、二人が食事に手を付け易いようにその場を離れる事にした。陽子は部屋に入るふりをして、そっと階段の所まで戻り、二人の様子を窺った。
父  「ああ、久しぶりに温かい飯だ。美味いなあ。」
母  「そうね、人間の食べ物って感じがするわねぇ。」
 二人が喜んで食べている事に、陽子はホッとした。

  ♢

 マミ、ほむら、梨華、真理、翠の五人は魔獣狩りに出た。翠にとっての初陣という訳ではなかったが、それでも初お披露目のような戦闘ではあった。翠は動きも良く、弓の威力も高かった。その日最後の一番の大物を、翠がメギドの一撃で粉砕して見せると、そのさながら翠ショーのような狩りは終了となった。
マミ 「凄い、凄いわ翠!」
 マミは翠を褒め称えると、ぐっと抱き締めて歓迎した。梨華も手を叩きながら近付き、翠を称えた。ほむらも珍しく柔和な顔をして見ていたが、真理は険しげな表情をしていた。
キュゥべえ「いやー、大したものだよ、翠。杏子を失ってどうかと思っていたけど、君という新戦力を得た今、まさに廃工場の魔獣を倒す好機だと僕は思うんだ。他のみんなはどう思うかな?」
マミ 「そうね、杏子の敵も早く討ちたいしね。」
 マミはそう言って梨華を見やった。
梨華 「ええ、私も是非そうしたいです。」
キュゥべえ「そっちの二人はどうだい?」
ほむら「私は別に…いつでも構わないわ。」
真理 「キュゥべえ、翠にもあいつを倒せるのかね?」
 その言い方には険があった。真理はなんだかイラついているように見えた。
キュゥべえ「うーん、出来るとは思うけど。武器の持つ特性を考えると、あの魔獣を倒す一番の適任者は真理、やっぱり君だよ。」
 その言葉は真理の留飲を下げた。急に口元を緩めた真理は腕を組んで言った。
真理 「まあそうだろうねえ、フフ~ン。私も構わないとも。」
 結界から出て各自が帰って行く中、キュゥべえはマミを引き留めて言う。
キュゥべえ「なあ、マミ。翠の事なんだけど、ちょっといいかな?」
マミ 「ええ構わないわ。何かしら。」
キュゥべえ「前にも言ったけど、彼女が魔法少女になったからには、何か大きな役目が控えている筈なんだ。だから彼女を失わないように気を付けておいてくれないだろうか。勿論無理にとは言えないんだけど。」
マミ 「ええ、了解したわ。もっとも私で出来る範疇の事しかしないけど、それでいいかしら。」
キュゥべえ「いやー、助かるよマミ。やっぱり君は頼りになるなぁ。」

  ♢

 その日の朝、陽子の母親は陽子に言った。
母  「ごめんね陽子、もう私達はこの町にいられないの。だからもう学校に行かなくてもいいんだけど、でもどうしてもお別れを言っておきたいお友達がいるのなら行ってらっしゃい。」
 陽子はその言葉にそれ程驚かなかった。いつか近い内にやって来るであろうその日が遂に来た、という感じだった。季節が移ろうように自分が普通の子供でいられる時期が終わったのだ。
陽子 「うん、一人だけいるから学校に行って来る。」
母  「そう…」
 陽子の母親は何だか安心したように大きく頷いた。
 朝の通学路を陽子は翠を求めて走った。するとやはり小走りに急ぐ翠を見つけた。陽子はなんとか翠を捕まえて話をしようとした。
陽子 「おはよう翠ちゃん。」
翠  「あっ陽子おはよ。」
陽子 「あのね翠ちゃん、私大事な話があるの。聞いてくれる?」
翠  「ごめん陽子。今は、今日は駄目なの。明日もし私がまたあなたに逢えたなら、ちゃんと聞くから。ホントごめん。」
 翠はそう言うと陽子を残して行ってしまった。陽子は翠が魔法少女として命懸けで戦っている事を知ってはいたが、明日が無いのは自分の方だったので、翠のその態度には酷く失望してしまった。陽子はそのまま通学路から外れ、街を彷徨った。
 行く当ての無い陽子が人目を避けて辿り着いたのは、人気の無い高台にある小さな公園だった。ブランコに腰掛けてボーッとしていると、隣から何者かが話しかけてきた。
亮  「どうしたんだい、こんな時間にこんな場所で。」
 陽子は驚きもせず見向きもせず、いつの間にか隣のブランコに立ち乗りしている亮に言い返した。
陽子 「あなたこそなんでここにいるの?学校とか行ってないの?」
 亮は立ったままブランコを軽く漕ぎ出した。キュコキュコとブランコが鳴る。
亮  「僕はこの世界の人間じゃないからね。でも前は…いや前の前にはかな、見滝原中に通っていたよ。」
陽子 「前の前は同級生だったとか?」
 亮はブランコから飛び降りると、陽子の前に立った。
亮  「それは無いよ。だって君は今のこの世界、まどか世界に於て鹿目まどかの代わりに発生したニューフェイスだからね。」
 そう言われて初めて陽子は顔を上げ、亮の方を見た。
亮  「真実を知りたいかい?」
 陽子はなぜかその真実を知る事に恐怖を感じた。理由は分からないが、それを知ってしまうと自分が自分でいられなくなる気がした。だが今の自分が一体何を失うというのか。自暴自棄同然の今の陽子には、その恐怖では好奇心を抑えられなかった。
陽子 「…知りたいよ。」
亮  「だよね。」
 亮は少し満足げに笑みを浮かべ、ブランコの柵に腰を掛けた。
亮  「さて、何から話そうか…そうだ、前に魔法少女の話をしたよね。人知れず魔獣と戦う戦士達。君の友達の翠も、今やその魔法少女の一員だ。実はね、インキュベーターと契約をして魔法少女になる時に、願いを一つ叶えて貰えるんだ。」
陽子 「願い?」
亮  「うん。キュゥべえはどんな願いでもって言ってはいるけれど、本当は叶えられない願いも結構あるんだ。その叶わない願いの一つに死者の復活がある。死んだ人間を生き返らせる事は出来ないんだよ。」
陽子 「ふーん。」
亮  「それと魔法少女になれる子にも、格というか等級というかそういったものがあってね。とんでもないぐらい凄い願いを叶えるには、それを願う子の持つ潜在能力もとんでもなく凄くなくっちゃいけないんだ。」
陽子 「要するに、自分に見合った願いしか叶えられないって事ね。」
亮  「まあ、そういう事さ。ところがね、今のこの世界の前の世界でそのとんでもない願いを叶えてしまった子がいたんだ。その子はね、なんと宇宙そのものを創り替えちゃったんだ。前の宇宙を始めから無かった事にして、そっくりなんだけどちょっと違う今のこの宇宙を始めからあった事にしてしまったんだよ。」
陽子 「ふ~ん…」
 正直それは、陽子には話が大きすぎてピンと来なかった。というかそもそも興味が持てない。
亮  「そのとんでもない願いをした子が、鹿目まどかっていう子なんだよ。」
陽子 「…その子の代わりが私なの?」
亮  「代わりと言ってもね、君にそのとんでもない力は無いんだ。だって君は命の数合わせの為に発生しただけの存在なのだからね。」
 陽子はその言葉が妙に腑に落ちた。やっぱり私なんてそんなものなんだと。
亮  「ちなみにインキュベーター達がこの魔法少女というシステムを作った訳はね、宇宙が熱的死を迎えてしまわないようにという理由からなんだけど…もっと詳しく話そうか?」
陽子 「うーん、それはいいや。それよりあなたの事を教えてよ。あなたは一体何者なの?」
亮  「僕かい?僕はねぇ、前の前の世界でとんでもない願いをして、宇宙を書き換えた魔法少年だった者だよ。」
陽子 「え!?」
 亮は柵から立ち上がり、再び陽子の許へ来ると改まって言った。
亮  「陽子、君にお願いがある。とは言っても、君に僕の願いを聞く義理は全く無いんだよね。ああそうだ、これ少ないけど受け取ってよ、どうせ僕には必要のない物なんだから。」
 そう言って亮は、また三千円を陽子の手に握らせた。
亮  「また温かいご飯を食べさせたら喜ぶと思うよ。」
 陽子は〝なぜあなたがそんな事知っているのか〟とも思ったが、それ以上に温かい食事に喜ぶ両親の顔が見たかった。
陽子 「それで…あなたの願いって、何?」

  ♢

 陽子は自宅に近い弁当屋でホカ弁を買うと家に急いだ。出来るだけ温かい状態で持ち帰りたかったからだ。しかし自宅の側までやって来ると違和感を覚えた。いつも停まっている債権者の車がいなかったからだ。不思議に思いながらも玄関を開けると、両親の靴があったので、陽子は良かったと思った。
陽子 「ただいまぁ。お父さんお母さん、あのね…」
 陽子は台所の戸を開けた。しかしそこには両親の姿は無かった。取り敢えず買って来たお弁当をテーブルの上に置いた時、視野の中に異変を感じた。台所と続きになった隣の部屋に、人が二人宙吊りになっていたからだ。反射的に陽子の目から涙が零れた。しかし陽子はほぼ有り得ない希望を求めて、背中を向けている宙吊りの二体の前に回り込んでみた。そこには予想を全く裏切らない残酷な事実が当然のごとくあった。陽子の目から更なる涙が溢れ出た。陽子はその必要が無いにもかかわらず、声を押し殺してむせび泣いた。そして一通り泣き沈むと、意を決したように涙を拭い、家を飛び出した。
 
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