ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!
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第三十九話 新たな戦いの序曲です。
帝国歴485年2月19日――。
自由惑星同盟では、相変わらず要塞建設と艦隊の拡張建設、そして様々な兵装、通信設備、果てはインフラなどの改革が行われていた。これらは表向きの事であり、フェザーンからの経済脱却については、シャロンが秘密裏にティファニーらと事を進めるべく日夜努力している。
旗印は「強い自由惑星同盟を作るため!!」であるから、面と向かって反対をする輩もいない。
そしてフェザーン資本からの脱却は巧妙かつ迅速に進められていた。経済界の人間を抱き込んだシャロンは、ひそかに彼らを使役して全くのダミー会社、それもフェザーンに設立した会社を使用して、同盟にとって根幹となる産業・インフラ事業を営む会社の奪還にかかったのである。
とてもむり、というのは、シャロンと同じく前世からの転生者のティファニーの言い分だったが、それは国債などの自由惑星同盟における直接債権の話に過ぎない。民間などの会社に限って言えばできない話ではない。
そんなわけで、今自由惑星同盟は活況を呈していた。
そんな状況を当然フェザーン側はよしとしなかった。
帝国歴482年から自治領主となったアドリアン・ルビンスキーは、自由惑星同盟の近年の活況ぶりに注目していた。先述したとおり、シャロンにとっては残念ながら民間船舶に潜ませたナノマシンは航行中に機能を停止してしまい、ルビンスキー殺害に至らなかったのである。
フェザーンの自治領主オフィスビルの最上階において、気に入りのワイングラスを片手に持ち、葉巻をくゆらせながらルビンスキーはディスプレイを見ている。近年の自由惑星同盟における経済状況及びフェザーン資本とのせめぎあいの資料だ。
「我がフェザーン資本の自由惑星同盟への注入は順調です」
ボルテック補佐官が報告する。30~40代のさえないオッサンという感じの風貌だが、その内面は野心家であり、相応の器量もある、と少なくとも本人は思っている。
「既に自由惑星同盟における国内の主要プラント管理開発会社ヴェスター社はフェザーン系の株主78%を占めております。また、惑星農業会社サザンビークにおける株主割合も過半数を上回っております。これらはすべてダミー会社で幾重にも工作しているため、気づかれてはおりません」
ルビンスキーは一つ鼻を鳴らしただけで、可とも不可とも言わなかった。だが、しいて何も言わないということは「満足ではないわけではない。」ということだ。
「帝国に対する資本操作はどうか?」
こちらも同盟と似たり寄ったりです、とボルテックは前置きして帝国主要産業におけるフェザーン資本割合を明瞭かつ簡潔に語った。
「よろしい。ここまで順調だな。しかし順調すぎるのも考え物だ。イゼルローン要塞攻防戦を最後に、帝国と同盟との間で戦闘もない。内乱においても、帝国ではバーベッヒ侯爵討伐戦が行われたにすぎないからな。このままでは帝国と自由惑星同盟の国力は増強の一途をたどるばかりだ。そうなればいかなフェザーンとて奴らに忘恩の徒となることを防ぎようがない」
「お言葉ですが、帝国自由惑星同盟の国力が増強すれば、それは経済発展の要素となり、我がフェザーンにとっても有益とはなりませんか?」
「違うな。国力の発展イコール経済発展イコールフェザーンの繁栄ということではないぞ。もしも自由惑星同盟と帝国がそれぞれの領域内で独立してすべての取引が完結できるようになれば、フェザーンの存在意義はどうなる?」
「・・・・・・・・」
「失われる。そうだな?恐怖されるほど強からず、侮りを受けるほど弱からずというのが我がフェザーンの方針であるが、それには両勢力のパワーオブバランスが必要不可欠なのは言うまでもない。いつまでもフェザーンの資金が彼らの懐を潤す状態にしなくてはならん。砂漠のオアシスは我がフェザーンのみが管理すべきなのだ」
「ごもっともです」
ルビンスキーはボルテックの見識の視野狭窄さに内心あきれ内心嘲笑いながらもそれを表面に出すことはなかった。
だが、手元にあった数枚の資料に何げなく目を通した瞬間に彼の顔色が変わった。
「補佐官。この自由惑星同盟に対してのダミー会社は我がフェザーンのものであることは間違いないか?」
じろりとデスク越しに見上げるルビンスキー。その太い指が示す一点には、自由惑星同盟の工業会社に対してのフェザーン株主の一覧が並んでいた。
「は。登記上はそうでありますし、我が自治領主府が間接所有している会社の系列の子会社ですが。何か?」
「・・・・・・・」
ルビンスキーは不快そうに顔をしかめ、次々と書類をめくる。こうした時の彼の手際と頭脳の良さは凡人には及びもつかない勢いをしめすのだ。
「補佐官」
ルビンスキーは再びボルテックをじろりと見上げた。ボルテックの顔に我知らず一筋の汗が流れている。
「・・・残念ながら君の見識と手腕はこの程度の問題も見抜けなかったようだ。そして最も憂慮すべき点はそういう君の資質を見抜けずに使役していた私の浅はかさにあったようだ」
「・・・と、いいますと・・・・?」
「みたまえ。これを。近年の主要産業におけるフェザーン系列会社、そして自由惑星同盟の系列会社、それらの株主構成だが・・・・」
ルビンスキーの太い指は次々とある会社を指していく。
「巧妙に艤装してあるが、これは我がフェザーンの会社ではない。いや、登記や所在地は我がフェザーンにあるが、それらの資本関係をずっと追っていくと、もとをただせば自由惑星同盟の会社の物だ。しかもここ近年でこれらの会社の名前が―複数とはいえ―にわかに登場し始めている。つまりだ、いつの間にか自由惑星同盟の息のかかった会社がこともあろうに我がフェザーン内に存在し、それらが自由惑星同盟の主だった産業の株を買いに動いている」
よく見てみたまえ、とルビンスキーは補佐官に書類を投げやった。何枚かが床に散らばる。それらを這いつくばるようにして拾い上げたボルテックは、顔面蒼白の顔で慌てて書類をめくり始めた。さすがのボルテックもこうまで言われて、書類の中に潜む問題点に気が付かないほど愚かではなかった。
「つまりだ。自分の家の金庫の中に大切に保管していた宝石類がいつの間にか他人の手によってすり取られていたような状態にあった、というわけだな。その家の主人こそ良い面の皮だろう」
ボルテックは深々と頭を下げて、謝罪するばかりだった。まぁいい、とルビンスキーは思う。これらの失態は後で贖罪させる。できればの話だが。それにまだまだボルテックは使い道はある。自分が軌道修正してやれば自分で理解し進んでいけるとりあえずの器量はある。
「これは一つ同盟に対しては懲罰をもって応じなくてはならないだろう。いや、同盟にはまだまだフェザーンを頼ってもらわなくてはならん。戦乱が起これば、今同盟が取り組んで生じているささやかな成果も瞬時に瓦解するだろう」
「はっ・・・・。帝国に同盟に対して侵攻するように働きかけますか?」
ルビンスキーはうなずいた。ボルテックが蹌踉とした足取りでオフィスを退出すると、ルビンスキーはぐっとグラスをあおった。太い吐息が大きな口から洩れる。
「残念なことね。せっかく取得した財産が実は他人の物だなんて、近年フェザーンでもなかなかお目にかかれない喜劇だわ」
艶のある、だがかすれたような声がオフィスに聞こえた。痩身であるが胸元は豊満で、艶やかな赤い髪に艶のある、だがどこか皮肉交じりの微笑。彼女は猫の様に音もたてずにオフィスの隅にあるソファに座って、頭越しに二人の会話を聞いていたのだ。
ルビンスキーは失笑し、肩をすくめた。
「あぁ、そして他ならぬその喜劇を演じたのは私だからな。お前からすればおかしくてたまらないということだろうよ」
「あら、そんなことは言っていないわよ」
ルビンスキーの情婦、ドミニクはデスクの端に嫣然と腰を下ろし、形の良い脚を組んだ。
「それにしてもあなたにとってはこの程度の打撃は予測の範囲内だったというわけね?」
「そんなことはない。私にとってもいささか予想の範囲外だった。だが、既に起こった結果は変わらないからな、いつまでもくよくよしていても始まらんさ」
あなたは昔からそうだったわね、とドミニクは声に出さずに愛人を見ていた。当時自分がまだ一介の踊り子でルビンスキーが一介の書記官であったころからの付き合いだ。ルビンスキーは表向き独身であったが、その情婦や愛人は一個中隊では聞かないと言われたことがある。
「同盟にも歯ごたえのあるやつがいる」
ルビンスキーはつぶやいた。そういうときの彼の顔は好敵手を見出したチェスの名手のような顔をしている。
「だが、最終的にどちらが生き残るか、な」
「どうかしらね?私は必ずしもあなたとは限らないと思うわ」
皮肉交じりのドミニクのつぶやきがオフィスに流れた。
帝国歴485年2月20日、フェザーンの補佐官ボルテックは自治領主府のコネクションなどを最大限に活用して帝国の同盟への遠征をするように仕向けた。こういう時のために、軍上層部、有力貴族、財界などに賄賂をばらまける相手がいる。扇動する人間がいつの世にも存在するのである。
こうして、帝国軍上層部は久々にその艦隊を同盟領内に派遣する決定を下すこととなる。
だが、その派遣艦隊にメルカッツ提督らの艦隊は漏れた。先にバーベッヒ侯爵討伐に際して侯爵の身柄を確保したラインハルトとイルーナは少将に昇進し、その艦隊の長たるメルカッツ提督も大将に昇進していた。艦隊の損傷もあるし、これ以上彼らに連戦は強いられない、という理由が発表されたが、これは建前であった。これ以上武勲を建てられてはこまる、というのが上層部の見解だったのである。
帝国歴485年春というと、ちょうどヴァンフリート星域会戦に当たるところなのだが、その陣容は大きく異なっている。
帝国軍宇宙艦隊を率いるのは、アウグスト・フォン・ビリデルリング元帥、その副司令長官にグレゴール・フォン・ミュッケンベルガー大将が就任している。トップであるビリデルリング元帥は老齢で引退してもよさそうな年齢であるが、まだまだ現役で突っ走りたいという本人の意向を誰も無視することはできなかったのである。この要因の一つに、ビリデルリング元帥が最後に出征した大規模な戦いが第4次イゼルローン攻防戦であり、それ以後出征らしい出征をしていない、という点も挙げられた。
また、帝国ならではの現象として、この遠征軍には貴族の軍隊も少なからず加わっている。ここにそんな帝国ならではの一つの極めつけな状況も生まれた。グリンメルスハウゼン子爵閣下が中将として艦隊を指揮することとなったのである。先に出征したベルンシュタイン中将が軍務省憲兵局長に就任することとなり、そこからはじき出されるようにしてグリンメルスハウゼン子爵が出てきたのだ。
だが、にわかに艦隊を指揮するとは言っても、グリンメルスハウゼン子爵には一個艦隊を指揮するような私設艦隊も組織も持ち合わせていない。
そこで、イゼルローン要塞駐留艦隊からも部隊が加わり、臨時にグリンメルスハウゼン子爵の麾下に就くこととなるのであった。
その中にフィオーナ、そしてティアナがいたのである。さらにはミッターマイヤー、ロイエンタール、ケンプ、そしてワーレン、ビッテンフェルトなども加わることとなった。軍上層部はここぞとばかりに日頃反動的な言動を持つ者を十把一絡げにして前線に送り出すつもりらしい。
そんな不遜なことをティアナは臆面もなくフィオーナにぶちまけた。
「そう言わないの。これまでだって私たちは前線で戦ってきたんだもの。今更でしょう?」
「そりゃそうだけれど、でもね~。グリンメルスハウゼン爺様のことはアラサー・・・じゃなかった、アレーナさんからよく聞いているけれど、艦隊指揮となると別物じゃないの」
「そうかもしれないけれど、でも、たかが一介の少佐に過ぎない私たちには、どうしようもないもの」
ロイエンタール、ミッターマイヤーは中佐であり、ケンプ、ワーレン、ビッテンフェルトはこの当時は大佐であった。そういった青年将校からすれば、まして、艦隊司令官たちからすれば、まだまだ自分たちはひよっこ、卵の殻をお尻にくっつけたひよこにしかみられていないのだろうな、と暗澹たる気分になるのだった。
そのフィオーナ、ティアナはイゼルローン要塞憲兵部の任を解かれ、あらたにそれぞれの部署が決まっていた。人事発令を要塞内人事局佐官担当部から受け取った二人は自室に戻ってそれを開き・・・・しばし固まってしまった。
なんとフィオーナはグリンメルスハウゼン子爵艦隊の参謀になることになり、ティアナはロイエンタールの指揮する巡航艦の副長になるのだという。
「うわ・・・・」
ティアナはそう言ったきり絶句した。
「どうしたの?」
「だって、だって!あの、そのう・・・・」
まさかダンスパーティーの夜にキャッキャウフフ・・・・ではないにしてもそれなりに楽しく語らった相手が今度は上官になるのだ。もっともあの時も上官ではあったのだが。
「ロイエンタール元帥・・・じゃなかった、中佐なら大丈夫よ。とても有能な方だもの。なまじどこかの貴族の艦につくよりは良いと思うけれど」
そういう問題じゃないわフィオ!!とティアナは叫びたくなったが、我慢した。何故ならあのダンスパーティーでのことは親友にはまだ話していなかったのだから。
「それにしてもだいぶ原作とかい離したわね、ラインハルトは今回の戦いには参加しないし、グリンメルスハウゼン子爵艦隊にはラインハルト麾下になる予定の提督ばかり集まっているじゃない」
「昨日アレーナさんに連絡したら『ンなバカな。私じゃないわよ、そうしたのは』っておっしゃっていたけれどね」
「どうだか。そんなことわかるわけないじゃん」
ティアナが肩をすくめた。
「だいたいバーベッヒ侯爵討伐の時だって、しれっと『指揮官だぁれ?』なんて言ってた人だもの。お腹の底はどす黒い――」
『誰がどす黒いって?』
「ひゃあっ!?」
ティアナは飛び上った。いつの間にか通信が解放されて、アレーナ・フォン・ランディール侯爵令嬢のご尊顔がモニターに映し出されている。
『さっきから聞いていれば、アラサーだのどす黒いだの言いたい放題いってくれちゃって!鬼怒プンプン丸!!』
「・・・・・・・・」
二人の反応がブリザードよりも冷たかったため、気まずそうにディスプレイ上でアレーナは咳払いした。
「ゴホン!とにかく、私じゃないわよ、グリンメルスハウゼン爺様の艦隊にあんたたちを配属したのは。たぶん上層部の誰か・・・・おそらくあの人だと思うの」
「あの人?」
「ベルンシュタイン中将閣下よ」
「ですが、ベルンシュタイン中将は軍務省憲兵局長ではなかったのでは?」
『それがねぇ・・・・うかつだったけれど、ベルンシュタイン中将、かなりの人脈を構築しているのよね。人事局の中にも何人か地位の高い人とパイプがあるらしいし、貴族社会にも幅を利かせているらしいの。何人かの人がベルンシュタイン中将によって内密に助けられているのよね。それがどんなものかまではわからないけれど』
「そんな人をどうして放置しておいたんですか?アラサー・・・じゃないじゃない!アレーナさん。」
アレーナの眼光が一瞬殺人的に光ったのを見たティアナが慌てて両手を振って打ち消した。
『水面上に現れなかったからよ、今までの動きが。私たちと一緒ね。表に出ないようにしているけれど、実際には地下でかなりの準備を行ってきているみたい。その目的が何なのかはわからないけれど』
「ラインハルトと共闘できるような人であれば、いいのですが・・・・」
フィオーナが心配そうに言う。
『そうね~。だといいのだけれどね。でも共闘するのであればとっくの昔にラインハルトに近づいていても良かったのだと思うけれどね』
はっと二人は顔を見合わせた。バーベッヒ侯爵討伐以前にも接触しようと思えばその方法はあったにもかかわらずベルンシュタイン中将は接触をしなかった。この意味するところは――。
『とにかく、今は結論は出せないわ。あなたたちはとりあえず前線での任務に集中して。こっちのことは何とかするから。イルーナもいるし、いざとなったら二人でラインハルトを守り抜くわ』
アレーナがこうした真剣な顔で言うときには、その約束は万金の価値がある。それを前世からよく知っている二人はアレーナに万事を任せることとした。
『あ、そうそうそう。言い忘れるところだったわ』
アレーナがぽんっと手を打った。
「なんですか?」
『あのね、グリンメルスハウゼン子爵のお孫さんの女性士官が、グリンメルスハウゼン子爵艦隊に配属されるみたいなのね。オーディンでいくつかの部署の内勤してきたみたいで、階級も大尉だっていうんだけれど、前線に出るのはこれが初めてなんだって。だから面倒見てあげてくれる?』
またまた厄介なことを押し付けられたかと顔見合わせた二人だったが、ほかならぬアレーナの頼みだ。しかもアレーナが見込んだ女性なのだから、きっと自分たちの、ラインハルトの力になる女性なのだろう。
グリンメルスハウゼン子爵の孫、エステル・フォン・グリンメルスハウゼンは副官としてグリンメルスハウゼン子爵の旗艦に搭乗することとなっていたのだった。
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