ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!
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第三十九話その2 戦後処理は大変です。
帝国歴485年1月25日――。
大規模な遠征軍が再び自由惑星同盟領内に派遣されることが決定した時期から、話は少しさかのぼる。
バーベッヒ侯爵討伐作戦は、一門の主だった者は戦死、侯爵自身も捕虜になったことで、一応終了となった。だが、本当の処理はここからが長いのが常識である。
侯爵の本星であるシャンゼリゼには皇帝から派遣された代理士が降り立ち、戦後処理に当たることとなった。皇帝陛下から委譲された権限をもって、バーベッヒ侯爵及びその一門のすべての身柄を拘束し、そして財産を没収したのである。
代理士が到着するまで略奪も領民への暴行も、最初の数件を除いては起こらなかった。メルカッツ、アレーナ、そしてベルンシュタイン中将らが一致して「絶対にそのようなことをしてはならない。皇帝陛下の尊厳を大きく傷つけることとなる。帝国軍人として名誉ある行動をすべきだ。」と訓令を発し、違反者には厳罰を下すことを命じたからである。
最初の数件と先述したが、犯した者は士官であろうが兵卒であろうが、直ちにひっとらえられ、領民たちの前で公開銃殺に処せられたのである。銃殺された人間の中に、ある貴族の縁者に連なる人間がいた。その者はコネクションをちらつかせたが、メルカッツ以下首脳陣は一顧だにしなかったのである。これを目の当たりにした士卒は震え上がり、以後二度とそのような事件は起こらなかった。
ベルンシュタイン中将は討伐艦隊の代表として皇帝から派遣されたその代理士と接していた。メルカッツ提督はそういうものは苦手だと言って断ったし、アレーナも「そう言った方にどう接してよいかわかりません、中将にすべてをお任せしますわ。」と一歩引いた形をとったからである。
彼らはバーベッヒ侯爵の館を仮の本部として戦後処理と領民たちへの施策について話し合いを行っていた。アレーナには詳細は伝わってこないが、ベルンシュタイン中将にちらっと聞いたところ「おおむね寛大な処置がくだされます。何故なら領民たちはバーベッヒ侯爵の圧政下に置かれていた者たちですからね」という答えが返ってきた。そういうことにして領民とバーベッヒ侯爵とを切り離すつもりらしい。
「将来的にはバーベッヒ侯爵領は皇帝の直轄地になるかもしれないわね」
アレーナはイルーナとラインハルトとキルヒアイスと端末機越しに話していた。
『今回遠征には主だった貴族は参加しておりませんから、恩賞という形にするのは難しいでしょう。将来大功あった貴族に対して下賜なさるために一時直轄領とするのかもしれませんね』
これはキルヒアイスの意見であったが、アレーナもイルーナもラインハルトもその考えに同意していた。
『俺は誰が領主になろうと領民が哀れな結果になるだけのような気がするな。たとえそれが皇帝であろうと』
『ラインハルト!』
イルーナが小声で叱咤した。
「危ないわよ、盗聴器の類は検査してる?」
『ご心配いりません、今防音処理を施した部屋におりますし、私とキルヒアイスで盗聴装置は徹底的に洗いました』
「ならいいけれど。そうね、ラインハルトの言う通りだわ。誰かが根本的に変えなければ、この状態は永遠に続いていくでしょうね」
期せずして3人の視線がラインハルトに注がれた。彼は大きくうなずき返して、
『覚えていますよ、姉上を取り返してもこの銀河には現状苦しんでいる人々が多くいる。そして私が皇帝を打倒すれば曲がりなりにも穏やかな生活を送っている人々が苦しむことになる。そんな人々を放置して自分だけ幸福な生活を送ろうと考える等、許されない。姉上を救いだし、必ず人々をより良い暮らしに導くと誓ったこと、一日たりとも忘れてはおりません』
「約束よ、ラインハルト。私たちもあなたのこと、全力を挙げて支えていくからね」
アレーナがいい、イルーナもキルヒアイスもうなずきを返していた。
『それにしても、ベルンシュタイン中将か』
ラインハルトが考え込んでいた。
「どうかした?」
『あの男・・・どうも引っかかる・・・・。有能さはある。だが、腹の底が見えない。彼奴は単なる憲兵隊の犬なのか・・・・それとも、何か目的があって今回の遠征に同行してきたか・・・・・』
ラインハルトがこう考えるのには、理由がある。ベルンシュタイン中将は本来「督戦」という名目でアレーナたちに同行してきた。侯爵討伐作戦終了、戦後処理のための本部建設によって、督戦の任務は終わったはずである。いくらアレーナやメルカッツ提督の要請とはいえ、皇帝からの代理士とこれ以上接触し続けるのは、少し様相がおかしい。
「やはり出てきたか・・・・」
アレーナが顎に手を当てて考えた。こういう時のアレーナの横顔はきりっとしていて普段の飄々さは微塵も出てこない。
「ハーラルト・ベルンシュタイン中将は私が考えるに転生者よ。でも、私たちと同じ転生者ではないわ。カロリーネ皇女殿下やアルフレート坊やと同じ民間からの転生者とみて間違いはない」
『つまり、敵・・・・!』
イルーナの眼が細まる。彼女の身体からオーラのような物が立ち上り始めた。
「イルーナ抑えて抑えて。駄目駄目、そんなにオーラなんか出したら、皆が驚くじゃないの」
『あぁ。私としたことが・・・・』
苦笑交じりにイルーナがフッと体の力を抜いた。
「ベルンシュタイン中将に関しては、私たちに任せてもらうわ、ラインハルト。あなたは前を向いて歩いていきなさい。後方や側面の危機については支援部隊にお任せよ。ね?」
『さすがはアレーナ姉上だ。わかりました。転生者に対しては私もキルヒアイスもどうしていいかわからない。ただ、自分でけりを付けなくてはならない場面に出くわしたら、その時は私が蹴りを付ける。それでいいですか?』
「結構。そうでなくてはね」
アレーナがちょっとうれしそうにうなずいて見せた。イルーナもだ。
ラインハルトとキルヒアイスの通信が終わった後、彼女たちはもう一度極低周波端で会話を再開した。
「ベルンシュタイン中将に監視の強化を。アレーナ、これは私の勘なのだけれど・・・・」
イルーナはほっそりした白い指を自室の机に打ち付けながら、
「例のベーネミュンデ侯爵夫人を中心とした対ラインハルト包囲網・・・・彼が影の立役者じゃないかしら?」
『彼が?』
「ええ・・・・。原作ではベーネミュンデ侯爵夫人には味方らしい味方はいなかったわ。私が知っているのはフレーゲル男爵くらい。彼にしてもベーネミュンデ侯爵夫人を利用しようと近づいてきたにすぎない。ところが、あなたの仕掛けた盗聴器から聞こえてくるのは、帝国軍少将、宮内省の役人、そして彼女の幼馴染だという貴族。明らかに原作よりも立場は強化されているじゃない」
ディスプレイ上でアレーナはうなずきを返した。それに対しリズミカルに指を叩きながら、
「つまりは、彼らは今まで点に過ぎなかった。その点を結び付けて線とした立役者がいる。それが彼だという事。今は何も証拠がないけれど、もしこれが事実だとしたら、この一点をもってしてもベルンシュタイン中将はラインハルトの敵だという事になるわね」
『どうする?始末する?前回のアンネローゼ誘拐暗殺未遂事件の事があるわよ』
アンネローゼ誘拐暗殺未遂事件については、帝都からの情報はラインハルトに届いていない。そんな事態になれば彼は激怒して帝都に戻ると言い出すだろう。今のこの状況ではそれは得策ではない。そう判断した二人は未だにこのことを伏せているのだ。もっとも帝都オーディンにおいてもアンネローゼ誘拐事件は秘中の秘密として関係者の口を固く閉ざしていた。
「アレーナ、私たちは・・・・シャロンじゃないわ」
イルーナの眼には一瞬言いようのない悲しみがうかんでいた。
「だから障害物となる人を、重しをどけるようにして殺すことはできない。やりたくない。あなただってそうじゃない?」
『私はあなたとは違うわ』
アレーナはしれっとした顔で言った。
『もっとも、私はシャロンとも違うけれどね。・・・・ま、あなたの気持ちはわかっているつもりだけれど』
イルーナは長いことだまっていたが、やがて重い重い吐息を吐き出した。
「これは、今まで誰にも話したことのなかった事。前世ですら私の胸に秘めておいたこと。でも、もう・・・・・」
アレーナはじっと親友の顔を見つめてきている。イルーナはまた、ほうっとと息を吐き出すと、
「今だからあなたに話すけれど、シャロンがああいう人になったのは・・・・私のせいなのよ」
前世――。
イルーナが属していた公国が、隣国に対しての支援を放棄した日のことを、今でもよく覚えている。その隣国は強大な帝国に攻められ、崩壊寸前だった。その隣国こそがシャロンの故郷だったのだ。彼女の家族も皆そこにいた。
当時イルーナたちが所属していた騎士団は公国の軍事力の一翼として、公国正規軍と同様の扱いを受けていた。そして正規軍上層部と政府首脳陣の話合いの中に騎士団幹部の一員としてイルーナが派遣されていたのである。
話合いは長期に及んだ。それだけ撤退派と支援継続派のせめぎあいは拮抗していたのである。だが、わずか一票の差で撤退派が優った。その重い重い決定が下された日の翌日、空はどす黒く曇り、重々しい雷鳴が午後の暑い空気を突き破って響いていた。その翌日には早くも隣国の国境沿いの都市が陥落したとの報告が入ってきた。そこは他ならぬシャロンの家族が住んでいる都市だったのだ。都市に住んでいた人々は根こそぎ全滅させられたという聞きたくもない報告も入ってきていた。
「何故!?」
騎士団本部のある暗い部屋にシャロンの叫びだけが響いていた。それに和するように雷鳴が悲鳴を上げて空を引き裂いていった。
「何故?!何故!?どうして・・・!!あなたに期待していたのよ・・・!!キャスティング・ボートを握っておきながら、なぜそれを支援継続に行使してくれなかったの!?」
「・・・・・・・」
親友に胸元のスカーフをつかまれながら、イルーナ・フォン・ヴァンクラフトは親友を見返していた。ここでうなだれてはいけない。自分の判断が誤っていたことを認めることになる。内心張り裂けそうな思いを鋼鉄の自制心で押し殺し続けながらイルーナはシャロンを見返していた。
「私はあなたにすべてを託したわ!!あなたが最上の判断を下してくれると期待して!!こんなことなら・・・・派遣団にあなたを選ばなければよかった!!そうしたら・・・・・」
語尾は震え、かすれていた。それを聞きながらイルーナは表面上は鋼鉄の声で、
「私は・・・・あなたの親友よ。でも、私には責務があるわ。あらゆる事象をすべて把握し、そのうえで決定を下さなくてはならない。私は・・・そうしたまで」
「・・・・・!!」
シャロンがスカーフを握りしめていた手を離し、その手は力なく下がった。
「・・・・・・人間は」
うなだれたシャロンの身体から突然声が発せられた。
「?」
「人間ほど信の置けない者はいない・・・・。誰も信用できない・・・・親友でさえも、いざとなれば自分の価値観を他人の価値観よりも優先してしまうのだわ・・・・やっとそれがわかった・・・・」
「シャロン・・・・」
シャロンが顔を上げた時、雷鳴が光り、彼女の顔を照らし出した。イルーナはぞっとなった。そこには満面の微笑がうかんでいたのである。先ほどの悲しみに取り乱していたシャロンの影は完全に消え去っていた。だが、イルーナの瞳にはシャロンの微笑の裏に狂気じみた色が見え隠れしているのが見て取れたのだ。
「イルーナ、ありがとう。そのことを気づかせてくれて。感謝するわ」
「シャロン!!」
イルーナが手を伸ばしたときには、シャロンは優雅な足取りで部屋の外に出て行ってしまっていた。
それから数年後だ。シャロンが騎士団はおろか、公国、いや、世界に対して大規模な反乱を起こし、全世界を恐怖と炎、そして焦土に叩き込んだのは――。
* * * * *
『・・・・・そうだったんだ』
アレーナは今明かされる親友とシャロンの確執について聞き終わった後、ぽつりとそう言った。漏らした感想はそれだけだった。それだけしか言えなかったのだ。
「ラインハルトとキルヒアイス・・・・いいえ、この世界に生きる人々には申し訳ない、では済まされないわね。一個人の前世の因縁がこの世界の人々を殺し、この先もっと殺そうとしているのだから・・・・」
『イルーナ、それは少し違うわよ』
アレーナはずっと真面目な顔だったが、今やその顔には厳しさも加わっていた。
『よく聞きなさい!どのみち戦争によって多くの人々が死ぬことは原作でもあったじゃない。その要因があなたであろうが、他の者の起こしたものであろうが、死ぬべき人は死んでいく。それは連綿として続くのよ。過去も、現在も、そして未来もね。だから免罪符になる・・・なんて私は言わないわ。そういうのは詭弁よ。いい?私が言いたいのは、あなたの全力を発揮してこのバカげた争いを一切合切終わらせなさい、という事なの!ラインハルトとキルヒアイスをサポートして、帝国と同盟を一つにまとめて、そしてシャロンをブチ倒してあなた自身がケリをつければ、数十年は戦争はなくなるじゃない!!そんな簡単な話じゃないかもしれないけれどさ、少なくとも、私たちはできることを全力でやろうよ!!ウジウジ悩んでいたって何も変わらないのよ!!』
「アレーナ・・・・」
イルーナは絶句した。普段しれっとしているアレーナがこんなにも真剣な言葉を叩き付けてきたのは前世ですらなかった。まったくの初めてだったからだ。
『私はあなたを支えるから。ラインハルトとキルヒアイスを支えるのと同じように、あなたをずっと支えるから!』
ディスプレイ越しにアレーナが叫んでいる。怖いくらい、真剣な、そして心のこもった瞳をして。不意に彼女は相好を崩して、優しく言った。
『フィオーナ、ティアナだって同じよ。いつまでも一人で『お姉さん』ぶって抱え込んでいるなんてよくないわよ。時には頼りなさい。皆にね』
不意に喉が鳴った。す~っと二筋の涙が、彼女の美しい瞳から零れ落ちていた。
「ありがとう・・・・・」
涙にぬれた声で、かすれた声で、そういうのがやっとだった。
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