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授業なんてどうでもいい、なくてもいい

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多田くんは怪しい

 
前書き
夏ですね。暑いですね。でも泳げないのでプールにも海にも行ったって楽しめないんですね。……悲しいですね。 

 
 次の日、いつも通りの時間に教室に入った。HRが始まっても、多田くんは姿を見せなかった。ちなみに、私の席は黒板から見て右から二番目の列の最後尾だ。多田くんは左から三列目の先頭。3年になって話し始めたのは掃除がきっかけで、普段から話す間柄ではなかった。昨日までは。

 教室の後ろのドアが勢いよくスライドして、二人のクラスメイトが入ってきた。多田くんと照原くんだ。彼らは遅刻してきたことを悪びれもせず、それぞれ自分の席に腰を下ろした。担任の江藤先生が言った。先生は25歳独身の男性で、イケメンと定評がある。

 「お前ら、受験生の意識あるのか?」

 それに応えたのは多田くんだった。

 「もちあります。俺、大学行ってやりますよ」

 「多田はAO入試で行きたいんだよな。成績だけじゃなくて出欠席も出願対象になっていることは知っているか?」

 「えっ……」

 初耳だったらしい。私は、多田くんが硬直しているのを後ろから眺めていた。

 照原くんが声を上げて笑った。

 「お前そんなことも知らなかったの?そんなんで大学行くとか笑えるわ。つか実際のところ無理だろ」

 「うっせえなチキン野郎。お前こそ知ってたのかよ」

 「知るわけねえじゃん。俺、大学行かねえし」

 クラスがどっと沸いた。照原くんが他の男子に「じゃあ言うなよ!」とツッコまれる。その通りだ。多田くんをバカにはできない。それなのに、どうしてそんなに自慢げに言うんだ。男子全員があんなテンションではないが、照原くんに似た男子はちらほら見かける。私はどうもあのノリを好きになれない。自分が知らないことをさも知っているかのように語るノリはわりと多く使われる。笑いを取れるのは確かだ。それを好めない私はきっと頭が固いのかもしれない。

 HRが終わって、今日もまた淡々とした生活が始まる。私は乱れることのない集中力を全授業に注いだ。それでも完全にはいかない。4限目の後半でお腹が鳴った。それを聞いた隣席の桐山くんが私にカロリーメイトを無言でくれた。あまりに恥ずかしくて身体が火照った私は桐山くんの顔を見ずに、小声で「ありがと」と言った。

 昼食を友人と囲んで食べてから、午後の授業に挑む。一睡もすることなく、必死にノートを取っていたらあっという間に帰りのHRを迎えた。それが終わると、最後は掃除――

 「三ツ橋ー、箒折れたわ」

 多田くんが腹を抱えて私に報告してきた。

 「私、ちゃんと注意したよね。ここで野球しないでって。先生には自分で言ってきてよ」

 「うぇーい」

 問題なのは、ボールは硬式を使っているのにバットが箒なところだ。しかも投手の照原くんはガチで投げるのだ。教室で。それに呼応するように、多田くんは箒でボールをガチで打った。それは折れるに決まっている。どうして男子はこんなに単純なんだろう。というか、人に当たる考慮が全くされていないのが怖い。ちなみに、私は二人の野球でデッドボールを食らわないためにヘルメットを被っている。避難訓練用のやつだ。

 私がまともに多田くんと話したのは、掃除が終わってさらに30分近くしてからだった。多田くんと照原くんは箒を弁償することになったそうだ。

 多田くんは2つの机を合体させて、その上に寝そべった。

 「いやー、参った参った。あの箒、意外と高いのな。割り勘で1000円だぜ?照原めっちゃ萎えてたわ」

 「それで、私の欠点改善策はあるの?」

 箒の話はどうでもいい。やるべきことをとっとと終わらせた方が良い。私としては、あまり多田くんと二人で一緒にいたくないのだ。

 勘違いされるかもしれないから。

 多田くんが言った。

 「もちろんあるよ。三ツ橋、ゴールデンウィークどこか空いてる?休日使いたいんだけど」

 私は脳内で自分のスケジュールを展開した。今年は土曜日から次週の木曜日までが連休となっている。つまり6連休だ。でも、私は日曜日以外に予定を入れていなかった。なにせ今年は受験生なのだ。確か、土曜日の午後以外は全て塾だったと思う。それを多田くんに伝えると、彼は目を丸くした。

 「お前すげえな。けど土曜日の午後は空いてるんだよな?」

 「うん」

 「その日さ、クラスの奴らとバーベキュー行くんだよ。表向きは普通に楽しむやつだけど、俺の目的は三ツ橋」

 「その言い方だと誤解を招くよ」

 「それな。つまり、俺の真の目的は三ツ橋のマニュアル人間っぷりを直すことだ」

 バーベキューか。多田くんも意外と考えたものだ。私は素直に思った。いろいろと集団行動が重視されるバーベキューで、私に自分で行動する意思を身につけさせようというわけだ。私も多田くん任せでなく、意欲を見せなければならない。

 「分かった。多田くんありがとう。私も参加する」

 「それじゃ土曜の午後、ちゃんと空けとけよ。ドタキャンとかマジ止めろよ?」

 「大丈夫。でも、ちょっと気になることがあるんだけど」

 「何が?」

 「メンバーは誰?」

 多田くんのことだから、大して会話もしたことのない人を集めてきそうだ。3年のクラスは2年と同じだけど、私はクラス内で広いコミュニティを持っていない。特に多田くん系の男女との関わりはさほど多くないので、少し不安に感じていた。

 だが、多田くんは「あ、そのことね」と軽く応じた。

 「とりま三ツ橋が仲良さそうな連中集めといたよ。まあ、それってつまり受験のこと気にしてる奴らなんだけどな。説得に苦労した奴もいたくらいだし」

 それから多田くんはメンバーの名前を挙げていった。女子が私を含めて4人で男子は多田くんを含めて5人。その中には照原くんや常盤くん、そして桐山くんの名前があった。それにしても、多田くんと照原くんの組み合わせは正直なところ嫌だった。

 一方で女子は完全に私の友人で固めていた。多田くんは私の知らないうちに彼女たちと親しくなっていたようだ。多田くんは人見知りしないし、嫌な奴ではないから基本的に誰からも受け入れられる。そこはちゃんと認めているつもりだ。不良には違いないけど。

 多田くんは通学バッグをデイパックのように背負って廊下の方に歩き出した。

 「じゃ、俺この後カラオケだから帰るわ。詳しくはメールするから」

 「ちょっと待ってよ。私、多田くんの連絡先知らないんだけど」

 「リンちゃんが知ってるから教えてもらってー」

 リンちゃんとは私の友人である西尾倫子のことだ。私がもう一言伝えようと思ったときには、多田くんはすでに教室から姿を消していた。勝手なのかマイペースなのか、よく分からない。いや、たぶん勝手なんだろう。面倒なので走って追うことはしなかった。

 教室には私を除いて誰もいない。私は、ちらりと隣の席に目を向けた。机の表面に計算式の跡や刃物で削ったと思しき雑な文字の列が残っている。

 多田くんは私のことを分かっていて桐山くんを呼んだのだろうか。多田くんは明けっ広げな性格なのに真意を掴ませない。それが不気味であり、苛立たしくもあった。

 考えても仕方ない。私は溜め息を吐いて、バッグを片手に教室を出た。 
 

 
後書き
最近また『けいおん』にハマってしまいました。NHKが再放送なんかするからいけないんですよ。
当時はバリバリの唯推しだったんですが、改めて見てみるとどのキャラもめっさ可愛いですね(笑)一人で「可愛いなおい」と呟いたところを祖父に目撃されましたが、気にしません。本音なんだから口に出してもいいんです。 
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