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授業なんてどうでもいい、なくてもいい

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多田くんは腹立たしい

 私は家に着くといつも通りに自室に直行し、制服からジャージへとチェンジアップした。いや、アップはしていないな。

時刻は午後17時を少し過ぎたころだった。最近は陽が延びたのでまだ窓を閉めなくても良かった。ベッドに寝転がると、私は携帯を開いた。西日がちょうど良い具合に窓から差し込んできている。

 倫子宛てにメールを打つ。バーベキューの日時を教えてもらわなければならない。明日は日曜日なので学校に行かないのだ。私は帰宅部だから特別な用事がなければ休日登校はない。

 メールを送信してから携帯を枕元に置いた。と、その直後に返信がきた。

 『べーべキュー来週の土曜の午後17時からだって~。場所は多田くん家の屋上。学校終わりだから一緒に行こ!』

 なんだべーべキューって。何をそんなに焦っているんだ。あまりに新鮮な単語すぎて例えようにも例えられなかった。それと絵文字が語尾に連発しているけど、私の携帯の機種が古いからか全て見えない。もはや邪魔だった。

 多田くん家に関しては一度も行ったことがない。とはいえ、土曜日は午前授業があるのでみんなと行けばいいだろう。基本情報を手に入れた。もう安心だ。

 「いや、まだ安心できない……」

 私の言葉は六畳間だけに響き、一瞬で消え失せた。不安要素はある。もちろん多田くんだ。

 多田くんの言い分は納得できる範囲にある。しかし、釈然としない。私と多田くんが今までに大きく関わる機会はたぶんなかった。本当に掃除の時間で話すようになっただけだ。まるで3年に上がる前から話す間柄であったかのように、私たちは会話している。なんだか不思議な気分だった。

 いろいろと考えていたら眠くなってきた。午睡にしてはやや遅めだが、まあいいか。私は布団を被って本格的に眠ることにした。今週、お疲れさん。

*****

 月曜日。淡々と起きて着替えて学校に行って勉強して昼食を取って掃除をして家に帰宅した。そのサイクルを毎日繰り返した。基本的に何も起こらず日々は過ぎ去っていく。けど、自発的に何かをやらかす人間が近くにいると、私の日常は簡単に姿を変える。原因は多田くんだ。

 掃除の時間、多田くんが真面目に掃除をすることはない。木曜日が極めてふざけていたと思う。

 多田くんは照原くんと常盤くんと一緒に教室に入ってきた。ちなみに多田くん以外の二人はトイレ掃除だ。その象徴に、常盤くんがゴム手袋を付けた手でトイレ用の雑巾を4枚持っていた。

 多田くんと照原くんは雑巾を2枚ずつ手に取った。彼らはゴム手袋をしていない。何をするのか、私は予想できなかった。

 多田くんが言った。

 「よし常盤。今からコレ投げるから。全部躱したら飲み物奢る」

 「朕、反射神経が平均男性以下のロートルタイプなのであるが……。とはいえ、ベースが身軽な作りなのでライブ会場では高機動モードに神経を切り替えるので本山由実ちゃんとは常にお近い状態!」

 「キメえな相変わらず。安心しろって。緩めにやるからさ」

 そして、雑巾が投げられた。

 常盤くんは二人が繰り出す魔球と化した雑巾に何度も当たった。しまいには頭に直撃した。これは傍目から見たらイジメに捉えられるのではないか。私は常盤くんの様子を見た。彼はニコニコと楽しそうに笑って「勘弁してくだされ!」と言った。相変わらずキモい。

 多田くんは腕時計に目をやって、「はい終了―」と言った。常盤くんが多田くんとポジションを入れ替えた。どうやらまだやるようだ。

 「言っとくけど俺、反射神経ハンパねえから。神様越えてっから。そういうわけで炭酸水よろしく」

 神が反射神経を行使する機会なんてないだろう。というか、炭酸水をご注文って個性的だな。あれ、味しないよ。私は掃除を続けながら思った。

 再び『反射神経ごっこ』が始まった。呆れて物も言えなかった。私は掃除ロッカーからちり取りを出して、ゴミを取るためにしゃがんだ。

 その瞬間、頭上を雑巾が通り過ぎた。と同時に、お尻にピチャッと音を立てて雑巾が当たった。

 私は中腰状態のまま硬直した。すぐ後ろにいたのか、多田くんが少しボリュームを落として背後から声をかけてきた。

 「……ちょっと失礼しまーす」

 言うが早いか、私のスカートにあった雑巾を取った。アウトもいいところだった。私は反射的にちり取りを平手打ちさながらに振った。

 「うおっっっと!?」

 すんでのところで多田くんが躱した。自慢する程度には反射神経が良いらしい。私は雑巾が当たった辺りに手をやった。スカートがもろに濡れている。

 「多田くん、どういうつもり?」

 「いや、悪気があったわけじゃないんだよ。マジでごめん。ジャージ持ってるから貸すよ」

 「それもそうだけど。でも、謝る前に触ったよね?」

 「だって雑巾臭ぇから、三ツ橋に取らせるのは申し訳ないっつーか」

 「臭いのは洗えば取れるでしょ。でも多田くん、軽く掴んだよね?」

 「……はい」

 その後は呆気なかった。私がとっとと終わりにしたかったのだ。もともと怒るのは好きじゃないし、多田くんたちも反省していたから許した。先生には何も報告しなかった。

 帰ろうとバッグを肩に提げたとき、珍しく照原くんが話しかけてきた。

 「三ツ橋、さっきはごめん」

 「別にいいよ。スカート濡れたくらいだし」

 「でも、多田にケツ触られたっしょ」

 「多田くんには私からさらにプレッシャーを与えるから」

 もし私がマニュアル人間から脱却できなかったら……多田くんにはそれ相応の代償を払ってもらわなければならない。もちろん、私は自分の短所を無くすよう頑張るつもりだ。

 照原くんが呟いた。

 「よく分かんねえけど、三ツ橋って心広いな。すげえと思う」

 「そんなことないよ。単純なだけ」

 私はそう言って教室を出た。すると、ちょうど男子トイレから多田くんが顔を出した。彼は私を見ると「三ツ橋」と呼んだ。ヘラヘラしていない。

 「さっきはごめん」

 「照原くんと同じ謝り方だ」

 「え、アイツと同じ?変えた方が良い?」

 私は思わず笑ってしまった。多田くんが不思議そうな顔をして私を見ている。彼は勝手な人間ではない。良くも悪くも、ひたすらマイペースなのだ。

 「多田くん、あさってはよろしく」

 「ん、ああ。分かってるって。ケツ触ったぶんの成果は出すよ。あれは良かった」

 「もしダメだったらどうする?」

 「お前、自分の欠点治す気あるのかよ……。うーん、ダメだったらどうしよう」

 「ダメだったら痴漢で訴えるっていうのはどう?」

 「めっちゃエグい!でも断れない!」

 「じゃあ決まりね」

 やや顔の青ざめた多田くんを見て、私はまた笑ってしまった。 
 

 
後書き
もしも身近にお尻を触っても許してくれる女の子がいたら注意してください。それはたいていぶりっ子か男たらしか、変態です(言うまでもない)。
安心してください、三ツ橋さんはサバサバした性格なだけなんです。 
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