ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!
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第三十六話 第三の「民間転生者」と対面です。
帝国歴484年10月30日――。
バーベッヒ侯爵領地であるシャンタウ星域を目指して進軍する帝国軍3個艦隊28000隻は整然と隊列を組んで航行していた。
もっともその内情は整然といえはしないのかもしれない。敵は寄せ集めの一個艦隊、こちらは帝国正規軍を加えた三個艦隊と割り切って考えられればいいのだが、指揮系統の問題がある。一応討伐軍の指揮官はアレーナとなっているが、彼女は(前世からの戦歴や功績が元帥級であるとはいえ)21歳の貴族令嬢に過ぎなかった。
また、それを補佐するメルカッツ提督についても、一個艦隊以上の指揮は今回が初めてとなる。そして督戦の名目で新たに加わったハーラルト・ベルンシュタイン中将という原作には登場しなかった力量不明の指揮官もいる。
彼と一目会った瞬間、アレーナは彼を転生者だと直感的に見破った。それもかなり手ごわい相手だと。一、二度ちらっとボロを出した程度であったが、そのボロにしてもアレーナやイルーナ、フィオーナ、ティアナ以外であれば耳を通過してしまうような些細なことだった。
一方のアレーナにしてみれば、楽だった。ちょっと変わった奔放貴族令嬢らしく振る舞っていればいいのだ。こちらは転生者が他にいることを知っている。だが、向こうからすればこれまでの二次創作同様、転生者は自分一人、自分だけが主人公であると思い込んでいる。しかも大体において転生者は民間人が多い。特殊な能力や傑出した才能を持っている者などいない。
これほど決定的な差はないだろう。
ところが、今回ハーラルト・ベルンシュタイン中将と会ってみて、アレーナは前者はともかく、後者に関してはベルンシュタイン中将は非凡なものを持っていると思わざるを得なかった。だからこそ平民出の27歳で中将にまで昇進したのだろうが。
シャロンだったら即刻相手の脳天ぶち抜いて殺してしまうんだろうな、などと不遜なことを考えながらアレーナは表面上無邪気に、そしてにこやかに応対し続けていた。
「フロイライン・ランディールにおかれましては、この度の討伐の任、さぞ重責であろうとお察しいたしますが、ご遠慮なさらず何なりと私にご相談いただきたく思います」
その表情は真摯にあふれていたし、メルカッツ提督と同じ言葉だったが、どこか重みが違うのはやはり年齢のせいだろうか。それとも――。
「ありがとうございます。わたくしのために陛下が優秀な軍人をおつかわしくださったこと、感謝いたしておりますと陛下にお伝えいたしますわ」
ベルンシュタイン中将は頭を下げた。ところでとアレーナは思う。ベルンシュタイン中将もメルカッツ提督もどちらも同じ中将だが、どちらが指揮を執るのだろうか。アレーナは無邪気に質問してみた。
「いや、私ではありません。先任であるメルカッツ提督が指揮をとられます。そもそも私は正規軍の人間ではないのです」
ベルンシュタイン中将は不思議そうな顔をしているアレーナに言葉をつづけた。
「私は軍属ではありますが、憲兵隊治安維持部局に籍を置いている人間です。こうした大規模な貴族の内乱に対処するのが治安維持部局の仕事でして」
一瞬彼の顔に苦い色が走った。本心では嫌っているのか、はたまた別の物を思い出してしまったのか。
しかし、憲兵隊が宇宙艦隊を所有しているとはアレーナは聞いていなかった。原作ではせいぜい装甲車や地上部隊だけであったというのに。
治安維持部局とはどういう部署なのだろう?社会秩序維持局や国家安全保障局と同じような臭いを感じるが。それにしても、ベルンシュタイン中将という人物に気が付かなかったとはうかつだった。
そこはおいおい調べてみることにし、ともかくはこの中将の人となりや力量、そして目的を知ることこそが先決だとアレーナは思った。
「ところで、フロイライン・ランディール。あなたは以前カロリーネ皇女殿下にお仕えしていたことがおありだとか」
「はい」
突然話のベクトルが変わり、アレーナは相手が何を言い出そうとしているか察し兼ねていた。
「どのような皇女殿下でいらっしゃいましたか?」
とたんにアレーナは顔をしかめて見せた。
「申し訳ありませんが、その話はおやめくださいませんか?家に戻ってからもお父様お母様に散々お小言を言われましたのですから」
ベルンシュタイン中将は、詮無いないことを口にのぼせました、申し訳ありません、と謝罪して引き下がった。
(やれやれ。ちょ~っと一筋縄じゃ行かない人ね)
アレーナはほっと一安心した。ベルンシュタイン中将はカロリーネ皇女殿下のことを聞きたかったのではない。それに対して自分が見せる反応を聞き取り、どのような人となりなのかを確認したかったのだ。つまり、こちらに探りを入れているということになる。
(でもどうしてだろう?私があなたの味方としてふさわしい人間かどうか?あなたの邪魔立てをしない人間かどうか?)
今のところベルンシュタイン中将は敵か味方かわからない。だが、いくら有能であっても、いや、有能であるからこそ、万が一ラインハルトの敵に回るようであれば、早急に始末しなくてはならない。たとえ、中将その人がどのように誠実で実直な人柄であったとしても。
(始末?・・・・あぁ、駄目駄目駄目!!!私はシャロンなんかじゃないんだから!!!)
アレーナはブンブンと頭を振った。どうも考え方がシャロンに酷似してしまっているようだ。
(それは最後の手段にするべきよね。話し合いの結果ラインハルトとベルンシュタイン中将が協同する可能性だってあるんだし。それを見極めてからでも遅くはないでしょ)
よしよしと一人うなずいたアレーナはさっさと自室に引っこんでいった。どうせ航海中は作戦会議を除いてやることはないのだ。艦隊運用なら艦長等で十分対応できるのだし。その間に今後の方針の決定と、ベルンシュタイン中将について徹底的に調べることとしよう。
旗艦シャルンホルストにて
■ ラインハルト・フォン・ミューゼル准将
バーベッヒ侯爵領シャンタウ星域への航海は順調に進んでいる。敵は徹底抗戦の構えを見せて、領内に引きこもっているが、逆に言えば進出して奇襲をかけてくる心配はないということだ。最も警戒をするに越したことはないがな。
おかげで退屈極まりないが、航海に関しては艦長や航海長に任せてもいいので、俺はシミュレーターで演習をしたり、蔵書を読んだり、キルヒアイスやミュラーと話をしたりしている。
キルヒアイスは少佐で副官のままなのだが、今度俺の参謀の一人にナイトハルト・ミュラー少佐がやってきた。例のヘーシュリッヒ・エンチェンの際にフェザーンの駐在武官で、俺に的確な航路を教えてくれた奴だ。実直な人柄で、勤務にも怠惰というものがない。フロイレイン・レインとはまた違った色合いで頼りになる奴だ。航海が始まってまだ数日に過ぎないが、俺たちはすっかり意気投合している。
准将になってようやく艦隊指揮ができるようになったといっても、実態の麾下の兵力が巡航艦40、駆逐艦130、砲艦25、ミサイル艦10では、どうしようもないな。だが、これも経験だ。小戦隊規模の運動、特質、効率を知ってこそ、それが大隊、連隊、分艦隊、そして一個艦隊、数個艦隊への指揮につながるのだ。
俺の艦隊はわずか百数十隻に過ぎないが、この艦隊が局面を変える時はあるかもしれない。それに備えて平時より訓練は怠らぬようにしなくてはな。
■ ジークフリード・キルヒアイス少佐
ラインハルト様が考え事をしておられる。さすがに目的地までは何もすることがないのだから手持ち無沙汰になられるのも無理はない。だが、ミュラー少佐も入れて、3人で平素の帝国の在り方や実態について議論しあったり、将来を見据えた知識を習得するのは意義があるものだ。これらのことが積み重なって、いつか役に立つ時があるのかもしれないのだから。
フロイレイン・レインが転出してしまったのは残念だったのだが、ミュラー少佐はなかなかに有能な人だ。ラインハルト様が将来大業を果たすべく飛翔されるとき、そのそばにあってラインハルト様を支える一人になってほしいものだ。
■ ナイトハルト・ミュラー少佐
ラインハルト・フォン・ミューゼル准将の参謀に任命する旨軍務省から辞令をもらった時、私はあのミューゼル中佐の事かと思った。例のヘーシュリッヒ・エンチェンの特務でフェザーンから航路データを送ったことを今でも覚えている。あの時は特務としか言われず、詳細も一切なかった。今改めてミューゼル准将が明かしてくれたことを聞くと、(むろん断片的にではあるが)どれだけ危険を潜り抜けてきたのかがよくわかった。まだ20にもなっていないのに、一艦を良く指揮し、任務を全うして帰還できるなど並大抵の艦長ではできない仕事だ。この方と知己になれて良かったと思う。この間サイオキシン麻薬の捜査関係で、ロイエンタール少佐に会った時にもかなり衝撃を受けたのだが、ミューゼル准将はそれ以上の力量の持ち主だ。
そして、気になるのはバーベッヒ侯爵討伐の任がランディール侯爵家のご息女に任されたという件だ。貴族令嬢にそのような艦隊の指揮などできるのだろうか。そう思っていたらなんとミューゼル准将の幼馴染だという。驚いた。同じ貴族と言ってもミューゼル准将は無爵、対するランディール侯爵家とは格が違うではないか。だが、ミューゼル准将はランディール侯爵家の家柄ではなく、ご息女その人の力量を買っておられるらしい。
ミューゼル准将ほどの方が評価するご息女、いったいどのような方なのだろう。
* * * * *
シャンタウ星域のバーベッヒ侯爵領には、一門の艦隊が続々と集結していた。その中にあって、ひときわ若い、銀髪をうなじの後ろで結んだ女性士官が広大なバーベッヒ侯爵館の侯爵居室内、老侯爵の前に立っていた。この時、アレーナやイルーナ、フィオーナやティアナが居合わせたら、きっと驚いたに違いない。
「アリシアよ」
そう呼ばれた女性もまた、前世をアレーナたちと同じくする、転生者だったからだ。
「はい。閣下」
「閣下はよいじゃろう。どうせ間もなく爵位をはく奪され、一門もろとも追放か処刑の憂き目にあう老人じゃ」
老侯爵は自嘲気味に低く笑った。
「でしたら、せめて貴族として潔い進退をなさるべきでは――」
「無駄じゃよ」
老侯爵は一蹴した。
「儂がそう望んでも一門がそうは思わん。あれはどうしようもない事故なのだとたきつける者がいるのでな」
「では、一門の意地だけで、何十万という生命がこれから消えていくわけですね」
アリシアが皮肉交じりに言う。老侯爵に対し物が言えるアリシアは老侯爵とどのような関係なのだろうかとアレーナなら思っただろう。
「そうじゃな。これも我が領内に生を受けたゆえ。諦めてほしいと願うばかりじゃの」
淡々とそういう老侯爵にアリシアは一瞬怒りを抑えきれなかった。彼女自身銀河英雄伝説を読んだことがあるが、こうして今現実のものとして対峙している貴族もやはり民衆の生命を一顧だにしない人だったのだ。
「アリシア・フォン・ファーレンハイト中尉」
女性軍属にはフロイレインという呼び名を付けることになっているのだが、老侯爵はそれを意に介していない。
「はい」
「卿の兄上であるファーレンハイト少佐は、自由惑星同盟に亡命しているのだそうだな」
アリシア・フォン・ファーレンハイトは今年16歳、前世でフィオーナらと同じ騎士団に所属していた転生者であるが、どうしたはずみか、ファーレンハイトと同じ家に生まれてしまったのだ。そして、カロリーネ皇女亡命事件では、その侍従武官としてファーレンハイトも一緒に亡命していることが判明してから、彼女に対する風当たりはにわかに強くなった。
そんな折だった。今目の前にいる主が彼女を引き取って私設艦隊の幕僚に任命してくれたのは。だから主には恩義がある。それはわかっている。わかっているのだが・・・。
「・・・・はい」
「儂の一族の中の忘れ形見の後見人となってかの地に赴くことは、できるか?」
アリシアの中に怒りが再び渦巻き始めた。民衆を犠牲にしようとする中を、バーベッヒ侯爵は一門を生きたまま逃がそうとしている。
「あえて言いますが、無理でしょう。帝国軍はこうなることを見越して、イゼルローン回廊を封鎖するでしょう。フェザーン回廊については、商船の問題上多少はましでしょうけれど、それも絶対安全とは言えません」
彼女は平板な声を出そうとしたが、どこか冷たい調子になるのを止められなかった。老侯爵はじいっとアリシアを見つめていた。アリシアも胆力があったのだが、ついにその視線にうち負けて、俯いた。銀髪の前髪の中に一筋の黒髪が混じっているが、それがかすかに揺れていた。
「そうか。それはそうじゃな。考えてみれば、一門が儂に殉じる覚悟をしておる中で、忘れ形見を逃がそうとしていることを知れば、背信行為と言われかねぬからな」
「閣下・・・・!」
「いや、言わんでもいい。アリシア、すまぬな」
「閣下が謝られることなど、ありません。私が――」
「もうよい。出処進退は卿の好きにするがいい」
バーベッヒ侯爵はアリシアに背を向けた。話は終わったという態度である。彼の背中には何の感情もあふれていなかった。すべてをあきらめ、すべてを受け入れようとしているのか、それとも、一発逆転の秘策でも秘めているのか、考えることを諦めてしまったか――。
アリシアは物言わぬその背中に一礼して、老侯爵の部屋を退出した。
「・・・・・・・」
歩きながら彼女は考えていた。自分がこの現世に舞い戻ってきたのは、いずれラインハルト・フォン・ローエングラム公の覇道を助けることにある。現に女性士官学校に入校したのはそのためだ。だが、運命は彼女をバーベッヒ侯爵のもとに運んでしまった。ラインハルトの敵になろう人に。
アリシアはと息を吐いた。兄さえ、いや、ファーレンハイトさえ亡命しなかったらこんなことにならなかったのだがと思うのだ。だが、そういう矜持こそファーレンハイトらしいとも思っていた。
どうすればいいだろう。ここで逆に内通して反乱軍の陣容を教えるか、それとも主の恩義に報いるため、徹底して抗戦するか。兄の後を追って亡命するか。
「駄目よね、そんな内通なんかしたって、今更だし、なにより私の矜持がそうさせない。どうせ反乱は避けられないし、多くの人が死ぬんだもの。だったら私も正々堂々と矜持を貫くまで。それに・・・・」
アリシアは苦笑いした。
「それに、ラインハルトは内通者を喜んで自分の陣営に加えるような人じゃないわ。グリルパルツァーの時がそうだったように・・・・」
そう決心すると気が楽になった。清々しささえ感じていた。たとえ目の前に待ち受けているのが死だとしても、どうせまたヴァルハラに戻るだけの事である。なら自分の思う通りにやって道を切り開いてみよう。アリシアはそう思った。
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