ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!
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第三十五話 油断をしていると足元をすくわれます。
帝国歴484年10月23日――。
反乱軍討伐の準備をしていたメルカッツ提督は思いもよらぬ人物の訪問を受けていた。グリンメルスハウゼン子爵閣下のご訪問である。階級こそ同格の中将であるものの、マインホフ元帥らとともに皇帝陛下の「ご学友」を務めたこの老人の重みをメルカッツ提督はよく知っている・・・知っているつもりなのである。
彼はいささかたじろぎながらも、その動揺を顔に表すこともなく、淡々と客人への応接の支度を家人に依頼した。
「すまんのう。突然に押しかけて」
グリンメルスハウゼン子爵閣下はケスラーに支えられるようにして入室すると、メルカッツに進められ、質素だが居心地の良い肘掛椅子に腰を下ろした。そこには暖炉の火がパチパチと暖かくはぜている。まだ10月だが、急に気温が下がり、一気に冬らしい様相を呈してきていた。
「いや、一向にかまいませんが、小官にどのような御用でしょうか?」
「いやなに、出征前に久方ぶりに卿の顔を見たくなったというわけじゃ」
ほっほっほとグリンメルスハウゼン子爵閣下は甲高い声で笑った。それがまったく嫌味にも聞こえないのがこの老人の徳であった。メルカッツ提督自身はあまりグリンメルスハウゼン子爵とは交流がない。貴族社会においてその名前をしり、数度だけ社交界のパーティーで顔を合わせたくらいのものである。メルカッツはあまりパーティー等の貴族の社交場には興味がなく、そこに出たいとも思わない性分であった。グリンメルスハウゼン子爵と顔を合わせたパーティーも、たまたま知人に頼まれ、やむをえない形で出席していたものである。
そのグリンメルスハウゼン子爵が突然自分を尋ねてきた。これはいったいどういうことなのだろう。
「・・・・・・・」
メルカッツ提督はいぶかしそうに目を細めたが、何も言わなかった。
一方のグリンメルスハウゼンも暖炉のそばに居心地よさそうに座り、時折こっくりと居眠りすらしているようである。
「メルカッツ提督」
不意に暖炉のそばから声がした。メルカッツが顔を上げると、グリンメルスハウゼンがこちらを見ている。その表情は暖炉の火を背にしたほの暗さに紛れてわからない。
「アレーナを頼みましたぞ。あれは飄々としているが、腹の底は幾重にもなっておるでな。儂にもなかなか本心を吐露せんのじゃ」
メルカッツは意外な面持ちであった。グリンメルスハウゼンとアレーナ・フォン・ランディールはどういうつながりを持っているのだろう。その声なき疑問を老人は感じ取ったのかどうか、好き勝手にしゃべり続けている。
「じゃが、アレーナは儂に繰り返し言うのじゃ。『自分は人の上にたつ器量ではない。もっと器量が上の者の手伝いをするために生まれてきた。』とな。どういうことを言っているかは儂にはわからんが、少なくともあれは誰かのために働こうとしているようじゃ」
「・・・・・・・」
「勝手なことばかりを言って、卿にはすまぬと思っておるが、どうかあれを、いや、あれらを助けてやってほしい。未熟な者を見守り、指導するのは年長者の務めだでな」
「小官とて未だ至らぬところばかりです。むしろ閣下のような方こそが若き英才の方々を指導するべきではありませんかな」
グリンメルスハウゼンは再び甲高い声で笑った。
「儂は耄碌して居る。無理じゃよ。卿のような老練で、まだ活力を失わず、不動の軸である者こそが、そうした任を負うべきだと儂は思うのじゃが」
それはどうですかな、と言葉を濁していなしたメルカッツだったが、グリンメルスハウゼンの意図するところは十分理解できた。アレーナと、彼女が助けようとしている者、そして彼女の周りにいる者を、メルカッツに見守っていてほしいのだということが。
図らずも、メルカッツの理解は既に形となって表れていた。何故なら、彼の指揮下の艦隊のそのまた分艦隊のそのまた戦隊にラインハルト、そしてイルーナの指揮する部隊が加わっていた事である。
さて、と老人はいい、どっこらしょと暖炉の椅子から立ち上がった。それをケスラーが介助する。二人の会話中この若い軍人は一言も話さなかったが、非情な注意をもって聞いていることがメルカッツにはわかった。
「さて、無駄話をしてしまったの。卿の武運に大神オーディンの恩寵あらんことを」
メルカッツは頭を軽く下げて、それに答えた。
他方、アレーナは自軍の編成に忙しく余念がない。
彼女は自分の部隊を指揮する将来の実戦指揮官として、女性士官学校からの候補者を積極的に登用したいとマインホフ元帥にねだった上、彼女自身が女性士官学校で知り合ったという体にして、候補者リストもこっそりと渡していた。その中には彼女と前世を同じくする者がいたことは何ら不思議ではない。
アレーナの旗艦付き副官となったシアーナ・フォン・エクレール中尉は前世でのアレーナの実妹である。残念ながら今回はランディール侯爵家の家に生まれなかったが、それでも妹と再会した時、思わず感極まったアレーナは「妹」を抱きしめて頬ずりしたのであった。
ちなみに、前世に置いて、シアーナはフィオーナと同じ騎士団に所属していて、彼女の教え子でもある。したがって、フィオーナがイルーナに呼ぶ時と同じく、フィオーナを「教官」と呼んで慕っているのだ。
21歳とアレーナより年長のエレイン・アストレイア大尉は元々前世において、アレーナの属している公国の女性将軍として同僚である。互いの仲は「喧嘩するほど仲が良い、かどうかは微妙」という訳の分からない関係ながらも、その力量はお互い高く買っている間柄だ。
他にアレーナはカルナップ、グリューネマン等の中級指揮官を「貴族のコネクションでスカウト選抜」し、艦隊の編成に当たらせた。本当ならば原作のラインハルト麾下のロイエンタールやルッツ級の諸提督を招きたかったのだが、そうなると自身の派閥を構成してしまうこととなり、ラインハルトに不利になる。そのようなことは絶対に避けたかった。そこで、ややそれよりもレベルは劣るが、堅実な指揮官として鳴らしている者を召集したのだった。
実のところ艦隊戦についてはアレーナも経験はない。だが、前世で培ってきた大軍を運用するすべにかけてはフィオーナらと同等以上の実力を持つ彼女は、さほど心配してはいなかったのである。
艦隊の出撃準備中であっても彼女は同時並行的に各地の動静、情報収集を怠らなかった。既にグリンメルスハウゼンから受け継いだ情報網を整備して時は数年足らずだというのに、それはフェザーンから遥か同盟首都ハイネセンに至るまで構築されつつある。
「気になる情報があるのよ」
アレーナはランディール侯爵家の自室で忙しい合間を縫ってイルーナ、そしてフィオーナ、ティアナと通信会議を開いていた。
『なんですか?』
フィオーナが興味深そうにするのを、横でティアナが、
『どうせ彼氏に振られて、また一歩アラサーへの階段を上ったっていうしょ~もない話でしょ』
「なんだって?」
恐ろしい笑みがアレーナからティアナに向かって放たれた。
『いえ、別に。・・・すんませんでした』
「いいわよ。・・・・・そんなに真顔で謝られた方が傷つくわ」
憮然としてアレーナがつぶやいたが、イルーナに水を向けられて改まった口ぶりになった。
「もう、聞いたものがあるかもしれないけれど、一つ真っ新な状態で聞いてね」
そう前置きしてアレーナは話し出した。曰く、カロリーネ皇女とアルフレート坊やは自由惑星同盟へ亡命し、自由惑星同盟の士官学校に入校し、アルフレート坊やはそこを卒業して現在中尉である。曰く、その自由惑星同盟で「ご改革」の風が吹きまくっている。要塞建設、宇宙艦隊の増設、そしてフェザーン資本からの脱却の動きが秘密裏に行われているらしい等々。
『フェザーン資本からの脱却?』
フィオーナが眉をひそめた。
「そ。原作ではあまり触れられてないけれど、同盟、そして帝国もフェザーンにがっちり首根っこつかまれてんのね。お金っていう手に。一説には同盟の歳入のほぼ半数がフェザーンからの金によるものだという噂があるくらいよ」
知らなかった、というようにフィオーナとティアナが顔を見合わせる。
『そのフェザーン資本からの脱却を進めているというのは事実なのですか?』
フィオーナが尋ねた。
「事実よ。ただそれは幾重にもカモフラージュされている。私に情報をもたらした向こうの者にしても、ただの数字と取引の動きをデータ化して送ってきただけで、結論は一切出していないわ。私が分析して結論を出したの。なんなら見てみる?」
ほどなくして3人ともが同じような声を発した。
『・・・・確かにそうね。念入りにカモフラージュされているけれど、資本比率、投資状況、金融機関の融資状況、詳細に分析するとアレーナの言う通りになるわね』
と、イルーナ。
『本当ですね。しかし大胆なことをします』
「そうなの、でも本当に恐ろしいのはそういうことじゃないんだな。これを見て」
アレーナが端末から別のデータを送った。それはここ数か月で原作に出てくる人物が相次いで死亡しているというデータだった。
『偶然、ってわけじゃないわよね?』
短い沈黙の後にティアナが口を開いた。
「そんなわけないでしょ?どういうご都合主義で原作で足引っ張ってた者が死んでいくわけ?『原作でやばい事やっちゃった者』だけかかる疫病?」
『そんなことないと思います。これ・・・・』
フィオーナが絶句し、イルーナもさすがに声が出ない様子だ。
「私の言いたいこと、わかる?」
『・・・・・向こうにもこっちと同じような転生者が、それもカロリーネ皇女殿下やアルフレートじゃない他の誰か、少なくとも改革に着手できるだけの地位やパイプを持った者がいるってことなのね。しかも、邪魔な人間をハエでもたたき殺すようにして始末するとんでもなく厄介な転生者が』
ティアナが吐息交じりに4人の思いを代弁した。
『もしかして、ですが・・・』
フィオーナが予想の一歩をさらに踏み込ませようというかのように、意を決して口を開いた。
『もしかして、ですが、向こう側にも私たちと前世を同じくする転生者がいるのかもしれません。そうでなければ、こんな鮮やかな手腕、できるわけないですし、何より・・・・平然と人を排除するようなやり方、普通の民間人の転生者にできるわけないです』
具体的な名前まで上げなかったが、誰しもがある人物の名前を思い描いていた。
『その通りよ。フィオーナ』
イルーナが教え子の言葉を肯定した。
『私が恐れているのはね、シャロンが向こう側に転生した可能性を考えているの。今のところすぐに思いつくのは彼女しかいないわ。そして彼女なら平然と実行するでしょうね。邪魔者はさっさと排除するという彼女のスタンスで』
シャロン、教官が・・・・、とうめいたのはティアナだった。前世でシャロンを教官に持ったティアナが死よりも苦しい思いを味わって、ようやく蹴りを付けるまでに長い時間がかかったし、その間親友であるフィオーナとも剣を交えたりしているのである。その苦しみをまたこの現世で味わうのか。ティアナの顔は無言だったがそう表情が訴えていた。
「その通り。厄介だわよ~。ま、私としては敵が強くなった方が面白いんだけれどさ」
『バカなことを言わないの。ヤン・ウェンリー1人でさえ、私たちにとっては重荷なのよ。それがこれ以上転生者が増える事態になれば、事はますます複雑化するわ』
イルーナが手厳しい顔つきでアレーナを窘めた。
「外敵はともかく、国内にもキノコみたいに出てこられたら困るしね。あ~でも遅いか、もう一人出てきているし」
『えっ?』
と3人が一斉に声を上げた。
「アルフレート坊ややカロリーネ皇女殿下と違って今度は手ごわいかもよ。何しろ相手は27歳。そしてすでに中将なのだから」
実を言えば、アレーナもついさきほどまで知らなかった。2個艦隊が3個艦隊に増強され、その指揮官が「督戦」という名目で加わったことを彼女に知らせるべく面会に来るまでは。
ハーラルト・ベルンシュタイン中将、灰色に近い黒髪を持つ容姿端麗の180センチのすらりとした長身の青年である。
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