SAO-銀ノ月-
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第短編話 三
前書き
時系列とか関係ない短編集その3。その3だけあって三本立てです。
『ヒロインから見た主人公』
「そういえば……ショウキってさ、趣味とかってあるの?」
「え?」
注文された品を予算と性能の折り合いがつくように、素材を炉に放り投げながら。あたしはふと気になったことを、背後でハンマーを金属に振り下ろしていた彼に聞いた。もちろん突然聞いたからか、彼の口からは妙なトーンの返答が聞こえてきたが。
「だから、趣味よ趣味。このALOとか、剣道で身体鍛えるとか、それ以外の息抜きの趣味」
「……何だ突然」
仕事中だからか、彼はこちらを見ることはない。それは炉を見ているあたしも同様で、金属素材を叩く音が定期的に響き渡る中、背中合わせであたしたちは話しだした。
「突然気になったのよ。で、あるの?」
「ったく。でも言われてみると…………ないな」
あたしの強引な口振りに嘆息しながらも、彼はゆっくりと考えていたようで。しかして、そのゆっくりとした考察の時間がもたらした物は、特に何もないということだったらしい。そんなことだろうと思った――と、今度はあたしが嘆息する番だった。
「暇にならない? それ」
「いや……暇になった時はゆっくり出来るだろ?」
そんな話をしている間にも、炉の中の金属は暖まり終わったようだ。幅の広いスコップのような器具――ヤットコを手袋越しに持つと、炉の中に放り込んでいた金属素材を回収し、叩く仕事をしている彼の方に渡していく。
「はい、よろしく」
「はいよ。置いといて」
そんな会話を軽く繰り返すと。あたしは目の前で燃え上がる炉の温度を、次の金属素材に合う温度にしながら、次はどんな武器のオーダーだったか確認する。妙に手の込んだ依頼だったことに顔をしかめながら、注意して炉に放り込んでいく。
「キリトとかはどうなんだろうな、趣味」
「キリトぉ?」
あたしの背後から鳴っていた、定期的な金属音が鳴り止んだ。どうやら彼の制作する武器が完成したようだったが、どうも悲しい感情が彼の背中から伝わってきた。どうせ、せっかく作った武器が売り物になって自分の手を離れてしまう、というのが悲しいのだろう。
「はいはい、感傷に浸ってないで次に行くー」
「あ、ああ……」
まったく、変なところで繊細なんだから――と、聞こえないように呟きながら。……とはいえ、彼には背中で伝わっているだろうけど。あたしは更なるインゴットを追加で炉に、彼は更なる金属素材を机の上に。それぞれ手に取っていく。
「……で、何だっけ? キリトの趣味?」
「ああ。一応同年代的にな」
正確には一歳下だが、という注釈を最後に、またもやハンマーで金属素材を叩く音が聞こえてきた。定期的に聞こえてくる、心地よいハンマーの音に耳を任せつつ、扱いにくい炉を眺めて。
「そりゃまあ……ゲームじゃない?」
金属の棒で炉の中のインゴットをかき混ぜながら、リズはキリトの趣味、と問われて思ったことを答えた。ただしそれは、背後の彼が望んでいた答えではなかったらしく、苦笑する気配が伝わってきた。あいにくとこのALO以外には、彼はVRゲームは持っていなかったようだから。
「……クラインとか、エギルとか」
「……ゲーム?」
「レコン……いや、いいか」
「うん、ゲームよね……って、ヤバっ」
参考にならない。どちらもそんなことを思っている空気を漂わせていると、リズの目の前の炉に入っている、インゴットがどうやら溶けだしてきたようで。すぐさまヤットコで取り出すと、前に用意しておいた、水がなみなみと注がれた瓶に入れた。ジュゥゥゥ――という金属素材が冷却される音と、とてつもない量の水蒸気が瓶の中から溢れ出した。
「ひゃっ!?」
「うおっ!?」
さしもの彼もハンマーを叩く仕事を中断し、突如として店中を覆った白い煙に巻かれていく。どちらからともなく、すぐさま工房の窓という窓を開けていき――現実と違い身体に悪影響はないだろうが、仕事にならないことは確かだ――外に向かって煙を吐き出していく。
「……リズ」
「ご、ごめんごめん! ほら、あたし叩くの変わるからさ!」
窓の外の空気を吸う彼に代わって、自分専用のハンマーを用意すると、水蒸気の元となった金属素材を金床に置く。どうやら先程まで彼が叩いていた金属素材は、武器となって完成していたらしく。金床の横には抜き身のカタナが二つ、そのままの形で置いてあった。
「あ、鞘の見繕いよろしく!」
「……了解」
まだ口元を手で被ってせき込みながら、彼は金床の側から抜き身のカタナを二本持っていくと、近くの机に座ってストレージを操作していく。鞘は鍛冶屋だけで作れなくもないが、装飾にこだわるプレイヤーにしてはそうではない。お馴染みの細工師の店から、まとめて仕入れた芸術品としての鞘が必要になり、それらは全てストレージの中にあった。
「…………」
カタナのことなら彼に任せて大丈夫だろう。黙々と似合う鞘を探している様子が分かる、そんな真面目さを感じさせる背中に微笑みながら、あたしは金床に乗せたインゴットに向き直った。未だに水蒸気を小さく発生させているソレに、とある鍛冶スキルを乗せたハンマーを叩きつける。手間取らせた分、値段は絶対高くつけてやる――なんて、不純な思いを抱きながら。
「……あれ、さっきまで何の話してたか」
「えっと、アレよほら、趣味のこと」
色々なことがあって、先程まで何の話をしていたか、忘れてしまっていたけれど。そういえば、あたしから彼に、趣味のことを聞いたのだった。彼の背中から興味なさげな「あー」という思い出したような声が聞こえてきて、せっかくだからこの話題を続けていく。
「あんた、本当に何かないの?」
「ゲーム、って言えばゲームだけどな……」
あたしが振り下ろすハンマーの音をバックに、彼の困ったような声が返ってきていた。どうやら趣味についても、鞘についても、何やら決めかねているようで。ふと、こんなことを提案してみた。
「じゃあさ、二人で何か始めない? …… あ、現実でよ?」
このALOでやってたら、また『趣味はゲーム』になっちゃうものね――そんなふうに冗談めかして言ってみると、思いの外彼にはウケがよかったらしく、肩がプルプルと震えているのが見て取れる。
「わたっ!?」
彼を愛おしげに見ていてインゴットを蔑ろにした罰か、インゴットではなく金床にハンマーを叩きつけてしまい、破壊不可能オブジェクトを叩いた衝撃が身体にも伝わった。驚いて変な声が出てしまった口を、反射的に抑えたはいいものの。
「インゴットちゃんと見て叩けよ」
「むぅ……」
時すでに遅く。彼からは、やれやれ――といった声色の声が届く。不満げに呟きながらも、今度はしっかりと金床のハンマーを見据えると、八つ当たりを込めた一撃を放つ。元はといえば、このインゴットがなかなか武器にならないから悪いのだ、と。
「……あ、そうそう。二人で出来る趣味って何かしらね」
また忘れるところだった。今度はちゃんとインゴットを叩きながら聞くと、彼から気の抜けた返事が聞こえてきた。
「あー……ドミノ倒し?」
「それはそれで、もうちょっと皆でやりましょうか……」
確かに楽しそうではあるが、それは二人でやる遊びではない気もする。今度、このお店でやってみようかしら、とあたしは思案しておくと。どうやら、カタナ二本のうち一本の鞘を見繕い終わったらしい、彼からこんな提案がなされた。
「リズは何かないか? 言い出しっぺ」
「んー……」
あまりにもインゴットが武器にならないので、発動している鍛冶スキルを変更しながら。彼から問いかけられた質問に、しばしスキルのクールタイムついでに考えておく。
「……ジャグリング?」
「……独創的だな」
何故かパッと頭に浮かんだのは、二人で軽いハンマー型の物を幾つも投げ合って、それを二人で広い合うというスポーツで。自分で言っておいてなんだが、あまり惹かれなかった。
「パ、パッと浮かんだのがそれだったのよ!」
「パッと……パッと……あ、サイクリングなんてどうだ?」
本日何度目になるか分からない金属音とともに、彼からなかなか魅力的な提案がなされていた。サイクリング――と言えば、どこか景色のよいところに、ちょうどいい運動しながら、二人で出かけられるわけで。
「……うん、うん。いいんじゃない? サイクリング!」
「喜んでもらえたようで何より……だっと」
サイクリングという提案を受け入れたとともに、どうやら彼の方の仕事である、二本のカタナの鞘は決まったようだ。その二本のカタナを彼が、予約した商品を置くストレージにしまっていると、こちらのインゴットも武器化を知らせる輝きを放つ。
「ふぅ……」
ようやく終わりかと一息つくと、インゴットは金属製の鞭に姿を変えていく。制作するのも使うのも難しいということで、どうにもマイナー武器の枠を出ない鞭だったが、何を頼んだにせよ大切なお客様だ。鞭には鞘はいらないということで、そのまま予約客用のストレージにしまっていく。
「リズ、今ので予約のは全部か?」
「うん! おっ疲れ様ー!」
ずっと背中合わせと背中向きで仕事をしていた、彼の――ショウキの手にハイタッチをしつつ。身長の関係で、ハイタッチに少し手を伸ばす必要はあるが……彼の顔を見上げることが出来る、この身長差は少し気に入っていた。もちろんショウキには秘密だが。
「あとはサイクリングね。次の休み、どっか行ってみましょ!」
「ああ」
淡白な返答――だけど、そんなショウキの表情は、隠しきれないほどの笑顔だった……なんて。多分あたしも、同じような表情をしている、だろうけど……
お題:ヒロインから見た主人公
二人でgdgdしてるだけですか、そうですね。その通りですとも!(開き直り)
『キリト先生の誕生日』
「いやー、助かったぜ」
「お役に立てたなら何より」
曇り空の下、軽自動車に乗って町を駆ける。とはいえ免許も持っていない俺が運転しているわけもなく、後部座席から見覚えのある光景を眺めていた。
「俺もずいぶん、買い出しとコピーの技術が上がったよ」
「お? そりゃ絶対役に立つよオメー」
運転席でハンドルを握るクラインが、皮肉めいたこちらの口調にカラカラと笑う。クラインの会社で納期が危機的な状況に陥ったらしく、猫の手も借りたいと俺にキリトは呼び出され、他の方とともに泊まり込みの手伝いをしていた。
もっとも、プロのように機械を操ってみせるキリトと違って、こちらは雑用以外の何者でもなかったが――まあ、雑用は雑用らしく、少しは役に立ったと思いたい。
「着いたぜ。ここでいいんだっけか? 駅まで送るぜ?」
「こっから車通りが多くて手間だろ。ありがとう」
クラインのありがたい申し出を断り、適当なところで下ろしてもらうと、肌寒い空気が俺を襲ってきた。今まで暖房のお世話になっていた俺には厳しい寒さで、迷惑な爆音を轟かせて、先にバイクで帰ったキリトのことも含めて、普通免許くらいは取っておきたくなる。そんなことを考えていると、車の中からクラインに小さなバックを投げ渡された。
「今日のお礼だよ。キリの字にも渡してあっから、家に帰ったら開けろよ。じゃな」
「ああ、また」
渡された小さなバックを不信げに持ちながらも、クラインに手を振って別れると、道行く車やバイクを見て駅への道を行く。どうせ持ち物と言えば、ポケットに入った財布程度のものなので、手提げ程度の小さなバックなど荷物のうちにも入らない。
「ふぁ……」
肌寒い中あくびをしたため、白い息が空気中に拡散していく。一晩中、主に肉体労働をしていたために、普段の鍛錬とはまた別の筋肉が痛んでいる。肩をグルグルと回して調子を整えつつ、不穏な空模様もあって手早く帰る時ことに――すると。
「あれ? 翔希?」
「ん……里香?」
見知ったどころか慣れ親しんだ声に振り向くと、茶色い癖っ毛を風でなびかせた、想像通りの人物が驚いた表情でこちらを見ていた。薄いピンク色のコートを羽織って、手には沢山の荷物を持っており、見るからに重そうな様子だった。
「どうしてこんなところに……って、そういやクラインの会社手伝いに行く、って言ってたっけ。帰り?」
「ああ。そっちは……見ての通りか」
「そ、ショッピング」
空模様が空模様なんで、早めに切り上げて帰ってきたけどね――と、両手に持った買い物袋二つを見せながら、里香はこちらにはにかむように笑う。こちらからすれば、どう見ても『これからパーティーでも?』と聞きたくなる量だったが、里香からすれば軽い買い物だったらしい。とはいえ、本人にとっては軽い買い物でも、まさか重量は軽くなるまい。
「持つよ。重いだろ?」
「んー……悪いわね。でも、あんまり中見ちゃダメよ?」
冗談めかした里香の言葉とともに、俺は里香から二つの買い物袋を受け取った。クラインから渡された小さなバックは肩にかけ、なかなかの重さが両手に心地よくのしかかった。
「うへー。手ぇ真っ赤……寒いし……あっ」
ずっと買い物袋を持っていたからか、里香の手はビニール袋の持ち手の形のままに赤くなっており、熱いものを冷ますようにフーフーと息を吹きかけていた。すると何かを思いついたように、俺の顔を見てニヤリと笑った。あの表情は、ろくなことを考えてない顔だ――と、長年の経験から推測を立てる。
「里――」
「えいやっ!」
「――――!」
俺が警告の言葉を発するより早く、里香の手がこちらの顔にまで伸びてくると、手の平を両頬に抑えつけてきた。
「ふふん。温いじゃない翔希ー」
自慢げに俺を見上げながら、里香は器用にも手の平で俺の頬をグニョグニョと弄る。里香の柔らかい手の感触が伝わってくる以前に、今まで外気によって冷やされていた、里香の手の冷気がこちらの顔に襲いかかる。その代償に里香は、俺の今まで暖房に当たっていた熱気を、その手の平に吸収していく。
「動かないでよー。荷物落ちちゃうわー」
「…………」
満足げに笑う里香の言う通りに、里香の荷物を預かっている俺は下手に動けず、里香の言いようにされていた。とはいえその冷たさに驚いたのは最初だけで、それからは里香の手の平の感触と温度を味わせてもらったので、こちらとしても有益だったが。策士、策に溺れると言ったところか――と、内心ほくそ笑んでいると、里香は満足しきったのか手を離した。
「あんがと! ほら、その小さなバックとあたしのハンドバックは自分で持つから。本当は、片っぽは自分で持ちたいんだけど――」
「大丈夫だ」
「――って言うわよね、あんた」
「見栄ってものを理解してくれて助かるよ」
大きなバックからハンドバックを、俺の肩から小さなバックを、里香は器用に俺から剥ぎ取って自らの手元に加えた。そしてそのまま大きい荷物をも剥ぎ取ろうとするが、そこはさっと里香の手から離れてみせる。
「じゃ、あんたに重い荷物持たせてる、っていうあたしの見栄はどうなるわけ?」
「それは……ん?」
痛いところを突いてきた里香の言葉に、それに対する返答に困窮していると、俺と里香の間に一筋の水滴が垂れてきた。わざわざそんなことをする酔狂な人間がいるわけがなく、さらに空から大量の雨粒が降り注いできた。
「げ、降って来ちゃったわね……」
「確か、近くに駅まで行けるバス停があったから……そこまで走ろう」
「ええ!」
里香に会った時からかなり怪しかった雨模様は、遂にポツリポツリと降り出した。慌てながらも記憶を探って、近くにあった屋根付きのバス停のことを思い出し、里香とともにそちらに走っていく。幸いにも、そのバス停は記憶よりも遥か近くにあり、人はおらず設えられていた椅子に座る。
「セーフ。ギリギリ濡れずにすんだわね」
「ああ。……あ、荷物は地面でいいか?」
「いいわよー。買い物先で貰った奴だし、袋」
里香の了承を得て、持って走るには重かった二つの袋を地面に置くと、盛大に降り始めてきた雨にため息をつく。こんなことならクラインの車で駅まで送って行ってもらえばよかった、とも思いつつ、車では里香に会えなかっただろう。
「翔希、こんなバック持ってたっけ?」
悩ましいところだ――なんて思っていると、その噂のクラインから渡された小さなバックのことを、里香が興味深げにジロジロと眺めていた。
「クラインから。まだ中身見てないけど、今日のお礼だそうだ」
「へぇ……見ていい?」
「どうぞ…っと」
そんなことを言っていながら、倒れそうになっていた里香の荷物を安定させていると。里香がワクワクした心持ちで、小さなバックのジッパーを開けていき――
「ぴゃっ!?」
「……ぴゃ?」
里香の妙な悲鳴に振り向いてみれば、何やら熱い物に触れてしまったようなリアクションの里香が、預かったバックを地面に取り落としていた。そんな里香の表情は朱に染まっていて、小さく身体を震わせながら、視点は地面に落としたバックにのみ向けられていた。
「リズ?」
そんな里香の視線を追ってみれば、もちろんクラインから預かった小さなバックがあり、どうやら中身が零れ落ちてしまったらしい。バックからはゲームのパッケージのようなものが見えており、不審げにそれを拾い上げてみれば。
「……!?」
すぐさまそのパッケージをバックの中にしまうと、隣の里香も含めて微妙な雰囲気を漂わせていた。どちらも一言も発することはなく、雨の音だけが空間を支配する。もう一度バックの中身を確認すると、頭を抱えてクラインに恨み言を吐いた。
「……クラインの野郎」
バックの中身に入っていたのは、俗に言うR指定がついているVRゲーム。アミュスフィアが発展させたのは、もちろんALOのようなRPGだけではなく、『こういうゲーム』も含まれている――ようだ。余計なお世話だ、と内心で舌打ちをかますと、フリーズしていた里香が復活する気配がした。
「ちょっと……その……それ……」
「すまな――」
里香が出来る限りこちらを見ないように、恐る恐るバックを指差している光景を見て、至極申し訳なくなって。口から勝手に謝罪の言葉が出る――より先に、里香の言葉が口に出た。
「……どのキャラが好み?」
「はぁ!?」
口に出そうとしていた謝罪の言葉が、驚愕の言葉に上書きされてしまう。どうやら聞き間違いという訳ではないらしく、里香から二の句が発せられることはなかった。もう一度ゲームのパッケージを確認してみると、確かに何人もの美少女キャラクターが載っており、里香の質問の意図がようやく脳内に浸透した。あまり里香の前で視界に入れたくないが、その申し出の為には嫌でもこのゲームを視界に入れる必要がある。
「……どうした?」
「単純な興味よ!」
半ばキレたように言い放つ里香の声を聞きながら、雨を切り裂きながらバスが接近してくるのを見た。こうなれば何を言っても聞かないのは、あのデスゲームの時から重々承知の上であり、公共交通期間で見るよりはいいかと覚悟を決める。
「……このキャラ」
ゲーム内容が詳しく解説されている面を見ないようにしながら、里香にパッケージに載っていたあるキャラを指差した。すると雨の中バスが到着し、俺たちを見て発着所に停泊する。
「ん。ありがと。……じゃ、駅まで帰りましょ!」
「はいはい」
そうして俺たちはバスで駅まで戻ると、何でもない会話をしながら電車に乗り、それぞれの最寄り駅に帰って行った。これからのALOのことや、最近での授業のこと、そんな話をしていた後に――
――俺がクラインのバックを持っていないことに気づいたのは、帰宅して家族とともに晩飯を食べて風呂に入り、日課の鍛錬を終わらせ、アミュスフィアを被ってALOにログインしてからだった。
「リズ?」
リズベット武具店にログインした俺に待っていたのは、薄暗い無人の工房だった。そこにリズの姿はなかったが、依頼の品が全て完成しているところを見るに、ログインはしていたらしい。フレンド欄でリズがログインしていることを確認しながら、工房から歩いて店内に続く扉を開くと、同時に店の入口の扉が開き人影が入ってきていた。
「あらショウキ。もう依頼終わっちゃったし、ちょっとタイミング悪いわねー」
「リズ……?」
どうやら依頼を終わらせたはいいが、アイテムが足りなくなったらしく、近くのプレイヤーショップに買い出しに行っていたようだ。そして昼間に会ったときのように荷物を持っていた彼女は、普段と違った雰囲気を醸し出していた。
「フッフッフ。どう?」
いつものエプロンドレスのような格好ではなく、まるでかの血盟騎士団のような騎士らしい格好だったが、その無骨な雰囲気に反してスカートは膨れ上がったドレスだった。女騎士が儀礼の場にいるような、そんな高貴さと可愛らしさを同居させた格好に、俺はどこか既視感を感じずにはいられなかった。
「……あのキャラ」
「そ。あんたが指差してたキャラよね?」
先程まですっかりと忘れていた、クラインから預かっていたゲームのキャラクター。まさかアバターのパーツなどは違うものの、髪の色や形にスタイル、服装はほとんど再現出来ていた。
「意外だけど……ショウキ、女騎士系が好きなの? くっ、殺せ! とか言ってあげた方がいい?」
「黙秘する」
ずいぶんと嬉しそうに話しだすリズに、つられてこちらも笑みを浮かべてしまう。ただし問いかけにはノータイムで答えておくと、面白がってこちらを追求していたリズが、突如としてそっぽを向いていた。こちらの顔を見ないようにしているらしく、俺からは耳まで真っ赤に染まったリズの後ろ姿しか見えることはなく。
「いい機会だから……たまには、け、結構イメチェン、しようと思ったのに。まさか服装ぐらいしか変えるところがないなんて……思って、なかったわよ」
「…………」
「わざわざ、あんたの好みってどんなキャラなのかなー、なんて聞いたのに、アバターを変えるところが何にもないなんて、その――」
「――そういう、ことだろ」
お題:キリト先生の誕生日。まあキリト先生の誕生日に書いた短編ってだけで、内容とは一切関係がありません。キリト先生と正妻様も同じようなやり取りをしているのかもしれませんが、きっとそれは別の世界線で明らかになることでしょう(適当)
『彼女の主張』
私は日本刀です。驚くなかれ、私は日本刀なのです。鍛冶屋でのメンテナンスを終えましたが、ご主人がいないので待ちぼうけをくらったような状況なのです。
時に、とにかくご主人は使い勝手が荒いです。面と向かって話すことが叶うのならば、まず小一時間ほど私という存在のありがたさについて、懇々と説教することになるでしょう。空に向かって放り投げたり、かと思えば鞘にしまったままだったり、明らかに斬れそうにないものを斬ったり……
……ま、まあ。斬れそうにないものを斬ったりするのは、私という日本刀を信用しているからこそ、なので悪くない気分ではありますが。
「リズ?」
そうのこうのと言っている間に、ご主人が帰ってきたようだ。私を造った――いわば、母のようなあの人を探しているようですが、あの人は今ここにはいません……ですが、そんなことより重要なことがありました。
ご主人が、新たな、日本刀を、持っているのです。コレクションのためという大義名分で、ご主人はよく日本刀を買ってきます。どうせ戦闘では私以外を使うことはないので、買ってくる必要など、全くもって微塵にも微粒子レベルですら私には感じられないのですが。
「…………おお」
私が台の上で沸々と怒りを込めていることにも気づかずに、ご主人が新しく手に入れてきた日本刀を鞘から解き放ち、その鈍く輝く刃紋に目を奪われています。確かにご主人がわざわざ入手しただけはあり、職人技を感じさせる刃紋が浮かんではいますが、私とてそう変わりはないはずです! いくら美しい刃紋と言えども、あちらはこの世界に大量流出する量産品であって、オーダーメイド品の私の価値とは雲泥の差があるでしょう。実戦で使うことを一番の目的に制作されたため、私は認めざるを得ないほどには多少なりとも無骨ではありますが、それはそれで味はあると――
「ショウキ、来てるのー……って、ちょっと」
「あー……」
少し、取り乱してしまったようです。買い出しから帰ってきたらしい、母とも呼べるあの人と、ご主人の目と目が合いました。それからあの人の視線はご主人が持っている日本刀に向かい、ご主人はさっとそれを隠しましたが、間に合っていないことは火を見るより明らかです。
「ショウキー? 何回目かしらー? 使わないカタナは買って来ちゃダメだって言ったわよねー?」
「面目ない」
笑顔で詰め寄るあの人に、ご主人は開き直って謝罪しました。これが私以外の日本刀を買ってきた天罰なのです、いい気味です、ご主人には私以上の日本刀など存在しないのです。
「……もう。店の倉庫がいっぱいなのは確かだから、ストレージで処理してよね」
もっと怒られてしまえばいい、と思っていたにもかかわらず、あの人の追求はそこで終わってしまいます。基本的にご主人よりあの人の方が優位に立っている筈なのに、最終的にはいつもあの人が折れてしまう、という私からすると不思議な関係です。母とも呼べる人に言うのもなんですが、アレが噂のダメンズ好きというものでしょうか。
「……でもショウキ。そのカタナ、どうやればそんな刃紋が浮かぶのかしら」
しかも、どうやらあの人も、あちらの日本刀に興味を惹かれたようです。ご主人が掴むあの日本刀の刃紋を、自らでも再現が出来ないか眺めており、その様子をご主人が幸せそうに眺めています。
……そんな二人の関係性自体は、私も嫌いではありません。そうしていると、あの人が日本刀を眺めるのを止めて、私がいる台の方に歩いてきます。
「おっと、そんなことより! クエスト行く約束してたじゃない。ほら、メンテしておいてあげたから!」
そうしてあの人が、台に乗っていた私のことを掴み上げました。それは本当に母のような慈愛に満ちた手で、最初の作りたての頃は重量に振り回されていたのを、わざわざ私のために筋力値をあげてくれたのだと推測出来ます。
「悪いな。メンテナンスぐらいなら俺がやるのに」
そんなことを言いながら、ご主人は買ってきた日本刀をストレージとかいう、私もたまにしまわれる場所に収納しました。やはり私以上の日本刀はないようですね――などと優越感が私の全身を駆け巡っていくのを感じていると、あの人がこちらに気づいたように笑いました。
「何言ってんの。それぐらいは任せときなさいって!」
いえ、どうやらご主人に笑いかけたようでした。そして私はあの人からご主人に手渡されていき、まずは重さや手触りを確かめるように触られます。そんなことをせずとも、私はいつでもご主人の手に合うように、私自らを最適化しているというのに。
……そもそも、私を造り上げた母のような人物を、『あの人』などと他人行儀な呼び方で呼んでしまうのも、このご主人のせいなのです。何故ならあの人を母だと一度でも呼んでしまえば、当然ながら父は――となってしまいます。
……そんな呼び方、恥ずかしくてたまりません。私以外の日本刀を買ってきたり、私の扱いが雑なご主人には、様を付ける必要はなくご主人で充分なのです。それを重々承知して反省し、私だけを見ているのであれば、ご主人様と呼ぶのもやぶさかではないのですが。
「よし……」
そしてご主人は、メンテナンスされた私に満足した様子ですが、私としてはやはり怒りを覚えます。今日という今日は、私という存在の重要性を――
「今日もよろしく頼む」
――ま、まあ。戦闘中に私をよく使ってくれるのであれば、特別によしとしましょう。
あなたの日本刀《銀ノ月》は、いつでもあなたの力となります。そんな私の決意はあなたには伝わらないでしょうが、今日も私はご主人の腰に差されるのです。
お題:彼女(日本刀《銀ノ月》)の主張。デレデレ嫉妬深い系優等生ちょろイン、そんな属性の日本刀があってもいいと思います。もしかしたら私は疲れているのかもしれません。
後書き
次回から新章書いていきます。
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