SAO-銀ノ月-
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オーディナル・スケール-nowhere-
起動
前書き
オーディナル・スケール編、開始。
いつもなら見てない人にも分かるように、を目標にするところですし、もちろんこの編でもそうなんですが、今回ばかりは映画館に足を運ぶことをオススメしておきます。漫画も発売したらしいですね(ステマ)
「行ってきます」
季節は春を迎えたというのに、まだまだ肌寒い外気にジャケットを深く着ると、雲に覆われた一面の空が俺を出迎えた。念のために折りたたみ傘をバッグの中に準備しながら、気の抜けた行ってらっしゃいの声を家の中から受けると、腕時計で時間を確かめつつも駅に向かっていく。徒歩で十五分ほどの、近いと言えなくもない微妙な距離を歩くと見えてくるその駅は、相変わらずの人混みであった。眉をひそめながらも電車を待っておくと、時間を合わせていることもあってか、すぐに電車が到着していた。
「ふぅ……」
幸いにも座席の一角に座ることに成功すると、小さく息を吐きながら屋根を見上げると、備え付けの電光掲示板が目に付いた。どうやら提携企業のCMを流しているらしく、小さい音量ながらもこちらまで聞こえてきた。
『仮想現実はもう古い! これからの時代は拡張現実だ! 新時代ARマシン、《オーグマー》。発売すぐ!』
電光掲示板の中では、何やら小型のヘッドホンを付けたような人物が、ヒマラヤの登頂に成功している――と見せかけて、ただ部屋を歩いている。最初はVRマシンの新型かとばかり思っていたが、その謳い文句通りに、どうやら全くの別物であるらしい。
仮想空間に入り込むのではなく、現実を仮想空間にする――とはキリトの分だが、それは分かりやすい例えだった。仮想現実に付随する様々な問題点を解決した、その拡張現実とやらは確かに画期的な発明らしく、今はどこもあの《オーグマー》とやらで持ちきりだ。少なくない人間が乗る電車内でもチラホラと《オーグマー》の話題が聞こえてきていて、次の宣伝として電光掲示板に流れた地方のイベントは見向きもされずにいた。
……かく言う自分も、実際に身体を動かすことになる拡張現実には、新しいもの好きのリズやシリカと同様に興味を惹かれていた。対してキリトやエギルなどはVRの方が好みのようで、そこは各個人の好みの範疇だ。
「……っと」
とはいえ、まだ発売もされていない物について、ああだこうだと考えてばかりいても仕方がない。拡張現実と《オーグマー》のことはスッパリ忘れて、人混みをかき分けながら目的の駅に降り立った。
今日の自分には目的がある。駅から出てみると雨が降り始めていて、折りたたみ傘に感謝しながら歩き出し、駅から程近い場所にその目的地――美術館は鎮座していた。
もちろん芸術品などに詳しくはない自分が、決して安くはない美術館の入場料を払って訪れたことには理由がある。普段ならば、絵画や壺などの俗っぽい芸術品が飾られているこの場所は、ここ数日限りはがらりと印象を変えるのだ。濡れた傘を入れる袋を入口で貰いながら、入場料を払って美術館の中に入っていく。
「さて……」
そこに掲げられた掲示板に刻まれた文字は《大刀剣市》。要するに、この美術館に飾られているのは、本日に限りは日本刀とそれに類するもののみ。市という言葉が示す通りに、刀剣類の即売会も行われてはいるものの、そこは流石に学生に手が出せる値段ではない。
「……ナイスな展開じゃないか……」
逸る気持ちをどうにかして抑えるために、誰にも聞こえない程度の声量で呟きつつ、内心だけでステップしながら入場すると――
「あれ……ショウキくん?」
「……レイン?」
――知り合いが、いた。
「偶然だねー。ショウキくん、現実の武器にも興味あったんだ」
亜麻色のウェーブのかかった髪の毛をなびかせながら、偶然に会ったレインがこちらに微笑みかけた。今日はバイト先の制服であるメイド服ではなかったが、それでも多少のフリルがついているのは、どうやらレイン自身の趣味らしい。
「それを言うならそっちこそ、だ。向こうじゃコレクターはしてたが……」
向こう――すなわちALOでは、俺やリズと同じくレプラコーンの彼女は、鍛冶より武器のコレクションを目的としていた……そのコレクションは全て彼女の武器となるわけだが、それはそれとして。とはいえ現実の武器にまで興味があるのか、というこちらの問いには、レインは小さく首を振った。
「いやー。さっき、ちょっと良いことあってさ。気分がノッちゃって、飛び込んじゃったって訳なのですよ」
「……良いこと?」
「うん!」
つまり、その『良いこと』があってテンションが上がった結果、目についたこの場所に入って来てしまったらしい。そして、その良いことというのは――全身から話を聞いて欲しいオーラを発するレインに問い返すと、これ以上ないというほどの満面の笑みが返ってきた。
「実はね! アイドルとしての大きな仕事が決まったの!」
「おお……おめでとう!」
「えへへ……」
そう高らかに宣言しながら胸を張るレインに、全くもって掛け値なしの賞賛を送る。もちろんそちらの方面に明るい訳ではないが、狭き門なのはよく分かっているつもりで。
「まあ……SAO生還者だって言ってから採用が決まったみたいで、ちょっと複雑なんだけど……」
「……チャンスには違いないだろ、頑張れよ。何の会社なんだ?」
今まで天真爛漫な笑顔を見せてくれていたレインだったが、その採用理由を話すときだけは少しだけ表情が曇っていた。フルダイブへの適性やら、SAO生還者を採用したという箔やら、そういった話はよく耳にするが……ひとまずは、当たり障りのない言葉で励ましておきながら、レインの仕事の話を聞いておく。
「ふふん。なんと、あの《オーグマー》の宣伝の仕事だよ!」
「……凄いじゃないか」
「ま、まあ。本命アイドルのバックダンサーみたいなのだけど」
「それでもあの《オーグマー》だろ? 今は持ちきりじゃないか」
まさかあの《オーグマー》のことだとは思わず、素で驚愕してしまうこちらに対し、レインは頬を紅く染めながら慌てて謙遜していく。自分で自慢げに話しだしたにもかかわらず、いざ褒められたらこうして逃げ出すのは彼女の悪い癖だ。
「あとはあの子のモーションキャプチャーなん――あっ」
そうして言い繕うとしていたところ、どうやら話してはいけないことまで口に出してしまったようだ。慌てて自らの口を塞いだレインだったが、モーションキャプチャーがどうのというのは、しかとこの耳は捉えてしまった。
「……誰にも言わないからさ」
「お願いします……お詫びにこれ、貸してあげる」
深々とこちらに謝罪するレインから、何やらヘッドホンのような物が手渡された。お詫びの印として渡されたそれは、先程に電車内で見たそのものだった。
「《オーグマー》……?」
「そ。宣伝のためにって預からせてくれたの。ご家族の方に勧めて下さいって」
「……家族になった覚えはないけどな」
「へっ!? あ、いや、そういうことじゃなくて、要するに試供品ってこと!」
声を裏返せながらこちらから顔を背けながら、レインはもう一つ取り出した《オーグマー》をセットする。それに倣って耳に引っかけるようにセットすると、《オーグマー》の視界が美術館に広がっていった。
『《オーグマー》へようこそ』
無機質な電子音声が耳の近くで響き渡ったが、どうやら自分にしか聞こえていないらしい。視界には今までの美術館だけではなく、パソコンの画面のようなものが広がっていた。試しにメールボックスに触れてみると、確かな感触とともにメールボックスが展開する。
「……コホン。ショウキくん、どんな感じ? 噂の拡張現実は?」
「なんか……変な感じだな」
そんな状況に戸惑っていると、咳払いとともに《オーグマー》を装着したレインが視界に入ってきて、ありのままの感想を伝えていた。メールボックスを開いた時の様子が、VRゲームの中でストレージを操作する時とそっくりで――まるで、現実空間にいながら仮想現実にいるかのようだった。
「分かる分かる。でも便利なんだ、ちょくちょく使わせてもらってたけど」
そんなこちらの様子に身に覚えでもあるのか、レインはクスクスと笑いながら何やら何もない空間を操作する。するとこちらのメールボックスにメールが受信され、デフォルメされたレインの似顔絵が視界の端でニコニコと笑っている。
「メール届いたでしょ? 携帯できるパソコンみたいなものなの、これ」
「へぇ……」
試しに今し方届いていたメールを開けてみれば、内容は『日本刀の方を見てみて』という一文のみ。どういうことかとレインに怪訝な表情を向けてみたものの、彼女は何やらニコニコとこちらを眺めているだけだ。不審げに感じながらも、言われた通りに飾られている日本刀を見物しに行く――そもそも、最初からそのために来たのだから。
「こ、これは……」
飾られた日本刀を《オーグマー》を通して見てみれば、視界の端にその日本刀の制作者や製造年月日どころか、主な材質や製造法に値段まで表示されていく。もちろんその日本刀だけではなく、隣に置いてある脇差しまでもがだ。
「刀自体が《オーグマー》に対応してたら、また何かあるんだけど……」
「何か?」
「えーっと……動いたりとか?」
――要するに、《オーグマー》が正式に発売したともなれば、この自動検索以外にも機能が備わるらしい。それはまだ高望みというものなので、目の前の美しい刀剣の姿と情報を目に焼き付けていく。
「うわ高っ……ねぇ、ショウキくん。リズっちは連れてきてないの?」
「女の子連れてくるようなとこじゃないだろ?」
「む。それは私に対する侮辱とみなしますぞ?」
「あーいや……そういうことじゃなく、だな」
「冗談冗談、分かってるってば」
レインとそんな他愛ない会話をしながらも、大刀剣市の会場を見回っていく。比較的に、あくまでも比較的に安い脇差しにフラフラと吸い寄せられていった時、《オーグマー》からの警告が現れたりもしたが。
……つくづく便利なマシンである。
「あ! あの刀、すごく綺麗じゃない?」
「あの刀は……って、《オーグマー》の解説があるな、これじゃ」
「あはは……ショウキくんの解説が聞きたいし、電源切ろうかな?」
「あいにく、こっちの解説の方が分かりやすいよ」
優秀すぎる、というのも考え物であるらしい。せっかくの自慢げに解説出来る魅せどころを奪っていった、この装着された《オーグマー》に少し嫉妬しながらも、楽しみにしていた大刀剣市はレインとともに過ぎていく。こんなところに来て彼女が楽しめるか、というのはかなり不安だったものの、なんとか満足いくエスコートが出来たようで胸をなで下ろした。
「というか、むしろ多くないか。女子」
「日本刀をイケメンに擬人化するアニメがあったみたいで。それのファンなんじゃないかな?」
「はぁ……?」
言ってるレイン当人もよく分かっていないようで、これ以上に追求することは止めておく。とにかく、レインにとって居心地が悪い空間になっていない、ということが一番だ。そうしてグルリと一周してきた後は、気に入った刀剣の売り買いとなるのだが――残念ながら、即売会に参加できるような予算はない。誠に残念ながら。誠に残念ながら。
「今日はありがとう、ショウキくん。おかげで楽しめた!」
「解説は全部こいつがやってくれたけどな。でも、こちらこそ助かったよ」
「あ、ちょっと待って。最後にレインちゃんからのCM!」
随分と役に立ちすぎた《オーグマー》を苦笑とともに返そうとしたが、レインによってその動作はキャンセルされる。目前に突き出された指が一回転すると、代わりに一つのフォルダーが導き出された。
「《オーグマー》は確かに便利ではあるけど、私たちにはどっちかって言うと、こっちの方が大事かな?」
「私たちには……?」
そんな意味深な言葉を語るレインが示したのは、そのフォルダーであることは間違いないだろう。眼前に表示されたフォルダーの名前を見れば――
「VRゲームならぬARゲーム、《オーディナル・スケール》。どうかな、ちょっとやってみない?」
「……ここでやるのか?」
「うん。まだ未発売だから、隠れてね」
そんなレインの誘いに応じた俺は、ライブでも始まりそうなホールに連れて来られていた。レインはこの企画に最初から誰かしらを誘う予定だったらしく、開始時間まで暇を潰そうとした時、偶然にも先に俺と会ったらしい。
「ふふ。未発売のゲームのイベントだなんて、ワクワクしちゃう!」
そう言って目を輝かせるレインと同様に、あの《オーグマー》を装着した数十人がホールに集まっていた。VRならぬARゲーム――というのは、レインが先程の美術館で言っていたが、その概要はまだ聞かされていなかった。直前の方がドキドキするだとか、そんな理由で。
「はい、ショウキくん。もうすぐ始まるみたいだから、これ」
「ん?」
そうしてレインに渡されたものは、マイクのような片手で持つ端末。簡単に振り回せる軽い物だったが、パッと見て用途は分からない。
「始め方はVRの方と同じ。ゲームの名前を言って、起動! って言えば大丈夫だよ」
「なら……」
訳は微妙に分からないまま、とにかくマイクのような端末《タッチペン》を片手にし、レインに言われた通りにそのゲームの名を宣言する。《オーグマー》によって視界の端に映る、そのゲームの名は――
『《オーディナル・スケール》、起動!』
――その起動の一言とともに、世界が塗り替えられていく。先程までいたライブ用のホールは既になく、世界は蒼穹が天を支配する草原に書き換えられていた。世界が一瞬にしてALOのシルフ領にでも変わったような感覚に、自分だけではなく参加者全員から驚愕の声が漏れていく。
「大丈夫、ショウキくん? 何か変なところない?」
「変……と言われたら、周りの景色だ」
「それは正常だよー。確かに最初はビックリするけどさ」
そんな中、視界に映ったレインが微笑みながらこちらに手を振る。どうやら経験したことがあるらしく落ち着いていたが、その格好はフリル付きのセーターから赤色の制服姿に変わっており、背中には一本の剣が背負われている。
「自分たちは現実空間にいるまま、現実を仮想空間にする……これがARゲーム――なんだってさ」
「なるほど……な」
レインのしたり顔による解説を受けて、動揺をレインに見破られないようにしながら、自らの格好を確認する。いつの間にやら自分もレインと同様、黒いアクセントがついた制服に身を包まれており、その腰には日本刀を帯びていた。
「《オーグマー》がサッとスキャンして、得意な武器を決めてくれるんだって。変えたいなら変えられるみたいだけど……」
「いや、これでいい」
「だよねー。それに……」
ニヤニヤと笑いながら、分かりきった質問をしたレインはこちらの腰を――いや、腰に帯びた日本刀を見た。その日本刀の形は通常とは異なった形をしており、確かにソレには自分のことながら苦笑してしまう。
「スキャンの影響で武器の形は十人十色とは聞いてたけど、まさかそうなるなんて」
「もう、こいつ以外振れないってことかもな」
俺の脳内をスキャンして作り出された腰の日本刀は、仮想空間での愛刀こと日本刀《銀ノ月》と、全くと言っていいほどに同じ形をしていた。もちろん刀身の弾丸や振動剣といった機能はないが、姿形だけなら本当に生き写しと言っていいだろう。
「リズっちも喜ぶんじゃないかなー? ……っと。来るみたいだよ、ショウキくん!」
「ああ。でも……」
「でも?」
そんな日本刀《銀ノ月》には本当に苦笑しかないが、無駄話もレインの一言で区切りをつけられた。武装するということは、戦う相手がいるということであり――空の向こうから何かが飛来する、ビリビリとした感覚が周囲を支配した。
「――リズは喜ぶより先に、腹を抱えて笑うと思う」
――そうして草原に降り立ったのは、巨大な猪タイプのモンスター。まるで大型バスのような巨体を誇っており、俺たちプレイヤーに対して明らかな敵意の視線を向けていた。そして耳をつんざくような叫びが空に響き渡り、それは戦闘開始の合図かのようだった。
「いっくよー!」
レインの叫びも号令のように、重火器を持っていた他のプレイヤーが猪タイプに一斉掃射を開始する。銃もあるのか――と感心していたものの、猪タイプの厚い皮にはどうやら効果が薄いようだ。どうにも威力が低く設定してあるらしく、猪タイプの怒りを買ったのみに終わる。
「……よし」
一言、気合いを込めながら日本刀《銀ノ月》を鞘から解き放つ――が、鞘は拡張現実の飾りらしく、刀身を抜き放つ感覚はない。つまりは抜刀術も出来ないわけか、と内心で舌打ちしたい感情を抑えながら、他のプレイヤーに襲いかかる猪タイプへレインとともに向かっていく。
ただし、ここは現実だ。気の利いた動きのサポートなどあろうはずがなく、他のプレイヤーも見るに、仮想空間でのゲームに慣れすぎたのか、はたまたただの運動不足か……多少、動きにくそうなプレイヤーが散見される。
「ショウキくん……?」
「先に行くぞ!」
ただし、現実という環境ならば、俺は十全に自らを活かすことが出来る。普段は仮想空間で現実の技術を活かして戦っている俺は、仮想空間だろうと拡張現実だろうと、戦い方も動きも何も変わることはない――
「このゲーム、ソードスキルとかないから気をつけて!」
「いつも通りの展開じゃないか……!」
――ああ、なおさら、いつも通りだ。背後から聞こえてくるレインの声にニヤリと笑いながら、勢いをつけた剣戟で猪タイプの皮を斬り裂いた。
「せっ……ん?」
そのまま皮が斬れて露わになった場所に蹴りを叩き込――もうとしたものの、その一撃は空を切った。当たらなかったという訳ではなく、文字通りに猪タイプをすり抜けたのだ。
「コラー! 武器以外での攻撃は厳禁!」
「なるほど……」
どうやら敵に攻撃をすることが出来るのは、デバイスから作り出された武器による攻撃のみらしい……考えてみれば当たり前のことだが。というのを、暴れ出す猪タイプからバックステップで退避しながら考えていると、再び両面からの銃撃が猪タイプを襲う。
「っしゃ! 撃て撃て!」
猪タイプの苦悶の悲鳴が空間に伝わっていく。相変わらず皮には阻まれたようだったが、先程に俺が斬り裂いた箇所にはダメージがあったようだ。そのままそちらに掃射を継続するも、猪タイプの眼光がそちらを捉えた。
「やべっ……」
銃撃していたプレイヤーたちも気づいたようだったが、時は既に遅かったようで。そこにいたプレイヤーたちは、猪タイプの雷のような突進をまともに受けてしまう。
「あー、クッソ!」
すると武器や制服姿が解除されたプレイヤーたちがそこにはおり、敗れたプレイヤーたちはああいう扱いになるらしい。そして草原を駆け抜けた猪タイプの背後には、集結したレインたち近接武器組が迫っていた。
「突進が持ち味なら!」
突進が持ち味ならば、その背後から。レインの狙い通りに近接武器が猪タイプに襲いかかったが、油断した数名のプレイヤーが後ろ足による痛烈なカウンターで沈んでいた。
「せぇのっ!」
その間にレインは側面へと回り込むと、俺が皮を斬り裂いた箇所に更に片手剣を深々と突き刺した。傷口に塩を塗り込むかの如き所行に、猪タイプはまたもや悲痛な叫びをあげるとともに、暴れ出して近接武器組を振り払って走り出した。先に雷光に例えたような速度の疾走に、近接武器組が追いつくには難しいだろう。
「あんた、もっと皮剥き出来ないのか?」
「そんな野菜みたいな……」
銃を持ったプレイヤーたちの生き残りである、虎の頭をしたプレイヤーが、そのマシンガンを見せつけながら聞いてくる。確かにもう少し猪タイプの肉を露出出来れば、生き残った銃撃プレイヤーの掃射で倒すことが出来るかもしれないが。
「ショウキくん! そっちにおびき寄せるから、その時に!」
「……分かった。そっちは準備を頼む!」
「おうよ!」
そんなこちらの思惑が伝わったのか、レインから作戦の伝令が飛び、虎頭のプレイヤーも近くに銃撃プレイヤーを集めていく。急増の作戦だったものの、草原をひた走る猪タイプに対して、ひとまずはこれしか手はない。
「こっちこっち……よろしく!」
「せやっ!」
猪タイプのヘイトは片手剣を突き刺したレインに向いており、レインを守るように盾持ちのプレイヤーが控えていた。そして猪タイプの雷光の突進を一瞬でも押し止めると、その隙に側面から接近した俺が猪タイプの皮を出来るだけ斬り裂いていく。
「そこ!」
一瞬の邂逅。人数の少ない盾持ちが猪タイプの突進を防ぐことが出来るのは、たったの一瞬しかなかったが、その隙があれば充分すぎるほどだった。側面から急接近した俺が猪タイプの皮を斬り裂くと、盾持ちのプレイヤーから飛び出したレインが露出した肉を再び剣で突き刺した。
「今だ!」
そうなれば猪タイプは苦悶の声をあげるため、その場で少しだけ動きを止めるのは先程の攻防で判明していた。猪タイプが動きを止めた隙に近接武器組は逃げ出すと、虎頭のプレイヤーの指示による一斉射が猪タイプを襲い――耐えることは出来ずに、その身をポリゴン片と変えていた。
「…………」
「やった! あれ……どうしたの? ショウキくん」
「いや……こっちでも、あの演出なんだなって」
仮想空間で消滅した際にも生じる、あのどこか美しくもあるポリゴン片の四散は、どうやら拡張現実でも変わることはないらしい。仮想空間でも拡張現実でも動きが変わらない自分という存在もあり、ある考えが脳裏に浮かび上がっていた。
――VRとAR、その違いは何処にあるのだろうか、と。
「んん~。今日は色々とありがとうね、ショウキくん」
「こちらこそ。おかげでリズたちに自慢話が出来たよ」
そうしてレインとともに会場を後にすると、拡張ではない本当の夕日に身体を伸ばしながら、お互いに帰途につく為に駅に向かっていた。装着していた《オーグマー》をレインに返しながら、発売寸前故にすぐさまリズたちに自慢出来ることを嬉しく思う。
「そう言ってくれれば、宣伝する身としては嬉しいかな。あと……えっと。ありがとうついでに、もう一個だけ、聞いてもいいかな」
「ああ。ナイスなのに付き合わせてくれたお礼に、何でも聞いてくれ」
それまではいい運動をした後のように――実際、いい運動にもなかったが――にこやかな表情を崩さなかったレインだったが、その質問とやらはどこか言いにくそうにしていた。そんなレインに対して、拡張現実という自らを活かせる環境に満足していたのか、気分良く応じた俺は――数秒後に後悔することになった。
「あの……好きな人に伝える歌、みたいのがあるんだけど、上手く歌えなくて……参考までにさ。ショウキくんって、リズっちのどんなところが好きになったのかとか、教えてくれると……」
「……え?」
「だから、ショウキくんって、リズっちのこと、どんなところで、好きになったの? って!」
「別に聞き返したわけじゃない……!」
驚愕に対して勝手に口が開いたのみだというのに、わざわざ二回もレインはその問いかけをしてきて。チラッと見ればやはり質問する側も恥ずかしいのか、羞恥に頬が紅潮しているが――答える方も答える方で、まるで罰ゲームのようなものだった。
「何でも聞いてくれ、って言ったよね。ショウキくん?」
会いたいって言葉がナンセンスとか言われても分かんないよ――と、恐らくは件の歌詞のこと呟きながらも、レインは先程の調子に乗った返答を持ち出してくる。もはやあちらは恥ずかしさの極地からは脱したので、多少の余裕を持って目を逸らすこちらを追撃してきていた。
「……だよ」
「え? なに?」
確かに何でも聞いてくれ、などと言ったのはこちらだし、こうなればさっさと言うに限る――と思考を高速回転させて言い放ったが、言った自分にすら聞こえない音量だった。もちろんレインには聞こえなかったらしく、あとは逆ギレのように言い放った記憶しか残っていなかった。
「――ああ、一目惚れだよ!」
後書き
銀ノ月「逃 が し ま せ ん」
DEBANがないと思われていた新ヒロインちゃん激おこにより緊急登板。まだ私は疲れてるみたいです。
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