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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第百二十五話

 
前書き
マザロザ編、完 

 
「どうだ?」

「んー……もうちょい右!」

 そして季節は春を迎えて、新生アインクラッドにて。俺はイグドラシル・シティのリズベット武具店の屋根に登って、通路から見上げる店主の指示を聞いていた。

「あー行き過ぎ!」

 道行く妖精たちの色々感情が込められた視線が痛いので、早々と屋根から降りたいのはやまやまなのだが、なかなかどうして店主が満足することはなく。ひとまず指示通りにしてみたが、どうやらお気に召さなかったようだ。

「これでどうだ?」

「オッケー!」

 遂に許しをいただいて、リズベット武具店の屋根から翼を使いつつ、満足げに腕を組む店主の隣に着地する。先程まで自分がいた屋根の上には、今までなかったものが取りつけられている。

 リズベット武具店の屋根の上には、旗がたなびいていた。ただの旗というわけではなく、《ギルドフラッグ》と呼ばれるアイテム兼武器であり、使用すると同じギルドに所属しているプレイヤーに、強力なバフがかかるという効果がある。ギルドに関わらない俺たちには無用の長物だが、あの仲間たちにはアイテム以上の価値があった。

「いい感じだな」

「ねぇ」

 風にたなびくギルドフラッグを見て、設置した当人が自画自賛するように満足げにすると、どうやら隣のリズも同意してくれたらしい。《ギルドフラッグ》は旗にギルド名を刻むことで効果を発揮し、たなびく旗に刻まれたギルドの名前は――スリーピング・ナイツ。

 かつて彼女たちが1パーティーのみのフロアボス攻略をした時に、セブンがスリーピング・ナイツに託したものだ。

「……これで生きた証、もう一個増えたわよね」

 こちらに聞こえるか聞こえないか、という程度の声で、小さくリズが呟いた。シウネーから預かった《ギルドフラッグ》は、スリーピング・ナイツの名とともに、いつまでもああして風に吹かれているだろう。

「さ! ちょっと寒くなってきたし、戻りましょうよ」

 そうしてこちらに振り返ったリズは、いつも通りに太陽のような笑顔だった。確かに旗がなびくにはピッタリなシチュエーションだったが、プレイヤーに対しては少々寒気を感じる風力だ。屋根に旗を取り付ける作業も終わったことだしと、リズと揃ってリズベット武具店へと入っていく。

「お帰りなさいませ」

 中にはこちらを出迎えてくれる店員NPCしかおらず、注文されていた鍛冶の仕事も終わったため、今は開店休業の状態だった――今は、どこも似たような状況かもしれないが。

「お疲れ様。はい、コーヒー」

「どうも」

 寒々しい日にはやはり、温かいものを飲みたくなるものだが、コーヒー党の二人としてはどの飲み物かは決まっている。前もって準備していたホットコーヒーをリズからいただくと、温かい液体が体中を駆けめぐるような感覚に襲われる。

「今日は……お客さん、来なさそうね」

「……ああ」

 壁に寄りかかってコーヒーを飲む俺たちの見解は、今日は開店休業だろうと一致していた。かく言う俺たちとて、今日はクエストに行くような気分にはなれなかった。何故なら――

「本当に……いなくなっちゃったのね……」

 ――先程、終わらせてきたからだ。ユウキの……紺野木綿季の葬式を。当然ながら現実世界で執り行われた葬式は、俺たちを始めとしたALOプレイヤーたち数百人が参列し、ユウキの親戚だという人物を驚かせた。それから居合わせたプレイヤーたちと、ユウキや《絶剣》の話題について盛り上がった後、導かれるようにこのALOにログインしてきていた。

 そんな葬式のことを思い出しているのか、寂しげにコップの中身を見るリズだったが、その手は自分でも気づかないほどに震えていた。

「…………」

 火葬されていく紺野木綿季の肉体を見て、ユウキは本当にいなくなってしまったと、葬式に参列した俺たちは再確認させられた。そして俺の脳裏には、ユウキのアバターから命が抜けていく瞬間がフラッシュバックし、彼女との二度目の別れを告げていた。

「ねぇショウキ。あの子……最期に、なんて言ってたの?」

「ユウキは……最期には……」

 ――死にたくない死にたくない死にたくない! まだここで生きていたいよぉ……――リズからの問いかけで、彼女から聞かされた言葉が蘇る。しかしその言葉は、彼女が誰にも知られたくない本音であり、俺が軽々しく口に出していい言葉ではない。

「頑張って、ここで生きた」

「頑張って生きた……か。ユウキらしいわね」

 ならばユウキから伝えられた最期の言葉は、彼女がこの世界を楽しんでいたのだという証明の言葉。遺言にも似たその言葉に対して、リズは小さく微笑んだ。

「ショウキ……あんたはいなくならないでよ。死ぬのなんて……ただ悲しいだけなんだから……」

「…………」

 悲しげにそう懇願するリズの瞳には、恐らくSAOで死に別れた者が映っているのだろう。どんな声をかけるべきかを迷っている間に、リズが唐突に、コップに入っていたコーヒーを一気飲みしていた。

「……なんてね。さ、この話は終わり、終わり!」

 そして空になったコップをアイテムストレージにしまい、先程までの雰囲気は嘘だったかのように、あっけらかんとこちらに笑みを見せてみせる。しかし笑みと言ってもいつもの笑顔とは違う、何かを隠したかのような無理やりな笑顔であり、本人もそれを自覚していたのかすぐに顔を背けていた。

「リズ」

 そしてリズが目を背けている隙に、俺は改めて彼女の姿を目に焼き付けていく。頼まれなかろうが、リズから絶対に離れてやるものか――という決意を込めて。

「俺は絶対、お前を残していなくなったりしない」

「……当たり前でしょ」

 小さく、小さくリズはそう呟いて、クルリと回りこちらに背を向けた。ただし相手から目を背けるのは今度はこちらの番で、照れ隠しにコーヒーを飲み干しておく。

「ほら。そんなことより、花でもお供えに行ってやりましょうよ」

「……花?」

 そうして照れ隠しで飲んだコーヒーカップをストレージにしまっていると、すぐにリズがこちらに振り向いてきた。怪訝な表情を見せているだろう俺に対し、リズは普段通りの笑顔を見せながら、指を一本立ててみせた。

「現実世界の方だけじゃなく、こっちにも花を供えてやった方が、ユウキは喜びそうかなって」

「なるほど……早速行くか」

「ええ! 湿っぽい話をしてるより、花で送ってあげましょ!」

 そう朗らかに言ったリズに背中を叩かれながら、店員NPCに留守番を頼みながら二人でリズベット武具店から出て行く。外は相変わらずの風の強さで辟易してしまい、コートを強めに身体に引き寄せる。

「リズ、寒くないか?」

「うーん……ちょっと待って、コート出すかひゃっ!?」

 普段からコートを羽織っているこちらはともかく、エプロンドレスのリズには堪えるだろうと隣を見ると、すでにストレージを漁っていた。そして赤色を基調とした新品のコートを取り出した瞬間、リズはその場でいきなりのけぞっていた。

「……どうした?」

「そんな変な目で見ないの! なんか飛んできたのがぶつかって……」

 取り出したコートに袖を通しながら、不可視のモンスターが現れたのような様子で、リズが周囲をグルグルと見回している。とは言っても、周りにはNPCやプレイヤーしかいない訳で、むしろ変な目で見られる可能性の温床だった。

「あ……リズ、ちょっと動くな」

「え? ちょっ……」
 そんな不審な行動をしている彼女の肩を掴んで止めると、リズの頬についていたピンク色の何かを取った。どうやら強い風に吹かれて飛んできたらしく、俺の手に置かれたソレを見て、リズも先程に何が起きたか察したらしい。

「こいつが飛んできたってわけね……何、それ」

「花びら……みたいだな」

 指についたソレをよく見てみれば、現実世界で言うところの桜の花びらのようで、綺麗な薄いピンク色をしていた。俺の手のひらの上に置かれたソレをまじまじと見るリズの表情に、何かろくでもないことを考えたような感情が浮かんでいた。

「……リズ」

「この花びら、どこから来たか探さない?」

 先んじて何か言おうとしたリズを制しようとしたものの、それは叶わず謎の思いつきがリズの口から放たれた。

「ユウキに花を供えに行くんじゃなかったのか?」

「だからよ。店売りのものより、冒険で手に入れた方がユウキも喜ぶわ」

「……なるほど」

 脳裏に焼き付いたユウキの姿を思い出すと、確かにリズの言っていることも、あながち冗談だと一言には切り捨てられず。こちらが納得したような様子を見せると、リズは満足げな様子を見せつつも、どこか遠くを仰いでいた。

「冒険して見つけた花を供えて、ユウキに言ってやるのよ。あたしたちはまだ、ここにいるってね」

「ああ見えて心配性だからな。そうでも言っておかないと、心配で帰って来ちゃいそうだ」

「そういうこと! ……で、実際、見たことある? これ?」

 ユウキにいつまでも心配されないように――という思いが共通して、お互いに軽口を叩き合った後、俺の手のひらの中にある花びらを見る。こちらより身長の劣るリズにも見えるように、少しだけ手を下げて二人で花びらを見下ろすものの、お互いどうにも望んだ答えを得られそうになかった。

「ないな……リズは?」

「あたしも……ちょっと」

 どちらも記憶を探ってみるものの、とんとその桜のような花びらに覚えはなかった。原因は、最近このALOは現実と同じように春の気候に移行したばかりのため、動植物も新たに芽吹いているからだ。これが浮遊城の中であれば、文字通りに昔取った杵柄があるのだが、あいにくとここはALOのエリアだ。

 しかもただのALOのエリアではなく、新生ALOになるにあたって開発された、浮遊城との境たるイグドラシル・シティ。眼下に臨む旧ALOとはまた違う、独自の気候を備えている。その上、かなりの広さもあるという、分かりやすいお手上げだった。

「花壇……っても色々あるわよねぇ、この街だけでも」

「プレイヤーメイドの花屋も含めたら更に、だ……というか」

 そんな事情もあり、花が咲いているところを総当たりなどとやっていれば、日が暮れてしまうことは安請け合いだ。どうするか考えている間に、ふと、ある可能性に行き着いた。

「……誰かの花壇から零れてきた花びらだったら、その花を供えられなくないか」

「…………余計なことまで考えすぎちゃうのは、あんたの悪い癖よ。ショウキ」

「ほっとけ、自覚してるから」

 盛大なリズの話題そらしはともかく、見つけてもいないのにそんな盛り下がることを考えるな、というのは一理ある。もう一度花びらを見つけた後、その花びらが飛んできた方向を確認する。

「あんた風魔法使ってるでしょ? 風の軌道とか読めないの?」

「今やってる」

「まあ、そうよねー……やってるの!?」

 ――もちろん、無理だ。強いて言えば、風魔法によって発生した風ならまだ分かるが、それはあくまで自分の魔法によって発生した風であって。強風にあおられて目を細めながらも、イグドラシル・シティの向こう側を見つめる。

「なぁリズ……とりあえず、歩いて探してみないか?」

「……そうね、ここで立ってるよりはいいし」

 ……ひとまず分かったことは、花びらが飛んできた方向に歩いてみることだった。リズは少しながら不満げな表情を見せたものの、とはいえ自分にも何か策がある訳でもないらしく、コートに身を包みながら隣を歩き始めた。

「花って言えば、現実も花見日和だな」

「いいわね、お花見! 今度、みんなで行きましょうか!」

 時は4月を巡り、そこかしこに桜が見えるようになってきていた。そういうパーティーごとが好きなリズは食い気味に反応し、彼女の脳内では既に予定のシミュレーションが始まっているようだ。

「花より団子にならないか?」

「両方を楽しむってのが通ってもんよ! ……あ! 花屋よ花屋!」

 どこかに自生でもしていないかと、無駄話をしながらも周囲をグルグルと見回していた俺たちの視界に入って来たのは、街角に設えられた花屋だった。しかもどうやらプレイヤーショップらしく、何か手がかりを得られるかもしれない。

「すいませーん!」

「はーい!」

 リズの威勢のいい入店の声に対して、どこか清楚な雰囲気を感じさせる、女性の声色が店の奥から聞こえてきた。その声の調子から、幸運にもプレイヤーが店にいるようであった。

「いらっしゃいませ……ですが、その」

 そして店の奥から出て来たのは、声色から連想するそのままのアバターをした、貞淑という文字が似合うプーカの妖精。シウネーにも似たような印象を受ける花屋の店長は、どこか申し訳なさそうな表情をしていた。

「すいません。今、花はどれも品切れでして……」

「いえ。その、変なことを聞くようですけど、この花びらがどんな花かって分かります?」

 なるほど、商品が品切れ状態だから申しわけなさそうな表情をしていたのか――と納得したのも束の間、俺とプーカの店長の間にスラリとリズが割って入ると、こちらの手のひらから花びらを引ったくってプーカの店長に見せた。

「え? ああ、この花びらのことなら……はい、分かりますよ」

「あたしたち、この花を摘みに行きたいんです。場所とか、教えてもらっても?」

 そんな様子を見たプーカの店長の表情が、申しわけなさそうな表情から微笑みに変わっていく……間にリズがいるせいで、よく見えるわけではないが。とはいえ会話を判断するに、どうやら手がかりを掴むことが出来たようだ。

「はい。わたしに分かることなら、全て」

「やった! ありがとうございます!」

「ありがとうございます」

 そうしてプーカの店長は、その花びらのことを話しだした。流石は花屋のプレイヤーショップの店長ということか、その情報はとても詳しい上に分かりやすく――俺たちを戦慄させるに相応しかった。


 新生アインクラッド第二十四層、湖上都市《パナレーゼ》。層全体が湖に覆われており、主街区を中心にいくつもの小島に橋が掛けられている。湖の見事な景観もあって人気が高い層でもあり、翼を駆使しなくてはたどり着けない隠し島なども、ALOにリメイクするにあたって準備されていた。

 いつぞやの水泳授業もこの層でやるかと考えられていたものの、当時はこの層が攻略の最先端であったため、人目につくということで却下されていた。それほどまでに湖が多いということで、やはりかウンディーネの姿が他の層より目立つ。水中適応を与える魔法を使っての湖の探索ツアーなど、商魂たくましい者もチラチラと見えていた。

 しかし、今のこの層は、湖とは別の意味で有名な存在となっていた。かつての伝説のプレイヤー――《絶剣》の終焉の地として。

「っ……」

 あの浮遊城の頃から気持ちのいいものではない転移の感覚と、全身に伝わる疲労感によって猛烈な吐き気に襲われるものの、リズの隣だということでなんとか平静を保つ。

「リズ、大丈夫か」

「……なんとか、ね」

 しかして遅れて転移してきたリズは、隠しきれないほどに疲労の色が強く、そう声をかけざるを得なかった。せっかく新調したコートはすっかりくたびれており、またアシュレイさんのお世話になることになりそうだ。

「恐竜タイプのモンスターの胃袋に入って目的地まで行くのは、流石に心臓にキツいものがあるな……」

「……あたしは、その胃袋でスライム型が無限湧きするなんて聞いてなかったわよ」

「いざ目的地にたどり着いたら、草木一本生えてない不毛の地だとはまさか」

「敵のメイジの水魔法で地下に生えてる植物に水をやるなんて、情報もらってなくちゃ出来なかったわね」

「ランダムでソルジャーネペントが現れる仕様だったけどな」

「やけに強かったわね、あの植物……でも!」

 二人の口から際限なく出て来る、今まで進行していたクエストへの愚痴。あの花屋を営んでいるプーカの店長から情報を貰った俺たちは、喜び勇んでそのエリアに行ったものの、色々と散々な目に遭っていた。どうやら新生ALOになるにあたって、浮遊城に追加された高難度クエストだったらしい。

「こんだけ冒険して手に入れた奴なんだから、ユウキだって文句ないでしょ!」

「そのクエストに連れて行かなかったことには、文句は言われそうだけどな」

 確かにね――と微笑むリズの手元には、淡いピンク色の花束が握られていた。情報を提供してくれたプーカの店長が、適当なことを言っていた訳ではなく――何度かその可能性を疑ったが――クエストの成果として、俺たちは花束を入手していた。

「さ、早く行きましょ」

「ああ、こっちだ」

 花束を握るリズを先導しながら、二人であの浮遊島に向かっていく。目的を達成したことで、先程まで重力のように身体を覆っていた疲労が、やり遂げた心地よさに変わっていく。

「…………」

 あの日、ユウキとデュエルの決着をつけるべく、浮遊島に急いだ記憶が呼び覚まされる。結局、決着がつくことはなく、デュエルは終焉を迎えてしまった。

 もちろん、決着がつかなかったことを惜しむ気持ちはある。ただそれ以上に、ユウキの「決着をつける」という願いを叶えてやれなかったことが、俺の心に強くのしかかっていた。

「ショウキ! あれ……」

 無念に目をつぶっていたからか、その「変化」に気づいたのはリズが先だった。遅ればせながら俺もソレに気づきながらも、ひとまずは例の浮遊島に着地する。

 ――そこにあったのは、足の踏み場もないほどの、花、花、花。ユウキがマザーズ・ロザリオの秘伝書を隠していた大木以外には、何の変哲もなかったはずの浮遊島は、供えられた花束でいっぱいになっていた。

「そうか……花屋が品切れになってたのも……」

「……みんな、考えることは一緒ってわけね……」

 その花束の目的が何であるかは、今更考える必要もない。この世界で生きていた《絶剣》ユウキへの献花――現実世界の紺野木綿季の葬式に参加することは出来ずとも、こうして祈りを捧げることは出来るのだから。

「リズ」

「……うん」

 その末席に、俺たちは二人で花束を供えていく。俺たちは大丈夫だと、そんな意志を込めて。

「あ……」

 そうして立ち上がった瞬間、一際強い強風が浮遊島に吹いた。その旋風は供えられた花束を撫でていき、花びらを巻き上げて空に巻き上がっていく。

「……ありがとう」

 もはや翼を使っても追いつけないほど、遥か遠い空に楽しげに舞い上がっていく花びらを見ながら、俺は無意識に――そう呟いた。
 
 

 
後書き
彼女の結末は変えられませんでした。次話からは…… 
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