| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第二十九話 ダンス、ダンス、ダンス!!なのです。

 
前書き
イゼルローン要塞で一大ダンスパーティーが行われます。ミッターやロイやビッテンやワーレンも参加?? 

 
 イゼルローン要塞は、それ自体が一個の巨大な人工天体都市であり、数百万人が生活している。娯楽施設、病院、学校、農園となんでもあるため、そこいらの辺境惑星や都市に駐留するよりはよほど人気が高い。最前線であるにもかかわらず、である。

 その人気の理由の一つが、近年女性士官の登用でお盛んになってきた盛大なパーティーが行われることである。

 これはだいたい2か月に一回、慰問の意味で行われるのであるが、それは広大なホール(数万人が収容できる大規模なものである。)数か所を借り切って行われるものであり、歌に音楽に踊りとまさに普段の殺伐とした軍務からは180度反転した空間が展開されている。

 このパーティー開催のもう一つの非公式の目的がある。それは若い士官同士の公然としたお見合いということである。

 実際、ここで一緒にダンスを踊って交際に発展し、軍属同士で結婚したという事例は少なくない。
中でも若手男性士官たちは今年こそは内心張り切っていた。というのも、イゼルローン要塞に駐留している女性士官の中でもひときわ桁違いに美貌の士官が数人混じっているからで、まだ誰もそれを攻略できていないためである。このため、仲間意識が強い若手士官たちも、いかにして相手を出し抜こうか、いかにして攻略するかを軍務そっちのけで考えるようになってきているのである。

「おおお俺はティアナさんを狙うからな!!お前、手ェ出すんじゃ、ねえぞ!!」

 食堂で若手士官たちの一人が何やら叫んでいる。顔つきがラリっているようで尋常ではないし、何やら体中からメラメラと燃える炎が見えるようである。

「お、お、俺はフィオーナさんを狙う!!なんてったって、あっちの方が超優しそうじゃん!!」
「バッカだなぁ!?ああいうつ~んとしている方が、内心はデレッデレなんだぞ!!」
「てめえにわかるか!!あの究極の優しさが!!俺なんか道端でスッ転んだときに、ハンカチもらったもんね!!」
「なにッ!?ハンカチを!?」

 ざわざわと殺気が膨れ上がった。

「テンメェ!!抜け駆けか!!??よよよよくも俺たちのフィオーナさんを!!」
「おお俺だって、あれだぞ、飯食ってるときに、ティアナさんにソース手渡しされたもんね!!」

 一斉に男たちの目の玉がギンと光った。

「貴様ッ!!よくも俺たちのティアナさんと手ぇつなぎやがったなァ!!」

 ギャアギャアと喧騒が沸き起こり、今にも修羅場になろうとした時である。

「ハッハッハ!!そんなもん痛くも痒くもないわぁ!!貴様ら勝手に自滅しあってろよ!!俺はそんなもんよりももっとレベルの高いオトナの人を相手にするからな」
「テメッ!!よくも俺たちの『フィオーナさん&ティアナさん』を侮辱したな!!」

 一斉に男たちが発言者を殺人者の眼でにらみつける。

「お~するさするさ、俺にはな、あのイルーナ姉様しか目に見えないんだわ。」
「気色わりいんだよぉ!!『姉様』とかいって、お前シスコンか!?」
「イルーナ姉様をバカにするなぁ!!」

 とたんに一斉にイルーナ派を自称する男どもが立ち上がった。

「ワ~ワ~ワ~!!!」
「ギャ~ギャ^ギャ~!!!」

 と、後は言葉にならないほどの喧騒に包まれた。

 笑い事ではなく、今やフィオーナ推し派とティアナ推し派、イルーナ推し派がいたるところで火花をちらし、しのぎを削っているのだった。全体割合で言うと3者推し総計は58パーセントであるから、すっかり3色に染まったというわけではないのだが、その熱気たるや暑苦しいを通り越して、灼熱の異常気象というべきものであり、これらの会話がなされているイゼルローン要塞の各所の温度を測ると、明らかに他よりも10度ほど高くなっていることが統計上わかった。



 そういうわけで、フィオーナ、ティアナ、そしてイルーナはダンスパーティー当日まで逃げ回るようにして要塞内を駆けることとなった。どこにいても何をしていても、自室にいてさえ、どういうルートでやってくるのか、直接、間接、電子メールの一個艦隊規模の大攻勢が来るのである。たちまちのうちに彼女たちのメールボックスは一杯になり、手紙は洪水と化し、付近の廊下には非常線が張られることとなった。

「これは・・・・もう、一個中隊を護衛につけてもらわないといけないわね」

 冗談交じりに言うティアナだったがその顔色は悪い。

「いっそ上司に打診して、艦を単独演習の名目で出撃させてもらうよう頼んでみようかしらね」

 イルーナが思案する。

「教官はそれでいいのかもしれませんが、イゼルローン要塞憲兵部に所属する私たちはそうはいきませんもの。あ、まさか!!可愛い後輩二人を犠牲にして逃げるんですか?!」
「ち、違うわよ・・・・」

 イルーナの返事にいつもの明瞭さはない。

「・・・だってさ、フィオ」
「やっぱり・・・・」
「わ、わかりました。あなたたちを犠牲にして私だけ逃げるわけにはいかないものね。いいわよ、そうしたら私が盾になるわ。そのすきに――」

 そんなここは戦場じゃないんですから、などと二人が応じ、イゼルローン要塞女子士官区画内部には3人の笑いが満ちた。

「ちょっとあんたたちさぁ」

 背後で声がした。それも敵意のある声が。3人が振り向くと数十人の女性士官が冷たい目でこちらを見ている。

「何か用ですか?」

 少尉、中尉、大尉等の尉官だから佐官及び佐官任官寸前の3人とは対等に口がきけないはずなのだが、彼女たちは目を光らせて近づいてきている。

「・・邪魔なんだよね、せっかくのダンスパーティーだっていうのに、周りの男どもは皆あんたたちのことを狙って。私たちには目もくれないんだもの」

 そばかすの散った、けれど顔立ちは悪くはない栗色の髪をショートカットにした女性士官が好戦的に言う。

「私たちは別に好きでそうしていたのでは・・・・」
「黙りなさい!!そうやっていい子ぶって、ムカつくのよ!!」

 フィオーナは口をつぐんだ。イルーナはかすかに眉をひそめ、ティアナは話にもならんというように肩をすくめた。

「それはお生憎様。私たちだって好きで追い回されてるんじゃないわよ。なんなら私の手紙やメールのアカウント上げるわ。それで接近してみなさいよ――」
「ふっざけるな!!」

 栗色の髪の女性の怒声がティアナを遮った。

「ムカムカとする話し方するわね!!こっちは数十人、アンタたちは3人、勝ち目があると思ってんの?」
「バカじゃないの。あ~やだやだ。相手の実力知らないでノコノコと現れるんだもの。さっさとかかってきたら?いいわよ、顔は傷つけないであげるから」
「言わせておけば!!!」

 女性士官のうち、数人がティアナにとびかかったが、一瞬のうちに地面にたたき伏せられ、あるいは壁に叩き付けられて、ズルズルと昏倒していった。

「なっ!?」

 主犯格の栗色の髪の女性は一瞬うろたえたが、次の瞬間叫んだ。

「たった3人じゃないの!!やっちまうよ!!!!」

 その言葉と同時に女性士官たちが一斉に襲い掛かってきた。相手はたった3人だ。それを数十人でかかれば痛めつけるのはたやすいだろう。そう思ったのだが、彼女たちが反対の事実を悟るまで数分を要しなかった。
 容赦のない回し蹴り、アッパーカット、みぞおちへの拳等でたちまち女性士官たちは昏倒し、あるいはうめき声を上げて地面に力なく這っている。

「くそっ!!」

 栗色の髪の女性はティアナと渡り合っていたが、分が悪いと悟ったのか大きく後退した。

「アンタ逃げるの?仲間を置いて?なんて最低な奴なのかしらね。」

 片手を腰に当てたティアナがさげすんだような目を向ける。

「ぐ!!!」

 顔を激しくゆがめた栗色の髪の女性が一気に跳躍して必殺の蹴りを叩き込んできた。

「甘い!!!」

 ふっと緩やかにそれをかわしたティアナの蹴りをかいくぐるようにしてかわした女性がフィオーナに突進した。

「せめてアンタだけでも!!!」

 次の瞬間栗色の髪の女性は高々と宙に舞い、激しく壁に叩き付けられてズルズルと崩れ落ちた。

「大丈夫ですか!?」

 蹴りを叩き込んだ本人がひざまずいて心配そうに介抱する光景は異様と言えば異様かもしれない。事実相手の女性はそう思ったらしく、目を開けると弱々しそうに吐き捨てた。

「バカ・・・・。お人よし・・・・」
「そう言うのは結構だけれど、名前を聞いていなかったわね。その服装だと尉官みたいだけれど、佐官の私たちに喧嘩を売りつけたということはどういうことか、わかっているでしょう?」

 イルーナが言う。

「佐官はアンタだけでしょ・・・そこの二人はまだ大尉・・・・あたしと同じじゃない・・・・」

 3人はおやっという顔をした。見たところ年齢は自分たちと変わらないくらいなのに、ここにも大尉に早くも昇進している子がいる。

「でも、実力は遠く及ばないわけか・・・・。悔しいけれど、それを認めざるを得ないな。顔だけじゃなくて蹴りやパンチまで・・・・」
「名前は?」

 イルーナが問いかけた。フィオーナの手当てを受けながら、栗色の髪の女性はふらつきながら立ち上がり、頭を振ると、敬礼した。

「あたしはルグニカ。ルグニカ・ウェーゼルです。大佐。先ほどは――」
「いいわよ、私たちが悪かったわ。あんなところで人前も考慮しないで笑ったりして、ごめんなさいね」

 大佐が深々と大尉に頭を下げたのを見て、息を吹き返していた周りの人間はびっくりした。ルグニカが慌てて、

「頭を上げてください!!そんなことしたら、あたしが銃殺刑になりますから!!」

 イルーナは頭を上げて、

「私たちはパーティーに出ないわ。引っ込んでおとなしくしているわ。それであなたたちの気が済むというのなら、そうしてくれても――」
「もう、いいです。正直言うとここに来るまではずっと嫉妬していたし、偏見も持ってました。お三方は顔だけで昇進したんだって。どっかの貴族の愛人か何かになってそのせいだろうって、皆で言い合って笑ったりしてたんです。でも、違いましたね」

 わき腹を押さえ、せき込みながらルグ二カはかすかに笑った。

「少し時間をください。ちゃんとケリをつけて今度は素面で謝りに行きます。まだグルグルって胸の中が燃えていてちゃんと話ができる状態じゃないんです」
「いいわよ」

 イルーナの承諾にルグニカは一礼して、女性士官たちに声をかけた。彼女たちは自力で、あるいは仲間同士で助け合い、負傷者を抱えるように引き連れて立ち去っていった。

「ああいう人が出るものなのね」

 イルーナは感慨深そうに言った。

「流石に何千人、何万人と卒業生が出てくれば、一人くらいああいった人がいらっしゃるのも納得がいきます」

 と、フィオーナ。

「私はまだムカついているけれどね」
「ティアナ!」
「でも、中々頼りになりそうな子じゃないの。前世だったら私の副官にしてもいい人材かな」
「ティアナったら、そう言っているけれど最後のあの蹴り、わざと加減したでしょう?」

 バレたか、とティアナは肩をすくめた。

「あの子をあなたがどんな風にあしらうか、見てみたかったのよ、でもさすがはフィオね。いざという時は手加減はしないのね」
「しないわよ。でもこんなこと、もうこれっきりにしてほしいわ。好きでやっているんじゃないんだもの・・・・」
「ま、そう願いたいものね」

 イルーナがそう締めくくった。



* * * * *

「おうい、ナイトハルト!!」

 イゼルローン要塞の士官居住エリアの廊下を歩いていたミュラーが振り向くと、フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト中佐とアウグスト・ザムエル・ワーレン中佐が並んで歩いてくるのが見えた。

「どうされました、先輩方が御揃いで」

 ナイトハルト・ミュラーとビッテンフェルトらとは帝国軍士官学校で先輩後輩の間柄だった。ビッテンフェルトらが4年生の時にナイトハルト・ミュラーが1年生の勘定になる。1年生からすれば最上級生である4年生とはあまり接点はなかったが、ミュラーは指導役の先輩としてビッテンフェルトらを知っていたのである。

「いや、ロイエンタールの奴を見かけなかったかと思ってな」
「いや、見ていませんが」
「そうか。奴はどこに行ったのだ?」
「何かありましたか?」

 ミュラーの問いかけに、ワーレンが、

「久方ぶりに同期で飲もうという話になったのだ。何しろビッテンフェルトはオーディン女性士官学校からの久々の帰還だし、ロイエンタールもフェザーンから舞い戻ってきたばかり。かくいう俺も巡航艦の乗り組みで帰投したばかりだからな」
「そうでしたか」
「卿も同期会をやらんのか?」
「いえ、そうしたいのはやまやまなのですが、小官の同期は皆今宵のダンスパーティーに夢中なのです」

 ミュラーは苦笑した。

「何?!怪しからんな、それは」

 ビッテンフェルトが声を上げたが、そこには羨望の色が混じっていたことは疑いない事である。その隣でワーレンが、

「仕方あるまい。若い者はこういう機会でないと恋人を見つけられないのだからな。良い機会ではないか。卿は参加せんのか?」

 最後の問いかけはミュラーに放たれたものである。

「はぁ・・・そうしたいのですが、何分小官はそう言ったことが苦手でして・・・・」
「だったら俺たちと一緒に飲まないか?」

 ビッテンフェルトがミュラーの肩を叩く。参加したいのはやまやまなのだが、ビッテンフェルトらの酒量はミュラーのそれを凌駕する。そんなところに参加でもしたら二日酔いは確実だ。さりとて断るのも無礼にあたる。さて、どうしようか・・・・。
 ミュラーが戸惑っていると、そこに救いの神が現れた。同期のアントン・フェルナー大尉とギュンター・キスリング大尉である。

「おぉ、ナイトハルト、ここにいたか!!」

 二人はさっと上官たる二人に敬礼すると、ミュラーの腕をとった。

「申し訳ありません、これから小官たちはナイトハルトをあるところに連れ出さねばならんのです」
「何!?なんだミュラー、予定があるならそう早く言え。邪魔をしたな」

 申し訳ありません、と謝るミュラーにビッテンフェルトもワーレンも軽く手を振って、立ち去っていった。ミュラーを真ん中にして抱きかかえるように、3人は先輩方とは反対の方角に歩いていく。

「助かったぞ。よく来てくれた」
「なに、気にするな、さぁ、それよりも早くいくぞ」

 フェルナーがせかす。

「行く?」
「今言ったろう。お前をあるところにつれて行くんだ」
「あるところ?」
「俺はやめた方がいいと思うがなぁ」

 キスリングは顔をしかめている。

「そういうな、これも経験だ、試練だ。何しろ3人の中で彼女がいないのはミュラーだけなのだからな」

 突然ミュラーの足が止まった。

「別にそういう目的ならば、俺は遠慮して――」
「する必要などない。さぁ、行くぞ」

 フェルナーはミュラーの腕をつかんで、さっさと引きずるようにして行ってしまった。
 道々ミュラーはフェルナーの熱弁をたっぷり聞かされることとなった。曰く、お前は自信がないから女のところにアタックしようとも思わない、曰く、そんなんだから彼女が作れない、曰く、失敗を恐れていてはどうしようもない、曰く、であるならばまず失敗することから学ぼう、などなど。

「で、結局のところ俺にどうしろと卿等は言うのだ!?」

 引きずられながらミュラーは叫ぶ。

「失敗をして元々の挑戦をするんだ。そう思えば気が楽だろう。いいか、あの人にアプローチしてみろ。イゼルローン要塞中の3割がファンであるあの人にだ」

 3割という驚異的な率を聞いたミュラーは嫌な予感がした。

「もしかして――」
「フロイレイン・フィオーナだ。いや、卿の好みでないならフロイレイン・ティアナでもいいぞ、いや、お前まさか同年齢くらいの女が好きか?だったら一つ年下のフロイレイン・イルーナでも――」
「そう言うことだったか!!!」

 ミュラーはフェルナーの手を振り切った。

「駄目だ!駄目だ!駄目だ!そんなことは俺はできない!俺に死ねというか!?」
「そこまではアントンは言っていないぞ、落ち着けナイトハルト」

 制止しようとしたキスリングの手をミュラーは振り払う。

「そんなことをしてみろ!!俺は明日から物笑いだ!!ああいう人たちにはそれ相応の美男子や洗練された人が相応しいのだ!!俺には――」

 ミュラーは脱兎のごとく駆け去っていった。道行く士官や通行人にぶち当たりながら彼は逃げていった。

「あ、おい!!!」

 二人が慌てて追いすがろうとしたが、ついにミュラーの姿を見失ってしまったのである。


* * * * *

 イゼルローン要塞中にある居酒屋でも、ここ「モーントシュタイン」は穴場だった。歓楽街から少し離れた路地裏にひっそりと営業している知る人ぞ知る士官専用の居酒屋である。入場するには身分証が必要であるが、入ってしまえば、遮音個室あり、広々としたソファー席あり、バーカウンターで一人自分の時間をゆったり楽しみながら盃を干すこともできるなど、それぞれの時間を楽しめる居酒屋なのである。
 店内は静かで(といっても居酒屋なのだからそれなりの騒がしさはあるが。)うるさい連中は来ない。軍人上がりのマスターや店員がそんな客はすぐに追っ払ってしまうからである。客たちはソファー席にてゆったりと酒を酌み交わすこともできるし、一人静かにカウンターで飲むこともできる。そんな中に二人の人間がソファー席で酒杯を交わしていた。

「いや、俺はいかない。ここで卿と酒を飲んでいる方がいい」

 そうロイエンタールはいい、グラスを持つ手を緩めなかった。

「そう言っていると、本当に婚期を逃すぞ」

 ミッターマイヤーが苦笑する。

「ミッターマイヤー、卿はわかっていないな。俺には女というものは破滅をもたらす死神にしか見えないのだ」
「そうひねくれたものの見方をするようでは、死神も卿の家の戸口をまたぐ前に引っ返すだろうよ」

 ミッターマイヤーの言葉に酒を飲み干したロイエンタールは、太い吐息を吐いた。

「なんとでもいうがいいさ、とにかく俺は卿とこうして酒を飲んでいる方がいいのだ」
「そうしたいのはやまやまだが、残念ながら俺にも門限があってな、エヴァに怒られてしまう」

 エヴァンゼリン・ミッターマイヤーはミッターマイヤーの妻として、オーディンではなくここイゼルローン要塞に来ていたのだ。ミッターマイヤーの束の間の休暇を共に楽しむために。これには理由があった。オーディンに帰還するにはミッターマイヤーの休暇日数が足りなかったのだ。

「そうか。残念だな」

 ロイエンタールはそう言ったが、さりとて親友を引き留めはしなかった。女には不審を抱くが、さりとて親友の妻に対して無礼なことをする気持ちには到底なれなかったのである。

「今からでも遅くはないぞ」
「いや、ここで一人で飲んでいる方が気分がいい。俺の好きにさせてくれ」

 そうまで言われては、ミッターマイヤーも苦笑するほかない。

「わかった。あまり度を過ごすなよ。また今度卿と酒杯をかわそう」
「あぁ。気をつけてな。奥方によろしく言ってくれ」

 ミッターマイヤーが立ち去った後もロイエンタールはワインを静かに注ぎ、黙ってそれを飲んでいた。だが、ほどなくして彼は席を移すことになる。残念ながら一人でソファー席を独占できるほど、今日の「モーントシュタイン」には余裕はなさそうだった。
(これも、ダンスパーティーとやらのせいか。)
 ロイエンタールはそう思いながら一人カウンター席に座っていた。





* * * * *

「すごいね~」

 フィオーナが声を上げた。
 パーティー会場となった巨大なホールにはイルミネーションがともり、華やかな音楽が鳴り響いていた。そこかしこにカップルができており、手をつないで歩く者、つれだって料理を食べる者、テラス席の個室で酒杯を交わす者、様々だった。
 自室で過ごすというイルーナとは別にティアナとフィオーナは二人してレストランで夕食を食べ、見るだけだからという軽い気持ちでダンスパーティーホールにやってきたのだった。

「この曲、なんていう曲なのかな」
「Dance with balamb fishっていう20世紀末のどっかの曲をリメイクしたみたいね。ま、数百年たった今じゃ著作権もとっくに切れているらしいし、大丈夫なんじゃない?」
「そう言う問題?」
「じゃあフィオ。ここでお別れね。私はバーに行ってお酒を飲んでくるわ」

 ティアナは軽く手を振ってフィオーナから分かれていった。

「・・・・・・」

 フィオーナはしばらく佇んでいたが、やがて人気の少ないテラスに歩んでいった。バルコニーには樹木が手の届くところに生い茂り、さやさやという人工風に吹かれてその葉を揺らしていた。柔らかな白い街灯がバルコニーを、樹木の向こう、眼下に広がる人口庭園を照らし出している。上を仰げば人工的に作り出された要塞内の夜の空を見ることができる。ここならば自分の時間を過ごせるだろう。フィオーナはバルコニーの手すりにもたれて夜風を一人楽しんでいた。


* * * * *

 ミュラーは必死に走っていた。最初はフェルナーやキスリングから逃げるためだったが、今は違う目的に変わっていた。道行く人の割合8割強はカップルである。顔や髪型は違っても共通しているのはどのカップルも幸せそうだということだ!そんな彼らから見れば自分は物笑いの種でしかないだろう。
 俺は何をやっているんだ、とミュラーは思った。文字通り逃げているだけではないか!そうだ、俺は逃げている!俺には自信がない!俺には美男子の素質も洗練された会話の能力も地位も家柄も何一つない!何一つ!何一つ!何一つ!――。

「きゃあっ!!!!」

 どっす~ん!という音とともにミュラーが柔らかいものにぶつかって跳ね飛ばされた。したたかに腰をうったがミュラーはすばやく立ち上がっていた。どうやら声からしてご婦人を跳ね飛ばしてしまったらしいと悟ったからだ。とんでもない悪日だと思いながらミュラーはすばやく手を差し伸べた。

「大変失礼いたしました。お怪我は――」

 ミュラーの手が宙で静止した。目の前の相手もまた、形の良い脚を投げ出してしりもちをついている。そしてその灰色の瞳はミュラーをまっすぐに見つめ上げていた。素晴らしく美貌の女性だった。その形のいい唇はかすかに開いている。

 フロイレイン・フィオーナだった。だが、ミュラーは相手の顔を知らなかったのである。知っていたら卒倒したに違いない。そしてフィオーナもまた、ミュラーの事を知らなかったのである。原作やOVAで見たと言ってもこの世に生まれて十数年たてば輪郭についての記憶は薄れてしまう。

「あ・・・・・」

 ミュラーは顔が赤くなり、次に青くなり、次いで汗が出てくるのを覚えていたが、ここで引き下がるわけにはいかない。ぐっとこらえて腹に力を入れ、何とか立ち直ると、手を差し伸べた。

「ご、ごめんなさい。私ったら、ぼ~っとしていて!!」

 フロイレイン・フィオーナがミュラーの手をつかんで、顔を赤くして立ち上がった。ひいやりとしたすべすべした手の感触がミュラーの手を包んだ。

「い、いえ!こちらが悪いのです。お怪我はありませんか?」
「は、はい!大丈夫です!」

 二人は立ち上がった。ミュラーはハンカチを出してフィオーナの埃を払ってあげた。

「あ、ごめんなさい。大丈夫です。あなたのハンカチが・・・・」
「いや、いいのです。小官が悪いのですから、ご無礼をいたしました」
「もう気にしないでください。ありがとうございます。大丈夫です」

 フィオーナはにっこりした。その笑顔にミュラーの心臓が二オクターブ跳ねあがって鼓動を発した。

「お一人なのですか?」

 我ながら何という間抜けな台詞だと思いながら、ミュラーは思わずこぶしを握りしめていた。

「はい。パーティーホールに行ってみたんですけれど、なんだかなじめなくて、それでこうして風に当たっていました。でも、もう帰ろうかなって・・・・。私、男性の方と話すのはあまり得意でなくて・・・・」

 ミュラーは意外な感に打たれていた。相手の女性は文字通りとても綺麗な人なのだが、話し方がまるで初心な女子学生のようではないか。おかげでというかミュラーは自分の恥ずかしさをすっかり忘れてしまっていた。

「私もですよ。僚友からやいのやいの参加するように言われましたが、どうもああいうのは苦手で・・・・。こうして逃げてきてしまいました」
「???」

 フィオーナが不思議そうに顔を心持傾けた。

「つまり、その、なんですか、女性の方とお話しするのは苦手なのです」
「そうなのですか?」
「ええ。大勢の男兄弟の仲で育ったせいでしょうか。あまりそう言ったことに縁がなかったのです」

 気が付けばミュラーは自分の生い立ちのことを話していた。本来ならそんなことを話す場ではなかったのかもしれないが、相手は思いのほか真摯に聞いてくれていた。そして相手もまた自分の生い立ちを語ってくれていたのである。テラスにもたれたまま二人は長い時間お互いのことを語り合っていた。

「貴族の方なのですか?そんな方がまたどうして軍属になられたのですか?」

 ミュラーは驚いた。相手の女性は確かに優雅だったが、貴族らしい高飛車さは少しもなかったのだから。

「貴族と言っても私の家は貧しくて、とても私を養っていけるような状態ではなかったんです。本当は大学に入りたかったのですけれど、残念ながら夢はかないませんでした。でも、いいんです。私をここまで育ててくださった両親にとても感謝しています。早く恩返しがしたくて、ただで授業が受けられて早く給料がもらえる軍属が望ましいかなって思ったんです」
「お幸せなご両親ですね。こんなに素敵な娘さんをお持ちで」

 その言葉にフィオーナは顔を赤くした。

「あなたも立派です。たくさんの兄弟がいらっしゃって大変ですのに、家庭を支えているんですもの。先ほどおっしゃっていましたよね?本当なら工学研究職に就いて研究者になりたかったと」
「ええ、でもいいのです。私の給料で弟は大学に行くことができました。むろん奨学金が必要でしたが。それでも、両親が喜ぶ顔が見れれば」
「なんだか、私たち、似ていますよね」
「ええ、似ていますよね」

 二人は同時に笑っていた。まったくの自然体で。そして同時に思っていたのだった。こんな素敵な時間がずうっと続いてくれればいいのに、と。
 だが残念ながらそうはいかなかった。終限を知らせる鐘が鳴り響いて来たからである。

「あの、ぶしつけで申し訳ありませんが、フロイレイン。ぜひあなたのお名前をお聞かせいただけませんか?」

 相手の女性はにっこりしてこう言った。

「フィオーナ・フォン・エリーセルです」

 ミュラーは自分の耳がバカになったのかと思わず問いただしたくなった。バカな!?今しがたずうっと話していた女性はフロイレイン・フィオーナだったのか!?

「ど、どうしましたか?な、なにか私いけないことを――」
「い、いえ、いいのです。あの、その、実はあまりにも驚いてしまって。あなたがあのフロイレイン・フィオーナだとは思わなくて・・・・・。こんなにも素敵な人と話すことができたのが夢のようで・・・」

 いったいナイトハルト・ミュラー、お前は何を言っているのだと、内なる声があきれた調子でささやく。そう言われても言ってしまったものはどうしようもない。

「私もです。とても楽しかったです」

 フロイレイン・フィオーナはにっこりした。その純粋な笑顔に救われたように、ミュラーはほっとした。少なくとも彼女は俺を嫌っているのではないらしい。

「失礼ですが、あなたのお名前は?」
「ミュラー。ナイトハルト・ミュラーです」

 今度は目の前の女性が反応を起こした。信じられないような顔をして固まってしまったのだ。

「あ、あなたが、あの、その、あなたがナイトハルト・ミュラー提督なのですか?」
「提督?」
「あ、ううん、いいえ!ご、ごめんなさい!何でもありません!」

 フィオーナは深々と一礼すると脱兎のごとく目の前から姿を消してしまった。あっとミュラーが声を上げた時には彼女の後ろ姿がバルコニーの角を曲がるのを認めただけだった。

「・・・・・・・」

 彼はしばらく佇んでいたが、やがて重い足取りを家に向けた。その最中ふと気が付いた。あの女性が走り去っていった時、自分のハンカチを握りしめたままだったということを。

 あれは永久にあの人の手の中にあるのだろうか、それとも返してくれるのだろうか、ミュラーははかない淡い期待をしたが、冷静な頭で考えると絶望しか出てこないのだった。

* * * * *

 ロイエンタールはカウンター席から立ち上がった。十分とは言えないが、ここにこうしていても仕方がない。門限までには戻らなくてはならない。明日は非番だとはいえ、あまり深酒をするのはよろしくないだろう。

「きゃあっ!!」

 自分の背中が何かにぶち当たるのを感じ、よろめいたロイエンタールはとっさに振り返っていた。一人の女性がしりもちをついて、顔に片手を当ててしかめている。

「いったぁ・・!!」

 その女性は立ち上がった。長身のロイエンタールの胸元までしかないが顔立ちは非常に整っていた。それも勝気な風に。

「ちょっと!どういうつもりなの!?ぶつかっておいて、謝りもしないで!!」
「俺はぶつかった覚えなどないな。そちらが勝手に俺の背中にぶち当たってきたのではないか?」
「なんですって!?」

 既に薄暗い店内にはあまり人がいないが、それでもにわかに沸き起こったこの騒動に皆目を丸くして見つめている。マスターと店員が露骨に顔をしかめる様子がロイエンタールの視界の隅に写った。

「それにだ、佐官に尉官が食って掛かるのは、統制上あまりよろしくはないと思うのだが」
「私だってもうすぐ少佐になるもの!あなたと同じよ!」
「ほう・・・・」

 お前のようなじゃじゃ馬娘が少佐になるのか、と言いかけたロイエンタールの双眸がふと、一点で静止した。目の前の相手の瞳は、右が茶色、左が赤い色をしていたからだ。

「俺と同じか・・・・?しかも瞳の色が赤色だと・・・・?」
「えっ?」

 目の前の相手はとっさに自分の左目に手を当てた。

「あ、ない!!」

 ただでさえ白い顔が顔面蒼白になっていく。

「何!?」
「コンタクト・・・・落としちゃった・・・・。どうしよう・・・・」

 ずるずると膝から崩れ落ちるのをとっさにロイエンタールは抱き留めた。

「どうした?具合でも悪いのか?」

 無意識のうちにロイエンタールの声は心配そうな響きを秘めていた。

「ううん違うの。わ、私のコンタクト・・・あれがないと私帰れない・・・・・」
「コンタクト?」

 ロイエンタールはあたりを見まわした。ふと、目の前の相手のスカートの裾にそれが引っかかっているのが見えた。

「あったぞ。そこにある」

 指し示す先にあった愛用のコンタクトを見つけて、目の前の女性はすばやくそれを目にはめた。

「・・・・ありがとう」

 声は小さかったが、それでも素直な響きを持っていた。だが、ロイエンタールにはそんなことはどうでも良かった。

「貴官は義眼なのか?」
「違うわよ。あのね・・・・」

 目の前の女性はそっとあたりを見まわして声を出した。

「・・・私の瞳の色、赤色なの。両方とも・・・・。それって聞いたことないでしょ?小さいころから皆に嫌われて、怯えられて・・・だからコンタクトしてるの。両親に無理やり手術を受けさせられようとしたこともあったわ」

 ロイエンタールは声にならない声を出していた。なんということか、この目の前の女性も自分と同じような境遇を持っているのだ。もっとも自分の方は愛人の子だという不名誉なおまけまでついてきているのだが。

「そうか・・・・」

 ロイエンタールはただ一言そう言っただけだったが、次の瞬間女性に軽く頭を下げた。

「すまなかった。俺としたことが女性を突き飛ばして謝りもしないとはな。どうだ、一杯奢ろう。水に流せとは言わんが、そうさせてほしい」
「・・・・・」
「駄目か?」
「いえ、いいけれど・・・・あの、私の方こそ、ごめんなさい。生意気なことを言って・・・・」
「いや、上官に対しては非礼かもしれないが、言うべきところは言うその美点は賞賛に値する。名を、聞いておこうか」
「ティアナ。・・・・ティアナ・フォン・ローメルド」

 ロイエンタールの眉が面白そうに上がった。

「ほう、あの3羽烏の一人のフロイレイン・ティアナか、光栄だな」
「あなたは?」
「ロイエンタール、オスカー・フォン・ロイエンタールだ」
「あなたが!!」

 今度はティアナが驚く番だった。まさかと思ったが、こうしてロイエンタールに真正面から会えるとは思わなかったのである。
 二人は仲好くカウンターの席に並んだ。周りの人間はほっとしたようにそれぞれの会話に戻っていく。不機嫌顔をしたマスターが乱暴にグラスを二人の前に置いたが、二人は気にならなかった。話が弾むというのではなかったが、時折相手の話にききいったり、うなずいたり。それがなぜかロイエンタールにとっては安らかな時間、今まで感じたことのない時間を体感できたのである。
 それはティアナも同じだった。前世でのロイエンタールに対してのイメージは「漁色家」「一個中隊の女を袖にした不逞な輩」というマイナスのイメージしかなかったのだが、ここにきてその評価が変わったのである。


 翌朝、ロイエンタールは僚友ミッターマイヤーからからかわれた。曰く、卿が深酒をせず、女性と会話にいそしんでいたという目撃情報がある。それが真実ならは珍しいことだ、と。
 翌朝、ミュラーは僚友フェルナーとキスリングから質問攻めにされていた。曰く、あの美しいフロイレイン・フィオーナとどうやって会話の糸口をつかんだのか、その手腕を教えてほしい、と。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧