| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

火影の夜窓(ほかげのやそう)

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第三章 再会街道

玄関で靴を履いていると、後ろから女将の声がした。
「やっぱりお祭りに出かけらるんですか。
 今からなら、ちょうど宵宮のクライマックスが見られますよ。
 道はわかりますか?」
「ええ、なんとなくは…」
曖昧に返事をすると、観光マップを持ってきてくれた。
「ここからだと、神社までは歩いて20分ぐらいです。
 この駅前の道を通っていくとわかりやすいですよ。」
地図を指さしながら、道順を教えてくれた。
「いってらっしゃい。ゆっくり楽しんでらしてね。」
女将に見送られ、夕日の細道を駅に向かって歩き出す。
すると、さっきの喫茶店がある大通りまで来た。
地図で確認すると、“彩甲斐街道”とある。
(さい、かい、かいどうでいいのかな。)
“さいかいかいどう”
音だけにすると“再会街道”にも聞こえてくる。
祐未は偶然ではない“何か”があるように思えてならなかった。

御花畑駅を過ぎ、国道に向け進路を左へ折れると、
お囃子が風に乗ってかすかに聞こえ、先を行く人の数がどっと増えた。
(あの人たちもお祭りに行くのね。
 ここからは、みんなに着いていけばいい。)
観光マップを折りたたんで、手提げバッグにしまった。
道の突き当たりに鳥居が見え、その下を
うごめくたくさんの見物客に、少々気が引けた。
が、鳥居の前まで来ると意を決し、祐未は喧騒の波へ飛び込んだ。

首を伸ばし、暗くなった境内を覗くと、既に山車が集まっていた。
そのきらめくような光景に、祐未は思わず心が浮き立った。
笠鉾からは目にも鮮やかなピンクの花すだれが、
噴水が湧き出すように幾重にもたゆみ、
それを内側の提灯が幻想的に照らし出している。
黒塗りの上に極彩色で彩られた屋台も、それはそれは荘厳であった。
山車のてっぺんでは強者が威勢良く音頭をとり、
担ぎ手たちが背負うような格好で足を踏ん張る。
「カラン カラン」と鐘が鳴った。
それを合図に周囲の若人衆が綱を引きながら加勢すると、
山車がゆっくり方向転換していく。
鉦や太鼓のリズムに合わせて笛が高らかにお囃しを奏で、
白い半被姿の子供達が提灯を手に掛け声を合わせる。
「わっしょい! わっしょい!」「ほーりゃい! ほーりゃい!」
子供たちの愛らしさに、顔が自然とほころんでくる。

やがて宵宮も終盤にさしかかると、
それまで賑やかだったお囃子がはたと止んだ。
静寂の中、笙の音色が厳かに辺りを包みこみ、
いよいよ柱立ての神事が始まった。
平成殿の正面入口に6メートルの柱が静々と引き上がり、
綱で垂直に固定されると、あちらこちらから歓声と拍手が沸き起こる。
その後も神事は手順通りに粛々と進められ、
最後に宮司たちが(うやうや)しく拝礼して、すべての儀式を終えた。
その時を見計らったかのように、大輪の花火がずどんと咲いて、
平成殿の背景が一気に華やいだ。
祐未はしばし、華麗な夜空に見とれていたが、
ふと、誕生祝いのことが頭をよぎった。
慌てて踵を返し、人並みをかき分けながら鳥居の外へ抜け出すと、
携帯で近くの洋菓子店を探した。
(良かった、まだ開いてるみたい。国道沿いだからすぐわかるわね。)
神社を南下し、交差点を左折。
花火を背にして5分ほど歩くと、大型スーパーが見えてきた。
祐未はスーパーに素早く駆け込むと、
洋菓子店のショーケースをざっと見渡す。
どれも凝っていて美味しそうではあったが、
結局祐未が選んだのは、ありふれたショートケーキであった。
「あのう、ロウソクを三本つけてください。
 それと、ドライアイスも多めでお願いしますね。」
(うん、これでよし。)
ケーキの小箱を手にすると、祐未は颯爽と“再会街道”を歩き出した。

宿の玄関を開けると、今度はすぐさま女将が出てきた。
「あら、もうお戻りで? 花火はご覧になりました?」
「ええ。でも少し疲れたので、
 残りは部屋でゆっくり見たいなぁと思いまして。」
「まあ、それはお疲れでしょう。じゃあ、鍵取ってきますね。」
渡された鍵を持って2階に上がる。
少し手間取りながらもどうにか部屋の鍵を開け、木戸を押す。
軋む音とともに、暗い部屋から花火の閃光がうっすらもれてきた。
中に入ると照明はつけずに、障子を全開にする。
すると、花火がちょうど正面の高さに見えた。
急いでキャリーバックから陽介の写真を取り出すと、
椅子に立てかけ、窓際まで脚をずらした。
祐未も隣に椅子を並べて座ると、光の庭園をとくと鑑賞した。

9時近くになり、いよいよ花火が連発で上がりだした。
花火の音が鳴るたび、宿全体がぶるぶると震えた。
そして、一際大きな一発が打ち上がった。
「わぁ~、きれぇ~。」
祐未は最後の大輪を惜しむように見つめた。
ずどーんと尾を引くような音が静まると、花火大会は幕を下ろした。
祐未はため息をもらしながら、宵宮の余韻に浸った。
一瞬の命を精一杯輝かせ、儚く散っていく花火。
今にも、哲学者のような名言が浮かんできそうだった。

祐未は立ち上がると、誕生祝いの準備を始めた。
持参したプラスチックの小皿をテーブルに置き、
そこへショートケーキをそっと座らせる。
皿の奥に写真を立て、祐未は陽介と向き合った。
ロウソクを三本立てるとライターで火を灯し、炎を見つめながら
「ハッピバースデートゥーユー」
祐未が消え入るような声で歌いだした。
「ハッピバースデーディーア陽介~
 ハッピバースデートゥーユー。
 …お誕生日おめでとぉ~」
炎を吹き消すと白い煙が立ち上り、蝋の匂いが鼻をついた。
その時である。メールの着信音が不意に鳴り、驚いた祐未が腰を浮かす。
携帯を見ると、新着のアドレス欄には見知らぬアカウントがあった。
そのドメインから、ウェブメールだとわかる。
不審に思いながらも、思い切って開封する。
ところが、本文の欄には青いサイトアドレスがずらずらと、
2段に折れて貼ってあるだけだった。
「何これ…。迷惑メール?」
タイトルもなく、送り主不明のメール。
その扱いにあぐね、祐未の表情に困惑の色が浮かんだ。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧