銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
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第百話 作戦会議
■ 宇宙暦796年7月 4日 自由惑星同盟統合作戦本部 ヤン・ウェンリー
統合作戦本部の地下にある会議室に四十名近い将官が集められた。銀河帝国領侵攻作戦を討議するためだ。私の隣にはイゼルローン要塞攻略戦の功績で大将に昇進したボロディン提督がいる。
上手くしてやられた。ヴァレンシュタイン司令長官の打った手は全く巧妙だった。イゼルローン回廊を塞ぐと見せかけて帝国領へ同盟軍を誘引する。更にドーソン司令長官をはじめ宇宙艦隊司令部の焦りを上手く突いた。
~次期宇宙艦隊司令長官にボロディン大将、イゼルローン要塞司令官兼駐留艦隊司令官にウランフ大将、総参謀長にヤン中将、ビュコック大将は事実上の副司令長官としてボロディン司令長官を助ける。ドーソン大将は更迭され、宇宙艦隊司令部はヤン中将の手で一掃されるだろう~
同盟領内で流れた噂だ。フェザーン方面から流れてきたとシトレ本部長が言っていたから帝国軍が流したと見て間違いない。噂に怯えた宇宙艦隊司令部は出兵案を作成し、政治家達はそれに便乗した。
作戦案はフォーク准将の個人プレイで最高評議会議長の元に持ち込まれたとされているが実際には宇宙艦隊司令部の総意だった。トリューニヒト国防委員長が同意しなかったため、フォーク准将の個人プレイとして最高評議会議長に持ち込んだのだ。
同盟市民も出兵を後押しした。イゼルローン要塞攻略戦が余りにも一方的な勝利だった事が彼らを好戦的にしてしまったらしい。和平など何処かに吹き飛んでしまった。
私は間違ったのだろうか? イゼルローン要塞を奪取し、和平を結ぶ。和平が無理でも防御に徹し国力の回復を図る。ローエングラム伯の死を願ったのもヴァレンシュタイン司令長官を失脚させ帝国側の軍事行動を抑えるのが目的だった。
しかし事態はヴァレンシュタイン司令長官の思うとおりに運んでいる。このままでは同盟は帝国領内に誘引される……。彼のほうが私より同盟の社会、軍部、政界について知っていると言う事か?
遠征軍の陣容は公式には発表されていないが既に決定されていると言っていい。
総司令官:宇宙艦隊司令長官ドーソン大将
総参謀長:グリーンヒル中将
作戦主任参謀:コーネフ中将
情報主任参謀:ビロライネン少将
後方主任参謀:キャゼルヌ少将
フォーク准将は五名いる作戦参謀の一人として参加している。他に情報参謀、後方参謀がそれぞれ三名置かれる事になっている。そして彼らを助ける高級副官、通信・警備その他の要員が加わって総司令部を構成する。
実戦部隊としては九個艦隊が動員される。
第一艦隊:クブルスリー中将
第二艦隊:パエッタ中将
第四艦隊:モートン中将
第五艦隊:ビュコック大将
第七艦隊:ホーウッド中将
第八艦隊:アップルトン中将
第十艦隊:ウランフ大将
第十二艦隊:ボロディン大将
第十三艦隊:ヤン中将
本国には三個艦隊が残る事になった。
第三艦隊:ルフェーブル中将
第九艦隊:アル・サレム中将
第十一艦隊:ルグランジュ中将
(第六艦隊はヴァンフリート星域の会戦で全滅して以来欠番になっている)
第三、第九艦隊が残ったのはティアマト会戦で大きな損害を受け、編制が終了したばかりで錬度に不安が有るからだ。似たような立場の第十三艦隊が動員されたのは敵の弾除けにでも使われるのだろうともっぱらの評判だ。それ程私は宇宙艦隊司令部の受けが良くない。
午前十時前に統合作戦本部長シトレ元帥が首席副官マリネスク少将を伴って入室すると直ぐに会議は開始された。
「我々は軍人である以上、赴けと命令があれば何処へでも赴く。ましてゴールデンバウム王朝の本拠地をつく、と言うのであれば喜んで出征する。しかし雄図と無謀はイコールではない。この遠征の戦略上の目的が何処にあるのかを伺いたい」
ウランフ大将が疑問を呈した。さらに、作戦は短期的なものなのか? 長期的なものなのか? 帝国の一部を武力占拠するとすれば一時的にか恒久的にか、それとも帝国軍に壊滅的な打撃を与え皇帝に和平を誓わせるのかを問いかけた。
「大軍を以って帝国領土の奥深く侵攻する。それだけで帝国人どもの心胆を寒からしめる事が出来ましょう」
それがフォーク准将の答えだった。寒からしめる? 何の冗談だ?
「では戦わずに退くわけか?」
「それは高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処する事になります」
相変わらずウランフ大将の問いに対するフォーク准将の答えは抽象的で漠然としていた。
「要するに行き当たりばったりと言う事ではないかな」
ビュコック大将の皮肉に溢れた声がフォーク准将の顔を歪めさせた。
しかし、どうやら本当に作戦らしいものは無い様だ。司令部が好き勝手にやりたいだけ、そういうことか。ヴァレンシュタイン相手に危険すぎる。
「帝国領内に侵攻する時期を、現時点にさだめた理由をお聞きしたい」
どう答える? 政治家の支持率アップのため? 今のポストを守るためか?
「戦いには機と言うものがあります。それを逃しては結局運命そのものに逆らう事になります。後日になって悔いても時既に遅しと言う事になりましょう」
冗談としか思えない答えが返ってきた。本気か?
「つまり現在こそが帝国に対して攻勢に出る機会だと貴官は言いたいのか?」
「そうです。帝国はイゼルローン回廊をガイエスブルク要塞で塞ごうとしています。何故でしょう? そう、彼らは同盟の攻勢を恐れているのです」
フォーク准将は周りを見渡し思わせぶりに話した。
「敵の司令長官は病弱で前線に出られない体です。此処一年半ほど前線に出ていません。艦隊司令官の経験すらない。副司令長官は先日のイゼルローン要塞攻略戦で大敗したローエングラム伯です。姉のおかげで副司令長官に留まっている」
「帝国軍は頼りにならない司令長官と副司令長官に率いられて弱体化しているのです。今こそ帝国を打倒する機会です」
フォーク准将は最後には演説でもするような語調でまとめた。
「その見方は危険だ。司令長官のヴァレンシュタイン上級大将を甘く見るべきではない。アルレスハイム、ヴァンフリート、第六次イゼルローン要塞、いずれも彼の前に同盟軍は苦汁を飲まされた」
「彼が前線に出なかったのも病弱だからではない。国内の内乱に備えるためと見るべきだ。彼がミュッケンベルガー元帥の腹心であった事を忘れてはならない」
「副司令長官のローエングラム伯も決して無能では無い。前回は勝つことが出来ましたが今回も勝てるという保証は無い。敵を甘く見るべきではない」
「ヤン中将、君がヴァレンシュタイン提督を高く評価しているのは分る。だが彼は未だ若いし、失敗や誤謬を犯すことも有るだろう」
言葉を発したのはグリーンヒル中将だった。
「それはそうです。しかし勝敗は結局相対的なものでしか有りません。彼が犯した以上の失敗を我々が犯せば、彼が勝って我々が敗れる道理です」
そんな甘い相手じゃない。本当はそう言いたかった。何故彼の恐ろしさを理解しようとしない。彼は我々が攻め込むのを待っているのだ。何故分らない。
「いずれにしろ、それは予測でしかありません。敵を過大評価し必要以上に恐れるのは、武人として最も恥ずべき所。ましてそれが味方の士気を削ぐ物となれば利敵行為に類するものとなりましょう。どうか注意されたい」
うんざりだった。フォーク准将の得意そうな顔を見ると今更ながら前回のイゼルローン要塞攻略が彼ら宇宙艦隊司令部の面子をいかに潰したのかがわかった。敵と戦う前に味方同士で争っている。
彼らにとって敵とは帝国軍ではなく私達イゼルローン要塞攻略戦に参加した人間なのだろう。ヴァレンシュタインはこれも予測しているのだろう。同盟が一枚岩でない、内部に深刻な対立があると。
ビュコック提督がフォーク准将を叱責している。フォーク准将はそれに対しても反論し、自己陶酔の演説をしている。この演説をまともに聞いている人間がいるのだろうか。
演説が終わり白けきった会議室の中で遠征軍の配置が決定されていった。
先鋒はウランフ提督の第十艦隊、第二陣が第十三艦隊、第三陣が第五艦隊、第四陣は第十二艦隊。
露骨な配置だった。敵とぶつかる部隊が有るとしたら私達になる可能性が高い。私達を消耗させ、残りの部隊で敵を叩く。つまり私達は消耗品として扱うつもりだろう。
遠征軍総司令部はイゼルローン要塞におかれ、作戦期間中は遠征軍総司令官がイゼルローン要塞司令官を兼任する事になった。
■ 宇宙暦796年7月 4日 自由惑星同盟統合作戦本部 シドニー・シトレ
「どうも、やはり辞めておくべきだったといいたげだな」
私の問いにヤン中将は答えなかった。しかし彼の表情は言葉より雄弁に心の内を語っている。
会議終了後、帰ろうとする彼を引きとめた。どうしても彼と話すことがある。
「イゼルローン要塞を手に入れれば戦火は遠のくと考えていたのだが、甘かったか」
「ヤン中将、君は今回の出兵はヴァレンシュタイン司令長官に乗せられている、そう思うのだな」
「ええ、そうです」
「酷い戦いになりそうだ」
「……」
「ヤン、必ず生きて帰ってきてくれ」
「!」
驚いたように私を見る彼に私は言葉を続けた。
「ヴァレンシュタイン司令長官に対抗できるのは君しかいない。少なくとも私には君以外思いつかない」
「私など……」
「ヤン。私はこの遠征が終われば辞職せざるをえん。頼む、軍人としての私の遺言だと思って聞いてくれ。君にしか頼めないのだ」
「本部長……」
「君には軍の最高地位に就いて貰いたいと思っている。そうなれば彼に対抗するだけの権限をもつことが出来る。今のままでは駄目だ。権限が無い」
「……」
「私は君が望まない事を言う。出世してくれ、そして軍の最高地位についてこの国を守ってくれ。帝国から、そして軍内部の馬鹿者達から」
「……本部長閣下は何時も私に重すぎる課題をお与えになります」
「だが、君はいつもそれに応えてくれた」
「それは……しかし……」
言いかけて彼は一度口をつぐんだ。そしてまた口を開いた。
「私は自分の出来る範囲でなにか仕事をしたら、後はのんびり気楽に暮らしたいんです。そう思うのは怠け根性なんでしょうか」
「そうだ、怠け根性だ」
絶句した彼を見て思わず笑ってしまった。正直な男だ。正直すぎると言っていい。しかし同盟の現状はこの男のささやかな望みを許さない状況になっている。そのことはこの男も分っているだろう。
これから、この男は辛い立場になるだろう。これまでは私がこの男を庇護してきた。もちろん私も彼の才能を利用した。ギブ・アンド・テイクの関係で帝国と戦ってきた。
しかし、これからは一人で多くの決断をしなくてはならないだろう。いや、そういう立場に立ってもらわなければならない。すまんな、ヤン。君を此処まで引っ張ってしまったのは私だ。
しかし、私は君がいてくれるから安心してやめることが出来る。すまん……。
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