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水の国の王は転生者

作者:Dellas
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第三十二話 改革の反動

 マリアンヌ王妃のお墨付きを得たリッシュモンは、早速、各地の諸侯に手紙を書いた。

 曰く、『王子追放の為に力を貸してほしい』と。

 そう、追放だ。

 リッシュモンはマリアンヌの願いを歪曲し、政敵マクシミリアンを中央政界から追放する腹積もりだった。

 密告者から、王族と平民が同じ部屋で勉強をする……と情報を得たリッシュモンは『この行為は身分制度の崩壊を意味する!』と諸侯達を煽りに煽ったがマクシミリアン追放の根拠としては弱い。
 精々、マクシミリアンからアンリエッタを引き離すぐらいが限界だ。

 そこでリッシュモンは、事の問題をマクシミリアンの改革そのものにすり替えた。
 マクシミリアンの改革は、トリステインの経済を回復させ各諸侯もその恩恵に与っていた。

 しかし、改革は徐々にエスカレートして行き、ついには『ノブレス・オブリージュ』を叫び出した。
 しかも、マクシミリアンの言葉に影響され、平民達に慈善活動をする貴族までも現れた。

 この改革は貴族と平民との絶対的な壁を打ち破りかねないと、諸侯の反応は警戒へと変わって行った事をリッシュモンは敏感に察知した。

 なにより、マクシミリアン自身も王族と貴族、平民との身分の違いに『ケジメ』とつける事を怠っていた。
 
 内心では追放ではなく殺してしまいたかったが、『王子を殺す』と言えば誰も支持しない。
 マリアンヌ王妃のお墨付きを盾にしての『罰』という形なら支持した諸侯の罪悪感は薄れる。上手く立ち回れば廃嫡の可能性もあるが、それはアンリエッタを擁立し時間をかけて空気作りをする予定だった。
 
 リッシュモン派閥の貴族を使って、改革に懐疑的な貴族を選んで手紙を送った。
 数年前まで『虚栄と怠惰』が支配していたトリステイン貴族は、『ノブレス・オブリージュ』を本音では嫌っていたが、マクシミリアンの手前、いい顔をして嵐が過ぎるのを待っていただけだった。
 誰も好き好んで責任など負いたくないし、平民に良い顔をしても煩わしいだけだ。
 他にも魔法至上主義のトリステインで、最新の火器を使用した軍を編成している事も一部の将軍から反感を買っていた。

 結果、多くのトリステイン貴族がマクシミリアン追放を支持した。

 人間は簡単には変わらない。
 明らかにマクシミリアンは、『やりすぎた』






                      ☆        ☆        ☆





 リッシュモンは思わずほくそ笑んだ。。
 マクシミリアン追放の為に、改革に懐疑的だったトリステイン貴族に協力を取り付けるはずだったが、予想通り、半数以上の七割の協力を取り付けることが出来た。

 計画ではゲルマニアとの間にロレーヌ地方など領土問題を持つトリステインの足元を見て、反乱のカードをチラつかせエドゥアール王に要求を飲ませるつもりだった。

「この数ならば、要求を飲ませられる。ククク」

 リッシュモンは湧き出す笑いを止められなかった。
 ちなみにリッシュモンはエドゥアール王に忠誠心も、ましてや愛国心も持っていない。有るのは自身の栄達と金銭への欲求が目的の売国奴だ。トリステインの永い歴史を紐解けば、貴族が連合して意にそぐわない王を無理矢理退位させた例は何度もある。

 しかし、危惧している事もある。
 リッシュモンは、相手が信用できるか否かを見極めて協力を要請したが、一部の貴族が怖気づいて政庁へ通報する事を危惧していた。

「……時間をかけたせいで、時期を逸するのも面白くない。ここは早急に事を始めよう」

 リッシュモンの決断は早かった。

 ……

「陛下ご決断を。これほどの貴族が殿下の改革に反対をしているのです。このままでは流石の私も暴発を止められません」

 リッシュモンはエドゥアール王に二人きりでの面会を求めると、トリステインの貴族の七割がマクシミリアン追放を要求している事を告げた。
 王宮ではリッシュモン派閥の貴族が、マクシミリアン追放と王妃マリアンヌのお墨付きを叫んでいた。

 もちろん、これらの事柄は全て事前に打ち合わせをしている。

「……」

 しかし、エドゥアール王は何も喋らない。
 リッシュモンは不審に思いながらも、エドゥアール王を脅すように語った。

「陛下、我々もこの様な事になるのを、残念に思っています。ですが、事は重大。このまま、行き過ぎた改革を進めれば、栄光あるトリステイン王国は、身分を弁えぬ憎き共和主義者の手に落ちてしまいかねません」

「……」

 まだ、エドゥアール王は何も言わない。

(何を考えているのだ、全貴族の七割が敵に回ろうとしているんだぞ?」

「幸い、殿下はまだ13歳でございます。政治や身分とはどういうものか、外国が何処かでゆっくり勉強を……」

「……もう十分、喋っただろう」

 エドゥアール王が手を上げると、衛兵達がドッと部屋の中へ雪崩れ込んできた。 

「な、何だお前達!」

「リッシュモンを逮捕せよ」

「ははっ」

 命令を受けた衛兵達はリッシュモンに詰めより、あっという間に拘束してしまった。

「な、何を考えていいる。反乱が怖くないのか」

 王に対して暴言を発している事にも気付かずに、リッシュモンは問うた。

「反乱か……フフ、マクシミリアンなどはお前達が暴発するのを極度に恐れていたようだが。私は違う……私はこの時を待っていた」

「……どういう意味でございますか!?」

「もう一度言わんと分からんか? 『この時を待っていた』と言ったのだ!」

 ようやく、リッシュモンは、自分が釣られた事に気がついた。

「なっ、まさか、王子を囮に!?」

「君が釣られたおかげで、不貞貴族を一掃出来る」

「勝てると思っているのか!? それにゲ、ゲルマニアが黙っていないぞ」

「チェルノボークへ送られる君が心配する事ではない」

「ぐうう……」

「現実に目を向けず理想のまま進めばどういう事なるか、マクシミリアンには良い勉強になっただろう。その点に関してはお前達に感謝する」

 エドゥアール王は最近のマクシミリアンを見て、一言注意しようと思っていた所だったが、リッシュモンの行動は息子にとって良い薬になると思っていた。
 もっとも、王妃マリアンヌの行動は読めなかったが。

「ああ、忘れていた」

 とエドゥアール王は、数枚の紙を取り出した。

「これは、君がロマリアとの密約で得た多額の献金の証拠だ」

「う!?」

 リッシュモンは再びうろたえた。
 まさか、ここまで緻密に調べられていた事に驚愕した。

「連れて行け」

「御意」

「おのれ~」

 リッシュモンは怨嗟の声を上げながら連れて行かれた。

「王宮内で乱痴気騒ぎをしている連中も全員逮捕しろ」

「ハハッ」

「王軍及び各諸侯に動員令を出せ。この期に乗じて反乱貴族を一掃する。それとマクシミリアンの所にも使者を送れ、事の成り行きを伝えろ、名誉挽回の機会を与える。とな……ああ、人選はマザリーニを、たしか初対面だったはずだ」

「御意!」

 エドゥアール王は、図らずも事件の中心人物になった王妃マリアンヌの元へ赴こうとした時、不意に耳鳴りと激しい頭痛がエドゥアール王を襲った。

「んんっ!」

「陛下!?」

「陛下! 誰か典医殿を!」

 家臣たちが騒ぐ中、エドゥアール王が頭を抑えて低く呻いていると、しばらくして耳鳴りと頭痛は嘘のように治まった。

「大事ない、収まったようだ」

 突然の苦痛に解放されたエドゥアール王と家臣達はホッとため息をついた。

「念のため、典医の診察を受けよう。その様に取り計らってくれ」

「御意」

 その後、典医の診察を受けると軽い過労と診察された。
 エドゥアール王も、後に控える討伐軍編成の忙しさに、やがて頭痛と耳鳴りの事は忘れてしまった。






                      ☆        ☆        ☆






「マクシミリアン殿下の御尊顔を配し恐悦至極……私はマザリーニと申します」

「前置きはいい、用件を伝えてくれ。これから登城しなければならない」

 王宮での異変を聞いたマクシミリアンは、登城する準備を進めていたが王宮からの使者がやって来た為、仕方なく謁見の間に向かい入れた。

「国王陛下より今日、王宮にて起こった事件の仔細を説明するように命令を受けております」

「うん」

「今日、王宮にてリッシュモンとその派閥の貴族達が王宮にて……」

 マザリーニは王宮でリッシュモンが起こした事件を説明した。

 ザワ……と謁見の間は、にわかに熱気に包まれた。

 マクシミリアンは片手を上げ、家臣団に落ち着くようにジェスチャーを送った。

「つまりだ、リッシュモンは僕を失脚させる為に陰謀をめぐらせた、と」

「御意にございます。ですが国王陛下はリッシュモンを逮捕し、反乱貴族を討伐する為、各地に動員令を発しました」

「僕にも参戦する様にと、国王陛下は申したのか?」

「御意、『名誉挽回の機会を与える』との事でございます」

「……謹んでお受けすると、国王陛下に伝えて欲しい」

「御意」

 マザリーニは一礼して去っていった。

「……」

「殿下」

 控えていたミランが声をかけてきた。

「ああ、すまない。防衛体制も解除だ、各部隊に伝えてくれ」

「御意」

「参謀本部には反乱貴族討伐の作戦案を提出させてくれ。後は任せる、解散」

「ははっ」

 それだけ言うとマクシミリアンは謁見の間を出て、自室に引き篭もってしまった。

 マザリーニに聞かされた、今回の事件の経緯を知りショックを受けた。トリステインにとって良いことだと信じてここまでやって来たが、貴族達にとっては大きなお世話だったのだ。
 いや、全ての改革が歓迎されるはずはない、と理解していたつもりだったが、過半数の貴族が反乱に回った事を知るのはショックだった。

 足元がグラつく様な感覚を覚えたマクシミリアンは、来ていた服を全部取っ払うとベッドに身体を放り投げた。

 しばらくの時間、目を瞑っていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「殿下、お休み中申し訳ございません。クーペでございます」

 声の主はクーペで、外を見ると既に暗くなっていた。

「入っていいよ」

 入室を許可すると メイド姿のクーペが入ってきた。

「ああ、クーペ何か分かったのか?」

 マクシミリアンは指を弾き、魔法のランプを灯した。

「半日、調べた程度で完全には把握できませんが、ある程度は……」

「聞こうか」

「御意」

 クーペは、情報収集の成果を聞かせた。
 内容は、この事件の切欠になった、アンリエッタとアニエスを同じ部屋で勉強させた事などで、メイドが一人、行方不明になっている事も知った。

「ああ、ありがとう。調査を続けてくれ」

「御意」

 クーペは去ると、マクシミリンは杖を振るい、青銅のゴーレムを一体作り出すと、そのゴーレムを思い切り殴りつけた。
 青銅ゴーレムには傷ひとつ無かったが、拳の骨は折れ外に飛び出るほどの重傷だった。
 痛みを感じない位マクシミリアンは(はらわた)が煮え繰り返りそうな程、怒りに震えていた。

(結局、オレの失策が原因じゃないか!)

 自分の甘さが迂闊さが、事件の引き金だった事を知り、マクシミリアンの心はどん底に叩き落された。
 重傷を負った拳にヒーリングを掛けると、ベッドに飛び込み布団の中に包まった。

(……今日はこのまま寝てしまおう。明日になればきっと立ち直るさ)

 明日から反乱貴族討伐の為の忙しい日々が始まる。
 一晩寝ればショックも薄れる事を期待して、そして決して今日の失敗を忘れないようにと心に決めたマクシミリアンは目を閉じた。


 
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