水の国の王は転生者
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特別篇その1 王子の初陣
マクシミリアンの改革の反動は、リッシュモン伯爵の謀略で内乱という形で現れた。
だが、内乱の旗振り役のリッシュモンはエドゥアール王によって捕まり、旗振り役を失った反動貴族達は蜂起しトリステイン内乱が勃発した。
トリステイン内乱は、実際のところはエドゥアール王の策謀で、まだ戦いの準備が出来ていない反乱貴族達は、準備不足のまま一斉に反乱の狼煙を上げさせられてしまった。
この時、マクシミリアン本人は気が付かなかったが、マクシミリアンとエドゥアール王との、共同での粛清の幕開けともいえた。
この日、王都トリスタニアの新宮殿内の練兵場には1千人を越す人々が集められていた。
「王太子殿下、警備隊と常備軍および予備役全員集合いたしました!」
「分かった。直ちに出発させてくれ。それとダグー、『警備隊と常備軍および予備役の軍』では締りが悪い、これからは『マクシミリアン軍』と呼称するように」
「御意! 『マクシミリアン軍』出発!」
ダラララララ……ダン! ダダン!
軍楽隊が一斉に太鼓を鳴らし、太鼓のリズムに合わせてマクシミリアン軍の歩兵1500人が、列を作って前に進み始めた。
「時間こそ僕達の最大の敵だ、快速を持って進軍せよ」
「御意!」
馬に跨ったダグーが敬礼すると歩兵隊と共に大通りに出た。
歩兵隊が去ると、次は6頭立ての馬車の荷台ににロケット砲を積んだハルケギニア版自走ロケット砲が現れた。
「ラザール。キミのロケット砲は僕達の切り札だ」
「ありがとうございます殿下。ですが、新型火薬の製造法は難しく、ロケット砲弾はあまり数も確保できませんでしたが、信頼に添えるよう努力いたします」
ラザールは手をかざすと、自走ロケット隊は動き出し歩兵隊の後に続いて行軍を始めた。
歩兵隊の先頭がチクトンネ街の大通りに入ったのか、大きなどよめきが新宮殿の方にも届いた。
「次に補給隊、最後に僕達の司令部だ。市民達にその勇姿を見せつけ、無用な心配をさせないように勤めてくれ」
「御意にございます。ラザール隊進め」
ラザールは一礼すると馬車に乗り込み出発の命令を告げた。
ラザール隊を新宮殿の敷地から出ると、馬上のマクシミリアンは杖を取り出しスペルを唱えだした。
『クリエイト・ゴーレム』によって作られた人馬ゴーレム20体は、王を守護するかのように、マクシミリアンの周りに現れた。
「セバスチャン。出発するがよろしいな?」
「ウィ、殿下。既に準備は整っております」
御付の執事であり、同時に凄腕の護衛でもあるセバスチャンは、自分の得物である『場違いな工芸品』の幾つかを木箱に入れ、1頭立ての馬車の荷台に納めてあった。
「結構……往こうみんな。トリステイン王国は今日変わる。出立!」
人馬ゴーレムに守られたマクシミリアンは、住まいである新宮殿に別れを告げた。
……
チクトンネ街の大通りは、多くの市民が列を成してきたマクシミリアン軍に驚き道を開けた。
「あれは何処の軍だ?」
「黒布に金の獅子は、マクシミリアン王太子殿下の旗だった筈だ」
「何々? 何が起こったの?」
「これじゃ商売上がったりだ」
市民は戸惑いの声を挙げた。
無理も無い。それほど広くない大通りにミニエー銃を担いだ歩兵隊が列を成して現れたからだ。
そして、ほんの一日前に、このトリステインで内乱が勃発したという情報を、市民達は誰も知らないからだ。
歩兵隊の次は自走ロケット隊、次に補給隊、そして最後に30騎の人馬ゴーレムに守られたマクシミリアンが現れると市民の喧騒は最高潮に達した。
「おお! 王子様だ!」
「まさか、王子様自らご出馬されるのか?」
「何処かと戦争をするのかのう……」
「戦争の噂なんて聞いたこと無いぜ?」
市民は口々に噂をし始めた。
ガチャガチャと音を立てながら人馬ゴーレムは行進し、それに続くマクシミリアンは手を振って応えた。
……
「いくらなんでも早すぎる!」
トリスタニア市内に潜り込ませた有力反乱貴族のスパイは目の前の光景を見て驚いた。
雇い主の命を受け、市内に潜入したその日に、もう反乱鎮圧の軍隊が出動をしたのだ。
「急いで知らせねば!」
物乞いに変装していたスパイは、急いで路地裏に身を隠しトリスタニアから脱出を図ろうとした。
だが、『ガクン』という音と共に、何かが自分の身体が空中で制止させた。
「あ、ぐ……?」
細く見えない鉄糸が路地裏に張り巡らされていて、スパイはボンレスハムの様に鉄糸で雁字搦めにされ宙吊りになっていた。
「だ、誰か……」
助けを求めようと大声を上げるが、声はハエの飛翔音並みの小さな声しか出ず、それ所か無理な体勢が祟って息も苦しくなって来た。
「……が、かはっ」
鉄糸が身体に食い込み血が滴り落ちる。幸いにもスパイの苦しみが永遠に続くことは無かった。
「……」
路地裏に居た『誰か』が鉄糸の一本を弦楽器の様に『ビン』と音を鳴らすと、鉄糸は凶器となって身体に食い込み、スパイは一瞬でミンチになってしまった。
血煙が舞う路地の陰から現れたのは、下町辺りで地べたに座っていそうな、よぼよぼの老人だった。
老人の枯れ木の様な指一本一本に指輪が嵌められていて、パチンと指を鳴らすと鉄糸は全て指輪の中に納まった。
この惨劇の主犯はこの老人だった。
そんな異常な空間に町人風の男がやって来た。
男に気付いた老人は、歯の抜けた口でカラカラと笑った。
「やあ、ご苦労様。他に市内に入り込んだ連中の始末はどうなっておる」
「クーペ隊長。市内の掃除は滞りなく進んでおります」
老人の正体はクーペだった。
かつて『荒事は向かない』と言っていたが、それは貴族が好む正々堂々の戦いが苦手であって、逆に鉄糸を使った暗殺術を得意としていた。
「他にも紛れ込んでいるかも知れない。わしは他の所を回ろうと思う。悪いが後片付けを頼む」
「了解」
老人に化けたクーペは、後片付けを部下達に任せると、他の路地裏へを姿を消した。
結局、市内に潜り込んだスパイは、反乱貴族と他国の者を合わせて十人ほどで、情報の供給源を絶たれた反乱貴族にとっては、マクシミリアン率いる討伐軍の情報を得られなくなり、それが彼ら命取りになる。
☆ ☆ ☆
トリスタニアを出たマクシミリアン軍は、反乱貴族を求め南下を始めた。
目指すはブラバンド公爵という貴族の領地で、クーペから早々にブラバンド公爵が傭兵を集めていると聞き、速攻で片を付けるために軍を進めた。
「で、ブラバンド公は、領内にて我がトリステインの旗を逆さに掲げ、叛意を示しているのだな?」
「御意にございます。さらに大勢の傭兵を集めており、既に五百を越す軍勢に膨れ上がっているそうにございます」
マクシミリアンは密偵からの報告を受けると、『サイレント』が付加されたマジックアイテムの『防音テント』にダグーや参謀らを集め、作戦会議は執り行われる事になった。
「殿下、このまま手を拱いていれば、反乱軍はさらに数を増すことでしょう」
「ダグー殿の言う通りでございます。敵に時間を与えれば、景気付けにと周辺の村々を略奪して回る事も十分予想されます。早々に鎮圧するべきです」
ダグーとラザールがそれぞれの考えを述べた。
「そうだな……ブラバンド公の軍勢は今何処にいる?」
マクシミリアンは参謀のジェミニ兄弟に詳細を聞いた。
「傭兵団は無能にもブラバンド公から離れ」
「全軍の五百名が単独行動をとっております」
交互に喋るジェミニ兄弟の報告を聞いて、ダグーが激高した。
「早速、略奪を働こうとしているに違いありません!」
「どうやらそのようだな……よし、敵の略奪をみすみす見逃す手は無いし、各個撃破のチャンスだ。急ぎ攻撃計画を練ってくれ」
「御意」
ダグーはの部隊に帰り、ラザールとジェミニ兄弟ら参謀陣は攻撃計画を練るために防音テントに残った。
マクシミリアンは『後学のために』と、テントに残り参謀達を見学する事にした。
「実はというとですね殿下」
「ん? どうしたんだ?」
ジェミニ兄弟がマクシミリアンに語りだした。
「僕達、兄弟としては傭兵の略奪をある程度は見逃して」
「反乱軍の非道を国内に宣伝すべきと思うんですよ」
などとジェミニ兄弟は言い出した。
「プロパガンダをやろうってのか? 残念だが却下だよ」
「殿下なら、そう仰ると思い」
「会議の場では言わなかったのですよ」
ジェミニ兄弟は双子らしく同じ動作、同じタイミングで頭をかいた。
「私としても、『勝つだけ』なら同じような案も考えましたが、何にせよ採用しなくて良かったと思いますよ」
平民出身のラザールも、この手のプロパガンダには反対だったようだ。
「そういう事だ。他国ならともかく自国内でそのような手をとる訳には行かない。参謀に皆には迅速に傭兵を倒す戦術を練ってほしい」
「御意」
☆ ☆ ☆
マクシミリアンが目標とする傭兵団は、その欲望を満たす為にブラバンド公爵の下から離れ、獲物を探すべく辺りをうろついていた。
「公爵サマも太っ腹だぜ!」
「まったくだ。自分の領内なのに略奪の許可をくれるんだからよ」
「ぎゃはははは」
傭兵と言っても、戦争がなければ山賊と大して代わらない。
腹を満たす為に略奪も平気でするし、道路のど真ん中に陣取って商人から通行料をせしめる事など平気でする。
そこらの山賊よりは戦慣れしている為、山賊よりはタチが悪かった。
ブラバンド公爵は彼ら傭兵を雇うと、トリステインの治世が上手く行っていない事を喧伝する為に公爵領内の村々に略奪を命した。
自分の領地を略奪させるなど、タコが自分の手足を食うような愚かな行為だったが、ブラバンド公爵自身が玉座に座る為には何でもする積りだった。
ブラバンド公が玉座に野心を持ったのは、リッシュモンに唆された訳でなく、純粋な野心からだった。
この内乱自体、反乱貴族を燻り出し粛清する為のエドゥアール王の謀略だったが、とうのブラバンド公爵はエドゥアール王の手の平の上で踊っている事を知るよしもなかった
獲物を求めてさまよう傭兵団は、遂に中規模の村を見つけた。
「お、美味しそうな村をはっけ~ん」
「いいか? 男は殺しても構わんが女は殺すなよ、後のお楽しみって奴だ」
「分かってるって!」
「金目の物は全員で山分けだ。行くぜぇ!」
『ひゃっは~~!!』
傭兵達は、それぞれの得物を取り出すと舌なめずりをすると、村に向かって突撃した。
「ん?」
「なんだべ?」
農作業をしていた村民達は、歓声の上がった方を見ると、傭兵達が大挙して押し寄せてきた。
『ヒャッハァ~~~!!』
「とと、盗賊だ!!」
「逃げろ!」
農具を捨てて農民たちは逃げ出した。
「おらぁ! 殺せ殺せ!」
それを追う傭兵達の横腹を突くように、丘の上から『La victoire a nous』の行進曲が流れると、ダグーら歩兵隊が現れ新型のミニエー銃で攻撃を加えた。
「ぎゃああああああ!!」
「なにぃ!?」
「何処の軍だ!?」
「糞が、撃ち返せ!」
パパパパン、と傭兵達もマスケット銃を始めとする旧式銃で応戦したが、銃弾のほとんどは丘の上の歩兵隊に届かず地面に落ちた。
前装式ながらもライフリングが施され、ドングリ型の銃弾を採用しているミニエー銃は、飛距離と命中率に優れ、傭兵の旧式銃を圧倒した。
「うわあ!」
傭兵がいくら撃っても弾は歩兵隊に届くことはなく、一方的にミニエー銃弾に晒され、一人また一人と傭兵は倒れていった。
「弾が当たらないなら、丘まで駆け上がれ! 突撃っ突撃ぃ~~!」
首領各の中年傭兵が、怒鳴り散らしながら丘への突撃を命令すると、他の傭兵達は不承不承ながらも丘の歩兵隊目掛けて死のマラソンを始めた。
『わあああぁぁ~~~!』
剣や斧を持った傭兵達は、半ばヤケクソ気味に叫びながら丘まで駆け上がる。
その傭兵達にダグーら歩兵隊は容赦なく銃撃を加え、小さな丘を血に染めた。
「ひるむな! 突撃、突撃だ!」
首領各の中年傭兵は声を張り上げ突撃を命令した。
だが、一発の銃弾が中年傭兵の脳天を撃ち抜くと、中年傭兵は草原の上で大の字になって倒れそのまま動かなくなった。
丘の上では、スコープ付きのKar98kの持った執事のセバスチャンが居た。
言わずもがな彼が中年傭兵を狙撃したのだ。
指揮官が死んだ事で、丘への突撃は誰が決めた訳でもなく止まった。
「敵は止まったぞ、一斉射撃!」
突撃が止まった所に歩兵隊の一斉射が放たれ、小さな丘には無数の死体が転がった。
「や、やべぇ……逃げろ!」
「勝てる訳無ぇ!」
この一斉射で一部の傭兵の士気が崩壊し、傭兵達の中から逃げ出す者が現れた。
「おい、逃げるな!」
「やべぇ、俺も逃げるぜ……」
士気の崩壊は瞬く間に傭兵団全体に伝染し、遂に全面敗走へと陥った。
……
「敵軍の戦線、崩壊します」
「オオ!」
「やったな!」
小高い丘の上で、歩兵隊と傭兵団の戦闘を眺めていたマクシミリアンら司令部スタッフは、傭兵団の敗走を見て歓声を上げた。
「結構、追撃に移るがよろしいか?」
「殿下、追撃と言われましても、我々に竜騎兵などの機動戦力は持ち合わせてはおりません」
マクシミリアンが追撃を提案するが、ラザールが追撃用の機動戦力が無い事を説明した。
マクシミリアン軍は歩兵と砲兵、補給隊のみで編成されていて、騎兵と言った機動戦力が無い。
「僕の人馬ゴーレムを騎兵代わりに使う。それなら問題ないだろう?」
マクシミリアンとラザールが話していると、ジェミニ兄弟が会話に入ってきた
『我らジェミニ兄弟は、殿下の案を指示いたします』
「だ、そうだ。ラザールどうする?」
「……分かりました。私も殿下の案を指示いたしましょう」
「ありがとう! 人馬ゴーレム達、追撃戦に移れ!」
マクシミリアンが指令を出すと、上半身がウィング・フッサー、下半身が馬の人馬ゴーレム達は無言のまま丘の上に横一列に立ち、逃げる傭兵目掛けて逆落としを行った!
逃げる傭兵達に追撃を行った10騎の人馬ゴーレムは、青銅製の羽飾りをジャラジャラ鳴らしながら一気に丘を駆け下りる。
その速度はサラブレットよりは遅いものの、人間の足よりは遥かに速かった。
「何だあれは!?」
「追撃だ! 逃げろ逃げろ!」
羽飾りの音と全長3メイルの人馬ゴーレムの姿は心理的効果抜群だった。
「敵の数が多すぎる。足や腰を狙って倒す事よりも動けなくする事を目的にするんだ!」
『……』
人馬ゴーレムは、忠実な騎士の様にマクシミリアンの命令に従い、無言のまま得物をランスからサーベルに持ち替えると、逃げ遅れた傭兵の頭に振り下ろした。
「ぐえぇ!」
「ぎゃああああ!」
傭兵達の悲鳴と、馬蹄が大地を蹴る音だけが、この小さな丘のBGMだった。
武器はサーベルだけではない。
ランスのまま、逃げる傭兵の背中を突き上げ空中へ放り上げられたり、青銅の馬蹄で背骨や頭蓋を砕かれたりして、傭兵たちは命を落としていった。
ランスや馬蹄の一撃で即死できれば幸運で、死ねなければそのまま空中へ放り上げられ、何処かの骨を折って動けなくなった所を、遅れて追撃に来た歩兵隊に殺された。
マクシミリアンの初陣は、ミニエー銃の性能で終始傭兵団を圧倒し、死者はゼロ、負傷者は射程距離を越え殺傷力の無くなったマスケット銃の銃弾でたんこぶを作ったり、転んで足の骨を折ったりと数人が負傷しただけだった。
……
傭兵団は壊滅し、小さな村は間一髪のところを救われた。
およそ三時間後。
マクシミリアン軍が丘から去ると、次に動き出したのは今まで羊の様に怯えていた村人達だ。
30人足らずの村人達は、国から支給された鉄製の農業フォークといった農具や斧を手に、落ち武者狩りに動き出した。
「おめぇら用意はいいだな?」
「早いとこいくべ。隣村の連中が、こっちに向かっているって聞いただ」
「酷い目にあったのはオラ達だ」
「そうだそうだ。全部オラ達のだ!」
村人達はお互いに頷き合うと、数時間前まで戦闘がおこなれていた丘へと昇っていった。
およそ20分。
村人達が丘を昇ると、無数の傭兵達の死体が丘の所々に転がっていた。
「ひゃあ! こりゃいっぱい有るだな」
「服に鉄砲により取り見取りだ」
村人達は一斉に傭兵達の死体に群がり、服や鎧、剣に槍にマスケット銃と死体から剥ぎ取り、下着まで剥ぎ取られた死体まであった。
「おおい! こっちに来てくれ!」
一人の村人が声を上げた。
「どうしただ?」
「ホレ、見てみろ」
何人かの村人が声の主の所へ行くと……
「はぁ……はぁ……ひぃ!」
足の骨を折れたが運良くマクシミリアン軍に殺されなかった傭兵が、地面を這い蹲るように丘から逃げようとしていた。
「たまげた。生きとるわ」
「どうするべ?」
「知れたことだべ」
村人達は『ニィ……』と笑いあい、這い蹲る傭兵へ一歩二歩と近づいていった。
あの傭兵がどうなったか語るまでもないだろう。
☆ ☆ ☆
傭兵団を屠ったマクシミリアン軍は返す刀で、反乱を起こしたブラバンド公爵の立て篭もる屋敷に歩を進めた。
「ロケット砲の出番だな、ラザールの活躍に期待する」
「必ずや殿下のご期待に応えて見せましょう」
屋敷を包囲し、虎の子の自走ロケット隊に砲撃準備を整えさせていると、屋敷から白旗を持った男がやって来た。
「降伏の申し出?」
「主力となる傭兵団が壊滅した為、勝ち目が無いと思ったのでしょう」
マクシミリアンの疑問にダグーが答えた。
「……降伏するなら、始めから反乱など起こすなよ」
声のトーンはいつも通りだったが、マクシミリアンは明らかに怒っていた。
「では、降伏の申し出を蹴って、攻撃を開始しましょうか?」
「僕は見せしめの為に、皆殺しにしたい気分なんだ」
敵と判断した相手には一切容赦しない、マクシミリアンの冷酷な部分がここで現れた。
「お、お待ち下さい!」
マクシミリアンとダグーの会話に、ラザールが慌てて入ってきた。
「確かにブラバンド公は反乱を起こし、あまつさえ自分の領土の民衆を殺害しようとしました。ですが降伏して来た者を赦さず殺してしまっては、これ以降、殿下に降伏せず死力を尽くして抵抗する者も現れましょう。早期鎮圧の為にもここは降伏を受け入れるべきでは……」
マクシミリアンは少し黙考に入ると
「……ち」
と舌打ちをした。
「ラザールいう事はもっともだ。使者に、『武装解除して屋敷から退去するに』と伝えろ」
「御意」
「ダグーは歩兵隊の何人かを同行させ、屋敷の接収しろ。『置き土産』の可能性もあるから、グリアルモントら工兵隊も連れて行け」
「御意」
「ラザール、トリスタニアに鷹便を送り、ブラバンド公爵が降伏した事を伝えろ」
「御意」
「重ねて二つ、降伏したブラバンド公爵一家の受け入れと、ブラバンド公爵領を守護する部隊を至急まわして欲しいとも伝えてくれ」
「御意にございます」
「ジェミニ兄弟、ブラバンド公が自領の民衆を殺そうとし、マクシミリアン軍に阻止された事を周辺の村々に宣伝し、反乱軍に大儀が無い事を大いに伝えろ」
『御意』
かくしてブラバンド公爵は武装解除し降伏は受け入れられた。
……
数時間後、トリスタニアから引継ぎの部隊が到着し、ブラバンド公爵一家もトリスタニアに移送される事になった。
ブラバンド公爵は、見た目は四十過ぎの痩せ型の男で、逃げ出す事ができないように、魔法封じの手錠をはめられ、魔法封じの特殊な牢が付けられた馬車に入れられることになった。
当然、杖を奪われているが、用心に越しての事だ。
牢に入れられる際に、マクシミリアンの姿を見つけると、形振り構わず助命を乞うてきた。
「殿下、でんかぁ~! どうかお願いします。どうか命だけはお助け下さい。何でしたら我が娘と妻を差し上げます。どうか、どうか命だけはぁ~~~~~~!!」
すぐ後ろで入牢の順番待ちをしていた妻と娘は、夫と父の醜態に当然ショックを受けていた。
「あなた……」
「お父様……」
公爵家に嫁ぐぐらいだから、妻は美しく、娘も10歳前後と幼いながらも将来が楽しみな容姿だった。
マクシミリアンはブラバンド公爵を汚物を見る様に見て、サッと手を振り払った。
『さっさと連れて行け』というジェスチャーだ。
ブラバンド公爵一家は牢付きの馬車に乗せられ、トリスタニアへと去った。
「胸糞悪りぃ」
「は、何か仰いましたか?」
「いや、なんでもない。直ちに出発すると全部隊に伝えてくれ」
「ウィ、殿下」
セバスチャンは、マクシミリアンからの命令をダグーらに伝える為に離れた。
「あの母子、どうなるんだろ……」
ブラバンド公爵の改易は確定だが、あの美しい母と娘があの後どういう人生を歩むか、少し心配になった。
「だからと言って囲うわけにも行かないし……ま、死ぬことは無いだろうから、彼女達に始祖ブリミルのご加護が在ることを祈ろうかね」
移動の準備が出来たマクシミリアン軍は、次の獲物を求め移動を開始した。
トリステイン内乱はまだ始まったばかりだ。
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