水の国の王は転生者
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第三十一話 リッシュモンの反撃
真綿で首を絞めるが如く……
高等法院院長リッシュモン伯爵の、今置かれた状況を表す言葉を捜せばこの言葉が上げられるだろう。
マクシミリアンの『大掃除』でリッシュモンの手足となる者は粗方検挙された。
高等法院とは、言わば貴族階級の特権を擁護する機関で、公平な裁判をする場所ではない。
事ある事に高等法院の存在を無視した裁きにリッシュモンの怒りは最高潮に達していた。
リッシュモンは生き残りの為、マクシミリアン失脚の為、トリスタニア市内の自分の屋敷にて次に打つ手を模索していた。
そんな中、ノックの音が聞こえた。
「旦那様、平民の女が是非、旦那様にお会いしたいとそう申しているのですがいかがいたしましょう?」
屋敷の執事がリッシュモンに報告してきた。
「馬鹿を言うな。なぜ、平民ごときに会わねばならんのだ。追い返せ」
「は、ですが女が言うには、『自分は新宮殿に奉公してるメイドだ、伯爵様に役立つ情報がある』と申しております」
「新宮殿だ?」
リッシュモンは聞き返した。
新宮殿といえば憎きマクシミリアンの住まいだ。
「何か面白い話を持って来たのかも知れないな。分かった会おう」
リッシュモンは女に会うことにした。
……
リッシュモンが女と顔を合わせてみると、顔は中の下だったが平民とは思えないほどの清潔な身なりをしていた。
(平民ごときを甘やかせおって)
内心、苦々しく思いながらも応接室へ迎え入れた。
「で、このリッシュモンに役立つ情報とはなんだ。場合によっては褒美をやろう」
「は、はい実は……」
女が言うには最近、平民の少女が新宮殿に寝泊りする様になり、しかも貴族と同等の扱いを受けているそうだ。
(つまらん、要はただの嫉妬か)
リッシュモンの出した答えは正しかった。
このメイドは自分は毎日汗水流して働いているのに、いきなりやって来て貴族と同等の扱いを受けている平民の少女に不公平感を覚え少女を追い出す為にリッシュモンの屋敷の裏口の戸を叩いたのだ。
「他には何か情報はあるか?」
「はい、もう一つ。しかもマクシミリアン殿下はアニエス……あ、これは平民の女の名前でして。そのアニエスとアンリエッタ姫殿下を同じ部屋で共に勉強を学ばせていまして……」
瞬間、リッシュモンの背筋を電撃が走った!
(コレだ!)
リッシュモンはマクシミリアン追い落としの策を閃いた。
「うんうん、これは良い事を聞いた」
「如何でしたでしょうか?」
「よろしい、誰か、この勇気ある者に褒美を……」
「ありがとうございます!」
「よしよし、まずはこのワインを楽しむがいい。中々手に入らぬ銘柄だぞ」
「は、はい」
女は大事そうに両手でワイングラスを持つと、そのまま呷った。
「……う」
呷った状態で後ろに倒れた女は、ピクリとも動かなくなった。
「どうだ、死ぬほど美味かっただろう?」
毒ワインで死んだ女を蹴り付け、『ふん』と吐き捨てた。
「コレを王子の手の者に見つからない様に処分せよ。それと急ぎ馬車の準備を、これより登城する」
リッシュモンはニヤリと笑い執事に命じた。
☆ ☆ ☆
王妃マリアンヌは退屈な毎日を過ごしていた。
息子のマクシミリアンが新宮殿に移り住んで1年以上経ったが、マクシミリアンの後を追って娘のアンリエッタも新宮殿に入り浸るようになった。
家族団らんで過ごす事も1年に数回程度になり。もっと子供達と遊びたいマリアンヌはそれが気に入らなかった。
(どうして二人とも、あんな屋敷に居られるのかしら)
エスターシュ嫌いの急先鋒で知られるマリアンヌはエスターシュが建てた新宮殿すら嫌っていた。
出来る事なら今すぐにでも、悪しき新宮殿から息子と娘を助け出したかった。
そして、また家族4人で一つのベッドで寝る事を望んでいた。
「あ、5人も悪くないわね……フフフ」
ちょうど今日、マクシミリアンとカトレアの結婚の日時が決定して、マクシミリアンは報告を聞きに登城していた。
「でも、5人で寝るとなると新婚生活を邪魔する事になっちゃうわね」
数ヵ月後に加わる新たな家族にマリアンヌは少し機嫌を直した。
そんな時だ、高等法院院長リッシュモン伯がマリアンヌに火急の面会を求めたのは……
……
「火急の面会をご承諾して頂きありがとうございます」
「今日は吉日。多少の事は目を瞑りましょう。それで、用件は?」
「はい、実は……」
リッシュモンは新宮殿に現れた平民の少女が、愛するマリアンヌの子供達に近づいた事を、リッシュモンの都合の良いように言った。なるべくマリアンヌが激高するように。
「平民の娘が、易々と王家の者に声を掛けるなど由々しき事態です。アンリエッタ姫殿下の新宮殿の出入りを禁止すべきではないでしょうか?」
「そうね、アンリエッタは禁止すればそれで済むでしょう。ですが、マクシミリアンは? あの屋敷は、あの子の住まいなのよ?」
「そこは不肖、リッシュモンにお任せ下さい。必ずやマクシミリアン殿下を、マリアンヌ王妃殿下の下へお返し致しましょう。『リッシュモンに任す』、ただその一言でよいのです。どうか……どうか」
リッシュモンは片膝を付き、頭を深々と下げた。
「……」
「……」
「……分かりました。リッシュモンに任せます。あの子を助けてあげて」
「御意」
この時、リッシュモンは頭を深々と垂れながらほくそ笑んだ。
☆ ☆ ☆
1週間経った。
マクシミリアンは3ヵ月後に控えたカトレアとの結婚式の為、各方面からのお祝いの手紙の返事を書いていた。
「マクシミリアン殿下、一大事です!」
密偵頭のクーペが、ノックの後、執務室に入ってきた。
「クーペか、どうした?」
「はい、今入った情報によりますと、王宮にて貴族達が殿下を弾劾を叫んでいるとの事!」
「弾劾? 僕を?」
「しかも、マリアンヌ王妃殿下のお墨付きを得たとも叫んでいるそうです」
「母上のお墨付き?」
「はい」
「バカな……母上が政治的な事をするとは思えない。誰かに乗せられているんじゃないか? クーペ、急ぎ情報収集を。僕も急ぎ登城する」
「御意」
クーペは一礼すると小走りに去っていった。
マリアンヌは政治にまったく興味を持たず、本来なら先代フィリップ3世が崩御した後、女王に即位して夫のアルビオンのエドワードを宰相に就ける予定だったが、本人は即位を嫌がり急遽エドワードをエドゥアール王として即位させマリアンヌは王妃に納まった経緯がある。
「誰か、ダグー警備隊長とコマンド隊のド・ラ・レイ隊長を呼んでくれ。それとラザールにも」
数分後、二人の男がマクシミリアンの前に居た。
「揃ったな、状況を説明する」
マクシミリアンが王宮での異変を説明した。
「ダグー隊長は、僕の常備軍500人を指揮して新宮殿周辺を固めてくれ」
「御意」
分厚い眼鏡で見えないが、常に仏教面のダグーはマクシミリアンの命令を了承した。
「殿下、質問の許可をお願いします」
「ん、許可する」
「王宮の軍勢がやって来た場合、先制攻撃の許可を頂けませんでしょうか?」
「……駄目だ、許可できない」
「御意。では、門は如何いたしましょう、全て閉めますか?」
「……門も閉めてはならない。王宮に間違ったメッセージを送る可能性がある。歩兵達も周囲から見えないように伏せさせてくれ」
「御意」
それきりダグーは黙った。
現在、最新の『ミニエー銃』を持つ軍勢はダグーに指揮権を譲ったマクシミリアン旗下の常備軍500名しか居ない。
一応、王宮にも1千挺を献上したが、王軍の将軍たちには見向きされずに武器庫の中で眠っているそうだ。
「ド・ラ・レイ隊長はコマンド隊に出動準備を。命令があったらすぐに出られるように待機してくれ」
「御意。場合によっては例の少女も出しますがよろしいですか?」
「……僕の関知する事ではない」
「御意」
「話は以上だ。解散」
二人とも一礼してそれぞれの持ち場に帰った。
十数分後、ヒゲ塗れ垢塗れのラザールが遅れてやってきた。
「申し訳ございません。遅刻してしまいました」
「今回の様な不慮の事態に遅れては困るよ。まったく」
「面目ないです」
「次は頼むよ。あと、風呂は毎日とは言わないが、最低でも三日おきに入る事、いいね」
「分かりました」
「コホン……用件だが現在、王宮と緊張状態に入っている。念のためロケット砲の準備を命ずる」
「御意……して、照準は王宮でよろしいでございましょうか?」
(……血の気多い連中ばかりだ)
内心、ため息を吐く。
真っ先に戦闘準備を命じた自分の事はお構いなしだ。
ちなみに当初、ロケット花火の王様の様だったラザールの多連装ロケット砲は新型火薬と大型化によって、口径約8サント、射程4~5リーグの強力な兵器に進化した
「却下、そもそも、王宮まで届かないだろうに。準備だけしていてくれ」
「御意」
ラザールが退室するのと入れ違いに家人が入ってきた。
「で、殿下! 王宮から使者が参りました!」
「これから登城しようという矢先に……使者というなら無下にはできない、謁見の間に通してくれ」
「御意」
マクシミリアンは、こうも早く使者がやって来た事に胸騒ぎを覚えていた。
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