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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第二十三話 要塞を建設します。

 
前書き
 ついに自由惑星同盟にもイゼルローン級の要塞を建設する動きが。 

 
 帝国歴482年8月2日――。

 歴史的な瞬間が自由惑星同盟評議会本会議で訪れた。

 すなわち、イゼルローン級要塞着工の予算案の承認決議である。評議会は議員数2089人であり、賛成1499人、反対385人、棄権205人と賛成が多数であった。
 当然この前に既に最高評議会のメンバー内では、賛成多数で要塞建設の予算案が可決されていたのである。この提案を本会議に持ち込んでの、この日の可決となった。
 このことは大っぴらにニュースに取り上げられ、帝国軍の知るところとなったが、帝国にしてみれば「反徒共が自分たちのやり方をパクっているだけさ」という甘い認識のみで終わってしまい、特に何か行動を起こすということはなかった。

 一つにはこの要塞が同盟首都ハイネセンの付近で建造されるということが情報としてあがっていたため「そんな要塞一つ破壊しにハイネセンまで攻め入るのか!?」という態度が帝国軍上層部に蔓延していたこともある。

 ところが、この要塞建設の報を憂いていた人物は少数いる。他ならぬラインハルト、そしてイルーナら転生者たちである。

「いったい誰がこんな提案をしたのかしら?」

 イルーナ・フォン・ヴァンクラフトが極秘裏に高速通信で帝都オーディンのアレーナ・フォン・ランディールと話していた。

『さぁ・・・・。でもきっと自由惑星同盟にも転生者がいるということだと思うわ。それも多分カロリーネ皇女殿下でもアルフレート坊やでもない別の誰かよ』
「どうしてそう思うの?」
『あの皇女殿下と坊やだと、年齢と実績がまだ十分でないもの。もとから自由惑星同盟にいればともかく、彼らは亡命者なんだから』
「あなたの方の情報で、自由惑星同盟の転生者が誰か、特定できない?」
『はぁ、それが無理なのよ。グリンメルスハウゼンじいさんの情報網は帝国だけに限定されていたようなのね。今フェザーンに私の方で拠点をひそかに設けつつあるわ。この前の第五次イゼルローン要塞攻防戦情報もフェザーンからのものだったのよ。ま、それはともかくとして、今はフェザーンを橋頭保として自由惑星同盟に情報網を構築するしかないってとこね』
「随分と長い話ね」

 イルーナはと息を吐いた。情報網構築は一朝一夕にできる話ではないと分かっていても、今の状況下では情報不足が何よりも痛いところだった。
 この時、フィオーナとティアナが例のアルトミュール恒星系での出来事を話していれば、イルーナ&アレーナの考え方は変わっていたかもしれない。だが、折あしくフィオーナとティアナは勤務中であり、この電子戦略会議には参加できていなかった。

『しょうがないわよね。こっちもできるだけ急いでやるから』
「すまないわね。そっちばかりに迷惑をかけて」
『いいのいいの。ところでイルーナ、ラインハルトの調子はどう?』
「中佐になって、巡航艦の艦長になって、猛訓練をしているわ。その傍らいろんな人と話したり、歴史を研究したりしているみたい」

 ここのところ、ラインハルトは栄達した後に、帝国全土を掌握することに備えてなのか、軍事のみならず、政治、財政、歴史、文化といった幅広い蔵書を読み漁り、かつそれらに詳しい専門家の講演などを聞いたりしているようだった。その傍ら、イゼルローン要塞にいる優秀な人材をピックアップしにかかってもいた。
 原作においての同時期に、軍事だけに特化していた時とはえらい違いである。このあたりは幼少のころからのイルーナ、アレーナの教育のたまものであっただろう。

『そのうちヘーシュリッヒ・エンチェンの単独航海が始まるわよね。猛訓練はそれに備えてというわけか。本人は自覚はしていないだろうけれど』
「そういうことよ。さて、私も訓練に戻らなくては」
『期待しているわよ。早く大将になってラインハルトを補佐してあげて』
「彼が元帥にならなければ、意味がないけれどね」

 そう言いながらイルーナは通信を切った。


巡航艦ヘーシュリッヒ・エンチェン 艦長室
■ ラインハルト・フォン・ミューゼル中佐
 駆逐艦の艦長から巡航艦の艦長か。順調な出世だが、俺の本懐は艦隊を指揮しての艦隊戦を展開したいのだから、それまでは通過点でしかない。だが、これもまたいい機会だ。前回エルムラントⅡ同様、巡航艦の特性を知り尽くし、かつ兵たち一人一人をわかるようになろうと努力しなくてはな。
 副長にワーレン少佐がやってきた。以前は女性士官学校に勤めていたとかだが、中々堅実な人柄だ。俺としてはキルヒアイスが副長になってくれればよかったんだが、まぁいい。ワーレンと3人でよく話すようになった。そこにイルーナ姉上やフロイレイン・ティアナやフロイレイン・フィオーナが加わって、時には遅くまで飲んだりしている。なかなかにぎやかだ。この間はそこに要塞駐留艦隊の副官だったフロイレイン・レインという女性も加わった。イルーナ姉上の知己だそうだ。

 ちなみに、イルーナ姉上はかなりの酒豪かと思いきや全然飲めないのだそうだ。アルコールを受け付けない体質らしい。いつになく恥ずかしそうにそう言ったので、皆が大笑いした。一方で、フロイレイン・ティアナとフロイレイン・フィオーナはかなりの酒豪だ。俺とほぼ同い年なのに、二人とももう酒を飲んでいる。未成年なのにだ。これには驚いた。特にフロイレイン・フィオーナはどう見ても優等生のタイプなのだがな。

 昨日は、アイゼナッハという補給艦隊の艦長を紹介された。俺は驚いた。なぜなら、彼は初めから終わりまで一言もしゃべらなかったのだ。俺と会ってうれしいのか悲しいのかどうかさえ分からなかった。こんな奴初めてだ。だが、時折見せる表情から、こいつがタダ物ではないことはすぐにわかった。
 さらに、ワーレンの同期ではオスカー・フォン・ロイエンタール少佐とフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト少佐という傑物がいるらしい。一度会ってみたいが、残念ながら二人ともイゼルローン要塞には今いないそうなのだ。

 焦っても仕方ない。徐々に知己を増やしていけばいいのだ。
 それにしても、自由惑星同盟が要塞を建設するというニュースには驚いた。イゼルローン要塞の真似事と笑い飛ばすわけにはいかないだろう。あれがイゼルローン回廊に据え付けられれば、そこを橋頭堡として奴らは大規模な攻勢を仕掛けてくるかもしれない。
 それだけならまだいいが、要塞を要塞にぶつけられてしまえば、いや、要塞でなくてもいい。単なる小さな小惑星でもいいが、それらをぶつけられたら、こちらは一巻の終わりだ。いや、それならばまだ対応策はあるが、最も俺が恐れていることは、あの要塞をフェザーン回廊に進出させられる事態になることだ。そうなればイゼルローン回廊とは違い、要塞をフェザーン回廊に置いていないこちらはひとたまりもないだろう。
 そういう先のことを上層部は理解しているのか?いや、していないな・・・。



――自由惑星同盟――。

 第五次イゼルローン要塞攻防戦は、自由惑星同盟にとっては、要塞に肉薄したという自己満足だけをもって凱旋するという結果になってしまった。
 とはいえ、ごく一部の人間にとっては、満足すべき結果になったのは事実である。
 なぜなら、最高評議会のメンバーや財界の有力者たちが、間近でイゼルローン要塞のトールハンマーの威力を見てしまったことで、要塞建設への動きに加速がかかった上、さらにイゼルローン要塞は難攻不落であり、そこに大艦隊をもってしても攻め入れないことが明らかなことが認識として広まったのだから。
 第五次イゼルローン要塞攻略作戦直前では、同盟は帝国に対しての攻勢を是としていたが、今回の事で「帝国に倍する戦力を持つまでは徹底して守勢に回り、国力増強をする」という方針に変わりつつあった。


 そのさなか、世間では新聞記事の一つに取り上げられただけなのだが、珍事が起こった。
ムーア准将の変死である。死因は入浴中の、急性の心臓発作で有った。
 

同盟首都 ハイネセン 統合作戦本部
■ シャロン・イーリス大佐
 先のイゼルローン要塞攻防戦終了後に私は大佐に昇進した。順調な出世だわ。そこでいよいよ自由惑星同盟の改革に着手しようと思う。軍の尉官時代から、私は若手有力議員たちとつながりを持っていた。この現世での私の父親が元国防委員長で、有力議員のバックアップの一翼を担っていたから、接触は簡単だったわ。
 私の改革論は以下のとおり。

 一点目として、要塞建設と並行して艦隊の増設を図る。せめて18個艦隊は持ちたいものね。

 二点目として、フェザーン資本に頼る体制から逸脱する。これは、実質今の同盟がフェザーンに首根っこをつかまれている状態であり、いちいち大規模予算を組むにも彼らの意向が必要なのだということがあるから。今回の要塞建設が上手くいったのも、評議会のメンバーがだいぶ根回しを行ったのだということね。
 これについては、有力議員を通じて財界に打診して、各惑星での鉱物資源等の再開発を依頼しました。さらに自由惑星同盟の独自の輸送手段を確立するために、国が投資して新会社を建設し、フェザーンを圧迫する方針も打ち出したわ。
 最終目標はフェザーン資本に頼らず、同盟だけで取引を完結させること。
 これまでフェザーンに対してはだいぶ守勢に回っていたけれど、これからは積極的に攻勢に打って出なくては。

 三点目として、相次ぐ戦役で穴の開いた中間層の補充対策。

 多産の、それに対しての補助金や減税による奨励、さらに退役した軍属や公務員などの再雇用を通じて、中間層の穴埋めをしていかなくてはならないわ。シルバーさんには現役をサポートしてもらうべく、もうひと働きしてもらいましょう。

 四点目として、有力人材の確保。これは自由惑星同盟の将官の質が、帝国に比べて劣っているということ。そのためには、原作では見られなかった女性将官の登用を積極的に測ることとしましょう。女性士官はいるけれど、だからといって将官への道が閉ざされるのは同盟にとっても損失だわ。将官は白兵戦の先頭に立つわけではなく、指揮をする立場。はっきり言ってしまえば、女性将官は男性将官と同じくらい能力があるはずなのだから。
 確保だけでなく、将来災いとなる者については、早々に始末していかなくてはならないと思っているわ。饐えた腐敗物は周囲の無害な物質まで劣化の色を与えてしまうから。
 既にムーアは彼の自宅で私が始末したから、良しとしましょう。極秘裏に開発した超ミクロン単位のロボットに即効性の高血圧を誘発する薬と睡眠剤を仕込んだ針を装備させて、遠隔操作でムーアの首筋を刺したの。
 次の標的はフェザーンにいるルビンスキーよ。これもミクロンロボットを数十体、ある輸送船にひっそりと載せてフェザーンに送り込んだからそのうち吉報があるでしょう。後はトリューニヒトとフォークを早めに始末しなくてはならないわね。

 悪いけれど、私は自由惑星同盟を活性化しなくてはならない。そのためになら何十人も不要な人を殺すつもりでいるわ。


 自由惑星同盟 統合作戦本部――。

 要塞建設に当たって、ブラッドレー大将は建設責任者として、ドーソン中将を総責任者に任命した。後方支援の権化として一部の生徒たちからは「じゃがいも士官」と揶揄された彼であったが、莫大な資材、資金を使用しての建設では、資材、人員の無駄のない配分が要求されるので、彼にはうってつけだろうというブラッドレー大将の思惑である。
 統合作戦本部に呼ばれたドーソンは、思いがけない大役に喜々としてそれを受け入れた。
 それと並行して、ブラッドレー大将にはやることがあった。統合作戦本部は全部署の統括を行うが、艦隊の編成や新鋭艦の開発など具体的な業務になると、それらは、各課で行うこととなる。
要塞建設という歴史史上初の試みが行われている今、あらゆる分野での改革もこの機会にやってしまいたいし、やれる風潮になってきていた。

 この際、適正な人材を本部に入れて、今この時期に一気に同盟の戦力を活性化することが急務であった。ブラッドレー大将はそう思っていたし、これについてはシャロンからも改革案が上がってきてもいた。

 ブラッドレー大将はその人材として、アレックス・キャゼルヌ大佐を選抜し、シャロン・イーリス大佐、そしてヤン・ウェンリー中佐を抜擢したのであった。
 ついでながら、ヤンは第五次イゼルローン要塞攻防戦の後の7月に少佐から中佐に昇進していた。
ところで、自由惑星同盟軍組織は、統合作戦本部の下に、後方勤務本部、技術科学本部、防衛部、査閲部、経理、人事、教育、情報、戦略、衛生、施設、憲兵・・・等々実に様々な部署が集まってきている。

 新国家ならともかくとして、曲がりなりにも150年以上続いている国家となると、それぞれの機構は硬直化して改革を喜ばない風がある。既得権益を奪取されるのではないかと戦々恐々とし、反抗に至るのは自明の理であろう。先に述べた「やれる風潮になってきた。」とはいっても、まだまだ反対の根っこは張り巡らされている。

 それをブラッドレー大将は百も承知していた。かといってそれぞれの部から有識者などを入れた委員会を立ち上げたとしても、それぞれが双方をけん制しあい、つぶしあい、議論だけで終わってしまうこともまた、自明の理である。

 だが、ここにブラッドレー大将は古い歴史書に埋もれそうなある規定を見出し、それを引っ張ってきて白日の下にさらしたのだ。

 即ち自由惑星同盟軍軍特務条項第8条。

 『統合作戦本部長ハソレゾレノ部署長マタハ最高評議会ノ過半数ノ賛同ヲ得タ場合ニハ臨時特務組織ヲ設立スル事ガデキル。』
 同条項第8条2項。
 『同組織ハ全テ統合作戦本部長ノ下ニテ運用サレ、自由惑星同盟軍全機構ハ之ニ服スルモノトス。』
 同条項第8条3項。
 『本組織ハ1年間ヲ持ッテ失効スル。但シ失効マデニ第1項ニオケル賛同ヲ再度得タ場合ヲ除ク。』
というものであった。
 これは、帝国と同盟が初めて接触し、ダゴン星域会戦が始まる前になって、軍の組織を強いリーダーシップのもと、全機構が一致団結して運用されるべく制定されたものであったが、その後ずっと適用もされず、分厚い条文条項の中に、長く忘れ去られていた。

 この条文がありながらそれが長い事適用されてこなかったのは、一つにはそうした過半数の賛同を得られるだけの人望とコネクションをもつ本部長があまりいなかったこと。そして一つにはそうしたものをもっていたとしても改革に迫られるような事態事案を抱え込んでいなかったことがあげられる。
ブラッドレー大将は自身のコネクションを最大動員し、評議会委員の過半数の賛同を取り付けてしまったのである。それもこれもすべて要塞建設のために、という合言葉をかざして。

 軍組織の連中が気がついたときには、すでにこの条項は正式に発動され、いつの間にか統合作戦本部には改革スタッフの部屋が出来上がっているという始末であった。
 この特務組織の長はブラッドレー大将自らが兼任し、その下に、シャロン、キャゼルヌ、そしてヤンがつくというものである。
 中将、少将などは敢えて入れていない。彼らの多くは適宜無事に職務を遂行してきた人間であり、ダイナミックな想像力に欠けている。しかもそういう人材を入れれば、そこは階級社会、若い佐官等が思ったように意見を言えないということもあろう。若いスタッフに存分に腕を振るってもらい、改革をけん引してほしいというのがブラッドレー大将の願いであった。

 当然、各課からものすごい抗議が上がり、ブラッドレー大将の進退問題にまで発展しかけたが、突如それはぱったりとやんだ。トールハンマーの破壊力を見せつけられ、要塞建設を熱望する最高評議会、政財界の有力者たちが、あらゆる手段でそれぞれの部署に圧力をかけてきたからである。
 帝国はいざ知らず、文民統制を一応の建前とする自由惑星同盟の軍隊にとっては、その文民からの指示を失うことは自分たちの手足をもがれることに匹敵する。彼らは渋々ながら従ったが、改革スタッフには終始冷ややかな目を向けることとなった。

 まともな神経の持ち主なら、おそらく耐えられなかったであろうが、ブラッドレー大将が選抜した3人はいずれもその点に関しては申し分ないほどの太い神経の持ち主であった。

 ヤン、キャゼルヌ、シャロン、彼ら三人(当然下には数十人、数百人のスタッフはついているが。)に課せられた任務は、司令官級の人材の育成、登用、最新鋭艦のテスト開発、補給路線の効果的な構築、艦隊編成等盛りだくさんである。
 こうしたことは本来であればもっと大勢の人で協議すべきものなのかもしれないが、ブラッドレー大将は時間を優先した。頭数が多いほど「船頭多くして船山に上る」などという事象が起こりうるのを恐れたのだ。むろん当初は3人であるが、徐々にこれらを増やしていく予定でいる。

 ヤンにしてみれば、そんなものよりも歴史書に埋もれて生活したかったと言いたいだろうが、ブラッドレー大将にしてみれば、ヤンに目を付けていたこともあり、彼を手放すことをしなかったのである。
これは、キャゼルヌ、シャロンサイドの強い推薦もあったからなのだが。

 そのヤンは自宅に寝ていたところをキャゼルヌにTV電話で叩き起こされ、渋々統合作戦本部に出頭することとなった。

「よぉヤン。やってきたな」

 キャゼルヌが気さくにいい、椅子を示して座るように言った。

「別にきたくてやってきたんじゃありませんからね」
「久しぶりの挨拶がそれか。相変わらずお前さんらしい言い草だな」

 ヤンは返事の代わりに肩をすくめた。

「まぁすわれ。どうだ?最近の調子は。中佐に出世していくらか軍人としての立ち居振る舞いは身についたか」
「相変わらずですよ。先輩の方こそ、私をわざわざ呼ぶなんて、どういう風の吹き回しですか?」
「俺じゃない。統合作戦本部長閣下直々のご推薦だ。後はお前の上司のシドニー・シトレ大将閣下のな。おふたりとも、ヤン、お前を良くかってくれていらっしゃるぞ」
「文字通り買いかぶりすぎです。ラップがいるでしょう。どうして彼を呼ばなかったんですか?」
「ラップの奴は今病気療養中だ。お前さんにはあまり聞かせたくはなかったが、これからは文字通り身を粉にして働かなくちゃならん環境に置かれるからな、そんなところに病人をおけんだろ」
「はぁ~~・・・・」

 ヤンは深い吐息を吐いた。

「そうむくれるな。お前さんがデスクワークが苦手なことは承知している。だが、先にも言った通り、今回のことは本部長閣下ご自身の意向でな」
「あなたの協力なしではやっていけないと本部長閣下は思われているわ」

 隣のソファに既に腰かけていた美貌の女性に気づいたヤンがどなたですかと言いたそうな顔をする。

「シャロン・イーリス大佐だ」

 あぁ、あなたが、とヤンは声を上げた。第五次イゼルローン要塞攻防戦前に、ブラッドレー大将に要塞建設の手法について事細かに提案してきた人物であると知っている。

「今回俺とお前さんと一緒に『改革』に着手する特務スタッフの一人だ。お前さんと入れ違いにシドニー・シトレ中将の副官だった方だ。優秀だぞ。今回の要塞建設についても彼女が提案したんだからな」

 階級は同じ大佐だが、キャゼルヌの方が先任である。その点はシャロンも承知していることと見えて、微笑むだけで何も言わなかった。

「それはすごい」
「私の提案など独創性のかけらもありませんわよ。ブルース・アッシュビー元帥の提案をそっくりそのままもらっただけですもの。むしろ私の提案を受け入れてくださったブラッドレー大将閣下こそ、優れた方ですわ」

 ヤンはシャロンの顔を見たが、どこかおかしな違和感を覚えていた。いうなれば少し得体のしれない人と話しているような感覚に陥っていた。もっともそれはほんのかすかな違和感ではあったが。

「ま、要塞が建設できればイゼルローン回廊に帝国同盟双方の要塞が並ぶことになるわけですか、さぞ壮観な眺めでしょうよ」
「気に入らないか?」
「別に気に入らないわけではありませんが、どこかの誰かが要塞を橋頭堡にしてイゼルローン要塞に攻め入るなんておかしなことを考えつかなきゃいいなと思っただけです。ぞっとしますからね。あるいは――」
「要塞をイゼルローン要塞にぶつけて破壊してしまう、ですか?ヤン中佐」

 自分の言わんとしていることを先取りされたヤンは、ひそかに舌を巻きながら、

「ええまあ。それと、私のことは呼び捨てで結構です。あなたの方が上なのですから」
「いいえ、エル・ファシルの英雄を呼び捨てなどできませんわ」

 シャロンが微笑した。ヤンはその話題についてはなるたけ触れられたくはないのだが、相手が上官のため、嫌とも言えず頭を掻いて黙っている。それにしても、要塞をぶつけるという発想を簡単に出してくるこの女性はタダ物ではないとヤンは思った。

「ですが、まぁ、無理でしょう。そんなことをするのであれば、わざわざ要塞を建設するのではなく、どこかの衛星をぶつけるなり、ドライアイスをぶつけるなりで済むわけですからね。問題は敵が黙ってそれを見ていてくれるか、ですが」
「この前の並行追撃すら見抜けなかった要塞守備隊の方たちですもの、そんなことに気づくとは思えませんわ。ですが、そうなればなったで、また無用な出兵論が持ち上がりますから、私は敢えて言いませんでしたけれど」
「ま、平和が一番というわけですからね」
「お前さんの場合は、昼寝の時間と読書の時間、そして食うに困らないだけの年金が入ればそれで十分なんだろう?」
「失礼ですね~。先輩も。私がそんな人間に見えますか?」
「見える」
「プッ・・・・あはははははは!!」

 二人は驚いた。シャロンがおかしそうに楽しそうに笑いだしたからだ。

「ごめんなさい。でも、改めてお二人の掛け合いを見るととてもおかしくて・・・・あはははは!!」

 純真な少女の様に朗らかに笑っているシャロンを他の転生者たちが見ればきっと意外そうに思うかもしれない。「この人本当にシャロン!?」と。

「でも、本当にうらやましいですわ。私には・・・今までそうやって何でも話し合える人、いなかったですから・・・・」

 一転して寂しそうな彼女にキャゼルヌもヤンも同声をかけていいかわからないようだった。それでも、

「なに、今からでも遅くはないさ。俺もヤンもあまり上等の人間じゃないが、お前さんの気持ちを少しくらい汲んでやれる人間でありたいと思っているからな。なぁ、ヤン」
「え、ええ。そうですね」
「お、赤くなったか。お前さんもやっぱり美人には弱いというわけだな」

 ヤンは困ったように頭を掻いた。


その夜 自室にて 
■ シャロン・イーリス大佐
 二人とも私には過ぎた人なのだわ。私の内情を知ってもああいう気さくな態度がとれるのかしら。それとも・・・・・。バカよね、私も。ここに来たからには非情に徹する覚悟でいたのに、どうして・・・・・。

 
 

 
後書き
 官僚機構が老朽化した国家では「改革」はつぶされるのが一般的なので、荒っぽい手も必要不可欠。 
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