| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第二十二話その2 皇帝陛下の憂鬱な日々なのです。

 
前書き
 美しい薔薇には棘があります。人間も同じ・・・・? 

 
帝国歴483年5月27日――

帝都オーディン ノイエ・サンスーシ バラ園

 もしものことであるが、ノイエ・サンスーシが仮に一般解放された場合、人々が集まるスポットの一つに、バラ園があげられるだろう。地球時代から続くもの、品種改良を重ねていったもの、あるいは他の惑星に自生していたものを引き取ったもの、出自はさまざまであるが、それらが一年間を通じて咲きほこっている様は壮観であり、見る人の眼を和ませてくれる。

 庭園入り口にはつたをからませた大きなアーチ形の門扉が、人の背の2倍の生け垣の間に鎮座しており、そこを2人の衛兵が24時間体制で交代で見張っている。そこをくぐると、真っ先に目につくのは、正面にある、ルドルフ大帝をかたどった銅像が中心にある大理石の噴水である。それに向かって頭をかがめるように、低い生け垣が左右にある。よく手入れされた生け垣には一筋のほつれも飛び出る枝もない。

 だが、足元をおろそかにしていると、一歩踏み出した瞬間に思わず声を上げることとなる。左右の生け垣に挟まれるようにして、クリスチャン・ディオールの赤とロイヤルプリンセスの白をコントラストに織り交ぜた華やかな絨毯が、訪問者の足元から大帝の像に向かって広がっているからである。最初帝室の薔薇を痛めつけたのかと顔色を変える訪問者は次の瞬間気づいて安堵する。

 自らの靴の下にあるものが、それが強化ガラスに囲まれた温室だということに。

 安堵した来訪者はまずルドルフ大帝の像の前まで来ると、深々と一礼する。ここに限らず、こと宮廷内部におけるルドルフ大帝像ではそこを通るたびに、正面に向かい、必ず一礼することとなっていた。
 人がいないところであっても、監視カメラが24時間体制で作動しているため、気を緩めることはできない。

 作法を済ませた来訪者はここでようやく像の奥に広がる様々な色とりどりの薔薇を目にする機会を手にすることができる。一面広大な庭園には、そしてその背後の一面なだらかな丘が半円状にぐるりと取り巻いており、ここにも色とりどりのバラが咲きほこっていた。

 丘と言っても高々10数メートルのものであるが、その丘のふもと、うっそうとする林が一角を占めているところがあり、その中に小さな東屋がある。陽光が木漏れとなって降り注ぐこの東屋にはフリードリヒ4世が座って、侍従から注がれるお茶を飲んでいた。白い純白のテーブルクロスの上には、サンドイッチやケーキなど、お茶に欠かせない軽食が並んでいる。午前中からの薔薇の手入れを終えて、休息していたのである。
 もっとも皇帝はお茶を飲むだけで、それらの軽食にはほとんど手を付けていなかったが。

「陛下」

 皇帝は一人ではなかった。向かい合っているのはケルリッヒという宮内尚書である。皇帝陛下に忠義が厚いことが取り柄のこれと言って突出した能のない男であったが、その凡庸さゆえに、平素の典礼を滞りなくきりまわしていた。近年宮内尚書が立て続けに交代するので、それを選任する側としては、凡庸ながらも大過なく職務をこなす者を選んできたのだった。

 そのケルリッヒが皇帝陛下の前であまり血色の良くない顔をことさら悪くして話している。彼は凡庸だったが、宮中の噂の広まり方については散々身に染みて知っているため、侍従たちを遠ざけていた。その侍従たちにしても日頃から腹心と頼んでいる者ばかりを今日の当番にしておいたのである。
この時、彼はベーネミュンデ侯爵夫人から頼みごとをされ、それを携えて皇帝陛下の下にやってきたのであった。本来であればそう言ったことはしたくはないのだが、あまりにも執拗かつ脅迫的な頼みであったため、ついに腰を上げてしまったのである。

「臣がこのようなことを申し上げるのははばかりあることと思いますが、皇帝陛下におかれましては、ベーネミュンデ侯爵夫人にご配慮をいただきとうございます・・・」

 フリードリヒ4世はそれに答えず、カップから一口お茶を飲んだ。

「グリューネワルト伯爵夫人をご寵愛なさることに関し、臣は反対を申し上げているのではありません。あの方もまた美しく、何よりも聡明な方であり、決して国政に口を出さない方であらせられます。ですが・・・・・」
「ケルリッヒよ」
「ははっ」

 宮内尚書は頭を下げた。

「余とシュザンナとの間の子で、身罷った者は幾人おったかの?」
「は!?」

 とっさのことにケルリッヒは思わず身をすくめたが、正確に「3人おられました」と答えた。

「そうじゃの。あれは3度流産、死産を繰り返した。これ以上負担をかけるには忍びない」
「ですが、皇帝陛下におかれましては、ベーネミュンデ侯爵夫人のもとにお渡りあそばすことはできるはずでは・・・・」

 フリードリヒ4世はかすかだが憂いを帯びた息を吐いた。

「宮内尚書、そうなればあれに情が移り、また子をなすやもしれぬ。そうなれば今度は子だけで済むじゃろうかの」

 皇帝陛下が言わんとしていることを察知したケルリッヒは頭を下げた。

「残念ながら余は周りの者を不幸にする体質を持っておると見える。皇太子は先年病で死去した。そしてカロリーネも・・・・」

 皇帝陛下の瞼が一瞬震えた様にケルリッヒは感じた。

「カロリーネのことは余は一時たりとも忘れたことはない。ケルリッヒよ。余は自身では何一つできぬ人形なのじゃ。誰かに操られ、初めてその体を意味成すことに使える人形じゃの」
「陛下!!」

 とんでもない話の糸口をほどいてしまったとケルリッヒは後悔したが、もうおっつかなかった。

「あれが逃亡したと聞いて余は安堵した。手出し一つしなかった余をあれはさぞ恨んでいるやもしれぬ。どこぞに亡命し、やがては余を虐げるかもしれぬ。そうなっても余は構わぬと思っておるがの」
「陛下・・・!!」

 宮内尚書は次々と吐き出される言葉に耳をふさぎたかった。それが激烈な調子で有ればいっそよかった。だが、皇帝陛下は日ごろ臣下に言葉を賜る時と全く同じ調子で話していただけにその心中のほどが痛いほど伝わってきてしまったのだ。

「ケルリッヒよ。余はカロリーネはおろかこの帝都に住まう者であっても手を差し出すことはできぬ身。シュザンナのことはそちの良きようにせよ」
「では、せめてお手紙を・・・・」

 皇帝陛下は瞑目したまま、首を振った。手紙を書いてしまえばまたそこで情が移ってしまう上、何かの時に悪用されかねない。焼き捨ててくれるように頼めばいいのだが、あのベーネミュンデ侯爵夫人のことだ、きっと取っておくのだろう。そう思われたに違いないとケルリッヒは察した。

「・・・・・・」

 もはやこれ以上話すこともないと悟ったケルリッヒは立ち上がって深々と一礼し、東屋を後にした。黙然と座り込んでいる皇帝陛下を残して。


 彼は次にもっともっと不快になるであろう会見に臨むべく、宮廷を後にしたのであった。



 それからしばらくして。帝都オーディン郊外  ベーネミュンデ侯爵夫人邸――。

 昼間だというのに、赤い分厚い遮光カーテンを仕切られたその居間には豪華な調度品が室内のろうそくなどの明かりに照らされて鈍く輝いている。豪奢なソファには切り裂かれた絹のクッションが羽をまき散らしてぐったりと置かれており、床の上にはワイングラスの破片が血のような赤と共に広がっている。

 その中をまるで獣のように行ったり来たりしながら、シュザンナことベーネミュンデ侯爵夫人は先ほどの会見を思い出して腸を煮えくり返らせていた。この発作が長時間続くと彼女はしまいには意識を失って昏倒してしまうのだが、それでも、湧き上がる怒りを抑えることはできなくなっていたのだ。

「おのれ・・・」

 まだ30になったかならない年頃の彼女の顔は鬼気迫る形相で有った。

「おのれおのれおのれ!!!!」

 彼女は不意に暖炉の上にあった青磁のツボをひっつかむと、暖炉の中に両手でスローインをするようにして投げ込んだ。バリン!!という音とともに、ツボは四散し、火の気のない暖炉の中にその破片をまき散らした。

「ケルリッヒめ・・・妾を愚弄するか!!??」

 ベーネミュンデ侯爵夫人は唇をかみしめんばかりにしてわなわなと震わせていた。

「それもこれもあの女のせいじゃ!!陛下はあの女にすっかりたぶらかされてしもうたのじゃ!!」

 再び、彼女はツボをつかみしめ、それを投げようとしたが、不意にその手が止まった。ドアがノックされる音がしたからである。その音はある取り決めに従って叩かれていたが、奇妙な調子で響いた。

「入れ」

 ベーネミュンデ侯爵夫人は声をかけた。キィと遠慮がちにドアが鳴り、おどおどとした宮廷医師風の服装をした男が入ってきた。

「して、首尾はどうじゃった?」

 男は青い顔をしてしきりにハンカチで汗をぬぐっている。

「どうじゃったと聞いておる!!グレーザー!!」
「は、ハッ!!・・・残念ながら・・・・失敗に終わりました」

 グレーザーがその時俯いていたのはある意味で幸運だった。まともに向かい合っていれば、彼女の放つ眼光と形相によってグレーザーは瞬死してしまっていたかもしれない。
 それほどその時のベーネミュンデ侯爵夫人の顔はメデューサのごとく変わり果てていた。

「何じゃと・・・何じゃと!?」
「は、ハッ!!クルムバッハは死亡しました。むろん事後の心配はございません。こちらの糸を切るため、表向きは要塞内部での事故ということにしてあり――」
「そんなことは聞いておらんわ!!!」

 クッションが投げつけられ、まともにグレーザーの顔に当たる。

「おのれあの弟め・・・・」

 アンネローゼを苦しませるため、ベーネミュンデ侯爵夫人はヘルダー大佐を使嗾し、次に決闘事件の際には刺客を放ち、そして今度はクルムバッハ少佐を使役した。それがことごとく失敗に終わってしまったのだ。

「悪魔めが!!あやつらには悪魔が味方しておるというのかッ!?」

 グレーザー医師はしきりに顔を拭いているばかりであった。

「グレーザー!!!すぐに次の手をうつのじゃ!!誰でも構わん!!今度こそあの弟の、小僧の息の根を止め、その首をアンネローゼに送り付けてやるのじゃ!!!・・・・くくく、さぞ見ものであろうの。愛すべき弟の首を見た時のあの女の顔が!!!」

 第三者がみたら戦慄したかもしれないほど、ベーネミュンデ侯爵夫人の目の色は尋常ではなかった。その口元は残酷な笑みにゆがみ、目の色はその時の光景を夢想しているのだろうか、陶然とした様子にさえ見えている。

「か、かしこまりました。すぐに手配いたします・・・・・」

 グレーザーはそう言い、這うようにして部屋を出るのがやっとであった。

部屋を出て廊下に立ったグレーザーはほうっと息を吐き出した。迷信じみたことを信じたくはないが、あの部屋の空気は異常だ。閉め切っているせいなのかもしれないが、侯爵夫人の憎悪の念が渦を巻き、入る者を圧迫する。息苦しくさせる。その憎悪の念が今にも魑魅魍魎となって具現化するのではないかとさえグレーザーは思ってしまった。

「怖いですわね、女というものは」

 扉を閉めて振り返ると、ヘアーキャップから、肩までかかるヴェーブさせた茶色の髪をのぞかせたメイドのヴァネッサが立っていた。メイドにしてはなれなれしいが、それは無理もない。彼女は宮廷の特務組織(と彼女は言っているだけであったが、グレーザーは大貴族の誰かにつながる人間だとみている。)にかかわる人間で、ベーネミュンデ侯爵夫人の監視役として、グレーザー医師を補佐しているのだから。

「白銀の谷」事件の際にもラインハルトの配属先を瞬時に引き出して提示したのも、ヘルダー大佐やクルムバッハ少佐を「暗殺役」として示したのも、この女性である。

 グレーザー医師はそれには答えず、無言で歩き出した。女性もそれに続く。

「困ったことだ」

 もう声の届かないところまで来るとグレーザーはまたと息を吐いた。

「グリューネワルト伯爵夫人さえいなくなれば、皇帝陛下のご寵愛を取り戻せると、今だに思っていらっしゃる一途さは純粋ではあるが・・・・」
「無理でしょうね。そうなればなったでまた第二のグリューネワルト伯爵夫人が出現するだけですわ」
「そうなるやもしれぬ。だが、それに手を貸すということは、お前の背後にいる方々も何かしら思うところはあるのであろう?」

 グレーザーの問いかけにヴァネッサはただ軽く首を振っただけだった。合間にちらとのぞかせた微笑はそこの知れないものであった。

「さぁ、どうですかしら、私はただ指令通りに動いているだけでしてよ」
「・・・・・・」
「いずれにしても、代わりの者をすぐに、というわけには参りませんわ。何しろ優良な手駒の数というものは、それほど多くはないというのが昨今の相場ですから・・・・」
「では、数か月も待たせるというのか?こちらの身が持たんぞ。かといって今手を引けば・・・・」

 その時ヴァネッサの顔が何とも言い難い表情になった。そういうところはこの女性がただの「メイド」ではなくある種特別な組織に属していることを垣間見せてくれる。

「あなたもただでは済まないでしょうね。ここまで足を入れてしまったのですから。陰謀という名の沼に」
「・・・・・・・」

 ヴァネッサはヘアーキャップを脱ぎ捨てると、さっと髪をかき上げた。ほんの一瞬だったが、艶なしぐさに見えた。

「私から雇い主に話をしてみますわ。皇帝陛下を動かし、滞在は無理にしてもせめてお食事なりとも共にするようにと。そうなればしばらくは持つでしょう。永久ではないにしても」
「これを機会にご寵愛が戻ってくれればよいが、というのは虫が良い想像かな」

 ヴァネッサは軽い笑い声をあげただけだった。それだけでグレーザーにとっては充分だった。

 こののち、皇帝陛下はそう頻繁にはないにしても、ベーネミュンデ侯爵夫人と食事を共にするようになった。これを聞いたケルリッヒ宮内尚書は内心首をかしげたが、ほどなくしてそれがある筋からの圧力だと聞くと、彼は何も言わず黙々と皇帝陛下の御幸日程を組んだのであった。
 
 

 
後書き
 嫉妬は怖い!!!ことそれが三角関係になると尚更なのです。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧