| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第八十九話 イゼルローン要塞陥落後 

■ 帝国暦487年4月28日    戦艦ヘオロット  カール・エドワルド・バイエルライン

「閣下、オーディンとの通信が回復しました」
「そうか、宇宙艦隊司令部を、ヴァレンシュタイン副司令長官を頼む」
「はっ」

オペレータにヴァレンシュタイン副司令長官への連絡を頼みながら、俺は気が滅入ってくるのを抑え切れなかった。ずっと通信不能で良かったのだ。なんだって回復する? 

イゼルローン要塞陥落、遠征軍、駐留艦隊の壊滅、九割を超える損傷率。こんな報告を聞きたい人間がいるだろうか? こんな報告を持ってきた部下を疎ましく思わない上司がいるだろうか?

ミッターマイヤー提督から、先行しヴァレンシュタイン副司令長官に事態を報告せよと言われた時、自分の不運を恨めしく思ったものだ。

宇宙艦隊司令部の女どもは、副司令長官を“カワイイ、優しい、笑顔が素敵” 等と言っているが、それだけで宇宙艦隊副司令長官になれると思っているのか? 冗談じゃない、副司令長官は怒らせると怖い人だ。

怒るとリッテンハイム侯の屋敷へ殴りこみをかけるわ、フレーゲル男爵を撃ち殺そうとするわ、とんでもない人だ。副司令長官にニコニコされながら “バイエルライン准将ですね、名前は覚えました” なんて言われたらお先真っ暗だ。

部下たちも時折、俺の方をチラチラ見る。しかし決して眼を合わせようとしない。俺の事を運の悪い奴と思っているのだろう。しかしな、お前たちも同じ艦に乗っているのだ。他人事じゃないんだぞ。

スクリーンに副司令長官が映った。
「ヴァレンシュタインです」
「ミッターマイヤー艦隊所属バイエルライン准将です」

俺は名乗ると共に敬礼をした。副司令長官は俺が名乗ると少し眉を寄せ、答礼してきた。
「緊急の要件だと聞きましたが?」

「はっ。ミッターマイヤー司令官より、副司令長官にお知らせせよと言われております」
そう、俺はただのお使いだ。俺は悪くない……。

副司令長官は黙ってこちらを見ている。やり辛いな。
「イゼルローン要塞が反乱軍の手に落ちました」
思い切って言ったが、副司令長官は何も言わない。身動ぎもしない。

「遠征軍、駐留艦隊は反乱軍によって包囲され、兵力の九割を失いました。ゼークト提督、フォーゲル提督、エルラッハ提督は戦死、シュトックハウゼン要塞司令官の生死は不明であります」

一気に言ったが副司令長官は無言だ。静かにこちらを見ている。聞こえてないはずは無いのだが……。
「……ローエングラム司令長官は御無事ですか?」

いかん! 肝心な事を話すのを忘れていた。しっかりしろ、辺境の補給基地に行きたいのか! 目の前の人は兵站統括部に顔が利くのだ。俺のために補給基地を用意することなど朝飯前だろう。
「いえ、ご無事であります。現在オーディンに向けて帰還中であります」

微かに副司令長官は頷いたようだ。少し考え込んでいる。
「……反乱軍はどの程度の軍を動員したのです?」
「はっ。正規艦隊は三個艦隊、それと半個艦隊が動員されたようです」

「半個艦隊……」
副司令長官は呟くとまた考え込んでいる。僅かに顔を俯け、視線を伏せ気味にして考え込んでいる。もういいんだろうか、そろそろ解放して欲しいんだが。

だが俺の願いは大神オーディンに聞き届けられる事は無かった。副司令長官が顔を上げ話しかけてくる。
「要塞の損傷状態はどうでした? 酷く損傷していましたか?」

そういえば要塞は殆ど無傷だったような気がするな。
「いえ、はっきりとは覚えておりませんが、無傷だったような気がします」
馬鹿を言うなと怒られるかと思ったが、副司令長官はまた考え込み始めた。

「戦闘詳報はどうなっています?」
戦闘詳報? それって……、多分……書いていると思うが……。
「分りませんか?」

「も、申し訳ありません。確認しておりませんでした」
補給基地だ、俺の運命は決まった。こんな肝心な事を聞き忘れるなんて。
「准将はこれからどうします?」

「?」
これから? これからどうします? どうすればいいんだ?
「ああ、質問が不正確でしたね、ミッターマイヤー提督から指示を受けていますか?」

「いえ、特に受けておりません」
そういうことか。よくわからなかった。焦らせないでくれ。

「ではお手数ですが、もう一度戻り、遠征軍司令部に至急戦闘詳報を作成しオーディンへ送るように伝えてください」
「はっ」
ヴァレンシュタイン副司令官は穏やかな微笑を浮かべた。やばい、何が来る?

「バイエルライン准将、ご苦労様でした。敗北は残念ですが司令長官が御無事なのは幸いです。メルカッツ提督、ロイエンタール提督、ミッターマイヤー提督に感謝していると伝えてください」

お互いに敬礼を交わした後、スクリーンから副司令長官の姿が消えた。疲れた、思わず椅子に座って溜息を吐く。補給基地は免れた、多分。あの人は苦手だ。俺より年下なのに妙に迫力がある。まずは水でも飲んで、タンクベッドで睡眠でも取るか……。

「やっぱり可愛いよな」
呟くような声が聞こえた。何処の馬鹿だ。可愛い? 俺は周囲をにらみつけた。何人かがスクリーンを見詰めている。
「何をたるんでいる。仕事をしろ!」

だから俺はあの人が苦手なんだ。


■ 帝国暦487年4月28日     オーディン 宇宙艦隊司令部 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


イゼルローン要塞が落ちた……。アスターテ会戦が起きずイゼルローン要塞攻略戦が発生した。分らないでもない、これまでの同盟の被った被害を考えればこれ以上は耐えられないとシトレが考えた、そんなところだろう。

俺は直ぐにリヒテンラーデ侯に面会を求め、至急内密に会いたい事、その場にはエーレンベルク、シュタインホフ元帥も呼んで欲しいと伝えた。侯は何も言わずに承諾してくれた。普段食えない爺さんだがこういうときは頼りになる。

それより問題は同盟が動員した兵力が三個半艦隊、帝国は二個艦隊壊滅、この事実だ。三個半艦隊……、半個艦隊はヤン・ウェンリー、第十三艦隊だな。だが三個艦隊、これはどういうことだ?

原作のヤンはイゼルローン要塞を落とす事で和平、あるいは休戦状態を願った。今回は違うのか? イゼルローン要塞の攻略、それだけなら半個艦隊で十分だ。それなのに三個艦隊を余計に出している。結果から見ればラインハルトを倒そうとしたように見える……。

和平だけでなく、帝国と同盟の戦力の均衡化を図った、そういうことか? しかし、よくわからん。第一、宇宙艦隊司令長官を倒して和平なんて結べると考えたのか? 帝国は意地でも和平は拒否するだろう。戦争は続くはずだ。

ヤンが気付かないとは思えない。和平より戦力の均衡化を願った、そういうことか? ヤンらしくない。それに余りにもリスクが高すぎる。三個艦隊の動員が帝国に知られたら全てがお終いだ。

同盟からイゼルローン要塞と帝国からイゼルローン要塞では、同盟からの方が距離がある。つまりラインハルトよりもヤン達の方が先にハイネセンを出る事になる。その事が帝国に伝わるとは考えなかったのか? 伝われば当然こちらも大動員しただろう。それではイゼルローン要塞は落ちない。

フェザーンが同盟よりの政策を取りつつある事は分っている。同盟の情報が帝国に入ってこない。しかしそこまで信じられるものなのか? フェザーンと同盟政府の上層部で密かに密約がある? 有り得ない。

ルビンスキーが同盟の政治家を利用する事はあるだろう。しかし、信頼をしているとは思えない。そこまで深い関係を持つのはフェザーンにとってもリスクがありすぎる。同盟政府の政治家達が密約そのものを使ってフェザーンをコントロールしようとしかねない。情報の遮断についてもフェザーンが勝手にやったことだろう。

いくら考えてもヤンが何を考えているのかが分らない。何か俺は見落としているのか? 戦闘詳報からそれが見えるだろうか? 分らない。どうにも不安が募る。いかんな、先ずはできる事を片付けよう。

二個艦隊壊滅、損傷率九割、ゼークト、フォーゲル、エルラッハは戦死、シュトックハウゼンの生死は不明。この後始末をどうつけるかだ。頭の痛い話だ。ラインハルトの進退問題に繋がるな。

ラインハルトか……。勝てば落ち着く、負ければ反省する、ミュッケンベルガーにいった言葉が思い出される。馬鹿な話だ、こんなことになるとは思わなかった。反省どころじゃなくなった。

最近勝ち続けているせいで、慢心したとしか思えん。後方で死ぬ危険が無くなったせいで呆けたか。自己嫌悪でどうにかなりそうだ。ラインハルトが個人の武勲に拘る阿呆なら、それを見逃した俺は輪をかけた阿呆だな。


■ 帝国暦487年4月28日     新無憂宮  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


また此処か。皇帝不予の時、俺とリヒテンラーデ侯、エーレンベルク元帥で打ち合わせに使った部屋だ。今日はシュタインホフ元帥もいる。どうやら侯のお気に入りの部屋なのかもしれない。

「ヴァレンシュタイン、何の用だ?」
シュタインホフが不機嫌そうに言う。こいつは相変わらず俺が嫌いらしい。無理もないがな。

俺には第五次イゼルローン要塞攻防戦でコケにされたし、それ以後も俺とミュッケンベルガー、エーレンベルクに押さえつけられたようなものだ。
「イゼルローン要塞が反乱軍の手に落ちました」

「馬鹿な何を言っている、ヴァレンシュタイン」
「元帥閣下、先程知らせが入りました。間違いありません」
俺の言葉にシュタインホフは絶句した。

「誤報ではないのか、ヴァレンシュタイン?」
「イゼルローンは難攻不落のはずだ」
リヒテンラーデ侯とエーレンベルクが口々に言葉を発す。

信じられないのも無理は無い。俺が驚かないのも原作知識があるせいだ。それが無ければ、俺も驚いていたろう。
「遠征軍、要塞駐留艦隊は敵に包囲され兵力の九割を失ったそうです」

「九割?」
「馬鹿な」
「……」

三人とも唖然としている。そうだろうな。俺だって最初聞いたときは呆然としたよ。
「小官が念のため、ローエングラム司令長官の後を追わせた三個艦隊から連絡が有りました。間違い有りません」

「ローエングラム伯はどうした?」
リヒテンラーデ侯が尋ねてくる。目が真剣だ。この老人ラインハルトの身を随分心配しているようだが、親しかったのか? そんな気配は無かったが。

「無事です。しかし、ゼークト提督、フォーゲル提督、エルラッハ提督は戦死、シュトックハウゼン要塞司令官の生死は不明です」
「ふん」
「?」

随分扱いが違うな。少しそれは酷くないか。
「何だ、その眼は」
「いえ……」

俺の非難がましい目に気付いたのだろう。リヒテンラーデ侯が面白くなさそうな顔をする。
「卿は分っておらんな」
「?」

分っていない?何のことだ?
「グリューネワルト伯爵夫人だ」
「?」
吐き出すように言った口調は決して好意的なものではない。

「ローエングラム伯が戦死したら、グリューネワルト伯爵夫人がどうなると思う?」
侯は俺を見詰め問いかけてきた。眼にあるのは嫌悪? それとも猜疑? 両方か。

「ローエングラム伯が戦死したら、ですか?」
「そうじゃ」
どうなるんだ……。侯は何を心配している?

「これまでは、ローエングラム伯のため大人しくしておったとは思わんか? それを失った彼女がどうなるか、想像がつかんか?」
「!」

リヒテンラーデ侯は意地の悪そうな顔をして俺を見ている。
「最初に狙われるのは卿じゃな。伯をわずか一個艦隊で外征に出したのじゃからの」
「……」

ようやく分った。ヤン・ウェンリーが何を狙ったのか。狙いは俺か。ローエングラム伯を殺す事で俺を殺す事を考えたのか。アンネローゼが皇帝に何か言っても皇帝が受け入れることは無いだろう。しかしそれを利用しようとする貴族は必ず出る。

ベーネミュンデ侯爵夫人を見れば分る。何処かの馬鹿貴族がアンネローゼの名を使って俺を殺そうとする。あるいはアンネローゼに密かに協力をする。いくらでもやりようは有るだろう。

ヤン・ウェンリー、お前はそこまでやるのか。俺が死ねば、内乱が起き易い。帝国が混乱すれば外征できなくなる。結果として帝国は弱体化し同盟は回復する。そして回復した後はイゼルローン回廊から同盟軍が帝国領に侵攻する。それが目的か。そのために三百万の兵を殺したのか! 俺はそれに気付かずにラインハルトを送り出した……。

全て俺を殺すためか。俺の体が、心が震えているのが分る。怒り? 恐怖? どちらでもいい、この震えを消す方法は一つしかない。ヤン・ウェンリー、お前に報復する事だ。お前が俺を殺すために三百万の人間を殺すのなら俺がお前を殺すために三百万の人間を殺してもお前は文句を言えまい。お前が一番嫌がることをやってやる。

リヒテンラーデ侯、エーレンベルク元帥、シュタインホフ元帥が責任云々を言い合っている間、俺は一人、ヤン・ウェンリーに対する報復を誓っていた……。





 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧