宇宙を駆ける狩猟民族がファンタジーに現れました
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第二部
狩るということ
にじゅういち
前書き
初心、忘れるべからず
「は、嵌めてなんかいません!」
魔性の女って怖い。
無自覚なのが、尚更質が悪いよね。
「……まあ、いい。訳はあとで聞く」
そう言って、彼女から意識を切る。
総隊長と呼ばれた男は、酷薄な笑みを浮かべて、先ほどまでとはまた随分と異なる印象を受ける。
恐らくは、こちらが本性なのだろうと当たりをつける。
「亜人族ごときが人語を解するとは……。些か驚きだな」
その言葉には侮りと差別意識が存分に含まれており、明らかにこちらを下に見ているのがまざまざと感じられた。
正確には翻訳機がその体を成しているので、残念ながら総隊長の言葉は間違っていると言わざるを得ない。
ハッキリ言っておくが、私は何の努力もしていない。
翻訳機万歳。文明の利器万歳。
なので、そんな安い挑発に乗るような私ではなく、ぐるりと首を回してリストブレイドを縮める。
「鉄の棒を振り回すだけの未開の猿が」
クツクツと肩を揺らして嘲笑する私に、総隊長と呼ばれた男は顔を信号機のように変化させる。
案外、プライドの高い奴は自分が貶されるのに慣れていない。故に、簡単に挑発に乗ってくれるのだが、どうして星が変わってもそういったところは共通しているのか、なかなかに面白いものである。
「この図体ばかりの下種が!」
自分の上司が馬鹿にされたのがそんなに許せなかったのか、エリステインの部下を斬り付けた男はそう叫び声を上げて、芸も糞もなく上段からの降り下ろしで私へと向かってくる。
そんな見え見えの攻撃のどこに危機感を抱けばいいのか、本気で困惑してしまった私は、ただ無造作に左腕を突き出す。
コンピューターガントレットに当たった男のロングソード。その結果は言うべくもなく、無惨に半ばから折れて宙を舞う。
大口を開けてアホ面を晒すその顔に、私は遠慮なく腰も何も入っていない、ただ振り抜いた裏拳を浴びせて吹き飛ばす。
一度、二度、三度と地面を転がった男は、首を曲げてはいけない方向へ曲げて、ピクリとも動かなくなってしまった。
何度か右手の開閉を繰り返し、あんまりな結果に違和感を覚える。
「……脆すぎる」
正直、そんなに力を込めたつもりなどなく、気絶させる程度にと加減をした筈がどういうわけか、男は絶命してしまったのである。
そんな私の一撃により、仲間が絶命する瞬間を見せ付けられたもう1人の男といえば、こちらも唖然とした表情でこちらを見ている始末だ。
「くっ……! 何をしている、私に合わせろ!」
そういった総隊長は、及び腰になっている部下を叱責すると、もう1人の男ははっとし、それに応えるように手に持つロングソードを握り直す。
そのまま2人は力を込め、見たことのあるエネルギーフィールドが奴等の全身を覆うように揺らめいていく。
「マッスル躍動!!」
あっ! 修正するの忘れてた!
2人揃ってそんな馬鹿馬鹿しい言葉を叫び、絶命した男とは比較にならない速度でこちらへと駆けてくるのを視界に捉え、私は背に庇う形になっているエリステインの腰を掴み、左脇に抱えて跳躍。
奴等2人の頭上を悠々と飛び越え、空中で一度体勢を整えてから着地する。
その先では急ブレーキを掛け、地面にその軌道を残しながら止まる2人のマッスル騎士。
苦虫を噛み潰した顔。総隊長のこちらを振り向くその顔には余裕は見られず、瞳は血走り、噛み締めた唇からは一筋の細く赤い川が流れていた。
「何をそんなにムキになっているんだか……」
「あなたが挑発なんてするからです!」
エリステインは律儀に私の言を拾うと、抱えられたまま声を荒げる。
「先に喧嘩を吹っ掛けてきたのはあの猿共だろう」
そう指差す私に、両マッスルは顔を赤くしてこちらを睨めつける。
「蛮族風情が調子に乗るなぁ!!」
蛮族なのは否定できない!
先程よりも速く、そして重く。踏み込んだ地面が破ぜる。
肉体を強化したことによって、通常の何倍ものスピードとパワーをその身に恩恵として得られている。
しかし、そういったものには兼がねリスクというものが付いて回る。
それもそうだろう。脳がリミッターを施し、肉体が壊れないように制御しているのだ。それを無理矢理に、尚且つ後先考えずに限界を超えた力を使い続ければ、本人の意思に関わらずいずれガタが出始める。
特に、冷静さを失っている目の前の男共などがその尤も足る良い例だ。
真っ先に私へと到達した総隊長の横凪ぎの一閃を、1歩後ろに下がって躱す。
鋭さ、速さ、威力、そのどれを取っても申し分無い一撃であった。しかし、当たらなければそのどれもが意味を無くす。
「はぁぁあ!」
死角になっていた総隊長の背後。その背に隠れていた平騎士が飛び上がり、私の頭上をカチ割る勢いで手に持ったロングソードを降り下ろす。
その真っ直ぐに降り下ろされたそれを、半身を捻って躱して、その勢いのまま一回転。
「へぶぅ!」
「えんっ!」
左脇に抱えていたエリステインの蹴りを横っ面に浴びせられた総隊長は情けない声を上げ、止まることなく突き刺さるような一撃が平騎士の後頭部に直撃する。
「か、踵がっ! 踵が割れちゃいます!」
五月蝿い我慢しろ。
折れたらまた医療ポットに入れてやる。
私は間髪入れず、今度は殺さないよう細心の注意を払いながら、体勢を崩した平騎士の脇腹を蹴り付けると、そのまま3メートルほど地面を転がり倒れ込む。
平騎士は呻き声を上げながらも、必死に立ち上がろうと震える四肢に力を入れた途端、吐瀉物を撒き散らした。
ナイスファイト!と、心の中で賛辞を送る私の目の前で、平騎士は意識を手放し、尻を持ち上げた何とも滑稽な姿勢で地に平伏す。
うわっ、ばっちぃ……。
かなり加減をした押し込んだだけの蹴りではあるが、べっこりとプレートメイルが凹んでいるのを認め、その脆さと力加減の面倒さに辟易とする。
「うぅ~……。降ろしてくださいぃぃ……」
ちょっと鈍器は黙ってようか。
いまだ私の左脇に抱えられたままのエリステイン。その涙まじりの訴えを無視して、私は総隊長へと視線を向ける。
既に後方へと跳躍して間合いを取り、口元を拭いながら私を睨み付けていた。
「このっ、バケモノが!」
残念、流れているのは貴様の鼻血だ。
いくら口元を拭ったところで、次々と流れてくるぞ。
私はエリステインを抱え直し、その持ち上がった反動で彼女が小さく悲鳴を漏らす。
「……自覚が足りない」
私は彼女へ視線を落とし、囁く。
それに対して、キョトンとした目を向けたまま、「へっ?」と疑問を漏らす彼女。
私は内心で溜息をつき、何と問いたげなエリステインから視線を切った。
理解していない。
全く理解していない。
残念だ。
「鈍器としての、自覚が足りない」
「ありませんよそんなのっ!!」
なんという言い草だろうか。
そんな心ない言葉に、私の心は深く傷つき、深海の底へと沈んでいくような悲しみを覚える。
「何をお喋りしている!」
ごもっともです。
「では聞くが、彼女の命を狙った理由はなんだ?」
「簡単に口を割ると思うか?」
酷薄な笑みを浮かべ、総隊長は宣う。が、腕で拭った鼻血の跡が滑稽すぎて、正直自分で聞いておいて何だが、どうでも良く思ってしまった。
それに、目の前の男に対して、私は特に何も攻勢に出ていないのにも関わらず、肩で息をしている様子を認め、身体強化の反動が出てしまっていることを理解した。
このまま続けていても何の進展もないであろう。あとは、拷問にでも掛けさえすれば大人しく吐くか。
私は吐瀉物にまみれて気を失っている男に視線を向ける。
「残念だが、そいつは何も知らぬぞ。私から出る甘い蜜に群がっていた1人に過ぎないのでな」
そう言ってクツクツと喉を鳴らし、既に事切れている男を顎で指し示して「あいつも同類だ」と、言い放った。
どこの国もそういった側面はあるのだろうが、平和であるが故にゆっくりと、それこそ誰も気付かぬうちに腐敗していき、気付いたときには既に手遅れの状態になっていることがある。
『平和とは次の争乱のための序曲である』と、なにかで聞いたことがある。もしかしたら内外どちらからか、この国はそういった状況に陥る寸前なのかもしれない。
流石に飛躍しすぎかと、私は誰にも気付かれることなく頭を振ってその考えを消す。
「何故、お前の様な者がその女に肩入れするのかは知らぬが、まあいい」
震える腕を伸ばして、ロングソードを私へと突きつける。
「……エリステイン・フラウ・リンドルム」
どうやらその切っ先は私にではなく、私が抱えている鈍器、もといエリステインに向けられていたようだ。
「私を散々袖にしていたが、“こちら側”へ付いていた方が貴様の今後のためであったな。もしくは、この場で大人しく死んでおけば良かったと、何れ後悔することになるだろう」
この男、エリステインに無下に扱われていたことには気付いていたようだ。しかし、言っていることは少々格好悪いと思うのだが、その辺はどうなのだろうか……。
「精々、そのバケモノにでも守護してもらうのだな!」
そう吐き捨てた目の前の男は、懐から高価そうな装飾の施された瓶を取り出し、一息に煽る。
私はその内容物に目を見開き、瞠目する。
その一瞬の硬直が致命的な間を生んでしまった結末。
男は口から血と唾液とを混ぜ合わせた泡吹き、途端にその流動物が通った体内から煙を上げて溶け落ちていく。
白と赤。
グズグズとものの数秒で崩れ落ちていくその有り様に、人としての体を保っていたモノは既にその場に存在しなかった。
脇に抱えていたエリステインが目に涙をため、嗚咽を漏らしているのにさえ気付かないほどに私は動揺し、その一部始終に釘付けになってしまっており、更に腕の力が抜ける。
「……なんで、なんで」
地面に蹲り、視界からそれを消したエリステインが苦しそうに漏らす。
私は大声で呪詛を吐き出したいのを堪え、ヘルメットの索敵機能をフル稼働させて油断なく辺りを見回す。
端から見れば、忙しなく頭を動かす大柄の化け物と、蹲る1人の少女という、悪魔的な一幕にも思えるその情景。
そんな景色が、数分続いていた。
~第二部 二章 狩るということ~ 完
後書き
ちょっと第三部の執筆活動を集中して行う予定です。
なので、前ほどコンスタントに更新をするのが難しくなると思います。
「まぁ、待っててやるよ」くらいの気軽な気持ちでお待ちくださいませ。
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