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宇宙を駆ける狩猟民族がファンタジーに現れました

作者:獲物
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第二部
狩るということ
  にじゅう

 
前書き
ちょっと時間空いたので更新 

 
――雨。

 降りしきる雨が無遠慮に私を打ち付ける。

 雨の中など、水分量が多い場所では光学迷彩機能(クローキングデバイス)はうまく光を屈折させることができず、正常に作動しない。

 紫電が私の体を走り、ゆっくりと空を見上げる。

 足元には首の無い同胞の死骸が転がり、その先にも所々体の部位を欠損した同胞の遺体が数体転がっていた。

 私はコンピューターガントレットを操作し、受け取った救難信号の発信位置を確認する。
 場所はこの近くで間違いないことから、恐らくはここに倒れ伏している同胞の遺体のどれかから発せられていることに、私は当たりをつける。

 比較的損傷の少ない同胞の遺体に近付き、私は見覚えのあるそのヘルメットを撫でる。

 記憶が確かであるならば、この同胞は近く成人の儀式を迎えるはずであった。そのため、狩りの経験を積むために何処かの星で狩猟を行っていた筈である。
 何故、私がそんなことを知っているのかといえば、まだ若いこの個体は昔、私が氏族に所属していた際に私のサポートというか、下働きというか、まあ私の元で世話をしていてくれていた1人であり、実際に狩りのノウハウを教えた内の1人だ。

乱暴にもぎ取られた右腕と腹部に空いた大穴からは、蛍光色の血液が乾くこと無くいまも流れ続けていた。

「少し借りるな」

 そう言って彼のヘルメットを慎重に外し、自身のコンピューターガントレットへ接続する。

 成人の儀式を受ける前の個体であるから装備も旧式の物が多く、また持ち歩ける種類もそう多くない。
 お世辞にも我々種族内で言えば、脅威とはほど遠い存在であり、同等の技術レベル、もしくは身体能力を持っていれば彼を負かすのはそう難しい話でもない。
 それに、彼は私たち種族の中では珍しく、200センチ無い小柄な体型であったことを思い出す。

 コンピューターガントレットがデータを吸い出すのを待ちながら、私は露になった彼の素顔び触れる。

 冷えた体温に、死後硬直の始まっている固まった皮膚。

 彼の体を見るに必死に抵抗をした跡が見受けられるが、それが相手にとってなんの痛打にもなていないことは、この量産されている同胞の死体の数を鑑みれば自ずと理解できる。
 それでも勇敢に敵へと向かっていった若い個体に、私は静かな賛辞を送る。

 と、私のコンピューターガントレットが情報の吸出しを終えたことを示す合図を鳴らすと、自動的に彼のヘルメットのレコーダーに残されていた物が立体映像として再生される。

 「……バーサーカーの奴等か」

 その記録には、彼らの預かり知らぬところで拉致され、この惑星へと連れてこられたことが分かった。
 そしてそこから、奴等バーサーカー種族のプレデター3匹のルールの中、狩られていったというわけだ。と言うよりも、バーサーカーの奴等はこの若い個体の集まりを狙い、この星に連れ込んで、嬉々として虐殺に近いことを行っていたのがレコーダー確認することができた。

 やりきれない、グツグツとした気持ちを押し込み、ゆっくりと立ち上がった私の背後に3つの反応が近付いてくるのをヘルメットが知覚する。

 振り向いた私の視線の先には、既に事切れた若いクラシック種の同胞の足を持って引きずっているバーサーカー種の1体と、それよりも若干大柄な、クワガタのような角を生やしたヘルメットを着けている者が1体、その後ろに一際大きな体格のリーダーと思われる個体を1体認める。

 同胞の足を持っていたバーサーカー種がその手を離し、私へと威嚇するようにその手を広げて咆哮する。

「うるせーよ」

 嘲笑を滲ませて言い放つ私に、3匹の中で恐らく一番の下っ端が1枚刃のリストブレイドを伸ばし、突っ込んでくる。

 私は1発、その足元にプラズマキャスターを放つ。

 奴は馬鹿正直にその一撃で足を止め、土煙から顔を守るように背けた。

「だから下っ端なんだよ、お前は」

 そう言った私は既に奴の懐まで潜り込み、突き上げる掌底で顎を打ち抜く。

 数本の歯と骨の砕ける音を聞きながら、宙へと舞う奴のヘルメットを視界の片隅に入れる。

 脳を揺さぶられ、全くの無防備な箇所へ痛打を決められた下っ端は、力無く地面へと膝を付いた。
 私はそいつの頭を両手で持ち、口から蛍光色の血を蟹のように泡立たせている顔面に膝を一度叩き込む。

 頭蓋骨が砕け、脳へと突き刺さる感触を感じるのと、奴のヘルメットが地面へ落ちるのは同時であった。

 私は顫動音を鳴らしながら首を回し、前を見据えて残った2体へ人差し指を立ててから、二度倒す。

――かかって来い、と。







 結局、私は彼女からのお願いを受けることになったわけで。

 現在彼女が近くの村に向かい、この遺品を運ぶための荷馬車を用意して戻ってくるそれまでの間、私はこの場でお留守番となったわけである。
 光学迷彩機能(クローキングデバイス)を起動させ、木上で昼寝をしていた私であるが、随分と懐かしい夢を見たと苦笑いする。

 そういえばそんなこともあったなと。あれは冒険者になってすぐの出来事であったと記憶しているが、リーダー格と思われた個体は逃がしてしまっており、ついぞその後の消息は分からなかった。
 右手首を切り落としはしたが、あんなもので死ぬほど我々種族は柔ではない。恐らく、いまも何処かの惑星で暴れまわっているのではないかと思われる。
 もう1体いたバーサーカー種は、ヘルメットのクワガタ部分を叩き折り、両膝を逆間接に整形した後、顔面を踏み抜いてやったが、正直最後の1体を取り逃がしてしまったことが悔やまれる。しかし、いまの私にはどうすることもできないので、取り合えずその考えは放り投げておく。

 さて、そろそろ帰ってきてもおかしくないほどには時間は経過しているが、いまだにそれらしい人影は認められない。

 それならば仕方がない。

 少しこの森の浅い場所も騒がしくなってきている。というか、元の生態系に戻ってきているといった方が正しいのかもしれない。

 あのゴキブリの番や、面白生物(ガミュジュ)が原因で、どうやら少々この辺りは混乱していたようだ。

……私の所為だとは思いたくないが、果たしてどうなのか。

 一旦、ロングソードの束にカモフラージュを掛けておき、少々探索に出掛けることにしよう。
 彼女には念のために追跡装置を張り付けてあるし、ここに戻ってくればすぐに分かるようになっているので、心配はないだろう。
 あとは私が数分で戻れるような距離にいればいいだけの話である。

……彼女に無断で追跡装置を付けたことは内緒だ。







 森の探索をすること数時間。

 マイナスイオンに体を浸して、私は野生に生きる動物たちを眺めて1人、ほのぼのと癒しの時を過ごしていた。
 とは言っても地球の自然の多い森とあまり変わりはなく、鹿や狼、熊や兎など、目新しい生き物にお目にかかることは無かった。
 やはり、森の浅い部分にはあまり魔物と呼ばれる生き物はいないようであり、稀に小鬼(ゴブリン)などが出てきては野生の生き物を追い回しているのが認められた位だ。
 この程度であるならば、武装している人間であれば早々に遅れをとることはないと思われる。しかし、狼などの群れで狩りを行う生き物には注意が必要だろう。

『戦争は数だ』、などと言っていた人物がいたが、概ね正しい意見だと言わざるを得ない。それを覆すほどの武勇に優れた存在が早々いるとは思えないが、まだまだこの世界の広さは私の理解の範囲外であるため、この森の浅い場所に来たことにより、私は初心に帰ることができたのかもしれない。

 そんな自分を見つめ直していることに若干の居心地の悪さというか、気恥ずかしさを感じた私は、ヘルメットから知らされたマーカーに意識を向けて誤魔化す。

「やっと帰ってきたか。しかし……」

 彼女以外にも複数の存在を確認。

 さて、どんな面子がきたのか……。

 まあ予想はできるが、早速戻ってみるとしましょうか。







 やはりそこにいたのはエリステインと、恐らく村人なのだろう荷馬車を引く、汚れた麻布の服を纏う男、そしてあの惨状から生き延びた騎士3名と、それに総隊長と呼ばれた男であった。

 ふむ、騎士3名と総隊長と呼ばれた男に至っては、怪我を負った様子も見られず、プレートメイルも随分と綺麗なままである。
 それなりの日数が経ってはいるが、まあまあ都合良く最寄りの村に腕の良い鍛冶職人が在住していたものである。

 白々しい考えを持ちつつも、ロングソードの束を隠しておいたカモフラージュを崩す彼女達を観察する。

 若干迷惑そうに、眉間に皺を寄せているエリステインには気付かなかったことにしよう。
 そんな、ただ木の枝を掛けたり物凄く自然に見えるように植木をしただけなのだから、そんな手間ではないだろうに。遠目からだと森の一部と見間違うクオリティーなのだから、誉められこそすれ、そんな迷惑そうな顔をされるなんて心外極まりない。

 あれだけのために、30分は時間を掛けたといのに。これだから近頃の若いものは……。

 それにしても、なんだか随分と不穏な空気を感じるわけだが、これはいったいどういうことなのだろうか。私の杞憂で済めば、それに越したことはないが。

 やっとこさエリステインはカモフラージュを解き、露になったロングソードの束を、後ろに控えている総隊長と呼ばれる男達へと見えるようにするために体を入れ換える。
 総隊長はひとつ頷き、他の騎士にロングソードの束を運ぶように指示を出すと、エリステインへと向き直った。

「エリス……。生きて帰ってきてくれただけでなく、仲間達の“魂”も連れ帰ってきてくれたこと、感謝する」

 そう言って彼女の肩に手を置く男の顔は、満足そうに笑んでいる。
 だが、エリステインに至っては対照的に、随分と不機嫌そうに眉を寄せて首を振っていた。

……なんだ。まだ私のカモフラージュのことを怒っているのか。お子さまだな。

「総隊長も、お怪我ひとつなくなによりです」

 おいおい、エリステイン。八つ当たりは良くないぞ。
 私ならここに居るのだから、面と向かって言えばいいじゃないか。

 なんてことあるはずなく、彼女の静かな怒りは総隊長に向けられており、その怒りを向けられた当の本人はと言えば、知ってか知らずか飄々としたものである。
 こればかりはそこに就いた立場と、それこそ年季の差としか言いようがない。

「『私だけでも』と、部下達が退路を切り開いてくれてね。君を含めた騎士達のお陰で、なんとか命からがら生き延びることができた」
「……そうですか」
「エリス、君には辛い想いをさせてしまったね。すまなかった」
「いえ、総隊長にもお立場というものがございますから。私は気にしておりません」
「そう言ってもらえると、少しは気が楽になるよ」

 まるで、安い三文芝居を見せられているような気分になるのは私だけだろうか。
 立場上強く追求できないエリステインは、きっと何かに気が付いている。それは、総隊長の遺体が見付からなかったと告げたとき、彼女は酷く動揺し思案を重ねていた。
 それがどういったことであるのか、私が彼女に尋ねることは敢えてしなかった。

 先ずもって、私が出張って彼女にプラスになる要素が一つもないということ。そもそも、どこかの誰かに対して必用に肩入れすることは憚られた。
 私のそのスタンスが変わることなど、早々起こってはならないし、自身でそれを回避せねばならないのだ。

 既に手遅れ感は否めないが……。

 私の想いとは他所に、ロングソードの束を積んだ荷馬車は騎士達を置いて一足先に村へと戻るようである。
 馬に鞭を入れ、遠ざかっていくその姿が小さくなるのを見送ってから、総隊長は大きく息を吸ってから吐き出す。

「一旦はここでの仕事も落ち着いたということにしよう。この森の奥については、再度王都より本隊が到着してから綿密に調査を行うことになる。早馬を送ったとはいえ、私も一度戻らねばならぬしな」
「……」
「エリス、君はどうする? もし王都へ戻るようなら」
「いえ、まだ私はやるべきことが残っておりますので」

 総隊長が最後まで言うことなく、エリステインはそれを拒否する。
 まるで、拒絶にも近いようなその言いぐさに、騎士の1人はあたふたと、残りの2人に至っては剣呑な空気を醸し出しているのが傍目にも分かるほどだ。

「ふ、副長。もう少し言い方がですな……」

 どうやら、あたふたと取り繕うように言い含めているのはエリステインの直属の者であるようだ。

 ふむ……。にしても副長とは、エリステインの地位はもしかしたら、私が思っているよりもずっと高いのかもしれない。
 とは言っても、先ほどの物言いは流石に角が立ちすぎる。下手したら不敬と捉えられても文句は言えない。実際、総隊長の直属の者と思われる2人に関しては、腰の剣に手を触れているほどなのだ。

「いやいや、良いんだ。……それであるのならば仕方がない。残念ではあるが、私たちだけで先んじて王都に戻るとしようか」

 右手を上げて、総隊長は苦笑いをする。

「申し訳ありません。……では、我々も一度拠点へ戻りましょう」

 そう言って荷馬車が進んでいった方角へ歩みを進めるエリステインと、そのすぐ後方へ続く彼女の部下。
 やっとこの場から解放される、そう思っていた私のヘルメットが音の波を表示する。

「……本当に残念だ」

 ヘルメットの集音機能だから捉えられた呟き。

 私の視線の先。

 降り下ろされた右手に呼応するように、総隊長と呼ばれた男のすぐ側に控えていた男が抜いたロングソードが、エリステインの部下を背中から斬り付ける。

「かはっ……!」

 その前方を歩いていたのと、仲間であるはずの者の手による行為だと気付いた衝撃により、彼女の反応が僅かに遅れる。
 既にもう1人、彼女へと抜き放ったロングソードの軌道は、彼女を脳天からカチ割るかの如く降り下ろされていた。

 だが、それよりも早く、事態の異変に気が付いた私は既に木から跳び、光学迷彩(クローキング)を行ったまま彼女の前に躍り出て、リストブレイドでそれを受け止める。

「んなっ!?」

 驚きは一瞬。

 斬り付けてきた騎士の反応は早かった。

 目に見ない異常事態に、咄嗟に剣を引いて後方へと跳ぶ。

 流石は騎士団。そのトップに立つ男の側近といったところか。

 総隊長と呼ばれた男も既に剣を抜き、油断なくこちらを睨み付けている。
 いまのいままで姿が見えなかったことにより、確かに驚きはあったであろうが、こう近距離にいては私の空間が多少歪んで見えているだろう。そこに何かが存在することは認識できているようだ。

 私は光学迷彩機能(クローキングデバイス)を切り、紫電を纏わせながらその姿を露にする。

 思い出した初心をいきなり忘れるハメになるとは、私も予想外であった。

 驚愕に目を見開く騎士3名。

 私は喉をならし、前を見たまま背に庇った彼女へと口を開く。

「……嵌めやがったな」

 と。 
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