宇宙を駆ける狩猟民族がファンタジーに現れました
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第二部
狩るということ
じゅうきゅう
前書き
G級ハンター
私はいま、世界と世界の狭間にたった1人で立っている。
「世界と世界の狭間」、とは大層なことを宣ってみたが、所謂、森とその向こう。人間達が住まう土地、その境にいま私はいる。
混沌獣を狩った日から早2日が経過し、いま私は女騎士、エリステイン・フラウ・リンドルムが村から戻ってくるのを待っているためだ。
久方ぶりに森と洞窟以外の拓けた場所に訪れた気がする。
何故、出不精……もとい、慎重に慎重を期する私がそのような行動に出たかというと、それは2日前、混沌獣を狩った日に遡る。
その混沌獣を狩った当日、私は狩りの土産にとメスの個体の頭部を彼女へ持ち帰った。
わけの分からない、クリーム色をした体液を滴らせたそれを見た彼女の反応といえば、それはそれは大層な悲鳴と共に、大量の飛来物を私はその身に浴びることになった。
いや、何も嫌がらせとかからかう目的で頭部を持ち帰ったわけではなく、騎士団を殺戮した犯人かどうかを改めてもらうためである。
流石にちょっとこれはヒドイくないか?と、オブラートに包んで伝えてみたところ、
「だからって投げて寄越すことないじゃないですか!」
と、怒られた。
確かに!
―
さて、改めて彼女に確認して貰ったところ、多少頭の形状が記憶と違うものの、恐らく間違いないとのことであった。
彼女を含む騎士団を襲ったのは、オスの個体であったのだろう。
生憎とそちらはメスに喰われた旨を伝えると、顔面の体温が赤から青へと一気に下がったのがサーモグラフィで確認できた。
確かに気持ちの良い話ではないが、左腕と足、そして騎士達の仇が既に存在しないことを伝えるためだ。そこは我慢してもらおう。
そんな顔面を蒼白にしつつ、彼女はポツリと「……でも、そう、ですか」と、憑き物が落ちたような表情をする。
気にしないようにと努めてはいたが、彼女が自己嫌悪にも近い憤りを燻らせていたのは気が付いていた。
聞いてはいないのでその心情を図り知ることはできないが、ある種の危うさのようなものの片鱗は見せており、いま、それもすっかり抜け落ちた顔をしている。
どのようなことがあろうが、今回の騎士団の犠牲に関しては間違っても彼女に何の落ち度もない。が、それを決め、どうしていくかは彼女が決めていくことであり、他人どころか人族ですらない私が口を出すようなことでもない。
もし、私が「気にするな」と、「君は何も悪くない」と慰めて納得するような人間なら、そもそも最初からそんなことで悩まない。それに、真面目で少々潔癖なきらいがある彼女にしてみれば逆効果になる可能性の方が高い。
「……伝え忘れていた。念のため、あの場に落ちていた刀剣は全て持ち帰ってきた。ドックタグのような個人を認識できるものでもあれば良かったんだが、生憎見当たらなかったのでな。なので、同じ紋章が彫られている剣を持ち帰って来た」
そう言った私に彼女は力無く頭を下げる。
「それは、本当にありがとうございます。騎士として任命される際に、国王から下贈された私達にとって、命よりも大切な代物です。少しは仲間達も浮かばれます」
とは言っても、命あっての物種だろう。そうは想っても口には出さないが、彼女自身も少なからずそう感じている筈なのは手に取るように分かる。
聞けば、この国はここ数十年以上に渡って大きな戦いは起きてないと言う。隣接す国は同盟国、もしくは属国と呼ばれる国ばかりであり、肥沃な大地と海産物にも恵まれ、豊かな国であり比較的治安も安定しているということであった。
また、先にもあったように近隣の国とは友好な関係を結んでいるため、必要な物、足りないものは補い合うことで、相互の利益を損なうような取引は行われことはないという。
もちろんそれは国同士の話であり、国民、延いては領民などのミクロな単位で言えば当然犯罪や揉め事なども起こるし、魔物や混沌獣などがいる世界なのだから、そう言った自然災害的な被害も当然のごとく起こるとのことだ。
とまあ、そんなこんな安定した国であるから、彼女は職業柄人死にには慣れていても武装した集団、それも軍という枠組みにおける戦闘のプロが大量に死する瞬間など、早々お目にかかったことがなかったようだ。
更に言ってしまえば、彼女自身その場で被害にあっており、死にかけた経験を持っているのだからその想いはひとしおだろう。
死んでしまえばそれまで。
死ぬ間際になど、地位も名誉も関係ないのだ。
名誉と誇りに生きる種族にあるまじき言動ではあるが、それが私の本音でもある。
ただ、そういった生き方を否定しようなどとも思っていないし、人として大切なモノであるとも認識している。だから、彼女がそれを持ち帰りたいと言ったとき、私は一も二もなく了承したし、そのつもりであった。
「いま、それはどちらに?」
「安心しろ。ちゃんと保管してある」
「案内していただいてもいいでしょうか?」
「……着いてこい」
私の乗る船は高速移動船なので、25メートルプールにすっぽり納まる程度の大きさだ。なので、奥行きはあまり無いのだが、その分、多少高さに余裕を持たせている。
しかし、単独での運用を想定しているために、実はそんなに多くの設備を搭載しているわけでもない。
一番底部にあるエンジンルームには、この船を動かすのに必要な心臓部分はもちろんのこと、ワープの装置やそれに付随するフォールド通信装置の本体があり、また同じフロアにはAI搭載のスーパーコンピューター兼データサーバーなど、ライフラインに必要なものが積まれている。封印指定の武器が置いてあるのもこの場所だ。
そこを上がると外に出るためのハッチが存在する、謂わばメインスペースとなっており、狩り取ってきた頭骨や死体などを処理するスペースや浄化装置、武器庫など、主に居住スペースとなっていて、医療ポットとシャワールームもここに存在する。彼女がいたのはこのフロアだ。
そこから船首に当たるブリッジは少々高い位置にあるのだが、その通り道に私の常用する各種装備が整えられており、そこにトロフィーも飾られている。実はデッドスペースとなっている場所は意外と無く、エンジンルームのあるフロアからブリッジまでの高さは大体建物2.5階分ほどだ。
……シャワールームの排水処理施設や、珪素系生命体の彼らの手により魔改造された、封印指定している武器庫がスペースを圧迫しているのが事実なのだが、これは必要な処置なので致し方ない、と言うことにしよう。
そしていま、騎士団のロングソードを保管している場所は、私が主に利用する武器のストックや予備のパーツが置いてある武器保管庫であり、彼女がいたフロア内なのである。
彼女は物珍しげに船内を見渡しているが、そういえば彼女はシャワールームと休んでいた部屋以外はほとんど移動していなかったことに気付く。
「珍しいか?」
「え? あ、すみません」
「いや、気にしていない」
自分で聞いておいてなんだが、そりゃ珍しいよな。逆に平然としている人間がいたら私の方が驚いてしまう。
「ここは家? 建物の中なのですか?」
「いや、船だ」
「へぇ、フネですか……。ふね……、船……。えぇ?! 船ですか!?」
「ああ、船だ。……この中だ」
大方、木造の帆船やそれに類するものを想像しているのだろう。案の定、「嘘……。だって、ここ森の中……。それにこれ鉄?金属だし……」とか何とか、ぶつぶつと小さいながらも驚愕に染められた声が聞こえた。
私はそれに応えることなく、武器庫のロックを外し、中へと進む。
一応、全ての部屋にはもちろん、各所にロックした片側スライドの扉か左右開きのゲートが設置されており、そのセキュリティは私のDNA情報とコードナンバーを用いて開閉される仕組みになっている。
当然、それでは彼女は部屋から一歩も出ることができなくなってしまうので、彼女を通すことのできる箇所のロックはフリーにしておいた。
言ってしまえば自動ドアと同じ要領だ。
左右開きのゲートが開ききり、先に武器庫へと入った私は「これだ」と、持ち帰った刀剣を指差すが、彼女からの返答はない。
ベッタリと、既に乾いた血液が付着している物、半ばから無惨に折れている物。また正反対に、使用した形跡すら見当たらない物もあり、これは剣を抜くことも叶わずに、持ち主が死亡したことを容易に連想させる。そのどれもこれもが、数日前の惨状を思い起こさせるものであった。
その刀剣達の有り様は生々しさを語っており、言葉を無くすほどのショックを受けても致し方ない。
なんと声を掛けようかと振り向いた私の目に映った彼女は、いまだ部屋には入らずにいた。
「これが船なんだ。……わっ、すごい堅い! 鉄じゃないよね、やっぱり」
「……」
「壁だと思ってたこれ、扉だったんだ……」
壁面を軽く叩き、拳に伝わる感触で何やら強度を確かめている。
「……」
挙げ句の果てにはロックの解除を行うディスプレイを弄りだしたようだ。
ビッビッビッと音が鳴る度、「わっ!」やら、「光ってる!」やらと、喜色を孕んだ叫びが聞こえてくるではないか。
仕舞いには出鱈目に入力を繰り返したため、エラー音を鳴らしてゲートが閉まっていくその向こう。
「すごいっ! 壁が動いた!」
輝かせた瞳を私に一瞥もくれることなく、閉まり行くゲートを最後まで見詰め続けていた。
……やるか。脊髄ごと。
―
コンピューターガントレットを操作し、セキュリティにロックが掛かったゲートのパスを再設定し直した私は、仁王立ちでゲートを開ける。
「すごいです! これが船ブッ!」
最後まで言わせることなく、私は彼女の顔面を鷲掴みにする。
所謂、アイアンクローというやつだ。
そのまま持ち上げ、移動。
「ぐぶじぃごぶばぼ」と、足をプラプラさせながら唸っているが、私の関知するところではない。
私の胸は張り裂けそうなのだからっ!
束ねて置いてあるロングソードの側まで持ち運び、そこで手を離すと、よろけながらも彼女は見事に着地する。
「鬼ですか、あなたはっ!」
貴様は悪魔か。
毒吐きは心の中で止め、私は顎をしゃくって床のそれを指す。
どこか納得いかない装いの彼女だったが、床にあるそれを認めて表情を変える。
まあ、それが普通の反応だろう。
「貴様のいまいる部屋に移動させる」
「はい……。ありがとうございます」
片手でロングソードの束を持ち上げ、私達は部屋を後にする。
トボトボと下を向いて後ろをついてくる彼女は、「力持ちですね」と、いまにも泣きそうな声を出す。
私はそれに対し、気の利く言葉を掛けることなく「そうだな」と、素っ気なく返すことしかできなかった。
自らの力で乗り越えるしかないのだから。
―
その翌日、彼女は私を呼び出すと、開口一番にこう言い放つ。
「私1人だと持っていけないので、一緒に運んで貰ってもいいですか?」
ロングソードの束を指差して、あっけらかんと言い放つ彼女の顔面をシェイクしたのは言うまでもない。
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