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緋弾のアリア-諧調の担い手-

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夏休みⅡ
  第一話



時夜side
《住宅街》
PM:7時22分


既に夜の帳が降りて、世界を常闇が包み込んでいた。とは言え、世界は未だに明るい。
それは世界の摂理であるモノに反利する者達により成り立っている。

だが、それとは裏腹に夏を感じさせる様に何処からか虫達の鳴き声が聞こえてくる。
昼間の熱気も何処へと消えて、漸く過ごしやすい程の夜風が吹き抜ける。


「……気持ちいいな、これならマナを消費しないで済むよ」

『時夜、時夜…この間の夏の心霊特集でこんなシュチュエーションのお話がありましたよね?』

「…怖がらそうとしても、別に俺は怖がりじゃないからな?」

『……あれは僕が小学生の時の夏休みの事でした』

「…いや、思い出させようと語り入れなくていいから」


色素の薄い髪を微風に靡かせ、半眼で時夜は首元で月光を浴びて怪しく光る水晶を見据える。
先日見た、月の届かない薄暗い住宅街を少年歩いている際の、心霊現象の話が脳裏を過ぎった。

確かアレは、俺と同じ位の子供が悪霊に襲われると言った話だった筈だ。
別に襲われても、迎撃すればいいだけの話だ。俺はそこらの子供とは違う。

……まぁ、今は他の件の方が心配。
月姉が言っていた、巷で起こっている連続襲撃事件の方だ。

一応の所、話し相手兼自衛手段としてイリス、そして時切を連れて来ている。
まぁ、永遠存在が相手ではなければ過剰戦力であろう。だが、念には念だ。

見据えるその視線の先。
常人を逸する視力には、遠方の都心のビル群が連なって見える。

明かりの消えたビルの窓ガラスは。
街灯の光を反射して、ひび割れた魔法の鏡の様な姿を晒している。

繁華街は、煌びやかなネオンの海。
深夜営業のファミレス、カラオケ、コンビニエンスストア。

路上にはまだまだ若者が、会社帰りの社会人が、人々が溢れている。
無邪気に騒ぎ、笑いながら、他愛のない会話をしている。

夏の夜の微風に乗り、マナによって強化した俺の聴覚へとそんな話が流れてくる。

何故俺がこんな時間に歩いているのかと言うと。
単に、食後にアイスを食べたいが為に買い出しに出ているのだ。

俺の好きなアイスは限定物でお高い。
それに、ここら辺のコンビニでは売ってない為に、少し歩く事になる。

カナも付いてきたいと言った。だが、流石に女の子をこんな遅くに出歩かせる訳にはいかない。
故に、その提案に首を横に降った。…それに件の事もある。


「…今、ここに目覚めた…深紅の影を讃えよう」


前世で好きであったゲーム。怒りの日の主題歌。
ラテン語で歓喜の叫びを意味する歌を一人の寂しさを紛らわせる為に口ずさむ。

それでも、周囲に対する警戒は怠らない。マナを結界の様に半径100mに張っている。
異常存在を察知したら直ぐに俺に伝える様に、そう蜘蛛の巣の様に張り巡らせている。


「―――ッ…なんだ!?」


歌を口ずさんでいる時。
不意に…ズン、と鈍い振動が地面を揺らした。一瞬遅れて、爆発音が響く。

爆発音は、尚も絶え間なく響き続けている。
単なる事故や自然現象では説明がつかない、人為的な破壊が行われているのだ。

荒れ狂うマナの波長が、常人にも感知出来るレベルにまで伝わってくる。

―――このマナの波長は…。
時夜は表情を歪める。この爆発と異変を起こしているものの正体に気付いたのだ。


『―――警告します、時夜。現在、台場港区にて何者かが“眷獣”を使役して戦闘行動を行っています』

「…全く、何処の“蝙蝠”だ。まさか“アクア・エデン”の奴らじゃないだろうな?」


イリスの報告に嘆息しながら、俺はその場より駆け出した。
それは子供に出せる、否、常人に出せる速度を遥かに凌駕する。


『…どうしますか?』

「…とりあえず、様子を見に行こう。話はそれからだ」


跳躍し、民家の屋根に着地。そのまま更に空中にて翼のハイロゥを展開。文字通り俺は飛んだ。
夜色に染まった、けれど明るい世界を時夜は飛翔する。

そうして見えたのは上空に浮かぶ、直径数十メートルもの火球であった。







1








「……時夜、本当に大丈夫でしょうか?」

「…心配ではありますが、イリスと時切も一緒です。何かあったらイリスから連絡が入る様になってます。今は信じて待ちましょう。…けど心配です。あの子、色んな意味でフラグメーカーですからねぇ」


リビングから直結している縁側より外を見据えながら、心配そうな面持ちでカナはそう口にした。

今から十分程前、時夜は食後のアイスを買いに行くと、外へと出て行った。
那月の言う事が本当ならば、その時夜は恰好の的となり果てる事だろう。

今この東京で、報道されてはいないが確かに起こっている事件だ。
相手は能力者や存在マナの多い存在を主に置いて、襲っているという。

本来ならば、外出などせずに襲撃事件の犯人が捕まるまで出歩くのは避けるべきだろう。
警戒を怠っているとは言わないが、物事を軽視しているのか。まぁ、彼に限ってそれはないだろうが。

とにかく迂闊だ。
それにお義母様が言った様に、あの人はフラグメイカーなのだ。…色々な意味で。

私がどれだけアピールしても、それに一向に気付く事はない。

一体、無自覚にどれほどの女の子を射止めてきたのだろう?
お義母様の話を聞くに、それなりにいそうだが。

お母様も凍夜さんの似て欲しくない所が似てしまったと、溜息を吐いて言っていた。
正に、この親にしてこの子ありとはよく言ったものだ。


「…本当、何もなければいいのですけど」


時深は時夜に対しては、親バカとも言える程に過保護。
それだけに、息子の身を案じているという事でもあるけれど

その為に、不安そうな口調で時深はそう答える。


「……そうだといいのですけど」


未だに不安の消えない胸元に手を置く。…その刹那。


「―――きゃっ!?」

「…大丈夫ですか、カナちゃん!」


思わず、体がバランスを崩して倒れそうになる。

地面が不意に揺れた。それに続く様に、爆発音が響き渡る。
荒れ狂うマナの波動が地肌に直接伝わってくる。

ここより、南の位置。台場の港区辺り。
空を焦がす様に真っ赤な火炎が覗き見えた。


(………時夜)


不安は途絶えず、私は心の中で彼の無事を願った。







2









「……やはりは、蝙蝠の眷獣か」

『この濃密なマナ…推測しても“旧き世代”相当でしょう』


空がまるで夕焼けの様に、眩い程の炎で炙る様に赤く染まっている。
嵐の様な暴風に、髪が無造作にかき乱される。

立て続けに起きる轟音。
地肌にひしひしと突き刺す様に、荒れ狂うマナが伝わってくるのを時夜は感じていた。

海は時化て、海面を激しく波打っている。遠くの東京湾上には大型人工浮島こと海上都市“アクア・エデン”。
それが、その存在を主張するかの様に光輝いて存在している。

台場にある高層ビルの一つ。そこに降り立ち、俺は事態を見守っていた。
念の為、姿を偽装するのにフード付きの外套を目深に被っている。

更には永遠存在の自身に対しての概念操作を使い、外見年齢を十代半ば程にする。


「……はぁ」

『…どうしました、時夜?』

「いや、なんでもないよ」


俺は自身の成長した姿に嘆息する。この姿はあまり好きになれない。
中性的であった顔立ちは更に女性っぽくなり、体も年頃にしては女の子の様に線が細い。

髪も腰ほどまで伸びて、その面影は母親である時深そっくりだ。
変身前の姿でさえ学校では“男の娘”などと言われているのに…。

将来の姿に激しく絶望する。
一応自分の事だが、見て呉れだけは美人というカテゴリーに入るだろう。

どうせなら普通でいいから男っぽい容姿に生まれたかったなぁ…。

そう心の中で溜息を洩らす。
だが、容姿ばかりはもうどうしようもない、生まれついたものだからだ。

憂鬱な気分になっていて見落としそうだったが…。
爆発の炎を浴びて、漆黒の妖鳥の姿が空へと浮かび上がる。

見えたのは一瞬だが、時夜にははっきりと解った。
やはりアレは濃密なマナによって生み出された召喚獣。“吸血鬼”の眷獣だ。

眷獣とは意思を持って実体化する程の高濃度マナの塊。すなわち、マナそのものだ。
身を震わす程の破壊力を持つソレが実体化して暴れている。

吸血鬼が何者かと戦っているのだ。
生憎と、使役者の姿はここからは捉える事は出来ない。

戦場となっているのは台場の倉庫街。

周囲に存在する全てのモノを薙ぎ払って。地面、建物を融解させている。
すでに大規模な工場火災程度の被害が出ているのが客観的にもわかる。


「…これ、被害総額だけでもどれ位行くのかな?」


その惨状を目の当たりにして、時夜はそう口にする。
だが、口調とは裏腹にその表情は強張ったものであった。

戦闘が開始されてから約五分程といった所か。
それだけの時間、それほどの被害を出しながらも戦闘はなおも続いている。

“それだけの時間”だ。
都市を一つ陥落させる程に圧倒的な力を有する旧き世代の吸血鬼。

それほどの力が対峙しているのに一向に戦闘は終わらない。

その事実が意味するのはただ一つだ。
吸血鬼が相対している相手もまた、同等の戦闘力を持っているという事だ。


「…どうしたものかな」


最初は少し様子見をして帰るつもりだった。カナやお母さん達も心配している事だろう。

だが戦闘は未だ終わらず、彼らを沈静化させる対魔族のプロ“攻魔師”の気配も周囲には感じられない。

俺や、俺の友人達の街でこれ以上暴れられるのも困る。

今は都内の郊外で戦闘が起こっているが、これが都市部に向くと被害者も多くでる事だろう。
……最低でも死傷者が出て、都市その物が機能しなくなる。


「……さて、どうしたものか」


あれほどの規模の戦闘だ。
いくら戦場が市街地から離れていると言っても、民間人が巻き込まれていないとは限らない。

そしてこの街には時夜にとって守るべき人達がいるのだ。
よほど卓越した術者でなければ、眷獣が暴れ回っている戦場には入る事はできない。

今俺の頭に浮かぶのは二人の人物だ。

一人は自身の父親の倉橋凍夜。
もう一人は術式の師で攻魔師の資格を持つ南宮那月。

だが頼るべきその二人の人物は今現在この街に存在しない。

……なら、どうするべきなのか。


『…時夜、どうするのですか?』


俺の心の迷いを察したのか、イリスがそう告げる。


「―――…俺は」


燃え盛る炎の中に浮かび上がった眷獣が何者かの攻撃に貫かれたのだ。
そうして、時夜の答えを遮る様に悲鳴の様な咆哮が上がる。


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