緋弾のアリア-諧調の担い手-
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第二話
時夜side
《台場・倉庫街》
PM:7時39分
「……遠目で見るよりも、明らかに酷いあり様だ」
倉庫街のあちこちで、大規模な火災が起きていた。
街灯の消えた街を、燃え盛る炎が紅く照らしている。
自動消化装置も動いていたが、踊る火炎の勢いが衰える気配はない。
時夜はそんな惨状と化した倉庫街を駆けていた。
そして思う、この程度で済んで良かったと。けれど、被害は未だに拡大し続けている。
「…ガスや石油漏れが起きてないだけ、まだマシだな」
『そうですね。此処は海に面しているとは言えほど都心部に近い、早く何とかしないと、ですね』
これで俺の考えている事が実際に起きていれば、被害は更に甚大になっていたかもしれない。
対象である眷獣を使役する吸血鬼に近づくにつれ、荒々しいマナが頬を切る様に突き抜けてゆく。
『―――時夜、エリアサーチの方が完了しました。火災の広がっているこのエリア付近には生体反応は時夜を含めて、8つしか存在しません。』
「……8つ?対象と相対者の他に逃げ遅れた者がいるのか?」
『…いえ、既にこの領域内の民間人の避難は数瞬前に完了しています。元々、人は限られた人間しかいなかった様です。一つは相対者に連れたっている存在、そして他4つは領域の出入り口に存在しています』
首元に掛けられた機械水晶が炎の色を映しながら、そう口にする。
幸いにも、倉庫街の中に人の気配はないようだ。
元々人口の少ない地域だし、倉庫街の管理をしていた人々も避難を終えているらしい。
ひとまず、心の中で一つ息を吐く。民間人が巻き込まれる事はないと。
だがイリスの言った様に、戦闘が激化して都心部に向く様なら話はまた別だ。
それはこの街の、ありとあらゆる人間が解っている事だろう。
目の前の空間に、仮想モニターが表示されて、この倉庫街のマップが表示される。
そうして映し出されるマップの上には、俺を含めて8つの表記される赤い光点が存在している。
「さっきの話にあった、この領域脇に存在する四つの光点は?」
俺のその言葉に、更にウィンドウが開いて4人の人物を映し出す。
倉庫街に取り付けられた、監視カメラをハックして得た情報だ。
『周囲を巡回中であった武偵達の様ですね。彼らが民間人の避難に当たっていた為に、幸いにも、避難した人々に死傷者はありませんでした』
「……んっ、重畳」
恐らくは、眷獣が暴れ回る戦場には入る事が出来ないと判断したのだろう。
故に、人命の救出の方を優先させた。いい判断だと、素人から見ても思う。
「イリス、領域外に何か動きは?」
眷獣が暴れる現場へと走りながら、そうイリスに問い掛ける。
戦闘が開始されてから10分が過ぎた頃か。
戦場に介入していないとはいえ、武偵がいるのだから然るべき機関に連絡を着けているだろう。
『―――半径20km以内に高マナ反応が複数あります。到来まで後14分弱と言った所です』
それを耳にして、視線を上空へと向ける。おそらくは高位術者と思しき者達だろう。
上空に飛翔する戦闘中の眷獣の姿は、まるでワタリガラスに似た漆黒の妖鳥であった。
翼長は余裕で10メートルを超えている。
闇を固めた様な巨体。
時折、溶岩に似た琥珀色に輝き、吐き出す火球が周囲に凄まじい爆発を巻き起こす。
既に俺は臨戦態勢に移項し、オーラフォトンで形成された刃と時切を両手に携える。
ぎゅっと、その剣を握る手に自然と力が入る。
……俺は仮にも、今からアレと戦闘行動を交える事になるかもしれない。
そう思うと、引き締めた筈の意識が更に引き締められる。
足止め程度でいい。俺が出来るのはそこまでだ。後は、専門者が出てきてやってくれる事だろう。
俺は仮にも一般人で通っている為に、こういった行動は本来は避けるべきだ。
故に、術者の到着寸前にこの場を離脱する。
到着までの間、少しだけ気を引き付ければ良い。それが最優先事項だ。
「…………」
街の中心部に差し掛かった所で、俺は一度脚を止める。
そうして、瞳を閉ざして、詠う様に言葉を紡ぐ。
「…紡がれる言葉、そしてマナの振動すら凍結させよ―――」
言葉を発する度に、周囲に淡白い光が集い、それが徐々に光を増して広がっていく。
その光はやがて、倉庫街全域に拡散していく。微々たる冷気が灼熱の世界に灯る。
真紅に炎に照らし出された街を、世界を、真逆の青が染めていく。
此処には居ない、諧調の権能を一時的に引き出す。
「―――アイスバニッシャーッ!」
その発言を引き金に、淡白い多大なマナが爆発する様に世界に放たれる。
炎で熱く燃え滾る街を、絶対零度の氷が炎ごと街全体を覆い尽くし、凍結させる。
まるで、時間すらも凍結した様な錯覚に陥る。そして数瞬。
街全体を覆っていた氷が罅割れ、マナの粒子に還ってゆく。そうして、炎は街から姿を消した。
見渡す街並みは、炎が巻き散らかされる前の姿をかろうじて保っていた。
『時夜、とりあえず倉庫街全体に広がっていた炎は沈静化されました』
「……うん、なら応急処置的なものはこれでいいかな」
白い息を吐き、イリスの状況報告に頷く。
これで、元凶を排除してしまえれば、ほぼ問題はないだろう。
流石に焼け落ちてしまった施設の復元までは諧調がいないと、俺一人では出来ない。
時切も時間の微々たる管理は出来るものの、時の逆行等は行う事は出来ないのだ。
それが出来るのは思い当たるだけで、時属性の上位神剣を保有するお母さん。
そして、空間系統に強い月姉位だろう。
街の中心部へと駆けて、イリスの示した光点の位置が徐々に近づいてくる。
そうして、俺は使役者たる存在を目視する事ができた。
ビルの屋上に立って眷獣を操っているのは、上品な背広に身を包んだ長身の吸血鬼であった。
年齢は二十代前後に見えるが。
このマナの凄まじさを見る限り、おそらくはその数倍以上の刻を生きているに違いない。
吸血鬼の中でも年月を重ねた“旧き世代”の名に相応しい、圧倒的な存在感と威圧感である。
アクア・エデンの企業の幹部社員か、あるいは雇われた傭兵か。いずれにせよ、相当な大物だろう
東京湾上に浮かぶ大型人口浮島アクア・エデン。
表向きには海上都市として合法カジノや風俗街の立ち並ぶ観光地だが。
その裏の顔は魔族達が人と共存する日本唯一の魔族特区だ。
だが、そんな異形であり、超常の存在が攻撃を繰り返しているのに関わらずだ。
一向に戦闘は終わる気配を見せない。
それどころか男の顔には、くっきりとした焦りと疲労の色が浮かんでいた。
「―――…あれは」
闇夜を切り裂いて伸びた閃光に気づいて、時夜は困惑の声を出した。
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