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緋弾のアリア-諧調の担い手-

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夏休みⅠ
  第六話



時夜side
《???・???》
PM:2時12分


都内某所の高層ビルの屋上、そこに俺達はいた。
あの後、昼食を摂った俺とカナは自宅で動きやすい衣服に着替えて、この場所を訪れていた。

今この“世界”にいるのは俺とカナとリアとイリス、そして最後のもう一人だけだ。

高級そうなパラソルで日陰を作り、ビロード張りの豪華な椅子にもたれる黒髪黒眼の美少女。
その容貌は、あるいは美幼女という言葉が似合う程。幼く、見た目は俺と同年代。

それでいて、何処かの華族の娘と言われても謙遜はなく、妙な威厳とカリスマがある。

夏だというのに、見ているこちらが滅入ってくる様なレースアップした黒のワンピースを着ている。
襟元や袖口からはフリルが存分に覗いて、腰回りは編み上げのコルセットで着飾りしている。

―――南宮那月。

見た目は幼く、可愛らしい少女だが。時夜にとってのマナ操作の師に当たる永遠存在。
そして、お母さんよりも長い時の中を生きており、“空隙の魔女”。“聖域のナツキ”と呼ばれている。

そう通り名を色々と持っている。
本人は無頓着だが、空隙と呼ばれるのだけは好きではないらしい。

…なんでも、嘗て対立した存在を思い出させるとか。

永遠神剣第二位『聖域』を担い、その名の通りに空間系統の術式を得意としている。
そんな彼女の今の肩書は東京武偵高校所属、二年・強襲科の生徒。ランクはRランク。


「……さて、揃ったか」


淹れたての熱い紅茶を口にし、瞳を閉じたまま。
黒レースの扇子で優雅に自分を煽ぎ、そう言葉を発する。
その姿は傍から見れば西洋人形の様に見える。


「あのー…月姉、熱くないの?」


真昼の太陽光線が降り注ぎ、熱風が絶え間なく吹き抜けて行く。
うだるような猛暑の中で少女を見て、実直にそう聞かざるおえない。


見ていて目に悪い。見ただけで、此方が熱くなってくる。
彼女は俺達の様に、マナ操作で熱線を逸らしている様な気配はない。


「この程度の暑さなど、然して問題ではない。嘗て行った時間樹内の、常に世界の温度が800度を越えるに比べればな…」

「いや、それは夏の暑さとは比較する問題じゃないと思うんだけど…」


それってマグマの温度だよね。永遠存在じゃなかったらとっくに融けて死んでる。
まぁ、けれど自覚はないが俺もそんな人外の仲間の一人だ。

俺は時間樹の中にあるこの世界から出た事は無いし、前世でも普通の人間であった。
それ故に、永遠存在ではあるが、基本的には普通の人間のつもりだ。

まぁ、普通の人間には基本的に死という概念があるけど、俺達には基本そんな概念はない。
普通は、根本的には殺される事がまずない。

時間からも、世界からも切り離された超常の存在。
一度その世界から出てしまえば、その存在を初めから“なかった”事にされる。

故に、人と同じ時間を生きて行く事は出来ないのだ。
今までは考えなかったけど、俺も何時か皆から別れて、その存在を忘れられる事になるだろう。

……湿っぽい想像が頭を流れた。
気持ちを切り替える。今は目先の事よりも、目の前の事に集中しよう。


「…それでは始めるぞ、準備はいいな?」


思考に陥り、月姉の言葉を聞き逃す所であった。気を引き締める。


「個々の目標はエターナルミニオン50体の撃破だ。その後、私との模擬戦闘。制限時間は30分、では始めるぞ」


高級そうな懐中時計を手に、そう淡々と告げる那月。
刹那、俺とカナはその合図と同時に対極的に左右へと跳んだ。

刹那、炎の熱線が二人を遮る様に放たれる。赤の神剣による神剣魔法だ。
コンクリートを融解し、大きな爪痕を残したその威力を傍目にして、俺は首に掛けたイリスに命じる。

「―――イリス、刀身構築」

『対マナ存在に設定を変更します。銀単子を核に固定。所有者のマナをオーラフォトンに転換、コーティング。破壊限界を七倍に設定します』


左手に持った刀身のない柄から銀の背が伸びて、輝くオーラフォトンを纏う刀剣を形成していく。
俺はその完成を待たずにして、鉄柵を乗り越え、ビルの屋上から飛び降りた。

それに続く様に、リアが屋上から飛び降りた。
リアの身を光が包み、その姿を神々しい光を放つ四本の鞘へと姿を変える。

カナの方を見れば、虚空から自身の大鎌型永遠神剣を取り出し、別のビルの屋上に飛び乗っていた所だ。


「―――ハァッ!!」


下方から放たれる神剣魔法を諧調にて受け止めて、そのマナを吸収する。

そうして、上空からの強襲性を持った左の剣の一撃で相手の防御に拮抗するが、その上から切り崩す。そうして、逆手に構えた右の時切で、回転する様に胴を横に真っ二つにする。

相手が苦悶の声を上げ、マナの粒子に変わっていく。
それを傍目にすら入れずに、更に俺は地面を強く蹴り、駆け抜けた。

俺は人一人としていない街を疾走する。







1








「……う、動けない」


腕を軽く動かすと、金属の擦れる音がする。

今の俺は四肢を虚空より伸びる鎖にて拘束されて、身動きを封じられている。
何か行動を起こそうものなら、俺の四方を覆い込む刀剣に刺し貫かれる事だろう。

これ、なんて王の財宝?
不意に戦闘中とは言え、そんな雑念が襲ってくる。

時切は俺の手を離れて、遥か下のコンクリートに突き刺さっており。
イリスによって構成されたオーラフォトンの刃は刀身を叩き折られて使い物にならない。

諧調の権能を使えばこの状況も何とかなるが、今の俺では発動までに時間がある。
それ故に、行動を起こした段階で刺し貫かれる。

“粒子化”の可能性も考慮したが、それを許す程に那月は甘くない。
思考に陥る時間も惜しい。月姉の鎖、神々の鍛えたとされる“戒めの鎖-レージング-”は並みの力では引き千切れない。

それは超常の力を持つ永遠存在においても例外ではない。
自身よりも上位のエターナルでも、一度掴まってしまえば引き剥がす事は困難だ。

しかも、鎖自体にマナ吸収の術式が施されている為にマナが徐々に削り取られていくのだ。

神剣の位は俺よりも下。だが、戦闘経験や技量がそれを補うかの様に高い。
遥かに格上の存在だ。つくづく、力の差を思い知らされる。年季の差を思い知らされる。

ミニオン50体の討伐も終了し、今現在は月姉との模擬戦中だ。けれど。
それも、もう終番で王手に近い。

最初の十分程は善戦していたと自負しているが、攻勢に出た那月の術式と空間圧縮。
更には、虚空より放たれる槍・剣、“戒めの鎖”によって戦況は逸した。


「…さて、もうおしまいか?」


日傘型永遠神剣である“聖域”を差しながら、優雅に空中に浮遊して俺達を見下ろしてそう口にする月姉。

俺はカナの方へと視線を向ける。
カナも鎖によって拘束され、戦闘で微かに切られた衣服の間から肌が見えている。


(………うっ)


俺はすぐさまカナから視線を逸らした。
そのまま見ている事が悪いと思ったのと、俺自身の保身の為に。

拘束されたカナは際どい体勢で、鎖によって幼いが女性らしい身体の曲線が露わになっている。
それにカナは俺よりも高い位置で拘束されており、穿いているのがミニスカートの為。

その、見えてしまうなのだ…下着が。
逸らした視線の先には俺が叩き斬り、無残にもその姿を成していない東京タワーの姿がある。


「………参りました」


これは実際の戦闘を模した戦闘訓練の為に、待ったは当然の様に存在しない。
俺は敗北による悔しさを味わい、渋面でそう告げた。







2







「さて、模擬戦は終わりだ」

「……ありがとう、ございました」

「…ありがとうございました」


最初にいたビルに戻り、那月は淹れた紅茶を手に、椅子に座ってそう言った。
汗一つかかず、疲れた様子もない。優雅に紅茶の入ったカップに口をつけている。

それとは対照的に俺達は疲れ果ていた。
衣服の傷などは月姉の力によって復元しているが、体力までは回復していない。

視界の端の映る東京タワーも何事もない様に、元に戻っている。

月姉の作りだしたこの世界。俺の使う“箱庭”の術式の大元。
この空間では一定の時間を置けば、生命以外のモノは自動的に復元される。


「そうだ、時夜、カナ。お前達に言っておく事がある」

「…うん?どうしたの、月姉」

「明後日に夏祭りがあるだろう、夜道を歩く際には充分に気を付けろ」


更に那月は話を続ける。一般人には公開する事はない情報だ。


「…ここ最近、報道されてはいないが、東京都内で連続襲撃事件が起こっていてな。一般人の他にも腕利きの武偵も被害に遭っている」


那月の話によると、被害に遭った人達は未だに目を覚ましていないとの事。
犯人はそれなりに腕が立ち、潜在能力、“G”が高い超能力者や術者を優先的に襲うという話だ。

俺達もそれに洩れない為に、夜道には気を付けろと。
あまりそう言った事を口に出さない那月故に、俺達の身を案じてくれているのだろう。


「…うん、解った夜道を出歩く際には気を付けるよ」


そして、犯人の現在解っている情報を教えて貰った。絶対に口外しないと言う条件の下でだ。
それを聞きつつ、切に願う。

…面倒な事にならなければいい、と。


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