緋弾のアリア-諧調の担い手-
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夏休みⅠ
第二話
時夜side
《自宅・リビング》
AM:9時12分
「…………」
何時もよりも遅い時間の朝食。出されたそれを、ただ黙々と食す。
この場に人がいない訳ではない、だが妙に通夜の様に静謐な静けさが其処にはあった。
『…時夜、まだ機嫌悪いんですか?もう、器の小さい男は嫌われますよ?』
それもこれも、朝の鮮烈とも言える出来事のせいだ。
痛烈な一撃過ぎて、記憶が途中から現在に到るまで若干飛んでしまっている。
…心なしか、頭部に鈍い痛みが未だに走っている。罅が入ったと思わしき頭骨は既に治っている。
俺はそのイリスの言い様に、軽く嘆息する。確かに自分にも非があったと解る。
だが、此方は永遠存在ではなければ即死級の一撃を見舞われたのだ。
…わりに合わないと、そう思う。別に好きで見た訳ではないし、情緒酌量の余地もあっただろう。
「…あの主様、本当に申し訳ありませんでした!!」
だが、この目の前の暗い顔で小さくなっているリアを前にすると許そうと思える。
…否、そうせざるを得ないだろう。この女性に囲まれた空間では俺の存在が悪なのだ。
「…いや、いいよ。俺もイリスとお母さんの話を聞いていなかったのが問題だし。確かに覗くつもりはなかったんだ…そこは解ってくれ。ほら、顔を上げてくれよ」
そうして再び、今度は深く嘆息する。
これではまるで、自分が我が侭を言って困らせている子供の様であると、そう自覚する。
別に最初から怒って等いない。あまりの理不尽さに、ちょっと拗ねてただけだ。
そう告げると、リアは先の事を思い出したのか、羞恥の色に顔を染める。
「勿論、主様を信じています。……ですが、私は主様に本当に失礼な真似をしてしまって」
最後の方は尻すぼみになって、また暗く俯いてしまう。罪悪感を感じているのだろう。
そんなリアの姿を見ていると、今度は俺の方が罪悪感に貶められる。
「別に怒ってないし、悪いと思うなら今度俺の好きな物でも作ってくれ。」
「…解りました、誠心誠意真心を込めて作らせてもらいますね」
「はい、この話はこれで終わりだよ」
辛気臭くなってしまった空気を飛ばす様にパンパン…と両手を叩いて、リアに向けて笑みを向ける。
そうして、空になってしまった味噌汁の茶碗をリアへと渡す。
「…今日の味噌汁はリアが作ったんだろ?おかわり、貰ってもいいか?」
「はい、ただいま!」
俺へと何時もの微笑みを向け、お椀を受け取りってキッチンへと向かう。
そうして、同じくテーブルに着いていたお母さんと、イリスが俺へと会話を向けてくる。
「…朝から災難でしたね、時夜?」
『けれど、痛手を受けたとしても、男として役得ではあったでしょう?』
「全くだよ、お母さん。けど悪いのは俺だからね、起き抜けとは言え、確り話を聞いてなかったんだから。…イリス、俺にはまだ良くそう言うの解んないよ」
本当は内心では解っている。前世を入れて、俺はそろそろ三十路を迎える。
現に俺はリアの半裸を見て、“あの状態”へと危なく到ろうとしていた。
自身の事をそう思いつつ、この血筋の元凶の存在を思い出す。
「そう言えば、お父さんはもう?」
「ええ、昨日の時夜が眠っている内に海外の方に仕事で向かいましたよ?」
「…そっか、怪我とかしなければいいけど」
リアより味噌汁の茶碗を受け取り、朝食を継続する。
そうして、何時もの様に家族間でのコミュニケーションを続ける。
「今日から夏休みですけど、何か予定は?」
「うん、今日中に宿題の方を片づけようかなって。朝ご飯食べ終わったら図書館でも行こうと思ってる」
今日中に宿題を片付けないと、明日には“アイツ”が来るしな。
「そうですか、近頃は色々と物騒ですから気を付けて下さいね。」
「うん、分かってるよ」
そうして朝の事など水に流して、何時もの様に緩やかに時間は流れて行く。
1
『いい天気ですねぇ』
家を出てから数分。
夏の陽気の中、俺とイリスはそう会話をしながら住宅街を歩いていた。
空を見上げれば、曇り一つない青い晴天が広がっている。
時折頬を撫でる夏風が乾いて身体を熱して行く。…東より照り付ける直射日光が忌々しい。
身体の水分を奪い取り、喉が渇く。
背中から汗が流れ出ていく。そして、何かが吸い取られていく様な気がする。
「…いい天気過ぎて、逆に鬱陶しいな」
朝の予報で天気を確認した時には、今日は最高温度が35度を超えるらしいと言っていた。
日射病・熱中症には気を付けないと。俺も対策としてハットタイプの帽子を被っている。
が、格好に問題がある。灰色のジーンズ生地のハーフパンツに白のネルシャツ。
そこに羽織る様に着ている、紺の薄い長袖のパーカーだ。
『……時夜、熱いわ』
「…まぁ、頑張ってくれよ時切」
新たに会話に加わる声。
パーカーの袖に収納されている時切が、げんなりとした声でそう告げる。…それは俺も分かるよ。
袖の中に隠れた時切は鞘に収まっているとはいえ、密閉状態でかなりの熱を持っている。
腕に触れていて、俺もかなり熱い。下手すると火傷しそうだ。
けど、自衛手段としては一応の所必要だ。
時切がいてくれれば、時の神剣魔法で万が一の時も逃げ伸びる事が出来る。
余裕のある声音でイリスがそう口にする。
首から下げたイリスも陽光を浴びて、媒体がそれなりの熱を持っている。
「…お前、大丈夫か?オーバーヒートとかしないよな?」
『…大丈夫ですよ、マナを使って快適な温度に保ってますから』
「……さっきからマナが吸い取られる様な感じはお前かよ。ってかずるいぞ一人だけ涼んで」
『私はデリケートな女の子ですからねぇ』
答える気力も削ぎ落とされて行く。
相変わらず高性能なAI。家計簿の計算から国家のハッキングまでこなす万能な相棒だ。
…変な所で人間臭い奴だけど。
そんなイリスに対しての評価が頭を過る。
俺はイリスが自身に科している様に自らに、青の神剣魔法の応用で耐熱魔法・冷却魔法を身に施す。
「……はぁ、涼しいな。初めからこうしておけばよかった」
心の底からそう思う。身体から熱が払われて、快適な温度になる。
そよぐ風も、熱風の筈が適度な涼しさの風だ。
「…どうだ、時切?」
『…うん、大分涼しくなったわ。』
「…それは良かった、じゃあ行くぞ」
気を取り直して、歩を進める。目指すは近隣の図書館だ。
視線を道行く人々に移す、皆汗を掻いて暑さに悶えている。
その様子を見ていると、一人涼しくいる事がちょっとした優越感に感じる。
まぁ、マナの無駄遣いと言えばそうだけれど、熱いものは熱いしねぇ。
俺、暑さに弱いし。……うん、しょうがないよね。
2
「見えてきたか」
神剣魔法のおかげで、暑さを感じず快適な道中であった。
視界の先に、目的の建造物が見えてくる。
いつ見ても、独創的な形をした建物だ。地上三階建てで、近隣の図書館の中では一番大きい所。
建てられて、築三年の書館で、蔵書数も此処ら一体の中では一番多い。
その外観の独創的なデザインは著名なデザイナーによるものだとか。
地上一階と二階が図書フロアになっており、三階は周辺地域の過去の資料館と展望フロアになっている。
俺は自動ドアを潜ると同時に、神剣魔法を解除した。
「……ふぅ」
潜ると、空調の効いた冷風が頬を撫でる。
直射日光も当たらず、入口付近は木陰になっていて心地良い。
耳に馴染むクラシックの音楽に思わず、瞼を閉じる。
そこで一息吐いた後、肩に担いでいる鞄を持ち直して図書館内部に進む。
「……勉強は後回しかな」
勉強は前世で大学生だったので、小学生レベルならば苦にはならない。
ゲームでいうならば、強くてニューゲームというヤツだろうか。
宿題自体は少し量があるが、今日中に片付けられない量ではない。
先にもう一つの課題である、読本の感想文の方を書くとしよう。
確か知り合った司書さんが夏休みシーズンは利用する人も増える為に、本を大量に入れると言っていたし、新書も気になる。
うちの学校は自由研究は基本的にやろうがやらないが自由だ。
その代わりに、宿題が他の学校よりも多い。進学校故だ。
まぁ、俺はやらないけどな。時間を割くのも面倒だし、鍛錬している方が気が進む。
本が整然と陳列された自身の身長よりも大きな棚の間を歩きながらめぼしい本を探す。
その過程の中で、俺は見知った顔ぶれを見つけた。
黒の長い後ろ髪に、前髪も長く、目も殆ど隠れてしまっている髪型をした少女。
その髪の向こうには、隠れてしまっているが銀縁メガネを掛けている。
俺と同じく、めぼしい本でも探しているのだろうか?
背後から近づいて声を掛ける。
「美咲?」
「―――ひゃわっ!?」
背後から声を掛けられた為か、奇抜な動きで軽い悲鳴を上げる少女。
……相変わらずか。
『…相変わらず、奇特ですね』
頭の中でイリスの苦笑が響く。思わず、俺も苦笑が口から漏れる。
―――中空知美咲。
俺達とよく行動を共にしている少女だ。出会ったのは小学校一年生の時。
豪く人見知り、特に男性恐怖症の様で最初の頃は話すだけでも苦労した覚えがある。
彼女も、原作のキャラの一人だ。
小学校に上がった時、クラス表で名前を見た時は同姓同名かと思ったけれど。
実際に会って見ると、俺の知っている姿をそのまま幼くした様な姿だった為に、直ぐに判別が出来た。
「……おい、美咲?」
「…ひゃっ!?と、と、と、時、夜さ、ん?!」
時夜さん、と言いたいのだろう。うん、滑舌の悪い事山の如しだ。
「おはよう、美咲」
「…おっおは、おはようござ、ございます!」
これでも昔から比べれば大分、改善された。
聞き取りにくいが、ちゃんと会話が一応の所出来ている。
だが、時間が掛り過ぎるな。
俺は図書館内ではマナーモードを義務付けられている携帯を片手に本棚の合間に身を置く。
そうして、とある番号に電話を掛ける。すると…。
すぐ近くより携帯のバイブレーション音が聞こえてくる。
ツーコールの後。
「おはようございます時夜さん」
携帯のスピーカーから聴こえてきたのは、淡々としながらも淑やかなアナウンサー喋りの少女の声。
喋り方で初めて聴く人には解らないだろうが、この声は…。
「ああ、改めておはよう“美咲”」
先程までおどおど、としていた少女のものだ。やはりは、こちらの美咲の方が話しやすいな。
「美咲は何か本でも探していたのかい?」
先程のまでの行動を見て、そう問い掛ける。
「はい、夏休みの課題の読本の感文を書くのにアナウンス系の本を探していまして…」
その声音から言って、滞りはあまり良くないみたいだ。俺も本を探しているし、ここは手伝おうか。
「…そっか、俺もじゃあ手伝うよ。美咲の将来の夢はアナウンサーだったけか」
夏休み前の授業の将来の夢という課題の作文で、美咲はアナウンサーと将来の夢を語っていたな。
原作の美咲は武偵であったが、それ系統の仕事をしていた。
少々の違いはあるが将来の夢はやはり、そっち系統なのだろう。
「…しかし、ご迷惑では?」
「いや、俺も本を探していたしな。探すついでだ、別にいいさ。」
「……分かりました。それではお願いします」
それにしても…と、二の句を続ける美咲。
そして、何処か嬉しそうに口にする。
「…覚えていてくれたのですね、私の夢」
「友人の夢だしな、そりゃ覚えているさ。出来る限り応援したいしな」
「……そう言ってくれたのは両親を抜いては異性では時夜さんが初めてです。他の人達は私の夢を笑っていましたから」
寂し気にそう呟く。
美咲は少々上がり症な所もあり、実際には人前では上手く話す事が出来ない。
それを笑っていた奴らがクラスにはいたのだ。
そんなモノは正に夢のまた夢だと。まぁ、そいつらは俺と亮が“お話”をしたけれどな。
きっと、美咲は心に傷を負った事だろう。自身の夢を貶されて。
「…いや、美咲ならきっとアナウンサーになれるさ。お前は大した努力家だからな」
一年生の時、上がり症を克服したいと俺達と色々と練習をした。
夢に向かって、休み時間に、昼休みに、放課後にアナウンサー関係の本を必死に読んでいる所を見た。
そんな奴の夢を笑うなんて、誰だろうと許せない。
「それに美咲は可愛いし、素人目でもいい声を持っている。だから周りの目なんて気にする事はない。きっと夢を叶えられる、俺が保障するよ」
そう力説する。
それは原作知識とはいえ、未来の事を知っているから言える事だ。
「…………」
「……美咲?」
何時まで経っても美咲からの返答はない。
不思議に思い、本棚の間から出て美咲の姿を見ると…。
「……あぅ……あぅ」
まるで瞬間沸騰機の様に、顔を真っ赤にして意識を手放して椅子に座りこんでいた。
……何故に?
「…どうしたんだろう、美咲?」
『……ハァ…鈍感ですね。今の、完全に口説き文句ですよ?』
今まで黙っていたイリスが口を開いてそう告げる。
口説き文句?……何が?
頭に疑問符を浮かべる俺を余所に、イリスは天然ジゴロなどと俺に対して口にする。
…だから、一体何がだよ。
その後。
意識を取り戻した美咲は俺の顔を見て、再び瞬間沸騰機の様に顔を赤面した。
……なんでさ、俺なんかしたか?
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