| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

緋弾のアリア-諧調の担い手-

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

夏休みⅠ
  第三話



???side
《???・???》
PM???時・???分


極東の島国、その首都たる東京は眠らない街だ。
東の京の名を冠する街は、夜の帳が降りても未だに多くの人に溢れ、極彩色のネオンの光が眩い。

そのネオンによって、眩い星々の光は退廃の街には届く事はない。

多くの飲食店や商業施設も夜明けまで営業している。
そして、これからが“自分”達の時間だという人間もいる事だろう。

だが、どれほど明るく照らし出そうとも、夜の街から闇が完全に消える事はない。


「―――遊んでくれませんか、私と」


人気の絶えた夜のお台場の臨海公園。辛うじて汚れた大気の層の向こうより、星の淡い光が届く。
海を見下ろす事の出来る展望通路を二人の男性が通り掛った時、突然呼び止める声が小さく響いた。

薄ぼんやりと明るい街灯の下に、一人の女性が立っている。否、まだ女性と呼ぶには未発達。
艶やかな藍色の髪、それと同じく藍色の瞳をした、小柄な幼い少女だ。

膝丈までの白い手術着の様な布切れで身体を覆っているが、その下には何も身に付けていない。
それに何処から来たのか、少女の足元は裸足である。


「…お譲ちゃん、こんな時間に一人でいると危ないよ、ご両親は?」

「…病院からの抜け出しという訳でもなさそうだな」


男達二人は自ずと、少女の元へと赴く。

近寄ると少女のその美しい容姿が露わになった。
透き通った白磁の様な肌と大きな瞳。完全に左右対称の整った顔立ち。

一人の男が薄着の少女に自身の上着をかけて話し掛ける。
もう一人はその少女の異常性から、携帯で病院からの捜索願いが出ていないかを確認する。

二人は巡回中の武偵庁の武偵であった。学生の夏休みも始まり、夜遊びをする人間も出てくる。
ここ最近の都内は本当に物騒だ。故に、この少女をこんな場所に一人でいさせる訳にはいかない。

少女は何も答えない。ただ物憂げに、訴えるかの様に視線を送るだけだ。


「―――どうやら今日は当たりだった様ですねぇ」


二人の武偵の背後より、舐め回す様な不快な視線。穏やかでありながら感嘆とした声がした。
前触れもなく出現した、濃密な狂気ともいえる異様な気配。それに彼等は驚いて振り返る。

―――そう、それは唐突に現れた。

警戒を怠った訳ではない。
二人も武偵庁に所属する腕利きの武偵だ。それが、外敵をこの距離まで接近を許す程甘くはない。

そして、片方の男性は東洋術式に秀でた能力者でその能力を示す指数である“G”も高い。
空間・結界系統を得意とした彼の包囲網を潜るのは並みな事ではないのだ。

それを無視するかの様に、その存在は本当に唐突に現れたのだ。街路樹のその下。

蛍光灯の切れ掛かり点滅する、そこに立っていたのは、聖職者の様な法衣を纏った男であった。
肩口で切り揃えられた、暗闇でも淡く光る金髪の外国人だ。

身長は約180cm頃、年齢は二十代前半といった所だろう。
男の右手に握られているのは月光に光る金属製のステッキ。


「…ッ…貴様は!」


武偵の一人が男の姿を見て、強く叫ぶ。
神父の法衣を纏った男性、その顔には見覚えがあった。

つい最近、日本に密入国したイタリア人だ。
そして公にはなっていないが、ここ最近起こっている連続襲撃事件の重要参考人。

被害に合った者は今の所目を覚ましていない。中には腕利きの武偵も含まれていた筈。
同僚からも被害者が出ている。元ローマ聖教会所属の退魔師。それがこの男の肩書だ。


「…おや、私を御存じで?まあいいです…遊んで下さい、この“私達”とねぇ」


薄い笑みを浮かべ、おどけた様な仕草と口調で神父はそう語る。
少女を庇う様に、二人は愛用の武装を構える。

一人はホルスターより、自身の愛銃であるベレッタ90Twoを。
もう一人は業物と思える日本刀を抜き放つ。

日本刀を携えた男が地面を蹴り、肉体が爆発したかの様に地面を蹴って、加速した。
無防備に立つ男の身体へと加速した刀身を峰で殴り付ける。

だが、その剣は攻撃の途中で“何か”に弾かれた。不意に、武偵の動きが止まる。


「―――がっ!」


切れ掛かりの照明がその何かを照らし出す。
それは極細のワイヤーであった。男達の衣服にも織り込まれている極細繊維だ。

それは男の首元にも抉り込んでおり、後少しでも動けばポトリと首が落ちるだろう。
細やかに、鮮やかな血が地面へと落ちる。

それを見て取ったもう一人の武偵の男から炎が迸る。
銃を持つ手とは逆の手をワイヤーに向け、炎を穿つ。超偵である男の炎熱操作だ。

それは歪な馬の形をとって、ワイヤーを焼き切り、意思を持つかの様に法衣の男へと迫った。


「なに…っ!?」


全く予想しなかったその光景に、能力者の男が目を?いた。
法衣の男の前に見えない壁の様なものが出現し、襲い来る炎を防いでいる。

その脇には何時の間にか、背後にいた少女が存在していた。
奇妙な結界を張り、彼を守っているのだ。

その結界に阻まれて、炎は男に届かない。
しかし少女の防御結界にも、炎を完全に跳ね退ける程の力はないようだ。

ぶつかり合う壁と炎の圧力が、大気をギシギシと軋ませる。
やがて激突の負荷に耐えかねた様に、少女の唇から弱々しい吐息が洩れた。


「この程度の力も完全には無力化出来ませんか。やはりまだ改良の余地がありますねぇ」


溜息を大仰に吐き、意味不明な事を呟く法衣の男。
それと同時に、炎も姿を消す。少女には危害を加えられないと感じたのだろう。

「今宵の実験は終わりですよ、エーリゲネーア」

「……はい、神父様」


エーリゲネーアと呼ばれた藍色の髪の少女が、静かに瞳を閉じた。
彼女は抑揚のない人工的な声で告げる。


「命令受諾。執行せよ、“黎明の羽根”」


その声が終わると同時、彼女の衣服を突き破る様に何かが迸った。

それは灰白く輝く翼だった。少女の細い身体よりも巨大な片羽の翼だ。
彼女の下腹部を突き破るようにして伸びったその翼が、生きた蛇の様に近くにいた男を貫いた。

男が苦悶に呻き、声を上げる。手から刀が滑り落ちる。
赤い液体が地面に滴り、大きく血溜まりを作る。

身体の内蔵をやられてはいるものの、貫通はしていない。
今ならまだ救出は可能だ。銃を携えて、弾丸と、極大の炎を吐き出す。

その翼は突き刺した男を荒々しく投げ捨て、銃弾と異能を弾き飛ばす。
そして腕の様に動き、標的を変えてもう一人の男へと伸びる。

回避行動を取ろうとするが、その行動を起こす事が出来ない。
神父の男が指を振るうと、武偵の男の身体が自然と巨大な腕の方へと赴く。


「殺す価値はない。けれど、此処で見られた事を見過ごす事も出来ませんしねぇ。何よりも、ヘーオスの腹の足し位にはなるでしょう。…エーリゲネーア、彼に裁きを」


その腕が男の身体を捕らえる。神父が藍色の髪の少女にそう無情に告げる。
少女が、淡い藍色の瞳で男を見た。ひどく物憂げにその瞳を伏せて、彼女は唇を震わせた。


「―――命令受諾」


灰白く輝く巨大な翼が、悪意を持つ獣の様に蠢いた。

夜の公園に、男の絶叫が響き渡る。


ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧