緋弾のアリア-諧調の担い手-
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夏休みⅠ
第一話
時夜side
《自宅・自室》
AM:8時32分
「―――…朝、か」
思いの他の寝苦しさに、停滞していた意識が夢の世界から引き戻される。
締め切られたカーテンの僅かな隙間、網戸から入り込む夏の朝風。
陽光が俺の顔を照らし上げ、思わず眩しさに左手で光を遮って顔を顰める。
視覚が暗闇に覆われ、損なわれて、その代わりに一時的に発達した聴覚に訴えてくる。
「……鳥の囀りが、気持ちいいなぁ」
耳に届く小鳥の囀りが心地よい。…再び眠りに誘われそうになる。
前世ならば、ここで二度寝と洒落込む。……なのだけれど。
家のお母さんは生活態度について厳しいからな。…そろそろ起きようか。
薄目を開いて時計を見る。そうして、時刻を確認。
確認すれば、いつもの学校に通っている日々の時間よりも起きる時間が遅い。
けれど、日向の光が斥候となって、睡魔が俺を襲い掛けてくる。意識が薄れてゆく。
…だけど、誘惑に負ける訳にいかない。負けない様に、確りと意識を持って現実へと向けて行く。
「……まずは起きるか」
本当に、気持ちよく寝れたな。
昨日は鍛錬もなくて、あまりの眠たさに家に帰ってきたらベッドに即でバタンキューだった。
故に、家に付くまでの間に何度歩きながら寝落ちしそうになった事か。
おかげで昨日はご飯も食べていなく、お風呂にも入っていない。
そのせいか、空腹感と何処となく身体の気持ち悪さがある。
まずはシャワーを浴びて、その後朝食としよう。
起きるというコマンドを脳から身体へと伝達させ、まだ眠りを求める身体を確りと起動させる。
眠り眼を擦る。そうして、上半身を起こそうとするが…。
起き上がれず、右側へと身体が引っ張られる。
……何だ?
未だ本覚醒に至っていない頭では、考える事に思考が追い付かない。
俺は歪む視界で正体を探るべく、布団を捲る。そこには…。
「……すぅ…すぅ…」
「…また、人が眠った後に入ってきたな」
碧銀色の髪の幼い少女が俺の右手を抱えて、気持ち良さそうに眠っていた。
安らかに寝息を立てている我が娘である、ソフィアの姿がそこにはあった。
普段は母親であるヴィクトリアと一緒に眠っているのだが。
時に人が眠った後に布団に入ってくる事がある。
大方夜中にトイレにでも起きて、部屋を間違えたか。
俺を起こしに来て、起こすつもりが眠ってしまったかの二択だろう。
大体、いつもそんな感じだ。
気持ち良さそうに眠っている所悪いけれど、起こさないと、俺が起きれない。
「お~い、フィア起きてくれ」
「―――…ふみゅ?」
軽く身体を揺さぶると、我が子は可愛らしい声を上げる。
少しして、朧気な瞳を擦って視線を俺へと向ける。
何この可愛い生物?
意識が朦朧としているのか、その瞳はどこか焦点が合っていない。
「ほら起きて、フィア」
「……パパ?」
俺の呼び掛けに対して、ワンテンポ遅れて反応する。
「おはよう、ソフィア」
「……おはようございます、パパ」
まだ眠たそうだけれど、俺の手を離してベッドから抜け出す。
眠っていたせいか、髪に少し寝癖がついている。
「…寝癖が付いてるな、ちょっとおいで」
「は~い」
その言葉の通りに、胡座を掻いた俺の膝にちょこんと座るソフィア。
俺はベッドに隣接されていたカウンターより、拘束されていた右手で櫛を手にする。
そうして、美しい碧銀色の髪の毛を壊れ物を扱う様に梳かす。
女の子にとって、髪は大事だろうからね。
「……んっ」
髪を梳かす事に対して、ソフィアは気持ち良さそうに瞳を閉じている。
まるで借りてきた猫の様だと内心で思いながら、そのまま続けて髪を整える。
「よし、もういいかな」
寝癖もしっかりと直って、いつもの綺麗な母親譲りの碧銀色の髪だ。
「…もう、終わり?」
そうして櫛を仕舞うと、何処か物足りなさそうな顔をする我が娘。
そんな娘の頭を撫でながら、俺は問い掛ける。
「流石にそろそろ起きないとな。朝ご飯も食べないと」
膝の上から床に下ろし、俺もベッドから立ち上がる。
部屋の中央に位置するテーブルより、休眠状態のイリスを手に取る。
淡い光が機械水晶に灯り、それと同時に間の抜けた機械音が耳に届く。
『……ふぁあ…おはようございます、時夜』
「おはよう、イリス」
清潔な布で水晶の表面を拭く。
強すぎず弱すぎず、優しく撫でる様に拭いていく。
『…はぁ…気持ちいいですねぇ』
うっとりとした艶っぽい声を出すイリス。
毎晩、寝る前にしないとイリスは怒るからな。
昨日は出来なかったので、今日は入念に手入れをしてあげる。
その後、首から下げる様にイリスを身に付ける。
『おはよう、時夜。今日は遅かったわね?』
同じくテーブルに置かれた、時切が語り掛けてくる。
「まぁな、今日から夏休みだしな。少しくらい遅くても罰は当たらないさ…げっ」
そう会話しながら、俺は箪笥より今日の着がえを取り出す。
昨日はパジャマにも着替えないで眠ってしまったしな。
そうして、部屋に立て掛けられた鏡で自身の髪を見て、軽く悲鳴を上げる。
まるで爆発したかの様に、髪が凄い寝癖が付いている。
「これは、本当に先にシャワーを浴びなきゃな」
そう呟きながら、フィアを連れて一階のリビングへと向かった。
1
「おはよう、お母さん」
「おはようございます」
「はい、おはようございます二人共。…あら、凄い髪になってますよ時夜?」
リビングへと降りると、家事をしているお母さんの姿が映った。
俺の頭を見てか、我が母君は上品に笑みを零す。
「フィアに先にご飯食べさせて上げて?俺は昨日風呂に入り損ねたから先にシャワーしてくるからさ」
「解りました、あっ―――時夜」
『…あっ、待って下さい時夜』
俺はそう告げて、欠伸を噛み殺して眠り眼を擦って洗面所の扉を開く。
その背後で母が、そして首元でイリスが何かを言っていた気がする。
だが、未だ眠気の残る俺はそれを聞き逃してしまった。
そうして、扉を開き中へと入る。
すると、びっくりした様に目を見開いて、彼女は時夜を呆然と見据えた。
まだ幼さを若干残しているが、可愛いよりは綺麗と言える顔立ちの少女であった。
長い碧銀色の髪をしており、細身で華奢であるが、出る所は出ている均等の取れた身体付き。
「ど……」
全く予想外のその光景に、時夜は混乱して立ち尽くす。
起き抜けのせいか、頭が回らない。何がどうなっているのか理解出来ない。
無防備な下着姿で立っている少女。
少女も、ぎこちない仕草で何が起こっているのか解らずに首を傾げる。
「…ど、どうして、リアが此処に?」
「……あ、主様!?」
擦れた声でそう呟く。
否、珍しい事ではないだろう。彼女、リアもこの家に住む住人だ。
その光景に、眠気も一瞬で吹き飛んだ。
そうして、その一瞬で現実を理解してしまう。そして、彼女を包む非現実感もだ。
(……やばい)
思わず、不謹慎ながらも、身体の芯とも言える部分に血が集まって行く様な感覚に陥る。
これは父親からの遺伝だ。俺は“あの状態”へと至ろうとしていた。
それは不味いと思い、目を逸らそうとするが、そうは行かない。
ガラス細工の様な白い肌。芸術品の様な細い鎖骨。柔らかそうな曲線を胸元。
時夜は前世を入れれば、もうすぐ三十路を迎える事になる。
それらに目を引かれるな、というのが無理のある話だ。
『…警告したのに、そんなに覗きたかったんですか時夜?』
「…はっ?何の話だ?」
イリスのその言葉に、思わず状況を忘れて疑問符が浮かび上がる。
……警告?そんなものはされた覚えはないし、自ら望んで犯罪行為に走る理由はない。
『…リアがシャワーを浴びていると、時深が言っていたでしょう?』
「…いやいや、俺そんな話聞いてないぞ?」
イリスとの会話の途中。ふと、異常に発達した感覚。
超感覚と言ってもいい第六感。男としての本能が危険信号を発する。
甲高く、零れ出す悲鳴を耳にする。
それを聞き、言い訳がましく時夜はリアへと遺言を済ませる。
「…す、すまんリア!」
うろたえながら、後ずさる時夜。それと、同時にリアが動き出した。
膨大なマナを感知する。俺が気付いた時には目の前に碧銀色の何かが迸っていた。
刹那、頭部に甚大な痛みを受ける。頭蓋骨の半分は持ってかれそうな一撃だった。
回し蹴りを喰らった事を理解したその時。それと同時に、時夜の身体はリビングの端まで吹き飛ばされた。
「―――ぐぅ」
身体の節々が痛む、それ以上に頭に異常を感じる。
あまりの痛みに悶える。これで死なない辺りが、永遠存在であろう。
『時夜、生きてますか?』
「――――」
『…返事がない、ただの屍の様ですね』
「…勝手、に殺す、な…!」
『乙女の裸を見たんです、これ位当然の処罰です』
少し遅れて、きゃああああというリアの悲鳴が聞こえてくる。
悲鳴より先に回し蹴りが出るのかと、そう突っ込んでやりたかったが、イリスの言う通り、自分にも非がある。
それに、そこまでの余力が今の自分にはなかった。
「―――パパ、大丈夫…?」
「…あ、あ」
溜息混じりに、某幻想殺しの様に弱々しく呟く。
「………不幸、だ」
そうして、そこで時夜の意識はブラックアウトした。
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