緋弾のアリア-諧調の担い手-
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旧世界にて
巡り廻り
前書き
ここら辺ご都合主義みたいだけど、説明本当に最後になるんだよなぁ
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《???・???》
AM:9時21分
「………っ」
車両の座席を伝い、小気味の良い振動が身体を揺する。
微睡みの中、赤子を包む揺り籠の様に優しく揺れるそれに眠りに誘われそうになる。意識が遠退く。
月に一度、“キーさん”に会う事が出来る日の為に私の機嫌は上機嫌であった。
明日は、キーさんに会える。
そう思うと、まるで遠足前の小学生の様に昨日は眠る事が出来なかった。
互いに忙しくて予定も合わなく、住んでいる場所の距離もある。
その為、頻繁には会えず、一ヶ月に一度しか会う事が出来ないけれど。
私にとっては黄昏に輝く、至高の日となる。
私は、漏れ出す欠伸を噛み殺して、電車の外の景色に目を映す。
【……次は諏訪原……諏訪原でございます…】
次の駅を知らせるアナウンスが車内に響く。聞き馴染みのある、懐かしい街の名前。
一年までは私も住んでいた街の名だ。徐々に街並みも見知ったモノに変わって行く。
キーさんとは、私の幼馴染みに当たる人で本名は暮桜霧嗣さん。
小さい頃からの付き合いで、その時の呼び名のキーくんから派生してキーさんと呼んでいる。
……私の初恋の人、そして今も尚好きな人だ。
そして、これが超が付く程の鈍感大魔王なのだ。
それだけならまだしも、容姿端麗、文武両道、性格良しとかなりの優良物件。狙う女の子は多い。
そして、此方としては傍迷惑なのは、その天然故のフラグ体質だ。
世間一般で、何もしていないのに女性を落とす人間の事を一級フラグ建築士と言うらしい。
正に、その言い様がキーさんには当て嵌まると思う。当人は知らないだろうが、ファンクラブも存在する程だ。
その会員数は数十人を超える。県外にも、その会員がいる程だ。
だが、幼馴染みといった点では私には他の子達にはない特権があるのだ。一歩リードしてると言ってもいい。
そして、今日こそはキーさんを振り向かせて見せます!
―――今日こそはファイトです、私っ!
心の中で呟き、小さくガッツポーズをする。
『お嬢様、到着しましたよ。』
そんな事を思考していると、意識の外から語り掛ける機械音に現実に引き戻された。
【……到着、諏訪原……諏訪原でございます…】
「あら、何時の間にか着いていましたか。ありがとうござます“レイン”」
そう、胸元から下げられた朱色をした宝石をあしらったアクセサリーに語り掛ける。
私の愛機のインテリジェントデバイス、“レインディアス”だ。
私“七夜桜花”はこれでも、学生であり、そして。
“魔導教団”に所属するオーバーSランクの魔導師の一人なのだ。
1
車両を降りた少女の背後で、空気の抜ける音と共に扉が閉まった。
振動を残し、三両編成の電車が駅舎を後にする。吹き抜ける風に、艶やかな紅色の長髪が宙に舞う。
少女と同じ駅で降りた人間は、疎らで数える程しかいない。
真新しい自動改札口を抜けて、勝手知ったる様に駅の構内に抜ける。
「さて、行きましょうか」
嬉々としてそう呟いた、そうして。
小さなボストンバッグを抱えて、行き交う通行人の間を抜ける。
休日の昼間だというのに構内にいる人間は決して多くはない。
職員を除けば少数のグループや社会人が主だっている位だ。
そんな人々を視界の端に留めて、少女は真っ直ぐと出口に向かう。
桜花は“諏訪原駅・南口”と書かれた看板を潜り、街の表へと出た。
2
「ん~、良い天気ですね」
表に出た少女を暖かな春の陽気が出迎える。
その陽気に少女を着飾る純白のワンピースが少女を照らす様に美しく光る。
その様子に、周囲の目を引くが少女はそれに気付かない。浮世離れしている。そう思わせる程に。
それほどまでに美しく、絵になる光景がそこにはあった。
「さてレイン、今は何時ですか?」
『今現在の時刻は9時24分ですね。』
「そうですか、この時間ならキーさんは家の方にいますね」
今現在の時刻を確認。
迷う事なく、力強い足取りで目的地を目指して少女は歩き出した。
その途中。
いつも通る小さな交差点の十字路、そこで事故があったらしい。
救急車やパトカー等幾台も点在している。野次馬とも取れる人種が列を成している。
―――事故。
それに何か嫌な予感が頭を過るのを感じた。
『お嬢様、少々回り道になりますが迂回しましょう』
「そうですね、このままではいつ通れる様になるか分かりませんし。…案内をお願いします、レイン」
頭から振り払う様に、私はその場から即座にレインの案内の元、歩き始めた。
キーさんに早く会いたい、その念も押して。
3
普段は選ばない様なルートをレインの誘導の元、進む。
昔はこの街に住んでいたと言っても、全ての道を知っている訳ではない。
新たに造られた道などは、本当に解らない。正に、レイン様々だ。
少しして、漸く私の見知った道に出る事が出来た。
「…ここから先ならば、私にも解りますね。ありがとうございました、レイン」
『いえ、礼には及びません』
私は、案内役であった愛機に労いの言葉を掛ける。
そうして、安堵の息を吐いた。その時だった。
中規模の交差点の十字路で、それは起きた。
青信号で皆が信号を渡ろうとした時、突如としてクラクションが世界へと響いた。
何事かと周囲を見回すと、信号無視をした大型トラックが突っ込んで来たのだ。
皆はそれに気付いて、交差点から離れる。
けれど、トラックの進入を知らぬ幼い子供がトラックの真ん前にまで出る。
―――不味いですッ!!
まだ子供とトラックの間には距離があるが、この場で即座に移動して子供を救出する事が出来る人間は存在しない。
悲鳴や怒声に満ちた場の中を私は即座に魔導端末を起動した。
「―――レインっ!!」
愛機の名を呼び、身体強化の術式を施して、人を掻き分けながら弾丸の様に走り抜ける。
即座に子供の元にまで移動、その身を確保する。
そうして踵を反して、素早く交差点まで戻る。
そう、そこまでならば良かった。
子供の母親が事態を察知して、十字路に飛び出してきたのだ。
母親とトラックの距離はほんの僅かしかない。
私は子供を近くの人に預けて、再び駆け出す。
「…何とか、間に合いましたか!!」
何とか間に合った!!
女性を連れて、再び戻ろうとするが―――
(…身体が、動かない?!)
異変が起きた。
まるで、重力に引かれるかの様にその場から動じる事が出来ない。
私は動く魔力強化した右手で、女性を人波の方に押し出す。
人がクッションになり、女性の身に怪我はないようだ。
『お嬢様、早く逃げて下さいッ!!』
それを眺めていると、愛機の叫び声が響いた。
魔力障壁を張る時間も最早ない。トラックはもう目の前に迫っているのだ。
4
意識を失っていた。
それは一体どれだけの時間であっただろうか。
開かれた瞳で周囲を見回す。視界は良好とは言えない、左目が霞んで微かに見える。
右目はブラックアウトしていて完全に視る事が出来ない。
身体は、左腕が辛うじて動く。
痛覚器官が麻痺しているのか、痛みはさほど感じない。
バリアジャケットを纏っていないこの身は易々と跳ね飛ばされたらしい。
首を動かせば、血濡れた私の身体が映った。純白のワンピースが血染めに染まっている。
……実感する。
―――ああ、私……死んじゃうんだ。
……死というモノを。それが間近に迫って来ているのを。
意識が再び遠退いて行く。
―――出来れば、最後にキーさんに会いたかったなぁ…。
けたたましい騒音が、意識の外側から聞こえてくる。そして、壊れかけの機械音を。
それを聞き取りながら、私の意識はそこで完全に途切れた。
0
この日、奇しくにも二人の少年少女が命を落とした。
これにて、旧世界にて語られる物語は終わりを告げる。
そうしてこれから始まるのは、新世界へと語られる超越の物語。
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