まいどあり
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第三話 忘れられた遺跡と傭兵の少女
「……くっ……痛った……」
朽ち果てた石造りの壁と天井。
穴から落ちたライドの視界に入ったのは先程までいた洞窟とはあまりにも趣が異なる人工的な場所だった。
どうやら落ちた穴自体はそれ程長くはなかったようで、落下した衝撃によるダメージもそれ程大きくはない。精々、腕についた擦り傷、切り傷、それから少しの間起き上がる事が出来なかった程度の脳震盪位だろう。
しばらく起き上がれなかった時点でそれなりのダメージだとも言えるが、ライドはゆっくりと身を起こすと目の前に空いた穴を見る。
どうやら先程の穴は一度垂直に落ちた後、弧を描くように横穴になってライドをこの場所に吐き出したらしかった。
成る程。
それではこの横穴から元の場所に戻るのは難しいだろう。
そうなると、この場所から抜け出すには別のアプローチを試すしかない訳だが……。
「……明るい」
ライドは少しだけ落ち着いた後に座り込んだ体勢のままグルリと周りを見渡して、その明るさに驚いた。
壁と天井は最初に感じた通りの古い石造りの人工物だ。
天井はアーチ状になっており、大柄の男が立っても頭が当たらない程度の高さは備えている。
そして、その壁に等間隔に設置されているのが光源の魔道具だったのだ。
「ここは遺跡かな? いや、だとしてもこれ程の数の魔道具があるなんて……」
ライドはようやく立ち上がると、壁に設置された照明の魔道具に手を触れる。
造りは古く、投入した魔石を直接光らせるだけの単純な作りだったが、恐らくかなり長い時間の中で魔力を失う事なく光り続ける事が出来る事にライドは素直に驚いた。
魔石には魔力量が存在し、基本的には魔力が尽きた魔石は消滅してしまうのが常識だった。
光源の魔石のように光を出すだけの魔石は消費する魔力も少ない為に長持ちするのが普通だが、それでも数十年単位、数百年単位で魔力が失われないというのは聞いた事がない。
ならば、考えられる理由は一つだった。
「もしかして、ここって魔力の通り道なんじゃないか?」
それは、発生した魔石に常に魔力が補充され続ける現象だった。
ただし、その現象は魔石が発生した場所と同質の魔力が必要とされ、基本的には魔石を発見した場所で魔道具を使用した場合に限られた。
その利用用途は主に鉱山の照明に使われ、魔石の採取された場所に設置された照明器具に採取された魔石を使用する事で半永久的な光を取り出す事が出来たのだ。
「そう考えると、僕が見つけた鉱脈の説明もついちゃうな」
ライドが見つけた鉱脈。
もしかしたら、本来あの場所に鉱脈など無かったのかもしれない。
それが、何かの拍子にこの遺跡と海岸の洞窟が繋がってしまい、魔力の吹き溜まりの位置が変わってしまった。
もしもこの場所が本来鉱脈であったのならば、現在この場所に魔石が存在していない理由も、長い事人の手が入っていないらしい様子も説明が付く。
もしかしなくてもこの場所は魔石が採れなくなって廃棄された元鉱脈なのだろう。
「だとしたら、出口も有るな」
ライドはホッとしたように呟き、触れていた照明器具から魔石を取り出そうとする。
「……あれ?」
しかし、押そうが引こうが光源の魔道具は壁から外れず、中に入っている魔石も取り外す事が出来なくなっていた。
「……ああ……あれか。奴隷か何かの発掘作業員の盗難を防ぐ為に、敢えて交換不要の構造にして開けられないようにしたとか何とか聞いたことあるな。なんて迷惑な……」
今月分のノルマを何とか達成出来たと内心喜んでいたライドはがっくりと項垂れる。
これが力自慢の戦士だったならば獲物で強引に破壊するなりして取り出すのだろうが、ライドの細い腕では叶わないばかりか、持っている魔道具も今では『ライド式浄水器』のみである。
「仕方ない。命が助かっただけでも良しとして、出口を探そう」
そう呟いて取り敢えず風が吹いているであろう方角に歩を進めるライドだったが、人の手から離れた魔力の通り道に現れる事がある『ある存在』の事をすっかり失念してしまっていた。
「のわあああアぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」
遺跡に落ちたライドが出口に向かって歩き出してからかなりの時間を要していたが、ライドは未だに遺跡の中にいた。
いや、より正確に表すならばスタート地点よりも更に遺跡の奥に向かって走っている所だった。
足をもつれさせながらも必死に逃げながらも、ライドは自分の当初の予想が当たっていた事を実感していた。
それはつまり、この遺跡が遥か昔に存在した魔石の鉱脈だという予想だ。
過去と今とで鉱脈に対する坑道の作りが違う理由からわかる事だが、過去と今では鉱脈に関する知識は大きく異なっており、魔力の流れを変えないように無闇に地形を変化させずに魔石の出現を待つ現在の鉱脈とは違い、昔の鉱脈はとにかく先に掘り進めて魔石を探す通常の鉱石を採取するスタイルだった。
それは、地面を掘り進める事で魔石が発見できていたからなのだが、当時の人達は魔力の吹き溜まりが鉱脈を掘り進める事で掘り進める先に吹き溜まりが移動している事に気がつかなかったのだ。
現在ライドが走りまわっている鉱脈も、そうして掘り進めて出来た坑道なのだろう。
そして、恐らく魔道具を使用して掘り進めているうちに、運悪く海岸の洞窟と小さな穴で繋がってしまい、海岸の洞窟に吹き溜まりが移動。そのまま魔石が採掘できなくなり、破棄されて今にいたる……と。
「そ、そこまでは、何となく予想できた……っけどさぁっ!!」
どうか行き止まりになりませんようにと祈りながら、ライドはスピードを緩めることなく坑道の角を走り抜け、
「魔力に犯された『不死者』がいる事まで予想できるかぁぁぁぁぁぁ!!」
無人であるはずの廃墟に突然現れた命無き怪物に対して、ライドは遺跡中に響かんばかりの叫びをあげた。
ずちゃ……ずちゃ……。
何かを引き摺るような湿った音が離れて行くのを聞きながら、ずいぶん前に崩落したのであろう瓦礫の影に隠れていたライドはホッと息を付く。
既に自分がどこにいるのかもわからないような状況だったが、命に変えられるものでもない。
「とはいえ、あんなのが彷徨いてるんじゃその命もどこまで持つか……」
瓦礫の隙間から顔を出し、辺りの安全を確認しながら呟くライドの声にも覇気はない。
それもその筈、そもそも魔導技師のライドに戦う力は無いに等しく、魔力に犯された『不死者』は魔力の通り道にいる限り文字通り不死身の存在だ。
「エターナルマナの恩恵か……魔石ならともかく、あんな化物まで作り出されたんじゃ堪らないよ……」
自らの生まれた地で魔石が無限の力を発揮する現象──エターナルマナ。
それは、坑道に設えられた消えない魔力灯に代表される尽きない魔力の奔流である。
だが、それは決して魔石のみが有するものではなく、魔力の通り道上に存在する命無き有機物に宿る事があった。
人の手が入っている坑道や、現在の鉱脈のように底の浅い坑道ならばそうなる確率は低いのだが、今回の坑道のように永い間人が訪れていないような坑道等では頻繁に起こった悪夢であった。
ある時は事故で命を落とした鉱夫が。
またある時は古い坑道に迷い込んで命を落とした冒険者が。
魂が肉体から抜け出た替わりとでも言うように、その身に魔力を宿して仲間を増やさんと遺跡の中を徘徊する。
その身が腐り、腐ち落ちても決して“死なず”何度でも再生して永遠にさまよい続ける骸となるのだ。
「……とにかく、どれくらいの数がいるのかはわからないけど、さっさと出口を探さないと……」
元々家賃の為に来たという目的も忘れ、坑道の隅に落ちていた朽ちかけたつるはしを拾い上げてライドは立つ。
少なくとも、生きてこの遺跡を抜け出ない限り家賃も糞もないのだから。
どれくらい歩いたのだろう。
少なくとも、外はもう真っ暗ではないかと言うくらいは歩いたとライドは思った。
手にしたつるはしはいつの間にか杖になり、進む足はパンパンになって引きずるようにやっと前に進んでいる状況だった。
それだけ見ても相当の距離を歩いてきた事が分かろうというものだが、それでも出口にたどり着けていないのは理由があった。
「……っ!」
ヨロヨロと進んでいたライドの足が突然止まり、直ぐに付近の横道に逸れて息を潜める。
すると、先程までライドが進もうとしていた場所に一体の不死者が通り過ぎていく所だった。
「……くそぅ……奴ら完全に魔力の一番濃い場所を中心に動いてるみたいだ……」
魔力の一番濃い場所。
つまり、この遺跡で言えば出入り口に当たる場所である。
要するに、元々この鉱脈は地面により近い場所に魔力の吹き出し口があり、さほど苦労しなくても魔石の採取が出来る非常に珍しい場所だったようだ。
それを、魔石を求めてどんどん掘り進めてこれ程までに大きな坑道を作り上げてしまったのだから、当時の人間の無知による賜物だと言えなくもないが、文明の利器なんてものはいつの時代でもそんなものなのだろう。
それはともかく、今のままではとても出口を抜ける事など出来そうもない。
横道から僅かに顔を出し、どうしようかとライドは考える。
嫌に成る程歩き回って、ライドが分かった事は2つ。
1つはどうやらこの坑道の出入り口は現在不死者が徘徊している目と鼻の先にある大穴と、自分が落ちてきた小さな穴の2つだけだという事。
最も、小さな穴の方は落ちる事は出来ても登る事は出来ないのは既に試して実証済みだ。
2つ目はどうやらこの遺跡に存在する不死者は合計3体いるらしいという事だ。
ちなみに、現在ライドの視界にいる不死者は1体。逃げるならば今がチャンスと言えなくもないが……。
「戦闘経験も殆どない細腕に、武器は今にも折れそうなつるはし一本。足はガタガタで走れない。そんな男が不死者をすり抜けて出口を抜ける? はは。それこそ奇跡でも起きない限り無理だよ」
泣きそうな顔で不死者を見ながら自嘲気味に呟くライド。
既に心が折れてしまったのか、その声には全く力がない。
そんなライドの感情に釣られたのか、先程まで1体だった不死者の傍に、近づくもう1体の動く者の姿をライドの双眸が確認した。
「……いよいよ終わりかな。2体の不死者が集まったら…………不死者?」
一度は諦めた筈だった。
しかし、諦め死に体だったライドの糸目が嘗てない程に見開かれる。
よく確認できる程に晒された蒼い二つの瞳の先にいたのはしっかりした足取りをした若い女だった。いや、白く塗られたレザーアーマーを着込んだ姿からそれなりの年齢に見えるだけで、ひょっとしたらライドとそう歳の変わらない少女かもしれない。
右手には見た事もない奇妙な形をした剣──恐らく魔道具だろう──を持ち、左手には少女の腕の長さほどのブロードソードを下げている。
肩口までの長さはあるであろう銀髪は後ろで縛って一つにしており、動物の尻尾のようにも見える。
ライドの位置からでは顔の細部まではわからなかったが、ぱっと見た感じでは非常に可憐な少女だった。
もしも街中で見かけたなら、正式な訓練を受けたどこぞのお嬢様と言われても信じてしまっただろう程に。
そう。
ここが捨てられた鉱脈で。
少女が向かっているのが不死の怪物でなかったら……。
「のおおおぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉっ!!」
声が出たのは。
足が出たのは。
不死者に向かってつるはしを振り下ろせたのは殆ど無意識の事だった。
「!!」
少年の声に少女の肩が一瞬揺れるが、振り向きもせず少年の一撃に合わせるように右手の魔道具を振り抜いた。
若い二人の攻撃が不死者に入ったのは殆ど同時だっただろう。
最も、その結果は弾かれた少年のつるはしと、不死者の胴体を切り裂いた少女の魔道剣のひと振りだったが。
「邪魔です!」
「がぺっ!?」
そして、その一連の動きで瞬時にライドを足手纏いと判断したのか、件の少女は剣を振り抜いた延長の動きで器用にライドを蹴り飛ばす。
蹴られた勢いでライドは壁まで転がって止まると、顔を上げる。
すると、ライドを蹴った反動で不死者と距離を取ったらしい少女の視線の先にいた不死者が、激しい炎に包まれた所だった。
「燃えた!? まさか、炎の魔道剣!?」
ライドは驚きの声を上げるが、必殺の一撃を入れたはずの少女の可憐な顔が、眉を寄せて僅かに歪む。
その理由はライドにも直ぐに分かった。
激しい炎を上げて燃え上がっていた不死者が、切られた腹を急速に修復しながら同時に炎も消していたのだから。
「炎は効きませんか。ならっ!」
少女は左手のブロードソードを鞘に戻すと、変わりに腰に巻いていたベルトから一つの石を引き抜いた。
その石にはライドには見覚えがあった。
それもその筈、少女が手にしたのは魔石だったのだから。
そして、少女は右手の魔道剣の柄元ににあった魔石を親指で押し込むように外しながら、先ほど腰から引き抜いた魔石を取り付ける。
すると、先程までは淡い赤い光を放っていた魔道剣の刀身が青白い光へと様相を変えた。
「これなら──」
先程とは違い両手で魔道剣を構えた少女に向かって、不死者が腐った液体を飛ばしながら朽ち果て骨が見える腕を振り下ろす。
「──どうです!!」
しかし、振り下ろされた腕を華麗に躱しながら、少女の魔道剣が不死者の体を両断する。
そして、その傷口は──
「……凍……った……?」
ビキビキとガラスにヒビが入るような音が響き、不死者の体が固まりその動きを止める。
当然、その隙を少女が見逃すはずが無く、
「はあっ!!」
いつの間にか引き抜いたのか、左手のブロードソードで凍りついた不死者を切り裂く少女。
凍りついた状態で切られた不死者は、辺り一面に散らばるように四散する。
本来極限まで凍りついた氷を砕いたならば綺麗だと感じる事も出来たのかもしれないが、爆散したのが腐った肉片では感動も糞もない。
ただ、傷一つ無く不死者を葬った少女の姿だけは素直に美しいと思ったが。
「……ふう」
そんなライドの心情を知る由もなく、戦闘の終わった少女は短い息を吐く。
先程の戦いぶりからそれ程苦戦した様子も見受けられなかったが、精神的にはかなりきていたのかもしれない。
僅かに眉を寄せたその表情は疲労の色を浮かべ、二本の剣を持った両手はだらりと下げられている。
「……あの」
「…………」
そんな少女にライドは声を掛けるが、少女の方はまるでその場にライドがいないかのように振る舞い、二本の剣を腰に下げた鞘に収めるとそのままライドに視線も向けずに出口に向かって歩き出す。
その少女の態度はそのまま先程の戦いのライドへの評価に感じて少し傷ついたライドだったが、今のうちに外に出るのは大賛成だ。
一言も口を開かず出口に向かって歩を進める少女の背中に向かってライドは一歩踏み出して──
「!! 危ない!」
「きゃっ!」
──初めに少女が現れた時に咄嗟に足が出てしまったように。
少女に向かって伸びた“腕”を少女を抱き抱えながら躱すと、そのまま少女を抱き抱えたまま走り出す。
「ちょっ……! 突然何を……っ!」
突然のライドの凶行に自らの腰に手を伸ばす少女だったが、次のライドの言葉に動きを止める。
「ビンタも蹴りも後でいくらでも受けるから!! でも、今はとにかくこの場から離れるよ!! さっきの奴が──」
「……嘘……でしょう……?」
ライドに抱えられ、その背中越しに少女は確かに見た。
「──なんか増えちゃってるから!!」
自らが凍らせ、粉々にした不死者が4体に増えている光景を。
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