まいどあり
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第四話 エターナルマナ
幼い頃から各地を旅して回って持久力には自信のあったライドだったが、それがそのまま腕力に直結しているわけでもなく、力尽きるのは思いのほか早かった。
「……ふう、ここまでくれば……」
「なんだか随分と満足そうな顔をしてますけど、殆ど進んでなくありません?」
少女を抱えたままライドが駆け込んだのは、少女を発見した時にライドが息を潜めていた横道だった。
距離的には大した事のない距離だったが、件の不死者は勿論、残り2体の不死者も二人の潜む横道までは入り込む事は無さそうだった。
「……なるほどね。何となくだけど奴らの行動理念って奴が分かってきたぞ」
静かに息を整えながら何かを悟ったように独りごちるライドだったが、そんな少年に疑念の視線を向けたのは魔道剣使いの少女だった。
「一人で何を納得しているのか知りませんが、先程から人の邪魔ばかりして少しばかり失礼ではありませんか?」
明らかに不服そうな少女の声にライドは考えの読めない糸目を少女にちらりと向けた後、直ぐに自らのザックに注意を移す。
「最初に飛び出したのは確かに邪魔だったと思う。それはすごく申し訳なかった。でも、さっき助けた事に対してその言葉はあんまりだと思うよ」
「助けた? そう言う言葉はせめて出口に向かって走ってから言うべきですね」
「出口に向かってたら死んでたよ」
少女の言葉にライドは心外だとでもいうような声色で返すと、ザックの中から小さな巾着を取り出し、中から3つの魔石を取り出した。
「ここは嘗ての鉱脈だ。ならば、必ず魔力の吹き出し口が存在するはずだが、それはどこにあると思う? 吹き出した魔力の行き先は? 不死者が不死者である理由は? 」
ライドは少女に向かって右手を差し出す。
手の上に乗っていた3つの魔石は、それぞれ異なる色に輝いていた。
「この三つは“この場所で採れた魔石”だ。魔石が誕生した場所でどんな力を発揮するかは君だって知っているはずだろう? 偶然ここに迷い込んだお嬢様でもない限りね?」
少年の言葉に少女は言葉を詰まらせる。
右手で握った魔道具の刀身に左手を寄せたのは恐らく無意識だっただろう。
「それは不死者だって同じ事だ。奴らは“ここで生まれた魔石”なんだよ。そのコアが鉱石か腐った肉塊かの違いがあるだけだ。そんな連中が向かってきているってのに、自ら魔力の吹き出し口に身を躍らせる? 冗談じゃない。『エターナルマナ』の奔流に飲まれたら、僕たち人間の体なんて簡単に破壊されて終わりだよ。いや、それで終わりならまだいい。最悪、連中の仲間になって永遠にこの遺跡を彷徨うことになる」
「……貴方一体何者なんです?」
淡々と事実を告げるライドの態度に少女は当初見せていた不機嫌な瞳を疑念の色に変えて一歩引く。
しかし、ライドはそんな少女に一歩詰め寄ると、右手を少女の眼前へと突きつける。
「何者? 僕は何者でもない。それでも敢えて名乗るのならば、僕はしがない一介の魔導技師。名をライド。今日を生きる事さえ難儀する半人前の物売りだ。だから残念な事にこの身を守る力もない。君のような華麗な剣技も使えなければ、誰にも負けない逃げ足もない。それでも短くない期間ここまで生きてこれたのは、僕にしか出来ない事があったからだ」
──故郷を捨てて新天地に渡って来たのは理由がある。
「──取引だ。年若い魔導剣士」
──技師としての腕も、目利きも未熟なのは誰よりも自分自身がわかっている。
「相手が尽きない魔力を使うのなら、こちらも尽きない魔力を使えばいい。君が持っている魔道剣は装着した魔石の力を引き出すのだろう? ならば、ランクは低くとも君の持っている魔石よりはマシなはずだ」
──そんな未熟な魔導技師が生きる為には。
「……何を考えているんです?」
「何も? さっきも言ったでしょ? 取引だと。僕は君に対して不死者を退ける為のマテリアルを提供する。その対価として──」
──使えるものは何だって利用する。
「──この遺跡を出るまで僕の事を守って欲しい。それだけさ」
少女はある目的を持って各地を巡る傭兵だった。
いや、正確には職業として傭兵をするつもりはこれっぽちもなかったのだが、生きる為に仕方なく続けてきていたことだった。
目的の一つは魔石探し。
理由は、彼女の持つ魔道剣『魔石食い』の燃費が非常に悪かった事が挙げられる。
魔道具の効果としては鍔口に嵌め込んだ魔石の魔力を“喰らった”魔剣は魔石の効力を帯びて攻撃する事が出来たのだが、魔力量の少ない魔石を使用しようものならあっという間に魔力切れを起こして魔石自体が消滅してしまうほどだった。
しかし、彼女自身ある程度剣術を齧っていてはいたものの、彼女の最終的な目的を達成する為にはどうしてもこの魔道具は必要だった。
何より、生きてその場所にたどり着く為には生き抜く為の力が必要だった。
だから、彼女は魔石を求めた。
傭兵として金を稼ぎ、過去の遺跡を見つけては未発見の魔石を探した。
その過程で魔力量が多くランクの高い魔石を見つけてきたのも事実だが、希少価値が高い以上ここぞという時にしか使えない代物だった。
彼女の目的を達成する為には、一つでも多くの上質の魔石を保持、収集する必要があったのだから。
だから、少女は後悔していた。
偶然古い鉱脈跡を発見し、未発見の魔石の一つでも見つけられればと軽い気持ちで入った遺跡。
だが、蓋を開けてみれば広いだけでどれほど探しても見つかるのは壁に取り付けられたランクの低い魔石を使った魔道具のみで、他には魔石の『ま』の字もない廃鉱山。
それでも諦めずに探索したのだが、アンデッドに遭遇し、貴重な魔石の力を浪費する始末。
仕方なく帰ろうとしてみれば、突然現れた動きの鈍い少年と、切っても焼いても消滅しないアンデッド。
頭にきてとっておきの魔石を使用したのに、倒すどころか増えてしまったアンデッド。
……正直もうどうすればいいのかと思っていた所に突然持ちかけられた妙な取引──
「──正直、全て納得出来た訳ではないけれど……」
少女は黄色に輝く魔石を『魔石食い』の鍔口に嵌め込むと、黄色に発光した刀身を4体の不死者に向けて掲げた。
「受けた仕事は果たします。滅びなさい! アンデッド!」
駆け出した少女の動きに合わせるように、魔道剣の力が前方に向かって走り抜けた。
「……始まったな」
眩い閃光と共に響き渡る激突音に、ライドはゆっくりと前進しながら辺りを慎重に見回した。
「魔力が尽きないとはいえ、元々大した事のない魔石だ。どこまで持つかわからない」
それが3つあるとは言え、結果は大差ないと考えていた。
それでもライドが魔導剣士の少女にあんな取引をもちかけたのは、ある意味での勝算があったからだ。
(僕が持っていたこの鉱脈で手に入れた魔石は“5つ”。その内一つはこの坑道に落ちた時に失って、3つは彼女に報酬の前払いとして渡した。最後の一つが……)
ゆっくりと前進する今のライドの背にザックは無い。
変わりに手にしているのは今のライドが唯一もっている魔道具『ライド式浄水器』であった。
「……“聖水”の魔石。不純物の無い水分を飲用可能にしてくれる画期的発明品。しかし、頑丈な外郭とは裏腹に内部は非常に繊細で、生物の肉片でも混ざろうものなら簡単に壊れてしまう……辺りに聖光を撒き散らして」
ライドは震える体を押さえつけるように『ライド式浄水器』を強く握る。
「奴らが不死者なら聖なる光に弱いんだろ? 尽きない魔力で暴れる聖光をまともに浴びたらどうなるんだろうね」
黄色い光が掻き消えて、今度は電撃が迸る出口に向かいながら、少年は歩く。
手にした爆弾を無粋な門番にぶつける為に。
「……っ! くうっ!」
夥しい電撃の中を押し通るように、4つの影が向かってくる。
その身は砕け、肉は焼け焦げ、地面を抉っているにも関わらず。
「確かに、魔力は、尽きないけど!! 効果がこれじゃあキリがありません!!」
少女は前方に向かって渾身の雷を放出した後、素早く緑色に光る魔石を鍔口から押し外し、最後の魔石を嵌め込む。
すると、刀身が赤く輝き、猛烈な熱気が辺りを包んだ。
「……………………だから!! 炎は効かないのにーーーー!!」
そう言いつつも少女は魔剣を振り下ろす。
すると、地面に叩きつけた等身から炎の柱が舞い上がり、4体の不死者を炎で包んだ。
しかし……
「……!!」
その炎を抜けて、4つの塊が飛び出してくる。
少女は後方に飛んで何とかその一撃を躱すが、さっきから後退してばかりで全く前方に進めていない。
「一体どうすれば……。前に進めなければ出口には……」
そこまで考えて、少女はその先の言葉が失われる事を実感する。
「……まさか……私にアンデッドの相手をさせて、その隙をついて逃げ出すつもりでは……」
それは考えていない訳では無かった可能性。
しかし、あまりにも少年の声が真剣だったから、飲み込んだ理由だった。
「……うっ!」
アンデッドの攻撃は止まらない。
思考の乱れから動きの鈍った少女の退路を徐々に塞ぎつつ、4方から致命的な一撃を放ってくる。
それでも何とかその攻撃をさばき続けているのは少女の腕の賜物であっただろう。
しかし、注意力が散漫なままで対応しきれる手数ではなかった。
「……ああっ!!」
2方向同時の攻撃に、少女は1方を躱しつつ1方を刀身で受ける。しかし、受け切るには少女の体はあまりにも軽すぎた。
少女は出口とは反対方向に飛ばされると、それでも魔剣は手放さずに地面を跳ねる。
痛みと疲労。
いや、それよりも気持ちが切れてしまった事が一番の原因だろう。
考えてしまったのは自分が利用されたという可能性。
その想いが少女から立ち上がる力を奪ってしまった。
横たわり、真横になった視線の先に見えるのは、自分に向かって焦げた体を修復しながら近づいてくる肉片達。
あれほど近くに感じた出口も遠く、その景色が、まるで自分自身の目的地のように見えて──
──だから、アンデッド達のすぐ後ろで、白い光に包まれた何かの像を振り上げている少年の姿が何かの冗談のように見えた──
ここしか無いと思った。
16年の歳月を生きてきて、これほど忍び足が上手くいった事はなかっただろう。
疲れでパンパンになったライドの歩行スピードは、決して動きの速いわけではない不死者の前進スピードよりも更に遅く、普通に追いかけたのでは決して追いつく事はなかっただろう。
しかし、その時間を魔導剣士の少女が十分すぎる程稼いでくれた。
魔力が尽きないというだけで決して強力ではない魔石をもって。
場所が場所ならお人良しだと言われたかもしれない。
何故なら、ライドが裏切る可能性を普通なら考える筈なのだから。
それでも、少女が己の使命を全うした理由はライドにはわからない。
わからないが、仕事を果たしてくれた少女に対して、対価は支払われるべきなのだ。
二人揃って遺跡を出る。という対価を。
「くらえぇぇぇぇぇ!!」
ライドは魔道具を振り下ろす。
白く輝いた浄水器は、受け皿を下に向けて不死者を飲み込まんとするように。
やがて輝く皿と不死者の頭が激突し、肉片を飲み込んだライド式浄水器から眩いばかりの光が迸る。
その光は飲み込んだ肉片から分離した不廃液を聖水に変え、辺り一面へと撒き散らした。
その聖なる水は不死者にとっては酸に等しい。
しかし、強力な酸を浴びた不死者達は突然の苦痛からか、再生を始めない体を振り回してその腕をライドの腹へと叩きつけた。
「ごおっ!!」
その一撃は、疲労し全ての力を使い果たしたライドにとってまさしく致命的な一撃だった。
ライドの体は弾かれ、まるで人形のように地面へと落下する。
頭から落下したせいか、額からは夥しい量の血液が流れ出し、逆さまになった視界に見えたのは、暴れだした不死者の足が、ライド式浄水器を踏み潰して粉々に砕く光景だった。
「……あ……は、は……なん……だ、それ……ぜん……ぜん……きかないじゃないか……な……に……が、えたー……なる……まな……だよ……」
ライドの視界がぼやける。
それは涙によるものだったのか、それとも意識が薄れていっているからのだったのかはわからない。
ただ、ライドの胸中に渦巻いていたのは、散々人を追い回してくれた不死者達に終焉を与える事ができなかった後悔だった。
だからだろう。
「どうして逃げなかったのですか?」
突然近くから聞こえてきた柔らかな言葉に、反射的に答えてしまったのは。
「……ひと……を……ばか……にした……やつら……に……見せて……やりた……かった……だけ…………さ……」
そう、答えはたったひとつだけ。
「じゃくしゃの………………いじを…………」
「そうですか」
言葉の終わりと共にそっと触れられる感触。
そして、柔らかな白い光りがライドを包み、先程までピクリとも動かなかった体が急速に自由を取り戻し、ぼやけた視界が一気に開けた。
あまりにも急速な回復にライドは驚きつつも跳ね起きると、声が聞こえてきたであろう方向に視線を向ける。
そこにいたのは一人の少女。
不死者に痛めつけられ、確かに倒れていたはずなのに、傷一つなく立っていた。
服はボロボロになり、所々焦げて目も当てられない状態なのに、そこから覗く肌は白く美しいままだった。
右手には魔道剣。
その刀身は白く輝き、先程から感じる暖かな温もりはそこから届いているようだった。
「あなたからの勇気と報酬は確かに受け取りました。今この時をもって私はあなたを命を賭して守りましょう」
少女は白く輝く魔道剣を不死者にむけて両手で構え、決意を込めた言葉を紡ぐ。
「聖なる魔石の最高峰。“聖光”の魔石の価値は私の人生をもってしても返しきれるものではない。故に不死者よ──」
暖かな温もりが鋭く白い刃に変わり、迸る魔力はエターナルマナの恩恵か。
「──その身をもって“弱者の意地”を受けなさい!!」
眩い光に包まれた少女は魔剣──いや、『聖剣』を持って跳躍する。
光の帯を残して跳んだ少女の後ろ姿に、ライドは羽が見えたような気がした。
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