まいどあり
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第二話 鉱脈の先から届く声
魔力を帯びた石の全てを魔石と呼んだならばそれこそ世界中の至る場所に魔石は存在しているだろう。
しかし、実際に魔法を取り出す事が出来るほどに濃縮された石となるとその数はぐっと少なくなってしまうのが現実だった。
それでも、先ほどライドがネリイに渡した“光源”の力を宿したような魔石は非常にポピュラーで、ちょっとした鉱脈ならば掃いて捨てる程に在り来りなものであった。
しかし、それも場所が“鉱脈”であるならという話で、逆を言えば鉱脈以外で魔石を入手する手段は今の所鉱脈の仕事に携わる人間か、鉱脈を所持している人間との取引がある魔石商人から購入する以外に無かった。
だからこそ、手つかずの鉱脈は殆ど全ての人間にとって非常に価値のあるものだったのだ。
ライドが見つけた鉱脈は港町アルバナムとカンタールの町の丁度中間に位置する森の中にあった。
その森は街道沿いに存在し、特に侵入を制限されているわけでもない古くから存在する場所だったが、何かしらの曰くがあるわけでもない。
実際、ライドがその森に迷い込んだ理由も空腹から前後不覚に陥った末に偶々見つけたに過ぎなかったのだから。
ライドはやや傾き始めた太陽を背にして街道を進むと、街道脇から無造作に森へと侵入する。
街道を左右から挟むように広がるそこそこ大きめな森だったが、ライドが進んだのは海岸に面した方角だった。
薄暗い森の中を記憶を頼りに進みながら、前方からうっすら漂うのは潮の香り。
故郷を捨ててナムル大陸に向かう船に飛び乗ってたどり着くまで、嫌というほど嗅いだ匂いだった。
その匂いが強くなった頃、唐突に視界が開けて見えるのは入り組んだ岸壁と隙間から見える海原だった。
横から差し込む日差しにライドは元々細い目が見えなくなる程に細めると、崖から落ちないように気をつけながら崖の淵に沿って歩く。
ライドの歩く崖の上から眼下に見える海までの距離はそれ程あるわけではないが、入り組んだ地形により複雑になった潮流に飲み込まれたら例え泳げる人間だったとしても無事では済まないだろう。
それ故にライドの視界に入る範囲には船も人もどちらも見る事は出来なかった。
しばらく崖の淵を歩いていたライドだったが、やがて足を止めるとザックを下ろし、中からロープを取り出し近くの木の幹にきつく縛ると崖の下に向かって放り投げた。
そして、再びザックを背負ってロープ伝いに崖下に降りた先にあったのは、小さな一つの洞窟だった。
潮流によって削られたにしては不自然な位置に存在したそれは、人一人が屈んでやっと潜り込めるような小さな横穴に過ぎなかったが、ライドは躊躇いもなくその穴に足を踏み入れる。
その際、ライドはザックから一本の筒状の魔道具を取り出し、僅かに飛び出した突起を強く押す。
「?」
しかし、何度押し込んでも変化のない魔道具に首を傾げつつ引っくり返してライドはようやく思い出す。
この魔道具を起動させる為に必要だった“光源”の魔石は、家賃の前払いとしてネリイに上げてしまったという事に。
ライドは困ったように自らの右頬を描いた後、渋々魔道具をザックに戻すと狭い洞窟へと足を踏み入れた。
“光源”の魔石は世界中のありとあらゆる場所に存在する希少価値の低い魔石であったが、同時に人類が最も多く使用する魔石の一つでもあった。
その魔石はその名の通り光を発する魔石であり、魔道具を通すことで暗闇を照らす光となった。
ある時は夜の町のいたる所で人々の足元を照らし、ある時は陽の落ちた家の中を暖かな光で照らした。
先ほどライドが使用しようとしていた魔道具もその一種で、出先で突然の闇に覆われても簡単な操作で光を得る事が出来る非常に便利なものだった。
しかし、魔道具である以上当然それを起動させる為に魔石は必要不可欠であり、なければ魔道具といえども唯の荷物に過ぎなかった。
当然、光源の無い洞窟の中は昼間と言えども真っ暗で、ライドは何度も躓きそうになっては壁に手を当てて体勢を整える。
それでもなんとか前進する事が出来たのは、暗闇に慣れてきて僅かに周りが見えるようになっていたのと、何度も通ったことによる慣れの部分が大きかっただろう。
勿論、この洞窟自体が非常に狭いうえに一本道だったので、迷いようが無かったという事もある。
そして何より──
「──見つけた」
足を止めたライドの視線の先に見えるのは、暗闇に浮かぶ小さな星空。
その光があまりにも小さかったものだから、どのみちある程度進んだ所で簡易照明の魔道具は消すつもりだったので、躊躇いなくここまで来たとも言える。
──この暗闇の中で輝く小さな星の一つ一つ。
これこそが、この世界に再び奇跡をもたらした『魔石』だった──
「……よし」
採取することが出来た魔石の中に“光源”の魔石があったのは幸いだった。
暗闇の中、悪戦苦闘しながら取り出した簡易照明に魔石を嵌め込み起動させ、光が灯った事を確認してライドは思わずホッとしたように呟いた。
暗闇の中で明かりも無しに動き回っていた事もそうだが、飯の種である魔石を持っていない状態に魔導技師である彼の中ではやはり言いようのない不安感に駆られていたのは間違いの無い事実だったから。
「それにしても、今回は4つか……思ったよりも多かったと見るべきか、現在の窮状を考えた場合少ないと見るべきか……判断に困る成果かな……」
簡易照明の光の中に浮かび上がる3っつの小石に視線を落としながら呟くライド。
見た目は小さな小石だが、その一つ一つは古代の奇跡が詰まった代物だ。
生憎この場所ではそれぞれがどんな力を秘めているのか鑑定する事は出来ないが、少なくとも“光源”の力でない事は簡易照明が使用できるか試した時に実証した。
とはいえ、魔石の魔力量は触れた時の温度で大まかなランクは判断できる。
歳は若いとは言えライドも一介の魔導技師である。それなりに経験も積んでいるし、一般人に比べれば魔石に触れる機会は圧倒的に多い。
その経験から判断するに、手にした魔石は3っつ共光源の魔石と同等レベルの魔力量でしかなかった。
「多分、3つ合わせてもギリギリ今月分の家賃が払えない位かな……。そうなると、最低一個は魔道具にして……いや、駄目だ。流石にそんなに待ってくれない」
魔石を眺めながら頭の中で算盤を弾くライドだが、どう考えても今日中に今月分の家賃には届きそうもない。
そうなると、今回入手した4つ以上に新たな魔石を手に入れる事だが、それが難しい事は当のライドがよく理解している。
「前回ここに来たのが1ヶ月前。その時が2つだったからこれ以上は無い……よねえ」
魔石の鉱脈が他の鉱石の鉱脈と違う点は、魔石として闇雲に掘っても出てくる訳では無いという部分だった。
他の鉱石や地中に埋まっている事が多い事から魔石が採取される場所を鉱脈とは呼んでいるが、その実態は魔力の吹き溜まりと言われている。
生物は勿論、自然界のいたる所に存在する魔力は、体内を流れる血液のように、または、絶えず循環している水のように世界中を流れていると考えられている。
その過程において、余剰となった魔力が留まり、固体化する場所がある。
それが鉱脈と呼ばれる場所だった。
つまり、一度魔石を撮り尽くしてしまうともう一度魔石を得る為にはある程度の時間を待たなくてはならず、鉱脈を知っている者が必ずしも裕福ではない理由でもあった。
特に、ライドが知っている海岸の洞窟は話に聞くどの鉱脈よりも小規模で取れる魔石の数も非常に少ない場所だった。
それでも、魔石商人から購入している他の魔導技師よりは遥かに恵まれている筈なのだが……。
「取れる魔石が軒並みショボイのが泣けてくる……」
それでもライドは手に入れた3つの魔石を巾着に入れて大事そうにザックに入れると、狭い洞窟の中で反転する。
一応、洞窟はこの場所よりも奥へと続いているが、最奥まで行っても鉱脈が無いのは最初の探索で確認済みだ。
本来ならばもう少し探索して確実に家賃分の稼ぎを確保したい所であるが、魔力量の少ない魔石の中にも希少価値の高い力を有しているものも有るには有る。今はそれは期待するしかないだろう。
そんな事を考えながら、多少後ろ髪を引かれる思いのまま帰る意思を固めたライドだったが、
「……声?」
ひょっとしたらそれは風の音だったのかもしれない。
しかし、一度望みが絶たれてこの場所に留まる理由を探していたライドにとって、その音はライドを引き止める声のように聞こえてしまった。
「この奥からか……」
一度は帰ると決めた筈だった。
しかし、まだ何かあるかもしれないという葛藤に勝てず、ライドは再び体を反転させると、鉱脈を超え洞窟の奥へと進んでいった。
奥から聞こえるか細い何かの音に誘われるように。
「……行き止まり……」
それは初めからわかっている事だったが、それでも声に出してしまったのは何も無かった失望からだったに違いない。
行き止まりについた後に照明を消して確認し、更に壁に手を触れて温度の確認もしてみたが、暗闇に光る星も見えなければ手に返ってくる温もりも確認する事は出来なかった。
「馬鹿だな。わかっていた事なのに」
それでも、僅かな望みに賭けたのは出発する前に見た少女の弱りきった姿だった。
この鉱脈を見つけて浮かれて、これまであの少女に甘えてきた自分。
およそ1年という月日の中で、彼女をお腹一杯食べさせた事が果たして何度あったであろうか。
折角見つけた鉱脈から取れるのはなんて事はない安い魔石ばかりで。
せめて価値を上げようと魔道具を作って売っても二束三文で買い叩かれる始末。
そんな中、先月採取した“聖水”の魔石はこの鉱脈を発見して初めて手に入れた魔力量の多い魔石だったのだ。
“聖水”の魔石自体はそれ程珍しい魔石ではない。
しかし、人の体温を上回るほどの魔力量はそれだけ多くの力を有していると言えるものだった。
だからこそ、ライドは自らの手でその力を引き出したかった。
その結果は……残念なものに終わってしまったが。
ライドは肩に掛けたザックの紐を強く握った後、身を屈めたまま方向転換しようとして……それに気がついた。
「……穴……?」
それは小さな穴だった。
ここまで進んできた洞窟よりも更に小さな穴が壁際の床にポッカリと空いていたのだ。
人一人やっと通り抜けるような大きさで、子供ならば場合によっては落ちてしまうだろうという大きさ。
前回この穴を発見できなかったのは、角度的に見えにくい位置にあったという事と、帰る時には照明をつけていたからだろう。
そう、今回は一つでも多くの魔石を手に入れたい気持ちが強く出ていた為照明を着けたり消したりしながら進んでいた。帰る時も同様だ。そして、今回照明を消した時に穴を発見できた意味は。
その穴がぼんやりと光を放っていたからだ。
「…………」
ライドは屈めていた身を更に屈めて、穴に向かって進んでいく。
覗き込んだ穴は本当に小さい。落とし穴でも、自然の侵食で出来た穴とも言い難い。
何かの力で無理やり……例えば魔法か何かで貫いたかのような綺麗な切れ口のその穴からは、風と共に何かが聞こえてきていた。
思えばおかしな話だった。
本来行き止まりである一方通行の洞窟の奥から風が吹いてくるはずもない。
風が吹いてくるという事はこの洞窟が吹き抜けになっているか、風が発生する何かが奥にあるということだったのだから。
「…………」
ライドは身を乗り出して穴を覗き込む。
薄らと光る光源は、穴の奥から届いているように見える。
どれほどの距離かはわからないが、穴を通して届く程なのだからかなり強い光だろう。
それはつまりかなり力の強い魔石があるという事で……。
「…………あ」
考えに巡らせ、光に魅入られていたライドから漏れた声は、その思考を現実に引き戻すにはあまりにも間抜けで、あまりにも短い一言だった。
その穴は小さく、足を滑らせたとしても何かの拍子に落ちたとしても普段のライドならば堪える事が出来ただろう。
しかし、光に目と心を奪われ、無意識に光に向かって両手を伸ばしていた体勢ではどうする事も出来ず。
「わあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………」
皮肉にも洞窟の最奥から自らの声を響かせ、その姿を消した。
後に残ったのは、光を消した状態で転がっている照明の魔道具だけだった。
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