空気を読まない拳士達が幻想入り
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第3話 戦慄の人里! 北斗現れる所乱あり!
「暇だわ……」
唐突にそう呟きながら、霊夢は退屈そうに欠伸をした。今日も空は快晴で事件は何一つ起こらない平和な一日となっている。
そんな平和で退屈な時間をどう過ごすべきか、解決方法が見当たらず、結局霊夢は再び欠伸をする羽目となった。
本来ならば誰もが見慣れた光景だと言えるであろう。だが、今回だけは違う。
違う所と言えば、それは現在霊夢が暇を持て余している場所が神社の縁側ではなく、店内のレジだと言う事だ。
数日前に訪れたケンシロウが博麗神社に北斗神拳を誤射してしまった為に神社は粉砕してしまい、結果として霊夢は残っていた家財道具一式と着替え数点を風呂敷に詰めて現在ケンシロウが厄介になっている香霖堂に寝泊りさせて貰っている事となっていた。
此処の店主である霖之助はその話を聞き快く部屋を貸してくれた。
が、その為に霖之助は店内で寝る事となりケンシロウに至っては野宿する羽目になったのだから災難としか言いようがない。
そんな災難続きの日から数日が経ったある日、それが今日この日なのであった。
「暇よ暇過ぎだわ。どっかで異変とか起こらないかしら。それかその辺で爆発とか起きないかしら」
「相変わらず物騒な事を呟くなぁ」
店内の品物の手入れをしながら霖之助は苦笑いを浮かべた。彼女の物騒な物言いも親しい人間ならば別に珍しい事ではない。が、そんな物騒な事をなんの前触れもなく発せられると流石に返答に困ってしまう。
そう、霖之助は思っていた。
「霖之助、この品は何処に置けば良い?」
その近くでは、ケンシロウが霖之助の手伝いとばかりに店内の品々の整理を行っていた。
幾ら一般常識皆無なケンシロウであってもコンビニバイトで培った経験があるのか、思いの他スムーズに進んでいた。
その作業中に見つけたのが偉く埃を被った古臭い骨董品であった。壺の様な形をしているのだが色合いは何処か地味と言うか暗い感じの色合いをしており、しかも壺の口回りに小さなヒビが入ってしまっている。
「う~ん、さすがにこれは売り物にならないな。外の方に置いておいてよ。埃を落として何かに使うからさ」
「分かった」
了解し、ケンシロウは外へと埃の被ったツボを持って出て行った。そして、再び品々の点検に入る霖之助。
「暇だわ……」
そんな霖之助とケンシロウのやり取りを見た霊夢が再びぼやいた。
***
外に出たケンシロウは早速壺の埃を布などで拭き取った。色合いは地味だが決して汚い色ではない。見る人が見れば良い色合いをしている筈である。
だが、保存方法が悪かったのか少々傷みが来ており、これでは値打ち物には到底なりそうもなかった。
「汚れはこれでとれただろう。さて、後は―――」
壺の汚れをふき取り、近くに置くとケンシロウは再度仕事にとりかかろうとする。そんなケンシロウは突如その場に立ち止まり、目を強張らせた。
辺りを見回し、何時になく警戒している。彼がこんな仕草をするのは付近に何者かの気配を察知した時だ。それも(個人的に)敵意を持った奴に対してでだ。
(妙な気配を感じる。この俺を見ているようだ。一体何者だ?)
辺りを見回すが人の姿はない。だが、確かに気配はする。明らかに自分を見ている視線を感じるのだ。それは暗殺者であれば当然と言える感覚であった。
が、平和な現代社会では相変わらず無用な感覚ではあるのだが。
「隠れているようだが、そんな気を張っていては隠れている意味はないぞ」
視線の主に向かいケンシロウは指摘するかの様に言葉を投げかける。
が、返答はない。されど視線は未だに突き刺さるように向けられている。ケンシロウは溜息を一つつくと、傍に立てかけてあった竹箒を手に取り、それを主室に視線のする方向へと投げ飛ばした。
無論、ケンシロウが投げたのだからその箒はまるで放たれた矢の如く真っすぐすっ飛んでいった。
「うわっ、危なっ!!」
すると、女性と思わしき声と共に木々の影から何かが落ちてきた。一見するとごく普通の女性の様に見えるのだろうが其処は幻想郷。きっと彼女も何かしらえげつない人物であろう。まぁ、更にえげつない人間が目の前に居るのではあるが。
「何者だ? この俺を突け狙うと死ぬ事になるぞ」
落ちて来て痛そうに尻辺りを摩る女性に向かいケンシロウの殺気の籠った言葉が放たれる。無論、ケンシロウ本人に殺意などはなく、ただそんな気迫を向けてるだけだったりする。
「あ、あはは……わ、私は別に怪しい者じゃありませんよ。本当、本当に!」
「む、刺客ではないのだな。では、一体何者なのだお前は?」
女性に向けていた気迫をケンシロウは解くと、女性は立ち上がり尻もちした際についた枯草などを払い落す。そして、これまた主室に年代物と思われるカメラを片手にビシリとポーズを決める。
「どうも! 清く正しく真実を追い求める幻想郷一(自称)の新聞屋、その名も文々。新聞です」
「新聞屋? この幻想郷にも新聞とやらは存在しているのだな」
本人は気にしてないようだが何気に失礼な発言だったりする。これを読んでる読者の皆さまも変な発言は控えるようにしましょう。下手な発言のせいで人の心を傷つけてしまうかもしれませんからね。
「はい、それで今回は此処幻想郷に突如現れた外来人であるあなたに独占インタビューをしようと思い参上しました」
「む、俺にか?」
自分自身を指さすケンシロウに女性は嬉しそうに首を縦に振る。
「折角だが、俺には新聞の記事になるような話などないぞ」
「またまたご謙遜を。貴方の回りでは特ダネで一杯なんですから。その証拠に―――」
そう言って、女性は何日分かの新聞をケンシロウに手渡した。どうやらこれが例の文々。新聞と呼ばれる物なのであろう。
一体どんな内容が描かれているのか。真相を知るべ見出しを開いてみた。
『怪奇!地を走る亜人現る!!』
そこにはでかでかと大きな文字でそう書かれており、更には地上を砂煙を巻き上げながら凄まじい速度で走っているケンシロウの姿がバッチリと撮られていた。
「これは、俺が魔理沙を追いかけていた時の事か」
「いやぁ、驚きましたよ。まさか空を飛んでいる魔法使い相手に走って追いかけるなんて。しかも追いつく寸前だったとか。これこそ私が長年追い求めていた特ダネに間違いありません!」
当の女性はとても嬉しそうにはしゃいでいる。それほどまでにこの新聞に入れ込んでいるのであろう。
そんな女性の事はさておき、他の見出しを見てみると、今度はケンシロウが博麗神社を粉砕した時の瞬間が撮られていた。
しかも、其処にもまたでかでかとタイトルが刻まれている。
『驚愕!拳一つで神社を粉砕する亜人!!』
タイトルからしてかなり胡散臭さ満載な気もしないでもない。が、それが事実なのだから末恐ろしい事この上なかったりする。
「どうですか? 結構気合い入れて作ったんですよ」
「うむ、俺は余り新聞と言うのは読まないのだが、中々良く作り込まれていると思うぞ」
「おぉっ! 稀に見る高評価!! 新聞記者やってて今日程満たされたと思った事はないです。く~~~、生きてて良かった~~~」
喜んでいたと思ったら今度は唐突に涙を流し始める。本当に忙しい女性である。
「さてと、それじゃ早速インタビューをして良いですか?」
「構わんが、一体何をすれば良いのだ?」
「別に難しい事はありませんよ。ただ私の質問に答えてくれればそれで良いですから」
「分かった」
ようやくインタビューが出来ると目の前の女性は相当気合いを入れている。今頃、彼女の頭の中では質問する内容で一杯なのであろう。
あれも聞きたい、これも聞きたい。下手したら日が沈む時間まで付き合わされる危険性もある。
正に今それが行われようとした矢先の事であった。
「遅いわねぇ、壺一つに何時まで掛かってる気なの……あ」
余りに時間を掛け過ぎてしまったのか、店内から暇を持て余していた霊夢が顔を出してきた。そして、その際に今正にケンシロウにインタビューをしようとしていた女性と互いに目があってしまったのだ。
「あ、霊夢さん」
「あ、パパラッチ天狗だ」
「ちょっ! そんないきなり失礼な発言しないでくださいよ!」
いきなりな発言に相当なショックを受けている。それはケンシロウから見ても分かる位顔に出ていた。
「む、彼女は霊夢の知り合いなのか?」
「ま、それ程親しい仲って訳じゃないわよ。こいつは射命丸文って言って文々。新聞って言うゴシップ記事を書いてる通称パパラッチ天狗なのよ」
「グサッ!! 人が気にしてる事をそんなにもザックリと……霊夢さん、貴方は鬼子ですか?」
文と呼ばれた女性はケンシロウと霊夢の前で胸を抑えて蹲りだす。相当霊夢に言われた事がショックだったのだろう。
「それ程酷いのか? この新聞は」
「まぁ、内容にもよるけどね。大概が禄でもない内容ばっかりだから皆呆れてるみたいよ」
「ふぅむ、俺には良く分からんな。新聞と言うのはどうも奥が深い……むっ!!!」
突如として、ケンシロウがとある記事に釘付けとなった。それは、ケンシロウの活躍(暗躍)とはまた別の内容のようだ。
「何よ? 何か面白いネタでもあった訳?」
ケンシロウの反応に少し興味をひかれたのか横から覗き見る霊夢。
「何々……『人里に奇跡の男現る。触れるだけでどんな病気も治す希代の名医!!』まぁたこんな胡散臭いネタを。どうせまたあんたのありもしないゴシップネタかなんかでしょ?」
「いや、俺はこの男に心当たりがある」
「え?」
新聞を読みながらケンシロウの手が震えていた。目元は右往左往しており、明らかに正常の状態ではない。
「あぁ、そのネタはつい最近のですよ。私も会った事はないんで文章だけなんですけど……それはそうと、本当に心当たりあるんですか、ケンシロウさん」
「あぁ、恐らくだが……その男が使っているのは俺と同じ『北斗神拳』に間違いない」
「北斗神拳? なんですかそれ」
初耳の文にこれまたケンシロウが胡散臭い説明をする。前回説明したのでその場面は省かせて貰います。決して面倒だったからじゃありませんよ。
「うわぁ、それは流石に胡散臭さ満開ですね」
「あんたの新聞といい勝負じゃない」
「さっきから霊夢さんの毒舌が妙に痛い……それよりも、貴方が言うにはその北斗神拳って暗殺拳なんじゃないんですか? 人を殺す拳法で人を治すのって矛盾してるんじゃないんでしょうかね?」
「北斗神拳とは経絡秘孔を突いて内部から破壊する事を極意としている。だが、逆に言えばその経絡秘孔を柔らかく押す事により、肉体の身体機能を促進させる事が出来るのだ。恐らくこの記事の男はその類に精通している者であろう」
「成程、無敵の暗殺拳も使い方を変えれば医学に早変わりするって事ですね。これまた良いネタ頂きました」
これまた嬉しそうに先ほどの説明をメモ帳に記載していく文。これは当分、文々。新聞のネタは安泰であろう。
「文と言ったか? 済まないがこの記事の男が何処に居るか心当たりはないか?」
「その人でしたら人里に居る筈ですよ。この時間でしたら大通り辺りに居るでしょうし」
「そうか……霊夢、少しの間留守を頼まれてはくれないか?」
「嫌よ」
「!!!」
即答、かつ即否定であった。流石のケンシロウもそれには驚きの色を隠せないらしく、目を大きく見開かせて驚愕の顔をしていた。
「だって、その話が本当なら案外面白そうじゃない。丁度暇してたところだから私も一緒に人里に行くわ。駄目と言っても勝手についていくわよ」
「しかし……危険だぞ。相手は俺と同じ北斗神拳の使い手。もし北斗同士の争いとなれば只では済まん事になる」
「だから何? 言っておくけどただの人間位じゃ相手にならないわよ」
霊夢本人はそう言っているが実際は人間は愚か妖怪や果ては神様が相手でも危ない程だったりする。
「あのぉ、それでしたら私もご一緒して良いですか?」
「何よ、あんたもついてくる気?」
「勿論、噂の北斗神拳がどんな代物なのか是非とも記事にしたいんですよ!」
「って言ってるけど……あんたとしてはどうなのよ? ケン」
「俺としては別に構わんが……本当に大丈夫なのか?」
心底ケンシロウは霊夢と文の二人の身を案じているようだ。幻想郷に来てまだ日が浅いケンシロウにとっては、身寄りのない自分を匿ってくれた此処の住人を傷つける事は出来ればしたくはないのだ。
まぁ、まともな人間などこの幻想郷には数える位しか居ないのでそんなケンシロウの心配も実際は無駄な心配に終わるのだろうが―――
「大丈夫ですよ。危なくなったら自慢の逃げ足ですたこらさっさと逃げちゃいますから安心して下さい」
「あぁ、私の心配なら無用よ。北斗神拳だか何だか知らないけどそんなの弾幕でどうにかなるし」
「これだけ言っても駄目か……分かった。勝手にしろ」
流石に折れたらしく、二人の同行を認める形となったケンシロウは、早速店内に戻り霖之助に事の報告をしに行く。
ケンシロウの話を聞き、霖之助は承諾をしてくれた。これで心置きなく人里へ向かう事が出来る。
「さぁて、噂になってる奇跡の男とやらを是非ともカメラに収めましょうみなさん!」
「何であんたが仕切ってるのよ。まぁ、別に良いけどね」
(もし、記事の男が俺の知っている男ならば……俺は会わねばならない。北斗神権伝承者候補の中で最も華麗な技を持つ男……トキ兄さん)
それぞれの思いを胸に三人は人里へと向かう事になる。因みに、霊夢と文は飛べる為そそくさと空から向かったのだが、ケンシロウは一人それに追いつく速度で走って向かう事となった。
***
時刻は真昼を少し過ぎた辺り、既に昼食を終えた人々が往来を練り歩いている。人里で最も多くの人が練り歩く時刻でもある。
そんな人里のとある一角にて、見慣れた格好の少女が誰かと話しをしている光景が見受けられていた。
「だぁかぁらぁ、何度も言ってるでしょ魔理沙。そんな人間が居る訳ないって」
「絶対居るんだって! 信じてくれよぉアリスゥ~」
「はいはい、分かった分かった。信じるからちょっと退いててよ。仕事の邪魔よ」
そう言ってアリスと呼ばれた少女は魔理沙を適当にあしらい、そそくさと支度をし始めた。
様々な小道具を詰め込んだ小道具入れから慣れた手つきで準備を始めて行く。
小さな背景の描かれた舞台に複数の人形。どうやら人形劇を行うようだ。
そして、そんなアリスの前では彼女の劇を今か今かと待ちわびる子供たちの姿もちらほらとあった。
「相変わらず繁盛してんだなぁ、お前の劇」
「最近新しい話を見つけてね。これが結構好評なのよ。魔理沙も見て行く?」
「へぇ、面白そうだなぁ。是非見てやろうじゃないか」
「何偉ぶってんのよ?……まぁ良いわ」
アリスが支度を終えると魔理沙もまた子供たちの後ろに座りこむ。
準備が出来たのを皮切りに人形劇が始まりだし、アリスの手の動きに合わせて複数の人形が舞台狭しと演技をし始める。
「時は199X年、世界は核の炎に包まれてしまいました。海は枯れて、地面は裂けて、全ての生き物は皆死に絶えてしまったかに見えました。ですが、人類は未だ滅んではいなかったのです」
緊張感を持たせるべく迫力の籠ったアリスのナレーションが響く。それにすっかりのめり込んだのか子供たちは勿論魔理沙までもが人形劇に釘付けとなっていた。
『ヒャッハー! 水だ、食料だ! 持ってる物をありったけよこしやがれ!』
『あぁ、助けて下され、これを持って行かれたら私たちは明日を生きてはいけないのです。どうかご慈悲を』
『知るかよバーカ! 明日を生きれねぇってんなら今日死んじまえ!』
「あぁ、何と言う事でしょう。荒廃した世界で人類は互いを思いやる心を忘れ、僅かに残った水と食料を巡って奪い合い殺し合う弱肉強食の世界となってしまったのです。虐げられる弱気人々。そんな人々を食い物にしていく悪党たち。この世には人々を救う救世主は居ないのでしょうか?」
アリスがナレーションをしつつセリフを喋る。しかもそのキャラクターに応じて声色を変えている為か劇の熱気は更に上昇していく。
魔理沙の目の前に陣取っている子供たちは誰もが劇に釘付けでありこの後の展開を今か今かと待ちわびている。
(なんか、アリスにしちゃ随分と血生臭い劇だなぁ。何時もだったらもっとメルヘンチックな話持ってくる筈なのに。にしてもこの話、何か引っ掛かるんだよなぁ……前に似たような奴に会った気がするんだけどなぁ……)
劇を見ながらも魔理沙はその劇の内容に違和感を覚えだした。以前、自分はこれと似たような現象に出会ったような気がする。そんな気がしていたのだ。
あくまで気がしていただけなのだが。
『もうその辺にしておけ、ハイエナ共』
『あんだとぉ!』
『この荒んだ世界で人の心を忘れず、懸命に今日を生きようとする人々の生き血を啜る腐った悪党共、お前達に今日を生きる資格はない!』
『けっ、何粋がってやがんだ! 構うこたぁねぇ。ぶっ殺しちまえぇ!』
「突然現れた一人の男。そして、その男に襲い掛かる悪党たち。するとどうでしょう! 男は大きくひと蹴り放ち、並みいる悪党たちを吹き飛ばしてしまったのです!」
突然現れた男、そしてさっきまで猛威を振るっていた悪党たちを見事に吹き飛ばす爽快な光景。そんな場面を前にして子供たちのテンションは最高潮に達していた。
『な、何だぁ今の蹴りは? 全然痛くねぇぜ。ふざけてんのかてめぇ?』
『人の心を忘れ、野獣となったお前達に明日は必要ない。お前達はもう……死んでいる』
『何バカな事言ってるんだ!? 今度こそぶち殺して………して……して……しててぇぇぇぇ―――』
「どうしたことでしょうか? 男に蹴られた悪党たちの頭がまるで風船のように膨らんでいくではありませんか! 余りの痛みにもがき苦しむ悪党たち。中には必死に助けを求める奴もいました。ですが、弱気人々を苦しめる悪党たちに差し出す救いの手など何処にもなかったのです」
『いたいいたいいたいいたいいたたたたたたたたたわばぁぁぁ!!』
断末魔の悲鳴と共に爆散する悪党の姿を模した人形たち。悪の滅んだ舞台の中で弱き人々がその男に涙を流して感謝の言葉を言っている。
そんな人々の言葉を背に受け、男は更に荒野を歩いて行く。この荒廃した世界を救う為、弱き人々を救い未来をもたらす為、男は進む。世紀末の世に生まれた救世主として。
「はい、今日の劇はおしまい。面白かった?」
「すっげぇなぁアリス。今の何なんだよ?」
「何でも外の世界のお話しらしいわよ。たまたまその書物が手に入ったんで面白そうだったからちょっと劇にしてみたの。それで、どうだった?」
「いやぁ、面白かったぜ。何時ものメルヘンチックな話しもそうだけど今日の話も中々良かったぜ」
「そうだな、弱き民を救う為に戦い続ける男の生き様に俺は感動した。俺もその男を目標にして生きて行く事を誓う」
「あぁ、やっぱ主人公はあれ位格好良くないといけな……え?」
唐突に間に割り込む声に聞き覚えがあったのか、魔理沙は恐る恐る後ろを向いてみた。
そこにはアリスの劇に感動したのか滝のように涙を流して拍手を送っているケンシロウとその後ろで黙って劇を見ていた霊夢と文の姿があった。
「ぎゃあああああああああ! 何でお前がまた此処に居るんだよぉぉぉぉぉ!」
「む、魔理沙か。また会うとは奇遇だな」
「冗談じゃないぜ! 私はお前とは会いたくないんだっての!」
此処まで偶然が重なると最早呪いの類なのでは? と、心底そう思う魔理沙であった。
「あら、魔理沙。貴方の知り合い?」
「いや、知り合いって程じゃないんだけどさぁ」
「どう言う意味よ?」
歯切れの悪い答え方にアリスは首を傾げている。このまま魔理沙に話を聞いてても埒が開きそうにない。この場合は本人に聞いた方が幾らか早く済むだろう。
「ねぇ、貴方魔理沙とは知り合いなの?」
「知り合いと言う程ではない。魔理沙は俺が世話になっている香霖堂で万引きをしたので捕まえようとした際に知り合ったんだ」
「魔理沙……あんたまた泥棒しようとしてたの?」
どうやら事は魔理沙の自業自得の様だ。それを知ったアリスはジト目で魔理沙を睨みつける。その視線に魔理沙は視線を背ける事しかできなかった。
「ち、違う! 断じて泥棒じゃないんだぜ! あれは盗んだんじゃなくてただ借りて行こうとしただけなんだぜ!」
「まぁた魔理沙お得意の言い分って事ね。いい加減その悪い癖を改めたらどうなの?」
「うぅ……言い返す言葉が見当たらないんだぜ」
すっかり言いくるめられてしまった。アリスやケンシロウ、更には霊夢や文の前ですっかり縮こまってしまった魔理沙。案外素直な性格のようだ。
「あの時はすまなかったな魔理沙。俺はてっきり万引きと思ってしまったのでな。万引きなどこの世紀末を懸命に生きる人々を虐げる卑しき所業。俺はそんな万引き達を許すことが出来なかったんだ」
「……ねぇ魔理沙。彼ちょっと変わってるわね?」
「ちょっとじゃねぇ。かなり変わってるんだぜ」
流石のアリスもケンシロウの言動には少々違和感を感じざるを得なかったようだ。まぁ、大概の人間がケンシロウの言動を聞けばそんな心境になるだろう。多分―――
「そう言えば自己紹介してなかったわね。私はアリス・マーガトロイド。たまに此処に来ては子供たちに人形劇をやっているわ。まぁ、分かり易く言えば魔理沙と同じ魔法使いって所ね」
「俺はケンシロウと言う。北斗神拳第64代伝承者だ」
「北斗神拳? 聞いた事ないわねぇ、もしかして中国武術の類とか?」
「そうだ、北斗神拳は2千年の歴史を持つ古代中国で作られた一子相伝の暗殺拳の事だ」
「随分物騒な拳法を使うのねぇ」
ケンシロウの話を素直に受け止めるアリス。魔理沙とは違い落ち着きのある印象が見受けられる。
「そんな事よりもケン、さっさと噂の男を探しましょうよ」
「そうですよ! 噂の奇跡の男! 是非ともスクープしたいんですから!」
「む、そうだったな」
さっきまで後ろで黙っていた霊夢と文が遂にしびれを切らしてケンを急かしつけだした。霊夢としてはさっさとその男を見てみたいようだし、文に至ってはその男を使って特ダネをゲットしたい。そう言った各々の欲望、願望、野望が入り混じった状態だったのだ。
「奇跡の男? それってもしかしてトキさんの事じゃないの?」
「トキを知っているのか!?」
「えぇ、あの人ならこの時間ならその辺に居るんじゃない?」
「有難う。この恩は生涯忘れない! 早速トキを探さなければ」
「大袈裟ねぇ。そんなに大事にしなくても良いわよ。それより見つかると良いわね」
「あぁ、必ず見つけてみせる。お前もこの辛い時代に負けずに懸命に今日を生きてくれ」
「え? あ、うん……分かったわ」
最期の言葉にどう対応すれば良いのか反応に困ったアリスのたどたどしい返事を背に受け、ケンシロウは走る。
アリスの話によればこの付近にトキと呼ばれる男が居ると言うのだ。
何としても会わねばならなかった。何としても―――
「ちょ、ちょっと待ってくれだぜ! 一体誰なんだよ。そのトキって奴はさぁ?」
「さぁ、何でも奇跡の男って言われてるみたいよ。因みに情報源は其処に居るパパラッチ天狗だからね」
「だからパパラッチ天狗って呼ばないでくださいよぉ!」
どうやら文自身はそのパパラッチ天狗と言うあだ名を相当嫌がっているようだ。しかし、霊夢や魔理沙からしてみれば文の発行している新聞は相当なゴシップ新聞ならしく、その上彼女の勝手な撮影行為などを見た結果この様な不名誉なあだ名が出来上がったのだと思われる。
つまりは文自身の自業自得だと言えるのだ。
「トキ……北斗神拳伝承者候補の中で最も華麗な技を持つ男。そして、俺の義理の兄さんだ」
「えぇ! ケンシロウさんの義兄さんなんですか!? これは特ダネですね! メモメモ……」
「って言うか、北斗神拳って一子相伝なんだろ? 兄弟とか居て平気なのかよ?」
「無論、平和な訳ではなかった。北斗神拳伝承への道は正に修羅の道。伝承者候補になれなかった者は拳を封じられ名乗る事も許されない。その為ある者は拳を潰されるか、記憶を奪われる事もあった。それが北斗神拳2千年の宿命なのだ」
「ふむふむ、流石は一子相伝の暗殺拳。伝承するのも一苦労なんですねぇ」
「あんたは真顔で良くそんな胡散臭い事メモれるわねぇ」
本人に至っては至極真面目に言っているようなのだが、聞いている側からしてみれば相当なまでに胡散臭く聞こえて来る。まぁ、現代社会からしてみればそんな物騒な拳法自体習得しようと言う人など居る筈がないのだから。
「って言うかよぉ、この幻想郷にケン以外にもそんな胡散臭い拳法を使う奴が来てるのか? 冗談じゃないぜ。それじゃこっちの身がもたないっつぅの」
「あんたには少しは良い薬になるんじゃないの? これを機会に少しはその盗み癖を改めたら?」
「良い薬なんかじゃねぇ! あれは毒薬だ! しかも猛毒の類の!」
何気に失礼な発言をする魔理沙であった。
「それにしても見当たりませんねぇ。一体何処に行っちゃったんでしょうか?」
「アリスの話だとこの辺に居るって言ってた筈なんだけどなぁ……何処に居んだぁ?」
アリスの情報を元に大通りを練り歩く四人ではあったが、それらしい人物は見当たらない。更に言えばこの時間では大通りの人の量も相当であり、その中から一人の男を見つけるのは案外大変な事でもあった。
「其処の方、何か困り事でもおありかな?」
「あぁ、ちょっと人を探しててさぁ、あんた知らない……」
どうやら困っているように見えたのだろう。そんな魔理沙達に親切にも声を掛けてくれる優しき男が近づいてきた。
魔理沙はその男の方を見て話しかけようとしたが、その言葉は途端に萎みだしてしまった。
何故なら、彼女達の目の前に立っていたのは明らかにケンシロウと似たような風貌をした男だったからだ。
二頭身の背丈に薄汚れた白い衣服。更に古ぼけたヘアバンドにうっすらと髭が蓄えられた少し体の悪そうな男だ。
「トキ兄さん!」
「ケンシロウ!」
二人は互いを呼び合いながら肩を抱き合い再開を喜んだ。どうやら兄弟仲は良さそうである。
「トキ兄さん。兄さんも幻想郷に来ていたんだね?」
「あぁ、こんな余生短い私を親切にも匿ってくれる優しき人達の元に身を寄せている。今もこうしてその方達の手伝いをしている所なんだ」
そう言ってトキは背負っていた籠をその場に置き、適当に何かを掴むとそれを四人の前に見せて来た。
どうやら薬の類のようである。瓶詰の容器の中に色違いのカプセルが詰められた代物がその手の上にはあった。
「薬の行商をしていたのか?」
「あぁ、今私はとある名医の元に弟子入りしていてな。元々暗殺拳であったこの拳法を人助けに使う。その為に今は医学の勉強中なのだ」
「素晴らしい考えだ兄さん。兄さんならば必ず出来る! 俺は信じているよ」
「有難うケンシロウ。そう言うお前も元気そうゴフッ!!!!」
言葉の途中で突然トキが蹲り、口から大量の血を吐き出してしまった。
地面一帯に真っ赤な血が染み渡る。
「うわっ! このおっさん血を吐いたぜ! 大丈夫かよ?」
「トキ兄さん。やはり病はまだ治ってないのか?」
「あ……あぁ。どうやら師匠でもこの病を治す事は出来なかったらしくてな……だが、心配は要らない。私はまだ死ぬつもりはないからな」
口元にくっついている血を強引に手の甲で拭い取り、折れていた膝を持ち上げて立ち上がる。そんなトキの身を案じているのか心配そうな顔でケンシロウは見つめていた。
「なぁ、名医って事はさぁ、もしかしてこいつ永遠亭に厄介になってるってのか?」
「そうとしか考えられそうにないわね。ま、あそこだったら問題ないんじゃないの? 少なくともこのトキって人はそうそう騒ぎを起こす人間には見えそうにないし」
「だと良いんだけどなぁ」
流石に前例がある為か、にわかに信じる事が出来ない魔理沙だったりする。
「突然なんですけど、トキさん! 是非貴方にインタビューをしても宜しいでしょうか?」
「この私にか? 構わないが何を答えれば良いかな?」
「ズバリ、暗殺拳である筈の北斗神拳を人の命を救う事に使おうとした経緯について!」
「ふむ……確かに北斗神拳は人を殺す暗殺拳だ。私もかつては伝承者になるべく厳しい修行に明け暮れていた。だが、不治の病に体を蝕まれてしまい、私は伝承者への道を辞退した。そして新たな道を目指したのだ。この北斗神拳を使って人の命を奪うのではなく、人の命を救う事がしたいと……そんな私の熱意を師匠が汲み取ってくれて、こうして私を弟子として迎え入れてくれた次第だったのだ」
「うんうん……素晴らしい考えですねぇ。私、感動しちゃいました……ぐずっ!」
すっかりトキの言葉に感動したのかメモを取っていた文の目元から涙が零れ落ちているのが見えた。
が、霊夢と魔理沙は相変らず話の内容的に胡散臭さを感じまくっているのであった。
「トキ兄さん、この後はどうするんだ?」
「うむ、後2,3件回って薬を売り終わった後に近くの飯屋で同僚と落ち合う手筈となっている。それが終わったら永遠亭に戻り医学の勉強をするつもりだ」
「俺にもその行商を手伝わせてくれないか?」
「気持ちは有り難いが、これも修行だ。気にしなくて良い。お前はお前の成すべき事ゴフッ!!!」
またしても会話の途中で吐血してしまったトキ。そして吐血したトキを見て慌てるケンシロウ。そんな二人のやり取りを全く気にせずに歩き去っていく付近の人達。
どうやら人里では見慣れた光景のようでもある。
道端で人が吐血するのが見慣れた光景ってのもどうかと思われるのだが。
「いやぁ、今回も良いネタ頂きました。これで明日の文々。新聞のネタは安泰ですね」
「どうせまたゴシップ記事になるんでしょ?」
「今度はモノホンのネタですよ!」
「つまり今まではゴシップだったって事ね」
「うっ!!」
すっかり霊夢の誘導尋問に引っかかってしまい墓穴を掘る羽目になってしまった。
そのせいかすっかりしょげてしまう文なのであった。
「ケンシロウ。どうやらお前もこの幻想郷に来て頼もしき人達と出会えたようだな。私は兄として嬉しく思うぞ」
「有難う兄さん。そう言う兄さんこそ素晴らしい出会いをしたそうじゃないか。弟として嬉しく思うよ」
「ふっ、暗殺者として激動の時代を生きて来た私たちにとって、此処は正に安住の地だな。心が安らぐようだ。まるで、今にも天に登りそうな心地に……」
言葉の途中でトキは硬直してしまった。そして、トキの口からうっすらと魂の様な物が顔を出して天に昇っていきそうになっているのが見えだす。
「に、兄さん! 気をしっかり持ってくれ! 逝ってはダメだ!」
「あややや! れ、霊夢さん! 早くトキさんの魂を戻してあげてください! 巫女さんなんだからそれ位出来るでしょ?」
「あんたねぇ、巫女を便利屋扱いしないでよ!」
「良いから早く何とかしろよ霊夢! あのトキっておっさんあのままだと死んじまうぞ!」
途端に慌てだす四人。どうにかしてトキの魂を本体に戻し、事なきを得ようと必死になる。
心臓マッサージをしたり祈祷を行ったり○の風になってを歌ったり額に『肉』と書いてみたり等々、とにかく様々な事を行ったのであった。
「すまなかったな。危うく魂を天に捧げてしまう所だった」
「あんた本当に大丈夫なの? ケンが随分あんたの事高く買ってるみたいだけど虚弱過ぎじゃないの?」
「ふむ、確かに此処の処吐血の他にも貧血やめまいや冷え性などの病にも悩まされていてな。どうやら私が天に上る日も近いかも知れん。しかし、悔いはない。この美しき世界で骨を埋められるのならば寧ろ本望と言えよう」
澄んだ瞳で天を見上げながらそうつぶやくトキ。感動の場面なのだが何故か笑いがこみ上げてしまう人は今すぐ感動系のBGMを流しながら読んでください。
「兄さん……」
「ケンシロウ。そのトキにはこの魂をお前に残そう。北斗の宿命を背負い、この幻想郷の救世主となるのだ」
「分かっているとも。この幻想郷に住む人々の明日を守る為にも、俺は北斗神拳伝承者としてこれからも生きて行くつもりだ」
強く硬く互いの手を握り合うケンシロウとトキ。何とも感動な場面であった。
(いや、どう考えてもケンは救世主って言うよりも元凶になりそうな気がするんだけどなぁ)
過去に二度も被害にあっている魔理沙はどうやらそんな風には見られなかったようだ。
まぁ、二度もひどい目に遭ってしまえばそうならざるを得ないだろうが。
「さてと、これからどうするの? 噂の奇跡の男も見つかったみたいだし。丁度お腹も空いてきたから何処かで一休みしない?」
「そうだな。兄さんも一緒に行こう。積もる話もあるし、兄さんが世話になってる人を見てみたいんだ」
「良いとも。ならば食事代は私が出そう。大丈夫だ、師匠から僅かながら金銭を貰っている。安心してくれ」
「え? 奢ってくれるの? 何て素晴らしいお兄さんなのかしら! そうと決まったら早速飯屋へ直行よぉ!」
途端に霊夢の両目が銭マークになり猪の如く最寄りの飯屋へと駆けこんで行く。
「霊夢の奴。相変わらずがめついなぁ」
「まぁ、トキさんが奢ってくれるって言うんですし、此処はお言葉に甘えましょうよぉ」
「ま、別に良いけどさ」
霊夢の後に続いて一同も店へと入っていく。正午を過ぎたとは言えまだ人はそれなりに残っている。活気に満ち溢れた店内からは料理の匂いと僅かながらに酒の匂いも立ち込めて来る。
「遠慮せず好きなのを頼んでくれ。この店は私も良く立ち寄る店なんだ。味は私が保証する」
「有難う兄さん。それじゃ……なっ!!!」
お品書きを見て料理を決めようとしたケンシロウであったが、表紙を見た途端その表情が凍り付いてしまった。
「どうしたのよケン?」
「こ、この表紙に書かれているマーク……このマークは……」
「何よ。赤と黒の十字? ちょっとヘンテコなマークかも知れないけど別に変じゃないと思うわよ」
「違う、俺は……俺はこのマークを持つ男を知っている!」
「え? まだ居るのかよ!? 胡散臭い拳法を持つ胡散臭い奴が!」
「あややや、これはスクープの予感ですねぇ」
緊迫の面持でそのマークを見るケンシロウ。そして不安がる魔理沙にあきれ果てる霊夢、更には両目を輝かせて事の成り行きを見守るパパラッチ天狗。
果たして、このマークが物語る意味とは一体。
今、人里に不穏な空気が流れだしていた。北斗現れる所乱有り。その言葉の通り、この幻想郷を揺るがす恐ろしい何かが起こりだそうとしているのであった。
果たして、ケンシロウはこの恐るべき事態から幻想郷を守る事が出来るのか?
天は、悪戯にも悲劇を好む。
つづく
後書き
次回予告
血の十字架【ブラッディクロス】の紋章を背負う男。その名は南斗聖拳の使い手にしてケンシロウの最大のライバルであるシンだった。
北斗と南斗が幻想郷にて激しい戦いを繰り広げる。果たして、天は北斗と南斗、どちらに微笑みを向けるのか?
次回、空気を読まない拳士達が幻想入り
第4話 激突! 北斗 対 南斗!!
生死を賭けた男達の弾幕ごっこ!
「お前はもう、死んでいる―――」
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