英雄伝説~焔の軌跡~ リメイク
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外伝~帝都への帰還~前篇
―――リベル=アーク崩壊より1ヶ月後――――
グランセル城での祝賀会の後、エステル達を始めとする仲間達がそれぞれ王都を去った頃……帝国大使館にオリビエこと、オリヴァルト・ライゼ・アルノールの姿があった。
~エレボニア大使館・執務室~
「ま、まさか君が……い、いや!あなた様がオリヴァルト皇子殿下であらせられたとは………」
執務室でオリビエと対面して座っているエレボニア大使――ダヴィル大使は驚いた表情で祖国の皇子を見つめていた。
「フフ、庶出の私の顔ごとき覚えてなくても無理はないさ。滅多に宮廷に顔も出さなければ社交界に出る訳でもない……少なくとも、出世の役に全く立ちそうもないからねぇ。」
「は……はは……お戯れを……」
いつものように陽気な様子で語るオリビエに対してダヴィル大使は大量の冷や汗をかきながら言葉を濁していた。
「ハハ、そう恐縮することはない。それどころか大使には大いに感謝したいくらいさ。『少しは帝国人らしくしたまえ』『遊び呆けてないで帰国して働け』だの、色々と忠告してくださったからねぇ。」
「!い”っ………!そ、それはその……!」
陽気に笑いながら語ったオリビエの話を聞いたダヴィル大使は瞬時にオリビエの正体を知らずに忠告していた過去を思い出し、顔を青褪めさせて焦りながら言い訳を考えていた。
「……皇子、そのくらいで。大使殿はあくまで常識的な対応をなさっただけでしょう。むしろ隠していた我々の方こそ責められても仕方ありますまい。」
するとその時オリビエの横に控えていたミュラー少佐は静かな口調でオリビエを諫めた。
「ミュ、ミュラー君。」
「フフ、確かに……ここらで勘弁してあげようか。実際、この一月あまり、貴方は本当に良くやってくれた。」
「えっ……!」
オリビエの口から出た突然の高評価にダヴィル大使は驚きのあまり声を上げた。
「本国との線密な連携、在留帝国人の安否の確認、国際定期船の運航再開への協力。その他、多岐にわたる案件をよくぞこなしてくれた。本当にご苦労だったね。」
「も、もったいないお言葉……殿下こそ、危険極まる視察、本当にお疲れ様でございました。どうやら此度の一件は本国でも相当な騒ぎになっていた様子。今では危機が去った事が伝わり皆、安堵に包まれているとか……それもこれも全て殿下のご英断の賜物でしょう。」
「はは……今更おだてる必要はないさ。私はただ、自分が出来る事をやっただけにすぎない。しかも自分の力でではなく、周りの状況を利用する形でね。こう言ってはなんだが質実剛健な帝国人気質からはかけ離れているかもしれないな。」
「はは……失礼を承知で申し上げれば確かにそうかもしれませんな。ですが今回の件に関してはそうした殿下の柔軟な発想が良き結果をもたらしたのでしょう。これからの帝国には……まさに殿下のような方が必要になるのかもしれませんな。……宰相閣下のやり方とはまた別にして……」
笑顔で語るオリビエの話を聞いたダヴィル大使は苦笑した後ある人物を思い浮かべて重々しい様子を纏った。
「大使………」
「ほう、てっきり貴方は”鉄血宰相”殿の支持者かと思っていたのだが……やはり貴族たる身にとって宰相閣下の改革路線は反対かね?」
一方ダヴィル大使のある人物に対してあまりいい感情を持っていない事に気づいたミュラー少佐は静かな表情でダヴィル大使を見つめ、オリビエは目を丸くして訊ねた。
「はは、貴族とは言ってもしがない男爵位でしかありません。オズボーン閣下の改革路線も基本的には指示しておりますよ。ですが……私もいささかリベール(この国)に毒されすぎているようですな。たまに閣下の剛腕ぶりが怖くなることがあるのです。一体どこに……エレボニアという旧き帝国を連れて行こうとしているのかと。」
「……なるほどね。…………………」
「……殿下?」
自分の話を聞いて目を閉じて考え込んでいたオリビエが気になったダヴィル大使は不思議そうな表情で声をかけた。
「いや、最後にこのような有意義な話が出来て良かった。今後も諸国の平和のため、尽力してもらえるとありがたい。できればエルザ大使と協力してね。」
「はは……これは一本取られましたな。確かに、不戦条約以来クロスベル問題は具体的な進展を見せ始めているようです。提唱したのがリベールである以上、自分の役割は想像以上に大きい……つまりそういう事ですな?」
オリビエの皮肉ともとれる指摘に苦笑したダヴィル大使は真剣な表情でオリビエを見つめた。
「フッ、どうやら無用な心配だったようだね。これで心置きなく帝都に戻れるというものだ。」
「どうかお任せ下さい。わたくしも、今後の殿下のご活躍、楽しみにさせていただきますぞ。」
その後オリビエはミュラー少佐と共に退出して、自分が泊まっている部屋に戻った。
~客室~
「フフ……リベール恐るべしだね。まさか帝国貴族からあのような言葉が聞けるとは。」
「ああ、もう少し頑迷な御仁と思ったのだがな。確かにこの空気には人を変える力があるようだ。」
客室に戻ったオリビエとミュラー少佐はダヴィル大使の考えを変えたリベール王国に対して感心していた。
「フフ……そういう君こそ柔らかい表情をすることが多くなったじゃないか。少なからず影響を受けてしまったようだね。」
「フッ……いささか不本意ではあるがな。そういうお前の方はもう少しこの国の品位と節度を見習ってほしかったのだが。まったく柔らかいところだけを際限なく伸ばしおって………」
「フフ、それがボクの唯一ともいえる武器だからね。あの”鉄血宰相”に少しでも対抗できるだけの。」
「…………………」
陽気な様子で語っていたオリビエだったが話の最後に真剣な表情になり、オリビエの話の最後の言葉を聞いたミュラー少佐は真剣な表情で黙り込んでいた。
「今の所、全て順調だ。宰相閣下は3日前、東部諸州の視察旅行に出発した。それと入れ違いに、お前は明日、”アルセイユ”で帝都に帰還する。各方面への根回しも万全の状態だ。お前の帰国は間違いなく華々しいものになるだろう。」
「妨害要素は?」
「情報局の四課が多少動きを見せているくらいだ。”アルセイユ”が絡んでいる以上、慎重になっているのかもしれんが………それ以上に、放蕩皇子の取るに足らない見世物ごときと侮られている可能性が高いな。」
「ま、実際そうだしね~。だが、例え見世物でもここから始めるしか道はない。ならばせいぜい華々しく踊らせてもらうだけのことさ。」
「……そうだな。」
今後の予定を話し終えたその時扉がノックされた。
「―――皇子殿下。夜分遅くに失礼いたします。帝都からの連絡が届いたのですが、いかがいたしましょうか?」
「そうか………わかった、入ってきたまえ。」
「……失礼します。」
オリビエの返事を聞いた声の主――スーツ姿の赤毛の青年が部屋に入って来た。
「やあ、レクター。今日は姿を見なかったからどうしたのかと思ったよ。」
「それが朝から色々と連絡業務が続きまして。明日、お発ちになってしまうのに挨拶にも伺うことができずに本当にもうしわけありませんでした。」
オリビエに訊ねられた青年――レクター書記官は静かな表情で答えた。
「フッ、気にすることはないさ。……しかしそうだな。何だったらこのまま朝まで3人でしっぽりと………」
「それで書記官、帝都からは一体なんと?」
オリビエがいつもの調子で話し始めたがミュラー少佐が無視してレクター書記官に訊ねた。
「皇子殿下からのご下達、確かに承りましたとの事です。ただ、王都から帝都まで半日足らずで到着できるとは想定していなかったらしく………今、慌てて明日の式典の準備をしているようですね。」
「なるほど。さすがに”アルセイユ”の速度は常識外か。
「シクシク……ま、それはともかく何とか舞台は整いそうだな。フフ、せいぜい明日は皆の度胆を抜くような衣装を用意するとしようか。白い褌一丁に、ギラギラ光るスパンコールのコートだけとか。」
ミュラー少佐に無視された事にオリビエは嘘泣きをした後、楽しそうな表情で答えた。
「…………………」
「はは、それは確かに物凄いインパクトでしょうね。自分も同行していたら是非とも拝見したかったです。」
オリビエの答えにミュラー少佐が顔に青筋を立てて黙り込んでいる中、レクターは笑いながら答えた。
「書記官………」
「フッ、若いのに随分見どころがあるじゃないか。どうだい、レクター。君も一緒に”アルセイユ”で帝都に帰るというのは?そろそろ王国での仕事も終わりなんだろう?」
「はは……”アルセイユ”には心惹かれますが次の仕事が控えておりまして。お気持ちだけ頂戴させていただきます。」
「おや、それは残念だ。まあ『次の仕事』もせいぜい頑張ってくれたまえ。」
「ありがとうございます。それでは私はこれで………」
レクター書記官が部屋から退出するとミュラー少佐はオリビエにレクター書記官の正体を確認した。
「二等書記官、レクター・アランドール。……やはり宰相の手の者か?」
「十中八九、間違いないだろうね。徒歩でハーケン門を通過し、この大使館位赴任したのは一月前。ちょうどボク達が”アルセイユ”で浮遊都市に向かったのと同じタイミングだ。それが偶然であるはずがない。」
「……だろうな。考えられるとすれば情報局の人間あたりか………良かったのか?今まで放置しておいて。」
「そこはそれ。宰相閣下の出方は知っておきたかった所だしね。いずれ彼からの報告を通じて何らかのアクションがあるはずだ。東部諸州の視察が終わった後……多分2週間後といったところかな。」
「ふむ、そこまで狙っていたのか。わかった、ならば俺の方もそのつもりで備えるとしよう。」
相手の行動を予め予測しているオリビエの考えを知ったミュラー少佐は感心した様子で頷いた。
「ああ、よろしく頼むよ。」
ミュラー少佐の答えを聞いたオリビエは頷いた後、ふと窓の外を見ると何かに気付いた。
「ほう………」
「なんだ、どうした?」
「いやなに……月が出ていただけさ。それも見事な満月だ。」
「リベールの月もこれで見納めか………少々惜しい気もするがな。」
「フフ、君にもようやく雅趣のなんたるかがわかってきたようだね。まあ、せいぜい頑張ってまた見に来れるようにしよう。お互い、生きている内にね。」
「フッ、そうだな。」
そして翌朝、オリビエとミュラーはグランセル城にてアリシア女王達に見送られようとしていた。
~グランセル城・謁見の間~
「―――女王陛下、王太女殿下、王子殿下。今まで本当にお世話になりました。その上”アルセイユ”で帝都まで送って欲しいという図々しい願いを叶えて頂けるとは……このご恩、いつか必ずや何倍にしてお返しいたします。」
翌朝エレボニア皇子としての正装を身に纏ったオリビエはミュラー少佐を傍に控えさせてアリシア女王達に別れの挨拶を告げていた。
「ふふ、とんでもありません。殿下のような国賓を”アルセイユ”でお送りするのはしごく当然の事でありましょう。こちらこそ、殿下には色々とお世話になってしまいましたね。」
「また、機会があったら是非、リベールにいらして下さい。その頃にはエステルさんたちも戻ってきているでしょうし……皆で盛大に歓迎させていただきますから。」
「フフ、もしリベールに再び訪れる事があれば、互いの放蕩時代を語り合おうじゃないか。」
「はは、楽しみにさせて頂こう。そういえば、エステル君たちもそろそろリベールを発った頃かな?」
アリシア女王とクローゼ、レイスの暖かい別れの言葉に笑顔で答えたオリビエはエステルとヨシュアの事をふと思い出してクローゼの横に控えているレイスとは反対側に控えているカシウスに訊ねた。
「いや、今頃ロレントで旅立ちの支度をしている頃でしょう。自分もその時には休暇を頂いて二人を見送ろうかと思っています。……それにその頃には5人目の子供も産まれているでしょうし。」
「なるほど……ハーメル跡は封鎖されているが私の方で責任を持って、入れるよう取り計らっておこう。カシウスさんは二人に……クローディア姫はお手数だがレーヴェ君とカリンさんに宜しく伝えて欲しい。……それとカシウスさん、まだ早いが貴方の新たなご子息もしくはご息女の誕生……この場で祝福させていただきます。おめでとうございます。」
「……承知しました。それとオリヴァルト皇子、私達の新たな子供の誕生の祝福をして頂きありがとうございます。皇子のお言葉は妻にも伝えさせていただきます。」
オリビエの言葉を聞いカシウスは会釈をして答えた。
「なに、あの二人にしてもらった事を考えればそれくらい些細なことだよ。」
「あの……殿下。カリンさん達に殿下の御言葉を伝えるのは別に構わないのですが……もし、殿下がよろしければお二人を今すぐこの場に呼んで、殿下が直接伝えて、お二人にも見送ってもらう事も可能ですが……」
「お気持ちはありがたいが、遠慮しておこう。カリンさんはわからないが”ハーメル”の件で、レーヴェ君は私達エレボニア皇族や帝国政府に対する恨み言の一つや二つはあるだろうから、二人の気分を悪くしてまで見送ってもらうなんて二人に申し訳ないしね。それに”ハーメル”の民達の無念を切り捨てたエレボニア皇族である私に二人に見送ってもらう資格はないしね。」
「殿下………」
「……………」
オリビエの話を聞いたクローゼは辛そうな表情をし、ミュラー少佐は目を伏せて黙り込んでいた。
「アリシア女王陛下。ヨシュア君に続いて”ハーメル”の遺児である二人をリベールに受け入れて頂いた上、かの”異変”で王国を混乱に陥れた”結社”の”執行者”であった我が国の民でもあったハーメルの民の罪を大幅に減刑して頂いた所か、二人に新しい生活や好待遇での仕事を用意してくださった事、心から感謝しております。」
「どうかお気になさらないでください。私は自国の安寧の為に”ハーメル”の民達の無念を切り捨てたせめてもの償いをしただけですから………」
「お祖母様………」
「……………」
オリビエに感謝されたアリシア女王は静かな表情で答え、アリシア女王の答えを聞いたクローゼは辛そうな表情でアリシア女王を見つめ、レイスは目を伏せて黙り込んでいた。そしてオリビエは重苦しくなった空気を変えるために話を変えてカシウスを見つめた。
「―――カシウスさんにも本当に色々とお世話になった。貴方の協力がなかったらああも上手く帝国軍の師団を足止めできなかっただろう。」
「フフ……それはこちらの台詞ですよ。それに……もうお気づきかとは思いますがあの展開も想定の範囲内でしょう。かの”鉄血宰相”殿にとっては。」
「…………………」
「えっ…………」
カシウスの指摘にオリビエは何も返さず、クローゼは驚いた表情をした。
「………そうでしょうね。実際、あの状況でリベールに攻め入るメリットはエレボニアはありませんでした。それも効率が悪いとされる蒸気戦車などの開発してまで。唯一、あるとすれば………」
一方アリシア女王は落ち着いた様子である人物の思惑を推測した。
「……導力停止現象中も帝国軍が行動できるという事を諸外国に知らしめること。恐らくそれが真の狙いの筈。」
「あ………!」
「……なるほど。帝国軍―――いや、エレボニア帝国の”力”を他国に示す為に今回の件を利用したという事か………」
アリシア女王に続くように答えたオリビエの推測を聞いたクローゼは声を上げ、レイスは目を細めて呟いた。
「その通り……よくお気づきになった。”導力停止現象”というものは諸外国にとっては未知の現象です。今後、同じことが他の場所で起きるかもしれないし、二度と起きないかもしれない。」
「……実際、製造された蒸気戦車は少数だったそうです。ラインフォルト社の工房で通常の導力戦車の部品を流用して組み上げられたとか。」
「つまりそのノウハウは現状では帝国にしか存在しない。そしてこの不透明な状況で蒸気を使った効率の悪い兵器など導入できる余裕はどの国にもない。―――結果的に、帝国軍の潜在的な示唆・抑止能力はさらに高まることになる………まさに戦争を外交の道具としてコントロールしているわけだね。」
「そんな事情があったなんて………やはりわたくしはまだまだ至りませんね。」
「そんなに落ち込む事はないよ。クローディアはこれからなのだから。」
カシウスたちの話を聞いたクローゼは次代のリベールの女王としてまだまだ未熟な事に表情を暗くし、レイスはクローゼを慰めていた。
「この場合は、かの宰相殿が尋常ではないと言うべきだろう。その発想は、良し悪しは別にして時代の一歩も二歩も先を行っている。フッ、そんな厄介な相手に挑戦状を叩きつけてしまうとは我ながら無謀もいいところさ。」
「殿下………」
「ふふっ、それでも彼の宰相殿に挑むのだろう?」
「まったく……何を他人事のように。」
疲れた表情で答えた後、いつもの調子に戻ったオリビエをクローゼは苦笑し、レイスは静かな笑みを浮かべ、ミュラー少佐は呆れていた。
「……今はご自分の足場を固めることに専念すべきでしょう。ですが、どうかお気を付けて。ご自分の立ち位置だけは決して見失われないでください。」
「……わかりました。これで無様を晒すことになれば、わざわざ”アルセイユ”で帝都まで送っていただく甲斐がないというもの。今のお言葉、肝に銘じておきます。」
「し、失礼します………!」
アリシア女王の激励の言葉にオリビエが会釈をして答えたその時ヒルダが慌てた様子で謁見の間に入って来た。
「ヒルダさん……?」
「女官長、いかがしました?貴女がそのように取り乱すのは珍しいですね。」
「……失礼しました。今しがた、グランセル城に突然のご来客がございまして。それが余りに異例だったのでお話中、失礼かと思ったのですが陛下たちのお耳に入れようかと……」
「異例の来客………」
「ふむ、そろそろ私はお暇した方が良さそうだ。」
「いえ、それが………その方は陛下だけでなくオリヴァルト皇子殿下にもご挨拶したいと仰っておりまして。」
「何……!?」
「……………………」
アリシア女王達の客がオリビエにも挨拶をしたい事を知ったミュラー少佐は驚き、オリビエは呆けた表情で黙り込んでいた。
「……ヒルダ夫人、その客人の名前は?」
そして自分に挨拶をしたい人物が気になったオリビエは表情を引き締めて訊ねた。
「……はい。エレボニア帝国宰相、ギリアス・オズボーンと名乗っていらっしゃいます。」
そして謁見の間に新たな客―――どことなく”覇気”を纏い、いくつもの勲章を付けた”質実剛健”を表しているような黒を基調とした服を着た黒髪の男性――エレボニア帝国の宰相、ギリアス・オズボーンがレクター書記官を伴って入って来た。
「――お初にお目にかかります。エレボニア帝国政府代表、ギリアス・オズボーンと申します。このような形での突然の訪問、どうかお許ししていただきたい。」
謁見の間に現れたオズボーン宰相はアリシア女王達に会釈をして自己紹介をした。
「………あなたが………」
「……………………」
「……貴殿がかの”鉄血宰相”か………」
アリシア女王とクローゼが呆けた表情でオズボーン宰相を見つめている中、レイスは真剣な表情でオズボーン宰相を見つめていた。
「そして我が親愛なるオリヴァルト皇子殿下……ご無沙汰しておりました。1年ぶりくらいでありましょうか?」
「……ああ、そんな所かな。しかし宰相。どうも話が見えないんだが……なぜ、一国の宰相たる貴方が何の前触れもなくこちらに?しかるべき経緯を聞かせて頂きたいものだな。」
オズボーン宰相に会釈をされたオリビエは落ち着いた様子で問いかけた。
「これは失礼……実は先日より東部諸州の視察に出向いていたのですが、予想以上に順調に事が進みまして。いささか余裕が出来たのでこちらに参上した次第なのです。」
「それはそれは……」
「本来ならば殿下のようにまさに『異変』の最中にでも駆けつけたかった所ですが……生憎、南部の混乱もひどくその対応に追われまして。ようやく時間が取れたので思い余って参上させて頂きました。前触れなき無礼をお許しあれ。」
「……なるほど、そういう事情なら是非もない。私のことは気にせず、ご挨拶申し上げるといいだろう。」
「ありがとうございます。それでは……」
オリビエの許可を聞いて頷いたオズボーン宰相は一歩前に出て、アリシア女王達にもう一度会釈をした。
「……改めまして。アリシア女王陛下、ならびにクローディア王太女殿下とレイシス王子殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう。この度の異変、貴国にとっては大変な試練であったことでしょう。心からのお悔みと……異変が無事終息したことのお祝いをここに述べさせていただきます。」
「……あ………丁寧なご挨拶、痛み入ります。」
「ご多忙の中、わざわざご挨拶の為の時間を取って頂き、誠にありがとうございます。」
「こちらこそ、異変が帰国の南部にまで影響を及ぼしたこと、かねてより遺憾に思っておりました。なのに、わざわざ宰相閣下にご足労をおかけしてしまうとは……どうか心よりの感謝とお詫びをお受け取りください。」
オズボーン宰相に会釈をされたクローゼは呆けた後、気を取り直して微笑みながら答え、レイスとアリシア女王は静かな表情で答えた。
「なんの、聞けば異変の陰には得体のしれぬ組織が蠢いていたとか。そうとも知らず、ただ貴国の力になりたい一心で軍を動かしたのはあまりに愚かで軽率でありました。さすがに皇帝陛下からもお叱りの言葉を受けたくらいです。」
「まあ………」
「ですが、我が失態もオリヴァルト殿下のはからいで何とか繕われたとのこと……殿下におかれましては心より感謝を申し上げます。それと異変終息の見届け役、まことにお疲れ様でありました。」
「なに……大したことはやっていないさ。それに陛下や殿下達、そしてこちらのカシウス准将にも色々と助けていただいたからね。」
「ほう………」
オリビエの話を興味深そうに聞いていたオズボーン宰相はカシウスに視線を向けた。
「……お初にお目にかかる。リベール王国軍准将、カシウス・ブライトと申します。」
「フフ、貴公の高名は我が帝国にも響き渡っている。こうしてお目にかかれて光栄だ。」
「こちらこそ……名高きオズボーン閣下にお目にかかれて光栄に存じます。しかし、よもやこれほどまでに大胆な行動力がおありだとは……どうやら閣下への評価を改める必要がありそうですな。」
オズボーン宰相に視線を向けられたカシウスは目礼をして疲れた表情で答えたが、すぐに表情を引き締めてオズボーン宰相を見つめた。
「なに、こちらも異変に際しての王国軍の対応には驚嘆させられた。いかなる事態にも対応しうる柔にして剛を体現した組織運用……図体ばかり大きい我が軍には望むべくもない理想の形と言えよう。」
「はは、ご謙遜を。かの名高き帝国軍情報部局は閣下自らの肝いりであるとか……その方面での立て直しが急務な我が軍にとっては羨ましい限りです。」
「ハハ……お互い無い物ねだりというわけか。」
「いやはや、そのようですな。」
それぞれの軍の欠点を口にしたオズボーン宰相とカシウスは苦笑していた。
「そういえば………少し気になったのだがこの場に貴公のご息女――――確か名前はレンだったか。その者はこの場にはいないのか?」
「え………」
「…………」
「……なぜ、そこであの娘の話が出てくるのですかな?あの娘は遊撃士であるのですから、政治とは無関係の存在です。」
オズボーン宰相の口から出た意外な人物の名を聞いたクローゼは呆け、レイスは真剣な表情で黙り込み、カシウスはオズボーン宰相を警戒しながら問いかけた。
「フフ、それを答える前に貴公は件のご息女が遊撃士家業の傍らでしている”副業”の事はご存知か?」
「…………ええ。正直そちらを”本業”にした方がいいのではないかと思っているくらい随分と荒稼ぎをしているようですが……それが何か?」
オズボーン宰相がレンが”Ms.L”でもある事に気づいている事を察したカシウスは続きを促した。
「なに……彼女は”ラインフォルトグループ”を始めとした我が国のおよそ四分の一を占める数の企業の”大株主”でもあるからな。エレボニアに加えてリベールやカルバード等各国の多くの企業にとっての”大株主”でもある人物をリベール王国は放っておかず、このような公の場にも招待していると思い、その際に帝国宰相として、我が国の貴族達―――”四大名門”すらも上回る出資者にも挨拶をしておこうと思っていたのだ。」
「そうでしたか………しかし、生憎ながらあの娘は幼い自分が世間に騒がれる事を嫌い、こう言った公の場に出る事はまだ控えておりましてな。女王陛下達も幼い娘の意志を尊重してくれ、今は遊撃士家業に専念させてもらっているのです。」
「なるほど………フフ、遊撃士や資産家としての能力を含めた様々な方面の”天賦”の才を持つご息女は貴公にとって自慢の娘なのであろうな。」
「ハハ、将来あの娘がどんな大物になるのか楽しみにしております。………レンには宰相閣下のお言葉を実家に帰った時に伝えておきます。」
「フフ、よろしく伝えておいてくれ。」
「(まさかレン君が宰相殿にまで目を付けられているなんて、さすがにこれは予想外だよ…………)……ところで宰相。この後、どうするつもりかな?あいにく私は、今日をもってリベールを暇するつもりなのだが。」
内心レンの存在感の大きさに驚いていたオリビエは二人の会話が終わるとオズボーン宰相に訊ねた。
「ええ、存じ上げております。何でも、名高き”アルセイユ”にて帝都に凱旋なさるのだとか……」
「ふむ……さすがに耳が早い。」
「私もご一緒させていただければ……と、お願いしたい所なのですが。あいにくこの後、他の予定が入っておりましてね。殿下とは別に、私も午後にはリベールを発たなくてはなりません。」
「まあ……今宵の晩餐には是非とも招待させていただくつもりだったのですが。」
オズボーン宰相がすぐにでもリベールから去るつもりである事を知ったアリシア女王は驚いた表情をした。
「ハハ、どうかお気遣いなく。不躾なる来訪者には過ぎた餐応というものでしょう。ですが、船が来るまでいささか時間がある様子……よろしかったら殿下。しばしお時間を頂けませんか?………個人的に色々とお話ししたい事がありますゆえ。」
「……………っ…………」
「…………フッ…………」
「「…………………………」」
意味ありげな笑みを浮かべてオリビエを見つめるオズボーン宰相の行動にミュラー少佐は息を呑み、レクター書記官は静かな笑みを浮かべ、クローゼとレイスはそれぞれ静かに見守っていた。
「……そうだな。いいだろう。私も貴方と個人的に話がしたいと思っていた所でね。」
一方オリビエは考え込んだ後、オズボーン宰相と話をする事を決めた。
「フフ、それは偶然ですな。」
「……よろしければ部屋を用意させましょう。女官長、よろしくお願いします。」
「……かしこまりました。」
そしてオリビエ達は客室の一室に案内され、ミュラー少佐を扉の前を守らせて、オリビエは客室でオズボーン宰相との一対一の会談を始めた。
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