英雄伝説~運命が改変された少年の行く道~(閃Ⅰ篇)
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第29話
~ホテル・エスメラルダ~
「………………」
ベッドで眠っていたユーシスだったが眠れないのか、目を覚まして天井を見つめていた。
「……眠れないのか?」
そこにユーシスと同じように眠れていないリィンが話しかけてきた。
「フッ……お前の方こそ。まさかベッドが固くて眠れないと言うんじゃないだろうな。」
「はは、それこそまさか。寮はもちろん、実家でだってこんな豪華なベッドで寝てないさ。」
「シュバルツァー男爵家だったか。どうやら、あまり貴族らしからぬ生活を送っていたみたいだな?」
リィンの話からある事を思い出したユーシスは尋ねた。
「ああ、父の流儀でね。領主は民に寄り添うべし……いつもそんな風に言っていたよ。」
「そうか……良いご両親に育てられたみたいだな。」
「ああ……とても感謝している。」
リィンの答えを聞いたユーシスはリィンを見つめた後天井を見上げてリィンに問いかけた。
「……聞かないのか?俺と父の、あの寒々しいやり取りについて……」
「……踏み込んでいいかちょっとわからなくてさ。見たところ、お兄さんとは仲が良さそうだったけど……お父さんとはその……昔からああなのか?」
ユーシスに問いかけられたリィンは答えた後言葉を濁して尋ねた。
「ああ、昔からだ。―――平民の娘に産ませた子などさして興味がないんだろう。」
リィンの質問にユーシスは答えた後驚愕の事実を口にした。
「え……」
驚愕の事実に驚いたリィンは起き上がってユーシスを見つめた。
「俺と、兄の母親は違う。兄の母は貴族出身の正妻でいまだ存命している。俺の母は平民の出で……8年前に亡くなっている。……つまり俺は妾腹の息子というわけだ。」
「そうだったのか……ひょっとして、レストランのオーナーシェフの人は……」
ユーシスの話を聞いたリィンはレストランのオーナーシェフとユーシスが親しそうに話している事を思い出して関係を尋ねた。
「母方の伯父にあたる。その縁からか、昔から良くしてくれていてな。まあ、公爵家の権力に配慮して親しくしているだけかもしれんが。」
「……そんな訳ないだろう。あんまり自分のことを貶めるようなことを言うなよ。」
「……………………そうだな。」
リィンの指摘を聞いたユーシスは黙り込んだ後頷いた。
「その………色々あるとは思うけど。お兄さんと仲が良いのは本当なんだろう……?」
「……まあ、悪くはないな。8年前に引き取られて以来、ずっと良くしてもらっている。剣も作法も……兄から教えてもらったものだ。」
「はは……だと思ったよ。」
「……どういうことだ?」
苦笑しながら自分の話に頷いたリィンの言葉を聞いたユーシスは不思議そうな表情でリィンを見つめて尋ねた。
「ユーシスの剣って、何というか真っ直ぐな感じがするからな。よっぽど信頼できる人間から教わったんじゃなければあんな風には身につかない……昼間会った時になんとなく、この人が教えたのかと思ってさ。」
「…………………………」
リィンの説明を聞いたユーシスは黙り込み
「……あれ、どうした?」
黙り込んだユーシスの様子に気付いたリィンは尋ねたが
「フン……何でもない。つくづくお前が貴族らしくないと改めて思っただけだ。」
ユーシスは鼻を鳴らして答えを誤魔化した。
「はは……自覚してるよ。」
ユーシスの言葉にリィンは苦笑し、その場に一瞬の静寂が訪れたが
「……昼間の傷はいいのか?」
やがて静寂を破るようにユーシスが口を開いた。
「ああ、言っただろう?ツーヤさんの治癒魔術のおかげで痛みも感じない上傷も完全に塞がってる……ツーヤさんに改めてお礼を言わなくっちゃ。」
「そうか…………」
リィンの答えを聞いたユーシスは頷いた後考え込んである事を尋ねた。
「―――どうもお前は危うい所があるようだな。」
「え。」
「入学式の日、アリサを庇った時もそうだったが……あの時、お前は何の躊躇もなく彼女を庇う為に行動したな?そして何を考えているか知らんがお前に従っている淫魔―――ベルフェゴールとの戦闘の時も躊躇いもなくエリオットとガイウスを逃がしたと聞いている。」
「あ……」
(淫魔とはしっつれいね~。私はこう見えても”魔神”なんだから!)
ユーシスの指摘にリィンは呆け、ベルフェゴールは頬を膨らませていた。
「そういう場合、普通の人間ならば反射的に自分の身を守るはずだ。なのにお前はそうせずに他人の身を守ることを優先した。そう……今日俺達をとっさに庇った時と同じように。本来ならば誉められてしかるべき行動かもしれんが……―――俺にはどうもそれが歪に見えてならない。」
「……………………」
(へえ?結構鋭い子ねぇ。)
ユーシスの指摘を聞いたリィンは黙り込み、ベルフェゴールは興味ありげな表情でユーシスを見つめていた。
「はは……参ったな。まさかそんな風に見抜かれるとは思わなかった。」
そしてリィンは再び寝転んで苦笑しながら答えた。
「お前が俺を見透かすようなことを言うからだ。だが―――お前のその在り方。ある意味”傲慢”であるのはお前自身もわかっているだろう?」
「ああ……さすがにね。『―――自分の身も省みずに何が人助けじゃ、未熟者が!』そんな風に老師にも叱られたよ。」
「そうか……」
リィンの答えを聞いたユーシスは黙り込み、リィンも黙り込んだが
「ははっ……」
「ふふ……」
二人は互いに微笑み合った。
「―――未熟者同士なのはお互いさまというわけか。ああ……もう今日は寝よう。寝不足で力を出せなかったら他のみんなに悪いからな。」
「フン、女子3人はともかく、もう一人はどうでもいいが……実力を示せないのは不本意だ。とっとと寝るとしよう。」
「そうだな……おやすみ、ユーシス。」
「ああ、良い夢を。」
そして二人はそれぞれ眠り始め
「…………………」
リィン達に背を向けて起きているのがわからないように寝転んでいたマキアスは黙り込んだ後眠り始めた。
そして翌日。
5月30日――――
「―――ルーファス様よりお預かりしていた封書です。お受け取り下さい。」
翌日朝食を取り終え、ロビーに集まったリィン達はホテルの支配人から課題内容が書かれてある封書を受け取った。
「確かに。」
「ご苦労。」
「それでは私めはこれで……何かあれば申し付けください。」
そして支配人はリィン達から去って行った。
「さて―――どんな依頼を兄はまとめたことやら。」
「さっそく確認してみるか。」
ユーシスの提案に頷いたリィンは封書を開け、課題内容を確認した。
「昨日と同じく、バランスよくまとめて下さっていますね。」
「しかも数が昨日より少ないですし……もしかして気を使って頂いたのでしょうか?」
「ひょっとしたら……昨日の依頼のトラブルなんかも最初から見越してたのかもな。」
「貴族と平民の問題を僕達に示すためか……フン、さすがは貴族派きっての才子というところか。」
エマとツーヤの言葉を聞いたリィンとマキアスは推測し
「如才ない感じ。」
二人の推測にフィーは頷いた。
「……まあ、兄のことはいいだろう。期間は残り1日―――明日の朝にはトリスタに戻らなくてはならない。すぐにでも動いた方が―――」
そしてユーシスが提案しかけたその時
「―――ユーシス・アルバレア。」
「……なんだ。マキアス・レーグニッツ。」
マキアスがユーシスを見つめ、二人は互いに真剣な表情で見つめ合った。
「ARCUSの戦術リンク機能……この実習の間に、何としても成功させるぞ。」
「なに……?」
しかしマキアスの口から出た予想外の提案にユーシスは目を丸くした。
「……いくら君相手とはいえ他のメンバーが出来ていることを出来ないのは不本意だからな。ちょうど新たな手配魔獣も出ているし昨日のリベンジをするのはどうだ?」
「…………………」
マキアスの話を聞いたユーシスは黙ってマキアスを見つめ
「――やれやれ。我らが副委員長殿は単純だな。大方、昨晩の話を盗み聞きして絆されたといったところか?」
すぐにマキアスが昨夜の自分とリィンの会話を聞いていた事に気付いて呆れた表情でマキアスを見つめた。
「なっ……決めつけないでもらおう!君の家の事情やリィンの話など僕はこれっぽちも―――あ。」
ユーシスに見つめられたマキアスは慌てた様子で答えたがすぐに自爆したことに気付き
「マキアス……」
(見事に自爆しているわね~。)
マキアスの言葉を聞いたリィンは口元に笑みを浮かべてマキアスを見つめ、ベルフェゴールはからかいの表情になり
「ふふっ……」
「語るに落ちた。」
「フィーさん、わかっていてもここは言ってあげない方がいいと思いますよ?」
エマ達女子勢は微笑ましそうにマキアスを見つめた。
「…………~~っ~~…………」
リィン達に見つめられたマキアスは顔を真っ赤にして黙り込み
「フフ……―――いいだろう。その話、乗ってやる。俺の方が上手く合わせてやるから大船に乗った気でいるがいい。」
ユーシスは口元に笑みを浮かべた後マキアスの提案に頷いた。
「ふ、ふん………!それはこちらの台詞だ。せいぜい寛大な心を持って君の傲慢さに合わせてやろう。」
「フン……」
自分を睨みながら言ったマキアスの言葉をユーシスは鼻を鳴らして不敵な笑みを浮かべ
「はは……」
「……今日の実習は上手く行きそうですね。」
その様子をリィンとエマは微笑ましそうに見つめていた。
「―――ユーシス様。」
その時ホテルの出入り口からルーファスの傍にいた執事がリィン達に近づいてきた。
「アルノー……?父上付きのお前がどうしてこんな所に……」
執事の登場にユーシスは戸惑いながら尋ね
「昨日はご挨拶もできずに失礼いたしました。今朝、参上いたしましたのはユーシス様とルクセンベール卿をお迎えするためでして。」
尋ねられた執事は意外な事を口にした。
「え……あ、あたしもですか?一体どうして……」
「俺とツーヤを迎えに……いったいどういうつもりだ。士官学院の実習で戻ってきたのはお前も知っているだろう。それに何故ツーヤまで呼ぶ?まさかとは思うが……ケルディックの件のように今度はツーヤをメンフィルに対する人質にしようとしているのではないだろうな?」
執事の話を聞いたツーヤは目を丸くした後戸惑い、ユーシスは目を細めて執事を睨んで質問した。
「ユーシス様達の事は勿論承知しております。ですが今朝、公爵閣下がユーシス様をお館に呼ぶように仰られまして。ルクセンベール卿をお館に迎える理由は先月のケルディックの件を公爵閣下が改めて謝罪したいそうでして。それで参上した次第であります。」
「ち、父上が……?だが、昨日はそんな素振りをまったく見せなかっただろう!?ツーヤの件にしてもそうだ!あの場にツーヤもいた事は父上もその目で確認しているはずだ!」
執事の説明を聞いたユーシスは戸惑った後すぐに信じられない表情で尋ねた。
「公爵閣下のお言葉は絶対……私めは従うだけでございます。―――それに僭越ながら閣下にしても、昨日のやり取りを省みられた所があったのではないかと。」
「……あ……し、しかし……」
執事の指摘を聞いたユーシスは呆けた後戸惑いの表情で考え込んだ後マキアスに視線を向けた。
「―――行ってきたまえ。」
するとマキアスは眼鏡をかけなおして意外な事を口にした。
「戦術リンクを試すのは別に急ぐ必要はないだろう。」
「午前中は俺達だけでやるからユーシスは実家に戻るといい。ツーヤさんも、アルバレア公爵閣下が直々に謝罪したいみたいだし、ここは行って置いた方がいいかと。」
「ふふ、せっかくの機会ですし、ご家族でお話をするべきですよ。」
「だね。」
「お前達……」
「皆さん……」
マキアス達にそれぞれアルバレア公爵邸に向かうように言われたユーシスとツーヤはそれぞれ驚きの表情でマキアス達を見つめた。
「………………―――わかった。午後にはそちらに合流する。ツーヤも面倒と思うが、父上の要請に応えてくれないだろうか?」
「……わかりました。それではあたしも後でユーシスさんと一緒に皆さんと合流しますね。」
「俺達無しでは心許ないだろうがせいぜい頑張ってこなすがいい。」
「フン、言われなくても。」
「それじゃあ昼くらいにホテルのロビーで落ち合おう。何かあったらフロントに伝言を頼む。」
「わかった。―――戻るぞ、アルノー。」
「……公爵邸への案内、よろしくお願いします。」
リィンの言葉に頷いたユーシスは執事の方へと振り向き、ツーヤは執事に軽く会釈をした。
「かしこまりました。―――ご学友の方々、それでは失礼いたします。」
執事はリィン達に頭を下げた後ユーシスとツーヤと共にホテルを出て行った。
「――よし、それじゃあせいぜい頑張って依頼をこなして二人に楽をさせてやるか。」
「ふふっ、そうですね。それにしても―――」
リィンの提案に微笑みながら頷いたエマはリィン達と共にマキアスに注目した。
「な、なんだ……?その何か言いたそうな顔は。」
注目されたマキアスは戸惑いの表情でリィン達を見つめ
「うふふ……いえいえ、そんな。」
「マキアスのおかげで色々と良い方向に行きそうだと思ってさ。」
「えらい、えらい。」
「ええい、子供か僕は!なんだその生暖かい目は!」
リィン達に生暖かい目で見られ、リィン達を睨んで怒鳴った。
「リィン、君とのわだかまりだってまだなくなったわけじゃないぞ!?」
「え、そうなのか?」
「それとエマ君!来月の中間試験では絶対に君に後れを取らないつもりだ!せいぜい全力を尽くしたまえ!」
「は、はぁ……頑張ります。」
マキアスにそれぞれ指摘されたリィンとエマは戸惑いの表情で答え
「ついでにフィー!この際だから言わせてもらうが授業中に寝るんじゃない!いいか、勉強というものはまずは授業でノートを取るのが全ての基本であって―――」
マキアスはフィーに説教をし始めたが、フィーは耳を塞いで座り込み
「って、耳を塞ぐんじゃない!」
「聞こえない。」
フィーの行動を見たマキアスは疲れた表情で突っ込んだ。
「はは……とにかく出かけるか。」
「はい……!」
そしてリィン達は行動を開始した。
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