宇宙を駆ける狩猟民族がファンタジーに現れました
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第一部
ファンタジーへようこそ
じゅう
前書き
翻訳家ってすげー
「ワタシはエリステイン・フラウ・リンドルムですケド」
うん、「けど」いらない。
「大きな小鬼、小鬼の王様ぶっコロスしたのアナタ?」
なんだか色々物騒な発言だが、まあ意味は伝わるので取り合えず肯首しておく。
「エーット、ワタシはエリステイン・フラウ・リンドルムです」
それはさっき聞いた。
「けど」が無くなったけど。
「コレハ、とんこつ丸ですが」
知らねぇ―よ。
なんでそれだけ上手く翻訳できないんだよ。
「ココ、リンドルムの森。奥までトドクのはソンナにイかない」
ちょっと卑猥だから黙ろうか。
「……とんこつ丸、ニオイよってくるヨ、マモノ」
うるさいよ!
とんこつ丸で固定しちゃったよ、翻訳機。後で修正しておかないといけないな、これは。
―
取り合えず、私はファンタジー世界突入1週間で、なんと現地人とのコンタクトに成功したのである。
プラズマキャスターのトリガーを押すことができなかった私は、半ば諦めの心境で女騎士、『エリステイン・フラウ・リンドルム』の前に光学迷彩機能をオフにして現れたわけである。
紫電を纏い、電子音を鳴らしながら姿を見せる私に、エリステインはだらしなく口を開けてこちらを瞠目していた。
……実はこの瞬間の表情が、何よりも快感を感じる私を誰が責められるというのか。
ヘルメットで隠れてはいるが、してやったりの表情の私は、彼女が再起動するまでその場でじっと待つ。
パクパクと金魚のように口を開閉して、こちらに人差し指を向ける彼女を笑うのは酷だろう。
私は首を傾げてそれに反応すると、彼女はハッとした表情を見せてから、右手に持った剣を鞘へと納める。
少々無用心すぎないかと思われるが、それが彼女なりの誠意の表れなのだろう。
その昔の騎士様は、王より賜った剣を手放すことは不敬とされており、なによりもそれを携えることが誇りとされていた。
もし、私の予想通り彼女がその騎士で、国のトップである王からその剣を賜っていたのであれば、その行動も納得できる。
しかし、いくら私に敵意がなく、一見なんの武装も見せていない風体だからといって、ここまで信用されるようなことをした覚えもない。
まあ、私が下手な動きをすれば即座に斬りかかれるだけの技量がある、と自負しているとも捉えられるし、恐らく私を無力化できるだけの能力は持っているだろう。
……それが成功するかは、別の話であるが。
そして、冒頭である。
礼儀として名乗った、そういうことだろう。
彼女が言葉を発するのに合わせて、コンピューターガントレットを操作して翻訳機能を弄り、最適化をしようとしたが、如何せんまだまだデータ不足である。
聞いている風を醸し出し、次々に彼女から言葉を引き出そうと発言を促しているが、なんだか雲行きが怪しくなりそうで、これ以上喋らせるのを戸惑ってしまう。
とはいっても、向こうはコミュニケーションを取ろうとしており、特に敵対行動に移ろうとしているわけでもない。それはこちらとしても望むべくなので、なんとか当たり障りのない、簡単な質問を行う。
「ココ、リンドルム、モリ?」
独特な機械音を鳴らして、ヘルメット越しに私の言葉を同時翻訳させる。
彼女はそれに驚きで目を見開くと、すぐに嬉しそうに口角を持ち上げて何度も頷く。
「正解ッ!」
どこのクイズ番組だ。
「ココ、リンドルムの森。奥、もっと奥、イく、リンドワームとかの名前のドラゴンイッちゃう」
不味い。さっきよりも重症だ。
コンピューターガントレットを弄り、ドツボに嵌まる前に修正していく。
「リンドルム、私のカメイはコレから取ってる」
カメイ? 家名か。
なるほど。ここが封建制度や、それに近しい国家の政治形態であるならばどこかの領内といったところで、彼女の『リンドルム』という家名は、この森の奥に生息としている、リンドワームから取られているということか。
いったいこの領地が何年存続しているかは知らないが、リンドワームと呼ばれるドラゴンはそれよりも長い期間、この森に生息しているということが分かった。
「私はニンゲンマン。あなたはニンゲンマンじゃないですか?」
なんだニンゲンマンて。
一度聞いた語句は早々に修正して、大分言っていることと近付いてきたが、初めて聞くような言葉だと一気にバカっぽくなる。
「ニンゲンマンチガウ」
お前が違うよバカ野郎!
「翻訳、上手くイかない。たくさん喋るヨロシ」
そう言って、爪でヘルメットを数度叩く。
私の仕草に、彼女は数秒考えるように顎に手を当てた後、自らを指差し、「ニンゲンマン……ニンゲンマン」と呟く。
そして、後ろを振り向き、「とんこつ丸」と再度呟く。
もう、なんか色々疲れた。
「小鬼、大きな小鬼、小鬼の王様、とんこつ丸、ナンチャッテニンゲンマン」
ああ、はいはい。『人族』と『亜人族(デミ・ヒューマン)』か。
修正、修正っと。
そうやって少しずつ言語の法則性を紐解いていく。かなり根気のいる作業ではあるが、必要なことだ。
私との接触が大本の目的であったのであろうことは、いま、うんうんと考えながら私へと言葉を投げ掛けてくる様から分かったが、大切なのは“私と接触してから”である。
流石に、何も考えなしでというわけではないだろうが、全くもって予想できない。
気は抜けないが、取り合えず、いまはこの作業を続けよう。
―
言語情報の蓄積に約30分ほどを費やしたところで、この地の言語体型、ロジックを把握することができた。
流石にネタが尽きてきたのか、次は何を言えば良いのか頭を捻っている目の前の女騎士に、コンピューターガントレットを操作しながら口を開く。
「助かった。大体の言葉の翻訳は完了した」
元々の地声がグロウルを効かせたような聞き取りにくさと、ヘルメットの翻訳機能を通したことによる機械的な音声も混じってしまい、若干無骨で無機質に感じてしまうが致し方ない。
「あ、そ、そうですか。それにしても、覚えるのが早いんですね」
私が特徴的すぎる声で流暢に話し出すと、彼女は一瞬ギョッとするが、すぐに柔らかく笑みを浮かべる。
「物覚えがいいのは私じゃなく、こいつさ」
そう言ってコンピューターガントレットを指でつつく。
彼女は私の左腕を見て、キョトンとしながら首を傾げる。
「魔道具、でしょうか。言葉を話せるようになる魔道具など、聞いたことありませんが」
「……そう思ってくれて構わない」
魔法の魔の字も使っていないので魔道具とは言えないが、こちらの人々からすれば、科学の力も摩可不思議な物に変わりなく、ある意味では魔法だ。
それに、コンピューターのコの字も知らない者にその機能の何足るかを説明したところで理解できるかも分からないし、そもそも話す必要性もない。
にしても、魔道具か……。
それが当たり前のものとして普及しているか、そうでないかは別として、そういったものが存在する、というのが分かったのも僥倖だ。
「なるほど。では、先ほどの透明になれるのも魔道具でしょうか?」
そういった彼女の瞳は細められており、なにか探りを入れているのは明らかだった。
まあ、透明になれるんだから、それはどう考えても驚異以外の何物でもないな。
名前から分かる通り、彼女がこの地を納めている種類の人間に連なっていることは想像に難くない。それがこの地、領地を納めている領主の血族として近いか遠いかはこの際置いておくとして、そんな姿を消すものが自領内にいるとなれば、心穏やかに、など無理な話だろう。
「信じるかどうかは貴様次第だが、私の身に不利益にならないのであれば、ここをどうこうするつもりは毛頭ない」
「……。そうですか」
こればかりは水掛け論になってしまう。彼女もそれは理解しているのだろう。不安な様子はみられるが、特にそれ以上の追求もない。
もちろん、私が自ら動いてどうこうしようなどとは微塵も考えていないし、する予定もない。
しかし、先ほどの通り、それが“私の不利益にならない”、もっと具体的に言えば“命の危険”が伴わないのであれば、である。
とはいえ、そう馬鹿丁寧に全てを語る必要もない。ある程度の幅を持たせて、干渉自体を極力減らすのが狙いであり、私の目的が彼女には不明ないま、下手に動くような真似もしないだろう。
「それで? どうやら私を探していたみたいだが、何か用件でも?」
コンピューターガントレットや光学迷彩機能を、信じているかどうかは別として、現状では魔道具として認識させているのだ。それの入手経路などを聞かれても正直面倒だし、根掘り葉掘り聞かれても、これもまた面倒以外の何物でもなく、答えるつもりもない。
故に、私は自ら話題を切り出す。
「あ、その、ですね。失礼を承知でお伺いさせていただきますが、その……貴方は人族、ではありませんよね?」
質問の意図が掴めず、私は首を傾げるも「違う」と答える。
どう贔屓目に見ても人間でないことは一目瞭然。だからこそ、「なぜそんなことを聞くのか」と同時に「それが何を意味しているのか」という疑問が生まれた。
「その、すみません。亜人族(デミ・ヒューマン)の多くは、基本的に人族に敵対的な種族がほとんどでして、独自の言語体型は持っていますが、総じて未熟であり、我々人族と意思の疎通を行うのは不可能とされているんです」
なるほど。
つまりは先日の小鬼や、そこに転がっているとんこつ丸……もとい、豚面鬼などはその枠組みに納められるという訳だ。
「……1週間前、この森にある洞窟で大きな小鬼の巣を掃討しました」
間違いなく、あそこだろう。私は黙ることで彼女に続きを促す。
「ことの発端は、この辺りでの行方不明者、特に女性が消息を絶つようなことが相次ぎました。……その後の調査により、この森の浅い場所で小鬼や大きな小鬼の目撃情報が日を追う毎に増加していることも分かりました」
ということは、あの巣は比較的新しい巣であったということか。
それはまた、彼女達にとって災難ではあるが、運もよかったのだろう。あのまま放っておけば、いずれはもっと数が増え、それに比例して被害も大きくなっていくのは予想できる。
「先に放った斥候の情報によれば、小鬼の数は20~30ほど、大きな小鬼に至ってはまだ巣も若く、小鬼の数的に見ても二桁に達する程度と考えられました」
ふむ。確かにその程度の規模であったと記憶している。
「私たちが奴等の巣に到着したさい、既に数匹の小鬼と大きな小鬼の死体が転がっていました。……この時点で、半数近い大きな小鬼は排除されていたことになります」
されていた、ね。
いまここでそれを言っているということは、彼女は既に、それを行ったのが私であると確信をしているのだろう。
確かに、証拠の隠滅も行ってなければ、光学迷彩機能の有用性も彼女には知れている。何よりもあの場で、彼女は何かがいる、と勘づいていたのだ。
先の亜人族(デミ・ヒューマン)の在り方を聞くに、私が彼女、もしくは人族に対して友好的な存在であるのかを確かめている、といったところか。
「我々よりも先に、何らかの理由で訪れた冒険者や傭兵の手によるモノかと最初は思いましたが……。巣内においても、死体がありました。内外、大きな小鬼の死体に共通していることは、全て頭部が綺麗に無くなっている、ということです。死体の側に頭部も見付からないことから、切り落とされた後に持ち帰られたか、吹き飛ばしたか。私は後者であると考えていますが」
「……頭部だけを喰らった可能性もあるんじゃないか?」
「それはあり得ません」
私の言葉は即座に否定されるが、元々それで納得してもらおうなどとは思ってもいない。私が言ったのは、ただの言葉遊びだ。
「理由を聞いても?」
「第一に、その様な魔物は聞いたことがありません。第二に、首から下の断面です。鋭い刃物で斬ったような滑らかな断面ではなく、何か……そうですね。爆発的な力を持って、それこそ吹き飛ばされたと言う他ありません」
よく見てますね……。
「それに、捕らえられていた女性達は無傷でしたから」
そう言って彼女は目を伏せる。
騎士とはいえ、女性であることには変わりない。それを考えれば、寒々しく薄汚い檻に入れられ、いつ自身の番かと戦々恐々としていたであろう女性達に、想うところもあるだろう。
――無傷でしたから。
その言葉尻をそのまま捉えられるほど、楽観的でもなければ、お子様でもない。
女性の尊厳を踏みにじるような行為を思えば、男の私だって憤りを覚えるのだ。彼女はその比ではないだろう。
ふと、洞窟内で、私が胸を貫いた瞬間の情景が浮かぶ。
……良くないな。
こういうとき、つくづく前世での感覚が残っているのが悔やまれる。
ヘルメットで表情が見えないのは、こういったときには都合が良い。というか、色々な意味で人前に出せないなこの顔は。
「彼女達は、無事に元の村や町へ戻ることができました」
そう言った彼女は寂しげに笑う。
「1人だけ、亡くなられた方がいました。胸の傷を見なければ、寝ているような、そんな……穏やかな表情でした」
心臓が跳ねる。
「そうか」
私からは、それだけだ。
ただ、それだけ。
~第一部 一章 ファンタジーへようこそ~ 完
後書き
なんだ、この上げて落とすような展開は。
あと、この章の次は、既存のプレデターや基本武装の設定を紹介してから投稿します。
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