宇宙を駆ける狩猟民族がファンタジーに現れました
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第一部
ファンタジーへようこそ
きゅう
前書き
無我の境地に陥りたい
さて、いつまでも現実逃避をしている訳にもいかず、かといってこのまま修復途中の背凭れを放置していく訳にもいかない。
何故ならば、これ以上、背凭れの破片を紛失することは避けたいからである。
と、まあ、お巫山戯は本当にここまでにしよう。
私は溜息を一つついて、正座の姿勢から立ち上がる。
「あ、やべっ」
思った以上に私の足は正座に耐性がなかったようだ。
一撃必殺とばかりに、足先から脳へと駈け上がってくる電気信号にフラついた私は、自らの体重を考慮する暇もなく、半分ほど修復したばかりの背凭れに倒れかかる。
石壁をも破壊するショルダータックルの威力は遺憾なく発揮され、私の体は背凭れを破壊し、勢い余って中途半端に残った背凭れであった物の出っ張りに脇腹を強打し、そのまま床に崩れ落ちる。
言葉にならない。
前世で聴いた覚えのある歌が、まな板の上にのせられた魚のように横たわる私の頭の中で、永遠とリピートされていた。
泣いてなんかない。
―
本当に、いつまでも遊んでなんかいられない。
いや、私としては至極真面目であった訳で、ただ災難が降り掛かってきただけで、他意はないのだが。
早々に装備を整えた私は、光学迷彩機能を作動し、擬態を施してから船外へと赴く。
件の女騎士の目的は分からないが、私にとっては歓迎できない事態のため、取り合えずは彼女の動向を監視する必要がある。
船から半径500~1000メートル圏内は、私が散策を行うにあたり、船と私自身の危険となりうるものは粗方排除したのだが、女騎士にしてみるとそれが違和感を誘うようで、頻りに首を傾げていた。
この森の、特に中間地点終わりから、深部においてのモンスターおよび亜人種の密度はかなりのものだったのは記憶に新しい。
縄張り争いや食うか食われるかの争いは絶えず、それはもう動物園かと勘違いするほどに昼夜問わず、獣共の声が響いていた。
少々大きめの狼の群れ、背中と腹、腕の甲に亀のような甲殻を纏った4本腕の熊、それと食人鬼だろうか。身の丈3メートルほどの筋骨隆々とした、大きな小鬼のようなコブではなく、頭蓋骨が発達し、頭皮を突き破って生えた二本の角ある亜人。それを全て黙らせ、モノによっては皮を剥いでワイヤーで吊るして威嚇とし、私の縄張りとしたのだが、まあ獣とは言えよく1週間やそこらで手を出してはいけない存在と認識できたものだ。
やはりこの星でも、野生の生き物の危機察知能力は高いとみるべきだろう。
さて、光学迷彩で女騎士の背を木の上から追跡している私であるが、全く持って彼女の目的がわからない。
心当たりとするならば、恐らく私の存在であるだろうが、さて、何か痕跡のような物でも残してきてしまっただろうか。
それに、彼女単独でこの森に足を踏み込んでここまで無傷で来ていることを考えるに、中々に戦闘能力が高いと見受けられる。
間違いなく、先日の小鬼、大きな小鬼、小鬼の王様よりかは腕が立つのは振舞いからも分かる。
奴等は単体での戦闘力というよりも、その数と繁殖力の高さが驚異なのだろう。
だが、私が見下ろす女騎士にいたっては、それすらも驚異になり得ないだろう、というのが素直な感想だ。
そして、それは現実として体現された。
森を別け入り進んでいく女騎士。
その匂いに釣られてきたのかは知らないが、彼女の進行方向にはブヒブヒと鼻を鳴らしている豚面鬼が3匹認められた。
このままお互いの最短で距離を縮めれば、接触するのは数分といったところか。
すると、先に気付いたのは女騎士であった。
彼女は一度立ち止まると、豚面鬼が居る方向を凝視する。
見えているとは思わないが、空気の淀みでも感じたか、それとも豚面鬼の悪臭に気付いたのか判別はつかない。
それでも彼女は右手に持った剣を握りしめると、体勢を低くして駆け出した。
まず私が驚いたのは、そのスピードだ。
この見通しの悪く、足場もよくない森の中を、まるで舗装されている道と勘違いしてしまう程に淀みなく駈けていく。
更に彼女は豚面鬼達の背後に回るよう、若干大回りになって駈けて行く様は、本当に豚面鬼の位置を全て把握しているのではないかと錯覚する。
そんな彼女の行動に、私は驚きに目を見開きながら後を着いていく。
躓くこともなく、豚面鬼達の背後にまで回り込んだ彼女は何事かを呟き、それをヘルメットが音声として捉えた瞬間、私は絶句する。
と、一瞬木から落ちそうになった私を無視し、ヘルメットの視覚機能が彼女の体に薄い、何か靄のようなものが纏割り付くの認識する。
それをヘルメットと左腕にあるコンピューターガントレット内にあるレコーダーから情報を引っ張り出して彼女の体に何が起こっているのかを解析していく。
《微弱なエネルギーフィールドを検知》
ヘルメットに表示された文字を見るに、彼女は何らかの方法を用いて、その肉体を強化する術を持っているらしい。
私の予測が正しければ、魔法の類に属するものだろう。
伊達に数々の星を渡り歩いていない。
しかし、この魔法やらの類、一貫性がまるでないのだ。
国が違えば話す言葉も違うくらいだ。星が違うのだからその現出する方法も、法則も違ってくるのは当たり前なのだが、同じような効果、効力を持っているのにいままでのデータに当てはまらないため、無駄に情報だけが増えていく。
そこを抽出し、こちらの操作で無理矢理当て嵌める方法を取っているのだが、まだ無駄が多い。
……これは再度の精査が必要だな。
取り合えずいまは目の前に集中だ。
彼女は更にスピードを上げ、猿も真っ青になるほどに木々を蹴って5メートルほど飛び上がる。
その落下の勢いを利用して、縦に一閃。
不意を突かれた形の1匹の豚面鬼はなす術なく、そのでっぷりとした体に一直線の剣線を刻まれた。
左右に倒れる肉塊に一瞥も向けず、女騎士は次の標的へと狙いを定める。
最初の1匹が他の2匹よりも後方にいたのが、奴等にとっての不運だ。
いまだ同胞が既に死したことなど気付く様子もなく、標的にされた1匹は背後から飛び上がった女騎士の横一閃に振るわれた刃の軌道がその首に走る。
女騎士は首が落ちるそれすらも確認せず、着地をした途端、隣を歩く最後の1匹、その背後へと肉薄する。
そのまま突きを一撃。
背後から斜め上へと突き上げられた剣先は心臓へと達し、肋骨を上手く避けて豚面鬼の左胸から突き出していた。
そこで、隣の豚面鬼の首が落下し、盛大に赤色の噴水が花を咲かせ、泣き別れた頭を探しながら膝をついて前のめりに倒れ込む。
あまりの手際の良さと、想像以上の能力の高さに、私は構造上行うことのできない口笛を心の中で鳴らす。
自身が剣を振るった結果、体を真っ赤に染め上げたとんこつ丸3匹を意に返すことなく、女騎士は血糊を剣を振るうと口を開く。
「在宅中ですネ! 隠れていないで存在スルッ!」
……このポンコツ翻訳機が。
さっきの体にエネルギーフィールドを纏う前に呟かれた言葉もそうだ。
私のヘルメットから翻訳された言葉は「マッスル躍動」。意味は分かるが、もう少しあるだろう。何かあるだろう。
正直、無数にある言語情報から、この星の言語に似ているものを当てはめただけなのにも関わらず、言葉は滅茶苦茶ながらも意味は通じるように翻訳するヘルメットの機能には助けられている。
なので、先ほど女騎士が大声を上げた一言も、「いるんだろう! 隠れてないで姿を現せ!」とか、そんなところであろう。
うん、もう思いっきりバレてる。
「居留守をするようなラ、入室しますカラ!」
遂に不法侵入まで慣行しようとしている始末です。
家宅捜査をされる心境とは、こういうものなのだろうか。
いや、そもそもここ外だし。
確かに野蛮なことも多々している残念種族だということは認めるが、ちゃんと屋内に住んでますから。
船だけど。
さて、冗談はさておき、この状況をどうするかが今後の鍵になる……ような気がする。
いくら考えても、良い方向には転がらなさそうなのがどうしようもないが、ここは敢えて無視するべきか。
かと言って、このまま放置したところでいずれ私の船まで辿り着いてしまうだろうことは、先ほどの光景を鑑みれば嫌でも理解できてしまう。
しかし、それでもこの姿を人前に出すのは憚られる。上手く懐柔できる気もせず、そもそも言葉が通じない、というよりも、変な言葉で地雷を踏んだら頭の先まで吹き飛ぶ自信がある。
……殺すか。
ゾワリと、どす黒い感情が私の心を覆っていく。
何も無理に会話をする必要はない。それに、どうせ理解し合うことなど究極的に困難なのだから、最初からそれを放棄、無いものとして扱ったところで問題ない。
私と船の安全を考えれば、いまここで処理してしまった方が今後のためになるだろう。
ヘルメットの中で、三角形の赤いロックオンサークルが回転しながら頭部に重なったのを認めたとき、集音装置が女騎士の呟きを拾った。
「……とんこつ丸クサイ。魔物が吸引されるナ」
なんだとんこつ丸って。
とんこつ丸ってなんだ。
誰か教えてくれ。
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