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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第百五話

「……えー、そんな訳で。水泳の授業を始めます」

「はい!」

「はい先生!」

 先のシャムロックと俺たちによる合同攻略により、新たにアインクラッド第二十二層が解放された。キリトたちは速やかに、二週間程度ではあるがSAO時代に住んでいた、湖畔のログハウスを一括で購入することに成功。今は家族団欒の生活をしていることだろう。

 そしてこの浮遊城の新たな層である、第二十三層を守るフロアボスの居所を救いながら、新たなフィールドをプレイヤーたちは探索し始めていた。シャムロックやサラマンダー領、シルフ領にケットシー領などは、黒鉄宮に自らの名前を刻まんと競い合っている。とはいえドロドロしたものではなく、あくまでスポーツのような競争だ。

 そんな新たなフィールドの探索は、もちろんギルドでもない俺たちも行っている。見たことのない新たなフィールドの冒険は、かつてのデスゲームでは体験する余裕はなかったが、今の俺にもその楽しさは分かる。もちろん学校や諸々の用事が終われば、今日もこの妖精境を訪れていた。訪れていた、のだが……

 ……何故か俺は今こうして、少女二人を前に水着姿となっていた。

「……どうしてこうなった」

 アインクラッド第四層――別名《水の都》とも言えるその場所に、俺の呟いた言葉が放たれていったが……誰も答えてくれる者はなく。代わりに俺と同じく水着姿に扮した、ユウキとセブンがじゃれあっていたが。

 ……ともかくこの層は、全面に水路が施設されており、移動のためにはゴンドラの制作が必要不可欠で、ここは随分苦労した――とキリトは語っていたが、あいにくと今の俺たちには翼がある。不信げなキリトから人気やモンスターの少ない場所を聞き出し、俺たち三人はここにいた。

 もちろん目的は、二人に泳ぎを教えるためである。

 VR研究家として、水という特異な空間を体験しなくてはならない――と熱く語るセブンと、ついでに泳ぎたくなりたいユウキに、熱心にコーチ役を頼まれてしまい。出来るだけ他人に知られたくない、という二人の懇願もあり、秘密の練習として俺たち三人だけでここにいた。……セブンがギルドリーダーを務める、シャムロックの皆様を撒きながら。

「……でもやっぱりいいわね。この水着。撮影に使いたいくらい」

「……気に入っていただいたなら何より、だ」

 泳ぎの練習ということでもちろん水着であり、俺とユウキは件の水着コンテストで使った水着を持っていたが、セブンはこの日のために新たに用意していた。そんな身につけたワンピース型の水着を、アイドルらしくクルクルと回って楽しんでいた。……こちらから見ると、セブンの普段着であるステージ衣装も似たような感じなのだが。

「でもいい針師の方知ってるのね。何だか意外だわ」

「まあ……色々あってな」

 セブンの衣装はかのSAOでのカリスマ裁縫師、アシュレイさんに頼んで作ったものだ。同じく水着コンテストで知り合った彼女――彼女? とにかく彼女に頼んで、シャムロックの皆様から隠れるついでに制作してもらっていた。……急な仕事と騒動の代金として、後日に武具店に顔を見せてくるそうだが。

「そんなことより、さっさと始めるぞ」

「なーに? レディーの水着姿を見て、そんなことなわけ?」

「ダメだよ、セブン。ショウキが褒めていいのはさ、その……1人だけなんだから」

 レディーというような年と外見か――とツッコミたくなった口を抑えていると、ユウキが少し顔を赤らめながらセブンを引き止める。言っていて照れるくらいなら止めておけばいいのに、と思っていると、当のセブン本人はいまいち意味が分かっていないようで。キョトンとした様子で、普段は被っている帽子がない銀髪を揺らす。

「どういうこと?」

「ほら、その……リズが、えっと……」

「あっ……あー、その……」

 チラチラとフォローを求めるようにユウキは視線をよこしてきたが、特にこちらからそれを返すことはなく。たどたどしく遠回りに直接的な表現を使わず、身振り手振りも交えて語るユウキに、ようやくセブンは彼女が何を言いたいか察したらしく。

「ショウキとリズって……そういう関係なの?」

「じゃあ、まずはこれを使うか」

 照れたような表情がユウキから感染した、セブンの小さな声の質問をまたもやスルーしながら、俺はストレージから二つのアイテムを取りだした。それは軽装戦士が片手に装備する、小さな盾のようなものであり。

「……何ソレ? 盾?」

「ビート板だ」

 余った資材で制作したビート板が二つ。……何故か手持ち部分が日本刀の柄になっているのは、制作者の遊び心ということにしておくとして、それらを不思議がる二人に渡す。

「へぇ、これがねぇ……」

 興味深げにビート板を眺める二人。天才少女として、VR研究家にアイドルと過ごしてきたセブンにとって、こうした物は珍しいのであろうか。同じようなリアクションをしているユウキはどうなんだ、という話であるが――詮索するようなことでもない。

「とりあえずそれ持ってれば水に浮く。まずは、ビート板を持って泳ぐところからだ」

「はい!」

 返事だけは立派なもので――ようやく揃って移動すると、底まで見通せそうな円型の水場が俺たちを迎える。やはり水場の近くとなると緊張でもするのか、二人の表情に緊張の色が混じる。

「け、結構深いわね……そういえばショウキ、水中で移動出来るようになる魔法、って使えるの?」

「溺れなければいいんだろ?」

「…………」

 セブンからの質問にノータイムで答えた返答に、さらに二人の緊張感が高まっていく。もちろん俺が持っていなければ、始めたばかりのセブンはもちろん、水場に縁もゆかりもないユウキも習得してはいないだろう。

「水中でも活動出来るようになるなら、泳ぎの練習にならないからな……そういえばユウキ、水中を泳ぐゲームとかやったことないのか?」

 もちろん溺れるような状況になる前に助けるつもりではあるが、本当に魔法がないことが伺われる俺の言葉が、どうやら緊張感のトドメになったらしく。そんな様子と雰囲気に苦笑しながら、俺はかねてより気になっていたことをユウキに聞いた。

「うーん……ないことは無かったけどさ。このゲームで言う翼みたいな、あんまり現実で泳ぐのとは違ったかなぁ」

「そうね。水はVRでの再現が難しいから……こんなに水中を推してるのは、『あのゲーム』の流れを汲んだ、このゲームぐらいじゃないかしら」

 スリーピング・ナイツはこのALOに来るより以前は、様々なVRゲームをあのメンバーで遊んでいたらしいのだが、水中を泳ぐようなゲームはなかったのか。俺のふとした質問にユウキが困ったように答えると、セブンが専門家からの目線で推測する。

「なるほど……」

 アイドルや俺たちと遊んでいる時のセブンではなく、VR専門の博士としての風格を漂わせるセブンが語った、『あのゲーム』の参加者として1人納得する。スリーピング・ナイツたちと同じく、様々なVRゲームをプレイしているレコンから聞いたことはあるが、水中というのは大体はダメージゾーンと同義であるそうだ。そのVRゲーム全体の水場への認識については、かつての《死銃》事件で水中を利用した奇策を取ったのが、SAO生還者たるキリトに《死銃》だけだったことからも頷ける。

 対してこの――いや、『あのゲーム』ことSAOは、開発者が『もう一つの現実世界』を目指して完成させたものだ。水がない世界など存在しないのだと、専門家であるセブンに『難しい』と言わしめるそれを、違和感なくあの男は作り上げたのだろう。

「……また話がそれたな。とりあえず飛び込もうか」

「……ショウキくん、結構スパルタよね。そうよね?」

 思えばこのVR空間とは、たかだかダメージを食らう程度で、溺れはしても死にはしない。自分も学校でリハビリにVR空間を使ったトレーニングをしていたが、こういうVR空間の利用法を、セブンのようなVR研究家は調べているのだろう。……少しばかり興味は出て来たが、今は考えるべきことではなく。考えたくもないあの男のこととともに、思考を頭から追い出しながら手を叩いて二人を促していく。

「よ、よし! リズも言ってた……女は度胸だ!」

 ユウキがそう叫びながらビート板を持ち――あとでリズには話を聞かねばならない――勢いよく、無駄に綺麗なフォームで水場に飛び込んでいく。当然ながら沈んでいくものの、ビート板の浮力によってユウキごと水面に浮かび上がる。

「ぷはぁ!」

「ま……待ちなさいよ! わたしも……」

 先の攻略戦の最中に、どちらが先に泳げるようになるか勝負、などと言い出した手前。セブンもユウキに続いて水場に入ろうとするが、流石に彼女のように飛び込むことはせず、ゆっくりと足をつけて水場に入っていく。

「……あれ、あったかい」

「ホントだ! ……ショウキ、ありがと!」

 足をつけたセブンに飛び込んだユウキ。どちらもが思った感触と違ったのか、不思議そうに自分の肌を濡らす水の感触を確かめていて、ユウキが何かに気づいたようにこちらへ微笑んだ。……わざわざこの層の場所に太陽が南中する時間を調べたとか、そんなことが言えるわけもなく、ユウキの輝くような表情から目を逸らす。

「これなら……っと!」

 暖かい水にいくばくか緊張感が薄れたのか、セブンはゆっくりと水の中へと入っていく。必死にビート板に掴まってはいたが、どうにかこうにか彼女も浮かぶことに成功したらしい。

「じゃあ、その柄を掴んで泳ぐ体勢になって、ばた足でもいいから進んでみてくれ」

 水場の上から二人に指示を出していく。ビート板の胴体に掴まっていた二人は、持ち手となっているビート板の柄を掴むと、身体も自然と浮かんで泳ぐ体勢となっていく。

「ショウキー! この柄のところスッゴく持ちやすいよー!」

「………………まあな」

 謎の柄を絶賛するユウキに対して、俺にはどう答えていいか分からない。あのビート板も一種の日本刀と言えるのか――と頭を抱えていると、二人はビート板を持ちながらも泳ぎだした。

「っと、とっ、と」

「お、泳いでる……ボク泳いでるよ!」

「慣れてきたら水にも顔つけてな」

 まだ少し苦戦しているセブンに対して、ユウキはコツを掴んだようで、なかなかの速さで泳いでいく。元々走るスピードや飛翔するスピードが規格外な彼女にとって、水泳もコツが掴めればあの程度容易いことだろう。ならばセブンを教えるか――と思えば、ユウキに負けじとスピードを増していた。

「……負けないわよ!」

 ……ああ見えて負けん気は強いらしく。根性だけでユウキに肉迫せんと泳ぐセブンに、心中で少しばかり感服しながら――俺は暇になった。水に顔をつけて泳いでいくなど、何も言わずとも徐々に水中に適応していく彼女たちに、特に今は言う必要があることもなく。

「……ん?」

 ――ユウキたちから意識を逸らした故か、一瞬だけ、どこからか視線の気配を感じた。こちらを見ているような、監視しているような……周囲を眺めてはみるが、やはりそんなことをしている者の姿は見えない。

 十中八九、《隠蔽》スキルによるものだ。キリトにレコンなど、どうも身近にそれを行うプレイヤーが多く、かのゲームでの経験もあって断定できる。それを見破ることの出来る《索敵》スキルを俺は持っていない、が……

「二人とも、ちょっと泳いでてくれ」

 ユウキとセブンに言い聞かせながら、ストレージを操作してクナイを手に取りだした。一応付き合いやもしものために水着姿のため、日本刀《銀ノ月》を帯びることは出来ない。それでもこちらを……いや、水中で泳ぐ二人を見る視線を感じながら――俺はそちらに向けて、反射的にクナイを投げ放った。

「――――ッ!」

 だがクナイは不自然な場所で中ほどから切り裂かれ、その姿はポリゴン片となって消失する。だが行動を起こしたことで《隠蔽》スキルが解除され、その姿が現される――前に。銀色の刃が俺の無防備な首筋に添えられた。

「……動くな」

 こちらが丸腰ということを差し引いたとしても、動くことの出来ない高速の斬撃。通常のカタナよりも鈍重な筈の野太刀を軽々と振るったその姿は、長身のウンディーネの青年。

「……スメラギ?」

「動くな。いいな?」

 セブンがリーダーを務めるかのギルド《シャムロック》の副リーダー、スメラギの姿がそこにはあった。彼の申し出にコクリと頷くと、スメラギはリズベット武具店でお買い求めになった野太刀を、ゆっくりと鞘にしまっていく。

「手荒な真似をした。すまない」

「いや……どうしたんだ? セブンに用か?」

 野太刀に晒された首筋を触りながら、俺は深々と頭を下げるスメラギに質問する。……とはいえ用事ならば《隠蔽》スキルで隠れる必要もなく、その質問が本当に答えだとは思ってもいなかったが。

「セブンが泳ぎの特訓をするというので、警戒していた」

「……それだけか?」

「ああ」

 ……何かの冗談だと思っていたが、スメラギの表情はまるで変わらない。本当に彼はただセブンを見守る為に来ていたのだと、あまりにも嘘のような理由に疑わしげな視線を向けるものの、その自信ありげな仏頂面はまるで動かない。……これで本当の理由を隠しているようなら、大した役者だと思わざるを得ない。

「……心配しすぎじゃないか」

「確かに……そうだが。彼女は博士などという役職ではあるが、まだVR適応ギリギリの子供だ」

 自らでも自覚はあったようであるが、スメラギはあくまで仏頂面のまま真面目に語る。……リズに「スメラギがあんたに似てる」などと言われたのだが、このストーカーと同じだと言われると釈然としない。

「そもそも……スメラギはセブンの助手なんだったか?」

「ああ」

 ひょんなきっかけから知り合ったセブンが、フレンドリーにこちらに接してきているため、必然的にその腹心である彼とも顔は付き合わせているのだが。あまりスメラギは自己主張することはなく、彼についてはまるで知らなかった。

「……改めて、だが。こちらでの名前はスメラギ。現実ではセブン……七色の助手をしている」

 彼自身もその事実に気づいたのか、ばつが悪そうに自己紹介を始めた。長身のウンディーネ――野太刀を武器としたスメラギは、特に気にした様子もなく現実における自分のことを話す。セブン――七色自体がオープンにしているからだろう。……助手らしく、必要以上に心配性で過保護のようであるが。そしてその実力は――こちらが気が付かぬうちに、その鈍重な野太刀を俺の首筋に置く事が出来るほどらしく。

「改めてよろしく。……一つ、聞いていいか?」

「答えられる限りならな」

 ……そしてどうやらリズに言わせるに、どこか俺に似ているとのことで。カタナを使う仏頂面な事ぐらいしか、当の本人には分からないが、セブンには聞きづらかったを問うてみた。

「……どうして、この世界に来たんだ?」

 VR世界の研究者たるセブン――七色がこの世界に来た理由。ギルド《シャムロック》を結成し、無邪気に楽しむ彼女を見ていると、とても何かを研究しているような博士には見えない。

 だが、彼女が時折見せるVR世界の研究者としての顔は、俺が会ったことのある茅場や須郷にどこか似ているのだ。自分の目的のためには、どこか禁忌にすら踏み込まんとするような。

「そうだな」

 俺の疑惑の視線に何かを感づいたのか、スメラギはしばし返答をどう言うか考え込む。そしてその口から紡がれた返答は、ある意味予想だにしない言葉だった。

「セブンや俺たち。シャムロックの仲間たち。全てを使って俺たちはある実験をしている。……このゲームを選んだのは、ただ実験に最適だっただけだ」

「…………」

 ――こちらの怪しんでいた言いづらい情報を、まるっきり馬鹿正直に答えられてしまう。完全に予想を外された俺は虚を突かれてしまい、どこか間抜けな表情をスメラギに見せてしまっていた。そんなこちらの様子を見たスメラギは、その仏頂面に小さく笑みを浮かべ。

「もちろん、一般プレイヤーや法律に問題のある行為をするつもりはない。だからこれからも、セブンと仲良くやって欲しい」

「あ、ああ……」

 こればかりは信じて貰う他ないが――と続くスメラギの言葉に、俺はただ頷くことしか出来なかった。そして思ったことは、彼ら――セブンにスメラギ、シャムロックを立ち上げたメンバー――は、底抜けに善人なのだと。

「変な質問をして悪かった。許してほしい」

「気にするな。……怪しいのは確かなのだからな」

 疑ってしまったことを謝罪したい気持ちに襲われ、丁寧に頭を下げた俺に浴びせられたのは、恐らくはスメラギ流のジョークであるらしく。こちらも小さく笑みを浮かべると、感謝しながら頭を上げる。

「ただ詳しくは言えないが、セブンに実験と目的があることも確かだ。俺は助手として、彼女を手助けするだけだがな」

「ああ……そうだな」

 ……少し、スメラギという人物が分かった気がした。今度店に来た時は、少しサービスでもしてやろう――とは思ったのは確かだったが、ここからが大変なところだった。

「それでショウキ。どこか、セブンをよく見張れる場所はないか」

「……帰ってやれ」

 ――それから激闘を経て何とかスメラギに帰還していただき、ひとまずは誰かの気配のようなものは感じなくなった。スメラギが《隠蔽》スキルの質を上げてきた、という可能性も無くはないが、彼の良心をひとまず信じることにする。……いや、良心を信じればまだセブンを見守っていそうだが。

 スメラギは過保護なんだから――とセブンが愚痴っていたが、今までその立場から仕方ないとは思っていたが、これから少しセブンに同情することにする。本人としては、真面目に真摯に彼女の為に、と仕事をしているのが厄介そうだ。

「悪い、泳げてるか?」

「あ、ショウキ! もう完璧だよ!」

「ふふん。ま、このわたしにかかればね!」

 慌てて二人が泳ぐ水場に戻ってみると、ユウキにセブンがどちらも、今までも嘘のように水場に馴染んでいた。……ただ、その手にはしっかりとビート板が握られており、どうやらあと一息のところであるらしい。

「よし、じゃあビート板を手から離してくれ」

「えっ!?」

「えっ」

 思ってもみなかったような驚愕の声をあげられ、むしろこちらが驚いてしまう。ずっとビート板を持って泳ぐつもりだったのか、それともずっと使っていて愛着が湧いたのか。もしも愛着がついたならば、制作者冥利に尽きるというものだが、水に顔をつけたまま泳げるようになった彼女たちに……もうあのビート板は必要ないのだ。

「泳ぐまであと一歩だ。その為には……そのビート板を離さなくちゃいけないんだ」

「そっか……そうだよね……」

「ええ、寂しいけど……」

 ドキュメンタリー番組ならば、壮大なバックミュージックが流れそうな、彼女たちとビート板との涙の別れ。この日のために制作した結果、何故か持ち手が柄になった上に仕込み刀が入った、完全にビート板としてはイロモノなアレを――そこまで気に入ってくれるとは。その様子に制作者としても涙しながら、俺はアイテムストレージのメニューを選択する。

「今まで……今までありがとうわぁ!?」

 長くなりそうだったので、ユウキがビート板に語りかけている間に、二つのビート板をメニューからアイテムストレージにしまい込む。当然ながら彼女たちが頼りにしていた浮力は消失し、驚愕とともに水音をたてて沈んでいった。

「――ぷはっ!」

「――っぺぺ……あれ、わたしたち、浮いてる……?」

 とはいえそれは一瞬のこと、すぐさま二人は浮かび上がってくると、水に浮かんでいる自分たちを確かめ合っていた。それから少しばかり泳いでみせると――まだまだ泳ぎ方は雑だったが――試練を乗り越えたのを喜び合うように、互いに互いの肩を抱き合って賞賛しあう。

「やったねセブン! ボクたち泳げるようになったよ!」

「ええ! ええええええ! ショウキもほら、一緒に泳ぎましょうよ!」

 ハイテンションに騒ぎだす二人の少女を眼福だと眺めながら、地上で拍手を送っていた俺に誘いの申し出が来る。そんな様子に苦笑いしながらも、せっかく水場に来たのに入らないとは損だとばかりに、俺も二人が待つ水場に飛び込んでいき――


 ――すっかりこのアインクラッドの時間では、夕方頃となってしまった。それからはクロールや平泳ぎといった、特に水泳に詳しくない俺でも教えられることを教え、冷え込んできたあたりで解散となった。

「ショウキくん。何度も言うようだけど、今日はありがとうね!」

「大したことは教えてないよ」

 みんな着ていた水着から普段着に着替え、水色のドレスの裾を摘みながら、セブンは上品にお礼を言ってみせる。特別なことはしていないこちらにとって、そこまで大げさにされると少し照れてしまい、髪をクシャクシャと掻いてそっぽを向く。

「ううん。ボクたち、その大したことじゃないのも、やったことなかったんだから。ありがと、ショウキ」

「そういうこと! これ、お礼ね?」

 このことが無くても、あげるつもりだったんだけど――と言いながら差し出されたのは、数枚のチケットだった。煌びやかなそれを見てみると、どうやらそれはライブチケットらしく。アインクラッドにおいて生ライブだそうだが、果たしてそれは生ライブと言えるのだろうか……?

「この前のボス戦のお礼も兼ねて、ね。はいユウキにも。あのノームの人はユウキのギルドメンバーなのよね?」

「う、うん」

 先のアインクラッド第二十一層攻略作戦。仲間の一人が《バーサクヒーラー》などと呼ばれるようになり、かつこの水着に来ることにもなった戦いだ。そのシャムロックとの共同戦線を張ったことへのお礼らしく、こちらに渡されたのは四枚。ユウキには彼女の分とテッチの分とすると、パーティー七人に対して一枚足りない。

「セブン、一枚足りないみたいだけども」

「ううん。ルクスはこのゲームで最初に友達になったから、わたしの手で渡したいの!」

 二十一層に参加した俺たちのパーティーの分としては一人足りないが、どうやらルクスにはセブン自ら渡したいようで。セブンのサインと『ルクスへ』と書かれたチケットを見せつけてくる彼女は、こちらからはとても微笑ましいものだった。

「ああ、ルクスも喜ぶよ」

「でしょう? それじゃあショウキくん、ユウキ、ダスビダーニャ!」

 ロシア語で『さようなら』だったか――セブンのファンであるルクスが喜ぶところを想像していると、セブンはその音楽妖精の翼を広げると、ついでにこの層を見回りたいのか、どこかへと飛翔していく。その小さい姿から本当の妖精のようだったが、空中に飛翔することで翻ったスカートに、慌てて空から目を逸らした。

「ショウキ、どうしたの?」

「……いや、何でもない」

 それに気づいていないらしいユウキは、空を飛翔するセブンに手を振りながらも、不思議そうにこちらの顔を覗き込んできた。もちろん馬鹿正直に言える訳もなく、曖昧にごまかして顔を背けた。

「……変なショウキ。あ。それじゃあボクも、スリーピング・ナイツのみんなと用事があるんだ!」

「用事?」

 この練習が始まるまでの水中とは、まるで別人のように違う動きで空中に飛翔すると、その翼でフワフワと浮遊する。どんな用事なのか問いかけようとした俺の眼前に、一枚のチケットがユウキから差し出されていた。

「はい、ボクからのお礼! セブンと被っちゃったけど……って、もちろんライブじゃないよ?」

 一瞬ユウキまでライブでもするのかと思ったが、もちろんそんな訳もなく。差し出されたそれを受け取りながら見ていると、どこかの店のペアチケットのようで、これを持っていくと特別なメニューが頼めるという代物らしい。

「貰ったんだけど、ボクには行く相手もいないし。リズとのデートにでも使ってよ!」

「……ありがとう」

 アスナと一緒に行こうかとも思ったんだけど、キリトに悪いしね――と語りながら、慣らし運転のようにクルクルと旋回するユウキと、貰ったチケットを交互に見ながら。ところでこのチケットを貰った――ということは、このチケットをユウキにあげた某氏は、ユウキをデートに誘ったのではないだろうか。

「今日はありがとね! ちょっとスリーピング・ナイツのみんなと、フロアボス倒してくる!」

「え」

 デートを申し込まれたのではないか、などと聞くよりも早く。ユウキは衝撃的な発言だけを残して、その一瞬後にはどこにも姿はなかった……相変わらずの神速に、もはや苦笑いも出て来ない。

「……ふぅ」

 色々終わった後に色々渡され、何にせよ今日の用事は終わったようで、自然と息を吐いておく。他のメンバーにも渡すセブンのライブチケットに、ユウキから貰ったペアチケットをアイテムストレージに入れ、終わった証拠に全身を伸ばしていると。

 ――殺気

「…………ッ!?」

 俺にのみ向けられた明確な殺意。久々に向けられたそれは、先のスメラギのように生易しいものではなく。やはり姿はどこにも見えることはなく、探りを入れる前に自然とその気配は消えていった。

「…………」

 このゲームのプレイヤーキラーにしては、随分と濃い殺気だったとは感じたが、わざわざ追い立てるようなことはしない。わざわざ構ってやる義理も暇も、今の俺にはないのだから。そう、やらなければならないことが自分にはある。

「どうする……」

 ――どうやってこのユウキから貰ったチケットを使って、リズをデートに誘うか。それこそが今の自分に襲いかかっている最強の敵だった。

 
 

 
後書き
それにしても色気のない水着回である 
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