SAO-銀ノ月-
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第百六話
浮遊城《アインクラッド》。勝手知ったるそこを全力疾走していき、人の波をかいくぐって目的の待ち合わせ場所に着く。息を整えながら周りを見渡していくと、待ち合わせをしていた彼女のトレードマークたる、ピンク色の髪が小さく揺れていたのを見つける。
「リズ!」
息を切らせて彼女の名を呼ぶと、ゆっくりとリズはこちらを振り向いた。すっかり彼女の代名詞とも言えるようになった、改造したエプロンドレス姿をしたリズに苦笑いをしながら手を振ると、彼女も似たような動作をしながら近寄ってきた。
「やっぱりショウキの方が遅いんだから」
「リズが早いんだよ」
現実と仮想の両方の世界の時刻を調べてみるが、そのどちらもが待ち合わせの時間よりも遙か前。メニューを可視化させるまでもなく、リズにはそれはもちろん分かっているはずだが、その問いに彼女が答えることはなく。
「細かいことはいーの!」
その身全体を俺の身体に預けるように、リズがこちらの腕を抱き留める。柔らかい感触がコートを通して伝わってくるとともに、リズの頭が肩の上にコテンと乗せられる。
「ああ。今日はデートだもんな」
「そういうこと」
寄り添ったリズのほどよい重さを感じながら、俺は人混みではぐれないように、しっかりとリズの手を握る。お互いの指と指がまるで違う生物のように絡まり合い、リズの温度をいつも以上に感じさせてくれた……ひんやりとしていて、走ってきた身としては多分に心地よい。
「リズの手、冷たいな」
「あんたの手は……やっぱり、あったかい」
お互いの体温を感じあいながら、どちらからともなく笑いあう。そろそろ出発しようか――というアイコンタクトを、ともすれば唇と唇が触れてしまいそうな距離で行うと、二人は待ち合わせ場所から歩みを進めた。
『……無理……』
――かに見えたが、俺たちの足は同時に止まり。お互いがお互いの赤面した顔を見ないように、反対方向を見ながら残った片手で顔を覆っていた。……それでも握った手を離すことはなかったが、こうなってしまったことには原因があった筈だ。
「どうして……こうなったの……」
奇しくも、先のセブンにユウキへと水泳を教えた時の俺のように、リズが原因を究明しようとする独り言を吐いた。もしくは原因はハッキリとしているが、それを認めたくはない現実逃避の台詞だったか。
時間は少し前に遡るが。俺たちはいつものようにリズベット武具店で働いており、会話を交えながら武器の手入れをしたり、訪れた客に自慢の商品を売りつけたり、偶然訪れたシリカにセブンのライブのチケットを見せびらかしたり。こんな――こんな羞恥プレイをしていた訳では、なかった……
もっと深く思いだそうと、さらに集中して現実逃避――もとい思い返す。いつものリズベット武具店で、お得意様のお相手をしていて――
「ありがとリズー……愛してるぜ!」
「はいはい、間に合ってるからさっさと行って来なさい。フカ」
Femaleでなければ夜道で俺の手が滑りそうな告白を語る、お得意様のシルフを適当に送り出していると、どうにも全力で走っているような音が聞こえてきた。急いでいるなら飛翔すればいいものを、とリズも同様のことを思ったらしく、二人で顔を見合わせて飛翔する。
「あの子、ああ見えて腕はたつのよ?」
「そうは見えない」
そんな何でもないようなことを話ながら、俺は武器を手入れしている手を止め、太陽のような笑顔で接客するリズを眺める。シャムロックや新生アインクラッドの新たな層の開放などの騒ぎで、少しは名の知れた鍛冶屋と自負しているこの店も、おかげさまで随分と賑わっていた。
……その分嬉しい悲鳴というものがあり、需要と供給や人手が足りなかったりすることもままある。今回もその時分に漏れないようで、武具のメンテナンスを何とか終わらせると、俺も接客の仕事へと移行していく。
「いらっしゃいませ!」
俺が制作した武器を店に売り出すまで、随分とリズにチェックされたものだったが、この営業スマイルもかなりのダメ出しが入っていた。……意外と難しいものだ、などと今でも思いながらも、とりあえずは接客していき。自分が制作した日本刀が誰かに買われていき、嬉しいような寂しいような……そんな気持ちに襲われつつも、ひとまずお客様の波は途切れた。
「おっつかれー!」
「お疲れ」
感じたような冷や汗を拭いながら、お互いに手を叩き合う。近くでイベントでも始まったのか、すっかりと客足が途絶えてしまった。あとは店員NPCに任せても大丈夫だろうと、片づけをしてからどこかに出かけようか――などと考えていると。
「リズ、ショウキさん。いるかい?」
武具店の扉が再び開かれた。反射的に「いらっしゃいませ」と言ってしまいそうになるが、その少女の顔を見て少しだけ笑みが浮かぶ。ウェーブが入った銀髪に、二刀を携えた仲間の一人。
「あらルクス、いらっしゃい」
「ああ、いて良かった。お邪魔するよ」
どことなくソワソワした様子だったが、同時に喜びを隠しきれないルクスが入店してくる。見たところその二刀や防具は、どこも損傷はしていない様子だったが。
「なにルクス、何だか嬉しそうじゃない」
「君たちも貰ったんだろう? ライブのチケットのおかげだよ」
先日のフロアボス攻略戦で共同したお礼――ということでセブンから貰った、彼女のVR空間では初めてとなるコンサート。相場価格を調べてみればその値段に戦慄したもので、かなりの人気を改めて感じたものだが。それがファンであるルクス目線からすれば、感極まったものに違いない。
「ファン冥利に尽きるわねぇルクスも。……そういえば、ショウキはどうして貰ったの?」
「あー……偶然、会ったんだ」
本当はユウキとセブンへの水泳授業の時にチケットは貰い、リズやキリト達に渡してもらうように頼まれたわけだが。あの水泳授業の件は二人の教え子の名誉に関わるので、三人の秘密として粛々と処理されるべきだ。
「ふーん、まあいいわ。それよりルクスは何か用?」
「えっと、その……お客様の紹介なんだけど」
そんなこちらの事情にリズがどう思ったかは分からないが、興味なさげにルクスに用件を聞く。見たところ武器が傷ついたように見えない彼女は、少し言い辛そうにしながらも、チラリと店の外側を見た。
「お邪魔するわよ」
「……アシュレイさん?」
ルクスが目線を向けていた方向から、長身の青年が姿を現した。いや、男装の麗人というべきか――とにかくイマイチ性別ははっきりしないが、俺たちと同じようにレプラコーンの《アシュレイ》というプレイヤーだった。かつてあの浮遊城で、最も早く裁縫スキルを極めてカリスマ――というのを、俺はこのALOになってから知って、実際には件の水着コンテストの時に知り合ったが。
「こんにちは。リズベット、ショウキ。前から伺いたいと思ってたから、ルクスに案内してもらったの」
せっかくだから何か買っていこうかしら――などとうそぶきながら、アシュレイさんは腕を組みながら店内に入ってきた。注意深く何も見逃さないとばかりに、店内のあらゆるところを物色するアシュレイさんに、こちらからゆっくりと歩み寄る。
「これなんてどうです?」
「あら、かっこいいじゃない。いただこうかしら」
「……早いわね……」
武器として使うのが目的ではなく、現実ならば神社に奉納するような、白木の鞘で作られた日本刀。古来より魔除けの意味が込められてきたソレを、アシュレイさんは知ってか知らずかお買い求めになる。
「それでアシュレイさん。ウチに何か用です?」
同じ生産職のプレイヤーであるアシュレイさんに、この武具店に来るような用事は特にない筈だが。不思議に思ったリズの質問に対し、アシュレイさんは意味深に微笑んでいた。
「それが最近スランプでねぇ……何か新しい刺激はないかしら、ってねぇ」
「スランプ、ですか……」
紡いだ言葉の内容に反して、あまり困っていなさそうなアシュレイさんの代わりに、リズが深刻な表情で頷いた。職人プレイヤーにとってスランプとは最大の敵であり、鍛冶屋としてもそれは例外ではない。……ルクスは一人だけ頭を傾げていたが。
「アシュレイさんの新作が出ないのは死活問題ですし……あたしでよければ、何でも協力します!」
「そう?」
かの浮遊城の時からファンらしいリズは、アシュレイさんの手を握り締めて熱烈にアピールし、それを問い返したアシュレイさんの気配が――変わったような、気がした。そんな気配に怪訝な表情をした俺に、アシュレイさんはニッコリと笑みを深めた。
「SAO時代から高名だったリズベット武具店の協力を取り付けられたら、それは百人力だわぁ。早速、頼み事があるんだけど――」
「そ、そんな……頼み事?」
……ここで何か嫌な予感を感じた俺は、即座にリズベット武具店からの退避を試みていた。しかしてルクスの「ショウキさん、どうしたんだい?」という善意しかない問いを受け、少しだけだが動きが止まってしまい。
「――二人でデートしてくれない?」
……そんなホップしてステップしたら月面に着陸したような、異次元からやってきた頼み事にて冒頭に戻る。単純に断ればよかった話だが、リズは何でも協力しますと言った手前――そして新作が完成したら融通するという口八丁――に懐柔され。こちらはこちらで先の水泳授業に使った、セブンの水着を制作してもらった代金、という断れない理由があり。
アシュレイさんプレゼンツなデートな内容を、俺たちは役者となって演じていた。問題はこれをどこかでアシュレイさんとルクスが、ルクスの《隠蔽》スキルを使って見ているということで。せめて《隠蔽》スキルはやめてくれ、という提案は「私もちょっと……興味がある」と目を輝かせたルクスに却下された。
「最初はどこ行くんだっけ?」
肩に頭を乗せられる程に密着したリズから、既にうんざりした口調で話しかけられた。普通ならとてつもなく嬉しい状況の筈だったが、もはやこちらもため息しか出ない。さっさと終わらせるに限ると、アシュレイさん特性の適当なドラマの台詞を引用した台本を取り出し、次はどこに行くか確認する。
「……服屋」
「さっさと行きましょさっさと。……しっかし歩きにくいわね、コレ」
密着しすぎてもはや二人三脚な状態に、二人で悪戦苦闘しながら進んでいく。幸いなことに目的の服屋はすぐそこだったが、周りの似たような格好をしたカップルは、普段どのような修行をしているのだろうか……
「ねぇ、ショウキ。この服なんかどうかしら」
プレイヤーメイドの女性用服屋。賑やかなその場所において、リズが自分に被せるように服を見せつけてきた。普段の白いエプロンドレスとはイメージが違う、赤を基調とした服だったが、正直な感想を心のままに伝えていく。
「いいんじゃないか? 試しに試着してみれば」
「うん、そうしてみるわ。……普段と違ってて似合わなくても、笑わないでよ?」
試着室へと歩きながらそんな他愛のない会話を繰り広げ、リズの言葉に小さく笑ってしまう。何がおかしいのよ――と赤い服で自らの朱に染まった頬を紛らわせながら、上目づかいでこちらを見上げてくるリズに言い放つ。
「リズは何を着ても似合ってるよ」
「もう! ……大丈夫?」
「ちょっと待ってくれ精神的にキツい」
決め台詞のようなものに精神的ダメージが加えられ、その場に膝からくずおれる。リズは心配しながらも試着室に入っていき、ようやく少し休憩出来る――と息を整えていたが、女性用の服売り場で一人待機する、というこのシチュエーションはシチュエーションでキツいものがある。かつ試着室の前ということで完全に不審者で、気晴らしに台本をペラペラと捲る。
「試着室から出て来た彼女を褒めるのは、最高のアピールポイント☆ ねぇ……」
とてつもなくこの台本を大地に叩きつけた後に斬り裂きたくなる衝動に駆られたが、何とか我慢して再び懐にしまうことに成功する。あと一秒でも直視していたら危なかった――などと思っていた時、目の前の試着室のカーテンが開かれた。次の台詞は何だったかな、と思いながらそちらを向くと――
「ど、どう?」
普段のエプロン姿とは違った、とてもゲーム内の格好だとは思えない赤いセーター姿。そしてついつい視線がピンク色のスカートから覗く、健康的な肌色の足へと向いてしまうが、それは自制心で何とか耐える。薄く朱色に染まった頬が彩りを加える表情に、その視線はこちらを直視しないようにどこかを向いている。
「……ちょっと、台詞台詞。ちょっと! ……ただ見られる方が恥ずかしいでしょうが、バカ!」
『ありがとうございましたー!』
そんなこんなでその服を購入したリズと連れ添って――ようやくこの歩き方にも慣れてきた――店を出ると、素早く台本をチェックしていく。一応は全部チェックして台詞は覚えているものの、気づけば頭が自然と記憶を削除してしまうので、定期的な確認が望ましいからだ。そして、次なるシチュエーションに刻まれた文言は。
「ライバル登場……?」
「ショウキくん! リズ!」
そんな明るい声が聞こえてきた瞬間に、反射的に台本を懐にしまい込む。知り合いにでも見られたら厄介だ――と思ったが、もはや台本とかいう問題ではないことに気づくのは、そのすぐ一瞬後のことだった。しかしてリズがすぐさま俺との密着状態から離れており、何とか面目が保たれる状態となっていた。
「レイン?」
「うん、レインちゃんだよーひさびさ……って、リズ! その服可愛いね!」
久しぶりに会ったような気がする彼女は、こちらに笑いかけながら手を振っていたが――リズの格好を見てテンションが上がったようで、様々な角度からリズを見ていた。周囲はカップルらしいプレイヤーが多かったが、彼女はどうやら一人なようで。
「やめなさい、この!」
「えへ、ごめんなさい。それでどうしたの? デート?」
リズの攻撃の手を軽い身のこなしで避けながら、レインはこちらに向かって話しかける。確かにデートと言われればデートだったが、色々な事情があって――と言おうとしたが、その前にレインが声を被らせてきた。
「私は素材集めに来たんだけど、周りが目に毒で。……ねぇショウキくん、一緒に行こうよ!」
周囲にもいる男女のペアをチラチラと見ながら、レインはこちらの手を掴んで引っ張り、密着状態にあったリズが離れた。突如として俺という支えを失ったリズが、少しだけ倒れそうになってしまいそうになっている間に、レインは強引に俺の片手を握ってきた。
「さ、行こ!」
レインらしくないそんな強引な展開に、俺は先程読んだ台本のことを思い出した。確か『ライバル登場』……とか何とか書かれていて、つまりレインはそういうことなのだろう。
「ちょ……ちょっと!」
リズはそれに気づいているのかいないのか、無理やりレインに繋がれていた俺の手を叩いた。強制的に分断された手を眺めながら、次の台詞はなんだったか――などと考えていると。
「おう何してくれてんだぁ!?」
などという場と雰囲気にそぐわない恫喝の声が響き、俺たちを五人ほどのサングラスをつけた集団が囲んだ。彼らは思い思いの武器を持ちながら、こちらを睨みつけるように威圧感を漂わせていた。
そんなステレオタイプなチンピラ集団……というか、あの浮遊城で幾つもの修羅場を共に乗り越えてきて、今はサラマンダーの妖精となった、刀使いで侍気取りの戦友にその仲間にしか見えないが。サングラス以外の変装をしないのは、むしろ潔く感じてしまう。
「パパ!」
「ウチの娘を傷物にしたんだ……覚悟はいいなぁこの野郎!」
涙目になったレインが――最も名演をしている女優は彼女だろう――そんなチンピラな皆様のリーダー格に走り寄っていき、リーダーは見覚えのある日本刀をこちらに見せつけてくる。その前にその手作りの《風林火山》と書かれたロゴをしまえ。あと手を叩かれたのは俺の手であって、演技で涙目のレインは完全にノーダメージだ。
「クライン。刀、随分傷ついてるぞ」
「やっちまってくだせぇ先生!」
どこかクエストでも言った帰りだったのか、クラインが構える刀の汚れをどうしても見過ごせず。次の台詞より先にそれを注意してしまうが、クラインは無視してさらに声をあげる。《風林火山》のメンバー――もといチンピラが位置をズラすと、雑踏の向こう側から新たな妖精が歩み寄ってきた。
腰に野太刀を帯びた長身のウンディーネの青年――
「……スメラギ?」
「何やってんのあんた」
――今やこのALOにおいて最大勢力となったギルド《シャムロック》の副リーダーであり、リアルでもセブン――七色の助手をしているという彼の姿。いつもの生真面目そうな仏頂面を見せているスメラギに対し、聞きにくかったことをズバリとリズが言ってのける。
「……彼らに礼のチケットを渡しに来たのだが」
仏頂面の中に疑問の感情が浮かんだスメラギの口から、フロアボス攻略戦を協同したお礼にセブンから貰った、VRライブのチケットのことが語られる。そう言えばあのフロアボス攻略戦には、クラインたちのギルド《風林火山》も参加していたな、と思い出して。……それを《風林火山》のメンバーに渡してきたスメラギは、タイミング悪くこの妙な出来事に巻き込まれたらしい。
とはいえ生憎と、レインや他のメンバーのように役者ではなかったようだが――
「だが、頼まれたからには全力を出そう」
そんな無駄な義務感を発したスメラギがメニューを操作すると、俺の目の前にシステムメッセージが表示された。スメラギからのデュエル申請――初撃決着モードのそれを、周囲のチンピラたちがはやしたてる。
「ショウキ……?」
心配したようなリズの声と視線を受けながら、俺はデュエル申請のメッセージに対して『OK』のボタンを押す。一瞬――俺もスメラギも纏う空気が一変し、この一定の空間のみ《圏内》は解除された。
「よろしく頼む」
「ああ。いい勝負をしよう」
リズがゆっくりと傍らから離れていき、《風林火山》のメンバーが周囲の他のプレイヤーに注意を促すと、デュエル用の一定の空間が作られる。見物客も含まれたその空間は、まるで武道場のようでもあった。
最大勢力となったギルド《シャムロック》の副リーダー。リーダーであるセブンは自身が弱いことを公表しているが、スメラギの方はフロアボス攻略戦の指揮を取る程に習熟している。最大勢力の代名詞をかっさらわれたサラマンダー領のように、カリスマや実務のリーダーに、最強の副リーダー――といったところか。
「…………」
デュエルが始まる前のカウントが発生し、スメラギが精錬な気を纏いながら得物たる野太刀を抜き放つ。最大勢力の最強のプレイヤー――その実力には興味があり、名ばかりではないことはその野太刀を見れば分かる。
何故ならあの野太刀はリズベット武具店で製作された、筋力値の関係で俺には振るえもしなかった、ステータスだけを見れば最強の日本刀。ふんだんに素材を使ったものの、プレイヤーに要求する能力やスキルが際物すぎたため、ショーケースの中でホコリを被っていた失敗作だ。
「抜かないのか?」
「ああ。このままでいい」
それをまるで、あの野太刀に合わせたスキル構成にしたように。使い手も含めて一本の刀のようになった業物に、制作者としては少し感慨深げにしていると、デュエル開始の鐘が鳴る。まったく動こうとしないこちらに対し、怪訝な表情のスメラギが警告してくるが、俺は手を柄に置いたまま動くことはなく。
「そうか」
その言葉とともに放たれた、音速を超える斬撃――こちらにも聞こえるほど力強い踏み込みから、上半身と下半身を両断せんとスメラギの野太刀が迫りくる。
「ッ……!」
右、左、後ろ。いずれに逃げても斬り殺される。その野太刀の長さと速さからそう素早く判断すると、俺は空中に跳び上がった。そのままスメラギの顔めがけて跳び蹴りを敢行するものの、首をズラされ避けられてしまう。
「そこだ!」
追撃の野太刀が迫る前に翼でもって飛翔し、野太刀が届くか届かないかの距離まで後退する。しかしてスメラギもただ待つわけもなく、いつの間にやら唱えられていた魔法により、ウォーターカッターが幾つもこちらに向けて精製される。
「っそこ!」
なかなかの精度ではあったものの、真っ正面にただ飛んでくる魔法など敵ではなく。遂に鞘から解き放たれた日本刀《銀ノ月》による抜刀術によって、的確に魔法の中核を斬り裂かれたことにより《スペルブラスト》が発生する。幾つものウォーターカッターが斬り裂かれたことは、流石のスメラギもそれには驚きを隠しきれておらず、その隙に日本刀《銀ノ月》を再び鞘にしまいこみ、専用ポケットからクナイを取れるだけ取り出した。
そして風の魔法を伴ったクナイが、全方位からスメラギに襲いかかる。逃げ場も斬り裂けもしないクナイの殺到に、スメラギは慌てず魔法を唱えると、水の魔法壁がスメラギの周囲を覆う。水の膜とも言うべきそれに侵入したクナイたちは、いずれも勢いを失って水の膜の中で沈殿する。
そして魔法の効果時間は切れ、水は空気中に還っていき、クナイはバラバラと地上に落ちていき――
「そこ――ッ!?」
スメラギはクナイを目くらましに地上に降りていた、こちらの動きを全て目で追っていた。魔法の効果時間切れを狙った奇襲攻撃も読んでおり、地を駆ける俺に向けて野太刀を構えたが――もはやそこに俺はおらず。
高速移動術《縮地》。その移動法によりスメラギの視界から消え、俺はスメラギの構えた野太刀の逆方向から迫っていた。狙いはその首、日本刀《銀ノ月》の鍔を押し上げ、抜刀術の構えに移行する――
「っつ!?」
――こちらの眼前にクナイ。俺が放っていた物をいつの間にやらスメラギが回収しており、高速移動術《縮地》に反応して投擲したもの。このまま直進すればクナイには当たるだろうが、確実にスメラギに抜刀術をたたき込める――が、このデュエルは初撃決着モード。与えられるダメージは抜刀術の方が多いだろうが、こちらが先にクナイに直撃してしまえば、いくら抜刀術が会心の一撃だろうがこちらの負けだ。
「…………」
仕方なしに。クナイを日本刀《銀ノ月》の柄で受け止めると、その勢いを失ったことを確認してポケットにしまい込む。もちろんもはや奇襲など出来るはずもなく、野太刀を油断なく構えたスメラギが、その表情に少し笑みを含めてこちらを見ていた。
「手癖が悪くてな」
「直すことをオススメする……!」
素早く投げたクナイと大地に落ちたクナイの数を計算し、スメラギの『手癖の悪さ』とやらに奪われたクナイが、先の一つ以外ないことを確認し。今度はこちらから仕掛けんと、手は日本刀《銀ノ月》の柄を持ったまま、スメラギへと身を低くして疾走する。
「…………」
こちらが何をしようとしているのか、随分と警戒した様子でいて。俺を迎撃せんと野太刀を切り払うように薙ぐスメラギに対し、こちらも同じく日本刀《銀ノ月》を抜き放ち対抗する。
一合、二合と打ち合うものの、やはり単純な斬り合いではスメラギの方が優勢。その単純な重量という強さに押されていき、削りダメージがこちらのHPに蓄積していく。
「やっぱりダメか……」
スメラギに聞こえない程度に小さく呟きながら、俺はスメラギの剣戟の勢いを利用して後退する。追撃しようとしてくるスメラギを、足元のクナイを蹴ってそちらに飛ばす。足元から顔面に突如として放たれたクナイだったが、スメラギはあっさりと野太刀にて両断する。
「……そちらは足癖が悪いようだな」
「そうでもない」
戦いが長引けば長引くほど――スメラギにこちらの動きが読まれるようになるほど、ただただこちらが不利になるのみ。さらに言うならここで時間をかけてしまえば、この日の最後に行こうと思っているNPCレストランが閉店する。それはマズい――と考えると一息つき、日本刀《銀ノ月》を突きの体勢に移行する。
「……ナイスな試し斬りの相手に、なってもらおうじゃないか……!」
自らを鼓舞する言葉とともに、突きの体勢のままスメラギに疾走する。フェイントも何もない、ただ高速なだけの突きの一撃。スメラギの心臓を狙ったその一突きは、あっさりと野太刀の前に阻まれてしまう――
「――――!?」
――阻まれた、筈だった。いや、確かに最初の突きは切り払われ、俺はスメラギの前に大きな隙を晒した筈だった……が。事実スメラギの心臓には、彼の驚愕の表情とともに、再び日本刀《銀ノ月》の突きが迫っていた。
「ッ!」
それでもスメラギは二段目の突きに何とか対応してみせ、身体を無理やり横向きにすることで突きを避け、日本刀《銀ノ月》はスメラギの服を切り裂き空を突く。ここで日本刀《銀ノ月》を横に薙げばスメラギを腹から両断出来るだろうが、このタイミングではスメラギが野太刀を振り下ろす方が速い。しかしてスメラギが、野太刀を俺に振り下ろすことはなく――
「なっ……!?」
――日本刀《銀ノ月》の刃が、深々とスメラギの心臓部分を抉っていた。
「おっ疲れ様~」
「……お互いに」
この謎のデートらしき日の最後を飾るのは、この層にあるNPCレストラン。そこはちょうどよく、水泳授業のお礼にユウキに貰った、特別な品を出してくるチケットが使える店で。……それだけは、今日という日に感謝していいかもしれない。
あのスメラギ先生のデュエルで偽デートは終わりだったらしく――クラインたちは最後まで、『覚えてやがれ!』とチンピラのように逃げていった――この店の入口で待ち合わせをしていたアシュレイさんも、どうやらご満悦だった様子で。
「うんありがとう、いい作品が創れそうだわー。ああルクス、ちょっとマネキンになってくれる?」
……などと言いながらルクスを連れて行った。ルクスには悪いような気もするが、今の今まで覗いていた天罰だということにしておく。
「しっかし何がしたかったのかしらねぇ、アシュレイさんも。あ、でもショウキは使えそうで良かったじゃない、アレ!」
「……手加減されてたっぽいけどな」
リズが笑顔で語りかけてきたのは、スメラギとのデュエルで使った隠し玉のことだろう。そのおかげでデュエルには勝ったものの、どうにもスメラギは全力を出していないように感じられた――正確には、まだ切り札を隠し持っている、というべきか。
「ま、何かライバル認定されちゃったみたいだし? 負けないように頑張んなさいよ?」
「他人事だと思って」
こちらの隠し玉――OSSを受けて敗北したスメラギは、満足そうに『次は負けん』と宣言すると、クラインたちにもう一度セブンのライブのことを伝えて帰っていった。そんな様子を楽しそうに茶化すリズを見ていると、無意識に髪をクシャクシャと掻いてしまう。
「対人戦には問題なく使えそうだけど……ソードスキルを使う、っていうのはまだ慣れないな」
「あんたのOSSは、また普通のとは違う気がするけど。そんなことより、そろそろ……あ、来たっぽいわよアレ」
ソードスキルについて心のままに忌憚ない意見を語ったつもりだが、今度はリズが苦笑する番だったらしい。それにしてもリズの言う通り――今はOSSやらソードスキルの話より、特別なチケットを使わなくては食べられないという、特製アイテムのことを考えるとしよう。普通ならばボタン一つで目の前に現れるが、雰囲気を重視してか給仕用のNPCがお盆に乗せて持ってきていた。
十中八九、自分たちへの特製食材だ。このチケットをくれたユウキに感謝しつつ、今日のよく分からない出来事を水に流すことにしよう。どんなものか想像をかきたてられるソレに、俺もリズも今か今かと待ち構えていると、遂に給仕用のNPCが俺たちの机にその食材を運んできた。
「どうぞ」
『いただきます』
後書き
この後めちゃくちゃ食べた
ガルオプの新刊が出たので続きが書けますよ、はい。という訳でこんな閑話書いてる暇ねぇ! ということでちょっとカット。何故か妙に長くなってしまったということもある。
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