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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第百四話

 
前書き
 21層フロアボス攻略戦。アニメだと多少の描写があったけど全スルー 

 
 ……アインクラッド第二十一層迷宮区、フロアボス部屋近くの広い安全地帯。そこには多種多様な妖精たちが集まっており、そのいずれの妖精もが歴戦の勇士のような雰囲気を感じさせた。

 ……ついでにその妖精たちの大多数が、孔雀の羽根のような髪飾りをつけていた。

「シャムロック、か……」

 羽根の髪飾りをつけた妖精たちを見ながら、何とはなしに俺はふと呟いた。それはかのギルドメンバーの証であり、彼ら彼女らは自らを《クラスタ》と呼んでいた。もはやこのALOの最大戦力とも言える《シャムロック》は、新しく解放されたアインクラッドすらも悠々と攻略していた。

 自分個人としてはシャムロックに、ひいてはそのギルドメンバーであるクラスタに、特に不満や悪感情があるわけではないが。領から大量の戦力を引き抜かれたレコンやその友人のリーファのように、あまりシャムロックについていい印象を持っていない者も多い。それらには例外なく、リーダーのセブン自らが真摯な対応をしていたが、まだまだ騒ぎは続いてしまうだろう。

 ……そして。そんな時の人――という表記が正しいかは分からないが――のシャムロックに、フロアボスの共同攻略を提案された俺たちは、こうして迷宮区に連れ添っていた。あまり迷宮区には足を踏み入れていなかったが、当時のあの頃とまるで変わらない出来だ。

「一緒に~ってより寄生よね、これじゃ。はい次の人ー!」

 同じく誘われたリズが武器のチェックをしながらも、そう言いながらため息をつく。《シャムロック》がかなりの大型ギルドと言えど、やはりフロアボス攻略に参加できるレプラコーンは少ないらしく、この安全地帯までに来るにあたって消耗した武具の回復を任されていた。……おかげで今月も黒字になりそうだが。

「寄生?」

「攻略に貢献しないでいるだけってことだよ。これ、追加な」

 VRになってからはあんまりいないけどな――と、俺の疑問に答えてくれながら、キリトが新たな注文の武器を運んできた。なるほど、と納得しながら運ばれてきた武具を持ち、コンパクト鍛冶セットで武具の耐久度を回復していく。《シャムロック》のメンバーがこの迷宮区を埋め尽くさんという勢いに対し、俺たちは急な話ということもあって1パーティーだ。もちろん立ち尽くしている気などないが、この人数比ではそうなるのもやむなしかも知れない。

「私たちには私たちに。出来ることをすればいいさ」

「うんうん、ルクスの言う通り!」

「いやー、フロアボス戦って初めてですよ。腕が鳴りますねー」

 何とかパーティーとして集められたメンバーは、もちろん誘われた当人である俺にリズ、セブンのファンであるルクスに、偶然店を訪れていたユウキにテッチ。スリーピング・ナイツのメンバーをまだ呼べたかもしれないが、あいにくとパーティーの枠が埋まっていたので、他のメンバーには悪いが丁重にお断りした。

 ……このフロアボス戦に参加する理由がある――正確には、次の層を一刻も早く解放したい、という二人がいたからだ。

「この層をクリアしたら22層か……」

「うん。私たちの家、一番に買いに行こうね」

「はい! 私も精一杯サポートします!」

 かつてあの浮遊城で暮らしていた22層――それが遂に解放されると聞いて、桐ヶ谷家……もとい、キリトにアスナ、そしてユイは目に見えて気合いが込められていた。そんなメンバーの様子を観察しながら仕事をこなしていると、どうやら全て終わっていたらしい。

「終わったぁ!」

 隣でリズもほぼ同時に仕事を終わらせており、それぞれ回復させた自身の武具を、お礼とともにプレイヤーが持って帰っていく。何かトラブルがないように一応見張っていると、一人のプレイヤーが近づいてきていた。

「よぉショウキ! 何だか懐かしい雰囲気じゃねぇか!」

 騒々しい声をした刀を帯びるサラマンダー――クラインが自身のギルド《風林火山》のメンバーとともに、迷宮区に集まったプレイヤーたちを眺めていた。……あの頃のアインクラッド攻略と同じ、という意味だろう。

「……俺はもう見たくもなかった」

「そうツレないこと言うなってよー。おうユウキにルクス、お互い頑張ろうなー」

「ヤッホー、クライン! ここにいるってことは、シャムロックに入ったの?」

 酒場の酔っ払いのように絡んでくるクラインを鬱陶しげに払いながら、そのままユウキにルクスの方にパスしていく。……かと思えば、二人ごとこちらに引っ張ってきていた。仕事中だというのに。

「んにゃ。確かにオレはセブンちゃんのファンだがよ。《シャムロック》に入る気はないねー、何となく。……ルクスもそうだろ?」

「そうだね。どうもギルドは苦手で」

 細かい違いは分からないが、セブンのファンだからといって《シャムロック》に入っている訳ではないらしく。その証拠に誰もクラスタの証たる、七色の髪飾りをつけてはいなかった――コレクターズアイテムとして、持ってはいるらしいが。

「でもま、同好の士ってことでシャムロックの連中に誘われてよ。オレ様の名を刻みにいくかって寸法よ」

「名前?」

「フロアボスを倒したパーティーは、第一層に名前が刻めるんだ」

 不思議そうな表情をしているユウキの疑問に答えながら、コンパクト鍛冶セットを片付け、出張版リズベット武具店を閉店していく。第一層《はじまりの町》にある黒鉄宮――かつては、百万人の囚われたプレイヤーの名が刻まれていた場所は、今や妖精たちが名前を刻まれるのを望む、そんな場所になっていた。……相変わらずここの運営には、ブラックジョークのセンスがある、などとも思うが。

「えっ……こんないっぱいの人の名前、全部?」

「いや、複数のパーティーじゃ各リーダーだけだ。単独のパーティーならみんな刻まれるらしいけどな」

「って訳で、オレ様の名前が刻まれるってわけよ!」

 今回のフロアボスに挑むメンバーは、上限いっぱいのフルレイド。とても全員の名前を刻むスペースはないため、刻まれるのは各パーティーのリーダーのみの名前だ。無事に討伐出来たなら刻まれる一員こと、ギルド《風林火山》のリーダーであるクラインが決めポーズを取るが、ユウキは珍しく何かを考え込むような動作を取る。

「どうした?」

「あっ、その……刻まれた名前は、ずっとこの世界に残るのかな……?」

「は? そりゃまあ……残るんじゃねぇの?」

 ユウキのよく分からない疑問に、素っ頓狂なクラインの答えが返る。突然どうしたのか、と疑問をぶつけようする前に――我らがパーティーリーダーから声がかけられた。

「ほら、そろそろ出番みたいよ。集中、集中」

「いっけね。じゃ、お互い頑張ろうぜ!」

 セブンに誘われて他のメンバーを誘った手前、俺たちのパーティーリーダーはリズだった。とはいえ、細かい指揮はアスナやユイがいる以上、せいぜいキリトぐらいしか出る幕はないため、名前と形だけのリーダーだったが。その声に焦ったクラインも、慌ててルクスやキリトたち、シャムロックのメンバーとはなしていたメンバーに声をかけ、ギルド《風林火山》を結集させていく。

「ん。こっちも集まったわね。あんたたち。気合い充分なのは分かるけど、あんま無茶しないでよね。特にアスナ」

「わ、分かってるよ……私、そんな無茶なんてしないもの。それより、まだ始まらないのかな……?」

『みんなー! 今日は集まってくれてありがとー!』

 俺にリズ、ルクスにユウキ、テッチ、キリト、アスナ。七人のプレイヤーにユイも加えたメンバーが、今回のフロアボス戦のパーティーだった。パーティーリーダーたるリズが気合いが入りすぎているアスナをたしなめていると、音楽妖精の魔法たる拡声魔法によって声を張り上げた、セブンの声が空間を一瞬にして支配する。

『せっかく来てくれたのに、待たせてごめんなさい。でも道中の敵は倒したし、武器はリズとショウキくんのおかげで全快だし!』

 演説でもしているようなセブンを見てみると、その手にはマイクのように槍が携えられており、背後にはやはりスメラギが仏頂面で立っていた。スメラギの腰には、ついさっき《リズベット武具店》で購入した野太刀が設えられており、今の宣伝同様に後でお礼を言っておくことにする。

『あとはもう四の五の言わず行くだけだから! みんな、出発!』

 大歓声が湧き上がるとともに、フルレイドのメンバーが安全地帯から出発していく。先頭をセブンにしたメンバーは、まるで統率のとれた軍隊のようでいて。改めてセブン――七色・アルシャービンという、一人の人物が及ぼす影響力とカリスマを感じさせた。

「うひゃあ……やっぱり凄い人数……ねね、これだけの人数仕切ってるセブンって子、どれだけ強いのかな」

 シャムロックの他のメンバーがモンスターが出なくなるまで狩り尽くしたのか、敵モンスターも出ない快適な移動の最中。フルレイドのパーティーでの討伐戦が初めてらしいユウキが、せわしなく辺りをキョロキョロと眺めながら聞いてきた。最終的に強いか否かに収束するのか――と思っていると、ルクスもどうやら同じことを思ったらしく。

「ううん。セブンはキャラをこの前作ったばかりらしいから。凄く弱いんじゃないかな」

「えぇ!?」

 特に隠すこともなく公開していることなので、セブンのファンという訳でもない俺も知っているが。スメラギや他数名の仲間は先んじてログインし、この世界がどんなところか調べていたらしいが……セブンはその調査が終わってからの登録だったらしく、あまりスキルレベルが整っていないらしい。……そんな状況を、シャムロック目当てで登録してきた初心者を、『私と一緒にレベリングしよう!』と誘うために使っているそうだが。

「でもレベル低いのに、こんないっぱいの仲間とフロアボスなんて……なんかちょっと、ズルい」

「そうだな……今もPoP切れまで狩っといたみたいだし……」

 ルクスからそう聞いたユウキとキリトから、どことなく不満げな声が――キリトの言うことは半ば分からなかったが――漏れる。確かに、その気持ちも分からなくもないが……

「まあまあ、別に人様のプレイスタイルなんていいじゃない。弱い子がフロアボスに挑む――なんて、ギャップが好きな男も多いみたいだし?」

 リズの仲裁と同時にこちらに飛び火し、俺とキリトは同時に顔を背けた。平常心で笑ったまま、特に動揺しないでいるテッチが心底羨ましい。

「テッチ、そうなの?」

「いやぁ。僕は殺しても死ななさそうな人の方が好みかなぁ。どうですか、お二人は」

「黙秘する」

「俺にはアスナがいるから」

 さらりと恐ろしいことを言ってのけた、テッチから振るわれた暴投を、俺は避けることに成功する。だがキリトは、対照的に見事にキャッチしてみせる。そんなキリトには、メンバーから感嘆の声と拍手が送られたが、俺にはリズからの横腹への痛烈な一撃のみが見舞われた。

「あ、着いたみたいだよ!」

「ちょっと待ってくれ横腹が」

「……悪いけど。今のはショウキさんの自業自得だ」

 ルクスにすらフォローされなかった、俺のダメージを受けた横腹の回復を待つこともなく、フロアボスの扉がすぐそばに見えてきた。フロアボスの扉の前で待っていれば、強力なモンスターが現れる――などと懐かしい仕様があるため、パーティーは少し早歩きになって扉を開けていく。

「ねぇキリト。どんな奴だったか覚えてたり……なーんて、覚えてるわけ」

「確か蛇型のモンスターだったな。耐久力にダメージを与える酸吐いてくる奴で、すばしっこくて苦労した。……だったよな、アスナ」

「うん。他には巻き付いたりしてくるのがキツかったかなー」

「……そ、そう」

 リズがまさか覚えてるわけないわよねー、的な冗談で話しかけてきていたつもりが、キリトにアスナ夫妻ともどもペラペラと話しだす。そんな様子に、当時はまだ攻略に携わっていなかった俺も、リズともども引きつつ扉の中に入っていく。

 ……アインクラッドのボス戦では、一部の例外を除いて偵察に偵察を重ね、かつ情報屋が情報を集めきってからが勝負だった。何せ倒せなかったらそれで終わり――次のチャンスなどないのだから。

 だがこちらの世界では違う……ようで同じだった。一応は攻略組全てが一丸だったSAOとは違い、このゲームは大小様々なグループが凌ぎを削っている。偵察に偵察を重ねて……などと悠長に構えていれば、確実に他のグループにボスは討伐されてしまうだろう。

 《シャムロック》ほどの勢力の強さと数があれば、他のグループを通さないようにしつつ、偵察に偵察を重ねて攻略出来そうなところではあるが。それはかくいうリーダーであるセブン自ら、『絶対にそんなマナー違反なことはしないように』、と厳しくお達しが出ているらしい。

 VR研究家と言われれば、あの茅場と須郷が最初に脳裏に浮かぶ俺にとって、セブン――七色はまるで似ても似つかなかった。アイドルのように派手で大胆に、しかして折衝は起きないよう繊細に。彼女がどうしてこの世界に来たのか、それはまだ聞いていなかったが――話した限りでは、彼女は底抜けに善人だった。

「……橋?」

 疑心暗鬼になりすぎか――と自嘲しながら、リズの声で俺は目を覚ます。扉を開けるとそこには一本の橋と、橋の向こうには広い浮き島が広がっており、辺りは海のような水が広がっていた。底を見通すことも出来ず、かなり水は深そうだ。

「……やっぱり、変わってるな」

 当時を知るキリトが呟いたとおりに。アインクラッドをALOにリメイクするにあたって、運営は大幅なリメイクを施したらしく。当時のSAOとはまるで違う敵も多く――特に、ボス格はかなりの改造が施されていた。パーティーは不思議そうな表情を隠さぬまま、橋を渡って浮き島へと向かっていく。

 ――すると、辺り一面に広がる水が、まるで沸騰したように泡を立てていく。ダンジョンの壁に紫色の炎が灯り、あの頃と変わらないその灯火は、ボス出現の証と同義であり。

「――来るぞ!」

 実質的なパーティーリーダーであるスメラギの号令の下、メンバーはそれぞれの武具を構える。どこから現れるか分からない以上、テッチを初めとするタンクのプレイヤーは全方位に広がり、魔法職のメンバーは中央に固まっていた。知らない相手だろうと、自然と理にかなった陣形を取れるプレイヤーたちに戦慄していると、ちょうど俺の目の前にソレは現れた。

『Water Jormungandr』

 ……解読に多少の時間を要したものの、名前の通りの水で形作られた蛇型の――神話に現れる、ヨルムンガンドと呼ばれるモンスターだった。……ただしその名前には、アインクラッドのフロアボスとして必要なものが欠けており、何かのトリックが用意されてみて間違いないだろう。そんな獲物を前に舌なめずりする蛇に対し、即座にメイジ隊による雷魔法の絨毯爆撃が放たれた。

 水を主とする相手だと予測して準備されていたその魔法は、寸分違わず水の蛇へ炸裂していき、どれほどの火力か分からないほどの雷撃が炸裂する――が、水の蛇は何らダメージを負っている様子はなく。ただ水に電流が流れているように帯電しているのみで、水の蛇は今度はこちらの番だとばかりに襲いかかってきた。

「頼む!」

 スメラギの指示がなくとも、最も近かった重装備のプレイヤーが大盾を構え、こちらに首を伸ばす水の蛇を待ち構える。プレイヤーを丸呑みにしようとした水の蛇を、何らかのソードスキルで弾いてみせた隙をつき、俺は水の蛇の首を縦に両断してみせる。

「これは……」

 切り裂かれた竜の首はただの水となり、俺たちがいる浮き島の大地を濡らすのみとなる。そして水の蛇の胴体の先端が、再び蛇の顔を形作り、近くにいた俺を飲み込もうと――

「ショウキ! 避けなさい!」

 ――リズの声に反射的に飛び退くと、新たに作り出された水の蛇はそれを追ってきたものの、疾風を叩きつける魔法に吹き飛ばされる。……シャムロックのメイジ隊の魔法だ。切り裂いてもダメージを与えても無駄なら吹き飛ばしてしまえ、という発想は正解だったらしく、水の蛇はただの水となって吹き飛んでいく。

「おかげで助かった!」

「これは……ボスは海の中なんじゃないか」

 メイジ隊にお礼を言いながら重装備のプレイヤーの背後に戻ると、キリトがメンバーに聞こえる程度の声で呟いた。ダメージを与えられない水の蛇を、水の中で操っていると考えれば理屈は通っているが……その仮説を信じるか信じないかは、リーダーたるスメラギへと委ねられる。

「名前は……何と言ったか」

「キリトだ」

 スメラギは抜き身の刀のような鋭さを持った視線でキリトを射抜いたが、キリトもその程度で萎縮するような人間ではない。しっかりと目を見つめて――スメラギの長身から、どうしても見上げる形となってしまうが――返答する。そこからスメラギの思案は一瞬。

「……よし。私とウンディーネ数名で水中を探って……」

「……ううん。悠長にやってる暇はないみたいだよ」

 スメラギの導きだした妥当な案に、ユウキの剣を構える音が返答となる。……それもその筈だ。パーティーメンバーの前に姿を表した水の蛇が、大量に現れて俺たちのいる浮き島を包囲していたのだから。

「……どうやら、そうらしいな。よし、各自水中用の魔法を発動し、突入する!」

 ……悠長に作戦会議をしている場合ではない、と判断したスメラギの指示とともに、四方八方から水の蛇が俺たちに襲いかかる。今まで出来るだけ固まっていた俺たちは、即座に水の蛇を避けて散らばっていき、それぞれが浮き島の端――ひいては水中を目指して走っていく。

 四方八方からとは言ったものの、こちらにも四方八方に仲間がいる。それは、正面だけに集中して構わない、ということと同義でもあった。

「そこ!」

 しかして簡単に水中に行かせてくれる訳もなく、大量の水の蛇が俺たちの行く手を阻む。単純なダメージは通用せず、切り裂いても即座に復活する水の蛇に、日本刀という武器の性質上相性が悪かったが――その根元から切り裂けば。

「ええーい!」

 隣でリズがメイスで水の蛇の顔を殴り潰している最中、俺は日本刀《銀ノ月》の柄に付いたスイッチを押すと、日本刀の刃が銃弾のように撃ちだされる。発射された刃は水中から出ていた水の蛇の胴体を切り裂き、蛇の大多数を水へと戻し沈黙させる。

「……思った通り」

「そんなん近接職で出来んのあんただけでしょう、がっ!」

 メンバーが剣という切り裂く武器が多数の中、水の蛇を粉砕できる武器を持ったリズが奮戦する最中、こちらへのツッコミも忘れない。余裕じゃないか――などと思いながら、俺は刃が生えてきた日本刀《銀ノ月》にアタッチメントを装着する。

「せやっ!」

 とはいえ剣持ちのプレイヤーも、ただやられている訳ではなく。今しがたユウキがやっていたように、旋風を伴ったソードスキルならば水の蛇を吹き飛ばせる――と、俺も日本刀《銀ノ月》に風属性を付与するアタッチメントを装着し、無限に顔を出す水の蛇を斬り裂いていく。シャムロックのメイジ隊が俺を助けたように、《疾風》による吹き飛ばしは水に対しても有効だった。

「みんな、準備出来たよ!」

 ――しかし、このまま水の蛇と戦っていても、やはりキリはないようで。各自が水中に飛び込める場所に近づいた瞬間、アスナたち魔法使い組からの補助魔法が放たれる。それはウンディーネ以外のメンバーも水中を移動出来るようになる魔法であり、その補助魔法の完成とともにメンバーは水中へと飛び込んでいく。

「よし……ん?」

 元より補助魔法を必要としないスメラギと他数名のウンディーネは、恐らくは水中にいるボスともう戦っていることだろう。ウンディーネにもかかわらず、補助魔法のために浮き島に残っていたアスナには後で謝るとして、遅れてはナイスな展開ではいられない――と、飛び込もうとした時。自らの視界の端に二人の少女が映る。

「ううん大丈夫よ魔法も使ったんだし理論上問題がある箇所がある訳じゃないんだからしかもここはVR空間でむしろ自分の感覚で研究する最高の機会じゃな」

「……っ…………」

 水中と浮き島の境目とでも呼ぶべき空間。別々の場所で別々の二人の少女が、どちらも水中に飛び込むか否かで静止していた。何かに怯えるようにガタガタと震えているのが共通で、片や自分に言い聞かせるようにブツブツと独り言を呟き、もう片方は唇を噛み締めて我慢するようなポーズを取っていた。

「……あー。ユウキ。セブン」

『――――ッ!?』

 その二人を放っておくわけにもいかず、それぞれ離れた場所にいる二人――ユウキにセブン――へと声をかけると、同じような反応が返ってきた。他のメンバーはもう全員水中に行ってしまったらしく、まだ見ぬボスも水中のメンバーへの対応で手一杯なのか、水の蛇も姿を見せなくなっていた。

「その……これは……違うんだからね! わたしが泳げないってことじゃないんだから!」

「ボ、ボクもだよショウキ! 泳げないんじゃなくて泳いだことないっていうか……」

「……語るに落ちてるぞ」

 ……大体その理由を察してはいたが、もはや理由を聞くまでもない。こちらの困ったように髪を掻く動作から、今まさに自分が言ったことを思い出したのか、またもや二人揃ってうなだれてしまう。さて、どうしたものか――と一呼吸した後、まるで出来の悪い生徒を説教する教師のように、自分の前に顔を赤らめた二人を並べ。

「単刀直入に聞くけど、泳げないのか?」

『泳いだことがない』

 ……言い回しはそれぞれ大分異なっていたものの、要するに似たような言葉が紡がれていた。泳げない、ならばまだ経験がない訳ではないが。泳いだことがない――というのは、これまでに初めて見る反応だった。予想外の反応相手にショートする俺に、セブンは自信満々に立ち上がった。

「でも大丈夫よ! 水の中で活動出来る魔法使ったんだし、すぐにでも行けるわ!」

「……じゃあ入ればいいだろ、水中」

「…………」

 目を逸らされた。……このALOというVRMMORPGは、レベルよりは中のプレイヤー自体のスキルなどを重視しており、直葉や俺が剣道や剣術の技術を応用出来るのもそういう理由だ。ただそれは、現実で苦手だと思っていた動作もそのまま引き継がれるということであり、泳ぐことが苦手だった直葉――また直葉を引き合いに出して悪いが――も最近まで、VR空間だろうと泳ぐことは出来なかった。リーファのアバターは当然泳げるが、それを操る直葉自身が泳げなければ当然無理だ。

 直葉の場合は現実世界で練習し、水泳への苦手意識を取り払うことで、リーファのアバターを十全に活かすことが出来たが――この場合は、一体どうすればいいのか。

「とりあえず……何だ。足を入れるところから」

「は……はい!」

「わ……分かったわ!」

「動け」

 返事だけは達者だったのだが。無理やり手を引っ張って水面近くまで連れて行くと、突如としてセブンが立ち上がり、ユウキに向けて挑戦を叩きつけるように指を指した。

「あなた……確かユウキ、よね。勝負よ! どっちが先に、水の中に適応するか!」

「勝負……! うん。そう言われれば受けて立つよ、セブン!」

 いきなり意気投合してがっしりと握手を結んだ二人は、揃ってソーッと足を水面に移していく。そのいつになく遅い動作に対し、『早くしろ』とかけたくなった声をグッと飲み込むと、ピチャン――と水面に足指の先端を乗せた音が響く。

「冷たっ!」

「冷たいじゃない!」

 そして文句とともにすぐさま足を離した。恐らくそうなるだろうと思っていたが、俺の狙いは足をつける以外にあった。普段ならば避けられてしまうだろうが――ユウキとセブンの服の襟足部分を掴むと、筋力値に任せて無理やり持ち上げた。軽い少女タイプのアバターとはいえ、俺の筋力値ではかなりギリギリであり……先のエクスキャリバー入手クエストにおいて手に入れた、自身の筋力値を増加させる神造武具《メギンギョルズ》が初めて役に立ったらしい。

「よーし、放り込むぞ」

「まっ――」

 暴れだすユウキにセブンだったが、即座に自身のおかれた状況に気づいたらしい。そう、こちらの手からの脱出は容易いだろうが、そうなれば自身たちが水中にダイブすることを。

「ショウキくん。考え直しましょう」

「そっそう、セブンの言う通り!」

「そもそもユウキ。ユウキと初めて会ったの海なんだが」

「あそこは飛べたじゃん!」

 ユウキにスリーピング・ナイツと初めて会った場所は、リズたちが参加した水着コンテストの会場だった。ユウキとルクスの同率優勝となった、あの大会における海は太陽が照っており、ALOというゲームの特性上飛翔できた。ただしこのアインクラッドの迷宮区では、太陽の光が届かないために飛翔できない。インプであるユウキは少ない時間だけ例外の筈だが……どうやら、この攻略戦の前に行った冒険で、効果時間を使い切ってしまったらしい。

「――――」

「――――」

 それにしても懐かしい。俺が修めてきた様々な剣技……あれも元を正せば、こうして父から体当たりで教えられてきたものだった。子供心には虐待などと考えたこともあったが、そのおかげでこうして生き残っていると思えば、あの日々にはもはや感謝しかない。そんな日々を思い返していたため、辺りの騒音の内容までは聞くことが出来なかったが――俺は万感の思いを込めて、そろそろ痺れてきた手を離した。

 ……悲鳴が聞こえた気がする。

「さて……」

 もちろん二人を突き落としただけ、とするつもりはない。恐らくボス戦が繰り広げられている水中に、不慣れな二人だけではは難しいことがあるだろう。装備を確認した後に飛び込もうとした瞬間――俺の目の前の水がゴボゴボと泡を立てた。

「ショウキ……くん……」

「ッ!?」

 その声に瞬間的に身構えてしまったものの、よく見れば先程突き落とした筈のセブンが、そのまま水上へと浮かび上がってきていた。……いや、よく観察してみれば、セブンは誰かの肩に立って――

「スメ……ラギ……」

「…………」

 セブンを肩車するように乗せた、水面から顔だけ見せたスメラギがこちらを見上げていた。ウンディーネ故に水場での問題はないのだろうが、顔だけ――しかも真剣な仏頂面でこちらを見上げて来るものだから、シュールを通り越してホラーな光景だったが。

「……セブンが面倒をかけたようだな。感謝する」

「あ、ああ……」

 チラリとスメラギの肩の上のセブンを見てみると、有名なアイドルらしく、ニッコリとした笑顔をこちらに向けている。だが、あの笑顔の意味をリズで学んだ俺はよく知っている――『余計なことは言うな』だ。

「君たちのパーティーのおかげで随分楽が出来た。水中と最初に言ったのも君たちだしな」

 そしてスメラギの口振りから察するに――どうやらフロアボスとの戦いは、もうこちらの勝利で幕を終えているようだ。スメラギが言う『君たち』の七人中二人は、ただ地上で遊んでいただけだが……とは、水面から真顔の生首を出すスメラギに、とても言うことが出来ず。恐らくスメラギは、ボスを倒して浮上してくる時に上からセブンが落下してきて、肩に抱えたまま水面に顔を出したのだろうが。とにかく陸に上がって来い。

「特に君たちのウンディーネ……彼女は獅子奮迅の戦いぶりだった……見ていたこちらが怖いくらいだ」

「ああ……まあ、今回は必死なんだ。アスナも」

 第二十二層解放のために普段の鬱憤を晴らす彼女の姿は、見ていなくても目に浮かぶようで。他のメンバーも続々と水中から離脱してきており、それぞれの健闘を装備を乾かしながら称えていた。……申し訳なさすぎて、とても参加出来そうにない。

「理由……はプライベートだ、詮索すまい。だが事実、急場しのぎの水中用補助魔法が終わる前に、あのボスを倒せたのだ。感謝しなくてはな……」

「……ん?」

 相変わらずの体勢で喋るスメラギの言葉に、どこか引っかかり疑問の言葉が口から出る。今回はアインクラッドの時とは違い、偵察などない初めての決戦だったため、水中戦の装備など整えてはいなかった。よって補助魔法で水中戦を挑んだわけだが、所詮は使用頻度の高くない魔法。あまりレベルや持続時間は長いとは言えず、事実、俺自身にかけられた補助魔法の効力は既に切れていた。他のメンバーも口々に『危なかったー』などと呟いており、もう水中で行動出来る魔法の効力は、どのメンバーに残っていないだろう。

 つまり。

「……ユウキ」

「あっ……!」

 サッと血の気が引いていくような感触を味わいながら、俺はつい先程水中に入った彼女の名を口に出す。セブンもそこで同じ発想に至ったらしく、彼女が潜っていった隣の場所を見るものの――浮かび上がってくる様子は、ない。

「スッスメラギ! もう一回潜って! ユウキが、ユウキが!」

「アスナ! アスナー!」

 ……そして俺は、クエストが始まる前にリズとキリトが言っていた、寄生という言葉の意味を身を持って学ぶこととなった。
 
 

 
後書き
 どうしてこうなった。適度に戦いながらバーサクヒーラー様すれば良かった回でどうしてこうなった。

 さて、それはともかく。マザーズ・ロザリオ+ロストソング+ガールズ・オプス編と称している以上、そろそろルクスがいるだけ参戦と化しているガールズ・オプス組が参戦……するところなんですが。そろそろ一年経つというのに、まだガールズ・オプスの新刊が出ていない、ということで(三週間後)。

 次の話あたりで顔出しする予定だったんだけども……という訳で、次話はどうなるか今から考え中です。まあ、それは今に始まったことではないんですが。閑話ということでリズとデート(意味深)回か、ユウキにセブンと水着回か、「お前誰?」なことになってるロリk……スメラギの掘り下げを早めるか、普通に予定通り進めるか、最新刊発刊まで書かないか。

 どうなるか分からないので、気長にお待ちください。何かリクエストでもあれば(聞くとは言ってない)
 
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