SAO-銀ノ月-
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マザーズ・ロザリオ-Fly me to the sky-
第百三話
前書き
マザーズ・ロザリオ+ロストソング+ガールズ・オプス編、開始
アルヴヘイム・オンラインにおける、トップアイドル《七色・アルシャービン》の、ALO集合宣言から一週間ほど。年を越して慌ただしくなった現実世界とともに、VR世界でも波乱が巻き起こっていた。
七色・アルシャービン――ALOでは《セブン》と名乗った彼女により、新たなギルド《シャムロック》が発足。トップアイドルかつVR世界の研究者――という彼女のギルドには様々なプレイヤーが集まり、各種族の領や攻略ギルドを追い越し、一躍最大勢力となって躍り出た。
その理由はいくつか会った。もちろんセブン本人の人気ももちろんのことだったが、その発表のタイミングでもあった。年末ライブという最高に盛り上がるタイミング、というのもそうだが、ちょうど未解放だった浮遊城《アインクラッド》の新たな層が解放されたためだ。
一緒にあのアインクラッドを攻略しよう――という謳い文句は、中小の攻略ギルドを丸ごと《シャムロック》に受け入れるに至り。彼らはギルドメンバーである自身を《クラスタ》と呼び、今のALOでは最も勢いのある集団と言えるだろう。
……もちろん勢いだけではなく。新たに解放されたアインクラッド第二十層は、瞬く間にセブンが指揮する《シャムロック》に攻略されてしまった。そのニュースは《MMOトゥディ》でも取り上げられ、実績と勢いと話題性を伴った彼らは、さらに戦力を拡大させていた――
「あー終わったー」
SAO支援者学校。そこの生徒には、授業以外にカウンセリングが設けられており、定期的なカウンセラーとの問答が必須だった。多感な少年・少女時代を、デスゲームという歪んだ環境で過ごした生徒たちを、出来うる限りサポートする――と言えば聞こえはいいが。
要するに、二年間を殺人ゲームで過ごしてきたメンバーを監視してる、ってことでしょうに――と。今まさにカウンセリングを終え、部屋の近くにあった椅子に座ったリズ……篠崎里香は心中で吐き捨てた。
とはいえ、あのデスゲームのことをまだ引きずって、投薬に頼っている生徒がいることも確かで。里香としては直接相対することはなかったが、あの《笑う棺桶》のような連中もいた以上、仕方のない処置であることは分かっていたが。……問題はあの《死銃》事件のように、真に危険人物はこの学校には来ていない、ということだが。
「あ、里香さーん!」
近くにあった自販機で缶コーヒー買っていると、よく聞いている可愛い声が里香の耳に届く。缶の蓋を空けながら振り向くと、そこには予想通りの人物――綾野珪子と。
「里香さん、こんにちは」
「あら、ひより。珪子と一緒だったの?」
予想外だった人物だった、ルクスこと柏坂ひよりも、その柔らかい微笑みで頷いていた。とりあえず立ち話も何だ、ということで、揃って椅子に座り込む。三人で向き合うように作られた丸テーブルは、まるでこの時のために作られたようで。
「ひよりはカウンセリング初めてでしょ? どうだった?」
「あんまり……体験したくはなかった、かな……」
「だよねー」
「ですよねー」
途中からの入学ということもあって、ひよりは初めてのカウンセリングだった。ただしその体験は、ひよりの柔らかい雰囲気に苦笑いの表情が浮かばせ、里香と珪子の同意の言葉が同時に放たれるものだった。そんなそれぞれの様子に小さく笑いながら、里香はヤケクソ気味に飲んだコーヒーを机に置くと、自身の髪の毛を弄りながら嘆息する。
「必要だってことは分かるんだけど……もう少し何とか出来ないかしらねぇ。アレ」
「あ! 里香さん、またです。髪の毛、痛んじゃいますよ?」
珪子が里香が弄り始めていた髪の毛を指差すと、ばつの悪そうに里香はその手の動きを止める。どうやら無意識かつやりたくないことだったようで、心配そうに茶色が交じった髪を見つめていた。もちろん現実世界でショッキングピンク、なんて色である筈もないけれど、こんな時はメンテナンスフリーな仮想世界が少し羨ましい。
「あっちゃー……最近何か、無意識にやっちゃって……」
「私、聞いたことがあります」
VR世界にいると男らしい口調になる、という妙な癖も現実で発揮されることはなく。ALOにいる時とは違う女性らしい語り口で、ひよりは里香を見てクスリと笑った。いつもその表情には微笑みが浮かんでいたが、その時はいつにも増して笑顔であり。
「好きな人の癖って移る、って」
「……え」
里香がひよりの言ったことを十全に自覚するには、少しばかりの時間を要した。最近の悩みの種である髪の毛を弄る癖は、言われてみれば翔希が困った時にする癖であり。つまり――
「めっ……迷惑な話ね」
「ごちそうさまです!」
そこまで考えが至ったところで、何故か珪子に拝まれてしまう。拝んでいるために垂れている頭にチョップを叩き込みながら、里香は照れ隠しついでに缶コーヒーを口に含んだ。
「……でも実際、翔希さんとはどうなんですかー?」
「それは私も気になります」
「別に……何もないわよ」
好奇の視線で見つめてくる二人から目を背けながらも、里香の口からは勝手に真実の言葉が紡がれていた。余計なことを言ってしまった、とばかりに里香は口を紡ぎ、珪子は不満そうに携帯端末を取り出した。
「……翔希さんに里香さん、どっちも照れ屋さんなのは分かりますけど。そんなんじゃ浮気……いや、それはないですね」
「翔希さんに限って、それはね」
そっぽを向いたままの里香をよそに、二人の話は盛り上がっていく。勝手に。そろそろ堪忍袋の緒が切れる――と、里香が怒鳴り散らそうと前を見ると、珪子から携帯端末を差し出されていた。
『ショウキさん!』
『……シリカ?』
その携帯端末の中に映っていたものは、ALOにあるイグドラシル・シティの一等地に構えられた、見慣れたマイホーム《リズベット武具店》の店内。そこで上下に映るカメラから、日本刀コレクションを眺めるショウキの姿があった。
「この前、ピナに撮影してもらったんです!」
そう言いながら、自慢げに珪子がない胸を張る。カメラが上下しているのは、頭の上に乗せたピナが撮影しているかららしい。いきなり何なんだ――という気持ちはあったものの、里香も気になることは気になるので、三人でその携帯端末を眺めることにした。
『……相変わらず、凄いコレクションですね……』
『いい加減数がな……』
「あっ、ちょっと珪子。そこ止めて」
若干引いているシリカに対し、むしろどこか誇らしげにショウキは語っている最中、里香から録画のストップがかかる。珪子は言われたままに携帯端末を停止させたが、そう言った里香は画面を何も言わずにジッと見ていた。
「里香さん、どうしたんですか?」
「間違いないわ。アイツ……また黙って手に入れてきたわね」
画面の中のショウキが手に持っている小振りな日本刀二本をズームし、里香は間違いないと確信する。その二本の小太刀は今まで見たことはなく、恐らくショウキが新たに手に入れてきたはいいものの、どこにしまうか考えていたところなのだろう。
「まったく、相談もなしに!」
「里香、もしかして全部覚えてるんですか……?」
「あー……えっと。再生、しますね?」
新しい刀かそうでないか分かるということは、つまり――と、苦笑いとともに発せられた、ひよりの言葉は里香に届くことはなく。ひとまず里香の用が済んだようなので、珪子はもう一度携帯端末を再生させる。
『で、シリカはどうしたんだ? 武器の修理か?』
『今日はですね、ショウキさんはリズさんのどこが好きなのかなーって、聞きにきました!』
「ストップ! ストップ!」
画面の中のショウキがピクリとも動かなくなるのと同時に、里香から二回目のストップがかかる。『里香さんがストップって言ったら、ショウキさんも止まりましたよー凄いですねー』――などとうそぶきながら、珪子は再度、携帯端末を停止させる。
「何聞いてんのあんた!」
「聞きたくないですか?」
「……………………聞きたい」
「じゃあ再生しますねー」
……という一瞬の攻防の果てに――どちらが敗北したのかは言うまでもなく――再び、ALOの日常の一コマを映した携帯端末は再生される。……再生された筈なのだが、画面の中は停止したようにピクリとも動かなかった。
「……あれ?」
『……ショウキさん?』
ひよりが疑問の声を呈したとともに、画面の中のシリカが動きだす。シリカの声にようやくショウキも反応し、止まっていた筈の時間が動きだした。
『いきなり……何だ』
「あ、髪の毛弄ってます」
「ひよりさんの言う通りでしたね……」
「うっさい!」
困ったように髪の毛をクシャクシャと弄りながら、ショウキは一見平静を装ってシリカに聞き返していた。……その癖すらも今は会話のネタになっていることを、もちろん知る由はないが。
『えへへ、いきなり気になっちゃって。それで、どうなんですか?』
『……言う気はない』
カメラの位置の関係で見ることは出来ないが、今のシリカの表情は、恐らく興味津々そうな様相を呈しているだろう。とはいえその質問には、ほとんどノータイムで否定の言葉が紡がれた。今までは少し、心中で慌てていたようであったショウキだが、完全に平静を取り戻した。
『……リズさんにも言ったことないですよね、多分それ』
『っ』
ただしシリカの追求の一言に、ショウキは小さく息を呑む。口に出して意志を示した方がいい、というのはよくシリカが口を酸っぱくして言っていることであり、ショウキもそれは自覚はしているようで。
『リズさんに言えるようにならなくちゃいけないんですから、まあまあ、練習だと思って!』
『くっ……』
シリカの説得に苦々しげに顔を歪め、ショウキは奥歯を噛みしめるかの如く抵抗するが、観念して辺りをキョロキョロと見回していた。それから目を瞑って集中し、どうやらリズの気配を探っているようだ。
「……結構可愛いんですね、翔希さん」
「あんたそれ、今度目の前で言ってやりなさい」
珍しい光景を見たひよりが感想を述べている間に、ショウキはどうやら、リズが辺りにいないことを確認し終わったらしい。そこで一瞬だけ画面が歪むが、どうやらピナがシリカの頭の上から、肩に飛び移ったらしい。
『それは――……ん?』
インタビュアーの真似事をしていた画面内のシリカも、画面外から見ていた三人も、それぞれショウキが言わんとする言葉を固唾を飲んで待った。そしてショウキが言葉を紡がんとした時、何かが気になったかのように、シリカへと近づいていく。
『どうしました?』
『いや、ピナの翼の中に何か……結晶みたいなのが……』
『あっ』
……映像はここで途切れていた。
「……見つかってんじゃないの!」
「仕方ないじゃないですか!」
要するにピナの翼の羽毛の中に偽装していた、撮影用の《記録結晶》が見つかったらしく。ピナが頭の上から肩に移動した時に、片翼に仕込まれていたのを、ショウキが見逃さなかったのだろう。
「うう、ピナがあそこで動かなければ……」
「流石は翔希さんですね……あ、もしかして珪子がこの前、店の前で売り子してたのって」
「はい……」
ピナが頭から肩に移動する一瞬。そこで片翼だけに重心が寄っていることに気づいたか、結晶の光が反射したか。見つかった方法はともかくとして。シリカは店の前で客引きをやらされることとなり、ピナはちょっといい餌を貰っていた。それからピナも今までの餌だとそっぽを向くようになり、シリカの財布にも多少のダメージを負わせていた。
「自業自得じゃない……」
「む。でもですね里香さん。今翔希さんに言った言葉は、そのまま里香さんへの言葉でもあるんですよ?」
子供に説明するように指を立てた珪子の言葉に、答えることが出来ずに里香は言葉をつぐむ。相手の何が好きなのか、それを相手に伝えているのか――それは確かに、自分たちには足りていないところなのかもしれない、と。
「そもそもあたしたちに構ってる暇がある、あんたたちはどうなのよ」
「相手がいたらこんなことしてません」
「私も……今のところは、ちょっと」
忠告には一理あるとはいえ、好き勝手言われたままなのはしゃくに障る――と、里香はジト目で二人を睨みつけた。……ものの、どちらからも目を逸らされてしまう。
「はいはい、この話はお終いお終い。ところで学校からちょっと離れるんだけど、美味しいパフェがあるお店があったんだけど……カロリー抑え目な竜使いちゃんは遠慮しとく?」
「いえ、行きましょう」
里香はパンパンと手を叩いて無理やり話を終わらせると、今度はこちらの携帯端末を珪子に見せつけた。パフェ、と聞いた時は迷うような表情を見せていたが、実物を見せたら抗うことを忘れたようで。
「ひよりはどうする?」
「私も行きたいです。とっても美味しそう」
ひよりも快諾されたことで、そうと決まれば話は早い。三人は座っていた椅子から立ち上がり、里香は飲んでいた缶コーヒーが完全に入ってないことを確認すると、小気味よいかけ声とともに近くのゴミ箱へと投擲した。
「アイツみたいに上手いこといかないわね……」
「あ……」
カランカランと音をたてて廊下を転がる缶を、里香が今度はしっかりと確実にゴミ箱に片づけていると、ひよりが何かに気づいたように声をあげた。
「ひより?」
「ごめんなさい。教室に忘れ物してたので、待っていてもらいませんか?」
そう言ってひよりはきびすを返して里香たちとは反対を向き、自分たちが今までいた教室へ向かおうと走っていく――かと思えば、その瞬間にひよりは小さくジャンプして飛翔したかと思えば、当然すぐさま落下した上に着地をミスって廊下にダイブしていた。
「ひよりさん!?」
「ちょっ……大丈夫!」
唐突にダイナミックな転倒をした友人を心配して駆け寄ろうとしたが、ひよりはそれよりも早くに教室へ走り去ってしまう。その表情は転んだ苦痛よりも羞恥に顔を赤らめており、里香はそれでひよりに何が起きたのかを悟る。
ちょっとジャンプして空中に舞うその動作。それは妖精たち――となったプレイヤーたちが、空中に飛翔する際の動作と同じであり。
「あー……やっちゃったのね、ひより……」
――あいにくとこの現実世界では、あの妖精の世界のように翼が展開することはなく、そのまま重力に縛られて落下するだけなのだが。
「ふわぁ……」
そしてSAO生還者支援学校の最寄り駅から数駅、三人はイチオシの甘味所で舌つづみを打っていた。よく風が通る場所に設えられたガーデンで、最後に運ばれてきた巨大なストロベリーパフェに感激していた。
「……まさか、それを頼むとは思ってなかったわ。あ、飲み込むまで答えなくていいわよ」
「あはは……直葉や明日奈さんも来れると良かったんだけど」
来る前に他の女性陣にも声をかけていたのだが、どうにもどちらも都合がつくことはなく。特に明日奈は最近忙しいようで、彼女がいいところのお嬢様だということを、他のメンバーに再び実感させていた。
「でも本当に美味しいです里香さん。ありがとうございます!」
「それくらいお安いご用よ」
慎重にどこから食べようか、巨大なパフェを前にして吟味する珪子を見ていれば、幸せそうでそれくらいはお釣りが来る――などとは言わないが。里香自らも頼んだ抹茶ぜんざいを摘んでいると、どこからか音楽が聞こえてきた。
「……歌?」
「あ、あそこでストリートライブしてますよ!」
パフェの牙城に突貫する前の珪子が、流れてくる音楽の発信元を見つけだした。つられて里香にひよりもそちらを見てみると、確かにそちらで歌っている少女の姿が見える。
「へぇ……いい歌じゃない」
「ええ。どこか七色の歌に似てて」
最近、お互いにファンである歌手のCDを交換しあっているひよりと里香は、確かにひよりの言っていることが理解できた。里香がファンである神崎エルザよりも、ひよりイチオシの七色・アルシャービンの歌声にどこか似ている。
加えて一生懸命な歌い方で、街角を歩いていた人も少し足を止めていた。……でもそれだけであり、数秒足を止めた後は慌ただしく歩いていってしまい、最初から最後まで聞いていった客は少なかった。
「私たちと同じくらいの年齢なのに凄いですね……」
「え? そうなの? こっちからはよく見えないんだけど」
三人も甘味を食べながら聞いていたが、里香には少女ということしか分からなかった。そうなれば、どんな顔をしているのか気になるところであり、里香は座っている位置をズラしてベストポジションを模索していく。その間にも歌は終わりに近づいていき、今度こそ人々は少女から立ち去っていく。
「……ん?」
人ごみが退いていく事もあり、ようやく里香にもその歌手の少女の姿が見えてきた。カチューシャまであるメイド服に身を包んだ、グレーに近い髪色をした少女。確かに珪子の言っていた通りに、自分たちに近い年齢だったが――それよりも里香には、彼女に見覚えがあった。
毎朝鏡を見る時に自分に感じる違和感と同じような、そんな既視感――
「……レイン!?」
ガタッと椅子から立ち上がった里香の脳内では、最近知り合ったレプラコーンの少女の姿があった。二刀流を操っていた彼女の顔と、今の今まで歌っていた少女の顔は、言われてみればそっくりであり――髪の色は真紅ではないが、むしろそれがあったからこそ、同じく髪を染めている里香が気づくことが出来たのか。
「リ、リズ……?」
……そして。笑顔とともに街角を歩いている人々にチラシを配っていた少女も、同様に立ち上がった里香を見て硬直していた。
「いやー……こんなところで会っちゃうなんて……ねぇ? でも、手伝ってくれてありがとね?」
ストリートライブの第二弾やその後のチラシ配りなどを、里香たちも手伝って終えた後、レインと同じ髪をした少女もコテージに座っていた。彼女の前には、先程珪子が食べていたのと同じ、巨大なストロベリーパフェの姿があった。しかして食べ慣れているようで、珪子のように苦戦せずテキパキと食べていく。
「うーん。意外と髪型とか髪の色とか、分からないものなんだけど……里香も髪の色染めてたから分かったのね」
「そうね。あなたは……」
髪型や色は変えることが出来たとしても、現実とゲームの世界で似たような顔をしているということは。一部の例外を除けば、彼女も里香たちと同じ存在である、ということで。
「……うん。私の名前は枳殻虹架。みんなと同じ、SAO生還者だよ」
「やっぱり……」
目を伏せながらレイン――虹架はそう語る。SAOではフィールドにあまり出ることもなかったプレイヤーであり、今では支援学校ではなく深夜の学校に行っていること。どうして深夜の学校に行っているか、という理由については――
「私、歌手になりたくて。まあ見ての通り、あんまり人は集まらないんだけど……」
「そんなことないですよ!」
珪子からの声援に小さく笑ってお礼を言いながらも、虹架は三人に真剣な口調で話しかけた。
「でも……秘密にして欲しいの。私がSAO生還者だってこと」
「その……分かってるだろうし、もしかしたら知ってたと思うけど。あたしたちってSAO生還者のグループなの。だから、あんまり気兼ねしなくても……」
確かに、あんまり言いたくない気持ちは分かるけど――と続いた一連の里香の言葉だったが、申しわけなさそうに虹架は首を振る。それは里香の言うことに感謝しながらも、固い意志で拒否している証であり。
「……分かったわよ。誰にも言わないわ、約束する。だけどあんたの遠慮は、あたしたちには必要ないと思うから」
「うん。ありがと」
一緒にあの《聖剣エクスキャリバー》入手クエストに行ったり、ショウキが振るう新たな得物である日本刀《銀ノ月》を共に制作しても、必要以上に熱烈に歓迎されたとしても。。虹架は――レインはいつも、どこか申し訳ないように、一歩身を引いていた。会ったばかりというのを差し引いても、だ。
ったく変なところ生真面目で――と里香は心中で思いながら、虹架の前にある巨大なストロベリーパフェを見据えた。この店の看板メニューということで知ってはいたが、いざ目の当たりにすると威圧感すら感じる。どこから食べていいか分からないほどだ。
「さっき珪子が凄い苦戦してたけど、よく食べられるわね。それ」
「えっ!? えっと……ライブが終わったら食べるようにしてたら、食べ慣れちゃって」
しかし虹架が食べていたそれは、まるで当たり前のように減っていた。虹架がパフェを食べるにあたって、最適解たるスプーンの差し込み方をしており、それはもはや芸術的なようでもあった。ただしそれはともかく、里香は気になっていたことを一つ問うた。
「……それ、太らない?」
『太りませんっ!』
――対面にいる虹架だけではなく、神妙に話を聞いていた珪子までもに叫ばれていた。
「んー……」
それからしばし歓談をしてから別れ、里香はレプラコーンの妖精《リズベット》として、妖精たちの世界《アルヴヘイム・オンライン》を訪れていた。店内に設えらていた、揺れる椅子でログアウトしていた身体を起こし、身体を伸ばしながら武具の注文を確認する。
「あら」
しかし武具の注文はなく――正確には、注文されていた作業は全て終わっていた。どうやらこの店にいるもう1人のレプラコーンが、先にログインしてこなしてしまったらしい。店の仕事を任せられるまでに成長した、あの侍のような助手を誇らしげにしながら、リズは店のカウンターへと歩を進めた。
きっと『彼』がいるだろう。シリカにあれだけ言われた訳だし、今度のデートの話でもしようか――と考えながら、リズは裏から店のホールに続くドアを開いた。
「リズ」
そこには短く挨拶をしてきた、予想通りの彼――ショウキの姿と。
「あなたがこのお店の店主? ちょうどいいわ、お会いしたかったの!」
――青い服を着た銀髪の幼女がいた。これだけを聞くとショウキが何かしたようであるが、その銀髪の少女のことはリズも知っていた。……むしろ、今ALOをプレイしている者で、その顔を知らない者はいまい。
「……セブン!?」
トップアイドルにしてVR博士、七色・アルシャービン――と同じ姿をした、音楽妖精《セブン》。現実世界と同じ姿だがSAO生還者という訳ではなく、VR研究者という肩書き――いや、アイドルの方か――によるものだろう。
「知っていてくれてありがとう。会えて嬉しいわ、リズベット」
「それは……あたしもだけど……」
困惑するリズの手を握ったセブンが、雪崩のように言葉を叩き込んできた。そんな事態をリズの脳内が処理するより早く、セブンとリズを引き離す手があった。
「困っているだろう、セブン。……すまない」
セブンのボディーガードのように立っていた、長身のウンディーネの青年。確か《シャムロック》のトッププレイヤーであり、名前を……《スメラギ》と言っていた。そうしてリズが記憶を探っている間に、割って入られたセブンが不満そうな表情でスメラギを見上げた。
「スメラギだって今まで、夢中で武器見てたくせに。……でも確かにそうね。いきなりごめんなさい、リズベット」
深々と頭を下げるセブンの後ろで、スメラギが咳払いとともに後ろに下がっていた。痛いところを突かれたら、照れ隠しとともに仏頂面で平静を装う――スメラギのそんな様子がどことなく、コーヒーを用意しに行った『彼』にとても似ていて。
「ううん、こっちこそごめんなさい」
リズの心中に勝手に笑みがこぼれたのとともに、おかげで少し余裕が出てきていた。謝罪でセブンの頭を上げさせると、とびっきりのお客様への笑顔を晒す。
「リズでいいわよ、セブン。今日はこのリズベット武具店にどんなご用?」
ショウキが用意した四人分のコーヒー――砂糖とミルクはセルフサービスだ――を飲みながら、ひとまずセブンの話を聞くことにした。といっても何か用があった訳ではなく、このALOという世界を見て回っていたらしい。
「せっかくこんな綺麗なVR世界に来たんだから、色んなところ見たいのに……スメラギが止めろって」
「当然だ」
「……まあ、ボディーガードとしてはそうだろ」
しかして今やこのALOにおいて時の人と呼ぶべき彼女が、ただの観光として歩き回れる筈もなく。結局は騒ぎとなってしまい、以前来たことがあるらしいこの店に隠れたそうだ。
「なに? ショウキくんはスメラギの肩を持つの?」
「そういう訳じゃないけどな……」
淹れられたコーヒーにミルクと特に砂糖を投入しながら、細かく味の微調整をしつつセブンはショウキをジトリと睨みつけた。髪をクシャクシャと掻いているショウキを見ると、学校での珪子にひよりとの会話から、自然とリズの頬が熱くなってしまうが……それはともかくとして。
「世話をかける。以前、今度来る時は客として来ると言っていたのだがな……」
セブンとは対照的にブラックのままコーヒーを飲み込むスメラギが、今思い出したかのようにそう呟いた。リズはその場に居合わす事はなかったが、《聖剣エクスキャリバー》入手クエストの少し前に、セブンがお忍びでALOに来ていた時、このリズベット武具店に訪れていたらしく。ボディーガードから逃げていたセブンを、キリトとルクスが助けてこの店に一時隠れていたそうだ。
「じゃあ何か用意します? 使う武器とか」
「そうだな……では、カタナを頼めるか?」
接客モードって応対したリズに答えたスメラギが要望したのは、リズにも馴染みが深すぎるカタナ。このリズベット武具店において最も傑作なカタナと言えば、もちろん助手であるショウキが持つ日本刀《銀ノ月》であるが――あれは非売品だ。というかカタナとして販売していいか、という点もある。
「そうね……じゃあこれリスト。見てみてくれる?」
「ああ。ふむ……ふむ」
渡したカタナのリストを集中して眺めだすスメラギは、どことなく研究者のような雰囲気を感じさせた。話しかけることすら躊躇ってしまうようなその集中力に、セブンは完成したミルクコーヒーに息を吹きかけ、飲めるように冷やしつつ苦笑する。
「あーあ。こうなると長いわよ」
「スメラギさんは現実での知り合いなの?」
「ええ。助手みたいなものよ」
助手――まさかアイドルの方ではあるまい。VR世界の博士としての助手ということなら、研究者というのもあながち間違ってはいなかったらしい。助手というところに得物は日本刀と、ますますどこかの誰かさんと似ている気がした――その当の本人もそう思ったのか、ショウキも自身のコーヒーを飲みながら苦笑していた。
「しかし、コーヒーなんてこのVR世界にもあるのね……」
「あたしも最初ビックリしたわ。助手が美味しく淹れてくれるし、ありがたいけどね」
「はいはい」
不思議そうに湯気がたっているカップを見て呟きながら、セブンはようやく砂糖たっぷりのコーヒーを飲み込んだ。一口飲んだ瞬間に目を見開き、カップを机の上に置いて興奮したようにショウキにまくしたてた。
「美味しい……ショウキくん、店だせるわよ、お店!」
「ほとんど原形留めてないぞ、そのコーヒー」
そこまで褒められたショウキだったが、飄々とカップを指差しながらそう言ってのける。リズにセブンが指の先を追ってみてみると、そこにはすっかりセブンがカスタマイズされたコーヒーは、まるでココアのように変化していた。
「い、いいじゃない……わたしはミルクと砂糖いっぱいが好きなの! って、ちょっとごめんなさい」
少し顔を赤らめてココアと化したコーヒーを飲むセブンに、システム音声とともにメールが届く。コーヒーカップを片手にシステムを操作するその姿は、幼さを感じさせながらも、確かに年季の入った研究者のようで。そんな矛盾した雰囲気に、あながち嘘ではないとリズは感心する。
「へぇ……」
「どうしたの?」
そのメールの内容を見ると、セブンの口角がニヤリとつり上がっていく。面白そうな玩具を見つけたような、そんな表情だ。
「わたしたちの……《シャムロック》の仲間が、フロアボスの部屋を見つけたんだって」
フロアボス。リズの耳が久しぶりに聞いた言葉だったが、今はただの浮遊城のボスというだけだ。新たに実装された二十層から三十層までのフロアは、かつてのアインクラッドと同じように、フロアボスを倒すことで新たな層が解放される。
先に《シャムロック》が二十層層のフロアボスを倒したため、今の最前線の層は二十一層であり、またもや《シャムロック》のメンバー――クラスタがフロアボスの部屋を見つけたらしく、もはや二十二層の解放も秒読みであろう。
つまりリズにとっては、親友の思い出の層。
「ねぇ、ショウキくん。リズ」
リズが何か言葉を発するより先に、セブンはその悪戯めいた表情とともに、リズとショウキに片手を差し出した。
「わたしたち《シャムロック》と一緒に、フロアボスを倒しにいかない?」
後書き
すまない……gdgd喋ってるだけの会が二連続ですまない……
原作やアニメSAOは見ていても、外伝や平行世界的なロストソングにガールズ・オプスは、見ていない方や知らない方も多いとは思いますが。出来るだけ、そんな方でも楽しめるように書け……れたらいいなぁ(願望)
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