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SAO‐戦士達の物語《番外編、コラボ集》

作者:鳩麦
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コラボ・クロス作品
戦士達×ツインズ
  おまけ!その三

その、一週間半程後……
リョウは、今度は第五十九層にやって来ていた。

理由は簡単。ミオレの実を入手するためである。

第五十九層南端部にある、《レンバーシ》と言う村の農園の親父から、その依頼は受ける事が出来た。
村の北方に位置し、入口がそこ一つであるにも関わらず五十九層エリアの全体の四割近くを占める、《芳香の森》。薄光の森以来の森エリアの、その奥深くに関するクエストだ。

曰く……『広き森の奥深く、至高の幸福をもたらす甘美なる木の(このみ)有り。悪しき者を滅し深くへ至りし者、かの実と力の名誉を得ん』と言う、まぁ何と言うかまんまな伝説が有り、その“謎”を解き明かしてほしいと言うクエストだ。

「……何処が謎なんだかなぁ……?」
森の入口をくぐり、そんな事を呟きながらリョウは歩く。周りは薄光の森よりも明るく(と言ってもあの森も周りの光る草花のお陰で視界には困らなかったが)木の隙間から陽光が差し込んでいた。ただ問題一つ問題なのは……一本道だと言う事くらいか。周りに立ち並ぶ広葉樹がこれでもかと言うくらい立ち並んでいて、挙句その向こうは完全な真っ暗闇。唯一上から光の差し込む綺麗に土が向き出しになった林道を外れて森に入れば迷ってしまうと思われたし、そもそもシステム的に入るとしばらく歩くと進入禁止エリアにぶつかる仕様なっている。
故に、リョウはまるで木の谷間に居るような感覚を味わいながらも、ただ淡々と一本道を歩く。

「こういうダンジョンだと、たいてい途中で分かれ道が有んだけど……っと、おいでなすった」
のんびりと独り言をつぶやきながら歩いて居ると、何かが策敵範囲に入る。即座に《聞き耳》を発動。

「早いな」
ガサガサと木々の揺れる音が聞こえ……


「「「キキーッ!」」」
「猿か……」
木々の隙間から、三匹の紫色の猿が姿を現した。右手には曲剣(カトラス)を握っている。
《スローイング・モンキー》と呼ばれる獣人型モンスターだ。

「相手にとっちゃ不足だが……ってな!!」
前方に二匹。後方に一匹が着地した……その瞬間、前方に向かってリョウは飛んだ。
相手の猿が着地の衝撃を吸収し、此方にカトラスを構えきるよりも前に、リョウは猿に向かって一気に距離を詰める。そのまま、右足に赤いライトエフェクト。

足技 単発技 飛脚《鎌断》

「あらよっ」
鋭く振り抜かれたそれが、リョウから見て右に居た猿の頭を的確に蹴り飛ばし、その頭がポリゴン片となって散る。体術スキルの延長たる《足技》であるにもかかわらず、その一撃で一匹目は全身を砕け散らせた。
一匹目が居た場所を通り過ぎて土煙を上げながら着地し、二匹に屈みながら背を向けたリョウにむかって、初めはリョウの左前に居た猿が仲間の敵とばかりに腕を振り上げ、そこに緑色のライトエフェクトが走る。

対しリョウはと言うと、聞き耳と自分が背にしている太陽から受けた影によって相手の位置と体勢を把握。ライトエフェクト発生時の微妙な発生音からソードスキルの発動を探知した後、この階層に居るモンスターが使いそうな曲剣スキルの中から影に見える体勢から発動する物を即座に検索し、その軌道を思い出す。

片手曲剣 三連撃スキル 《トライ・アグレッション》

「ほっ」
スキルが発動し、曲剣はリョウの左肩めがけて振り下ろされる。が、その軌道上に、右手の中で回転し、背中に柄部分を斜めに通して肘と手首を曲げた左手でパシッと軽い音を立てて柄が左肩の後ろ上受け止められた冷裂が割り込む。
軽く上半身を捻って、リョウはうまい具合に冷劣の刃の部分を振り下ろされた曲剣に当てる。ソードスキルVSただ武器を動かしただけにも関わらず曲剣は冷劣の刃を突破出来ず……ギィン!と音を立てて逸らされ、リョウの右側へと抜ける。

しかしスキルはまだ終わってはいない。
振り下ろされた曲剣はそのまま下段右からの袈裟切りへと移行する。そこから最後に左下から右上への切り上げを行うのが《トライ・アグレッション》なのだが……

「ギキッ!?」
「~♪」
二発目を放った瞬間、リョウは屈んだ体制から一気に真上に飛んでいた。
否。真上では無い。正確には斜め上後方に向かってバック転をしたのだ。
当然、モンキーの一撃は地面すれすれの空間だけを切り取り、斜め上に向かって彼が最後の一撃を繰り出すよりも前に……

「はい残念~」

足技 重単発技 飛脚《斬首》

青っぽいライトエフェクトを纏った踵落としが脳天に炸裂。斬首どころか体を縦に真っ二つに割られて、彼は爆散した。
と……

ヒュッ

「よっと」
リョウは後方に向かって自分の体と斜めになるように冷裂を一回転。
ザスッ!と言う土が切れる音がして、地面がえぐれると同時にキンッ!と軽い音がして、続いて何かが地面に刺さる音がした。
“スローイング”の名に恥じぬ攻撃だ。投摘スキルを持っていたらしい。

「不意打ちならもうちょい上手くやんな!」
振り向き即座に低空を飛ぶ。そのまま膝を曲げ……

足技 単発技 迫打《はくだ》

文字通りのひざ蹴りが、猿の腹にクリーンヒット。
勢いの余りその紫色の体をふっ飛ばし、空中で最後の一匹は爆散した。

「で……あぁそうだ。分かれ道。この先あんのか……?」
昼からそれなりに歩いて居るはずだが、今のところそう言った所は無い。
頭を掻きながら、リョウは何も無かったかのようにふたたび歩きだした。

────

「ん?」
そのまましばらく歩くと、前方から物音が聞こえて来る。
金属のぶつかる音と、猿の鳴き声。木の軋むような音。そして……少々高い人間の声。この森には、実を取るクエストを受けなければ入る事は出来ない筈だ。と言う事は……

「ふむ……」
呟き、リョウは先へと進みだす。音源はだんだんと大きくなるが、しかし……

「あ、止んだ」
唐突に、音が止んだ。
全ての音が聞こえなくなり、森に、梢の間を吹きすぎる風の音のみが響き、次いで静寂が訪れる。
リョウの行く先は、丁度曲がり角になっていた。音は、此処を曲がった所から聞こえた筈だ。

「……」
少々警戒心のレベルを上げつつも、リョウは特に過剰に警戒する事は無く、先へと進む。
そして曲がり角から顔を出した時……

ヒュッ!

「っ!」
反射的に、冷裂を振っていた。
先程と同じく何かが弾かれる音が聞こえ、リョウはそのまま弾かれた何か……スローイングダガーが飛んできた方向にその切っ先を向ける。

「今の不意打ちは及第点だな。けど何もしてねぇのに行き成りとはちょいと酷くねぇ……か……?」
「…………」
そこに、当然自分に向かってダガーを……正確にはリョウの目の前を通過するように軌道を見てダガーを投げたのであろう犯人が居た。
小柄な人間だ。プラチナブロンドの髪をボブカットにして、エメラルドグリーンの大きな瞳をした美少……はて、どこかで見たことが有るような?

「って……お前ユミルじゃねぇか!?」
そう。そこに居たのは、あろうことか一週間半前にあの宿で少しだけ話した子供。ユミルだった。
驚いたように声を上げたリョウに、ユミルは自身の得物であろう槍と斧が合体したような穂先を持つ斧槍《ハルバード》の切っ先を此方に向けたまま、一言。

「……誰?」
カクンッと、リョウは膝を折るようにこけかけた。

────

「あぁ……」
あの時の野郎か。と言った様子で、ユミルのジト目が一気に以前にも見た不機嫌面へと変わった。
ちなみに、ハルバードの穂先は此方へ向いたままだ。

「あぁ。ってなぁ……あーそういや、あん時は悪かったな。その……身体の特徴とか?」
「…………」
当てずっぽう気味に、以前の非礼について詫びてみる……が返答は鼻を鳴らす音。如何にも「そう想うなら初めから言うな」と言いたげだ。
どうにも会話が続かないな。と感じつつ、リョウは続ける。

「で……此処に居るっつー事は、お前もあのクエスト受けてんだろ?」
「…………」
ユミルは答えないが、それ以外にこの森に入る手段は無い。
確かにユミルが受けると思ってあのクエストの情報をマーブルに教えたが、まさか同じ日にかぶるとは思っていなかった。
まぁ、重複受注自体は別段珍しい事ではない。クエストにもよるが、複数のプレイヤーに同じクエストを受けさせるなどSAOに限らずMMOではザラだ。
掃討(スローター)系クエストなど、殆どの場合は重複して受注することが出来る。まあそのせいで報酬や経験値のおいしいクエストでは狩場の取り合いが多発するのだが。

閑話休題(それはともかく)

そう言った者同士がフィールド場で鉢合わせした場合、彼らが取るべき行動の選択肢は一般的なパターンとしては二つある。
一つはそのまま(もしくはマナー違反であるなら“当たり障り無い程度に”指摘し)分かれる。もう一つは……

「なら、パーティ組もうぜ?一石二鳥……だろ?」
「…………」
その場において即席のパーティーを組むことである。
これは、利益分配と効率を考えて最も有効な方法であると言える。
例えばこれは掃討系クエストの話だが、同じクエストを受けた二人の人間がいたとして、一人が30匹を討伐するクエストで、一人が12。もう一人が17匹を討伐していたとしよう。仮にこの二人がフィールド上でばったりと出会ってパーティを組んだとすると、本来個々人でやった際にはフィールドに湧出する限り有るモンスターを31匹狩らなければならないのに対して、二人で18匹を討伐すれば、二人ともがクエストの目標を達成出来る事になる。
通常のクエストと同じく、報酬はクエスト受注者に渡されるため、特にデメリットは無い。

ちなみに、何故この効率のよい方法を全てのプレイヤー達が取らないかと言う事は……元々パーティでやっていて人数が調整できなかったり、あるいはまぁ……人のくだらない意地が先行した結果が大きいと敢えて言わせていただこう。

そんな事情あって、リョウは特に悪気有った訳でも無く、ユミルにパーティプレイを進言する。が……

「どうだ?」
「……いやだ」
「あ、あぁ?」
しかし返ってきたのは意外にも、拒否の言葉であった。

「おいおい……何だよ、食材目的のクエストなんだ。仮に報酬が何であれミオレは公平分配されんだろ?お前に損はねぇ筈じゃねぇの?」
「…………そういう事じゃない」
「じゃ何だよ……」
リョウは真面目に目の前の金髪っ子が何を言いたいのかが分からなかった。これで手に入るのがレアな武器であるとか、そう言った事ならばまだ分かる。人間、自分以外で(特にこんな世界なら)味方で無い人間が強くなるのを拒否したいのは、案外と普通の心理であったりするからだ。しかし今回のクエストの目的はあくまでも食材である。そこまで頑なになって相手を手助けしない理由は無いはずだ。
まして目の前に居るのはまだ十代も前半だろう子供である。シリカ程警戒心が薄い(たとえば宿舎で初対面の男の部屋で寝るとか)のは問題であれ、現時点でデメリットは見えないのだ。普通に考えて、素直にパーティ認証してくれてもいいはずである。

と、味方で無い所まで考えてから、リョウはふと気付く。

デメリットになりうる可能性のあるものは、一つ有った。
パーティを組む相手がオレンジプレイヤーの仲間であった場合だ。

パーティを組む以上は有る程度相手を信用しなければならない。しかし信用した途端、後ろからブスリ。や、あるいは仲間の居る場所に誘導される可能性とて無いわけではない。

「お前、俺がお前を後ろからブスッと行くとか考えてるか?」
「…………」
確かどこかのアニメ映画の結婚式では、沈黙は肯定を意味していたな。等と取りとめも無く考えながら、リョウは小さくため息をつく。

仲間の居る場所へ誘導……はこの道ではほぼ無い。なぜなら、此処に来るまでで既に半日近くが経過しているにも関わらず、森の道は曲がりくねりこそすれ、一本道だったからだ。
ここまで長い道のりを来て一本道であると言う事はすなわち、この森全体が一本道になっていると思ってよいだろう。この森にはいるための条件を考えれば、先回りするには非効率的すぎるし、そもそも誘導者など必要無い。

「んなことしねぇ……っつっても信じなそうだな。俺ぁそんなに悪人面してっか?」
「……そうかもね」
「へっ、言うね……」
頭を掻きながら、リョウは考える。
この状況では、信用できないと言われてしまえばどうしようもない。とはいっても此処は先も言った通り一本道なのだ。分かれようにも……
と、リョウは先程まで出て来ていたモンスターの登場方法を思い出した。
このダンジョンの敵は、基本的に林の中から飛び出すようにプレイヤーの前方、あるいは後方。時折直接飛びかかってくると言う、少し特殊な登場をする。

「なら、お互い不干渉で良いだろ。どっちかが前行って、もう片方が後ろ。前に出たモンスターは前の奴。後ろは後ろ。そのまま歩いてって、最終的に二人とも達成。それとも、此処までの道のり歩いて戻って、俺が達成するまで待つか?ちなみに俺はお前が何と言おうがこのまま行くんでそのつもりでな」
指で前と後ろを差しながら言うと、ユミルはかなり長い間リョウの顔を窺うように見ていた。
睨むように、射抜くようにリョウと視線を合わせ、やがて小さく、本当に小さく呟くように言う。

「……後ろ」
「OK。んじゃ、俺前だな。そこ、退いてくれや」
「…………」
ゆっくりと、穂先を此方に向けたままユミルはその場を右に退く。
溜息をつきたくなるが、なんとか押さえてリョウは道の左端によって、歩き、前に出る。

「んじゃ、後ろはよろしく」
「……よろしくするつもりは無いけど」
「そうかい」
冷裂を肩に担ぎ、リョウはそのまま歩きだす。
なんだか、面倒な事になってしまった。

────

『おいおい、すげぇな……』
リョウは、後方に現れたモンスターと戦うユミルの姿を見て、唖然としていた。
あれから大体十分程。初めにエンカウントしたのは、《スタンプ・ジュニア》。木の切り株のような本体から枝の部分が腕のように飛び出し、それに無理矢理短いダガーを持たせたような有りがちな植物型モンスターで、後方に二匹出てきた。
つまり……ユミルの管轄だ。

「ギジジジ!」
「ふっ!」
振りまわされた一匹のダガーを、ユミルが鮮やかに弾き防御(パリィ)する。
しかも、普通のパリィでは無い。
平均よりは短めながら十分重いはずの斧槍を、まるでタクトのように軽く回転させキンッ!と言う軽い音を立てて相手のダガーを弾き返す。二匹目が右からもう一発来ると、そちらに槍を急旋回させて振りまわし、またしても弾く。まるで新体操か何かの選手のようだ。

そして武器を弾かれ隙が出来たジュニアに対し、ユミルは一気に攻勢に出る。

「はぁぁっ!」
ソードスキルだ。
大きく体を左に捻ったユミルのハルバードがライトエフェクトを帯び……

ズパァンッ!

凄まじいスピードで前方270度を薙ぎ払う。

両手武器 単発範囲攻撃系スキル ハリケーン

本来は鈍重にして豪快な薙ぎ払いであるそれは、どういうわけかまるで居合い斬りの如く瞬間的に空間を切り裂き、二匹のジュニアをあっという間に消滅させた。

見る限り、攻撃事態の重さから見て筋力値は低く無い。
リョウもやるが、手首や腕その物を振る時のスピードは敏捷値には依存しないので、それを利用してあの振りまわしパリィを行っているのだろう。
またソードスキルは、彼の想定されるレベルの割には使っているスキルが下位であることから、恐らくは発動と硬直時間の早いその手のスキルに限定しているものと思われた。
プラス、そのスキルの軌道を完全に体に記憶させる事でスキルと同じ動きを自身の意思で行い、スキルその者に対してスピードを付加させているのだろう。

「おいおい……どんな戦い方だよ」
リョウであっても、戦い方は見たことが無い。想像が膨らみ、ニヤリと笑いながら軽装備なのは機動力重視なせいか等と考えていると、此方の視線に気づいたユミルに槍の穂先を向けられてしまった。

────

「あの戦い方、お前一人で考えたのか?」
「…………」
つーん……

「……どうやって考えたんだ?教えてくんねえ余計気になんだが……」
「どうでもいい」
つーん……

「はぁ。無愛想だって言われた事ねえか?お前」
「知らない」
つーん……

…………

……

デレハナインディスカアアアアァァァ!!!!?
リョウは叫ばないが、某18表記のゲームプレイヤーならばそんな風に叫びそうなレベルのトゲトゲしさだ。
先程から何度か話し掛けているのだが、まぁ凄まじい素っ気なさだった。何を言おうが、返って来るのはことごとく沈黙か短く冷たい一言のみ。寧ろ此処まで他人嫌ってるのがまる分かりな子供も珍しい。

『冷めたやっちゃの〜……』
ユミルに見えないように苦笑しつつ、リョウは思う。

あれから更に数時間。既に日が傾いて居ると言うのにも関わらず未だ森の道は続いていた。敵とは何度となくエンカウントしたが、リョウ、ユミルそれぞれが単独で、あっさりと撃破するため、特に問題もない。
まあとは言ってもいい加減、二人とも歩くのが億劫になりつつはあった。だからこそ、リョウは後ろを歩くユミルに声を掛けて見たのだが、ご覧の有様だ。

『あんだけつええんだし、色々聞きてえが……』
リョウとしては、ユミルの戦い方に強く興味をそそられ、色々と話を聞いてみたいのはあった。
武器をタクトのように振り回し、敏捷値からは影響を受けない腕の振りや手首の動きを使っての弾き防御(パリィ)や、ダメージ量から予想できる筋力値の割には早く、ほぼ間違いなく、自身の意志力による熟練した技のキレによって生み出されているのだろう威力重視でなくも鋭いソードスキル。

特にパリィの方は、リョウも手首を使って武器を回転させる事による方法をよく使うため、かなりユミルの動きやその質には興味があった。
あれは明らかに、自分のそれよりも錬度が高く、完成されて居たからだ。
と……

「ん……」
索敵範囲に移動体。右からだ。早い。先程よりも更にだ。そうして……

「グルォォン!!」
「俺か」
林の中からリョウの目の前に、ソイツは現れた。
《フォレスト・ワーウルフ》深めの緑色をした毛並みを持つ人狼型モンスターだ。手には木製の直槍を持っているので、ソードスキルは使えるだろう。まぁ……

「はいはい、飛び出してきたとこわりぃけど、邪魔!」
言うと同時に、リョウはウルフの前まで接近し、右足に黄色いライトエフェクト……

足技 二連撃スキル 墜撃(ついげき)

接近したリョウの足が、大きく踏み込むように真正面に振り上げられ、此方に気づいたウルフの胸近くを打つ。そのまま……

「勢ッ!」
一気に振り下ろす。
踏みつけられるように地面に蹴り落とされたウルフは、そのまま爆散した。

「不用意に飛び出すとこうなるからな。学べ。っ!?」
突然であった。ガサリ。と音がして、リョウは反射的に音がした右側の草むらに一気に振り向く。索敵範囲に、動的オブジェクトはもう居なかった筈。見逃した?もしかすっと隠蔽スキルの高いタイプのモンスター?
そんな事を思いながら冷裂を構え、反射的に聞こえた距離から振り下ろし……

「ってっぶねぇ!?」
しかしそれは、一気に空を斬った。リョウが無理矢理、冷裂の軌道を横に逸らしたからだ。反動で、リョウはよろけるように膝を付く。次いで小さく溜息をついた。

「おいおい、脅かすなよ危うく斬っちまうとこだぞ……」
其処にいたのは、丸っこいシルエットの小さなモンスターだった。

小人かと思えるような二足歩行に、小さな前足。ちっこい胴体とさらにちっこく丸い頭に、くりっとした赤い目。全体的に本体は白っぽく、胴体と頭の間……まあ一般的に言う首部分は、ファーのような柔らかそうな毛がふさふさと、まるでマフラーのようについている。

最も特徴的なのは尻尾と耳だ。
耳はまるで兔のように長いが、兎の耳と言うよりは鳥の羽を引き抜いて左右の頭に付けたような形だ。尻尾は、まるで白く丸いボールのような形状をしており、しかも耳を除けばその大きさは本体よりも大きい。

《ウール・ラビット》
この階層の森や草原エリアにかなり低い確率で稀に出現する非攻性《ノンアクティブ》モンスターだ。

ノンアクティブにしては珍しくプレイヤーを見つけても此方から手を出さない限り逃げることはない珍しいタイプのモンスターだが、湧出(ポップ)する数が絶対的に少ない事と、隠蔽(ハイディング)スキルが異常な程高いことからめったにお目にかかれないレアモンスターである。

ちなみに、このモンスターの素材はじつはS級のレア素材に指定されていて、見た目がよく、高い隠蔽能力と防寒能力を誇る尻尾は服職人に人気が高く、《朱玉の瞳》と言うアイテム名の目は、武器強化の際に使用すると成功率を跳ね上げる効果があるため、どちらもプレイヤーショップに売ればかなり金になる。


「はぁ、びびった……ほらどっか行け。もういきなり飛び出してくんなよ」
リョウが呆れたように冷裂を担いでラビットの鼻面をツンッとつくと、ラビットはピィッと声を上げてリョウの周りをぴょんぴょんと跳ねながら回る。そして……

「おっと、とと、あっバカそっちは!」
「わっ!?」
そのままユミルの方へと駆けて行くではないか!
あー、斬られるな。と思い頭を抱えたくなったリョウの前でラビットはユミルの周りも数回周り……

『ん……?』
しかしそのまま何もされる事なく、草むらの中へと消えた。
数秒後……

「ぷっ……。んだよ、いきなりで狩り損ねたか?」
「っ……」
リョウの言葉が勘に触ったのか、暫くラビットの消えた方向を睨んでいたユミルは、非常に不機嫌そうにリョウを睨む。

「自分だって逃したに癖に」
「そりゃ彼奴がノンアクティブだったからだ。俺は非攻性モンスには手は出さん主義なんでな」
笑いながら言うと凄まじく胡散臭い物を見る目で睨まれたが、いい加減慣れたので、リョウはスルーして前を向いた。
故に、リョウには気付けなかったのだ。ユミルが歩き出す直前にもう一度ラビットが消えた方向を見たことにも、その時、小さく微笑んだ事にも。


――――

「……マジかよ…………」
「…………」
リョウは頭を抱えたくなるのを何とか抑えていた。
ユミルは、嫌そうな顔でリョウと同じ壁……否。扉を見つめている。

日が暮れかけてようやくたどり着いた道の行き止まり。木々の中に作った部屋のように出来た直径5m程度の開けた円形の空間の奥には、一つの巨大なアーチと、閉じた門があった。そしてその門に書いてあった碑文的な何かが、リョウの頭痛の原因だ。

曰わく
《秘められし果実を欲する者に示す道、夜の闇と朝日昇る時の(かん)たる刹那に表れん》

要は、夜明け前になったら開くから。それまで待てな!と言う意味であろう。

昼間から今まで半日以上歩いてこれとは……勘弁して欲しい。

「あーっ!仕方ねえ!待つぞ!」
しかし此処まで来て帰るのは悔しすぎる。こうなれば待つしかないので、リョウはさっさと扉から離れると、円形の中心にドッカと腰を下ろす。

「ったく……」
ぶつくさ言いながら無限ポットを取り出すと、リョウは設定をホットティーにして銀色のマグカップに注ぎ、一口飲んで息をついた。
視界の端で、ユミルが明らかに自分を避けるように正面、円形端の木の前に腰を下ろすのが見えた。

『ったく……』
結局の所、今日ユミルと話したのは数える程しかない。
と言うか、互いに不干渉を貫きながらここまで歩くなど、この世界に来てから始めてだ。

『ん……』
そう言えば。とリョウは思い出す。
確かアイテムストレージに……

「うおぉ……!」
あった。同居人が毎度毎度「何が有るか分からないから!」と言って結局夕飯のおかずになるパンに肉を挟んだサンドイッチ。

「彼奴マジ慧眼すぎんだろ……」
軽く感動しながら、今日は帰れない旨を同居人に送る。
50秒くらいで了承が帰ってきた。

「さて、んじゃ戴きますか……」
言いながらホクホク顔でそれを取りだそうとして、リョウは考える。

この空間にはもう一人、自分と別人ながら同じ境遇に居る。
流石に無視するわけにはいかない。一応此処まで共に来た仲間でも有るのだから。

「ユミル、お前飯、どうする?」
「…………」
返答なし。
ただ見ると、既にユミルは以前にも口にしていたココリの実を口にちまちまと運んでいた。それをみて、リョウはニヤリと笑う。

「俺のパン、やろ「いらない」う……んん?」
言いきるより前に、ユミルの口から拒否の言葉が出て来て、リョウは苦笑する。

「いらねぇってなぁ……まだ飯それしか食ってねぇのか?腹減らねぇのかよ?」
「別に」
「あのなぁ……」
リョウは呆れたように言った。
マーブルとの話をしていた時からまぁ食事が貧相なままと言うのは分かっていたが、此処まできっぱり断られるとは……
ためしにサンドを取り出し、ちらつかせてみる。

「んな警戒しなくても毒なんざ入ってねぇぞ?」
そう言うと、ユミルは何が気に障ったのか凄まじく不愉快そうな目でョウを睨む。

「……その保証は、何処にあるの?」
「む……」
いわれて、リョウは言葉に詰まった。
とはいっても、この世界で食物に毒が入っていない物的証拠など示しようが無い。

「そりゃまぁ……俺を信じてもらうしかねぇけどな」
「なら僕は、キミを信頼できない。だからいらない」
「……そうかい」
こう言われてしまっては、どうしようもない。
仕方なくリョウはサンドをかじる。少し固めながら肉汁とソースを吸って軟くなったパンと、肉の触感が絶妙だ。

「うめぇのになぁ……」
「…………」
ふたたび、無言になる。
その沈黙は、七時ごろ、寝る前まで続いた。

────

「んじゃま、俺は寝るぞ。寝込みの心配があんなら……俺が寝た後に寝るか、寝ないか、好きにしろ」
「……ねぇ」
ランタンの明かりの元、寝袋の中に入って寝ようとしたリョウに、それまで沈黙していたユミルが、不意に声をかけてきた。
すこし驚きながらも、勤めて冷静にリョウは返す。

「……ん?」
「……ジン」
「っ……」
「ジンって、キミの事だよね」
「…………」
しかしその話題はと言うと、リョウの余り望んでいない話しの方向性であった。

「ジン、ね……最強プレイヤーとか言われてる彼奴か?」
「とぼけないで」
「…………」
見た目だけで特定されてしまう程有名な名前かと、リョウは内心溜息をつきたくなる。が、かなりユミルは真剣な顔で訪ねて来ている。
これにとぼけ通すのは、少々無理が有りそうだ。

「……そんな風に呼ばれることもあるな。だったら何だよ」
「……オレンジを殺して回ってるって聞いた」
ますます面倒な方向に話が進みそうで、リョウは頭を抱えたくなる。

「あっちが勝手に絡んでくるから自己防衛しただけだ。で?それともあれか?俺の事やたら警戒してんのは、その話のせいか?」
「…………別に」
そういって、ユミルはまた黙りこむ。訳が分からなかった。

「何なんだよ……」
いいながら、リョウは寝袋に潜り込むと、そのまま目を閉じた。

────

八月であるため、夜明けも早く。夜明け前と言ったら四時前には起きなければならない。

「ん……」
耳元でトロンボーンの軽快ながらトランペットと比べると地に足付いた感じのファンファーレが響く。
目をうっすらと開くと、はじめに森が見え、その木々の間に薄暗い空の蓋が見えた。

「ふぁ……熱帯夜……っつーよりは涼しいな。マイナスイオンか……?」
有りもしない仮定の話をしつつ、リョウは身体を起こす。ひんやりと身体に纏わりつく空気が、今の季節だと涼しい。
現在時刻三時半。7時頃に床に付いたのでたっぷり八時間は寝た計算だ。寝覚めは快調。一応接近警報アラームを設定しておいたが、誰もかからなかった所を見るとこの場所にはモンスターは湧出(ポップ)しないらしい。
寝袋をしまいつつ、リョウは首と肩をほぐすように回す。別に寝る体勢も糞も無いのだが、癖のような物だ。と……

「よぉ。よく眠れたか?」
「…………」
自身のいる森の中の空間の端。其処に、寝る前と変わらぬ姿で、ユミルが居た。
相変わらず返答も反応も返してこない彼に苦笑しつつ、リョウは続ける。

「そだ。お前ミッツの実って持ってっか?あるならくれよ」
リョウが言うと、いつか見たような胡散臭い物を見るような、容赦のない冷凍光線……もとい。冷凍視線が飛んできた。
相変わらずの無言を暫く貫いた後、ユミルは懐から袋を取り出し、中身を一つ投げつけるようにリョウによこす。

「サンキュ〜サンキュ〜」
ニヤリと笑いながら、リョウは受け取った小さな水色の木の実を口に含み、噛み砕く。

「ふぉっ……」
次の瞬間、口全体に強烈な冷感とスーッとする感覚が駆け抜け、眠気が一気に吹っ飛んだ。

「んっ。やっぱこれあると違うなっと」
言いながら、リョウは傍らに置いてあった冷裂を手首を使って回転させ始める。
初めは短くヒュンヒュンと音を立てるだけだったそれが、段々とそのシルエットを大きくしていく。
やがてそれはブンブンと重々しい風音を立てて回る一本の薙刀となる。ダンッ!と音を立てて回転は止まり、そこに何時も通りの冷裂の姿があった。

「ん~、よし」
ざっと見て冷裂に異常が無いことを確かめると、リョウはその場に座り込んで無限ポットを取り出す。

『さて……』
後どのくらいで、扉は開くのだろうか?
そんな事を考えつつ、リョウはカップに注いだホットティーを飲む。
そうしてそのままリョウがその一杯目を飲み終わった丁度その時、それは起きた。

ギギ、ギギギギ……

「おっ!?」
「っ……」
固く閉ざされていた扉が、木の軋む音を立てた。
扉と地面、あるいは扉と扉のあいだから塵埃を少しばかり舞わせつつ、それはゆっくりと手前側に開いていく。

フロアボス攻略戦などでそう言った光景を見慣れているリョウは特に動じずニヤリと笑ってそれを見ているが、ユミルはと言うと少し腰が浮いており、若干緊張したようにも見える面もちだ。

やがて扉が開ききると、その向こうに木で出来た長めの階段が現れた。

「……んじゃ、行きますか」
「…………」
リョウが若干浮き足調子で階段を上り始めると、ユミルは喉の奥から息のような、声のような音を出しながら続いて歩き出した。

――――

階段を登り切ると、小高い丘の頂上のような場所に出た。
丘にしては平面な部分が広く、直径はフロアボスの間くらいはありそうだ。丘を下った所には相変わらず森が広がっており、広場の中央には……一本の“枯れた”大樹が立っていた。

「……んん?」
「…………」
リョウは首を傾げる。今回の目標は木の実だ。なので最終的に木が有ることに関しては……まあ大きさはともかく納得できる。
しかし、肝心の木は枯れていて木の実どころか青葉の一枚すら生えていない。これは一体どういう訳だろう?

「…………」
「んー……あ、おい!」
まさかのガセか釣りクエスト?
などとリョウが対応を考えていると、突然後ろに居たユミルが前に出た。
制止も聞かずに前に出て行ったユミルは……

ザクッと行った。

「oh……」
手に持っていたハルバードの先端を、思いっ切り枯れ木に突き刺したのである。
変化は、直ぐに起きた。
ギシギシと音を立てて、木が動き出す。枝の枯れ葉を落としながらまるで蠢くように躍動する木を確認するや否や、ユミルはその場から飛び退いた。

次の瞬間その場所の下から太い根が波打つように幾つも飛び出し始める。恐らくはそのまま其処に居たならユミルはバランスを崩していただろう。

次々に根を地面から掘り起こすように登場させ、ゆっくりと動き出すそれを、ユミルが少し離れた位置で、リョウが更に離れた位置で互いの得物を構えて見ている……と、その時。

ビュンッ!

「っ!」
一本の、地面から木の左側に出て来たひときわ長い蔓のような根がいきなり震われ、正面に居たユミルにまるで鞭のように迫る。

しかし、その程度の事で慌てる程ユミルとて素人ではない。

ハルバードを下段から振りかぶるように構えると、斧部分が黄色のライトエフェクトを帯びる。

両手斧 単発中級技 《アース・ダッシャー》

下段からゴルフのように刃を半ば地面に埋める勢いで振るい、対人戦や通常モンスターとの戦闘では相手を空中に打ち上げることすら出来る豪快なスキルだが、反面両手武器にしては攻撃範囲が狭く、使いどころを選ぶスキルでもある。

まあしかし、今の相手はただ馬鹿正直に自分に向かってくる蔓である。タイミングを計れば逆に斬り飛ばすことが出来る威力のスキルだし、ユミルにはそれが出来るだけの“眼”も経験も度胸もある。

「りゃぁっ!!」
そうしてタイミングを合わせ、ユミルはハルバードを一気に振るい……

直後、ズパァンッ!と言う木の鞭が斬れる景気の良い音が、“二重に”響いた。

「っ!?」
「ふぅ」
後ろから聞こえたもう一つの音に、ユミルは驚いて振り向こうとするが、しかし硬直時間のせいで出来ない。
と、頭上で何か重い物がぶつかった音がして、ユミルの前に自分が中程から切り裂いた蔦が乾いた、しかし質量を感じさせる重い音を立てて叩き付けられる。
ズルズルと音を立てて引き戻されて行く眼前の蔦には目もくれずに振り向くと、其処に予想通りの光景があった。

自分の方と同じく引き戻されて行く蔦と、青龍堰月刀を肩に担いだムカつく浴衣男の背中。
リョウは自分を見るユミルの視線に気づくと、意地悪くニヤリと笑って言った。

「お前、防御力低いんならもうちょい初見殺しに気をつけた方が良いと思うぜ」
「っ……!?」
図星を刺されたのか、ユミルの顔が羞恥と怒りで紅潮する。

「〜〜ッ!……ッ。〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
何か言い返そうとパクパク口を開き閉じを繰り返すが、残念ながら有効な返しが浮かんで来ないのか何も言えない。

「ま、次からは気をつけたまえ」
「よ、けいなお世話だよっ!!」
完全に憤慨したらしく、地団駄でも踏み出しそうな剣幕でそれだけを言うとユミルはふんっ!と鼻を鳴らしてリョウに背を向ける。

リョウは苦笑しながら「んな怒んなって」と言うがユミルは「怒ってない!!」と返す。
不思議な事に、余計怒っているようにリョウには見えた。
と、リョウは表情を真剣な物にして言う。

「っと、来るぞ」
「っ……」
それに合わせ、未だ納得していない様子だったユミルも、怒りの矛先……ではなくハルバードの矛先を大樹に向ける。

躍動していた大樹の根は既に地面に上がりきり、まるで何本もの足のように幹を支える。
先程ユミルを打ち据えようとした蔦は何本かが絡み合い、まるで太い腕のようになる。
そして樹の幹本体には、樹その物の裂け目がまるで両眼と口のように位置取られ、さしずめお化け大樹と言った様相だ。

そうして、その裂け目の口が大きく開かれ……

「ギシギシャァァァァァ!!」
軋むような。はたまた空気が抜けるような音をたてて、咆哮(ほうこう)した。 頭上に表情された名前は……

《The King of Dead tree(枯れ木の王)》

「こうなっちゃ不干渉も糞もねえ。経験値とドロップは倒した奴のもん。それ以外はお互いご自由に。OK?」
「…………」
ユミルは答えない。代わりに一息、鼻をふんっと鳴らした。その反応を了承と理解したリョウがニヤリと笑って、示し合わせたように二人は構えを取る。

リョウは冷裂の柄の上部を右手で、下部を左手で。身体の左下から右上に冷裂を通すように持ち、右半身を斜めに敵に向けるようにしてニヤリと笑う。

ユミルは逆に左半身を向けるような形だ。左手で上部を右手で下部を持ち、身体の右上から左下にかけて、穂先を地面に向けるような下段の構え。身体その物も少々前傾系の姿勢で、独特な物が感じられる。顔は相変わらずの不機嫌面だ。

そして彼等の互いの構えは奇しくも、穂先をそれぞれ上下にし、互いに背中を合わせるように構えているせいで(勿論本人達にそんな意識は無いが)あたかも“対”であるかのような構えとなっているのだった。

「さて、やりますか!」
「ふっ!」
「シャァァァァァ!!」

戦闘開始

────

「羅ぁっ!」
リョウの振るった冷裂が、枯れ木の王の身体を大きく深く傷つけ、三段のHPの二段目がガクンと一割五分ほど減少する。枯れ木は一瞬身体を硬直させてノックバックするも、反撃とばかりに乾いた樹の右腕をリョウへと振り下す。対し……

「勢ィ!」

足技 単発技 柱脚

ライトエフェクトを纏った足を真上に向かって振り上げられ、それが木の腕と激突する。それは少しだけ硬直すると……

「ぁぁぁあ圧ッ!」
「ギガッ……!?」
リョウの気合と共に、跳ね返されるように弾かれた。衝撃で、枯れ木のHPが更に五分減った。
そうしてノックバックした枯れ木に、正面からユミルが突っ込む。

「はぁぁっ!!」
飛び上がったユミルがリョウの頭上でハルバードを振り上げる。同時にリョウは強めのバックステップを繰り返してユミルに場所を空ける。

「っりゃぁ!」
振り上げられたハルバードはライトエフェクトを纏い、着地に合わせて振り下ろされる……

両手斧 初級単発技 バスター

両手斧のカテゴリの中でも特に初期の物であるこの技だが、ユミルは相変わらず自身の意志でソードスキルの軌道を辿って振り下ろし、そのスピードと威力をブーストする。
かなりの勢いで振り下ろされた斧槍は、その刃を枯れ木に食い込ませたかと思うと、そのまま削り取るように大樹を縦に一閃した。

「ギィィッ!?ガァッ!」
「ふっ!」
更にHPを一割程削られた枯れ木はしかし、やられてばかりではおらぬとばかりに大量の木の下の根っこで出来た足でユミルを蹴り飛ばそうとする。対し、ユミルの行動は迅速だ。
バスターは初級スキルで有るため、スキル後の硬直が短く、即座に体勢を立て直せると言う利点がある。
振り下ろしたままの体勢で固まっていた身体は即座に回復し、何時も通りのタクトパリィで向かって来た根の内、自身の身体にぶつかる物だけを見極めて弾く。

右に左に急旋回を繰り返して弾き返す槍は、ユミルの武器振りの速さを如実に表していた。

一区切りがつき、バックステップ気味に下がるユミルと枯れ木の間に、再びリョウが割り込み痛撃を放つ。

枯れ木の王との戦闘開始から既に15分程が経過していた。そしてその時間に見合うだけのダメージ量は……まあ与えられて居たと言うべきだろう。
枯れ木の王は、流石にクエストボスであるためか、ボスモンスターと言ってもその体力は三段である上に、防御力はそれほど堅くは無かった。
実際二人だけで挑んでいるにもかかわらず既に二段目のHPバーの半分以上HPは削れていたし、対して攻撃パターンは肉弾的な物ばかりで、単調で避けやすいため二人はまだ一度も攻撃を受けていない。そして……

「砕ィ!!」
リョウが経った今放った一撃によって、その二段目も消滅した。

変化は、そこから訪れた。

「よっと、なんだよ、ボスにしちゃ随分柔らかだな……っと!まったまった!」
「っ!?」
はねるように後退し、ユミルのとなりに立ったリョウは、ふたたび後退するように前に出ようとしたユミルの首根っこを掴んで止める。
飛び出そうとしたユミルはと言うと、ぐっ、と一瞬息の詰まるような音を出した後、体を捻って腕でそれを叩き払い、その勢いのまま不遜な事をした男に自身の得物を向けようと振り返って……背中から響いた方向に仰天した事でもう一度振り返った。

「ギジジジャァァァァァァァァ!!」
「ボスモンは残り一段になるとかすっと攻撃パターン変わることあっから。覚えとけよ」
三段目のHPバーに入った為に、モンスターの状態が変わったのだ。
リョウに忠告された事が不服だったのか、ユミルはまたしてもふんっ、と鼻を鳴らす。
やがて咆哮をやめた木は、両腕のようになっている手と、同体である幹を弓なりに後ろへ反らし……

ビビビビビュン!!

「っと!」
「っ!」
空気を切り裂く音が響き、枯れ木の全身から放たれた蔓が、一斉にユミルとリョウに殺到した。

「ユミル!左、16!」
「っ!」
言われて、ユミルはリョウの左に付く。命令するなと文句の一言も言いたかったが、そんな暇は無い。
即座に殺到してきた蔓達を、二人は弾き返し、切り裂き始める。
とはいっても元来筋力強化型にしては非常武器防御のテンポが速い二人である。高速で接近してきた蔓達は、剛槍とプロペラのように回転するタクトパリィによって次から次へと木片に変えられていく。

が、当然全てが全て叩き落とされた訳ではない。元来ユミルほどパリィのうまさを持たないリョウは、そもそも数発は当たる事覚悟の上で武器を振っている。そのため、直撃は無い物の数本のツタがリョウに掠ってから根元を切られて叩き落とされる。

「っへ!こんなもんで!」
しかしそれでは同居人の気合いがこもった防具であるリョウの翠灰の浴衣を突き破るには全く攻撃力が足らず、へったHPは一割二届くかとどかないかと言う所だ。
対し、パリィの上手いユミルはハルバードを凄まじいスピードで振りまわして、みるみるうちに十数本のツタを叩き落とす。が……

「ぐっ……!」
「ん、」
流石に全ては弾ききれずに、ユミルの腕にツタがかすった。
少しだけうめいたユミルだったが、すぐに元の仏頂面に戻って技後の硬直なのか、少し固まっている枯れ木を睨む。
少しだけ目を見開いて驚いたような様子を見せたのは、リョウの方だった。

『っち、やっぱかよ……』
先程リョウは、「防御力が低いのだから」といった。これはまぁ、早い話ユミルの装備と動きを見ていれば分かった。
恐らくだが、ユミルは殆ど防具の類を付けていないだろうと、リョウは推測していたのだ。防具を装備しているにしては腕や肩の可動範囲が広すぎるように思えたし、歩いて居る時に、体の方からはスローイングダガーを除く殆どの金属系の音がしなかった。するのはせいぜい布ずれの音程度。リョウの着る翠灰の浴衣は上層でとれる有るモンスターの素材を利用して出来たものだが、それでも動くと少々硬質な音がする。
対し、ユミルはそれが殆どしないどころか、布ずれの音すら最低限。厚手の気配すらしないのだ。
だからこそ、リョウはユミルの防御能力が低い事には軽く察しが付いたし、それをあの高軌道のパリィで補う事こそが、彼のスタイルなのだろうと思っていた。そして現実に……今のかすりで、ユミルのHPは半分が削られた。

「……耐えて二発とみて良いか?」
「…………」
ユミルは答えない。しかしこの状況に置いて、彼の沈黙は肯定だ。

「しょうがねぇ……カバーに……」
「要らない」
「……そうかい」
入ろうかと言おうとしてもこれだ。しかしここからはボスの行動パターンが変わるため、油断できない。
最悪、ユミルの言う事は無視してカバーに入る事も考えておくべきだろう。
恐らくユミルはかなり嫌な顔をするだろうが、目の前で死なれるよりはよっぽどましだ。

そんな事を思っている間に、枯れ木の王が接近してくる。

「ふっ!」
「あ、おい!」
と、ユミルが飛び出した。
接近してきたユミルにむかって、枯れ木の王は右腕を振りかざす。対してユミルは姿勢を低くして一気に突っ込むと、頭上ギリギリの所を通った拳を無視して、一気に懐に飛び込むと……

「はぁっ!」
ソードスキルを起動。
ライトエフェクトを纏ったハルバードを振り下ろし、自身の胸辺りで止めて突き出す。

両手槍 中級連撃技 ダブル・ファング

突き出された槍を受けた枯れ木の王は、行き成りの衝撃に驚いたのかノックバックする。その隙を逃さずに、硬直から回復したユミルはノックバックが取れたばかりの枯れ木の王に……

「せぁぁっ!!」

両手武器 初級単発技 ハリケーン

ソードスキルで、横一閃に枯れ木を斬り裂く。
しかし流石に初級技では威力が足りないのか、今度はノックバックは起こらない。
しかし感激のように順番に振り下ろされた巨木の両腕を、ユミルはステップとパリィで防ぎきる。と、そこで、気付いた。

木が、根を張っていたのだ。
先程までは張っていなかったのに、一体どうした事かとユミルが思った次の瞬間……地面から無数の木の根が、ユミルめがけて突き出してきた。

────

「ったく、言ったのは俺だけどよ……此処まで不干渉貫くか彼奴……」
突っ込んだユミルのソードスキルを眺めつつ、リョウは一息ついてからの後退に備えその場に待機する。
と、ユミルがスキルで横一閃に枯れ木の王の体を切り裂いた直後、枯れ木が思い切り根を地面に刺すのが見えた。ユミルは気づいていないのかそのまま戦闘をしているが……

「って、あれヤバくね!?」
樹木を模したモンスターが根を地面に刺す動きをした際、王道的には二つのスキルの呼び動作であると予測できる。一つは地面から養分を吸う事でのHP回復。もう一つは地中からの攻撃である。
しかし、今まさに活動中の樹木であるならともかく、相手は枯れ木である。地中から養分も糞も無いだろう。と言う事は……

「っとっと!!」
リョウは慌てて飛び出し、木の腕を振り下ろしてのスタンプをかわしながらユミルに近付く。そしてユミルの丁度真後ろへとたどり着いた次の瞬間……

「っと!!」
「っ!?」
またしても、と言うか今度は背中の服の布を掴み、リョウは斜め上後ろへと大きく飛んだ。同時に、地面から突き出した無数の木の根が、ユミルが先程まで居た場所を貫く。

「っぶね……」
「……!?~~~!!」
「おわっ!バカ暴れんな!」
またしてもバタつくユミルを、リョウは着地して即座に離す。着地したユミルは、憤慨したようにリョウに強い口調で言う。

「不干渉なんでしょ!?(手助けは)要らない……!」
「あのな。お前が自殺志願者なら俺だってそうしてるっての。けど……うぉっと!?」
「っ!」
言い争いに発展し掛けたが、其処に枯れ木が自分を無視するなと言わんばかりに右腕から蔓を飛ばしてくる。同時にリョウとユミルがバックステップでかわすと、丁度彼等が居た地点に太い蔓の先端が突き刺さる。
土煙を上げて下がりながら、リョウは怒鳴る。

「ふっ……!あの状況であれ以外どうしろってんだ!?」
「だったら口で言えば良いじゃないか……!!」
「間に合うかってんだ……気付いてなかったお前が悪い!」
「〜〜〜〜っ!」
言い返せないのか、あるいは怒りで言葉が出て来ないのか。ユミルは歯軋りしながら自己制動を終える。

「とにかく!もうああいうのは止めて!」
「やなこった!つかそれ以前に、お前今ので俺に貸し一つ……っとな!」
「!?」
更に飛んできた左の蔓をまたしても下がってかわし、ユミルが言い返す。

「何だよそれ!ボクは頼んでなんか……」
「お前の手伝いがいんだよ」
「ボクにはどうでも良い!」
「良くねえ筈だ。勝ちの策だ」
「…………」
と、言い合いが止まる。ユミルが不機嫌面から一転して真剣な(まあまだリョウを見る目は鋭いが)表情に変わったのを見て、リョウはニヤリと笑う。

「乗るかい?」
「…………内容を聞かせて」
「All right. 充分だっと!」
「ふっ!」
其処から二人は、次々飛んでくる蔦をかわしながら話し合い……と言うか、リョウが一方的にユミルに策を伝えた。
そして話終えると……

ユミルは相当に迷ったような表情を数秒にわたって見せた後、小さくこう聞いた。

「…………出来るの?」
「やろうと思えば多分な。ま、乗るか反るかはお前が俺を信じてくれるかにもよる」
「…………」
「あー……」
と、言ってからリョウは言葉を間違えた事に気付く。彼は少なくとも現時点で他人である自分を信用するつもりが無いことは分かり切った事だ。「信じろ」と言って、「分かった」と返ってくる訳がない。と言うことは……

「なら……」
「分かった!じゃこうしようぜ」
「……?」
何か(恐らくは拒否を)言いかけたユミルの言葉を遮って、リョウは言う。

「“俺”は信じなくてOKだ。“俺の実力”を信じろ。これでどうだ?」
「…………」
言うと、ユミルは黙り込む。そこに、リョウはだめ押しのようにもう一言。

「少なくとも、お前が信頼する“お前の実力”以下ってことはねえぜ?」
「っ!」
カチンッ!と言う音が聞こえた気がした。キッとユミルが心底不愉快そうに自分を睨むのを、リョウはニヤリと見返す。
ほんの一瞬にらみ合うように視線を合わせた二人はしかし、ユミルが視線を前に向け、ちっと小さく舌打ちをした事でけりが付いた。今のは舌打ちだが、了承の意味だ。少なくとも、此奴(ユミル)は拒否するときはきっちり拒否するタイプだ。

「んじゃ早速だけど行くぜ?」
「好きにすれば」
まるで他人事のように言うユミルに苦笑しつつ、リョウは踏み込む。直後、枯れ木は先程と同じように、その巨躯を大きく逸らす。

「ちゃんと着いて来いよ!」
「偉そうに!!」

ビビビビビビビュン!!

蔦が空間を切り裂く音が響き、リョウとユミルが一気に踏み出す。ユミルは、リョウの左に着いていた。
飛んでくる蔦達に対し、リョウ達の進路は真正面真っ直ぐである。

蔦達は、枯れ木を中心に一旦平面200度以上の角度に放たれた後、その軌道を枯れ木の正面に向けて飛んでくる。この場合、標的が中央に居る際は蔦達は一斉に中央に殺到する。
さて、この正面広範囲の蔦攻撃に対し、それを突破して技後の隙を狙おうと思うと、どのルートが最も蔦攻撃を受ける確率が低いか?言うまでもない。中央である。

一旦拡散してから集まると言うことは即ち、中央を攻撃するには弓なりの軌道を描かねばならないため、必ず懐に空間ができるということである。
しかし一直線に通り抜けようとすれば当然、攻撃からの視覚的、精神的圧力を最も受けるのも中央だ。そしてそれによって勢いを殺がれることは、それすなわち即、集中砲火を受けることに繋がる。つまり、躊躇ってしまえば、リョウの場合大ダメージ。ユミルの場合は死に繋がるのだ。

だからこそ、二人は筋力値に任せて一気に飛ぶ。躊躇わず、迷わず一直線に飛ぶ。

そうして……

「っぉお!」
「ふっ!」
一気に枯れ木の懐に飛び込んだ二人は、自分たちの後ろで地面が次々に抉られる音を聞きながら、一斉に互いの得物を振り上げる。
二人の得物に、同時にライトエフェクトが走り、隙だらけの本体に向けて……

「割れろぉ!!」
「っらぁぁ!!」

薙刀 重単発技 剛断
両手斧 初級単発技 バスター

お互いに充分に威力の乗った一撃が平行な光の筋を描いて振り下ろされ、枯れ木に直撃した。HPがガクンと一気に減り、残り二割五分まで減少する。

「ギジャァァァ!!」
「っと!」
「っ!」
かなり大きくノックバックした枯れ木には見向きもせず、ユミルがいち早く硬直から回復し、バックステップで少しだけ下がる。

「ガァッ!!」
対し、枯れ木は何とかノックバックから回復し、太い右腕を振り上げると、一気にユミル目掛けて振り下ろす。が……

「勢ィ!」
すくい上げるように振るわれた冷裂がそれを阻んだ。続けて振るわれた左腕も、リョウは冷裂で弾き返す。その間にユミルは腰を捻って槍を水平に両手で引き絞るように構える。その槍がやがて、真紅の光を帯び始める。

「はぁぁぁぁ…………!」
「グオオオォォォッ!!!」
「っ!?」
そのユミルの“溜め”に脅威を感じたのか、あるいはなかなか振り下ろし切れぬ状況に業を煮やしたのか。枯れ木が遂に動いた。
両の腕を振り上げ、限界まで振り上げたそれを空中で合わせる。途端、その二つの腕が蔦にも度って絡まり合い、巨大なハンマーのような先端に姿を変えたのである。

明らかに尋常ではない威力をはらんだそれを見て、ユミルがスキルを中断仕掛ける……が、

「動くなユミル!問題ねえ……!」
リョウの声が、それを止めた。
リョウは冷裂をユミルが《アース・ダッシャー》を放つ時のように穂先を自身の斜め下後ろに向け、その先端に黄色いライトエフェクトを纏わせていた。明らかに、受け止める構えだ。

リョウに止められた物の、ユミルはまだ迷う。しかし……

『“俺の実力”を信じろ』
ちっ。と、ユミルは再び舌打ちをする。他人を信用するつもりは無い。無いが……少なくとも、この男の筋力値は本物だ。だからユミルは、そのまま溜めた。そして……

「ギガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
「おおっ!!」
振り下ろされた木のハンマーと、振り上げられた冷裂が激突する。
それは衝突と同時に凄まじいライトエフェクトを撒き散らし……

「っは……こんなもんか、よぉっ!!」
「ガッ!?」
しかし一瞬で、それは冷裂に押し切られた。
振り切られた冷裂が一気にハンマーを押し返し……

「亜ァァァッ!!」
枯れ木はその勢いに持って行かれるように、両腕を振り上げる体勢を強制された。その腕からは、ハンマーが綺麗に消失していた。

薙刀 重単発溜強化技 崩山月(ほうざんげつ)

そして……

「ユミル!」
「ヴォーパル……チャリオット!!」

両手槍 重単発技 ヴォーパル・チャリオット

凄まじい威力を誇る紅の槍が枯れ木の身体を貫き……


「ギジャァァァァァァァァァッ!!」
出て来た時と同じく軋むような断末魔の叫びと共に、その身体が爆散した。

――――

「うっし、終わり!ユミル!」
「……?」
数秒たち、互いがスキル硬直から回復する。と、リョウがユミルに声をかけた。
訝しげにユミルはハルバードを持ったまま振り向く。其処に不意打ち気味に……

「お疲れさんっ」
「わっ!?」
リョウがユミルの頭をワシャワシャと撫でた。

「…………!?!?」
「おぉ、マジでさらさら。良い髪質してんなぁお前」
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
直後、ユミルは思いっきり、その手を払いのけ……ようとして、リョウの腕に笑いながらその一撃をかわされるのだった。

────

「んで、ボスは倒したわけだけどよ……どうすりゃ良いんだ?これから」
「……知らない」
「っはは。そりゃそうか」
少しの間じゃれた(と言うかリョウが一方的にユミルをからかった)後、枯れ木の王が消えた丘の上には静寂が戻った。居るのはリョウとユミルの二人だけ。有るのは背の低い草と、初めに枯れ木の王が居た場所に有る深い穴のみだ。
と……

「お?」
「んっ……」
突然、当たりが明るくなり、リョウはニヤリと笑って光源をチラリと見、ユミルは眩しそうに顔の前に手をやってそれを遮る。
黄金色の光が、外周部の向こうに広がる空の彼方から差し込んでいた。

「夜明けだな」
「…………」
目が慣れたのか、ユミルは少しまばたきをしていた目をとめて、光源……太陽を見る。
そのときだった。

「おっ?」
「っ!」
周囲に地鳴りが響く。と同時に、地震のように地面が揺れはじめ……

「うおっ!?」
丘の中央にあった深い穴から、メキメキと言う音を立てて黄色がかった茶色の若々しい樹が現れ……

「こりゃまた……」
「…………」
それが先程まで存在していた枯れ木のように。しかし遥かに若々しく、強く、堅く、広葉を青々と茂らせて、その場に表れた。
地鳴りが収まった時、そこにあったのは……

「ミオレの樹……ってか」
オレンジ色の果実をいくつも付けた若々しい大樹が、其処にはあった。

そして……

「うおっ!?」
「わっ!?」
その果実が一斉に、雨のように落下を始めたのである。丁度広がった枝の下に居たリョウとユミルは、その果実の雨をモロに受ける羽目になり……

「こりゃあ……」
「…………」
二人が唖然としながら周囲を見渡す。陽光を瑞々しい果実が宝石のように反射し、キラキラと光りながら落下して地面に落ちたミオレの実が、地に着いたそばから青色の光となって消える。
消滅しているのではない。リョウとユミルそれぞれのストレージに、平等に分配、収納されているのだ。

「っはは!こりゃ面白いシャワーだな!」
「……にっ!?」
「あん?」
「~~っ」
となりから妙な声が聞こえ、リョウがそちらを見ると、ユミルが頭を押さえていた。おそらくは、実が頭に直撃したのだろうが、別に痛みも無いはずだ。先程からリョウの体にも数発当たっているのである。おそらくは反射的に声を上げてしまったのだろう。しかし普段から仏頂面の彼が驚いたような顔で頭を押さえているのを見ると……

「ぷっ!はははっ!」
「~~~~!」
何となく笑えて来て、リョウは声を出しながら遠慮することも無く笑ってしまった。
ユミルが顔を紅潮させ、明らかに怒った顔で此方を睨んでいたが、気にならなかった。

やがてミオレの樹はその実を全て落としきり、沈黙した。

「…………」
「…………」
まるでファンタジー映画の一シーンのような光景をみたせいか、二人は少しの間其処に固まる。
しかし少ししてリョウが視線を移すと、若々しい樹にやたらと大きな洞が出来ているのが見えた。おそらくは、あれに飛び込めば……

「うっし!帰ろうぜユミル!」
「…………」
振り返ってユミルを呼ぶと、彼は一瞬無言のまま、まだ憤慨しているのかリョウを一つ睨んだ後、やっぱりふんっと鼻を鳴らしてリョウを追い越し、洞にするりと入りこんだ。

「ったく。やっぱ冷めた奴だなっ!」
そう楽しげに言いながら続くリョウの顔には、やはりと言うべきか。ニヤリとした笑顔がにじんでいた。

────

「いやー、終った終わった!」
「…………」
体を伸ばしながら言うリョウコウの横から、ユミルが農園の親父の家の扉をくぐって出て来る。

「よっ。お疲れさん」
「……」
声をかけたリョウを、ユミルが睨む。明らかに、「慣れ慣れしく話しかけんな」と言いたげだ。

『ま、良いけどよ』
そう思いながら、リョウはついさっき受け取ったばかりのミオレの実を取り出すと、一口かじる。

「あんぐ。腹減ってんだろ?お前も自分の食えば?美味いぜこれ」
「…………」
リョウがそう言うと、ユミルは一度胡散臭い物を見るようにリョウを見た後、しかし朝から何も食わずに行き成りボス戦だった事を思い出したのか否か。自身のアイテムストレージを操作すると、右手にミオレの実を取り出した。
小さな口を開け、くしくももう一口とばかりに口を開けていたリョウと全く同一のタイミングで、それをかじる。

「「…………」」
しばし無言でそれを咀嚼した後、リョウはニッと笑い、ユミルは驚いたように目を見開いた。

「ん!うめぇ!」
「おいしい……」
声が被った。

「……ぷっ」
「っ!」
固まったままでいた二人の内、リョウが先に吹き出す。ユミルはキッ!と音が聞こえそうな程のスピードで、リョウの方を睨んだ。

「オイオイそんな睨むなって。別に馬鹿にしてんじゃねぇんだからよ……ぷふっ!」
「っ!だったらなんで笑ってる訳!?」
「っっい、いや別に……っはっはっはっはっはっ!!!!」
「何だよ!言いたい事有るなら言えば!?」
意味が有るのか無いのか。何か言いたげに、しかし何も言わずに唯爆笑するリョウを見て、ユミルはリョウに食ってかかる。しかし何を行ってもリョウが笑うだけだと理解すると、いつも通りの。心底不愉快そうな顔をして、虚空をにらんでミオレをかじった。美味かった。

しばらく笑うリョウと不機嫌面のユミルと言う構図が展開した後、ようやく笑いを抑えてリョウが言った。

「ふっはは!はぁ……はぁ……んじゃま、俺行くわ。くくっ……縁が有ったらまたな!少年!!」
そういって、リョウは歩きだす。
その背中を見もせずに、ユミルは言った。

「もう二度と会いたくないけど……っ!?」
しかし彼は、有る事に気づいて驚いたようにリョウが居た方向に首を向ける。しかし、転移結晶を使ったのだろう。そこに、既にリョウは居なかった。

「あいつ……いつ……」
ユミルは小さく呟いたが、その問いに答える者もまた、今の彼には居なかった。

上った太陽は既に高く。天頂の有るこの世界をどういうわけか明るく照らしていた。

ユミル編 END



Crossing story 《子どもと、大人と、青年と》 完 
 

 
後書き
はい!いかがでしたか!?

全部初見だった人は、おそらくかなりのボリュームかと思いますがw

ではっ! 
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