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SAO‐戦士達の物語《番外編、コラボ集》

作者:鳩麦
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コラボ・クロス作品
戦士達×ツインズ
   おまけ!その二

 
前書き
さてさて、では、もうひとつのおまけに参りましょう。

と、その前に、このお話を読む方に少しだけご注意を。

まず、このお話は、ソードアート・オンライン・リング・オブ・ハートを読んでいない方は、非読を推奨いたします、

強制ではありませんが、出来ればリング・オブ・ハート本編を読んでからのほうがよりお楽しみいただけるかとw

さて、此処まで言えば、もうひとつのコラボの内容はお分かりですね?

では始めましょう!

戦士達の物語×リング・オブ・ハートです!

どうぞ!! 

 
「っづあ〜〜腹減った……」
八月初めの今日……リョウは一人、第五十二層の過疎村である、《ウィークラック》にやってきていた。五十二層には特に効率の良い狩り場が有るわけでも、ましてレアなクエストが有るわけでも無いにも関わらず何故こんな過疎地にリョウがやって来ているかと言うと……実は、アスナの命令だったりする。

此処。第五十二層には他の階層と比べても一風変わった森がエリアとして広がっている。通称を《薄光の森》。主街区、《ジュイン》を中心に広がった巨大樹。霊樹によって、少々“樹陰”……木陰“こかげ”と言うには暗すぎる影の部分に広がる森で、生息している植物達その物や、その花粉等あらゆる物が薄く発光し視界に困る事無く尚且つ、幻想的な景色を魅せてくれる森だ。

その森の中で時折、明らかに強めの光を放つ青い花の蕾を見かける事が有る。
実はそれ、“採取”する事が出来るのだ。
手に入れた時に表示されるのは“青光の花粉袋花”。使用すると、周辺に青く発光する花粉を振り撒き、約10分程周辺の空間をランプ無しでも明るく照らす事が出来るというアイテムだ。

そして今回リョウに“遅刻常習犯の罰”として、遂に堪忍袋の緒が切れたアスナが出した課題は、これを四十個入手する事。

今回経験値効率の良いあるダンジョンのダンジョンボスが、暗闇で戦い、尚且つランプ系アイテムを持つプレイヤーに対して無条件に憎悪値(ヘイト)が上がり続けると言う厄介な特性が見つかった為に、対抗措置が必要になった為の課題だ。しかし……

「一人で四十とか彼奴……絶対労働基準法違反だっつーの」
ブツブツ言いながらリョウは歩く。午前中から今……夜の7時までに集まった袋花の数は37個。後たった三つだったが、最早森中のそれを取り尽くしてしまったのかどうにも見つける事が出来ず、結局今日は主街区よりも近かったこの村で一泊して、明日残る三個を探しつつアスナの下へこれを届けるつもりで、リョウは歩いていたのだ。

「先ずは腹ごしらえして……サッサと寝てえな……」
とは言えこんな過疎地ではまともな飯は期待出来まい。などと思いつつ、リョウは左右を見回し何とかある程度以上の宿を探そうと村の中を歩き回る。そして……その店を見つけた。

「おっと……こりゃあ、また……」
一目見て、リョウはその脚を止めた。
村にある周囲の建物と並んで見て、その店から溶け込みつつも少し浮き出たような存在感を感じたのは恐らく、その店が他の建物と比べても質の良い木材を使って居るのが素人目でも分かるからだろう。
建物を構成する木材には平べったい板だけでは無く所々丸太を切り出したような素材も使われていて、ただの家……と言うよりはログハウス。といった方がしっくり来る外観だ。
階段上のウッドバルコニーの下。一枚看板には筆記体で、店の名前であろう二つの英単語があった。

《Winking・Cheshire》

「片目瞑る笑い猫……ってか?可愛らしいじゃねえの」
ニヤリと笑って、リョウはその店が何の店で有るかをタウンマップの施設情報で見る。

「ヒュウ、プレイヤー宿かよ。珍しいな」
小さく口笛を吹いて言いながら、リョウはもう既に階段の方へと歩き出していた。

勘だが、何か面白い事が起きそうな気がしてリョウはワクワクしていた。

――――

「こんばんは〜……っと」
リョウが扉をノックし、押し開け中に入ると、それまでは壁によって隔たれ聞こえなかった音が耳に入った。店の奥にあるレコードプレーヤーから流れてくる、ゆったりとした雰囲気のジャズの音。少し低めの音量にしてあるらしく、主張しつつも控えめなアルトサックスの音が、ゆったりとした時間の流れを演出していた。

右側には木で出来たソファと円テーブル、赤々と燃える暖炉。左側にはカウンターとその前にやはり木製の椅子が有り、床には絨毯がひかれている。空間全体に木のイメージが残りやすいコーディネートで、店の中から香るコーヒー豆やハーブの芳香のせいか、第一印象は宿と言うよりもカフェに近い。
と、すぐ左側から女性の声がした。


「あら、いらっしゃい。何名様?」
店の中には、二人の人が居た。大人と子供……と言えばおかしいかも知れないが、その表現が一番合うように思える。

一人はカウンターの奥。リョウに声をかけてきた人物だ。黒い髪を肩辺りまで垂らし、後ろをポニーテールに結った細目で妙齢の美人。二十代半ばか後半と言った所だろうか?かなり若々しいのだが、同時にどこか落ち着いた物腰と柔和な笑顔は大人らしい雰囲気を感じさせ、リョウ個人としてはそれなりに年上のようにも思えた。
もう一人はカウンターに座った……子供だ。プラチナブロンドの髪を短めのボブカットにして、エメラルドグリーンの大きな瞳をした小学生くらいの美少女……

『ん……?』
と、リョウはよくわからない違和感を感じて、内心で首を傾げる。少女……の筈だ。そう思うのだが……何というか、自分の勘がそれは違うと言っているような……いやだが見た目はどう見ても少女だ。男では無い……筈……
と、彼女(?)は一瞬だけリョウの方を見ると、直ぐに興味なさげに目をそらし、カウンターの方に向き直った。
さて、声をかけられて反応しないわけにはいかない。人間観察は一秒程ですませてリョウは店主であろうカウンター奥の女性へと向き直る。



「っと、ども。一人っす。宿泊と……あと、出来ればメシを」
苦笑しながらカウンターに近付いて行き言うと、彼女は一度クスリと笑った後に宿泊客用だろうリストを取り出した。

「はい、じゃあ先ず此処に名前、お願い出来るかしら?」
「ういっす」
こういうとこは特に他の宿と変わらないんだな。と思いつつ、リョウはサラサラとキャラネームを書くと、彼女に促されるまま、ちょうど右端の席に座っていた金髪っ子の二つ隣に座る。

「さて!それじゃあメニューは何にしましょうか?ご希望はある?」
なんかフリーな感じの店だなぁなどと思いつつ、リョウはニヤリ笑ってかえす。

「なるたけ腹溜まるやつで。大盛でお願いします……贅沢言うと、おかわりもあればありがたいっす。あ、それとこの香りって……ハーブティー有りますかね?」
「えぇ。リーマの葉とミカーモルの二種類があるわ。お好みは?」
「ミカーモルで」
「はい。かしこまりました」
そう言うと、店主の女性は作業を始めた。心なしかその姿が楽しげに見えるのだが、気のせいだろうか?

「ふぅ……」
なんとか晩飯にありつけそうだと息をついたリョウは、何となく隣……と言うかこの店で唯一自分以外の客である金髪っ子をみる。
彼女(?)はリョウと目を合わせる気は無いらしく、一人黙々と、手に持った袋から何か……黄色く、枝豆くらいの小さな木の実を取り出しては口に入れていた。

「……?」
と、リョウはそんな光景に何故だろう、違和感を覚える。
首を傾げて少し考えると、違和感の正体はすぐに知れた。彼女(?)が、袋を使って居る点だ。
安っぽい麻で出来たあの袋はたしか、プレイヤーが木の実などを採る際に使用するか、NPCがその階層の特産品である木の実などを纏め売りしている時に使われている物だった筈だ。

何が言いたいかと言うと、明らかに店で摘み物として出すのに相応しい入れ物とは言えないのだ。と言うことは持参品と言うことになるが、ならば彼女(?)の前に何も無いのはどういう訳なのだろう?

夕飯を食べ終わったなら食べ終わったで、食器の残り……例えそれを片付けられたとしても、あの女店主ならば、尚も座っているお客にお冷位は出しそうな物だ。現に、今調理を待っているリョウの前には彼女がさり気なく置いて行ったお冷があるのだから。
単に忘れただけ。と言うことも考えられないではないが、どうにも気になる。

『……ヒマだしな』
少しコイツがどんな奴なのか探ってやろうかと思い、リョウは口を開く。

「なあ、チビっ子」
ピクッ……と、金髪っ子改めチビっ子の身体が反応を示すように動いた気がした。しかしそれっきり反応が無いので、リョウはやはり首を傾げてもう一度。

「おーい、チビっ子〜?金髪っ子〜?」
「……〜っ!」
髪の色を言われて流石に反応せざるを得なかったのか、彼女(?)は勢い良く此方を向く。その視線は明らかに此方を睨んでいて、どうやら何か怒っているようだった。

「ん?なんだ?何で睨む?」
「……ユミル」
「あン?」
いきなり彼女(?)の口からでた言葉に、リョウは眉をひそめる。

「名前……!」
「あ?あぁ、名前な。ユミルっつった?」
「…………」
返答、無し。

「……何でキレてんだよ……」
明らかに怒っているチビっ……もといユミルに、リョウは軽く引くが即切り替え。
と、ユミルが不機嫌そうに……と言うか考えるまでもなくむくれた不機嫌顔をそらし、訪ねてくる。

「……で?何か用?」
おや、質問には答えるのかとのんびり考えつつ、リョウはあっけらかんと訪ねた。

「あぁ、あのよユミル。お前男?女?」
「…………」
特に感慨もなく訪ねたのだが、ユミルはポカンと口を開けて、意外そうに、リョウを見る。 そして直後に……

「…………」
更に無言で。しかし明らかに先程よりも機嫌の悪そうな目で睨まれた。
明らかに気分を害したようだ。

「……ん?」
しかしそこでいきなり謝っても仕方が無い。大体、彼が(男女的に)どちらの意味で怒っているのかも分からないのに中途半端に詫びた所で、余計に彼の気分を害するだけだろう。
そう思い、わざとどうしたのかと問うように首をかしげて見せる。

「…………」
「テメェで考えろ……ってか」
が、しかしそれ以上なにも言わずにユミルはまた正面を向く。軽いスルーを食らってやれやれと溜め息をついたリョウを無視して、ユミルの声が飛んでくる。

「……で、終わり?」
「いやいや早ぇよ。もう一個」
人差し指を持ち上げて言うと、彼は少々胡散臭い物を見るような眼でリョウを一瞥すると、ふんっと鼻を鳴らして顔を逸らす。

「その木の実、ココリだろ?一個くれよ」
「…………」
今度こそ、かなり胡散臭い物を見る目で見られた。ジトーッとした眼は正面からリョウの顔を射抜いて居て、無言だが明らかに「お前は一体何のつもりなんだ」と問われている気がする。やがてユミルは少々長めの溜息をつくと、此方からぷいっと顔を背けて指先でピンッと黄色い実を弾いた。
それを片手でパシッと受け取り、ニヤリと笑う。

「Thanks」
「……」
『やれやれ、無愛想なガキんちょだなおい』
見向きもせずにもう一度鼻をならした彼に苦笑しつつ、リョウはそれを口の中に放りこんで咀嚼する。以前に何となく食べて痛い目にあった強烈な酸味が口の中を駆け抜け、次いでフルーティな香りとみずみずしさが口中に広がる。これはこれで不味くは無い。

『けど……』
矢張りこれだけ食べて腹を満たすと言うのは少々無理が無いだろうか?味はともかく小さな木の実だ。これだけで腹を満たすには相当な量を食べなければいくらSAOでも満腹中枢を十分に刺激してはくれないだろう。と言う事は矢張り彼は既に夕飯を食べ終えていたのだろうか?
と、そんなことを考えている内に、店主さんが奥から戻ってきた。

「はい、おまたせしました」
両手で盆を持った彼女の手には……

「おぉっ、オムハヤシっすか!」
黄色いオムライスを中央に、赤茶色のソース、と言うよりも具沢山のルーがかかったそれは、恐らくはこの店の通常サイズよりも大きく、何と言うか……量的には学生の為の大衆食堂のメニューと言ったところか。

「正解。これなら、お腹にも溜まるでしょう?おかわりも作ったから、沢山食べてね?あ、お代は勿論頂きますけど」
「もちろんっすよ!いただきまっす!」
「はい。めしあがれ」
とんっと音を立てておかれたそれに、リョウは即座に横に置かれたスプーンをひっつかんで挑みかかる。
と、オムハヤシで一杯になっている視界の外で、こんな会話が聞こえた。

「あら、もう寝るの?」
「ん……それじゃ、“店主さん”」
「えぇ。お休み……ユミル」
「…………」
がつがつと、それを食い続けるリョウは敢えて気付かないふりをしたが、女店主が溜息をついた所まで、彼の耳はしっかりと捕えていた。


────

食後にハーブティーを飲みつつリョウはふと思いついたように切り出した。

「常連さん、なんすか?」
「え?」
「いや、さっきの……ユミルでしたっけ」
「あら……」
リョウが言うと、彼女は意外そうな顔をして頬杖を突く。

「それは、あの子が自分から?」
「はい?」
「名前」
「あぁ。まぁ。なんかキレてましたけど」
「怒って……」
言うと、彼女は困ったように、けれどどこか楽しそうに笑う。

「何か怒らせるような事したんじゃないかしら?心当たりは無い?」
「怒らせる……」
リョウは少し考えた後、ふと言った。

「チビ……?」
その瞬間、彼女は吹き出した。

「あー。当たりっすか」
「そうね。多分それ。あの子その事気にしてたから」
くすくす笑いながら彼女は言った。
しかし少しその顔を真剣なものにして、その後を続ける。

「それにだめよ?人の身体の事を色々言ったら。貴方だって……あ、そう言えば、まだお互い名前も知らないのよね……マーブルよ、宜しく。えっと……」
「あぁ、リョウコウっす。リョウとでも呼んで下さい」
慌てたようにリョウが名乗ると、彼女……マーブルは再びほんわかと笑う。

「リョウ君ね。一晩だけど、ゆっくりしていってくれると嬉しいわ」
「っはは。既に結構くつろいでますけど」
君付けで呼ばれたのは、随分と久しぶりだった。以前まで自分の事を君をつけて呼んでいたのは、偶にふざけて呼んできていた姉の玲奈と、和人達の母である桐ヶ谷翠。それに、眼鏡の幼なじみの母親である、浅田紀乃だけだ。
この世界に来てからは……多分、はじめてだろう。

「それで、そう、身体の特徴を悪口にするのはよくないって話。貴方だって、もし自分が太っててその事を一々指摘されたら……嫌になるでしょう?」
「それは確かに」
ごもっともである。身体の事と言うのは基本的にすぐには変化させられる訳でない為、よりもどかしく不快感が増すと、確か何かの本に書いてあった。

「なら、やっぱりそう言う事を軽々しく口に出すべきじゃ無いわ。自覚が無いならもっと重症よ?」
「……肝に命じときます」
正論である。言い返せるような事でもなく、リョウは頭を掻きながら頭垂れる。
実際、彼としては馬鹿にするよりもからかう感覚の方が強かったのだ。普段キリト等をからかい、彼等はそう言った所に慣れっこであるため、ついつい初対面の(ユミル)にもそのノリで声をかけてしまったが、考えてみれば彼にしてみれば大分腹の立つ声の掛け方だっただろう。

『つーか……』
マーブルの言う通りだ。此処まで長く考えなければ反省までたどり着かないとなると、大分無自覚だった事になる。自覚無しに人を傷つける事ほど質の悪い事もない……

「…………」
「分かった?」
「うす」
「なら、宜しい」
コロコロと笑うマーブルを見て、リョウは苦笑する。
しかし何と言うか……こう言う感覚はやはり久しい。例えるなら何というか……

「お袋、か……」
「え?」
ぼそりと、呟くように言ったリョウに、マーブルが首を傾げる。

「いや、なんつーか久々にお袋に叱られてるような感覚がして……ちっと物思いにふけっちまって。なーんか、センチとか似合わねえな」
照れたようにまた頭を掻いたリョウを見て、マーブルは小さく笑う。

「ふふふっ……お母さん、か……」
小さく呟いた彼女はそれ以上踏み込んで来ることは無い。それはきっと、リアルの話に踏み込んでしまうかもしれないからだろう。が、リョウにはそれ以上に、彼女が何かを深く考えて居るようにも見えた。

……リョウの母親は、既にこの世に居ない。しかし彼女の事を思いだそうとすれば、リョウ自身は今でもはっきりとその姿を思い描く事ができる。

笑いかけてくれた事も……

『よーく頑張ったわね!偉いぞ〜りょう〜』

怒られた時も……

『何度言えばわかんのこの馬鹿っ!!』

じゃれて来た時も……

『りょう〜プリン取って〜』

……あの時も……

『―――――――……』


『っへ。だから何でセンチになってんだっつーの』
自嘲気味に笑って、リョウはマーブルにカップを差し出す。

「すんません。おかわり願えますかね?」
「…………」
「……えっと?」
見ると彼女は、物憂げに何かを考えているようだった。一瞬もう一度声を掛けるか迷ったが、その前にマーブルが此方に気付く。

「え?あ、はい、おかわりね?ごめんなさい、私ったらぼーっとしてて……少し待ってね?」
そう言うと彼女はカップを受け取り、硝子らしき透明なポットから茶を注ぎ出す。
少し気になったが……聞くべきでは無いような気がしてそのまま何も言わない。それにしても……

『やっけに様になってるよなぁ……』
VR慣れしているのは勿論だが、それ以上に彼女が茶を淹れる動きには、不思議と手慣れた物を感じる。それに、年齢の割にやけに雰囲気が大人っぽい。老けている、と言うことではない、非常に物腰落ち着きがあるのだ。
……リアルで結婚でもしているのだろうか?

『ま、最近は結婚してもガキっぽい嫁さんとか多いらしいけどな』
その辺り、“あいつ”はどうなのだろうと、リョウが取り留めもなく考えていると、ティーカップが差し出される。

「はい、おまたせしました」
「ども」
受け取ると、一口飲む。美味い。と……

「ごめんなさいね。本当はケーキか何かあれば良いんだけど……」
マーブルが困ったように眉を八の字に落とし、左手の人差し指を頬に当てた。
この動きが此処まで様になる人始めて見た。

「ありゃ、材料切れっすか?」
「えぇ。タルトが作れそうなんだけど、今朝果物買い忘れちゃって……」
果物等の果実系アイテムは、耐久力が減りやすい為飲食店等は大体三日四日置きに買いに行くと聞いた事がある。と、其処まで考えて……

「……そういやあ……」
「……?」
リョウはふと思い当たり自分のウィンドウを呼び出す。

「昨日知り合いの“実力派食材屋”から買ったんっすけど……」
「実力派……?」
リョウの言葉に、マーブルは聞き慣れないのだろう。首を傾げる。

「上の方で、行商やってる食材屋なんッスけど、新しい食材とか珍しい食材、後、何より美味い食材の話があると、実力で取りに行くっつー根性野郎……いや女か……。そいつがやけに進めるんで買ったんですけど……これ、ミオレの実っつーんですけど」
リョウが取り出したのは、オレンジ色の木の実……と言うよりも果実だった。
外皮が極端に薄く、中の果肉のオレンジ色が見えている。表面を触ると弾力が返ってくる物の、その気になれば(一般的な筋力値で)易々と指を突き入れられそうだった。それはまるで……

「なんだか、皮を剥いたみかんみたいねぇ……」
「つか、そいつ曰わくみかんらしいです」
言いながら、リョウはそれを半分に割る。中には果汁が詰まって居るのだろう小さな袋状の果肉が密集していた。ますますみかんだ。何しろ香りまでみかんその物なのだから。

「どぞ」
「あら、ありがとう」
片割れをリョウが差し出すと、マーブルは耐久値が切れない内にと受け取る。
そして二人同時に、それをかじった。

「「…………」」
暫く無言で咀嚼し……

「みかんだな」
「みかんね」
同時に言った。

「こりゃすげえ。ははっ、マジでみかんじゃん」
笑いながら言ったリョウの正面で、マーブルは驚いたように口の前に手を置いている。

「びっくり。本当に、これはみかんだわ……しかもとってもおいしい……」
確かに、実は締まり甘味が強く、しかしみかんらしい爽やかな後味と特有の酸味は残っている。
どう味わっても……みかんだった。

「SAOの愛媛みかんとでも名付けますかね」
ニヤリと笑って言ったリョウに、マーブルはクスクスとわらう。

「それは良いかも知れないわ。じゃあこれを使って、みかんタルト、作りましょうか」
「お願いしまーっす」
言いたかった事は、言葉にせずとも伝わったらしかった。

ニコニコ顔で、リョウが取り出した数個のミオレの実を受け取ると、マーブルは奥の厨房へと引っ込む。

「……ふぅ……」
ハーブティーをもう一口。と……

「ん……」
部屋の隅で変わらずジャズを流し続けるスピーカーが、目に入った。

――――

「……あら?」
マーブルが作業をしていると……ふと、彼女が今日店に流しているものとは違う曲が、耳に流れてきた。

ジャズである事に変わりない。しかしそれは、現実の世界では良く知られた大衆曲。明日への希望を歌った、とある歌。それを、だれか……恐らくはあの青年がアルトサックスの音で緩やかに奏でていた。

軽い調子で流れて行く曲調は、どこか飄々としていて、奏者の人格を表しているような、そんな音が聞き取れる。

今日も疲れを癒し、明日も元気に歩むために。宿は、泊まる者の、心と、体を癒す場所。

陽気に、楽しく、気張らず、落ち着いて。

ジャズが元来大衆を元気づけ、楽しませるための音楽であるように。

宿もまた、訪れる人を癒し、元気づけるためにあるのだ。

流れて行く音楽を聴きながら、マーブルは楽しげに、体を揺らした。

────

「上手ね、楽器(それ)
「おわっ!?なんだ居たなら言って下さいよ……」
「だめよ、声掛けたら途中で終っちゃってたでしょう?最後まで聞きたかったもの」
「光栄っす」
ころころと笑いながら言ったマーブルに、リョウは苦笑しながら答える。

「で、どうですか?タルト」
「色々考えてみたけど、やっぱりシンプルな方が良いと思って。こんな感じになったわ」
そういって彼女がリョウの前に出してきたそれは、いうなれば、オレンジ色の巨大な輝きだった。
タルト生地の上に乗った大量のミカンがキラキラと光るその姿はまさしく食物の宝石であると言っても消して過言ではない。
有る意味で、この世界で最も美しい食い物ではあるまいか……

「ふふふっ……」
「すっげえな……」
目の前のタルトを見ながら、リョウは唖然としたように呟く。しかし直ぐに気を取り直すと、ワンホール丸ごとにも関わらず、フォークを持つ。

「切り分ける?」
「いや、結構……いただきます」
「召し上がれ」
ニコリと笑って言ったマーブルに小さく頭を下げて、リョウはフォークを伸ばす……

端から一切れ大きく切り取る。
ザクッと小気味の良い音がして、基部に なっていたクッキー質の生地が割れる。そのまま真っ直ぐにフォークを突き刺し、口に運び……

「…………!!」
直後、リョウの身体がカチンと固まる。これは……!

「こりゃ、美味ぇ……」
唖然とした様子で言ったリョウに、マーブルはクスクスと笑う。

「な、なんすか?」
「ふふっ……う、ううん。だってリョウ君、とっても反応が大げさなんだもの……」
「いやいやいや!マジでうまいっすよこれ!」
タルトを指差しながらリョウは喚く。実際かなりこのタルトは美味かった。 サクサクの生地に、薄く引かれた滑らかなクリームと、その上のミカン……もとい、ミオレの実。 全ての触感と味わいが絶妙に合わさり、互いに調和しつつ主張している。
美味い……!

「それは勿論、私も味見はしたもの。でもやっぱり、少し大袈裟じゃないかしら?」
「何言ってんすかマーブルさん!美味い物を美味いって言う!これが出来なきゃ生きてる意味ないっすよ!」
「そ、其処まで言える程なのね……」
軽く引いた様子のマーブルに、たたみかけるようにリョウは続ける。

「そりゃそうっすよ!俺なんかはソロプレイヤーっすから、大体楽しみなんて偶にダチと遊んでる時か、美味い飯食ってる時くらいっすからね。特に菓子(こういうの)は大好物ですし……これがなきゃあ、何のために生きてるやら……」
「何の……為に……」
タルトをつつきながら幸せな顔で言ったリョウを微笑みながら見ていたマーブルはしかし、リョウの言葉で彼女の表情が少し曇った。

「……?マーブルさん、どうかしました?」
「え?えぇ……」
そんな彼女の様子に気づいて、リョウは少し首をかしげる。
マーブルは少しだけ慌てたように顔を上げると……急に、真剣な顔で聞いた。

「……ねぇ、リョウ君?」
「はい?」
「もしも……もしも、貴方が美味しい物が目の前にあっても食べられなかったら、どういう気持ちになるかしら?」
「どんな生殺しっすかそれ……」
マーブルの言葉に、リョウは一瞬驚いたような顔をして、すぐに苦笑して答えた。

「そりゃイラつきますよ。苦しみと言ったっておかしかねぇ位イラつきます」
「じゃあ……それが自分の意思なら?」
「は、はい?」
少し要領を得ない問いに、リョウは戸惑ったように眉をひそめた。しかしあえて何も言わずに、リョウは答える。

「そりゃあ……きついっすけど……まぁ、歯ぁ食いしばって耐えますかねぇ……?質素な食事で我慢するとか……?」
「……もう一つ良いかしら?」
「えぇ。まぁ。何すか?食生活チェックすか?」
リョウがおどけたように言うと、マーブルは再び小さく微笑む。しかしその笑顔には、先程はあった力が無い……

「貴方、ソロなのよね?」
「えぇ、まぁ」
「普段……一人の時はどんな食事をしているの?」
「どんな……?」
言われてリョウは、少し考える。普段は知り合いに作ってもらっているので、それ程質素な食事はしていない。しかしマーブルは一人の時と言った。つまり、ダンジョン等の中での野宿だろうか……?

「そっすね……まぁ行く前に買い物して……」
「買い物なしで」
「は、はい?」
更に制限を付けられた。こうなるともう……

「買い物までなしになったらもう……フィールドで自分で狩ったモンスターの肉だとか、後はそこら辺にある木の実とか食うしかねぇっすけど……」
「それは……美味しい?」
「んなわけ無いじゃないっすか」
苦笑気味に今度ははっきりと答えた。何しろこの食事を食べた後だ。それははっきり言える。

「味は単一だし、料理スキル下だと調理しても碌なもんじゃないっすよ。俺なんざ三回中二回は調理ミスりますし……」
「そう……」
そこまで言うと、マーブルは再び俯いた。
リョウは会話が止まってしまったため、頬を掻くしかない。

「ねぇ……リョウ君、取引がしたいんだけど……」
「はい?取引……っすか?」
「えぇ……」
突然だった。いきなりマーブルの口から出てきた意外なことばに、リョウは警戒心ならずも少々頭を落ち着け、真剣な表情を持つ。
だが……

「その、さっきのミオレの実の事よ……」
その表情は……

「良いっすよ」
即座にニヤリとした笑顔に変わった。

「……え」
余りにも突然リョウが答えたせいか、マーブルは戸惑ったように表情を固める。
そんな彼女の顔を面白がるように、リョウは続けた。

「確かに、柑橘系が好きな奴なら好きでしょうしね。これ。お教えしますよ、これの入手法……ユミルに教えるんでしょ?」
更にニヤリと笑ったリョウの顔を、マーブルはしばらく、唖然と見つめていた。が……その口から小さく言葉が漏れる。

「どうして……」
「さっき、彼奴がお冷もなしで木の実食ってんのが見えたんで。何となく、もしかしかすっと彼奴あれしか飯食ってねぇんじゃねぇかって思ったり」
「…………」
「まぁ他にもマーブルさんが溜息ついてたからとか、やたら質問が個人に向かってるように聞こえたからってのももちろんありますけど……まぁ、全部俺の勝手な憶測なんで。明確な事は話さなくて良いっすよ。話されると其方の信用にもかかわりそうですし……」
茫然とした様子のマーブルに、リョウは軽い調子でそんな事を述べ立てると、テキストデータを発生させる。

「まぁ情報ってもクエストの話なんで……」
「ち、ちょっと待って!」
「はい?」
そこにクエストについての発生場所などを書こうとしたリョウはしかし、それまで付いて来れていなかったマーブルが我を取り戻したようにリョウを止める。

「私の提案をOKしてくれたって言うのなら、こ、これはあくまでも取引でしょう?そちら側の要求が有るなら先に言ってもらえないと私としてもその情報を受け取ることは出来ないわ……」
「あぁ。勿論。こっちからもそれなりにデカイ要求をさせてもらいますよ?」
直後、待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑ったリョウを見て、マーブルは緊張の度合いを上げる。
この世界で気前がよすぎる話や、美味い話には必ず裏が有るのが定石だ。それがたとえ、高々食材の情報であったとしても、美味い食材であるのなら、少なくともこの世界に置いては情報にそれなり以上の価値はあるのだから。

「ただ、結構そっちにとっても損害になりますけど、良いっすか?」
「それは、言ってもらってからでないと、なんとも返しようが無いわ」
彼女としては、色々思う所あり、ある程度は彼の要求を受け入れる用意があったが、どうにもこの青年の怪しげな、何かを企むような笑みを見ていると背筋に冷や汗が流れるような感覚がする。
予想の、斜め上を行く要求が来そうな気がしてならない。

「んじゃあ……」
そしてマーブルの予想どおり……その要求は彼女の斜め上を行っていた。

「さっきのタルトの、レシピください」

「…………」
「っはは!マーブルさんもそんな顔するんすね」
ぽかんと、言っている意味が分からないとばかりに口を開けるマーブルを見て、リョウは面白い物を見たとばかりにケラケラと笑う。

「いやぁ、滅茶苦茶美味かったんで……知り合いに毎日でも作ってもらおうかと。けど、つーことはそれ以上に美味いもんないと、俺が此処に来る理由無くなっちまうんっすよね……大食いのお客一人の損失。結構でかいと思いません?」
「ふふふっ……!」
マーブルは、思わず笑っていた。此処まで自然に人の思いもよらぬ所を突いてくるとは思わなかった。
本気なのか、あるいは間抜けて見せているだけか。本意の図れぬ得体のしれない青年だと、マーブルはリョウへの評価を新たにする
これまでは少し不思議な。だったが、これは最早“変な”の部類だろう

「?なんか、面白い事言いました?」
「う、ううん。ごめんなさい……少し、意外だったから……ふふっ、本当にそれでいいの?」
笑いながら言ったマーブルに、リョウはますます首をかしげたが、特に気にした様子も無く返す。

「良いのも何も、十分すぎっすよ。大体食材の情報くらいでそこまでけちけちしませんよ俺は」
「そう?……それじゃあ……」
そう言うと、マーブルは足るとのレシピをテキストデータに書き始める。
リョウはと言うと、先程やりかけていた作業を続ける。

「それじゃ、これで良い?」
「うっ……す。んじゃ、クエストのは……こっちっすね。どぞ」
言いながら、リョウとマーブルは互いにテキストデータを交換する。

「これで……よしと。そいじゃまぁ……一応不明なとこあったら明日にでも聞いて下さい。俺は……寝ます……ふぁ……」
「あらあら」
そう言ってから思い出したようにリョウは大きく伸びをして、欠伸をした。
その様子を見て、マーブルはころころと笑いながら、部屋の鍵を取り出す。

「それじゃ、お部屋は二階の二号室よ。はいこれ」
「どもーっす」
手渡しながら言うと、リョウは小さく頭を下げながらそれを受けとり、食器などをカウンターの向こうのマーブルに返すと、立ちあがる。

「御馳走様でした」
「はい。お粗末さまでした」
にっこりとほほ笑んだマーブルにニッと笑うと、リョウは奥の階段に向かって歩き出す。と、上る寸前、彼は振り向いた。

「お休みなさーい。“マーブルさん”」
その言葉に、マーブルは一瞬だけ、ホント一瞬だけその言葉を何かと重ねるように目を見開き……しかし矢張り微笑みながらこちらを向くと……

「えぇ。お休みなさい。リョウ君」
軽く手を振って、此方を見送った。

────

翌日、朝飯を食べ、外へと出たリョウは、早くから薄光の森の中を歩いて居た。
今朝は残念ながらと言うべきか。ユミルに出くわすことは無かったが、マーブルは自分があの店から出て見えなくなるまで、笑顔で手を振ってくれていた。

「良い宿だったなぁ……おっ!」
そんな事を言いながら歩くうちに、前方に強く輝く青色の蕾を見つける。
近づいてみると、それは目的の、《青光の花粉袋花》であった。

「幸先、良いじゃねぇの」
今日は、良い一日になりそうだ。

──マーブル編 END──
 
 

 
後書き
次に続きます! 
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