ハーメニア
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ハーメニア
「では話すとしようか。まず何から知りたい」
数分後、ゆかりと着物の男が部屋に現れた。マキはまた気を利かせたらしく、先に帰宅したらしい。
「まずは……そうだな。その音怪ってやつについて教えてくれ」
親父が再び椅子に座り、口を開いた。
「音怪とは呼んで字のごとく、音による怪現象のことだ。お前が感じたように、脳をダイレクトに刺激する超高音や、地面に穴を開けるほどの超低音など、人が起こすことのできない現象のことを表している」
……いきなり突拍子もないことを言われた。結月は既に聞いたことがあるのか、無表情で話を聞いている。しかし、そんな音だったら機械を使えば発生させられるんじゃ
「お前に考えていることはわかる。しかし、この現象にはそのようなものは必要としない。強いて言えば、その音を発生させるための媒体として、何かを通さなければ人には聞こえないということだ」
だったらあの時見えた、あの音の波のようなものは、その音怪ってやつが媒体として通したものから出ていたというわけか。
「そしてその音怪を発生させたり、視認できるもの達を俺は『ハーメニア』と呼んでいる。そこにいるゆかりとがくぽも、そのハーメニアだ。」
「つまりは君を二度襲ったあの音の正体は、君を狙ったハーメニアが起こした音怪だったということだね」
なんだか話が少しファンタジーチックになってきた。そんな小説の中のような話があるわけがない。そうは思っているが、話を聞いて納得している自分もいる。
「さて、問題です。何故君はそんなことをされながらも、今こうしてここにるのでしょうか?」
「それは……アンタが助けたから、じゃないのか?」
最初の音怪のときも、家で襲われた時も、こいつが俺の目の前に現れた。つまりは俺が食らった音の逆の音をぶつけて、音怪を打ち消したと考えるのが妥当だろう。
「半分正解、かな。一回目は相手が本気じゃなかったから対抗でけども、二回目は違うんだな」
「もしかして、マコトさん。あのお守り、もしかして持ってます?」
結月に言われて思い出した。今も鞄の中に入れたまんまだったな。もしかしてこれが?
「それをもっていたのか。それは俺達が開発した、音怪を軽減させる装置だ」
「それのおかげで僕が来るまで君が大丈夫だった、というわけだね」
そうなのか。
「ありがとな、結月」
「いえ、まさかそんなものが入っているとは。ここでの話を聞くまで知りませんでした」
「あくまでマコトの監視はがくぽの任せていたからな」
監視って……タイミングが良い時に現れると思っていたが、そんなことしてたのか。私生活見られてたとか、普通にお断りなんだが。
「誰が君の私生活なんてみるかよ。いつもはそこら辺歩いて、君に攻撃があった時にやって来てたんだよ」
何で思考読んだんだこの人。とは言え、この人がいなければ俺はもう死んでたかもしれないってことか。感謝はしておかなくちゃな。でも何でそいつらは俺たちを狙っているんだ?
「それよりも何で奴らはマコトさんを?」
「それは簡単だ。マコトがハーメニアとして、覚醒が近いからだ」
俺が?そのハーメニアってやつだと?
「そうじゃないと奴らが狙う可能性は少ないからね。だからそろそろ」
その時だった。俺の耳に再びあの音が聞こえた。頭を焦がすような痛みが俺の体を襲う。お守りを手に取るが、既に効力を失っているのか、痛みは引かない。以前と同じように身体から力が抜け、倒れ込みそうになる。
「くっ……ま、またか……よっ」
「マコトさん!?」
結月が倒れそうになった俺の身体を支えてくれる。そして俺の耳元で何かをつぶやく。すると、先ほどの痛みがウソのように引いていく。一体、何を。
「私が音を打ち消しました。一時はこれで大丈夫なはずです」
「がくぽ、敵の位置は」
着物の男が刀を鞘から抜き、床に突き刺す。そして力を込めると、床に波紋のようなものが広がっていく。
「……見つけた。丁度真上か。舐めたマネをしてくれる、僕が居るというのに直接攻撃とはね」
そう言うと着物男が姿を消す。
「ゆかり、マコト、外を見てくれ」
親父がゆかりを呼ぶ。痛みが引いたので自分の足で立ち、親父のいる窓のもとに向かう。外を見ると、半透明の薄い膜の様なものが家の周りを覆っていた。
「ステージまで作っているなんて。ここで戦うつもりですか、敵は」
「ステージ?」
「ハーメニアが作ることにできる、戦闘用の舞台です。外からはここで起こっていることが見えなくなります。その代わり、こちらから外への介入も不可能になりますが」
本当にファンタジーみたいになってきたな。
「がくぽさんが気になります。外に出ましょう」
結月の言葉に頷き、俺達は外に出た。
PM XX:XX
外に出ると、着物男と誰かが戦っていた。敵はフードをしており、顔は見えない。素人目だが、どうやら着物男のほうが優勢のようだ。とはいえ、フードの方もうまく攻撃を回避しており、未だに致命の一撃は入っていないように見える。
「がくぽさんが攻めあぐねてる。なんて相手なの」
結月が戦慄している。やはり着物男の実力は相当なのだろう、故にそいつと戦える相手の方も、それに拮抗するほどの実力を持っているということが分かった。絶え間なく刀と剣がぶつかる音が響いている。その時、着物男の裾にフードの剣がかすったのが見えた。しかしそれと同時に、着物男の方も刀をフードに当てており、相手のフードが外れた。
「よっ。相手さん結構やりますね、僕が攻めあぐねるとは」
着物男がこちらに後退してくる。あれだけの激しい剣戟を繰り広げていたというのに、汗の一つもかいていない。いや、それよりもだ。フードの中の顔が先ほどの攻撃で顕になった。その顔を見て、俺だけではなく、結月を信じられない物を見たような表情をしている。
「なんで……お前が」
「そんな……」
フードが静かに剣を下ろす。月明かりが、フードの顕になった顔を照らす。その顔は俺達が見たことがあって、昨日も一緒にいて。
「何で、ですか。そんなこともわからないとは、残念です」
俺達の友達で、大切な後輩のはずだろう?
「貴方が、私達の脅威になるからですよ。マコトさん」
「なんで、何でなんだよッ!ミクッ!」
ミクが俺のことを殺そうと?信じられない。だって、あんなに仲が良かったじゃないか。今日だって、昼飯を皆で食う約束だってしてたのに……
「ゆかりさん、貴方がそちら側だったとは。同じハーメニア同士、仲良くなれると思っていたのに」
「それは私だって!だけど、なのに……なんで!」
結月が今にも泣き出しそうな顔で叫んだ。それはそうだ、昨日だけであれだけ仲良くなった友達が、こうやっていま目の前に敵として立っているんだから。
「なんでなんでとうるさいですね。そろそろイライラしてきました。そうだ、命令はマコトさんだけでしたが、ゆかりさんもやっちゃいましょう。敵は少ないにこしたことはないですからね」
いいことをおもいついた、という風に手を叩くミク。屈伸をして、ジャンプする。
「それじゃ……行くよっ!」
次の瞬間、ミクの姿は俺達の前から消えていた。そして、次にミクの姿を俺が確認したには
「バイバイ、マコトさん」
後ろッ!?
結月が動こうとしているのが横目でわかる。
世界がスローモーションで見える。首元には一本の剣。
これを横に引かれれば、俺の首は身体から離れ、俺は死ぬ。
もう助からない。
わかっている。
だから、いっそのこと早く。
「まさか、自分が死ぬなんて思っていないだろうね」
「えっ?」
スローモーションが終わる。分かれるはずだった身体と頭は、未だ一つだ。後ろにいたはずのミクは遥か後方に立っている。一体何が起こったんだ?
「お前……何を」
着物男に向かってミクが問う。
「馬鹿なことを考えないことだ。ここにいるのが誰だと思っている?」
俺達の前に着物男が立つ。その背中は、先ほどとは違い、力強く、誰よりも今頼りになるものだった。刀をミクむかって構え、静かに言う。
「教えてやろう。この神威がくぽと戦うということが、どれだけ愚かなことかを」
「よくも言いますね。だったらこちらも本気で行きます。どちらが愚かなことか、教えてやりますよ!
二人の姿が目の前から消える。次の瞬間、二人は肉薄しており、恐ろし速度の剣戟を繰り広げていた。先ほどとは比にならないほどの音と速さ。もはや常人が踏み込んで良い領域じゃない。というか、安易に踏み込めば死ぬレベルだ。
「よく見ておけ、ふたりとも」
後ろから親父が声をかけてきた。俺と結月が振り返る。
「あれが、ハーメニアとハーメニアの、全力の戦いだ」
続く
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