ハーメニア
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音怪-後編-
PM16:50 図書室
「相変わらず凄い数の本ですね……」
「そんなになのか。前の学校はどうだったんだ?」
「ここの半分以下でしたね。それはそれは酷いものでした」
結月が遠い目をしながら乾いた笑みを浮かべた。これは俺の予想以上のようだ。待ちきれないのか結月は今にも駆け出そうとしている。先に貸出カードの作成させるか。今にも駆け出そうとしている結月に話しかけて、貸出カウンターへと向かう。貸出カウンターには一人の女性が座っていた。
「委員長、貸し出しカードの作成良いか?」
「……」
あー、また本の世界にのめりこんでるな。仕方がないので肩を揺らす。
「……あ、マコトさん。どうしました?」
彼女は遥風心響。心に響くと書いて、ここねと呼ぶらしい。
「彼女に貸出カードを作ってもらいたいんだ」
「ああ、転校生の方ですね。お名前を教えてもらってもいいですか?」
「結月ゆかりです」
結月が名前を教えると、心響は手慣れた様子でキーボードに指をすべらせる。すぐに奥のプリンターから印刷開始の音が聞こえる。ローラーの付いた椅子で、すぃ~とプリンターの元に向かい、これまた手慣れた感じで作業していく。
「出来ました。はい、どうぞ」
「ありがとうございます。では私は本を探してきますねー―---!」
貸出カードを受け取った結月は足音を立てずに、恐ろしい速さで奥へと向かっていった。あんなの始めてみたぞ、すげぇな。
「ふふっ、あの子も本が好きなんですね」
「らしいな。それよりも委員長は何読んでたんだ?」
何故俺が彼女のことを委員長と呼ぶかというと、読んで字に如く、彼女がこの図書館の主である図書委員長なのだ。その統率力、更には頭脳容子と完全に揃っており、歴代最強の図書委員長と名高い。
「小泉八雲ですよ。怪談で有名な」
「ああ、なんだっけか。ラフカディオ・ハーンって名前の」
「正しくはパトリック・ラフカディオ・ハーンですね。彼は1850年にギリシャで生まれ……」
前言撤回。彼女に一つ欠点があるとすれば、説明魔であること。その人柄の良さから絶えず尊敬の念を抱かれている彼女だが、そこだけがどうしても苦手なひとが多いようだ。
「オッケイ。説明はまた今度聞くわ。それでさ、一つ噂を聞いたんだが」
「噂、ですか。もしかして『ダンシング☆サムライ』のことですか?」
「そうそうダンシング……なにそれ?」
なんか昼に聞いたやつからグレードアップしてるんだけど
「あれ、違いました?」
「あー、いや、合ってる。それで、なんか知らないかなぁ、とね」
「そうですね、時代錯誤も甚だしい刀を差して茄子を持って踊っている男がいる。ということくらいしか」
何で茄子なんだ……。よくある噂の一人歩きってやつか。この系統の噂にはよくあるから仕方ない。
「詠月さん詠月さん。そろそろ向かったほうが良いと思います」
後ろから袖がチョンチョンと引かれた。振り返ると本を抱えた結月が立っていた。
「もうそんな時間か。その本借りるのか?」
「はい、続きが気になりますし」
結月がカウンターに本をのせる。委員長はそれを取ると素早くバーコードを通し、貸出手続きをすませ、結月に渡した。
「それじゃおれたちは行くから。またな委員長」
「さようなら遥風さん」
「ええ、おふたりとも、また明日」
PM17:40 詠月家
「四年か……」
久しぶりに実家の前に立った。なんだかんだ言ってここの前に立つと、帰ってきたという感覚を抱く。やっぱり自分の実家だからだろう。
「お父さんはまだ帰ってきてませんね。先に上がっておきましょう」
結月を先頭に玄関に向かう。結月が鍵を鍵穴に差し込み、回そうとした時、彼女の手が止まった。
「どうした?」
「鍵が……開いてます」
「?別に普通じゃないか。お前のお母さんだって」
「お母さんは今日は夜勤で遅いんです。だから、家には誰も」
その事を聞いてことの重大さにやっと気づいた。誰か、俺達の知り得ない誰かがこの家に侵入している可能性がある。俺は結月の前に立ち、先に行くと伝えた。結月もそれに頷き返し、俺の後ろに下がる。玄関を開けようと、ドアノブに手をかけようとした時、服の裾が結月に掴まれていたことに気づいた。その手が小刻みに震えている。当然か、家に知らない奴が居るかもしれないんだから。
(よし、頑張れ俺!)
自分に発破をかけると、静かに玄関を開ける。中は電気がついておらず、真っ暗だ。慎重に廊下を進み、まずはリビング。なんとか覚えていた電気のスイッチを押し、明かりをつける。しかしリビングには誰もおらず、何も荒らされてはいなかった。次に書斎、風呂場、トイレ、キッチンを探したが何か変わった様子はないと、結月は言った。
「お母さんが鍵を閉め忘れたのかな」
「そうなのかもな。でも安心はできないし、警察に」
その時だった。二階から何か物音が聞こえた。結月もそれに気づいたのか、少し焦ったようにこちらを見ている。俺は近くにあった箒を手にとった。本当に空き巣だった場合はこんなもので対抗できるかは分からないが、結月が逃げる隙程度は稼げるだろう。リビングを出て二階に上がる。二階の廊下も真っ暗だったが、一つだけ下の階とは、違うところがあった。
(詠月さん、私の部屋から明かりが)
(ああ、もし本当に空き巣だったら一目散に逃げて、マキの家にいけ。場所はわかるな?)
小声で聞くと、結月は静かに頷いた。それを確認すると、一歩一歩、慎重に進んでいく。扉から少し離れた位置に結月を止まらせ、扉に向かう。扉の前に着き、まずは中に誰かいるか、扉に耳を当て確認する。
(何か聞こえるな。やっぱり誰かいる)
確信した俺は、意を決して部屋の中に突入する。
「お前、何してやがる!」
『きゃっ、きゃあ!』
そう怒鳴ると、部屋の中にいたそいつは驚いたのか、手を突っ込んでいたタンスの中身をばら撒きながらズッコけた。即座にその中身が見てはいけない物と理解した俺は、極力見ないように気をつけながら、そいつの元へ向かう。そいつの顔の上に覆い被さているタオルを引っ剥がすと、そこには。
「……って、何してんだお前」
「……秘密?」
馬鹿マキがいた。
PM17:55
「私はただゆかりちゃんとマコトを脅かそうとしただけなんだよぉ」
「それで勝手に人の部屋に入って、下着漁りですか。良い度胸してやがりますねあなたは」
「ゆかりちゃんが怖いよぉ!」
因果応報とはまさにこの事か。
「マコトさん」
その矛先がこっちに向きやがったぁ!
「まさかとは思いますが、見てませんよね?」
うわぁ、凄い威圧感
「見てないです見てないです。神に誓っても見てないです」
「だったらいいです。それと……」
さっきまでとは打って変わって、結月がモジモジとしだした。
「守ってくれて……ありがとう」
「っ!」
不覚にもドキッとしてしまった。意識はしていなかったが、結月は結構かわいい。クラスの奴らが興奮するのも少し分かった気がする。
そんなことを話していると、玄関の扉が開いた音がした。
「あ、おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
親父が帰ってきた。
「……帰ってたのか」
四年ぶりに親父の声を聞いた。最後にあった時より少し歳をとっているのが分かった。
「ああ。その……」
ただ一言いうのにも、少し時間がかかる。実際に会うとここまでテンパるとは思っていなかった。なんとか言葉を紡ごうと必死になる。しかし、俺が何かを言う前に、ソファに座っていた結月が口を開いた。
「おかえり、マコトさん」
「おかえり、マコト!」
たったそれだけ。たったそれだけの言葉だったのに、俺の動揺は一瞬にして消え去った。二人は笑っている、親父を見ると、親父もニッコリと笑っていた。そして
「おかえり、マコト」
だから俺も
「ただいま、みんな」
笑顔で答えたんだ。
PM18:10 書斎
今は俺と親父の二人だけが書斎にいた。結月とマキは俺達に気を使って席を外してくれた。
「それで、急に帰ってきてどうした?」
親父が椅子に腰掛けながら聞いてきた。昨日のことを思い出す。尋常じゃない頭の痛みと謎の音、更には視覚化されたような音波。そして着物の男。あいつは親父が全てを知っていると言っていた。だったら
「単刀直入に聞く。この頃俺の周りで変なことが起こってる。尋常じゃない頭痛や変な音に目に見える音波みたいなの。それに極めつけは変な着物の男だ。そいつが親父がことの全てを知っていると言っていた」
親父は顔色一つ変えずに俺の話を聞いている。
「教えてくれ、これは一体何なんだ。俺の周りで何が起きてるんだ?」
親父はそれを聞くと、静かに立ち上がり窓に向かった。カーテンを開けると、月明かりが部屋の中を照らした。
「そうか、お前に教えてしまったか」
親父が外に向かって言った。
「遅かれ早かれ知ることです。だったら全て話したほうが早い」
突然後ろから声が聞こえた。慌てて振り返ると、そこには昨日見た着物の男が立っていた。
「がくぽ、ゆかりを呼んできてくれ」
「了解いたしました」
がくぽと呼ばれた男は目にも止まらぬ速さで姿を消した。なんだ、一体どこに消えた!?
「どうやら話すしかないようだな。我らハーメニアと……音怪のことを」
続く
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