銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
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第四十七話 襲撃(その1)
■ オーディン 帝都防衛司令部 ギュンター・キスリング
「心配は要らないよ、ギュンター」
「しかし」
「オッペンハイマー伯は死にたいらしいね。望みどおり殺してやろう」
「エ、エーリッヒ」
穏やかに微笑みながら話すエーリッヒに俺は震え上がった。ま、まずい、こいつ本気だ。と、止めなきゃ…。
「止めても無駄だよ、ギュンター」
げっそりした。こいつは俺の心が読めるのか。
「リューネブルク少将、装甲擲弾兵を完全武装で一個連隊用意してください」
「完全武装? 一個連隊? エーリッヒ、戦争でも始める気か!」
俺の問いを全く無視して二人は話を進めていく。
「了解しました。指揮は小官が取ります、楽しみですな」
「お願いします。それと死体袋の用意を」
「そうですな、十枚程用意しましょう」
死体袋だと? 何考えてる二人とも。おかしい、絶対おかしい。この二人は楽しそうに話している。ピクニックにでも行く気か? 事態を理解しているのか
「ギュンター、卿も行くだろう?」
エーリッヒは、にこやかに微笑みながら誘ってくる。
「卿も来てくれると嬉しいんだけど」
「…判ったよ、俺も行くよ」
畜生、もうどうにでもなれだ。
「フィッツシモンズ大尉。貴官は此処に残ってください」
「いえ、小官も同行します」
「危険ですから…」
「小官も同行します」
女が行くのはどうかと思うが、エーリッヒにも思い通りにならない相手がいると思えば愉快だ。面白いじゃないか。
■ オーディン 帝都防衛司令部 ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ
私は馬鹿だ。どうしようもない馬鹿だ。せっかく此処へ残れと言ってくれたのに。でも仕方なかった。微笑みながらオッペンハイマー伯を殺すと言っている少将を見たら思わず同行すると言ってしまった。多分行っても何の役にも立たないだろうけど、でも私は副官なんだから、同行する義務がある。厄介な上官を持っちゃった。ボンクラだったら見殺しにできるんだけど、この子有能なんだもん、ほっとけないじゃない。
私たちは装甲輸送車に乗り込み、リッテンハイム侯爵邸に向かう。皆緊張しているのにヴァレンシュタイン少将とリューネブルク少将だけは普段と変わらない。ヴァンフリートを思い出す、とかワルキューレがあればもっと楽なのにとか言っている。その内、強襲揚陸艦があればとか言いそうだ。言っとくけど新無憂宮の上空は飛行禁止地域なのよ、判ってる?
大貴族である侯爵の屋敷は新無憂宮のすぐ傍にある。装甲輸送車に乗り込んで二十分もしないうちに屋敷の前にたどり着いた。屋敷前には憲兵たちが警備している。見慣れぬ装甲輸送車が来たので驚いているようだ。私たちが装甲輸送車から降りると動揺が大きくなった。無理も無い、完全武装の装甲擲弾兵、一個連隊よ。
帝都オーディンでこんなのが動くなんてありえない。ハイネセンだって同様よ。キスリング中佐が警備の責任者と話をしている。どうやら、オッペンハイマー伯と貴族たちはまだ入ったままらしい。屋敷の門は固く閉められ、彼らにはどうにも出来ないと言っている。
「ギュンター、此処の指揮を頼んでいいかな」
「ああ」
「もう一度、徹底して欲しいんだ。いかなる意味でも人の出入りを禁じるってね」
「判った」
そうよ、これ以上人の出入りを許しちゃだめ。
「リューネブルク少将、この門を打ち破ってください」
「ふむ。急ぎますか?」
「ええ、とても」
「ミサイルを使う事になりますが」
ちょっと待って、ミサイルって
「もっと派手なのでも構いませんよ」
なに煽ってんのよ、この馬鹿! 二人ともいい加減にして。
私の願いも虚しく、門はミサイルで破壊されることになった。ヒュルヒュルヒュルという頼りない音がしたかと思うとドーンという破壊音と共に門が吹き飛ぶ。
「突入!」
リューネブルク少将の言葉と共に装甲擲弾兵が侵入する。ヴァレンシュタイン少将も中に入る。屋敷の中から人が出てきた。警備兵だろうか、こちらを驚きの目で見ている。
「少将、降伏を呼びかけてください。抵抗すれば反逆者として処断すると」
「了解しました。武器を捨て降伏しろ。抵抗すれば反逆者として処断する。第二十一師団第一連隊、武器を持っているものは殺せ、武器は有罪の証だ」
携帯用拡声器から放たれたリューネブルク少将の声は警備兵たちを驚かせた。完全武装の装甲擲弾兵に平服の警備兵がかなうわけが無い。たちまち武器を捨て降伏する。リューネブルク少将は捕虜の扱いなどテキパキと指示しながら屋敷に向かう。
ヴァレンシュタイン少将は洋館の出入り口もミサイルで吹き飛ばさせた。無茶苦茶やるわ、この子。もう覚悟決めたって感じ。そして私たちはオッペンハイマー伯たちを探した。
■ リッテンハイム侯屋敷 オッペンハイマー伯
これで、サビーネ・フォン・リッテンハイムが第三十七代の皇帝になれば私の栄光は確約されたと言ってもいいだろう。ブラウンシュバイク公は檻に閉じ込められたままだ。多数派工作などしたくとも出来まい。リッテンハイム侯とて私の力無しではなにも出来んのだ。どれほど評価しても評価しすぎという事は無い。あの小僧に感謝しなくてはな。
まずは、憲兵総監になることだな。当然、大将に昇進。そして次は軍務次官、最後に軍務尚書、この私が軍の頂点を極めるのだ。ヴァレンシュタインなど小僧の癖に私に指図など笑わせるな。平民が偉そうに我ら貴族を殺せなど何を考えているか、貴様の指図など全て踏みにじってやる。殺せるものなら殺してみろ、どうせ出来はしまい、小僧。ハッタリなど私には通用せんのだ。
ん、何の音だ、騒がしいが。外は憲兵隊が警備しているはずだが…。妙だな、なにを騒いでいる。こちらに人が来るようだが、どうしたのだ?
■ リッテンハイム侯屋敷 ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ
リッテンハイム侯を含む貴族たちはある一室にいた。おそらく応接室なのだろう。高価そうな応接セット、美術品、家具。私には一生縁の無い代物だ。彼らは私たちを見ると驚いて口々に“何者だ、何の用だ”、“無礼な、ここを何処だと思っている”などと言っている。とそのときだった、バーンという音がして天井からガラスの欠片が落ちてくる。ヴァレンシュタイン少将だった。手には火薬式銃を持っている。何時の間にそんなの用意したんだろう。
「動かないでいただきましょう。それとこちらの許可なしに発言するのは止めてもらいます」
「なにをいうか、私を…」
抗議しようとするリッテンハイム侯を再びバーンという発砲音が止めた。ヴァレンシュタイン少将の撃った弾はリッテンハイム侯の頭上三十センチほどのところを通過し、侯の後ろにあった鏡を砕いた。ガラスの砕ける派手な音が部屋に響く。
「閣下がリッテンハイム侯だということは判っています。しかし次は首から上が無くなりますから、誰だか判らなくなりますね」
皆顔色が蒼くなっている。侯爵たちも私たちもだ、装甲擲弾兵たちだってどこかびくびくしている。まさかここで発砲するなんて思わなかった。もう後には引けない。皆わかっている。恐怖で腰が抜けそうだ。それなのにヴァレンシュタイン少将はいつもどおり穏やかに微笑んでいる。リューネブルク少将は何処か楽しげだ。私と目が合うとウインクしてきた。怖い。何考えてるの二人とも。
「さて、まずは彼らを拘束してください」
その声に侯爵たちは不平を上げるが、少将が銃を向けるだけで沈黙した。装甲擲弾兵たちが彼らを後ろ手に縛り拘束していく。拘束が終わるとヴァレンシュタイン少将はオッペンハイマー伯を連れてくるように言った。
「な、何のマネだ、ヴァレンシュタイン少将。こんなマネをして」
いきなり少将の右手がオッペンハイマー伯の顔面に叩きつけられた。銃で殴られた伯爵の顔から鮮血が飛び散る。倒れ掛かるオッペンハイマー伯を支えると咽喉に銃口を突きつけえぐりながら問いかけた。
「ヴァレンシュタイン大将です。私はあなたの上位者なのですよ、オッペンハイマー中将」
怖い。こんな少将は始めて見る。本気で殺す気だ。
「ここで何を話していました? エルウィン・ヨーゼフ殿下の暗殺ですか、それともエリザベート・フォン・ブラウンシュバイクの暗殺か。はっきりと答えてもらいましょう、憲兵隊副総監オッペンハイマー中将閣下」
にこやかに微笑みながら話す少将の言葉にオッペンハイマー伯は凍りついた。
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