銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
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第四十八話 襲撃(その2)
■ リッテンハイム侯屋敷 ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ
「ここで何を話していました? エルウィン・ヨーゼフ殿下の暗殺ですか、それともエリザベート・フォン・ブラウンシュバイクの暗殺か。はっきりと答えてもらいましょう、憲兵隊副総監オッペンハイマー中将閣下」
「な、なんの話だ、私は」
それ以上オッペンハイマー伯は言葉を続けることが出来なかった。少将が銃口をさらに伯の咽喉に押し付けたから。
「つまらない言い訳はしないでください。皇位継承の有資格者を守るため警備を敷いたのです。それを憲兵隊副総監であるあなたが破ったのですよ、他の貴族まで入れてね。茶飲み話に来たなどと言ってもだれも信じません。さあ、一体何を話していたのです?」
「し、知らん、私は、な、何も話していない」
「そうですか、では仕方ありませんね。リッテンハイム侯に直接聞くことにしましょう」
リッテンハイム侯の顔が恐怖に引き攣った。少将はオッペンハイマー伯に猿轡をかませるように指示すると、ゆっくりとリッテンハイム侯に近づく。
「は、話す事等何もないぞ」
答えただけでも立派よ。
「話す事は有りませんか…リューネブルク少将、あれを出してもらえませんか」
「あれですか、判りました」
リューネブルク少将がリッテンハイム侯たちの前に放り出したのは死体袋だった。この二人あれで通じるの?
「なんだ、これは」
リッテンハイム侯の問いにヴァレンシュタイン少将は何がおかしいのかクスクス笑いながら答える。
「死体袋です」
「死体袋…」
「リューネブルク少将、これは新品ですか」
「いや、既に何度も使っています。まあ、消毒はして有りますから問題は有りません」
リッテンハイム侯の顔が今度は嫌悪に引き攣る。
「話す事が何も無いというなら、死体袋に入ってもらいます。罪状は憲兵副総監オッペンハイマー伯を篭絡し、仲間の貴族と共にエルウィン・ヨーゼフ殿下の暗殺、さらにはエリザベート・フォン・ブラウンシュバイクの殺害を図ったという事になります」
「ふざけるな、そんな事は…」
「ここはその謀議場ですね、私たちは、反逆者たちをその場で射殺し、帝国の安泰を守った。ああ、罪状にはもう一つ、陛下を害し奉ろうとした、というのも入れましょう」
「き、貴様、私を殺すというのか」
侯爵は震えている。怒り? それとも恐怖?
「殺します。我々の任務は、皇位継承の有資格者をテロより守ることです。我々が守るのは皇帝陛下の御血筋の方のみ。閣下はリッテンハイム侯爵家の当主であって陛下の御血筋の方ではない。ためらう必要は有りません」
少将はリッテンハイム侯にさらに追い討ちをかけ絶句させた。
「ブラウンシュバイク公は大喜びでしょうね。邪魔者がいなくなったと。父親が反逆者になった以上、こちらのフロイラインが皇帝になる事はありませんからね」
「…な、なにが望みだ、地位か、金か」
「そんなものは要りません。私の質問に答えてください」
ついに侯爵は少将の前に屈服した。肩を落として諦めたように答える。
「……何が聞きたい」
「まず最初に、オッペンハイマー伯を呼んだのは閣下ですか?」
「違う、私は呼んではおらん。本当だ、こいつが勝手に入ってきたのだ」
侯爵はオッペンハイマー伯を見て吐き捨てるように言った。
「では屋敷の門を開けたのは誰です?」
「…」
「お答えください」
少将の声は優しげだが、追及が止まる事はなかった
「…私が開けるように命じた。だが、オッペンハイマー伯が大事な話があるといってきたのだ」
「憲兵隊に屋敷の警備命令が出ていました。不審には思わなかったと?」
「憲兵隊副総監が大事な話が有ると言ってきたのだ。てっきり警備の事かと思った、本当だ」
確かに普通はそう思うわね。
「オッペンハイマー伯は一人でしたか?」
「いや、彼らと一緒だった」
リッテンハイム侯はそう言うと貴族たちのほうへ顔を向けた。
「その時点でおかしいとは思いませんでしたか?」
「そ、それは、オッペンハイマー伯が便宜を図ってくれたと思ったのだ。おかしなことでは有るまい。憲兵隊副総監の前で話をするのだ。何も問題は無いと思った」
「オッペンハイマー伯は何を言いました?」
「…」
「閣下、死体袋に入りますか?」
少将の言葉に侯爵は顔を歪めた。諦めたように言葉を出す。
「…次の皇帝はサビーネだといった。自分がいる限り心配ないと」
「警備を緩めるという事ですね」
「そうだと思う」
「エルウィン・ヨーゼフ殿下の暗殺を相談したのはその後ですか?」
「ち、違う、そんな事は話しておらん」
「では、エリザベート・フォン・ブラウンシュバイク?」
「話しておらん、本当だ」
本当に話していないようだ、凄く慌てている。
「では何を話しました」
「…サビーネが皇帝になればうれしいと、そう言った。本当だ、それだけだ」
「御自身がどれだけ軽率な事を言ったかお判りですか?」
「?」
「常日頃の事なら無邪気な発言で済みます。しかし、今は陛下が御病床にあられるときです。閣下の仰った事は謀反と同義語です」
「な、なぜだ」
「エルウィン・ヨーゼフ殿下はルードヴィヒ皇太子の御子息です。いわば嫡流、皇位を継ぐべき立場のお方なのですよ。一方、こちらのフロイラインは降嫁されたクリスティーネ様が生まれた子です。つまり臣籍に有る。その方が皇位に就くには、エルウィン・ヨーゼフ殿下を排除するしかありません。違いますか?」
確かに少将の言うとおりだ…。
「…」
「閣下が仰ったのは、陛下はもう長くない。自分の娘サビーネを皇位につけるために誰かエルウィン・ヨーゼフを排除して来い、そう言う事です」
「違う、そんなつもりは無い。本当だ、信じてくれ、殺さないでくれ」
本当に殺されると思っている。どうするんだろう…。
「そちらの方々に聞いてみましょう」
少将はそう言うと貴族たちに向き合った。全部で五人いる。皆顔が引き攣っている。
「あなた方は、何故屋敷に入ったのです?」
「オッペンハイマー伯に誘われたからだ」
「誘われた?」
「屋敷にオッペンハイマー伯から連絡があって、リッテンハイム侯の屋敷の前で会おうと」
どうやら皆同じらしい。しきりに頷いている。
「オッペンハイマー伯からは他に言われた事は?」
「…自分がいれば、何も心配はないと、それからこちらのフロイラインが次の皇帝だといわれた」
「エルウィン・ヨーゼフ殿下の暗殺を相談したことは?」
「そんな事は話していない!」
「エリザベート・フォン・ブラウンシュバイクの暗殺は?」
「話していない」
「間違いありませんね」
「間違いない」
怒り? 恐怖? こっちも皆震えている。
「どうやら皆さんはオッペンハイマー伯にうまく煽られたようですね」
「どういうことだ?」
「お解りになりませんか。職権を利用して皆さんを一箇所に集める。その上で次の皇帝はサビーネ・フォン・リッテンハイムだと告げる。その気になった誰かがエルウィン・ヨーゼフ殿下、エリザベート・フォン・ブラウンシュバイクを暗殺する。そしてサビーネ・フォン・リッテンハイムが皇帝になった時、自分の功を訴え、利益を得ようというのでしょう」
「オッペンハイマー、貴様!」
「落ち着いてください侯爵、オッペンハイマー伯は、軍法会議にかけます。命令違反、上官侮辱罪、さらに自分の私利のために皇位継承の有資格者の身を危険にさらした事、反逆を煽った事。これだけの罪状です、まず死罪は免れないでしょうね。軍人としての地位も貴族としての爵位も全て剥奪した上で死罪となるでしょう。」
オッペンハイマー伯はしきりに首を振って何かを訴えようとしている。しかし誰もそんな彼を助けようとはしない。リッテンハイム侯は憎々しげに見るだけだ。
「皆さんもこの場で死罪です。警備を破ったのですからね。死体袋もある」
「まて、ヴァレンシュタイン、我々は騙されたのだ、許してくれ」
リッテンハイム侯が哀願する。
「確かに、本当に悪いのはオッペンハイマー伯ですからね。…今回は特別に許しましょう。但し、今回だけです」
「もちろんだ、感謝する」
「それより困った事があります」
「なんだ、それは」
「この件は後々大問題になるでしょう。リッテンハイム侯を敵視するものたちは必ずこの件で侯爵を攻撃するはずです。皇帝陛下不予の折、リッテンハイム侯は徒党を組み、帝位を我が物にしようと密かに謀略をめぐらしたと」
「そ、それは」
「どうすれば良い?」
侯爵も貴族たちも困惑している。あげくの果てに少将に救いを求めた。リューネブルク少将は笑いを噛殺している。この子の駆け引きのうまさには驚くわ。いつの間にか侯爵さえ手玉に取ってる。
「そうですね。小官はリッテンハイム侯に敵意は持っておりません。今回の件も帝都の安寧を守るためやむなくした事です。侯がこの件で必要以上に不利益をこうむる事は無いと思います」
「そう思ってくれるか」
「調書を取りましょう」
「調書?」
「オッペンハイマー伯が自分の利のために陰謀をたくらんだ事を調書にまとめます。リッテンハイム侯もそちらの方々も調書の作成に協力してください。その調書には小官も意見を述べます。その際、リッテンハイム侯に多少軽率な言動があったが、反逆の意思は無しと」
「…」
「帝都防衛司令官代理が記述するのです。万一この件で査問が入ろうとも小官をはじめここにいる人間が生き証人になります。いかがです」
なるほど私たちは生き証人か、それなら殺せない。
「判った」
オッペンハイマー伯は売られた。いやリッテンハイム侯たちは自分たちがオッペンハイマー伯を売ったという意識さえ無いだろう。今なら判る、少将は最初からオッペンハイマー伯だけを処断するつもりだったんだ。
「では、防衛司令部までご同行願います。もちろん戒めは解きますよ。それから勝手な行動は慎んでください。さもないと」
「ああ、判っている。死体袋だろう」
「よくわかりますね。でも今度は生きたままです」
投げやりに言うリッテンハイム侯を絶句させると少将はにっこりと微笑んだ。少将、あんたは間違いなく悪魔よ、リッテンハイム侯がかわいそうに思えてきたわ。
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