銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
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第四十六話 未来図
■ ミューゼル艦隊旗艦タンホイザー ラインハルト・フォン・ミューゼル
「ケスラー、どうだ、考えはまとまったか」
「はい、なんとか」
「そうか」
昨日、ミュッケンベルガーの元を辞し、タンホイザーに戻った後、俺は撤退戦に備え殿を務めた。つまらぬことに反乱軍は追撃してこなかった。追撃してくれば丁重にもてなしてやったものを。その後俺はケスラーにミュッケンベルガーから聞いた話をし、ケスラーに姉上の事、皇帝の後継者問題がこれからどうなるかを訊ねてみた。
ケスラーはその場では即答せず、一日の猶予を願った。確かにこれだけの大事だ、簡単に答えられる事ではない。俺は了承し、そして今に至っている。俺とキルヒアイスの前でケスラーは話し始めた。
「先ずグリューネワルト伯爵夫人のことですが、余り心配は要らないと思います」
「なぜだ」
「ヴァレンシュタイン少将がオーディンの治安を守っています。彼は、我々が戻るまで、いかなる意味でもオーディンに混乱を起させないでしょう」
「なぜそう言える」
「彼の動かす兵力が圧倒的だからです」
「?」
「彼の動かす兵力は、おそらく帝都防衛部隊、宮中警備隊、それに憲兵隊となるでしょう。それだけでオーディンの貴族たちを圧倒できるはずです」
「帝都防衛部隊、宮中警備隊は判ります。しかし憲兵隊はヴァレンシュタイン少将の指揮に従うでしょうか?」
ケスラーの言葉にキルヒアイスが異義を唱えた。俺も同感だ。
「従います。ヴァレンシュタイン少将を帝都防衛司令官に任じたのはエーレンベルク元帥です。憲兵隊は軍務省の管轄にあります。従わざるを得ない」
「しかし、」
「それに憲兵隊ほど少将の力量を知る部隊はありません。先年起きたサイオキシン麻薬密売事件ですが、当時憲兵隊はサイオキシン麻薬の密売組織を突き止めることが出来ずにいました。あれを摘発できたのはまだ大尉だったヴァレンシュタイン少将のおかげです。軍内部だけではなく、政界、官界にまで広がる大事件となり、憲兵隊はその実力と影響力を大きく高める事が出来ました。その事は憲兵隊の人間なら皆知っています。彼らはヴァレンシュタイン少将の指揮下に入る事をためらわないでしょう」
俺とキルヒアイスは顔を見合わせ、軽く頷いた。
「判った。では皇帝の後継者はどうなる?」
「ミュッケンベルガー元帥が決定権を持ちます。おそらく元帥にはエルウィン・ヨーゼフ殿下を擁したリヒテンラーデ侯が接触するはずです。元帥は侯を支持するでしょう」
「私もキルヒアイスもミュッケンベルガー元帥が決定権を持つこと、リヒテンラーデ侯がミュッケンベルガー元帥に接触するだろうとは思う。しかし接触するのはブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯も同様だろう。なぜリヒテンラーデ侯を支持すると言えるのだ?」
キルヒアイスと何度も話した。俺ならリヒテンラーデ侯と組んでブラウンシュバイク、リッテンハイムを倒す、その上でリヒテンラーデを倒して全権力を握る。しかしミュッケンベルガーならどうだろう?
「ヴァレンシュタイン少将が説得すると思われるからです」
「参謀長、何故ヴァレンシュタイン少将がリヒテンラーデ侯を支持するのでしょう?」
「ご両所ともヴァレンシュタイン少将をどのように見ておられます?」
キルヒアイスの問いにケスラーも問いで返した。妙な事を訊いてくるな。
「優秀な軍人だ。戦術家にとどまらず、戦略家としての力量も有ると見ている」
「小官も司令官閣下と同様です」
俺とキルヒアイスが答えると、ケスラーはゆっくりと考えながら話しかけてきた。
「小官もヴァレンシュタイン少将が優秀な軍人である事は否定しません。ただ、ヴァレンシュタイン少将はどちらかというと政治家としての発想をすることが多いと思うのです」
「政治家としての発想?」
どういうことだ? 俺とキルヒアイスはまた顔を合わせた。
「或る問題が起こった場合、それを解決する事でどのような利益、不利益が生じるか、それを考えた上で行動を起すという事です」
「よくわからないな、では、この場合の不利益とはなんだ?」
「だれが皇帝になっても内乱が生じるでしょう」
確かにそうだ。内乱は発生するだろう。
「なるほど、では利益とは?」
「内乱が起きた場合、ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯を倒せば次の利益が出ます。一つ、外戚がいなくなること。二つ、それによって政治が私物化されることが少なくなる事、三つ、多くの貴族が内乱で消える事によって平民たちの不満が解消される事です。これはブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯のどちらかについてしまうと消えてしまう利益です」
「なるほど…」
「おそらく少将はそのことをミュッケンベルガー元帥に話すと思います。だれが皇帝になっても内乱が起きる、どうせ内乱が起きるなら、少しでも国家の利益になるようにするべきだと。元帥としても少将の言を否定する事は出来ない。そして決断するのは元帥です。」
なるほど、そういう持って行き方があるか。
「幸いな事に反乱軍は弱体化しています。今なら帝国が内乱状態になっても反乱軍が大規模な反攻に移る可能性は少ないですし、小規模な攻撃であればイゼルローン要塞で十分に撃退可能です。少将にとっては説得しやすい状況になっています。元帥は少将の意見を受け入れざるを得ないと思うのです」
今回の遠征にヴァレンシュタイン少将が参加しなかったのは、これを予想していたからだろうか? ケスラーに聞いてみたかったが、聞けなかった。
「…よくわかったケスラー。見事な論理の展開だな」
「とんでもありません。むしろ恐るべきはヴァレンシュタイン少将です」
「どういうことだ?」
「少将が皇帝不予を知って帝都防衛司令官を引き受けるまでにどれほどの時間があったと思います? せいぜい三十分程度でしょう。その短い間に彼は、今私が話した事を読みきったんです」
「…」
「そうでなければどうして帝都防衛司令官を引き受けることが出来ますか? みずから火中の栗を拾うようなまねを」
「…」
「あるいは、既にフリードリヒ四世陛下の死去を想定した事が有るのかもしれません。世の中がどう動くか、どう動かすべきか、彼の頭の中では幾つかの未来図が有るのだと思います」
「未来図か…」
もし、ヴァレンシュタインの描く未来図のとおりになったら帝国はどうなるのだろう。強大な外戚は滅び、政治は保守的かもしれないが安定するだろう。平民たちの不満もかなり解消されるに違いない。リヒテンラーデ・ミュッケンベルガー枢軸か。
意外にいい組み合わせかもしれない。そしてミュッケンベルガー総司令官、ヴァレンシュタイン参謀長…あの二人なら反乱軍を撃ち、フェザーンを平らげ銀河を統一することも可能だろう。しかし、その場合俺はどうなるのだろう。
ミュッケンベルガー配下の有能な艦隊司令官で終わってしまうのだろうか。俺とキルヒアイスの夢は所詮夢で終わってしまうのか…。俺自身が頂点に立つには、ミュッケンベルガー、ヴァレンシュタイン、あの二人を敵に回すことを覚悟しなければ成らないだろう。しかし、勝てるのだろうか…。俺は出口の無い迷路の中を歩くように何度も考え続けた、何度も……。
■ オーディン 帝都防衛司令部 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン
防衛司令部を発足させて二日目に入った。とりあえず、今のところは大きな問題は無い。宇宙艦隊の残存部隊と連絡を取ったが感触は悪くなかった。接触したのはルックナー提督だったのだが、彼はこちらに好意的だった。
ミュッケンベルガー元帥が帰還するまで現状を維持したいというと積極的な協力は出来ないが、敵対行動を取る事は無いといってくれた。どうも彼が心配しているのはシュターデンらしい。かれがブラウンシュバイク公の力を後ろ盾にして、より大きな影響力を持つのではないかと不安を持っているようだ。俺に好意的なのは俺を使ってシュターデンを抑えようという事らしい。彼の話だと他にも同様な考えを持っている提督がいるようだ。今後も接触は続けたほうがいいだろう。
いい報告が入ってきた。遠征軍が同盟軍を打ち破ったとの事だ。皇帝不予の連絡が入ったため追撃は不十分だったようだが、勝ったということはミュッケンベルガー元帥の影響力をこれからも期待できるという事だ。ブラウンシュバイク、リッテンハイムの両者も出鼻を挫かれたに違いない。後は早く戻ってもらう事だ。
しかし、これでロボスの更迭は決まった。後任がだれになるのか注意する必要は有るだろう。実戦派かそれともトリューニヒトの取り巻きか。しばらくは混乱するし、軍の建て直しに時間がかかるに違いない。万一内乱になっても同盟軍がこちらに攻めてくる可能性は低いだろう。やはり、リヒテンラーデ・ミュッケンベルガー枢軸かな。
「エーリッヒ、まずい事が起こった」
「どうしたんだい、ギュンター」
ギュンター・キスリング、頼りになる友だ。憲兵隊が早期に俺の指揮下に入ったのも彼のおかげといっていい。随分慌てているが何が起きた?
「憲兵隊にオッペンハイマー伯という人物がいる。地位は憲兵副総監、中将だ」
オッペンハイマー伯か。確かこいつは…
「リッテンハイム侯の関係者じゃなかったかな」
「その通りだ。彼がリッテンハイム侯の屋敷の封鎖を破った。何人かの貴族を屋敷に入れたらしい」
「…オッペンハイマー伯も一緒かな」
「ああ、そうらしい。今現地の憲兵隊から連絡があった。どうする?」
「心配は要らないよ、ギュンター」
「しかし」
「オッペンハイマー伯は死にたいらしいね。望みどおり殺してやろう」
「エ、エーリッヒ」
馬鹿な男だ。殺せと命じたのをハッタリだと思ったか? 貴族だから殺せないとでも? 俺がお前たち貴族を嫌いだということが判らなかったらしいな。喜んで殺してやる。お前の死はせいぜい利用させてもらおう。ブラウンシュバイク公もリッテンハイム侯も俺の前に震え上がるといい! 待っていろ。
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